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復命(その2)

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

「『またこの場を借りまして、同行の方々をご推挙いただきました外務卿テルティウス殿下、騎士団長クウィントゥス殿下、魔術士団長マクシムス殿下、魔術学院長オクタウス殿下、トゥニトゥルスランシア魔術公爵閣下にも心より感謝を申し上げたく存じます』」


 そうグラミィに言ってもらうと、その場の人々は驚いたようだった。特に名前を挙げた方々の驚愕っぷりといったらなかったね。貴族のたしなみってやつでか、表情に出てなくても、あたしが見れば放出魔力(マナ)が、こうね。

 だけどこれは嘘じゃない。というか紛れもないあたしの本心です。

 

 そりゃあ、いろんな政治的な思惑絡みでの人選だったのは十分あたしも承知している。派閥同士の相互牽制から単純な個人間における相性の悪さに至るまで、一致団結して事に当たるには悪条件ばっかだったってのもわかってる。

 けれども、同行者のみなさんは、全員が、感情より理性を、直情より計算に基づく判断を優先させることのできる人たちだった。呉越同舟と同床異夢を掛けてさらに自乗したようなシチュエーションであっても、全力を尽くすべきだと判断し、そして実行に移すことのできる人たちを選んで、推薦してくれたことには真面目に感謝しかない。

 同じ魔術師といっても、糾問使団の人たちは得意分野も能力も全く違う。だけどそれを互いにうまく噛み合わせることができたからこそ、スクトゥム帝国から一人も欠けることなく戻ってこれたんだとあたしは思ってる。ドリームチームといっていいくらいだ。

 

 とくに、クランクさんがいなかったら、正直なところ、糾問使団は早いうちに空中分解してたんじゃないかと思ってる。

 確かに魔術師としての能力だけ見れば、ラームスの助けもあって人外レベルなあたしと比べりゃ、クランクさんにはあまり特徴がない。アルボーにいた魔術学院の導師たちと比べても、中級導師であるコッシニアさんのような小技があるわけでもないし、放出魔力量も人並みだ。

 けれども、なくて七癖あって四十八癖な癖者揃いの魔術師たちを束ねる能力に限って言うなら、正直あたしはクランクさんの足元にも及ばない。

 ましてや船乗りさんたちや行商人さんたちまで、あたしやグラミィという最大火力のない状態でよくまとめてくれたと思うよ。

 あたしじゃあんな大人数、まとめて面倒見きれない。

 

〔そういうクランクさんをうまく使える能力がボニーさんにはあったってことじゃないですか?〕


 なにそれ。将に将たる器ってか。イヤイヤナイナイ、あたしにリーダーシップ能力なんて求めないでくれなさい。

 

「シルウェステル。そなた、その同行の中に珍しき者を加えたと聞くがまことか」

「『御意』」


 マヌスくんのことですよね王サマ。

 あたしが手の骨で差し招くと、側までやってきた彼はうやうやしく魔術師の礼をした。

 

「『これなるはマヌスプレディシムどのと申します、グラディウスファーリーの魔術師にございます。彼の国のクルタス王より直々に身柄をお預かりいたしました。そののちスクトゥム帝国にも同行を願い、糾問にも尽力いただきましたがゆえ、帝国のことはわたくしの目にしてはおらぬことどもも存じております』」


 あたしにゃ眼球ないけどな。

 だが、それ以外には比喩というか諧謔レベルであっても嘘は存在しない。あたしと別行動だってしてたんだ、その時マヌスくんがあたしの知らないスクトゥム帝国の様子を見ていたのは当然でしょう。


 こんなふうに、あえてあたしがマヌスくんの存在価値を高めるような表現をしたのにも、それなりに意味がある。

 最低限の人員しかいないこの情況を見れば、王サマが彼の存在をおおっぴらにする気はないってこともわかる。

 だけど王サマ以下クウィントゥス殿下あたりにまでは、マヌスくんがグラディウスファーリーの王弟ってとこまではばれてるんだよねー。

 てかばらしたんだよねー。あたしがなー。はいはい完全に自業自得ですぅー。

 だけど、二公爵にまでその情報が伝わっているかどうかは読めない。マヌスくんが本国では死亡可能性大な失踪状態にあるってこともだ。

 つまりそれは、制限されたわずかな情報のせいで――情報が制限されてるって段階で、さわるな危険人物だってこともわからない人ってきっといるよね――アルガレベルにマヌスくんが軽んじられ、その身に危険が及ぶ可能性だって出てこないとも限らないってことでもあったりする。

 もちろん、あたしが庇護する以上はそんなことさせませんけどね?

 マヌスくんに利用価値を見いだすのは勝手だが、利用されてやるかどうかは彼自身に決めさせますとも。

 なにせクルタス王から弟くんのことは直接頼まれている。

 なによりマヌスくんを人材として一番高く評価してるのは、たぶんこのあたしだ。他人や国に利用させるくらいならば、あたしが真っ先に彼を使い倒しますともさ。


〔ボニーさんてば……相変わらず鬼畜思考ですよね〕


 たまには別のことを言ってみなよグラミィ。ワンパターンだぞそのリアクション。


〔それはボニーさんがワンパターンで黒いからですよ〕


 おぅふ。……いや黒いのはデフォルトですから!いいかげん慣れてよ!


 などとごそごそ心話でやりとりをしていると、いつの間にか王サマがマヌスくんに直接話しかけていた。


「…直答を赦す。マヌスプレディシムどの、シルウェステルがスクトゥム帝国に交渉が効かぬと申しておったことについて、そなたはどう見る」

「わたくしのような者が陛下に管見を申し上げるなど恐れ多くもございますが、師のご見解に同意いたします」

「……ほう?」


 即答したマヌスくんに、王族と二公爵の視線が集中した。

 たぶん王サマが彼に話をふったのは、ランシアインペトゥルス王国の人間である他の糾問使団御一行とは違う判断を求めてのことだろう。

 曲がりなりにもあたしは正使。糾問使団では一番偉いことになっていたので、下手すれば他の人たちがあたしを気にして自ら口をつぐまないとも限らないもんな。自分の見解を押しつけて回るほど狭量ではないんだけどねあたしも。

 客分扱いしていたマヌスくんから見解を聞けば、逆にグラディウスファーリー独自の判断材料の内容に探りを入れられるという腹もあるのかもしれないが。


「スクトゥム帝国で最初に寄港しましたアエスでは、使臣としての証を掲げて入港したにもかかわらず、外交を担当する官吏ではなく、商船の手続きをする下級の入国管理官が対応にしゃしゃり出てまいりました。またその入国管理官一人の判断で、シルウェステル師らのみならず船乗りの一人に至るまで、下船を禁じられました。師は不審を覚えられ、幻惑狐(アパトウルペース)たちを使いアエスを調査することをご提案なさいました。わたくしも幻惑狐の一部を預かりまして、アエス執政庁の内情を探りましてございます。かの地を支配していた者らは、わたくしたちすべてを捕縛した上で、何かに使おうと策謀を巡らせておりました」

「そのようなことがあったのか?!」


 フランマランシア公爵が目を剥いたが、あれはあたしも驚いた。

 常識外れにもほどがあったもんなー、あの推定星屑たちの問答無用っぷりは。

 良いカモが来たからゾンビ化魔術陣にかけてしまえ、手に負えなかったら殺せ、だったもんねぇ。


「また我が国の恥を申し上げますが、天空の円環より貴国に侵攻せんと目論みましたテルミニスの一族、あれを使嗾したも彼の国であること、師のお働きによって明白となっております。わたくしも当初はシルウェステル師のおっしゃっておられた『中身の異なる人間』の存在を信じることはできませんでしたが、テルミニスの一族の一人が、外見とはまるで異なる存在であったことを目撃いたしました」

 

 当初ただの幼女を装っていたマルゴーを不憫がり、何くれとなく世話を焼いてあげていたのはトルクプッパさんだ。だけどマヌスくんも一歩遠ざかったところから見てたもんね。マルゴーが、というか中身の星屑が化けの皮を剥がしたところは同国人としてやはり衝撃だったんだろう。


「わたくしが我が国で、そしてまたスクトゥム帝国で見聞きしましたことをもとに申し上げるならば、スクトゥム帝国はわれら帝国にあらざる者はいいところ木偶、あるいは操屍術者(ネクロマンサー)の操る屍程度にしか考えておらぬと断じざるをえないかと」


 対等に見えない相手に交渉などするわけがない。必要がないのだから。

 スクトゥム帝国の皇帝サマ(中身異世界人)ご一同にとって、この世界はゲームなのだ。モブや書割に対等の交渉を持ちかけてくるわけなどない。

 だがそれはスクトゥム帝国以外の国々から見れば、国力の差を盾に取った傲慢で愚かな行動にしか見えないだろう。

 第一、国としての抗議を受けつけないだけならともかく、一国の使節団を密殺しようと地方都市の行政を握ってる連中が目論むってあたり、たとえゲーム認識であっても皇帝サマたちも読みが甘すぎる。

 グラディウス地方を回ってきている以上、あたしたちが戻らなければなんかあったと複数の国に気づかれて当然だ、ぐらいには頭を働かせるべきなのだ。

 なのに怪しまれたりバレたりする危険をあえて冒すということは、バレることを気づいていないほど馬鹿か、気づかれても構わないと思っているかのどっちかということになる。

 

 そして密偵さんをガワにされたり、あの三人組をアルボーに送り込んできたことからわかるように、とうにスクトゥム帝国はランシアインペトゥルス王国に攻撃を加えている。

 ちなみに三人組のクエストは『金銀降らせるハシバミの枝を取ってくること』だった。

 それが何を指し示しているのかはわからないが、何らかの価値あるものを勝手に収奪する気満々とか。あんたらの行動ルーチンは他人の家に入り込んで壺を割ったり引き出し漁ったりするどこぞのRPGの勇者かっての。

 そこまで虚仮にされて黙っているほど、この世界は平和ぼけしていない。


「やむをえんな」


 王サマの短い呟きはその空間の総意となった。

 それはつまり、ランシアインペトゥルス王国は、スクトゥム帝国を完全に敵とすることが定まったということだ。

 そしてマヌスくんの価値がさらに光る状況になったということでもある。

 ランシアインペトゥルス王国とスクトゥム帝国、どちらがランシア山を越えるにせよ、あるいはフリーギドゥム海からロリカ内海へ渡るにせよ、間にあるのはグラディウス地方だ。マヌスくんにはグラディウスファーリーとの折衝役になってもらうべきだろう。

 彼の身の安全が王サマによってある程度保証された瞬間だった。

 

「このたび、マヌスプレディシムどのが我が国の問に協力いただいたのは、グラディウスファーリーの総意と取ってよいのだな」

 

 さすがは王サマ、ぐいぐい既成事実を積み上げてくださいますこと。内臓ダークマターなだけはあるわ。

 だけど、シカリウスな恰好をしていたクルタス王はまだしも、宰相のアクートゥスさんがまるっとマヌスくんの行動を追認してくれるかっていうと難しいところだろう。

 でもまあ、ククムさんたちクラーワヴェラーレの行商人さんたちまで襲撃されたどころか身体を乗っ取られる危険があったこと、マヌスくんがスクトゥム帝国で体験したことはしっかり当人たちから事情聴取をしてもらってもいる。聞いた以上は、たとえ半信半疑であろうとも、帝国に対する警戒とランシアインペトゥルス王国への協力体制を構築する必要性ぐらいは理解していただけているだろう。

 というわけでいろいろこれからも難題押しつけますんでよろしくアクートゥスさん。


「『陛下。グラディウスファーリー王は、わたくしがスクトゥム帝国にて保護いたしましたクラーワヴェラーレの行商人たちが母国に戻れるよう、国内を通行する許可を快くくださっております』」

 

 あたしのお使いって名目でテルミニス一族の領地を通過させてくれるようクルタス王にお願いしたからねえ。ククムさんたちはたぶんとっくに天空の円環を通ってクラーワヴェラーレへ戻っているだろう。書状を預けたのはほんとのことだし。

 だけど、そういうと王サマは一瞬眉をしかめた。いかがしましたかね?


「クラーワヴェラーレより書状があったのはそれか」

  

 ……まあ、そうですよね。

 いったん死んだことになってたシルウェステルさん名義の文書が届けば驚くわな。それは。

 だけどシルウェステルさんが死んだって情報を得て、ランシアインペトゥルス王国へと抗議文を送ってきたクラーワヴェラーレに、シルウェステルさん(あたし)が生きていた――とは言い難いけど――という情報を得たからって、また怒られるのは正直割に合わんなあ。

 誤報だったということで喜べばいいじゃないの。文句をゆーなと切って捨ててもいいくらいだ。

 てか、書状を送ってくるって形ではあっても向こうから関わろうとしてきてくれたんだ、ここは一つ対スクトゥム帝国勢力に、クラーワヴェラーレも抱き込みましょうや王サマ。

 幸いと言うべきか、ククムさんたちって伝手も作ったんだし!


「その行商人たちが、クラーワヴェラーレのどの部族に紐付いているかわからんのが問題ではあるがな」


 王サマは愚痴っぽく言ってみせたが、クラーワヴェラーレに限らずクラーワ地方の小国家群はいずれも多くの部族から構成されているということは、アルボーでアーセノウスさんに教えてもらってますよあたしも。

 小勢力の乱立って点はグラディウスファーリーに似ているかも知れないが、問題はクラーワの者はグラディウス地方やランシア地方と違い、血を異様なほど重んじることにあるそうな。

 これ、血族同士の結束が強固ってだけじゃない。一度諍い事があって、誰かが怪我を負わせられた、殺されたということが発生した場合、報復の応酬がどちらか片方、あるいは双方が死に絶えるまで続くとまで言われるほど、憎悪の連鎖が止まらないという方向に出ることも含まれるんだとか。

 身内を傷つけた者はいかなる係累であろうともその子々孫々に至るまで憎むからこそ、各部族間は険悪なのがデフォルトらしいというね。なんだそのめんどくさい連中。スズメバチですかあんたら。

 

 だが逆に言えば、クラーワヴェラーレの人たちは、たとえ一人でも被害を受ければ全員が敵を死ぬまで攻撃せずにはいない性質ということになる。

 そういう意味ではスズメバチの巣に手を出した愚か者になったのは、スクトゥム帝国ということになる。ククムさんの同胞たちをゾンビ化したのだ、クラーワヴェラーレの敵意はたっぷりと帝国に向けられることだろう。

 かといって、クラーワヴェラーレの人たちがあたしたちを無条件に味方として見てくれるかは別問題だ。

 なにせ、シルウェステルさんはその無駄に固い結束から一抜けした挙げ句、グラミィのガワの人らしき大魔女ヘイゼルさまといっしょにランシア山を越えて他地方に逃げ出した王子の子だ。

 マルドゥスも、アーセノウスさんも、あたしがククムさんに預けた書状は、最善手ではないにせよそう悪い手ではないと言ってくれたが……まあ過信はしない方がいいだろうねえ。

 ククムさんたちがどこにどう届けてくれたかはわからないけど、いってみればスズメバチの巣に焚きつけた火種だもん。あれは。


 とはいえ真面目な話、グラディウスファーリーだけでなくクラーワヴェラーレも味方につけたとしても、大軍を率いてランシア山を越えて攻め入るとかそういったことは、スクトゥム帝国だけじゃなくランシアインペトゥルス王国が侵攻する場合を考えてもあまり現実的ではない。

 つくづく距離というのは、最大の防御壁だ。

 

〔いつもボニーさんが言ってるコストの問題ですか?〕


 大きい括りで言うならそのとおりだ。

 ただし、ここでいうコストってのは、かかるお金のこっちゃない。

 損益を計算しやすいからお金で換算しているが、もとを正せば消費された時間や物資、労力だけじゃない。人命すらも含み込んでの概念なのだよ。

 機械化の進んでいないこの世界では、ことに労力と時間は膨大なものとなる。

 

 国境どころか地方を区切る山脈や海をも越えるのは、そんな大軍とは比べものにならない少人数のあたしたちにとっても難事だった。とくに帝都レジナまでつっこみ、ロリカ内海をぐるっと回って帰ってきたあたしたちが一番消費したコストもまた、労力と時間だろう。

 少なくとも、あたしたちがランシアインペトゥルス王国に戻ってくる間にかかった時間で、あたしたちのしでかした糾問の情報がスクトゥム帝国全土に波及しているのは確かだ。

 なにせドミヌスの島を離れようとした時には、もうあのあたりの海域にも追っ手とおぼしき船がいたのだから。

 それを考えると、スクトゥム帝国では今ごろ出兵の準備が進められていてもおかしくはない。

 しかも今の季節は春。戦争をするには適した季節になりつつある。


〔前にも冬に戦争は起きないだろうとかボニーさん言ってましたけど、戦争って季節でするもんなんですか?〕


 するもんなんです。

 そこが近代軍隊による戦争と封建国家によるいくさが違うところだ。

 

 近代軍隊の構成要員は、基本的に職業軍人と国民から徴兵した戦闘能力のある人間ということになる。

 一方、封建制度下にある騎士団というのは、すごく簡単にいうと、領主と領民が構成しているといえる。

 つまり、自分の土地を所有管理している方々がほとんどだ。

 アロイスから『放浪騎士』の二つ名について聞いた時に知ったことだが、主君を持たない騎士という、むこうの世界における素浪人みたいな存在はいても、傭兵団というのはこの世界というか、ランシアインペトゥルス王国にはないそうな。

 そりゃまあそうだよね。戦闘能力って、平時にはなくてもいいものなんだもん。

 あって困るものではないけど、それには維持コストがさしたる負担にならないという前提が必要だ。

 

 逆に言うなら、この世界で戦闘集団を構築、さらに維持するためには、自身がそのコストを負えるだけの収入源を持ってないといけない。具体的には所有地を、そしてそこから収益を上げる手段をだ。

 で、その手段ってのは、大部分が農耕なわけで。

 農耕をする以上は収穫期を逃せない。つまり秋には戦争に割ける人手が激減すんですよ。

 冬?確かに農閑期ですけどねえ、気象条件が過酷な時に戦争しろとか死ねるからね、物理的に。しかも戦闘とは関係のない凍死とかで。

 

 話はそれたが、あたしたちが時間を消費したということは、スクトゥム帝国に時間を与えたということと同義でもある。スクトゥム帝国がランシアインペトゥルス王国に本気で侵攻するつもりならば、とうに遠征軍の編成が終えられていてもおかしくはない。


〔それってむちゃくちゃヤバいじゃないですか!〕

 

 うん、ヤバいよ。

 だがそこでスクトゥム帝国に対しても距離が防護壁として機能するってだけで。


 いくら春になったとはいえ、雪が完全に消えているかどうかもわからんランシア山越えもグラディウス経由の海越も、どちらも移動は困難だ。

 それはつまり補給ルートの確保も困難だということになる。

 ただでさえ補給路が延びれば物資の流通は滞る。結果として人員の損耗率上昇にもつながるってものだ。


 これに対する方策は、必要な補給の少ない人員で固めるか、それとも補給路を短くするかだろう。

 国力を高めて戦力を増大し、損耗率の高さに目をつぶるという方法もないわけじゃないが、より有効なのは、というかスクトゥム帝国がやりそうなのは、大人数の軍隊による侵攻ではなく、少人数によるゲリラ戦だろうとあたしは考えている。

 なんでかっていうと、少人数なら補給物資はそれだけ少なくてすむというのが一つ。大軍相手にやりあうことを想定しての戦闘ノウハウ――たとえば籠城戦とか――が機能しなくなるせいで、並みの騎士では相性が悪くなるというのが一つ。

 そして何よりも、スクトゥム帝国内の星屑(中身異世界人)が多すぎることが一つ。

 

 星屑たちは自分が主人公の物語を生きている気満々だ。つまりそれは組織の一部、換えがきく歯車扱いを拒絶する傾向があるということだ。

 で、そんな連中が戦闘能力の高さを買われて軍隊に放り込まれたとしても、密集隊形を取ったり一糸乱れぬ戦闘行動を取れるかっていうと……。


〔無理っぽいですね〕


 でしょでしょ。彼らにできる団体行動なんて、それこそ三人組みたいな少人数か、もしくはそれの集まったレイドパーティー的なものだろう。

 あたしが彼らみたいな連中を動かせと言われたならば、下手に作戦を授けたり連携を取らせたりなんてしないね。流言飛語で敵は悪だと思い込ませ、あとは大まかな行動方針だけ与えて放置する。ぶっちゃけ使い捨ての戦闘人員扱いしかしませんよ。

 最初から敵地に攻め込ませるつもりなら、こっちに戻ってこられないようにすることも簡単だ。生き延びた彼らが山賊とかに落ちぶれたとしても、自分の領内じゃなければ悪影響はないから無問題。


〔……なんですかその身も蓋もないやり方〕


 身はあるさ。実益というね。


 で、だ。

 こういうゲリラ戦もどきを想定するなら、こっちも普通の騎士団を置かなければやりようってのはあるのだよ。

 食糧や飲料水という補給物資が不要か、または必要量がわずかな人員を最前線に送るとか。

 最前線のすぐ近くで補給物資を調達するとか。


〔そんなことでき……ボニーさんひょっとして最前線に出るつもりですか?!〕


 戦闘そのものに関わる気は正直ない。けれども、あたしはたぶん前線に出た方がいいと考えている。

 密偵としてもあたしが動けることは、スクトゥム帝国で証明済みだ。防御にしたってランシア山を素直に越えてくれるようなら、天空の円環を封鎖することもできるし、あえてそれ以外の道なき道をやってくるにしても、人間っていうか生き物には、通りやすい地形を選んで通ろうとする習性があるのだよ。

 少人数によるゲリラ戦といったって、通るルートが固定化されていて、なおかつこちらが迎え撃つのに効率の良い密度で固まってくるのなら、まとめて叩くのもラクだろうさ。空を飛べるあたしが悪路に四苦八苦してる相手に負けることはない。

 ついでにいうなら、あたしが捕獲した人間をどうこうしようが文句もつきにくい。ならば解放陣でガワの人に自分の身体と人生を返してやるのもやりやすかろう。


 なにより、あたしみたいに移動速度の速いやつを遊ばせておくようなことを、この王サマがするわけがないでしょうよ。

 こっちもランシア山周辺なり海辺付近なりで迎え撃つのであれば、補給路が伸びに伸びまくることは言うまでもないんだから。

 だけど移動時間を切り詰めることができれば、それだけ補給物資は少なくてすむんだもん。ま、あたしに必要な糧秣関係といったら、幻惑狐たちの餌ぐらいなもんだろうけど。

 

 移動速度という意味では、グラミィ、あんただって他人事じゃないんだよ?

 ベーブラからロブル河へ、そしてさらにランシア河を王都ディラミナム直近の港まで遡ってきたのは基本的にグラミィの結界船を使ってのことだ。

 船というインフラを用意せずとも川上に向かってすら結構な速度で移動することができ、おまけに水中翼(ジェットフォイル)の術式のせいで、水上に限って言うならグラミィはあたしの次ぐらいには早いのだ。

 空を飛ぶのはやめといた方がいいだろうけど。あたしと違ってグラミィはヴィーリの樹杖の枝をそれほど使いこなしきれてないから、そのぶん相対的に難易度も高くなるし。

 何より生身なんだから。

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