沈黙裡の会話
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
どの情報をどれだけどのように開示するか、一つずつ細々したことを話しているうちに、グラミィに限界がきた。
〔ボニーさんの話長いんですもん……。雑談の方が多いし……〕
あたしとグラミィの打ち合わせなんて、いつもそんなもんだけどね。
だけど中身がいくら元JKでも、ガワがお年寄りである以上、あまり無理はさせられない。グラミィの魔力操作能力はかなり高いから、ガワの年齢を意識させないほどに動きは軽い。けど持久力面まで魔力操作でまるっとカバーできるかっていうと、いくらなんでも無理があるってものだ。
じゃあ、明日からそんな感じで頼むということで。
基本的にはあたしたちだけが抱え込んでる情報?知らない子ですね!て感じでヨロ。
〔ヨロと言われても。あたしがよろよろしてますからー……あ、だめだ。もう寝ましゅ……〕
おう。おやすみー。
ふらふらグラミィは寝床に潜り込んだ。そこにブラッシング終了後の幻惑狐たちがわらわらとたかっていく。
骨のあたしにはさっぱりわからないが、山の夜は冷え込むらしい。でもあれだけの幻惑狐たちが団子になって集まれば、たぶん寒くはないだろう。
問題は、グラミィが寝返りで幻惑狐たちを潰すようなことがないか、ということだったりする。
幻惑狐たちは、ちょっとした危険になりそうな枝や岩が落ちてくると、咄嗟に土や砂埃を操って猫ちぐらサイズのシェルターを作ったり、つっかい棒代わりにして抜け出そうとしたりする。怖いもの知らずなせいで攻撃一辺倒なことの多い魔物たちの中では、防御方法も意外と多彩だ。
反撃ではなく、完全な防御。なので、うっかり寝返りを打ったとしてもグラミィが怪我を負う心配はまずない。けれども材料が土や砂なので――まあ室内とはいえ、土足でどこもかしこも歩き回るせいで、集めるのには事欠かないわけですよ――汚れるのまではどうにもならん。
起きたときには髪の毛から足の先まで土埃まみれの、正直人には見せられないよな状態になってることもあったりする。
……朝、身体を洗えるようにしといてあげようかな。
んで、ヴィーリはまだ眠らないんで?
(星の刻に木々への癒やしを。風は梢を行く。されど葉擦れは眠りの底を浅くする。夜の静寂を守るはひそやかなせせらぎなれば)
……ああ、あたしが森で協力をお願いしたことをしようと待っててくれたと。ついでにまだ話もしたい、でもグラミィを起こさないように心話でしよう、ですか。それも接触心話で話した方がいいんじゃないかと。なるほど。
心話の相手があたしだけになったせいか、森精独特の言い回しというか概念が多すぎて、森のざわめきを聞いているような気分になる。
(ヴィーリ、あなたの配慮に感謝する)
あたしが素直に頭蓋骨を下げると、ちょっと沈黙があった。
どうしたのかと思ったときには、風が動いていた。気がつけばヴィーリはあたしのすぐそばまで近づいていた。
障害物の多い森の中を機敏に動き回るせいか、森精の動きは野生動物のようにしなやかで優美だ。
ではさっそくお願いします。
えーと、ではどうしたらいいかな?ラームスがよく見えるようにした方がいい?
んじゃ脱ぎましょうとも。
あたしは座ってた方がやりやすいと。あ、はい。
上半身、裸を通り越して皮も肉もない骨をさらすと、息のかかるほどヴィーリが顔を近づけてきた。
……ええそりゃ恥ずかしいですよ!ひどい状態のラームスをガン見されるのって!
なにせあたしゃあ、いくら当人の許可を得たとはいえ、ことあるごとにちょっきんちょっきん伸ばしたがってた枝葉を切り落としまくってたんですもん。
森精に樹杖の枝を預けられた者の扱いとしては、グラミィよりもだめな自覚がありますとも。
闇森の中で、森精にできればお願いしたいこととして、あたしが提示したものの一つがこれ。
ラームスたち、森精から預けられた樹の魔物のケアだった。
まあ、森精たちにとって樹の魔物は彼らの半身も同然、これぐらいならさしたる抵抗もなくやってくれるかなーとは思っていた。回復処置を施すのなら、ヴィーリが一番適任なのだろうとも。
しばらくまじまじとラームスの様子を観察していたヴィーリは、やがて自分の樹杖を引き寄せると、爪でひっかくようにした。動作の軽さに似合わぬ大きな傷が樹杖についたのは、一瞬の顕界だったのでよくわからないが、たぶん結界刃を使ったのだろう。
同じように、あたしの背骨におんぶ状態なラームスにも傷をつけると、ヴィーリは二本の傷口を合わせて魔力を注いだ。
……なるほど、魔力を集めた傷口は治癒のスピードが上がる。そうすればヴィーリの樹杖がラームスをサポートしてくれるというわけか。
あたしが持っているラームスも、グラミィにくっついている樹枝も、もとはといえばヴィーリの半身たる樹杖の枝だ。言ってみれば挿し木と親木の関係、遺伝子的には同一なので、接ぎ木の要領で組織を融合させても不都合は起こりにくいのだろう。
ラームス、どう?
(( ))
葉擦れのような心話が多重奏で聞こえてくるのは、ラームスだけでなくヴィーリの樹杖も反応しているからなのだろう。
そんなに容量的にいっぱいいっぱいってわけじゃなかったけど、記録はヴィーリの樹杖の方にもバックアップすると。
……いろいろあたしの単独行動の内容が森精たちにモロバレすることになるけど、そのへんはしょうがないか。
あとはいろいろ足りてなかった栄養を分けてもらって、あたしが剪定しまくったぶん根や枝を魔力でむりくり伸ばしていたことできていたガタも、内部から修復するのを助けてもらっていると。終わったらまた融合してた組織を剥がすんで傷にはなるけど、剪定よりも負担にはならないと。
……うん、やっぱり無理させてたんだね。いろいろごめん。
(ヴィーリ。あらためてお礼を言わせてほしい。ラームスを助けてくれていること、そしてあなたたちの同朋満ちる地へ伴ってくれたことを、ありがたく思う)
座った状態の上に、じわじわ組織を融合し合っているヴィーリの樹杖とラームスの接合部分がうっかり離れないようにするのにも、そんなに大きな身動きはできない。
それでもできるだけふかぶかと頭蓋骨を下げると、また奇妙な沈黙が落ちた。
(ヴィーリ?)
思わず頭蓋骨を上げたのは、あたしの腕の骨をヴィーリが握りこんだからでもある。
(星とて風に軋むかと。我らが同胞の地にいかなる種が芽吹くかを知りつつも、ともに飛ばんと誘えば)
あたしに罵倒の一つや二つ言われることを覚悟していた?
アウェイでどんな雰囲気になるかわかっていたのに、黙って闇森連れ込んだし。
なのに、謝意を述べられるとは思わなかった?
……そのくらいには、人間の感情が読めてて何よりですよ。
だまし討ちに近いものがあったとわかってりゃ、とりあえず今はそれでいい。ただし一つ貸しってことで。
闇森出たところで謝罪ができてりゃ、人間らしいフォローのしかたとしちゃあさらに高得点なんだけど。
ま、こっちがついてくぞと承諾したのだって、思うところがないわけではなかったが、メリットを見いだしてたからなので。実質チャラというか、闇森に踏み込むなんて、ヴィーリが誘ってくれなきゃ絶対無理だったので、ちょっとだけ感謝の方が多いくらいだ。
(なれど、昼夜眠らぬ星の望む花信の風は得られず)
……あー。あたしの蘇生方法が結局わかんなかった件か。
この世界で意識が鮮明になってから、あたしが最初に持った望みの一つ、生身になりたいという願い。それが実現する可能性は、ぶっちゃけかなり低いということだけしかわからなかった。
というかそもそも、あたしがなぜこの骨格状態で、動き回ったり物を考えたりできているのか。それすら森精たちにもわからないというね。むしろ森精たちにとっては考えたことなかったレベルだったってのは驚きだったけど。
いやね、ヴィーリの経験は彼の樹杖を通して闇森に送られてたこともあり、あたしとグラミィの存在ってのは、かなり最初の頃から闇森に認知されていたらしいのだ。
そしてあたしみたいな動く骸骨状態の存在を初めて知ったって森精もいたので、めっちゃ驚かれたり興味は持たれたりしてたみたいなのよ。最初のころだけ。
だけど、動く骨の星、と認知したからって、それで事足れりとするのはどうなのよ?!
いくら自然の申し子のような存在だからって、ありのままをありのままに受け容れすぎだろ森精。
だけどまー、魔力吸って動いてるから生命体でOK認定という森精のゆるさって、それはそれでありがたいことではあるのも確かなんだよね。
当初、あたしの扱いってば、人間には『操屍術師らしい老婆にもてあそばれてる動く死体』だったもんね。筆頭カシアスのおっちゃん。あと魔術士団の四人組。
それが森精たちにとっては、せいぜいが『ちょっと変わった落ちし星』ぐらいのゆるい異物感だったおかげで、ヴィーリもあたしたちに同行してくれることになったんだろうし。
加えて、あたしとグラミィに樹杖の枝を渡してくれたりとか。
その上、ラームスたちをつねに持ち歩いている以上、あたしたちを森の一部とみなしてもよくね?的な方向へ意見がまとまってきてたり、拒否から受容方向に闇森全体の空気が変わってきてるってのは、さらっと集団自我の思考を誘導してくれたヴィーリのぐっじょぶだと思う。
森精独特の考え方によるメリットはメリットとして、デメリットはデメリットとして別々に捉えるべきだろう。
デメリットは思考停止に陥りやすいことだろう。かくあるがゆえにかくあり、変形コギトエルゴスムってか。だけど結論づけてしまったら、命題はそこで閉じてしまうのだ。
なぜあたしがお骨状態になったのか、がわからなければ、どうしたら生身に戻れるか、も解明できない。
時を戻しでもしない限り無理なんじゃねとか言われてもなあ。時戻しなんてわけわからん術式、一から手探りで構築するには、いったいどこから手の骨をつけたらいいのやら。
シルウェステルさんのローブにあった自動修復陣……あれ生身にまで効くんだろうか。ローブがいつでも新鮮さらっぴんって感じなのは、一張羅的にとっても助かってるんですけどね。
ま、見つかんなかったものはしょうがあんめぇ。諦めるのは慣れている。諦めないことにもだ。
確かに、闇森ではあたしが生身に戻るための方法自体は判明しなかった。それは事実だ。
けれども、蘇生できないという証明もされてはいないのですよ。いわゆる悪魔の証明かもしれないが。
それでもポジティヴに考えた方が、人間明るく前向きに生きてけるってもんですよ、たとえ骨でも。
なので、あたしは諦めはしない。引き続き蘇生方法は探しますとも。
ただし、それだけのためにリソースを割くのはいろいろもったいないので、かなり優先順位は低くしますけどね。
それを手伝ってくれると嬉しいなー。いや強制じゃないですけど。
そう伝えるとヴィーリはしばらく沈黙していた。
そんなにあてのない話が嫌なのかと思っていたら、ぽつりと心話が来た。
(実は育たぬというに、なぜそこまで枝葉を散らす?)
自分に利益がなくても身を削るわけがあるのかと訊かれてもなあ。そんな自覚はあんまりないぞ。
利他的に動いてるように見えるとするなら……。
たぶんグラミィに言われたように、あたしが小心者だからだろう。
あたしたちは、あくまでもこの世界の異物だ。
異物が受容される、し続けられる状況を維持するのって、受け容れる側になんらかのメリットがない限り難しい。
ヴィーリだって、あたしたちに接触し、同行する中で、いろいろと助言をくれたり協力してくれたりしているのは、あたしたちが落ちし星――魔力を多く持ち、周囲に豊饒をもたらすもの――だからこそ。そうだろう?
(雪嵐は吹かぬ)
……否定はしないか。やっぱりというか当然だな。
異物である以上、無条件で受け容れられることはない。だったら引け目を感じないよう、全力でできることをやるべきだろう。
あたしとグラミィはわりと最初から他者に利益を供応するって方向で動いた。たまたまそれが魔術能力だったのは半分成り行きだったけれども。
そういや初めて王都に向かったときも、この世界で生きるため、能力を提示し、切り売りをするってことで動いていたっけか。それしか差し出すものがなかったし。
あたしのマイボディがシルウェステル・ランシピウスさんのお骨だったことで、クウィントゥス殿下なんて一国の王族にもたやすく接触できた。そのおかげで、切り売りする能力だって高価買い取りをしてもらいやすくなったのはありがたい。
結果、ある程度の自由や身分はわりと簡単に手に入れることができた。ある程度どころじゃない資産とか恐くて拒否ったけどね。
それらすべてが献身的なものに見えたのだとすれば、狙い通り。
最初から利益をありったけ吸い上げる気満々の相手じゃなけりゃ、いやそういう相手であっても、利益は多めに与えておくべきだろう。
たしかにこっちも損はしているだろうけれども、それがどうした。
この世界は基本的に世襲的な封建制だ。けれど封建社会って一方的な支配/被支配の関係性じゃないのですよ。むしろ利益を相互に与え合うことで成立しているといってもいい。
主君は臣下の統治を認め、庇護や恩賞を施す。
臣下は主君に納税や賦役――騎士なぞは従軍がメインになるわけだが――などの義務を果たす。
逆に言うならば相応の対価を互いに支払っているからこそ、互いの身分が制度の中に保証されているといってもいい。
で、だ。
このバランスが崩壊するほど多大な利益を、一方的に相手に送りつけたらどうなるか?
そりゃまあ普通なら、そんなことはありえない。
主君側からひたすら利益を臣下に施すのは論外。主君が主君たる支配力の根源となっている土地や財力を臣下に渡せば渡すほど弱体化するんだもん。立場が逆転するような真似をするわけがない。
逆に、臣下がひたすら主君に、労働や納税によって貢献し続けるのも困難だ。
これ、臣下が弱小領主であればあるほど、身の丈に合わない貢献はできなくなるのだ、領地を持たない騎士のような個人であればなおのこと。
数は力という言葉は、戦場においても、平時の統治においても真理となる。多大な成果を出すには組織力が重要なファクターとなるからだ。
だけど、個人でも多大な貢献ってやれなくはないのだよ。戦で敵の大将首を取るとかね。
人はそれをなした者を英雄と呼び、褒め称える。この褒め称えるってのも報償なのだが、それだけでは足りぬ場合、主君は世襲的封建制度の一部をあえて壊すことで、その個人を封建制の枠組の中に閉じ込めようとする。身分を引き上げ、名誉を与えるというやりかたでだ。
よくある爵位の授与とか、むこうの世界の日本史でいうと、あまりにしょぼいが名字帯刀ってやつがそれにあたると言ってもいいだろう。
だけど、あたしは、王サマ相手にそれをかなり徹底的に拒否している。名誉導師だの称号だのはしょうがなくもらってるけど、領地とか爵位はさくっと拒否った。
わりと、これだけでも、互恵的な主従関係って揺らがせることができるのよ。身分や地位を返上して国を出てきますとか言うように、うまくやったら簡単に崩せるくらいには。
……まあ、そのせいでいらん首輪なんぞつけられたりしたけどな。
なんとかあたしを、というか、複雑な出自を持つ上に強力な魔術師でもあるシルウェステル・ランシピウスという人物を、主従関係のうちに留めておきたい王サマたちはどうしたかっていうと、わりと以前から、それこそ首輪をつける前から『あたしの自由裁量を認める』って方法もとっていたりする。
これはとてもかしこいやりかただと思う。
なにせ、どこまでなにをどう認めるかなんてのは王サマたちの胸先三寸。逆にあたしが何かやらかしたときに、王サマたちがそっと目立たぬようにフォローをくれることもできるってもんだ。
他人にはわかりにくいから、あたしが優遇されてるようには見えづらい。それはつまり不公平感を抱いて暴発するような人間の敵意が、あたしや王サマたちに向くこともないということでもある。アーセノウスさんあたりが無駄に騒ぎ立て、あたしの不遇を訴えたりしなければの話だが。
まあ、政治的な駆け引きについても百戦錬磨のアーセノウスさんだ。いかに兄馬鹿とはいえ無駄に暴発することもないだろう。
……たぶんないよね?
そんなふうに、あたしなりにいろいろ考えていたのは、自分の都合がいいように居場所を拵えるためだ。
だがそれを妨害するような動きに気づいた。気づいてしまった。
ランシアインペトゥルス王国にとっちゃあ、スクトゥム帝国との最前線にあたしが進んで立ちたがっているように見えるかもな。
だけど、忌憚なく言うならば、あたしはあたしの都合で動いているだけなのだ。
ここがゲームの中の世界だという思い込みで森精や人を痛めつけ、殺し、他の国に潜り込み、侵略し、世界のありかたを壊し、歪め、侵蝕している星屑たち。それらを生み出し、増殖させ、今現在も操っていると思われる『運営』。そのもととなったマグヌス・オプスたちの研究。
それらすべてを、この世界から消し去りたい。あたしの居場所を守るために。
もとの世界には戻れないだろう。
そう諦めて、この世界で生きるためにあたしが懸命に獲得してきたものを、踏み躙ろうとしているのは、この世界の異物という意味では同等の相手だ。
つまりは、おそらく、あたしの獲得したものの価値を、あたしにとっての価値を、最もよく理解できるだろう人間だ。
理解しうるくせに――、いやそれだからなのかもしれないが――やつらが価値あるものをただのガラクタにしようとするならば。
あたしは手持ちのカードをあるったけ切って、それに抗う。それだけのこと。
あたしゃ善意には善意を、悪意には悪意を返すことに決めてんだ。攻撃には攻撃を返し、蹂躙しようとするのなら蹂躙してやろうじゃないの。あたしの生活を守るために。
ただし、あたしはやつらと確かに同等かもしれないが、やつらの同類にはなりたくない。
だから、なるべく無関係な人を巻き込みたくはない。そう思っている。
……この世界の存在である森精には、よその世界まで来て何を馬鹿なことやってくれてんだと思うようなことかもしれない。
というか傍迷惑以外の何者でもないだろうね。異世界人同士の争いとか。
だけど、あたしの動きは、森精たちにとってのメリットがないわけじゃないと思う。なにせ侵略行為の阻止にもなるわけだし。
だから応援……は無理かもしんないけど、目こぼししてくれてると助かるなーとは思っている。
それでも利他的に見えるというならば。ヴィーリ、あんたたち森精はいったいどうなのよ。
森精の魔力と魔術は、樹杖たちあってのものというが、それでも質量ともに人間の及ぶものではない。
なのに、彼らが住むのはこんな岩山の森の中。
人間の国と不干渉が保ちやすいといえば聞こえはいいかもしれないが、領地が広げにくい、言い換えればそれこそ空でも飛ばなきゃ往来も大変な、定住に適しているとは言い難い場所だったりする。
なんでわざわざそんなことをしてんのさ。
(炎と氷は相容れぬ)
森精と人間は、一緒に居続けるのが難しすぎる相手だ?
……いや、そんなに排他的な関係なの?人間サイドじゃ神話に出てくるような、ありがたーい存在として見られてるわけじゃない?王サマたちともあっさり直接会えちゃうくらいには特権的な位置づけもされてる。
なのになんでまた。
あたしは思わずヴィーリの顔を見上げた。そして後悔した。
……ま、まあ、あたしたち落ちし星には教えられないような理由が、森精にもあるのかもしれないとは思う。
ぶっちゃけ彼らは国家などの集団としての人間に対峙することはあっても、個々の人間に対しては比較的冷淡だ。一人一人が死のうが死ぬまいが、国家に対するスタンスは変わらないとでもいうように。
闇森の森精たちの中には、あたしたちのことすら落ちし星というカテゴリでしか見ず、『運営』みたいな連中が害するのだからおまえらも同じだーぐらいに極端なことを言ってきた連中もいたしな。
それを考えると、むしろ、ヴィーリがこれほどあたしたちに好意的に接してくれていることの方が不思議なんだけどなあ。
(そなたの枝は直ぐに伸びている。風は梢を煽らず、若き翼は空を征く)
……それは、ちょっと嬉しいな。これまでのあたしを、そんなに高く評価してくれてるとは思わなかったよ。
確かにあたしはヴィーリたち森精に対し、これまでいっさい嘘をついてはいない。
たとえ心話でも絶対に嘘がつけないわけではないが、やはり嘘がないほうが、森精たちにも好感が持てるのだろう。
闇森で欲しいものは何かと聞かれて、あたしはラームスたち、あたしが預かっている樹の魔物の枝たちのケアを願った。
これ、森精たちよりもラームスが喜んだようだ。そしてラームスの喜びはラームスの親木であるヴィーリの樹杖にも伝わり、ヴィーリにも伝わったらしい。
もともとあたしが四脚鷲のグリグを誓約で縛ったとき、その内容があまりにもゆるいことに、ヴィーリはおもしろいと興味を示していた。
それは誓約で縛られた魔物はそのまま従わせられて随行し、力尽きれば使い捨てられ、誓約を交わした魔術師が死ぬときにはともに死ねと命じられてる、なんてこの世界の『普通』をあたしたちが知らなかったからでもあるのだが。
けれども、ヴィーリには、あたしの森精に対する接し方だけでなく、森精の森を構成する魔物たちへの接し方も含めて評価してくれたということなのだろう。なんだかちょっと照れくさい気もするが。
(ありがとう。ヴィーリ)
思わずそう伝えると、ヴィーリはするりとあたしから離れた。ちょっと焦っていたように思うのは気のせいだろうか。
(わたしの樹が枝を癒やし、陣を読む。星の刻過ぎるまで石となれ)
あ?え?樹杖の枝が、あたしの頭蓋骨にかぶさってるのって、そういう理由?
……ヴィーリの言葉を森精独特の言い回しから翻訳すると。
ラームスが弱っているから、今夜はこれ以上手を加えない。一晩時間をかけて樹杖がラームスを回復させるだろう。本格的な治療はそれからになる。
それと同時並行で、あたしに刻まれてる陣も解析する。夜が明けるまで動くな。ということらしい。
頭蓋骨に刻まれているという魔術陣は、あたし自身にはうまく見えない。
以前ドミヌスにも一部は解析してもらったのだが、その複雑さに喪心陣にも似たところがある、というところまでしか見てもらえなかったものだ。
マグヌス・オプスなら解析してもらえるかなーとも思っていたが、能力的はいざ知らず、依頼できるほど信用できる相手ではなかったわけでいろいろと後回しになった案件だったりする。
……しかし、直接森精に解析してもらうんじゃなくて、樹杖にしてもらえるとはね。
森精より微細な魔力操作が上手だからなんだそうだが……、だったら、ラームスに頼んでおけばよかったかなあ?
( )
あ、はい。頭蓋骨に枝葉が届かない上に、あたしの魔力の影響をたっぷり受けてるせいで見えづらいって理由があるならしょうがないよね。
陣の内容が分かれば陣そのものの発動を停止することも、効果を無効化することもできるようになるだろう。期待は大きい。
(わたしも眠る)
はい、おやすみ。いろいろありがとう。
戸口脇の小寝台の一つ――といってもキングサイズぐらいあるのだが――にヴィーリは横になった。
おそらく、グラミィが今寝ている、奥の方の部屋in小部屋みたいなでかい箱型寝台があたし用で、こっちの仕切りの中に複数置いてある小さなやつは、ヴィーリとグラミィが寝るところだったんじゃないかなと思う。この世界、基本的にでかい寝台に雑魚寝らしいしね。
まああたしは正直寝ないし。グラミィは基本的に女性ってことで、カシアスのおっちゃんたち騎士隊と同行しているときも、個室をもらえていたらしいし。
魔術師たちも成長により魔力量が増えてくるにつれ、個室が必要になるとは魔術学院で聞いたことだ。他人の魔力がさわることがあるとかという理屈らしいが。
……それ、単に魔力制御が寝てるとできないって鍛錬不足の問題じゃね?
だがまあ個室があると情報管理上ありがたいので、そういう意味では魔術士団の人たちが砦のリフォームをしてくれてて良かったのかもしれない。
あたしはそのまま動かずにいた。
森閑とした夜の空気のなかでは、ラームスとヴィーリの樹杖、そしてペルとドミヌスの枝たちが嬉しげに交わす葉擦れのような心話がよく感じられた。
……もしあたしに表情筋があったなら、照れくささに悶えまくっていたかもしれない。
心話で行き交う情報の中には、あたしに関することもかなり多量に含まれていて、しかもそれには、微風めいた彼ら独特のほのかな、それゆえにいっそうあけっぴろげな、あたしへの肯定的な感情も含まれていたからだった。




