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境の砦

 カシアスのおっちゃんがこっそりと話してくれたところによると、フルーティング峠の城砦に駐留する国境警備隊はもともと精鋭を謳われていたそうな。


 山だから、それほど多数の兵士を置くことはできない。

 だがランシア山という天下の険の利点もあって、それこそヘイゼル様がランシア山を越えてきたときには、相手の国の軍隊を相手に一歩も引かなかったそうな。


「その誉れも今は昔の話と思われた方がよかろう」


 国、地方、いろんなものの端っこというのはいろいろ貧しくなるものだ。

 食糧の備蓄とか。酒とかの嗜好品とか。

 そして貧すれば鈍すって言葉は、この世界にも通じるらしい。


「同じ騎士としては恥ずかしい話だが、警備隊には王都には居場所をなくした者も多い。また志を持って着任しても折れる者もいるため、規律は乱れやすいとも聞いている。かつては通行税を勝手に加増し、処刑された愚か者もいるくらいだ」


〔通った人間が喋っちゃえば、すぐバレるのになんででしょうねー?〕


 ……時代小説で読んだ山流しというやつに似ているかも。


 甲州勤番という役職が江戸時代にあった。

 政治的に重要な土地であるからこそ、江戸から将軍家直属の家臣である旗本や御家人のうちから有能な者が派遣された、はずだった。

 だが、平和が続くにつれて理由は名目に棚上げされた。

 最後は着任を命じられること自体が素行不良を名目とした罰に近いという、出世の望めないルートのどん詰まり的ポジションと見なされるようにまでなったという。

 それでも役職を得ている手当はつくし、命令を拒否することはできない。

 生きて江戸へ帰ることができるかどうかもわからないが。


〔つまりどういうことですか?〕


 ……あー、たとえがわからなければ、グラミィは太宰府に流された菅原道真さんでもイメージしときなさい。

 中央でそこそこ頑張ってたのに、上の判断一つで地方に死ぬまでふっとばされたってところが似てるから。

 飼い殺しに近い左遷ってやつだ。

 それで心が荒まないわけがないわな。もともと荒んでるやつはさておいて。

 勝手に通行税を増やしたってのもその一瞬が自分にとって都合がよいものならば、それでよかろう、ってな考えに陥ったんだろうし。

 刹那主義者が自棄になったら、何をすることやら。ろくでもないことしかしなさそうだけど。


 で、カシアスのおっちゃんはそういうやさぐれたところじゃ、協力的な態度は期待できないと見るわけね。

 それでも任務上、そして捜索の許可だけでも取るためには寄らなきゃならないと。

 ご苦労さまです。


「そこで、ヘイゼル様にご判断を仰ぎたい。杖を魔術士隊に戻してもかまわぬと思われるか?」


 魔術士隊の面々に武器を与えろと。

 ……つまりそれはそれぞれが護身上武器を必要とする状況になるような、問題ごとの火種の存在を感じてるってことか。


〔いいんじゃないんですかね、ボニーさん〕


 うん。おっちゃんが連れてきている馬が全部軍馬なことといい、おっちゃんはこの山に登ってくる前から相当警戒してかかってるってことはもうよくわかってる。

 だったら、実戦経験豊富なおっちゃんの、そのカンを信じといた方がいい気がする。

 なぜならそのカンをささえる経験は、あたしやグラミィに足りてないところだから。


「カシアスどののなしたいようになされるがよかろ。あたしゃすみっこで大人しく見守らせてもらうさね」


 いやその言い方邪神っぽいから。


 そんなオハナシアイの後、あたしたちは正面から砦の中に入っていた。

 まあ、王都からの任務を帯びてきた調査隊一行サマだもんね。砦の警備隊だって理由もなく迎え入れないわけにはいかんわな。


 だけど、骨格標本は、相変わらず馬車の中でお留守番だそうです。


 いーけどさぁ……。


 そんな荒くれ者っぽい面々だったら、スケルトンなあたしを見たら、とりあえずぶん殴ってから考えよう、ぐらいの脳筋行動とりそうだし。

 それに、クライたちと心話でおしゃべりしたりできるぶん、ぼっち気分も軽くなってるから。


 というかね、馬車の転落が襲撃だった可能性を考えると、おしゃべりどころじゃないかもしれん。

 いろいろ考えずにはいられない。

 なぜなら、襲撃以外の可能性が考えづらいからだ。

 判断材料ってのが、現場の状況だけではないんだよねー。


 第一、馬車の墜落した場所がやらしすぎる。

 国境近くでありながら、ぎりぎりランシアなんたら王国の支配地帯、それでいながら山砦から直接目が届かない場所というのが。

 そもそも馬車の乗客があたしを含め誰だったのか。

 まあこれはカシアスのおっちゃんが詳しく調べてくれる、はずだ。たぶん。

 ただ、目覚めた時のあたしの記憶と、崖上から見えた車体の向きからして、馬車は峠を越えて国内に入ってきたものと思われる。


 ランシア山に入ってからは、街道を行く人がほとんどいない。

 旅商人すら、ギリアムくんが送ってきてくれてるフェーリアイ方面からくる者ばかりで、補給を終えると、とっとと引き返していくくらいだ。

 やはり、険しい岩山を越えて、違う地方や国へ出かけていくというのは相当難儀なことなんだろう。

 だからこそ輸入品や輸出品はきっと目玉の飛び出るような高値で取引されるんだろうけど。


 しかし、あの馬車はそんな一攫千金を狙うような旅商人のものではなかった。

 いまだにあたしが持ち歩いている紋章布や書類入れとか、短剣を見ても、乗客の身につけていたものは、相当高級品だと思われる。

 墓標代わりにしてきた剣もだ。

 乗客が貴族……王国の要人と言われても納得がいくレベルで。


 馬車の乗客が貴族だと仮定する。それが襲撃を受けた。

 その理由はいったい何か。

 襲撃者は国内に潜んでいたのか、国外から馬車を追っかけてきたのか、それとも国内の人間が手引きをしたのか。


 ……なんかいろいろ裏が深そうで頭が痛い。

 痛むはずの脳味噌もないけどな!


 いっそのこと、ただの山賊の襲撃ってことはないかなー。裏のないただの無差別ならまだ乗客、というかあたしの身体の人たちの運が悪いですむんだけどなー。

 でも砦の近くで、下手したら声が岩山に反響して聞こえるようなところで山賊が出没するとも思えないんだよねー。


 そんでもって、いまだに襲撃者がこのへんにいたとしたら。

 星が墜ちた調査というのを口実に、襲撃の事実すら隠蔽したつもりだったのにわざわざ掘り起こしに王都から騎士隊長が来ました、と見えてもおかしくないよなー。

 おまけに山砦の警備隊は味方にカウントしない方がいいっぽいって。

 うーん、思ったより大変なことになったかもなー。


 それでも、転落してた馬車の存在をカシアスのおっちゃんたちに教えたことに後悔はしてない。

 教えたからこそ、いろんな小細工もできるというものだ。

 たとえば、グラミィの口から姿の見えない襲撃者についておっちゃんたちに警告しても、受け入れてもらいやすい、とかね。

 まあ、襲撃の可能性に気づいてたおっちゃんなら、大丈夫かもしれないけど。


〔あたしのことも心配してくださいよー〕


 グラミィは、ほら、あたしと運命共同体だから。


〔あんまりうれしくない場面でさらっと言われた!〕


 まあなんかあったら心話で知らせなさい。助けに行ったげるから。

 そのためにも、砦の中の構造とかも、静止画像状態でいいから情報送っといて。

 玄関から部屋までの通路だけでもいいから。


〔……わかりましたよ〕


(ボニー、不安。なぜ?)


 葉擦れのような『声』がした。

 クライか。考え事してたから気づかなかったや。ごめんね。


(ちょっとね、馬車の中だと周りのことがわからなくてね。おっちゃんたちが心配になるんだよ)


 耳をぴこぴこ動かしながら考えている気配。長い会話はわかりづらいのかな。


(ボニー、見る)


 …………おおおお!

 すっげえパノラマ感のある視界。壁だけだけど。

 これがクライ視点の馬房内ライブ映像か。しかも匂いつき。

 匂いはいらなかったけど、まさか、感覚共有をさらっとしてくれると思わなかった。


(ありがとう、クライ)

(マールム。あとブラシ)


 ……報酬要求つきね。ちゃっかりしていていいぞ。


(マールムはどれくらい残ってるかわかんないから、エドワルドくんたちとも相談しないと、絶対あげられるとは約束できないよ)

(…………)


 すんごいガッカリ感が伝わってくる。


(だけど、ブラシかけは了解。ぴかぴかに梳かしてあげようじゃないの)

(痒くない。気持ちいい/うれしい)


 気持ちよさが心話とともに感情といっしょに流れ込む。

 人間だと檜の露天風呂でじっくりつかった感じかこれ。

 そんなに気持ちいいのかー。確かにブラッシングって血行を良くする働きもあるって聞いたことはあるけどさ。


(見る?)

(みる)

(視る)

(観る)


 ……………………。


 ま、待て待て待て待て。

 いきなり一斉に感覚共有してくれても、同じような視界ばっかりで酔うだけだから。


(報酬か?報酬目当てなのか?)

(((((うん)))))


 清々しいくらいに欲求に忠実だな君ら!


(でも、ブラシかけもさすがに一度にみんなにはできないから。毎日一頭ずつってことにさせてもらえないかなぁ?あと、あたしの姿を見せるのはいろいろまずいらしいから、砦にいる間はできないので後払いになるけど、いい?)


 ……馬車の外から、すんげえブーイング鼻息の大合唱が聞こえました。


 交渉のすえ、馬たち全員の耳を交互に貸してもらうことにした。

 視界は一番端の馬房にいる、スピンというエドワルドくんを乗っけてる馬と、反対側の端のブレイというカシアスのおっちゃんが乗ってる馬の視界を借りた。

 首を伸ばせばいろいろ見えるから。


(よろしくね、スピン、ブレイ)

(ボニー、マールム)

(ブラシ。ブラシ)


 ……はいはい、もうよーくわかったから。君らが欲求に素直だってことは。

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