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愛想の効果

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 夜食はともかく、フルーティング城砦での食事は基本大広間で一斉に摂ることになる。もちろん、見張りの順番もあるし、下働きの人たちまで同席できるわけじゃないが。

 城砦の最高責任者であるプレデジオさんたち、上座の人は多少ゆっくり食べていられるが、メニューは全員同じである。そのへんはプレデジオさんの前任者であるアロイスがいたころと変わっていない。食い物の恨みは恐ろしいからなんだろうかと勝手に思っていたりする。

 あたし?

 騎士や魔術士団の人たちが、下座のテーブルで交代しながら手早く食べて席を立つのを、上座のテーブルで眺めてます。

 

 飲食不能なあたしだが、食事、それも朝食には必ず同席するようにとプレデジオさんにはきつく言われている。それというのも、正式な食事である昼餐と晩餐は確かに重要だが、この朝食の席がランチミーティングならぬブレックファストミーティング状態になっているせいだ。おかげで自分の食事と、会話と、あたしの通訳を同時にやんなきゃならないグラミィの口がちょっと忙しいことになる。

 幻惑狐(アパトウルペース)たちに化かしてもらえば通訳の手間はいらないのだが、あれはいちおう奥の手の一つなので、今後も積極的に隠匿していくつもりですとも。

 

「シルウェステル師は、今日も召し上がりませんのですか?」


 皿代わりの硬いパンすらないあたしの前をちらりと見て、プレデジオさんの副官さんが訊いてきた。

 はい、ごめんなさい。食べられませんので。

 あたしがかっくんと首の骨を頷かせると、レガトゥスさんは真面目な顔で言った。

 

「そんなんだから骨ばっかりになっちゃうんですよ」


 ごふっとプレデジオさんがむせた。魔術士団を統括するコギタティオさんは顔をひきつらせ、アルガはおもてを背けてひっそり笑っている。

 レガトゥスさんも、あたしが骨だってことはわかってるんだが。

 ……なんなんですかねフルーティング城砦。副官が一癖も二癖もあるのがここの定番なんですかね?


 あれから数日、フルーティング城砦の日常にあたしたちもすっかり溶け込んでいた。

 闇森から戻ってきた次の日の朝には、もと糾問使団の面々に突然いなくなってて悪かったと頭蓋骨を下げ、そのついでとばかりグラミィたちと相談したことをあらいざらいぶちまけた。

 たとえ、王サマたちがどんな目論見を持ってあたしたちにつけていようがかまうものか。彼らが有能なことは重々承知している。

 だったら毒(くら)わば皿まで。どころか消化ついでに体内に蓄積しといて再利用する勢いで、彼らも使い倒してさしあげようじゃありませんか。


河豚(フグ)ですかボニーさんは〕


 人骨です。鍋に入ったら出汁が出るかは不明だけど。


 心話では軽口を叩きながらも、グラミィは真面目に通訳をしてくれた。

 彼らはそれぞれの上司や家長の命であたしにつけられた。つまり、相変わらずあたしが彼らのリーダーをやらねばならない。これ指示するだけじゃなくて責任も持てってことですね、そこはわかりますとも。

 だがあたしも王サマには他国を探れという命令を直接受けている。

 つまり、国外に出なければならない以上、わたしが直接あれやれこれやれと指示する機会はほとんどなくなることも考えてくれなさいとね。

 それに糾問使団の時はひたすら移動していたが、ここからはたぶん城砦に腰を据えてもらうことになる。つまりここをアタック地点として相も変わらずうろちょろと動き回るあたしはともかく、他の人たちは移動にかかるリソースを考えなくていいということだ。例を挙げるならばクランクさんの船酔いによる疲労困憊とかね。

 それはつまり、彼らの能力をこれまでより効率的に発揮できるということだ。アルガは船乗りさんたちと混じって操船作業してたし、クランクさんなんて、船に乗ってる間ずっと絶対安静に近い状態だったもんなー……。


 さあ、自由裁量の範囲がたっぷり広がった上に、仕事をやろうと思えばこれまで以上にできる環境が整った。

 そこで君らは何をする?

 

 盛大な丸投げ宣言に彼らは慌てたが、あたしは心配しなかった。

 なにせ彼らは呉越同舟状態で、あの敵地に突入した糾問使を無傷で乗り切った人たちだ。個々の能力はめちゃめちゃ高い。加えて互いの技能も長所も、もうよく知っている。

 これまでの仕事が上からの命令に従うものばかりだったんだもの、いきなり大きめの自己決定権を与えられたら最初戸惑うのは当然だ。

 だったら、何をする、に『あたしの後方支援のために』という条件をふってやればいいだけのこと。

 ラームスたちのメンテナンスがすむまであたしが国の外に出ることはないだろうが、その間に態勢を整えといてねーとグラミィに伝えてもらったところ、彼らは早速取り組んでくれた。

 

 まず、グラディウスファーリー対応は、ノータイムで同国王弟のマヌスくんが担当することになった。その控えに同国人のアルガがつき、スムーズな対応をサポートする。

 外交面の記録と情報分析をするのは、外務卿テルティウス殿下の部下であり、先読みができるほど高い分析能力を誇るエミサリウスさんだ。シルウェステルさん(あたし)をのぞいて糾問使団の面子では一番身分の高いクランクさんがそれを受けて政治的な対応判断をし、その結果は超早鳥便で王都と共有する、という具合。

 みるみるうちに、他国との外交交渉に十分対応できる外務的な出先機関ができあがったのには笑ったが、おかげでクラーワヴェラーレに対しても同様の体制で臨むことができそうだ。

 前に出るのはクランクさんとマヌスくんが同等という以外は、対グラディウスファーリーとほぼ同じ構成であるという。

 スクトゥム帝国は闇森共々あたしの管轄だ。密偵として入り込むのにトルクプッパさんの補助を受け、ラームスを通じて情報を回すのに、グラミィとヴィーリの補佐は欠かせない。

 帝国に潜入するついでに、できればマルゴーたちの様子も確認しておきたいものだが。

 

〔ここからドミヌスさんの島まで飛んでくつもりですか、ボニーさん?!〕

 

 可能であれば、かな。海に出ると気流が一方向に流れてるので、行きはよいよい帰りはまずい、どころか海ポチャ経由藻屑逝き、ってことにもなりかねんからなー……。


 もちろん、もと糾問使団のみなさんがメインのお仕事態勢を構築するまであたしたちもぼんやりしていたわけじゃない。

 闇森には毎日通った。といってもさすがに丸一日いないのは困るとプレデジオさんに言われたので、午前中は砦内にいることにした。昼から夜かけて闇森で過ごす間も、可能な限りグラミィを置いていくので、何かあったら彼女に連絡をさせてくれと伝えたら、プレデジオさんも承諾してくれた。かなり仕方なさそうではあったけど。

 不在の間、あたしの権限はある程度グラミィに代理してもらう形になっている。とはいえ身分的には彼女も平民出身の一魔術師扱いだ。あたしの威を借るのもほどほどに、提案やお願いを使い分けてと言ってある。


〔借りませんよそんな怖いもの!〕


 借りたら利息はトイチ以上、しかも複利計算って?


 冗談はともかく。 

 闇森に通ううちにラームスはしっかり回復し、うじゃうじゃと伸びた根もヴィーリに手入れがされたことでずいぶんすっきりとしたものである。

 ま、ラームスが回復するにはしっかり日光を浴びることが必要だ、てんで、闇森にいる間はあたしも裸にならざるをえなかったんですがね。

 腰骨当たりまでラームスが伸びていたせいで、ブーツ以外身につけていない骨という、なんともしまらん裸族以上の裸状態。

 おかげでグラミィには盛大に噴かれたけど。

 でもまあ、これまでずっとラームスに面倒を掛けてきた以上はしょうがないことだろう。


 そして、ラームスがすっかり安定すると、ヴィーリは本格的にラームスに手を加えてくれた。

 これまでのように背骨におんぶ状態であたしに貼りついていては、またラームスが日照不足で弱ってくるのは時間の問題だ。それは眼窩しかないあたしの目にも見えている。

 そこでヴィーリはラームスを大きく二つに分けたのである。

 大部分はこれまで通りあたしの背骨にからみついたままなのだが、その半分近くを占めていた大枝が一本、まるで蔓植物のように、他の二本、ペルとドミヌスの枝とともにシルウェステルさんの杖に巻きついている。

 これなら外部から見えやすいものの、そのぶん枝々も日光を浴びて光合成がしやすくなる。ローブに着籠めてしまう背骨側のラームスは、時々杖のラームスと傷を作って合わせることで栄養不足を補い、植物体として健康を維持できる、という寸法だそうな。


〔携帯の充電みたいですねー〕


 ねえ。しかも太陽光発電ぽいよね。

 

 グラミィの枝もだいぶ様変わりした。

 左腕に籠手状態に伸びたのは、血液に含まれる魔力を一度に大量に吸わせるために、グラミィが自分の怪我に突き立てたからだという。

 が、枝の方もさすがに生身の肉に刺さって深々根を張るつもりはなかったらしい。放出魔力だけならまだしも体内魔力を直接吸収するのはかなりの負担になるからだ。

 放出魔力を吸うだけで十分らしいということで、そちらもヴィーリによって分割された。

 グラミィはずいぶん喜んだ。ずっと左腕にぶら下がってられるだけでも、グラミィにとってはかなりしんどいことだったらしい。

 グラミィの枝も、杖にペルとドミヌスの枝ともども巻きつかせるところまでは同じだったが、身につけるぶんの枝はさらに二つに分けられて、両腕に大きな腕輪のように嵌められるように形作られた。


〔み、ミニミニ月桂冠……?〕


 いや葉つきの枝で編んだという意味では似てるのかもしれないけど!

 どちらかというと、ぱっと見太いエマイユの腕輪のようにあたしには見えるんだけどなあ。

 こちらは着脱可能なのだそうで、日光に当てやすく、しかもお風呂の時にも安心な設計である。

 

 闇森ではラームスたちの回復だけじゃなく、森精たちとの情報交換もした。

 ことのきっかけは、ヴィーリから聞いた落ちし星(異世界転移者)の話だった。

 彼から聞いた限りでは、ランシア地方に落ちし星が生じるのは百年に一回ぐらいなものらしい。それも同じ国の領内に落ちることはほとんどないそうな。

 ということはだ。スクトゥム地方はどう考えてもおかしい、という結論になる。

 だって、学術都市リトスで出会ったマグヌス・オプス、彼はどうやらリトス周辺からあまり移動したことがないらしい。なのに彼は師匠と出会い、また弟子を拾っている。

 全員が落ちし星であるというのだが、話の内容から考えれば、どう計算しても二三十年しか星降りの間隔は開いていないのだ。

 また、港湾都市アエスで見た樹杖たちの記憶には、森精の一人が落ちし星との接触を求めてアエスという死地に踏み込んだ一部始終が刻まれていた。つまりマグヌス・オプスとその弟子以外にもまだ落ちし星がいたのはほぼ確実なのだ。


 以前からスクトゥム地方に星降りは多かったのか、その記録はあるのか、ないならスクトゥム地方の森精たちにその情報はもらえるのか、いろいろ情報収集については投げておいたが、さてどうなったことか。

 だって、森精たちってば、調べる=ためこんどいたアーカイブを開けて中身をチェックしようって感覚なのか、まずは闇森の混沌録にアクセスしてるんだもの。

 けれど、どうも混沌録の情報ってアナログというかリニアなんだよね。最初から見ないと意味わからん系。おまけにタイトルも完全ランダム数字みたいな、知ってる人はわかるけれども、知らない人にはわからない構造というね。

 ラームス見てれば、ある程度デジタル的な条件検索もできるはずなんだけど。

 総当たりチェックをしようとしていた森精に、せめて直近50年とかにまずはタイムスタンプから範囲を絞って、なおかつ森精、樹の魔物たち、落ちし星といった内容が含まれてないか、樹の魔物たちにも効いてみたらどうだろうと、提案やアドバイスというより、ツッコミに近い話をしてきたりもしたのだが、ちゃんとそこまで聞いてくれたかどうか。 

 次に行ったとき、情報酔い多数だったら笑うぞ。


 もちろん、城砦内にもおさおさ注意は怠らない。当然騎士たちにも気を配った。

 以前、アロイスたちは、フルーティング城砦警備隊の正常化を主な任務としていた。結果、上層部から下っ端までいろいろ腐敗していたとかで、当時この城砦内にいた人間はおおよそ全員が入れ替えられている。

 つまりはあたしにとっても、ほぼみなさんが初対面状態である。そりゃあたっぷり配慮しますとも。未知の相手って、それだけで隔意ができるからねえ。

 

 まずはある程度顔見知りになるべく、城砦内をすみずみまで歩き回った。幸い城砦の構造については多少馴染みがなくはない。

 というか、畑や厩舎に至ってはホームポジションだったところですし?

 ヴィーリが樹杖の枝を植えたりもしてるので、ラームス経由でいろいろ感知もできますし?

 一番最初に早朝の鍛錬場に入った時には、何事かと寄ってこられたりしたけどね。おかまいなくと石板メモを示したら、気にしながらもほっといてくれたのはありがたいと思った。背骨側からプレデジオさんに声をかけられたときには、わざわざ伝令されたかとあちゃーな気分になったけどね。

 

 このような剣戟の場にわざわざおいでになるとは、何か得るものはございましたか?と聞かれたから、『騎士の方々の強さは、このような長年の鍛錬によるものなのだと感嘆しております』と正直に答えた。

 なにせ長剣ふったら地面にめりこませた前科があるもんな、あたしは。

 ま、ぶっちゃけあたしの骨は欠けたら最後、治癒しないという物理的な理由がありますから。純物理戦闘ガチンコ一本勝負を彼らに混じってやらかそうという気には、まったくなりませんとも。いくら騎士の鍛錬風景を熱心に観察しててもね。

 けれど、対純物理戦闘技術を身につけようとすることはできるのだ。

 一対一と多対多では視線の向け方はどう違うか、移動のトップスピードと最速の攻撃はどのくらいの速さなのか、多少なりともそれがわかっていれば、単純なものでは足を結界で掴んですっころばせるという子どもだましレベルの妨害から、複雑なものでは戦闘の流れをねじ曲げるような魔術のコンボなどの対策を講じることができる。

 たぶん実践に応用しようとするならば、物理的な盾が必要になるだろうけど。

 ついでにいうなら、ここの騎士たちはアロイスたち同様暗部の人間のはずだ。純物理戦闘においても搦め手は得意なはずだが、さすがにそこは見せてもらえなかったのが残念である。

 とはいえ、歩き回っててもあんまり気にされなくなった時点である程度目的は達成できている。

 あたしの存在に馴染みまくったレガトゥスさんに、毎朝毎朝お骨ギャグでいじられるぐらい、なんてことはない。

 

 常時あたしにぴったりくっついてるわけにもいかないグラミィをフォローし、騎士たちとうまく接触を保ってくれていたのは、トルクプッパさんだった。

 彼女もタクススさんとの知り合い、つまりはアロイスやプレデジオさんたち同様にクウィントゥス殿下の配下、それも暗部っぽいポジションにいる人である。

 それはつまり一般的な魔術師に比べて、非魔術師との連携の重要さを知っているということ、騎士たちに対する基本姿勢が柔らかいということでもある。

 同輩であることに加え、女性であるということも騎士たちの態度を和らげる効果があったのだろう、なんていうのもセクハラっぽい気がするが事実だからしかたがない。

 彼女には、あたしたちの情報のうち、隠蔽する必要性の低いものについては騎士達に共有していいという許可を与えといた。十分に活用してくれたまへ。


 一方、魔術士団にはクランクさんとエミサリウスさんが中心となって働きかけてくれた。

 魔術子爵という身分と魔術学院の同期というコネあってこそというが、あたしやグラミィの持っていない人脈を有効活用してくれるのはありがたい。

 魔術士団の人たちは、城砦修復工事の完了後、砦の防衛戦力としての常駐が求められている。ぶっちゃけスクトゥム帝国が攻め込んできたとき、魔術での迎撃は射程距離的に有効かどうかは微妙だが、搦め手からこられた場合、特に喪心陣などをしかけられたら、一番抵抗力があるのは彼らだろう。敵が夢織草とか催眠効果の高い薬草を使ってきたとしても、そこは効果が出る前に暗部の皆さんが対応できるわけだし。うん、いい組合せだ。

 問題は、魔術士団の人たちの言動の端々に、魔術師独特の尊大さが垣間見えていたことだ。


 魔術士団の人たちがそっくりかえって傲慢に振る舞えば振る舞うほど、当然のことながら騎士たちは反感を抱く。早い内にたたき直さねば今後の防衛体制に罅を入れる原因となりかねん。

 ありがたいことに、あたしが鍛錬場などにもちょくちょくお邪魔してたこと、グラミィやトルクプッパさん越しとはいえ、城砦内で顔を合わせた騎士の人たちには、あたしの方から気軽に挨拶したり話しかけたりしてたおかげで、魔術師VS騎士という対立構造ができるまでには至らなかった。

 ならば鉄は熱いうちに打て。魔術士団の人たちをしばいておくのは早い方がいい。


 魔術師の中でも、アーセノウスさんや魔術学院の一部の導師のように、重度の魔術ヲタの場合、態度の矯正はわりと簡単にできる。なにせ彼らは魔術知識のためなら手段を選ばない。場合によっては平民出身の魔術師にすらひれ伏し、下手なプライドどころか魂までも売りかねん。

 ということは、ヴィーリに頼んで森精の魔術の精緻さを見せつけたり、あたしが生前のシルウェステルさんの変態チックなまでに独創的な魔術の構築を見せれば、あっという間にお願いの一つや二つ聞いてくれるというものだ。ナチュラルに魔術に関係のない事柄が抜けやすいお脳味噌特性はともかく、対応としてはかなりやりやすい。

 だが、魔術士団は高い技巧を誇る工兵隊員であっても、どちらかというと脳筋に近い単純思考の持ち主だ。魔力こそパワーにしてジャスティス、みたいなところがねー……。

 ま、魔力比べなら火力馬鹿の一つ覚えも効果的というものだ。

 あたしとグラミィが一度格差を見せつけたら、すっかりと大人しくなってくれましたとも。というか、胴体が持ってかれるレベルでしっぽぶんぶんふりまくりって感じ。

 ……そーいや、光速手のひら返しが上手なのは魔術士団のお家芸だったか。


 魔術士団の人たちの態度が一変したのには、意図的に魔術士団内部の競合関係を顕在化してみせたせいもある。

 なに、コギタティオさんに一言、『アルボーのできはよかった』とグラミィに言ってもらっただけですが。

 

 アルボーに派遣されていた魔術士団工兵隊の三人は、優秀な技術者だった。そのことは紛れもない本当のことだ。それも、単純に魔術的な面だけじゃないというのがすごいところだ。

 がったがたになってたアルボーの水路や市街地、石組のすべてをほぼ立て直してみせたのは、彼らでなければできなかったことだろう。しかもそれ、未熟どころかひよっこ未満な学院生の実習もうまく組み込んでのことだったと聞いた時にはあたしも驚いた。

 もちろん、アーセノウスさんたち導師のフォローあってのことだが、学院生にもどこにどう岩石を顕界すべきか――たぶん建築工学とか力学的な計算に基づいてなんだろうと思うんだけど――細かく指示を出し、質の揃わない生成物をうまく組合せ、あそこまで綺麗に再構築してみせたんだとか。

 名誉導師なんて地位はお飾りでもらってるが、あたしにゃ真似のできないことですよ。

 ……まあ、素直に彼らを賞賛したせいで、魔術士団から筋違いに命令されたと思ったプライドの高いお子さまが、あたしになぜかぶちきれてきたりもしたが、そこはそれ。

 

 だが、わざわざそのことに言及してみせたことで、城砦にいる魔術士団には妬みが生じる。

 アルボーに派遣された三人と同等、もしくはそれ以上の高い評価をあたしたちから得ねばという強い欲求が芽生えるには、負の感情はいい土壌だ。

 ならこの城砦の修復はといえば、とうにかなり進んでいる。

 さすがに魔喰ライとなった裏切り者が無茶なことをやった塔は相当ぐらついてたようだ。弱体化した場所を集中的に補修したとかで、以前よりも綺麗になっているところも多い。

 だがどうしても顕界したての岩石と、風雪に耐えた建材とでは見た目が明らかに異なる。市街地全体を修復したアルボーは新しくなった箇所が多かったといえ、新旧の継ぎ合わせもかなりうまく隠してあったのだが。

 城砦の方は、つぎはぎがパッチワーク模様並みにばっちり映えるというね。

 

 これ、防衛上も実はあまりよくない。

 建造物というのは継ぎ合わせた箇所が脆くなりやすい。つまり、攻撃するならここをめがけて撃ちまくれ!という、いい目当てができてしまうわけですよ。

 そこであたしはひとつお節介をした。膨大な魔力量にまかせて壁面全体を軽く加工、つぎはぎ部分が目立たないように表面を削ってさらに顕界した岩石で覆い、いっそう石積みというよりコンクリ製に見える方向に仕上げたのだ。

 建造物の構造にまで手を加えるようなものではなく、外装工事程度の軽いものなのだが、あたしが手を出したということは、あたしから魔術士団の常駐組の仕事に不備があるように見えた、ということになるわけだ。

 それは事実だ。ただの事実だ。

 だが、ただの事実も彼ら常駐組には『失策をやらかした!』という焦り、『左遷されるかも?!』という不安を生じる種となりうる。

 

 正直なところ、あたしは常駐組に『あんたらいらんわ』と言うつもりは欠片もない。彼らをフルーティング城砦から異動させる権限を持ち合わせていない以上、あたしが何を言っても魔術士団の処遇には関係がない。だったらわざわざグラミィに言ってもらっても無意味でしょうが。

 唯一意味があるとしたら、あたしたちと魔術士団の関係性を悪化させるぐらいなものだろう。だけど、メリットなんぞ全くない行動なぞするつもりもあたしにはない。

 しかし、そんなことは知らない彼らは進退窮まったと思ったことだろう。

 そこへ、クランクさんたちの耳打ちがきっちりと効いた。

 

 クランクさんたちは、あたしの同行者としてアルボーで目にしたことを素直に話した。さりげなくアルボー派遣組が『学院生の指導』という、他の組織の人間と関わり合うことで貢献していることを強調したかもしんない。

 これ、常駐組が我身に置き換えるならば、プレデジオさんたち率いる暗部の騎士たちとの協力を強めて『フルーティング城砦の防衛』を行わなければいけないということになるだろね。

 そのためには態度を改めなければならないというわけだ。


 意外だったのは幻惑狐たちだ。フームスやカルロといった古参組は、スクトゥム帝国の偵察にもあたしに同行していたせいで、かわいい顔で媚びを売るという生存戦略をきっちり身につけている。それをいつの間にかゲイルたち新参組にも伝授していたのは知ってた。

 だけど、それがぎくしゃくと騎士たちに歩み寄ろうとする魔術士たちと、尊大な態度をこびへつらうような笑みに変えて寄ってくる魔術士たちに警戒を隠せない騎士たちとの潤滑油になるとは予想だにしなかったことだ。


 幻惑狐たちのおかげで、ぎすぎす軋んで尖りまくっていた砦の中の雰囲気は、思いっきり緩和された。

 強面な騎士達も、高慢かましていた魔術師たちも、てちてち歩く幻惑狐たちの姿に和んでいたり、テーブルの前で行儀良くおこぼれを待っていたりする様子に笑みを浮かべるようになった。

 ローブ姿の魔術士と鎖帷子姿の物見兵が、好きにして状態の幻惑狐の腹を並んでわしゃわしゃしてる、なんて微笑ましい情景も見られるようになったものである。

 

 どうやら、幻惑狐たちにいろいろ忠告しておいたのがうまく効いたようだ。

 媚びを売るなら、せめて野性全開でラットゥスなどをバリムシャしてるところは、なるべく人に見せるなよとか。食べ残しも目に触れないように、できれば屋外に放り出せとか。

 あと、心話にせよ化かすにせよ、人間に話しかけるのは不許可だ、ぎょっとされるから。何かあるならあたしかグラミィ、ヴィーリだけに話せとかね。


〔なに入れ知恵してんですかボニーさん〕

 

 いやあ、幻惑狐たちが愛されキャラを演じるには、どれも大事なことでしょー?


 もちろん、幻惑狐たちが城砦内の人たちに好意的に受け容れられたことは、あたしたちにとっても大きなメリットがある。

 受け容れられたということは、幻惑狐たちが城砦内のどこにいても、誰も気に止めなくなったということでもあるからだ。

 おかげで砦内の情報は、あたしたちにとってはどこもかしこも筒抜けだ。縦横無尽に入り込んだ幻惑狐たちに目を借りれば、あらかたの秘匿情報は抜けてしまう。

 さすがに他国人のマヌスくんやアルガには見せられないこともあるので、幻惑狐たち、とりわけマヌスくんにつけたイルシオには、あたしの許可がないかぎり情報を渡すなと言ってある。

 でもこれで、たとえ城砦内限定とはいえ、あたしたちにどんな根深い反感持ってる人間がいようが、それが深刻な対立になる前に対処できるようになったというのは大きい。

 どんな敵対の芽もすぐさま徹底的に潰したげますとも、けっけっけ。

 

 あ、一応この幻惑狐たちの布陣はプレデジオさんへの保護も兼ねていたりする。

 幻惑狐たちに、彼はこの城砦の最高責任者だと、彼を守ったげるといいことがあるよーと囁いてやったのだ。

 数が増えたおかげで、幻惑狐は知能が上がっている。とはいえ、どこまで行っても彼らの欲求は超豪快ストレートなのである意味やりやすい。

 アエスに置いてきたミコの時もそうだったが、彼らは衣食住ならぬ胃殖揉(いしょくじゅう)、つまり食欲と繁殖欲が満たされて、ついでに安全な住処を確保して、そこでもにもにマッサージがしてもらえれば、それだけでけっこう満足なんである。

 だったら、このフルーティング城砦の中にいれば全部セットで満足できるじゃん。ラットゥスも狩り放題だし。逆にこの城砦が他国に抜かれたら、みんなぱあになっちゃうよ?と本当のことを教えてあげただけのことだ。


 彼らの胃殖揉を守るためにはプレデジオさんたちが大事なんだよと伝えたら、(なにすればいい?!)と、すごい勢いで食いついてきたのは、じつに予想通りだった。

 ならばと、城砦内にいる人間全員の匂いを覚え、それをラームスに共有するようにとすべての幻惑狐たちには伝えてある。

 さらに、城砦内の人間とは違う人の存在、匂い、そして外部者の匂いをつけてる人間と接触したら教えてね、とも言ってある。

 よしよし、これで城砦の内外問わず、外部の人間との接触についても把握できるだろうと思っていたら、(知らない匂い(外部者)狩る(殺っとく)?)とさらっと怖いことを言われた時には大いに焦ったけどな!

 糧食を運んできてくれてる人たちもいるので、それはぜひともやめてくれなさい。頼むから。

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