髪の毛一本分の信頼
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
「失礼いたします」
不意に戸口からかけられた声に振り返れば、妙に力の入った笑顔が覗きこんでいた。
「お……アルガか」
「お帰りなさいませ。お三方が戻られるのを我々とてお待ちしておりました。マヌスさまも同じく」
うわっちゃ。
そういや、もと糾問使団のみんなにも黙って出てったからなあ。
プレデジオさんあたりが彼らに事情を聞こうにも、問い詰めた方も、問い詰められた方も、何にもわからないという状態だったわけだ。
そりゃあ、問い詰められた方も情報を把握したくなるわな。
「それは、まことにすまなんだの」
「ま、すんだことはいいです。クランクどのも明日にでもお話を伺えればとのことでしたんで。……ところで、お食事はすませられましたか?」
してないなあ。あたしはともかく、ヴィーリもグラミィもそろそろお腹減ってんじゃない?
〔それほどでも……ありますかねえ?あんまりよくわかりません〕
(森の気にあてられたのだろう)
ラームス伝いで送られてきた情報によると、闇森のように濃密な魔力が充満している場所では圧力を感じて当然なのだそうな。魔術師の放出魔力による威圧をかけられたようなものだろう。
だが、周囲の空間に魔力が多いということは、そのぶん魔力吸収しやすいということでもある。あたしにとっちゃあ、貴重な天然回復スポットだ。
けれども、あたし以外の魔術師だって、外部からの魔力吸収をしないわけじゃない。
特に、意識して積極的に魔力を取り込もうとしなくても、取り込んでしまうほど魔力の濃い闇森のような空間では、ついつい吸収してしまう。それが魔力酔いを起こさない程度の微量であっても、疲労感が飛んだり食欲が狂ったりすることがあるのだそうな。
なるほど。徹夜明けの脳内麻薬出まくったハイテンションみたいなものかな?
ああいう時ってお腹空かなかったり、逆に無駄な空腹感を覚えたりすることがあるもんね。
一応食べられるようだったら、ちゃんと食べときなよグラミィ。ただしドカ食いはなしで。
〔了解ですー〕
「ヴィーリどのも召し上がっておらぬ。何か小腹の押さえられそうなものでも、今から厨房に頼むことはできるかの?」
「そうおっしゃるかと思いまして」
手品のようにアルガが取り出したのは、ボウルのような深鉢に、皿代わりにも使う固いパンを何枚か蓋のようにかぶせたものだった。
「中には茹肉の冷えたやつが入ってます」
……いやこれ、けっこうな量じゃないか。アルガたちの夜食か何かじゃないの?
首の骨を傾げると、アルガは片目をつむってみせた。
「なに、アタシらの酒のつまみでしたら、とうに確保しておりますんで。どうかお気になさらず」
それはまた手回しの良いことで。
じゃあ、お礼を少々しようじゃないの。グラミィ通訳よろ。
「お返しに、酔い覚ましに効くラクサリの薬草茶はいかがかの?」
「そりゃあ、ありがたく頂戴しまさぁ。できればマヌスさまのぶんも」
薬草茶を、岩石で大きめなティーポットを作って出す。グラミィたちのマグと、顕界しておいた小さな壺に注ぎ分けてやると、アルガは壺をほくほくした顔で抱えていった。
無理に問い詰めようという気配を出さないあたり、やっぱり空気がよく読めている。
あたしがお茶を出している間、グラミィとヴィーリは結界刃を使って薄くしたパンをあぶり、バターも砂糖もないラスク状態にしたところに冷肉を載せていた。ちょっとしたオープンサンドで夜中のティータイムである。
(にくー)
匂いに惹かれて、幻惑狐たちがきゅうきゅうと鼻を鳴らしながら寄ってきた。
食べたい食わせろと騒ぐのはわかるが、この城砦で手に入るのは、塩漬け肉が基本です。非常用食糧の生肉はまだしも、塩漬けとかきみらにはあまりよくないからやめとけ。
グラミィ、うまい?
〔正直、肉がぱっさぱさですね。香草を使ってるのと、塩抜きが上手なんで味はいいんですけど。歯ごたえがすごくて。もう少し薄切りにしといてから重ねようかなー〕
茹肉といっても、しっかり煮込んでダシと塩気を出したあとのものだもんな。
脂肪分?煮込みきられて表面に浮いたやつは、もうそれだけでもかなり塩析が終わってるようなものだ。
なので、すくい取って別の料理などにも上質な脂として使われるらしいですよ。臭みが少ないから。
二人分のお茶をたっぷり出し終わると、あたしはティーポットから茶葉を取り出した。
顕界しておいた石皿の上で乾燥、灰にしたものを、しばらくたってからグラミィにほいと渡す。あたしにゃわからない温度を確認してもらうためだ。
これでどうかな?
〔んー。だいぶ冷めてきましたから大丈夫かと〕
よしよし。ほれおいでニンブス。
あたしは手近な幻惑狐を捕まえると、グラミィとヴィーリから十分な距離をとった。二人の食事の邪魔にならないようにだ。
鼻の上から尻尾の先まで全身に灰をわしゃわしゃとすりこんでやると、荷物からコールナーのお古な馬櫛を取り出して、ざしざしとブラッシング。
……あ、もちろん抜け毛も飛んでかないように、ちゃんと対策済みですよ?
結界と風の魔術が地味に上達してきたのも、このせいだったりする。
じつはこのお茶殻の灰、ノミダニ系吸血性昆虫っぽい虫の駆除剤になるんである。
幻惑狐たちにたかる虫は、人間の血も吸う。ということは、むこうの世界みたく病原体の媒介しかねんということでもある。
あたしはともかくグラミィたち同行者には、いや幻惑狐たちを連れ歩く先々にも、下手な感染症なぞふりまきたくはない。
王都でタクススさんといろいろ話す機会があったのだが、そのついでに相談をもちかけたところ、虫除けの薬草を何種類か教えてもらったのだ。ついでに実物もわけてもらえたのはありがたい。
ちなみにこの薬草、お茶にして飲むこともできるという一石二鳥。独特の香りは強いが、リラックス効果があると聞いて、へえってなもんですよ。
ちなみに、ヴィーリたちもその出し殻を火を消さないように上にかぶせて、ぶすぶすと煙で燻すというやり方で除虫してるんだとか。森精流の無駄がない使用方法には、逆にタクススさんが興味津々になった。その後も何度かヴィーリと薬談義にふけってたくらいだ。
以降、幻惑狐たちには、最低一日一回のブラシタイムの他に駆除剤となる灰の揉み込みも行っている。おかげでなでれーかまえーと彼らがねだってくる頻度が増えました。
てか、もにもにと揉み込んでやると、くってりと全身の力を抜いて、口まで半開きになるんですよこいつら。
このくつろぎっぷりを見るたび、お前らほんとに野生の魔物だったんかいとつっこみたくなってしかたがないんですがね。
タクススさんによれば、本当は灰より濃く煮出したお茶そのものの方が虫除け効果が強いそうな。でも塗ってやった幻惑狐たちには、ほんの一日程度だが、ぴりっとした香りが残るのが感じ取れるらしい。おまけに毛繕いでも不快感があるんだとか。
鋭敏な鼻で感じた香りと自分の身体を舐めた時の、にがにが爽やかな刺激を感覚共有されたので、お茶を使うのは一度でやめた。
当事者がイヤがってるものを押しつけても長続きしないからね。
なお虻とか蚋系の虫にたかられやすい馬たちには、彼らの許可をもらってお茶を塗ってやったら、えらく具合がよかったらしく、同行してた騎士の人たちが何を使ったのか聞きにきたりもしたものだ。
虫除け効果はマイルドよりな灰も、殺虫効果はちゃんとあるみたいだしね。
もうそんなことはないが、幻惑狐たちに灰を使い始めた当初は、ブラッシングをしてやると逃げ遅れた虫の死体がぽろぽろ落ちてきたし。今となっては痒がることもなくなった幻惑狐たちは、ブラシや灰を見ると喜ぶようになってきたくらいだ。
抜け毛はあとで洗って、またクッションの中身にでもしてやろうかしらん。
〔ここの布団事情がちょっと良くなると嬉しいですねー〕
布団にするには量が少ないかなー。
なにせ換毛期は地味に過ぎてるみたいだし。十匹を禿げる勢いで毎日ブラッシングしても、なかなか量はたまんないと思うよ?
冷肉サンドをもぐもぐしながらでも、会話ができるのは心話のよいところだ。
無駄な時間も短縮できるし、たとえ盗聴などをされていても、『声』――心話に使う魔力の波長のことだ――を傍受できない限り、視覚的にも聴覚的にも、ただの食事の情景にしかならんというね。
(ほぉねぇん、もっとぉぉ……)
……しどけなく蕩けた『声』は、もにもにマッサージ中の幻惑狐のものだ。
馬たちもそうだが、魔物達の心話は感情や感覚と未分化なところが大きいのだろう。たまーに意図しなくても感覚共有されていることがあったりする。
あたしがマッサージしてやってる幻惑狐から快感を送られてくると、自分で自分をもにもにしているような、なんとも複雑な気分になるもんである。ちょっと気持ちいいのが癪だ。
〔気持ちいいんですか。……それはともかく、ボニーさん〕
お茶を飲みながら、グラミィがあたしに目を向けた。
〔詰めとく話って、ヴィーリさんたちとのあれやこれやをどこまでどんなふうに他の人たちにも伝えるか、ってことですよね?〕
うん、そうそう。
なので、ヴィーリとも心話でやりとりできるようにしといてね。
〔わかりましたー〕
このフルーティング城砦に来るまでの道中に発見したことだが、あたしとグラミィが一緒に第三者との心話に加わった場合、ちょっと面白い効果が生じる。
グラミィには、あたしの口調は彼女とのやりとりのまんまで認識されるという。あたしもグラミィの口調はそのまんまに聞こえる。
けれども、それ以外の相手には、あたしの口調はその相手に話しかけたりする時の、多少作った口調で認識され、グラミィは婆口調で認識されるというね。
一対一で心話をすることが多かったのでなかなか気づかなかったことだったが、どういうわけかはわからない。
一度認識フィルターがかかると、それに影響されて心話の捉え方が変わるのかなあ?
〔そこまで知りませんよ。あそーだ、ボニーさん?〕
ん?なに?
〔国と関係あることは、開示というより、砦の人たちにも積極的に説明していかないといけないんじゃないかなーと思いますけど。で、関係なさそうというか、あたしたちにだけ関わりのあることは閉じたらどうですか?〕
ラームスのこととかね。それだけじゃないけど。
でもまあ、馬鹿正直に無関係者にまで全部を公開する必要はないよね。
森精たちは別にランシアインペトゥルス王国の味方というわけではない。あたしたちとは協力関係にあるけれども、それだって全面的なものじゃないのだよ。
それらを含めて、何をどう開示するかはしっかり考えないとだよね。
現在あたしたちと森精たちの間では共有しているが、他の人間とは共有してない情報って、けっこう多いんだもん。
〔てゆーか。森精さんたちとの情報交換にしたって、あんなことまで教えちゃってよかったんですか?〕
ちらちらヴィーリを気にしながらも、伝えることは本心そのままどストレートとか。あんたもいい性格だよね、グラミィ。
言っとくが、彼らに伝えた星屑たちについて知ってる限りのこと、考察したことなどは、とうにドミヌスに教えたのと同じ内容だ。
闇森からの帰り道――もときたルートを辿って天空の円環に出た後は、そのまま歩いて帰ってきたんだが――その途中でヴィーリに確認したところ、直接落ちし星に関わったことのある森精たちは予想以上に少なかった。
というか、闇森では現在のところヴィーリだけというね。少なすぎるわ。
もちろん、ヴィーリやその前の星と共に歩む任務を受けた森精たちの記憶が混沌録に蓄積されている以上、アクセスをした他の森精たちも、落ちし星については理解している。というのだが……。
いくら追体験しようと、体験できる事例自体が少ない上に、任務を受けた森精視点のみとあっちゃあなあ。
どうしてもその当事者視点の、個人的かつ狭い理解で終わっちゃうんじゃなかろうかと、ついついいらん心配をしてしまう。
一応、森精たちも落ちし星たちの特質というか傾向は把握していたようだ。
この世界の知識、特に魔術について知りたがり、個人差はあれども最初だけは全員が学ぶことに熱心だとか。学ぶことには慣れているとか。
自分の所属していた世界への未練をそれほど持たず、比較的柔軟に自分の置かれた立場を受け入れる、というか逆転キタコレ的楽天主義を発揮するとか。
この世界にない概念や技術の知識を披露するが、その記憶には曖昧な箇所や欠落も多いため、再現するには至れず、結局諦めることもほとんどだとかもね。
ま、一番森精たちにとって重要なのは、彼らが現れる時には落ちし星の名の通り、隕石が落下してくるような、かなり巨大な光の球が多量の魔力とともに地上に降ってくることらしいし。オーパーツを生じさせそうな文明の進歩なんてことには関心が薄いのは、ある意味ありがたいことだろう。むだな期待はない方が失望も小さい。
だが、問題は出現に光の落下や膨大な魔力を伴わない、星屑たちの存在だ。
派手なきざしがないせいで、森精たちは星屑の存在やスクトゥム帝国の変質に気づくのが遅れた。それもまた、現在の惨状を生じた一つの要因なのだろうから。
マグヌス・オプスの言葉が幾ばくかの真実を含んでいるのならば、星屑を造り出しているのは彼の弟子だという、落ちし星の一人なのだろう。少なくとも『運営』に何らかの形で関わっているのだろうという推測ができる。
それと、直接星屑たちと接触したあたしが見る限り、彼らはこの世界がゲームステージという思い込みから抜け出せず、正しい世界の姿を知ることはないようだ。この世界に関する知識を得てはいても、こう、なんというか、設定やTipsのようにしか捉えていない感じなんだよねー。ワンパターンな思考しかできないように発想力を削られているのか、人格そのものの容量を削られているのか。
そんなんでよく階層社会の最たる帝国に増殖できたもんだと思うが、最高権力者から順番に身分意識薄弱な星屑たちのガワにしていったのかね。
もちろん、ガワの人の身体に染みこんだ技術を使うことには熱心だし、ゲームだと思っているからアクティブに身体を酷使もする。けれども技術の習熟度に応じた難易度のクエストをこなしているつもりでは、それは技術的な成長であっても、人間的な成熟にはならないのだ。
それはそうだ、レベル的にこれくらいのクエストならいけるって思い込みで動き、自分のやることなすことすべて成功するのが当然の想定内と信じてるんなら、それ、仕事して金稼げばちゃんとした社会人になれる、だったら結婚できて当然って発想と同等だろうに。
結婚さえすれば人生ハッピー、その後も仕事さえすれば配偶者として自分の義務は果たしてるんだから幸せになれて当然、病気になったの事故に遭ったのというトラブルは、結婚システムの故障で相手の義務違反、だったら責任追及損害賠償請求して当たり前ってなレベルの思考だもんなあ。
もちろん、それが正しいなんてことはありえない。
だけど失敗したとき、彼らはレベルで担保されているクエスト成功可能性しか見ていないから、『運が悪かった』『相手が悪かった』と、原因を周囲にしか求めない。自分が悪いなんて欠片も思わないから、反省もしない。
なによりこの世界を遊戯盤感覚で捉えているということは、責任をとる必要がないと認識しているということでもある。
他者の命はもちろんのこと、自分の命も軽く見る傾向があるのは、そのせいもあるんじゃなかろうか。最悪、PK感覚で街中で惨殺事件起こして自殺するとかやりかねん。
その程度には、あたしは星屑を危険視している。
いずれにせよ、この星屑たちの現状すべてが『運営』の意図的に仕掛けたことだとするなら、その狙いはなにかを知らなければ、対処はできないだろう。
困ったことに、その星屑たちの身体はあくまでもこの世界の人間のものなのだ。魔術陣を仕込む以外にもいろんな加工をされていそうだが、それもできればきれいに消去するとか解除するとかして――最低限でも発動しないように細工をして――持ち主に、ちゃんと身体を返したげたい。あたしはそう考えている。
そのためには森精たちの協力が必要なのだ。
〔だからって、その魔術陣まで全部渡しちゃうのはどうかと思うんですが〕
……あー、まあ、確かに。
ドミヌスに作ってもらった解放陣だけでなく、その元になった喪心陣まで渡しちゃったのは、必要に迫られてとはいえ、問題が起きないと言い切れないことはわかってる。
ぶっちゃけドミヌスに喪心陣を渡したのも、彼がロリカ内海の島なんてほぼ孤立した状態にいたからできた決断だったわけだしなあ。
物理的遮断はやっぱり情報封鎖の有効手段、オールオープンなクラウド端末よりも、多少演算能力は低くてもスタンドアロンなシステムで技術開発をするほうが妥当といえる。などというと聞こえが悪いか。
それでも、あたしは、闇森の森精たちにも喪心陣を渡すことを決めた。
喪心陣は危険だ。滅多な相手に渡すことも危険だ。でも、だからこそ、喪心陣の対抗措置の開発が必要だからだ。それも早急に。
〔でもドミヌスさんに解放陣作ってもらったじゃないですか。だったら、他の森精さんたちにもわざわざ情報教えなくても。解放陣だけじゃだめだったんですか?〕
一つだけの対抗措置なんて、潰されちゃったらそこでアウトだもの。
複数の安全策を考えておくにこしたことはない。
〔解放陣ネオの開発をしてもらおうってことですか?〕
単純に言うと、そういうことになるだろうね。
もとの人格が解放された後、今度は星屑たちの知識をもとの人格の人が活用できるとか、そういうものになるのかな?
それによって、ガワだった人たちに異世界の知識も有用に使ってもらえるとしたら。
……幸せな未来が欠片も見えませんな。
『無知や無理解が不和と戦争を生じる』という命題が真であっても、その対偶である『知識が平和と幸福をもたらす』が常には真にならないのは、むこうの世界の兵器開発史を見ただけでも、いやってほど理解できてしまうことだ。無駄な機能はつけないようにお願いしとかないと。
話を戻そう。
もう一つ、闇森の森精たちに魔術陣の知識まで渡したのには、彼らが精神的群体だからということが大きく関連している。
真面目な話、刻んだ相手の自我を抑圧してゾンビ化できちゃう魔術陣なんてやばいもんを、森精の一人であるドミヌスに開示した時点で、すでに森精たちの間にその情報が伝播していくのは時間の問題だったのだよ。
たとえドミヌスがあの孤島で死んだとしてもだ。彼の記憶は樹の魔物達によって、とうに記録されている。樹の魔物たちは繁殖範囲を広げてゆき、いつか他の森精と接触する時が来る。
時間軸を超えて伝えられた情報は、精神的群体である森精たちに、そしてその半身たる樹の魔物たちに爆発的に伝播していくだろうね。
もし仮に、あたしたちがそれを阻止しようとすれば、その行動の記録とともに。
だけど、記憶の収集保存蓄積を重んじる森精にとって、その記憶を欠如させようとする阻止行動は、敵対行動でしかないわけですよ。
〔……そういえば、ドミヌスさんも、持ってる記憶の一部が欠けちゃったのを恥と考えてましたね〕
うむ。
だったら、彼らの収集や保存や蓄積を邪魔しなければいい。むしろ最初から危険なんだよと念を押して、取り扱い注意を警告しておいた方が、無駄なトラブルは起きないんじゃないかな。
なにせ混沌録への接続なんて、森精でもなきゃ困難なんだもん。森精同士ならともかく、人間にまで情報が漏れる可能性は低い。
ヴィーリやペル、ドミヌスのように、名づけられることによってある程度独立性を与えた個人であっても、森精たちには、『森精全体の繁栄に利するため』という行動原理が強力に機能している。
人間ぽく見るのなら、森精は統制がきちんととれた種族集団であり、そこから個々人が逸脱する可能性はほとんどないと見えるのだろう。逸脱するほどの個がないのだから。
それに対し、人間は個が強すぎる。名誉とか権力、その他もろもろの私利私欲による暴走を押さえ込んでいるのは、個々人の理性という、清廉なのかもしれないが信用のできない、脆いストッパーでしかない。国や魔術学院といった、所属する組織全体の利益というお題目でも制止しきれるかどうか。
結論。ゾンビ化魔術陣なんてもんを人間に渡したら、未来がひたすら悪い方向に行方不明になりかねん。
いまだにあたしが、ランシアインペトゥルス王国の王サマにも、魔術学院にも、糾問使団の人たちにも、アーセノウスさんやマールティウスくんにすら喪心陣を渡してないのは、そういうことだ。
なにせ、誰か一人でも欲に負けた瞬間に悪用合戦が始まり、国と国とが潰し合うようないくさが起きかねない。そうなると人間社会全体が衰退に向かっていくことが目に見えてるんですよ。
この世界、生産効率も再生産率もあんまり高くないからねー、農産物でも人口でも。
その生涯にわたって、全面的に信用できる個人というのは存在するかもしれないが、未来永劫信用し続けることのできる組織というのは存在しない、というのがあたしの持論だ。
もちろん、森精たちの群体自我がまるごと暴走したら、その影響は人間同士の争い程度じゃ収まらないだろうってことも重々承知してはいる。もしそうなったら……。
人間社会の衰退どころかこの文明自体が消し飛ばされるかもなー。
まあ、だからこそ。
闇森の森精たちに情報を開示する時に、あたしは彼らに誓約を求めたのだ。
譲渡した知識のすべてを、あたしたち、及び、森精以外のこの地の人間を害するために使用することなかれ。ただ『運営』などこの世界をそこなわんと目論む、地外より至りし者、及びその手先を排除するためにのみ使うこと。またこの地の者をそこなわんとする使用を見いだした場合には森精の力をもってとどめよ、とね。
微妙に反発する気配もあったが些細な事だ。
〔……些細?いやそもそもあの誓約のやりかたじゃあ、魔術的な強制力なんてないんでしょ?〕
お。魔術的な仕掛けを論じるとか、グラミィもだいぶ大魔術師ヘイゼル様らしくなってきたじゃないの。
何個目かの冷肉サンドをくわえてなければな。
……真面目な話、抑止効果っていう意味なら、この誓約単体にはあんまりない。というか皆無に近い。
なぜかっつーと、約定とか誓約っていうのは、自分と対等、ないしは自分よりも上位の存在が一枚噛んで、はじめてちゃんと機能するものだからだ。一味神水みたく神に誓うなんて儀式は、その最たるものだろう。
つまり、約定する相手が自分よりも弱くても、立会人が無視できない力を――社会的信用とか権限とかね――持っていれば、きちんと契約に定めたことは守られるわけです。
でもこれってさあ、逆に言うなら、相手が弱くて、強力な介在者がいなければ、どんなに真面目に定めたことでも、破ろうとすればできちゃうってことなんですよ。ペナルティ無視で。
で、だ。
この世界の管理者を自負している森精に、彼らと対等以上の存在なんて想定はない。
人間?庇護すべき下等生物ぐらいの感覚で見てんじゃないかなあ。あたしたちのことも含めて。
法律?そんな人間のルールで森精は縛れない。
〔……まずくないですかそれ?せっかく受け入れてくれた誓約に強制力皆無とか〕
だからといって、下手に魔術的な効果を付与しようとしていたら、もっと事態はまずくなってたわけですが。
自分の首を絞めそうな首輪をちらつかせてくる相手に、そうそう好意的になれるような、お人好しというか思考能力皆無な存在ではないのだよ。森精たちって。
ましてやそれがナチュラルに見下してた下等生物が相手だとすれば、さらに好感度はマイナス領域につっこむ勢いで爆下がりしてて当然でしょうな。
ついでにいうなら、人間一人に対しても誓約を守り、破棄を禁ずるような効果を上げようとするならば、最低限でもあの魔術学院の石壇に刻まれたのと同じくらい複雑な魔術陣を構築しておくか、もしくはあの場で術式を顕界する必要があったのだ。
だけど彼らが、のんびりそんなもんができあがるのを待ってくれるわけがない。彼らにとっちゃあ悠長な攻撃行為だもん。即座に反撃に出るに決まってるでしょ。
おまけに森精たちは森、いや彼らの半身たる樹の魔物たちとの共振により、膨大な魔力を操ることができる。
闇森に数百年、あるいは数千年というスパンでため込まれた魔力をもって、全方位から攻撃されまくってたら、まず間違いなく原型の残らないレベルでもれなく死ねただろうね。
あたしの場合には消滅する、になるのかも知れないが。
だいいち、精神的効果を発揮する系の魔術というやつは、たとえ無理矢理顕界しても、基本的に魔術師には効かないんである。魔術学院での真名の誓約だって、幼児相手に精神的な抵抗力が弱まってるらしい睡眠中を狙ってやってたくらいだ。当然、覚醒状態の成熟した森精たちをどうにかできるもんじゃない。
これ、放出魔力のせいだと思うんだよなあ。
魔術師たちって、物理戦闘専門職である騎士たちによる威圧感、剣気や殺気といったものにも、無駄に高い抵抗力があるのだ。存在は感知しても硬直したりすることってないんだよね。自分の放出魔力で防御してるようで。
それが無謀なほど恐い物知らずな原因でもあるのだろうと思うが、魔力で構築した術式や精神的な効果――火球などの物理的な顕界後の産物じゃなくてだね――に対しても、放出魔力ガードが機能しているじゃないんだろうかと、あたしは考えている。
もちろん、魔術師や森精といえど影響下に置けるほど、強力な術式を巨大な魔力で構築してあるとか、アルガに施した真名の再付与のように、対象者が自発的に術式の効果を受け入れようとする、あるいはそうせざるをえない状況を組織的に、社会的に、あるいは伝統的に作成しておいて、追い込んでおくのであれば、効果がないわけではないのだろうけれども。
てゆーか、そもそも森精たちに敵対行動に出ていいわけがない。負け確定じゃなくても魔力勝負なんて挑む時点で間違いだ。
彼らは『運営』じゃない。あたしたちが敵にしてどうする。
だから、あたしは別のアプローチをしたわけだ。
〔とか言いながら猛反発させてどーすんですか、ボニーさん!〕
……まあ、煽っただけじゃんと言われたら、それまでだけどさー。『この誓約をお破りになることがあったら、かたがたというのはただそのような存在なのだと、未来永劫わたしたちはそのように判断するしかございますまい。たとえ今後この誓約に直接関わらなかったこの世の管理者のかたがたが誓約を破棄なされた時も、同様にございます』とか言ったのは本当だし。
世界の管理者という自己定義に重きを置いている森精たちにとって、下等生物と見下してるだろうあたしたちに信用できねー相手と評価されるというのは、逆にあたしたちに見下されるようにしか思えまい。
ならば絶対に、なにがなんでも誓約を守りに来るだろうというのがあたしの読みだった。
……まあ、骨も粉砕すれば死人に口なしとばかりに、こちらを叩きに来る跳ねっ返りが出る可能性もないわけではないとは見ていたけどね。
だから、もしそういったことが起きた場合、彼らが手を出した瞬間、破られたことになるように誓約の文言をいじっておいたわけですよ。
行動に移した瞬間、ラームスたちによる証拠記録が残りますよ。しかも永久保存でと伝えてやったら、まー動揺のすごかったこと。
あたしの伝えたことは100%真実だもん。かなり深々と彼らのプライドにぶっ刺さったんだろうなー。彼らが露わにした激しい反発がその証拠だ。
一部の跳ねっ返りのせいで、森精全体が自動的にあたしたちに見下されることにならないように抑えようというまっとうな反応だけじゃなく、ただあたしたちにたいする怒りや不快をむきだしにするやつ、なんとか裏技で回避しつつあたしたちをも始末できないかと企むやつまで出るとかね。まるで大脳のあちこちがいろんな感覚刺激に反応しているようだった。
ま、彼ら精神的群体をひとまとめで――種族的にだけじゃなく時間軸的にも――評価したったのは、森精たちが人間を評価しているのと同じ方法なので、文句を言われる筋合いなどございませんがね。へっ。
〔……いや、ボニーさんの行動に、ちゃんと理由があったのはよくわかりました。ボニーさんなりの勝算があったってことも。ですけど、ヴィーリさんの前で、よくそこまで言えますねー……〕
水向けてきたのはあんたじゃん、グラミィ。そんなどん引きな顔をしなくても。
でもまあヴィーリならば、たとえ森精全体の不快感を共有してても、名前によって自我を確立している以上は、自分個人の感覚も思考も忘れないでいてくれると思ってたし。
そもそも森精が一番重きを置く、『森精全体の利益』に、この誓約の内容は全く反していない。
ならばだらだら内臓もない腹を探られるのもイヤだしね。素直に思惑ざっくりさらしただけですよ。
そもそもあたしは森精という集団に対して、特別な好意をもってるわけじゃない。
もちろん、彼らの半身込みで、この世界では比類ないほどの高スペックなのは評価してますとも。
けれども、群体としての行動実績としては、そのスペックを万全に発揮できているとは思えないという意味で、ほんのり低評価だったりする。
いやね、ヴィーリに対してというなら、ちゃんと好意もあるし、信頼だってもちろんそれなりにしてる。ペルやドミヌスに対しても、あたしなりに思い入れがないわけじゃないし、手助けだってしてあげたいとも思うよ?
この身が消滅してもとか、ランシアインペトゥルス王国で関わりになった王サマたちを敵に回しても、とは思ってないってだけで。
だけど、森精である彼らには、個体に対する評価って理解できてるのかなー。人間で言うならその人は信じてないけど、その髪の毛の一本だけなら信じられる、とか言ってるようなものだろうし。
ついでに言うなら、森精たちを煽ったのには、別の理由もあるからなのだし。
……推測するに、この世界の中で、種としての森精には同等の他者がいないのだろう。
記憶は樹の魔物たちによって継承されるし、魔力も人間とは比較にならないほど大きい。自己同一性を強固に保持し、世界の管理者を自認するに至るのも、まあ、理解できなくはない。精神的群体という意味では、比較対象を人間ではなく幻惑狐にするべきなのかもしれないが。
だが、自我というのは、他者の存在を認識し続けなければ、確立し続けることはできない。
そういう意味では、精神的群体である森精たちが、かつて森から分かたれた一枝として認識している人間たちを、国などの集団単位でしか認識できないできたというのは、じつはかなりの不幸だと思う。それにより、比較しようのない強大な自分たちが、矮小な人間たちを管理するのだという自己定義しかできなかったのだから。
自分たちこそこの世界の最高の知性体、ゆえに人間たちを好き勝手もてあそんでもヨシ、などとどこぞの世界の霊長類とかいう種が陥ったのと同等のうぬぼれに森精たちが走らなかったのは僥倖ではあるが、今後もその状態が続くとは、過信することのできない幸運でもある。
同等の存在がいないというのは、かなり孤独なものだ。
孤独であるということは、他者を認識することによって自己定義している、その存在の自我の拡散が起きやすくなるということでもある。
ましてや森精たちは精神的群体。その自我が拡散するというのは、森精という集団が分裂するにも等しい。
でもねー、集団の力って数量にあるのだよ。分裂されては森精たちの持つスペックは下がり、弱体化を免れないだろう。いまそうなられるのはこっちが困る。
だったら、同等とは言わないまでも、人間とは違う立ち位置の他者、言ってみれば管理者の観測者となってやろうじゃないの、というのがあたしの目論見だ。
もちろん、正直なところ、あたしやグラミィのスペックは、森精たちとは、まるで比べものになんない。魔力も知識も能力も、彼らと同等になることを目指す、なんて面と向かって言ってやっても鼻で嗤われるレベルだろうさ。
それでも、森精たちに自分ではないものの存在を意識させ、第三者の視点を内在化させることはできるのだ。靴の中に入った小石のように。
〔えーと……つまりボニーさんのやっていることは、嫌がらせだと?〕
食べ終わった食器を片付けていたグラミィが、首を傾げた。
言っとくが単純な嫌がらせじゃないぞ?
……そーだなー、数人の幼稚園児の中に一人だけ子ども嫌いな中学生がいるとする。
その様子を見ている人の中に、中学生がこっそり気になってる女の子がいた。彼女は小さい子が好きだとする。
さて、その子の存在に気がついた中学生は、どう行動すると思う?
〔『好きな女の子に好感をもたれたい』から『幼稚園児の世話をしてあげる』?〕
それも一つの正解だね。
ここで肝心なのは、中学生の幼稚園児という他者に対する行動の変容が、好きな女の子の価値観という知識を内在化することで発生したということだ。
好意という動因によって内在化した他者の視点、価値観というのは、一度内在化してしまえば、女の子が目の前にいなくても、自分の行動がいつか噂などで伝わるかもしれないという想像によって、行動の変容を継続することになるわけだ。
グラミィ的な答えでいうなら、『彼女の目の前でなくても自分より小さい子の世話をするようになる』。
このように、内在化した他者の視点は、その人間にとって、いわば鏡となる。これまでの自分、今現在の自分を見つめ直し、これからの自分の在り方を変えるきっかけになるというわけ。
ええ、あたしの目的は、彼ら森精の鏡になることだ。
肯定するだけじゃ客観的に物事は見られない。長所も欠点もクリアに映し出してこその存在意義ってもんよ。
そして、少なくともあたしたちは、森精たちにとって落ちし星の中でも話のできる相手だというところまでは評価されている。だったらあたしたちが関わっているというだけで、森精たちが内在化した他者の視点を拒絶する可能性は低いと見ることができる。
……逆を言うなら、あたしたちの欠点も森精たちという鏡に映るのだろう。
でも、それはそれでありかもしんないなとあたしは考えていたりする。互いに互いを管理というか監視し合うことにより、けったいな暴走を起こす前に他者の存在が抑止力となって自分で自分を止められるようにもなるだろうという期待もしている。
たとえ内在化した森精の視点だけで自分を制止することができなくても、あたしたちを監視してくれてる森精が、ヴィーリたち個体ではなく、森精という生物集団が最終的にストッパーとなってくれるだろうともね。
〔ということは……、森精さんたちへの単純じゃない嫌がらせは、ボニーさんにとっても抑止力となる、と。なんでわざわざそんなこと考えるんですか?〕
単純じゃない嫌がらせて。
……前にも言ったかもしんないけれども、あたしは決して自分がやってることが正しいだなんて、欠片も思っちゃいない。失敗も山としてるし、人も傷つけたり殺したりしている。
それでも今のところ肯定的に受け入れてくれてる人がいてくれる。ありがたいことだと思うよ。
けれども、あたしは、そしてグラミィは、この世界の異物だ。
〔異物だから、排斥されないよう、先回りして身を正すようにしているとか?〕
それもある。
〔ってことは、他にもあるんですか?〕
この世界の存在である人間や森精がなんやかんややって、この世界に多大な被害を与えようが何しようが、最終的には壮大な自業自得ですむだろう。
けれども、異物が同じ事をすれば、ある意味この世界の、というかこの世界の生物たち、人間や魔物たちの生存可能領域の侵蝕になってしまうのだ。
星屑や『運営』たちは平然とやりまくってることだ。だけどそれはやっちゃいかん、真似しちゃいかんことだと思うのだよ。
だから、あたしは、なるべくスクトゥム帝国がやらかしているようなことは起こさないように、そしてスクトゥム帝国のやらかしを妨害したり阻止したりしていくつもりだ。
問題はだ。あたしの行動が意図せざる侵蝕を起こしてしまうかもしんないということにある。
ぶっちゃけあたしが持ってるこの世界の知識なんて、たいしたことがないわけです。森精たちの蓄積している知識量に比べたら、グラミィのそのマグと、海を比べるようなもんでしょうよ。
で、未来予測って、知識量で精度が大きく変わるものだったりするわけだ。
あたしがよかれと思ってしかけたことがどんな結果を生じるか。それを予測して、場合によっては力づくでも止めてくれそうな相手なんて、種としての森精ぐらいしか考えつかなかったというわけだ。
……まあ、思惑も利害の認識もあたしたちと彼らとじゃまったく違う。あたしの方から誓約を差し出さなかったのは、むこうの思惑で、いつでもどれだけでも絞まる首輪は、いくら呼吸不要のお骨でもほしかなかったからだが。
〔って、個体としては?〕
もうとっくにラームスにはお願いしてある。もし洗脳されたり魔喰ライになったりしたら、魔力全部吸ってでも止めてくれって。
ヴィーリは……もしそういう状態になったら、言ってなくても止めてくれるだろう?
(当然だ)
〔なんですかそのかっこいい信頼〕
信頼というか、たぶん彼はこう動くだろうという判断かな?
ヴィーリにはヴィーリの立場もあるし、思惑も利害関係もあるだろうから、きっとあたしの都合の良いようにだけ動いてくれるということはないだろう。けれども筋の通らないことはしないだろう、というね。
その判断がこれまでヴィーリとともに過ごしてきた時間に支えられているという意味では、信頼と言えるのかもしれないけれども、その半分はただの分析だ。
見ていればある程度はその人の人格、価値観、判断基準、そういうものはある程度透ける。
それをもとにその人がどう動くかぐらいは読めるんですよ。
人が読めれば、その人が絡んだ事態の動きも読める。
出来の悪い作品のキャラみたく、伏線らしい伏線もなくて、いきなり大事をやらかそうとするやつなんて現実にはいないのだよ。
準備だ根回しだなんだのの動きが見えれば、何をしようと目論んでるかも、なぜそうしようするのかという理由も見えるというものだ。
だから考えろ、思考を回せ、物事はよく見て、分析してさらに裏の裏までよく読め。
それでなにか問題が発生しそうなことを予測できるんなら、発生前に予防的に解決できるのが一番手っ取り早いというものだ。周囲に出る被害も抑えられるし。
というか、問題発生がかなりの精度で予測できるのなら解決できないのって、かなり無能だと思うんだよね。
グラミィが元JKにあるまじき、太い鼻息を吹いた。
〔ボニーさんてば思いっきり推理物に喧嘩売りましたね……!人が死んだり事件が起きなきゃ名探偵の出番がないってのに、そういう連中は名探偵じゃないって言ったようなもんでしょ〕
傲慢かね?
〔……傲慢とまでは思いませんけど。小心者なんですね、ボニーさんてば。将来あるかもしれないって失敗の可能性を考えて、ひたすらそれを潰しまくらないと安心できないとか〕
小心者かあ。否定はできないなあ。無駄にいろいろ考えるのも、こちらのダメージを最低限に抑えられるように、だもんな。
〔死ぬこと以外はかすり傷って言うらしいですよ?〕
いやいやあたしゃもうとっくに骨ですから。肉体的には死んでる人間にダメージが入ってるって段階で、相当な致命傷じゃないかと。丁重にお断りいたしますよそんな冒険テンション。
てか、小心者だとグラミィは軽蔑するかい?
〔いいえー。生ぬるく見守ってあげますとも。ボニーさんの言ってた、森精に対する他者としてのスタンス?的に〕
ぐは。投げたブーメランがいつの間にか戻ってきて、さくっと後頭部に刺さった気分ですよ。




