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血気方剛

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 グラディウスファーリーは風の国だとアルガが言ったことがある。が、より正確に言うならば、海風の国と言うべきだろう。

 西のオッキデンス海から天空の円環まで吹き上げてきた風は、標高が高くなるにつれて下がる気温に、温かい海水から取り込んだ水気をそぎ落とされる。グラディウス地方に雨が降り、風がランシア山を吹き下ろす頃には、カラっカラに乾いたものとなっている。

 そんな乾いた山風が吹き下ろすクラーワは、ドルスムなどのグラディウスファーリーの高地に比べても、かなり乾燥した土地だ。

 風は水気だけでなく土も吹き飛ばす。岩の割れ目や深い谷あい、崖下でもなければ、森はおろか大きな樹、いや草すらおいそれと自生してはこない。

 必然的に樹木資源は貴重になる。燃やせば終わりの薪になどできない。草もほとんどが家畜の飼料に用いられるため、日々のくらしに必要な燃料は、三本角を生やした山羊のようなトリコルヌスや、険しい山地を走り回るブバルス、小型のレプスのような草食獣の糞がメインとなる。

 結果、クラーワヴェラーレの葬式は必然的に鳥葬となるのだとは、後でククムさんから聞かされたことだ。


 その葬式を司る者も他国とことなり、クラーワヴェラーレでは聖堂の神官ではなく(まじな)い師が執り行うのだという。まだ会ったことはないが、おそらく彼らは学問として魔術知識を身につける純粋な魔術師というより、むしろシャーマンのように宗教的な指導者としてクラーワの社会に位置を占めているのだろう。

 死者を送る祭祀の後、崖上に設けられた専用の小さな高台に亡骸は安置される。野ざらしのまま長期間放置された遺体は骨だけとなり、岩肌ののぞく固い地面に小さな穴を掘って埋められることで、ようやく一連の儀式は終了するのだそうな。

 

 つまり、クラーワヴェラーレの人にとって、目に触れることのある人骨ってのは、バラバラになってるのが普通なんだとか。

 逆に全部揃ってるってのは、異常なこと。正しい弔いの手順を踏まれないが為に、あるいはなんらかの理由があって、死者の魂を冥界に運ぶといわれる、アウェスという鳥に拒否られた存在とみなされるんだとか。

 ……さすがに知らんわそんなこと!

 

 まるっと一揃いで欠けもなく、ましてや人の形を維持したまま、意思を持って歩き回ってるお骨(あたし)なんてものを生まれてはじめて目にしたクラーワヴェラーレの人たちは、じつになんとも激烈な反応をしてくれた。

 フードをはねのけ、ライブマスクと仮面の二枚重ねを袖に包み取って、あたしが晒した頭蓋骨を認識しきれなかったのか、一瞬の静寂。

 そして理解した途端。

 一斉に彼らの放出魔力(マナ)が驚愕と恐怖に染まった。


 わけのわからぬ奇声を上げながら後退する、子どものような若者。

 後退しそこねたのか、足をもつれさせて尻餅をつくちょっと年配の人。

 四つん這いでなんとかわやわやと逃げ出す老人。

 そして、彼らを押しのけるように、手に手に得物を握って、あたしめがけて突進してくる、マヌスくんたちに絡んでた男性たち。

 ってやべえ!


 フームスが悲鳴のような警戒の鳴き声を立て、あたしの懐にもぐりこんだ瞬間。とっさにあたしはグラミィとクランクさんを、後ろのエミサリウスさんたちめがけて突き飛ばしていた。

 同時に大急ぎで二枚結界を張る。一枚はあたしの背後に、もう一枚はあたしの前に。

 とたん、衝撃が来た。

 前に出した結界を大盾のイメージで、床石にさくっと刺しただけの状態にしたのが悪かったのだろう。一撃で叩き割られることはなかったが、大きく傾きぶつかってきた結界に飛ばされ、たたらを踏んでしまったのは、肉の重みのない骨の身の悲しさか。

 バランスを崩したところに振り下ろされた武器をかろうじて受け止めることができたのは、一行全員に渡しておいたのと同じ、護身用の結界陣だった。

 生前のシルウェステルさんが最期まで手元に置いていたオリジナルを魔改造し、発動までの時間を通常の術式の顕界に必要な時間の半分以下にまで短縮したものだ。

 ただし、そのぶん一度に多めの魔力供給が必要となるため、魔術師の防御用特化に近い上、一枚一枚にそれほど強度はない。

 そこであたしは、一つ壊れるたびに次の陣が自動的に発動するよう、タマネギのような複層構造にしたものを作っておいたのだ。

 呼吸不要なあたしに完全閉鎖空間を構築する制限時間設定は不要だから、手加減なく発動連鎖は百にしてある。だが、グラミィたち生身組に渡しているのは、窒息事故を減らすため、あえて発動連鎖数を減らしたものだ。いざとなったらそれも駆使してこの場から逃げ出せるよう、自前で貼った結界のうち今も無事な方、グラミィたちを覆った結界はこの広間の入り口につなげてある。

 逃走経路を確保するためとはいえ、欲張って大きく顕界したせいで、あたし自身の対応が後手に回ったのはあたしのミスだ。誰の責任でもない。


〔ボニーさん!〕


 グラミィが心話まで血の気の引いたような『声』を送ってきたのも無理はない。

 興奮と狂乱に飲まれた彼らにぐるりと取り囲まれ、あたしはひたすらタコ殴りにあっていた。

 もし、これが、骨に全部素通しだったら、きっととっくにあたしは全身骨折を通り越して骨粉状態になっていただろう。

 だが、陣の結界が次々叩き割られる間に時間は稼げた。あたし自身を防護する結界の顕界も間に合った。

 ならばむしろ、あたしが、あたしだけが狙われているこの状態を維持した方が、グラミィたちまで攻撃に巻き込まれずにすむ。

 

 だからグラミィ、大丈夫。離れてなさいよ、手出しは無用。今はまだ。

 アルガたちにもきつく言っといて。


〔りょ、了解です……〕


 グラミィが怯えるのは、いくら結界越しとはいえ、至近距離から得物を振り上げ、振り下ろし、横殴りに叩きつけ、倦むことなく攻撃を続けるクラーワヴェラーレの民人の形相。

 その迫力と、彼らが感じている恐怖ゆえのことだろう。


「こ、このこのこの(オッサ)の化け物オォォォォ!」

「これでもか!」

「いい加減とっとと砕けろ!」

  

 ……この鮮烈なまでの敵意はすべてみな、あたしという訳の分からぬ人外の者に対する恐慌からくるのだろう。

 これまで些細な対立はあっても、それなりにうまく交渉を進められていたというに、いくら説明を信じてもらうためとはいえ、骨身を晒してみせたのは、つくづく下手な手を打ったものだ。

 だが、悔やんだところで後の祭り。


 ……でもないのだろうか。

 見ればアエノバルバスやククムさんは他の人たちと揉み合いになっていた。

 怒鳴り合う言葉のはしばしをなんとか聞き取れば、どうやら制止に回ってくれているらしい。

 ならば、まだやりようはあるか。


 振り下ろされる得物と結界がぶつかり合い散る火花は、あっというまにまばらになっていった。あたしが結界に魔術陣を刻んだからだ。

 運動エネルギーの一切を吸い尽くしてしまう静止の魔術陣は、どんなに激しく武器を叩きつけても、触れた瞬間高所から飛び降りる猫の肉球以上にあらゆる衝撃を無化してしまう。おかげでそれまで感じていた手応えや打撃音が突然消え失せたことに激しく驚き、かえって恐慌をきたした者もいたようだ。

 しかし、正直なことを言うならば、実は静止陣はあまりいい手ではない。防御的には強くても、反動による相手の損耗度合いも減じてしまうからだ。

 スタミナ切れを狙うのならば、もっと積極的にやらかした方が話は早い。

 そこであたしは攻め手が静止の魔術陣に慣れるまで結界を張り足し、頃合いを見計らって反射の魔術陣を発動した。ほんとは魔術陣同士をつなげて、完全吸収した運動エネルギーを数倍に凝縮して跳ね返してやったほうが効率はいいのだが、安全確保のためにそこは思い直した。

 おかげで衝撃に手が痺れて得物を取り落としたり、得物に(ひび)が入ったり、刀身が曲がったりすることはあっても、手からあらぬ方向に跳ね飛んだ得物や、折れ飛んだ刀身で無駄な怪我をする人が出なかったのはなによりだった。

 

 やがて、広間は肩で息をしながらこちらを睨みつけている人たちばかりとなった。

 不信、懐疑、戦慄、憤怒。

 さまざまな感情に染まった目を向けられても、あたしは淡々と見返すだけだ。かなり悪役っぽく見えるだろうが、それでもかまわない。

 自分たちの力が及ばないと知れば、少なくともこれ以上あたしたちに手を出そうという気にさえならなければ。

 というわけで、グラミィぷりーず。


「『お気は済みましたかな?』」


 背後の結界の向こうを知覚すれば、ようやく出番が来たとばかりにアルガとマヌスくんはすでに火球を顕界していた。

 クラーワヴェラーレ側の態度いかんによっては、今にも放とうと杖を構えているように見えるだろう。見えるだけなんだけど。

 アルガなぞはさりげなく、火は火でも発火系の、より維持のラクな魔術にアレンジを加えて丸く見せてるだけとかね。要領が良いにもほどがあるぞ。


「なんの、たわごと、を……!」

  

 

 反射的に得物を握った人間はさすがだが、そこに人鎖の拘束を振りほどいた熊の咆哮が轟いた。


棍を眠らせ(武器を捨て)よ!」

「ですが、アエノバルバスさま!」

「おれの命が聞けんのか?」

「いや、しかし!」

「クラーワヴェラーレの現王、赤毛熊(ルブルムルシ)の氏族長の名において命ずることが聞けぬというか!」

 

 なんとか抗弁しようとしたアホたちを、アエノバルバスはじろりと睨め回した。


幻惑狐(アパトウルペース)の氏族が(しょう)じ入れた相手は、ランシアの国使だ。これ以上他国の前に醜態を晒すな」

「ですが」

「いいか、もう一度言う。相手はランシアインペトゥルス王国を負っている。その相手に殺意を……殺意?害意?害意が正しいのか?」


 ……確かに今のあたしは殺しても死ぬかどうかわからんわな。

 途中、尻すぼみになってぶつぶつ言っていたアエノバルバスは復活すると、一つ自分に頷いた。

 

「害意を向けただけで、ランシアインペトゥルス王国そのものが我々と戦端を開いてもおかしくはない。幻惑狐の、赤毛熊の、それぞれの氏族のみならず、クラーワヴェラーレ全体をお前たちが戦に巻き込む責を負うというのか」


 うん、ちゃんと状況読めてるようで、なによりだ。

 

「われわれの事をお忘れなきようでありがたく存じます」

 

 結界越しにクランクさんは皮肉たっぷりに一礼した。

 こっから先は再度外交交渉の場になる。この衝突(物理VS物理寄り魔術)も武器にするなら、こちらの脅威を示しておく必要があるからこその、マヌスくんたちの見せ火球、なわけだ。

 とはいえ、あらためて近接戦に持ち込まれたら、そこは魔術師、脆いことに変わりはない。

 だからこそ、あたしの結界に合わせるように、グラミィもひっそり結界をもう一枚張っている。

 これにそれぞれ個人持ちの魔術陣を考えると、実に三枚重ねの防御というわけだ。


〔防御即反撃の手段が豊富、てゆーか過剰ですよ。しかも攻撃担当がグラディウスファーリーの人間とか。敵対するならきっちり泥沼にはめますって露骨に見せるあたり、クランクさんてば本気すぎます。どんだけ交渉でクラーワヴェラーレに不利な条件丸呑みにさせるつもりですか〕


 はっはっは。さすがにそこまで悪辣なこたしないでしょ。いくらクランクさんとはいえ。きっと。たぶん。おそらく。めいびー。

 どっちかというなら、ここは失点を責めて強引に不平等な交渉をねじ込むより、有利な立場をより強固に、穏健な関係を築く基盤を作るために、恩を着せるってなとこじゃないかな。


〔……穏健って言葉の意味、ほんっとーにわかってます?〕


 心底疑わしげなグラミィの心話をバックに近づいてきたのは、ククムさんだった。


「あ、あの、シルウェステル……様?グラミィどの、これはいったい」


 さすがに動揺が抑えきれないのだろう。声をうわずらせたククムさんの問いに、あくまでも落ち着いた様子でクランクさんが答える。

 

「シルウェステル・ランシピウス師は、過ぐる昨秋、天空の円環にほど近き地にて落命なされた」

 

 何かに思い至ったように、アエノバルバスはかすかに身じろぎした。

 そうとも、クラーワヴェラーレにはシルウェステルさん死亡と帰還について、とうに伝えられているんですよ。思い出してくれたかなー、てか聞いてたかなー?

 シルウェステルさん(あたし)と初めて会ったとき、親書を預けたとき、ククムさんが不審そうな顔を見せなかったってことは、他氏族にまでその話はしなかったんだろうけど。

 ま、親書は読まれる前に人力シュレッダーにかけられたようですが。

 

「なれど師は海神マリアムの恩寵を授かられました。それゆえご覧の通り、今なおこのようなお姿で動かれておられます。そのお働きは常人以上」

「か、海神マリアム?」


 ますます惑乱の色が広がったのは、アエノバルバスの取り巻きたちだった。逆にククムさんたち幻惑狐の氏族たちには半信半疑という様子が見える。


 クラーワヴェラーレは、海とは全く縁のない山国だ。そのため、海神マリアムはほとんどその存在すら知られていないのだとは、これもククムさんから後で聞いたことだ。

 そりゃあ、当然信仰なんてされるわけもない。下手すりゃ冥界神というより異教の邪神くらいに解釈されかねんような状態なのだろう。

 だが、行商で海際の都市も回るククムさんたち、幻惑狐の氏族は、海神マリアム信仰の存在を把握、理解していた。

 そう、彼ら自身は信じちゃいない。けれども行商に行く土地には、マリアムを信仰する人たちがいて、それなりの勢力を持ってるってことは、ちゃんと頭に入っていた。

 だから、()ルウェス()ルさんのお()が動いていられることに、幻惑狐の氏族の皆さんだけは、理屈がつけられたと納得してくれた、というわけだ。とりあえずだけど。

 

「『スクトゥム帝国がわたしの仇と思われるという意味が、おわかりになっていただけましたかな』」


 グラミィの問いかけに、無言でククムさんたちは頷いた。


 ようやくこれで、『シルウェステルさん(あたし)の、シルウェステルさん(あたし)による、シルウェステルさん(あたし)のための復讐』という、クラーワヴェラーレの人たちにとっては一番共感しやすい理由に納得してもらえたわけです。

 さて、そうなると、後に残るのは『無抵抗のランシアインペトゥルス王国の国使に、クラーワヴェラーレの集団暴徒が凶器を持って殴りかかった』という事実だけだったりするの、だが。

 ククムさんの背後から近づいてきたのはアエノバルバスだった。


「取り乱した者たちの無礼を、そして命をお許しいただきました、シルウェステル・ランシピウスどのの寛大なご処置に、心より感謝申し上げます」

 

 熊のような大男は分厚い手のひらの付け根を自分の額にあて、小さく身を縮めるようにして片膝をつき、頭を垂れた。


〔エミサリウスさんが言うには、首を捧げるという最大の謝意を示すものらしいですよ、あれ〕


 ……それはそれは。すっかり価値の下落した土下座よりもはるかに重いものだったか。

 その謝罪の深さは、あたしが反撃できなかったのではなく、反撃をしなかったと理解しているからなのだろう。

 やっぱりその程度には、彼も状況の読める人間なのだ。

 ならばやはり、今後もアエノバルバスを交渉相手とするべきだろう。

 

「『……アエノバルバスどのの謝罪をお受けいたします。無傷ですみましたので、おかまいなく』」


 多少の譲歩を示してあげると、壁際の人垣に埋もれていたアホが飛び出てきた。

 

「こんなオッサに頭を下げるなど!それが赤毛熊の氏族の長たる者の振る舞いか!お前に現王たる自覚はないのかなら現王たる資格などお前になどないわ、アエノバルバス、いやテネブっ」

「黙れ」

  

 わめき声をぶった切って熊の豪腕が風を切った。

 ……わあ。生身の人間が殴り飛ばされて空中浮揚したとこなんて、初めて見たよ。

 

「縛っておけ。氏族ばかりか国全体に不利益をもたらす有害な者など、おれの周りにいらん」


 目もくれずアエノバルバスは言い捨てた。それも当然だろう。

 彼が異国人(あたしたち)に跪いたのは、クラーワヴェラーレの王として、あたしに攻撃を仕掛けた人間全員の責任を負うためのものだ。つまり、クラーワヴェラーレを統べる最有力氏族の長という自負があるからこそ、行ったこと。

 アホの勘違いも甚だしいが、現王として、また氏族長としての自覚がありまくるからこそ、そういう行為に出たアエノバルバスが、氏族内から受けた軽侮をそのままにしておくわけがないのだよねー。


 クラーワヴェラーレの王政は、複数氏族によるゆるい連合勢力と言ってもいい。氏族長同士の合議で王が定められるので、ここ数十年は最有力氏族の一つである、赤毛熊の氏族の長が王となることが続いているのだという。

 だけどこの王政のあり方は、グラディウスファーリーのような弱い王権国家よりもさらに弱い。合議がひっくり返れば王位は即座に別の氏族のものとなるのだから。

 そして、氏族長の座も氏族内の長老その他の有力者たちの合議で決まる。


 つまり、同じ氏族の人間に舐めた言動をされたってことは、同じ考えを持つ人間が潜在的にいる可能性を示す。いくら現王とはいえ、氏族長とはいえ、舐められていては、いつなんどきその立場を奪われるかわからない。特に若いアエノバルバスの立場は不安定だ。これまで氏族長として信頼を培ってきた時間が十分にあるわけでもないのだから。

 真っ先に出てきたアホを見せしめにしてでも侮蔑を抑えて黙らせるというのは、決して悪い手ではないだろう。

 

 ……しかし、それにしても、たとえ上位者であろうとも他者にへりくだった様子を見ただけで、即相手の格が自分より低くなったと思い込み、相手を見下すアホの頭の悪さよ。

 むこうの世界でもいたけどね、こーいうやつ。

 接客サービス上、にこやかに、愛想良く、礼儀正しくしているだけの店員さんとかを、ただそれだけで馬鹿にする勘違い人間ってのが。

 だけど、業務上の仕様だってこともわからない人間に限って、ストーカーしたり勘違いやらかしたりするのって、なんでだろうね。

 しかもクレーマーという形で粘着したりするのは、好きな子に意地悪する理論でしか動いてない、就学前の幼児か?!

 一方的に攻撃してくるような相手()を好きになる人間なんているわきゃない。

 てか見下せるような相手じゃないと絡むことも、好きと意思表示することもできないとか。

 小さくて弱い相手なら反撃も受けないだろうし、自分の感情に反したことをしないだろうって?

 んなこたーない。

 その0円スマイルは鎧だから!サービスと対価という商取引で、対価を寄こさずサービスだけふんだくっていこうというサービス窃盗や、隙あらば炎上のネタを撒こうという情報放火の被害を跳ね返し、反撃に出るため証拠を集めたり、時間を稼いだりするための防備の一つにすぎないから!

 

 あたしが現実逃避気味にぴくりともしないアホを眺めている間にも、どうやらクランクさんはどんどこと話を進めていたようだ。


「……それでは、今この場にて、より詳しい折衝に入ってもよろしいでしょうか?」

「いや」

 

 この荒れ荒れに荒れまくった状況に似合わぬ穏やかな口調で尋ねられ、だがアエノバルバスはかぶりをふった。

 

「ランシアインペトゥルス王国の国使どのらにはあいすまぬが、氏族長会を開きたい。いかに現王であろうと、事は重大。一人で決めて決めきれるものではないのでな」


 おっとお、意外と慎重だね。そしてクランクさん、こっそり舌打ちとか聞こえてますよ?

 

 クランクさんは、このままずるずるとこちらのペースに巻き込むことを狙ってたんだろうけど、頭蓋骨しかないあたしと違って、アエノバルバスにだって脳味噌がちゃんとあるのだよ。自分側の不利を少しでも打ち消そうと仕切り直しの一つや二つはするでしょうよ。

 だがまあ呪い師たちとはあたしも接触しておきたいものだ。

 それに、国の意思決定の速さでいうなら、王都と天空の円環を往復しなければならないグラディウスファーリーよりまだ楽だろう。

 どのみち最初から一回や二回天空の円環をうろうろしただけで終わる仕事ではないのだよ。これは。


 フードをかぶり直して外に出れば、ようやく懐から出てきたフームスがきゅうと鳴いた。


(つめあるつばさー)


 見上げれば、大きな翼影が近づいてきたところだった。グリグだ。


(骨。狐)


 お疲れ、グリグ。ずっと国境を周りながら見張りをしてくれたもんな。

 腕の骨を差し伸べると、ばさばさと大きな羽音が舞い降りてくる。

 周囲のどよめきにあえて反応せず、あたしはがしがしと食い込んできた鉤爪を肩の骨へと誘導した。

 さすがにグリグを小鳥扱いはできない。指の骨はおろか、手首の尺骨あたりに止まられてもあたしが耐えきれまい。いくら骨同士が謎な力で引きつけあうように元に戻るとはいえ、重みで腕の骨が抜けるまで、公開耐久性テストを強制実施されるのは勘弁だ。


 冷たくささくれた雰囲気にそれまでなりをひそめていた幻惑狐たちが、こぞってぽこぽこと隠れていた人たちの懐から顔を出したのは、あたしが魔力をグリグんに渡し始めたからだろう。

 フームスに至っては……グリグんと張り合うように反対側の肩に座って、あたしの頬骨に顔をこすりつけてきた。

 かわいくおねだりすんのはいいけど、順番はグリグが先。きみらのぶんの魔力は砦に帰ったらあげるから、待っててね。


((((えー))))


 ブーイングの心話合唱をつっきって寄ってきたのは、ちょっと呆然とした様子のククムさんだった。


四脚鷲(クワトルグリュプス)を使役しておられるというのは、本当のことでしたか……」

 

 ええ、あたしゃ無駄に嘘はつかない主義ですよ。有益だったらつくかもしらんが。

 

「もはや、驚きすぎて笑えてくるな……」


 妙にしみじみとしたアエノバルバスの呟きに力強くうなずいていたのは、ククムさんたち幻惑狐の氏族たちだけじゃなかった。

 アルガとマヌス君のグラディウスファーリー組どころか、ランシアインペトゥルス王国勢全員まで同意の赤べこ状態とか。いったいなんでだ。


〔自覚しましょうよボニーさん〕


 グラミィにまでジト目を向けられたが、あんたは頷いてないじゃん。

 

 ともあれ、アエノバルバスたちにとっても、国内向けの交渉ネタはこれで十分だろう。

 最初あたしが四脚鷲を使役してると言ったとき、周囲の人たちの放出魔力からは、半信半疑と強い動揺が読み取れた。いや強く動揺するほどの衝撃だったからこそ、信じがたくてただのはったりだと思わずにいられなかったのかもしれないが。 

 それがこんなふうに、あたしたちが連れてた幻惑狐たちと四脚鷲が互いを襲うこともなくおとなしくしているという、まず自然界ではありえない情景を、ここにいる人たち全員――それも、ククムさんたち幻惑狐の氏族と、アエノバルバスら赤毛熊の氏族という二氏族がだ――目撃しているわけだよ。証人も証拠もばっちしですよ。

 うまく国内の意見をまとめるのに使って、頑張っておくれ。


 期待の眼窩を向けるあたしの前で、アエノバルバスは丁重に礼をした。

 

聖笏の道(天空の円環)まで送ろう。下手な手出しはさせん。氏族の名に誓って」


 天空の円環間際まで来ると、アエノバルバスはクラーワヴェラーレ流の挨拶を送りたいと、ハグをあたしたち全員にした。

 傍から見てるとハグと言うよりベアハッグじゃねーかという絵面のせいか、なぜかちょこちょことついてきていたククムさんも引いてたけど。

 他人事のように見ていたあたしのところまで来て、アエノバルバスはちょっと固まった。

 さすがに骨相手にはやりにくいかね?

 

「いや、失礼をいたしました」


 そのままがしっと抱き込まれる。力はそれ以上入れてくれるなよーと思っていたその時、あたしの頭蓋骨の脇で彼の口髭がひそかに動いた。


「クラーワヴェラーレに戻られるおつもりは?」


 ……なるほど。彼もそれなりに不安要素をつぶしにきていたという訳か。

 グラミィ、頼むね。

 

〔抱き潰されるのは遠慮しますー〕


 あたしでも大丈夫だったんだから、問題ないでしょ。


〔えー……〕


 それでもグラミィはちゃんと伝言を果たしてくれた。

 

「『従兄弟どののお子よ、ございません』とのことにございます」


 その言葉によほど安堵したのだろう。アエノバルバスの肩から力が抜けた。

 ああ、そうそう。それじゃこっちも、もう一つ不安要素を潰しておくか。


「『一つお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか』」

「なんなりと」

「『アエノバルバスどの、そしてククムどのは、古典文字をお読みになれますな?』」


 虚を突かれたように二人の表情が固まった。

 そう、二人は古典文字を読めないとは一言も言ってないのだよ。


「さて、なんのことでしょう?」


 ククムさんは目を細めてにっこりと笑った。さすがに商人、表情を作るのがうまいね。

 だけど一言も言わなくても魔力が動くんですよ。

 こーれはあたしが出した親書の中身、読んでるかもなー……。

 

「『これは失礼をいたしました。では、また』」

「ええ、今後もごひいきに」


 この商売上手め。

 いかにも商人らしい挨拶を返すククムさんと、無言のアエノバルバスに背を向け、あたしたちはクラーワヴェラーレを後にした。

 さーて、そんじゃこのまま砦に戻るか。プレデジオさんやヴィーリとも情報共有しないと。

 

〔半日で二カ国を回るとか、どんな強行軍かって感じですよねー。お腹空きましたー〕


 いやいやグラミィ。空腹具合とか、あたしに相づちを求められても困るんですけど。

赤毛熊「あの魔術師どのには、どうにも勝てそうにないな……」

幻惑狐「同感ですね……」


赤毛熊(クラーワヴェラーレに戻ってこないのは助かった……のか?)

幻惑狐(これからランシアインペトゥルスに行く楽しみができましたねえ)

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