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食卓に思惑を載せて

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 アルボー警衛連隊本部は複数の建物で構成されている。

 敷地内に設けられたそのうちの一つ、中でもかなり大きな独立性の高いものが魔術師たちには割り当てられていた。

 というか、魔術師たちが土地を整備し、いろんな建物の土台や外壁を魔術で構築、その中でもいいものを選んで自分たちの拠点にしたんじゃないかなー、と、ちょっと思ったあたしはたぶん悪くない。

 だってさー。


〔なんか、王都の魔術学院みたいな外見ですよね……〕


 あ、やっぱ、グラミィもそう思う?

 真っ白なのは悪くないが、やっぱりどうしても風情というもんがないよね。


 そんな魔術学院アルボー別館では、びっくりするほど大勢の魔術師たちがお出迎えしてくれていた。

 ひょっとして、あたしたちがいろいろ雑用してる間も、ずっと待機してましたか君ら。

 

「ああ、シルウェステルさま!お久しぶりにございます!」

「『コッシニアどのも相変わらずお美しい。息災でなによりだ』とおっしゃっておられます」


 ご一同を代表してあいさつしてくれたのはコッシニアさんだった。

 ……いやだから。短い褒め言葉にまで顔色を変えるのはやめようね、アーノセノウスさん?

 女性を無駄に褒めるのって、貴族のたしなみなんでしょ?

 

 ちなみになんと彼女、魔術学院長のオクタウス殿下に初級導師と認められてからまだ半年もたってないのに、中級導師に昇進したんだそうな。

 もちろん力量的には相応とはいえ、このびっくりな昇進スピードにも理由はある。

 人手調達という理由がね。


 これは魔術学院の内規なんだそうだが、上級導師であるアーノセノウスさんは『魔術学院の研究と学問の発達に利する限り』という前提と人数制限はあるものの、中級導師を助手として扱うことができるという。

 同様に、中級導師は初級導師を助手として従えることができるのだとか。

 おかげでアーノセノウスさんが学院生をぞろぞろと連れてきて、術式顕界の実習名目でアルボー市街の整備を進めるのにはかなり助かってたらしい。

 だけど、導師を連れてくるには当然のことながら、彼らが面倒を見ている学院生も連れてくる必要もあったりするわけで。


「ほねのおっちゃん!ばばちゃん!」


 ちみっちゃいローブ姿の男の子が、満面の笑みであたしたちに向かって飛び出てきた。

 即座に薄藍色のローブの女性にわしっと捕獲されてたけど。


「パル。アーノセノウス・ランシピウス師の弟様、シルウェステル・ランシピウス師でいらっしゃいますよ。ヌートゥリエ導師から教わったとおり、ちゃんとご挨拶なさい」


 コッシニアさんにたしなめられて、初級導師にぴしっと姿勢を正されたパルは、こちんと魔術師の礼をした。

 勢いよく頭を下げすぎて前転しそうになり、慌てた導師にもっぺん捕獲されてたけど。


「しるうぇすてるし、おかえりなさいませ!」

「『パルも、出迎えごくろうだったな。妹も元気かな?』」

「うん!あ、はい!」


 パルの後ろで見覚えのある赤毛の赤ん坊を抱いた初級導師の一人が一礼をした。

 妹のテネルちゃんを他の人に抱っこさせるくらいには、パルも周りに心を許すようになったのだろう。いいことだ。


 次に進み出てきたのは、細身に仕立てられた常磐色のローブの人たちだった。

「シルウェステル・ランシピウス名誉導師のご尊顔を拝する栄に浴します。魔術士団工兵隊所属、フェクトム、インゲニアトール、アルキテクトゥスと申します」


 どういうやりとりがあったのかは知らないが、今の魔術士団長であるマクシムスさんからの申し出を受ける形で、魔術士団から工兵を数人借り受けてきたって話はアーノセノウスさんから聞いた。

 ぶっちゃけありがたいの一言です。

  

「『魔術士団の方が構築されたアダマスピカ領内の建造物、特に道の舗装と新しい領主館はとっくりと拝見いたした。なかなか手の込んだもので感服しました』とおっしゃっておられます」

「恐縮です」

 

 グラミィが伝えると、彼らはさっと顔を紅潮させた。

 ええ、手が込んでたのは、カシアスのおっちゃんとさんざん確かめたから知ってる。盗聴用の伝声管とか隠して仕込んであったもんね。

 いちいち知ってるぞー、なんてばらしてもいいことないんで言わないだけですとも。

 

「『そなたらとマクシムスどのらの助力に感謝を』」

「微力を尽くします」


 うん、よろしく。

 表面的な友好関係とはいえ、工兵さんが実地で構築した技術供与をしてくれるなんてありがたい限り。協力してもらえているなら腹の底で何考えてようが十分ですよ。

 

 ざっと見た感じ、どうやら魔術学院勢が一番の大所帯であるようだ。

 そこに魔術士団の工兵さんたちと、……居心地悪そうな顔で混じっているのは、ベネットねいさんたち元魔術士団の面々か。

 顔見知りかどうかは知らんが、気まずくなるのはわからんでもない。

 けど気まずくなる程度で命に関わることはあるまい。まあがんばってくれたまえ。

 しっかし、ここにあたしたち糾問使組が加わるとか。

 ……宿泊所としては、このでかさでも不十分かもな?


 結論的にはいらん心配でした。

 この建物の脇やら後ろにはさらに狭い寝泊まり専用の棟を設けたとかで、学院生や下級導師はそっちを使うらしい。

 そこまで魔術学院ぽくしなくてもいい気もするが、まあいいや。


 あたしたちも部屋を割り当ててもらい、時間もいいぐあいだというので、最初に出迎えてもらった大広間で食事をしようということになった。

 それにしれっとアロイスが混じってるのは……仕様ですかそうですか。

 まあねえ。あたしを含め糾問使一行のうち誰かが知り得た機密をぽろっとこぼしでもしようものなら、物理的口封じを含む処理を行うのも彼の役目だろうし。


 そんなわけで、現在あたしはアーノセノウスさんやアロイス、工兵のトップさんがあたりさわりのないことを喋っているのを、ひたすらうんうん頷きながら聞くだけの簡単なお仕事の最中です。

 だってあたしゃ食事できないし。

 とはいえ、さすがに何も置いてないと他の人が気を遣うので、適当サイズのマグだけ置いてあります。

 さらっとグラミィがあたしと自分の分は岩石顕界して白い器を作っていたので、目玉の飛び出そうな顔で初対面な人たちが凝視していたのは言うまでもない。


〔示威活動って大事ですよね?〕


 グラミィ……あんた、元女子高生がそこまで腹黒くなって(ほろり)。


〔そこはせめてたくましくなった、にしておいてくださいよー〕


 だってねえ、示威活動って相手が折れてくれるなら平和裡に収まるんだけど、逆に猛反発を生むことだってあるんだもん。

 つまりグラミィは、その反発もへし折る自信があるからそういうことしてるんでしょ?


〔そこまで考えたことなかったですよ〕


 ヲイ。そこは考えろ。

 あたしと違ってあんたにゃ物理的な脳味噌があるんだからさあ。


 お姉さんであるアダマスピカ女副伯のサンディーカさんの子に夢中なコッシニアさんが、まだ生まれてもいないってのに休みのたびにスピカ村にすっとんでくという話を聞きながら、あたしはこっそり同席者を観察していた。

 同じテーブルに着いているそれぞれの組織の代表格な人から、下手に据えられたテーブルに居流れている下っ端的ポジションな人たちまで、じつに彼らはバラエティ豊かだ。

 なにせ年齢的には、赤ん坊なテネルちゃんからいいお年のアーノセノウスさんまで、身分的にも平民から魔術特化型大貴族の子女までうちそろってんですから。


 とはいえ、テーブルの上は、あるあるな中世ヨーロッパ風味といいながら、きっちり近世突入レベルの生活習慣が行き届いた異世界ものに慣れた人が見たら、卒倒するような代物だ。

 なにせ基本的にお皿がわりの堅いパンやボウル以外の食器は個人持ちだ。グラミィがさくっと作成したマグというか角杯的な形の器も、短剣サイズのナイフと、暗殺用の武器かっていうような短い火箸のようなぶっといピンも、各自が携帯するものなんです。

 それすらない人は手づかみですよ手づかみ。手を洗うための水鉢と布巾みたいなのはあるけど。


 だが、大人たちのやりとりってのは、基本どこの世界でも似たようなもんだろう。

 各々任務を負っている身として、腹に何を抱えていてもそれを隠すすべをそれなりに抱えているという意味で。

 一方、何を考えているのかわりと透けて見えるのが学院生だったりする。

 同じテーブルに着けられていても、直接あたしたちに話しかけてはいけないと導師あたりに言い含められているのかもしれないが。

 いやー、レーザー光線かと思うくらい熱い視線を向けられてるせいで、もれなく身体に穴でも開きそうな気分ですよ。骨なんだけど。

 ただし、その熱にも種類があるようで。


 肯定的な方はあたしたちの話題がちょっと彼らの成果、アルボーの街中整備について触れただけで、ぱっと目の光が変わる。そりゃもうおもしろいくらいに。

 ちょっと褒めたらめちゃくちゃ反応するあたり、尻尾ぶんぶん振ってるわんこかな。

 自慢もしたがっているようなので、喋っていいよと言ったげたら。

 

「運河周辺から警衛連隊本部一帯は人も荷の動きも多いので、荷車も車輪のがたつきがないよう、鏡のように磨き上げました!」

 

 いやそれはノータイムで不味いでしょ。


「『魔術士団の方々は、学院生の手際をご覧になられたかな?』」

「はい、我らも整備をいたす傍ら拝見いたしております」 


 やんわりと話を振るとインゲニアトールさんが頷いた。

 

「ですが少々懸念がございます。車輪ががたつかぬよう、地表を平らに整えることは確かに重要ではあります。ですが運河からはゆるやかな上り坂です。坂道の石畳が磨き上げられていたならば、濡れたときには滑りましょう」

「では、対策としてはどのようなことをすべきでしょう。今からでもすべきことはありましょうか」

「さようですね……」

  

 アロイスが訊ねると、フェクトムさんとアルキテクトゥスさんが口を開いた。

 

「我らでしたら、平滑に整えた仕上げとして表面を荒らします」

「手っ取り早いのは石畳に刻みを入れることでしょうね。溝の深さに傾斜をつけ、道の左右に向けて斜めに刻めば、水はけもよくなりますす」

「『なるほど。専門家の意見は敬すべしとか。わたしも耳を傾けねばなりませんな』」

「恐縮にございます」

「『こちらも建造物の構築についてはさしたる経験もありませんのでね。じつに興味深いお話ですよ』とのことにございます」


 そう伝えながらグラミィが呆れた目になった。なした?


〔ベーブラ港をあんだけリノベーションしてたボニーさんが、建造物の構築初心者とか言います?〕


 いやでもほんとのことですがな。あたしがしたのは川底の砂を移動しただけに近いからなあ。

 リノベーションはあくまで原型ありきでするものであって、一から組み立てるわけじゃないし。

 ぶっちゃけコンクリート工法に近い、魔術師だよりなこの世界の要塞都市の整備方法に関しては、あたしは無知に近いと言ってもいいのだよ。


 ひそひそと心話でやりとりをしていると、軽く笑う息の音がした。


「失礼。名誉導師ともあろう方が、魔術士団の風下に自ら立つようなお言葉を発せられるとは思いもしませんでしたので」


 嗤笑したのは、さっきからあたしたちに負の熱がこもった目を向けていた、ストゥルトゥスとかいう学院生だ。

 トゥルポールトリデンタム魔術辺境伯家の嫡男である魔術子爵の次男とか言ってたっけ。

 魔力量も多く、わりと学院の成績も高い。らしい。

 

 出自的にサラブレッドなせいで、周囲はそうそう抑えに回れてないお子さまがいるってことは、連隊本部でちらっと聞かされたけどねえ。

 確かに導師の中で一番身分の高いはずのアーノセノウスさんも、彩火伯という二つ名のとおり、魔術伯でしかない。家格としては魔術辺境伯には劣るし、当主の座もマールティウスくんに譲った隠居の身だ。

 ならば、その異母弟ってことになってるシルウェステルさん(あたし)も腫れ物に触るように扱う、とでも思ったかね?!


 悪いが、んなこたーあたしにゃ関係がない。

 関係があったら、トゥニトゥルスランシア魔術公爵の一族に連なってたお馬鹿さんたちに、正面から喧嘩なんて売らないんですよ?

 売っただけでなく、実利を見せてさらにこちらの価値の爆上げなんてことも目論みましたがね?


 ……しっかし、警衛連隊本部で変装を解いて、名誉導師でございとローブに装飾品に王賜のマントにといろんな箔付けをした恰好に戻してるあたしに対しても、こういう態度に出てくるやつがまだいたとはね。

 とりあえずは、ゆるーく釘でも刺しておこうか。グラミィよろしくー。


〔ボニーさんの場合、心臓に杭というか昆虫標本の虫ピンというか……〕


 塵にする気はないので虫ピンのほうが近いかな?


「『学院生の本分は学ぶことであろうに。おのれがよく分からぬことについては、詳しく知る者に学ぶ。これは相手が魔術学院の師でなくともなすべきことだ。魔術学院の者は確かに魔術については研究熱心だ。通常魔術士団では使わぬような魔術について学ぶことも多いだろう。しかし魔術士団の方々が王都や城砦の補修を陛下に任じられているのは、一朝一夕では蓄えきれぬ知識と経験がゆえ、城砦を堅固なものにするために何をすべきか、軍を移動させるための道に何が必要かをよくご存じだからだ。魔術の知識だけでは橋を架けることはできても、数十年の長きにわたり流されぬようにすることも、追撃を防ぐために一瞬で破壊可能なように構築することもできはしない。魔術士団の方々を手本とすべき事も多いとわたしは考えるが?』」


 導師の端くれとしてやんわりとたしなめてやったつもりだが、彼はへこたれなかった。

 

「では、シルウェステル師にもお手本を見せていただけませんか」


 と言われてもねえ。


「『わたしのやり方はいくぶん特殊なのでね。おそらく見本にはならないと思うのだが』」

「なるほど、師は確かにわたくしよりも経験がおありなのですね。退路をあらかじめお作りになるとは」


 ……ほほぉ?

 

 アーノセノウスさんの反応やいかにと思えば、おこさまの冷笑にちらりとあたしへ視線をくれたところだった。

 つまりやっちゃっていいってことですね?

 了解しました。逃げ口上としか聞けない連中にこれ以上付き合う義理はないかな?

 そんじゃアロイスも巻き込みましょうか。はらはらしてるコッシニアさんほっといて、ひっそり失笑してんじゃないの。

 

「『アロイスどの。たしか海神マリアムの礼拝堂から海際は手をつけていないのでしたな?』」

「ええ、旧領主館が倒壊しても危険ですし。海蝕洞もずいぶんと奥まで開いているようですので」


 あー……。

 ラームスの同胞というか、森精のヴィーリの杖の枝や実から生じた木々たちをあたしが後先考えずに生やしたせいもあるんだろうねー……。

 木の根っこってば岩を砂や土に砕くほどの力があるものだし。

 

「『なるほど、では旧領主館は崩すつもりかな?それともまだ探索が必要かな?』」

「さようでしたら、崩していただけませんでしょうか。中のものはすべて運び出させておりますので、いつ何時取り払っていただいてもかまいません」

「『ではそうしよう』」


 あたしがひょいと指の骨を上げると、外から轟音が響いてきた。


「……さすがはシルウェステル師。まことにお手の速い」


 一歩も動かずあたしが建物一つをスクラップにしてのけたと理解したのだろう。半笑いのまま固まった学院生をよそに、いち早く状況を悟ったアロイスも、数瞬遅れて理解したコッシニアさんも、満面に笑みを浮かべた。

 

 ええ、あたしがグラミィに伝えてもらったのは、逃げ口上でもあんたらのお手本になるほど優れた腕はないって謙遜でもない。

 あたしのやり方は、どんだけ見せてもあんたたちが真似できるようなもんじゃないって意味でしかないんですよ。単純に。

 ま、旧領主館を跡形もなく瓦礫に変えるのさえ、ラームスたちにおんぶにだっこなあたしが胸骨張って言うこっちゃないですが。

 それでも廃墟にしたのは半分くらいあたしのせいだ、後始末は多少しておこうじゃないの。

 旧領主館の敷地内ってのは、たしかに城砦の位置としては悪くない場所だ。このままあのへんの地盤が崩落の危機だからって放置しておくのももったいない。


「『午後には海蝕洞を埋めておこう。海からの作業になるが』」

 

 さらっとグラミィに伝えてもらうと、魔術士団の人たちまで目玉飛び出し注意な顔になってこっちを見てきた。

 平常運転なのは糾問使組とアロイスとコッシニアさんぐらいなもんか。

 

「シルウェステル師に手を加えていただけるとはありがたい限りにございます。船のご用意はどのようにいたしましょう?」

「『そうだな……』」

「わたしは見に行くぞ!」


 アーノセノウスさんはそう言うと思いましたよ。うん。


「学院生も導師もよい見学の機会であろう。たとえ己が再現できぬ術式であろうと見ておくべきだ」


 その引率者の一言で、大人数引き連れての見学会が急遽決定しちゃうってところまでは予想してませんでしたが。

 

 船の用意ができるまで少々お待ちくださいというので、じゃあ旧領主館跡地までちょっとお散歩してきまーすと言ったら、グラミィだけじゃなくアロイスとアーノセノウスさんまでついてきたのはなんでだ。

 まあいいや、歩きながらでも下準備はできるし。


「ああいう跳ねっ返りな手合いはどこにでもいるものなのですね」

「騎士の中にもいるのかの?」

「カシアス曰く、『騎士見習いにはまともな者はいない。己の力も見定めえぬ愚鈍ばかりだ。おれ自身も含めて』と」

「『アロイスどのは?』」

「カシアスの言を(いな)む言葉を持ち得ませぬ」

 

 苦笑を滲ませさらりと言うアロイスに、あたしもなんとなく理解した。

 ストゥルトゥスみたいな、オレサマなプライドだけは高いひよこが、あっちにもこっちにもうようよいるってことが。

 当人たちにとっても、十年ぐらいたつと思い出すたびごろごろのたうち回りたくなるような、厨二病方面ではない黒歴史の量産者たち。


「『いやあ、若いモノはいい』」


 そう伝えてもらうと、アロイスもアーノセノウスさんも笑っていたが、ふとアーノセノウスさんが真面目な顔になった。

 

「シルは、アダマスピカ女副伯どのの妹御が好みかの?」


 まだひきずってたんかい。アロイスがちょっと固まってるぞ。

 

「『兄上。お戯れにしても趣味がお悪うございます。このような身であっても、アロイスに斬り倒されたくはありません』」

「では、アロイスがおらねば?」

「『答えは変わりませぬ。ご冗談を』」


 そう返しても、アーノセノウスさんは足元にちょろちょろしてる幻惑狐たちにも目もくれず、あたしをしばらくじっと見ていた。


〔どんだけブラコンなんですか〕


 ……いや。これ、ブラコンなだけなんじゃない気がする。

 ブラコンだったら『それでよい』なんて呟き一つですませるわけがない。


 もしアーノセノウスさんがシルウェステルさんをただ溺愛するだけならば、たぶんシルウェステルさんはルーチェットピラ魔術伯爵家から外へ一歩も出されることはなかっただろう。

 監禁とかヤンデレの極地かと思うが、自分以外の接点を物心つく前に潰せば他者なんて意識できないという意味では、論理的に間違っちゃいない。倫理的にはあかんだろうが。

 もっと健全な方向性で考えるならば、アーノセノウスさんはルーチェットピラ魔術伯爵家当主だった人だ。

 溺愛対象なんてもんは弱みでしかない。敵対者にとっては狙い潰すには絶好の標的でしょうよ。


〔えぇ?〕

 

 どんびくなよグラミィ。

 現当主であるマールティウスくんにだって、誹謗中傷を含む攻撃がしっかり向けられてたんだぜ?

 攻撃してくると思われる仮想敵がどんだけルーチェットピラ魔術伯爵家の内情に詳しいかはわからんが、魔術伯爵家当主の血のつながらない子、最低限でもアーノセノウスさんの異母弟ということになっていたシルウェステルさんが攻撃されてなかったはずがないのだよ。

 けれども、シルウェステルさんはランシア山を越えるまで生き延び、クウィントゥス殿下の配下としてきっちり有能だったという評判も打ち立てていた。

 比較対象がいなけりゃ有能もへったくれもないんですよ?

 そして比較対象が『強敵』と書いて『とも』と読むような相手であってもだ、妬み、恨み、憎しみ、ねじ曲がった羨望、そんな感情をライバルへ向けてこないわけがない。

 シルウェステルさんが反撃以外の攻撃をしなかったとも、相手に負の感情を向けなかったという理由も同じくらいないだろうけど。


〔ええと、つまり……〕

 

 つまり、アーノセノウスさんはただアーノセノウスさんをただ溺愛し、庇護すべき対象としてだけ見ていたんじゃない、たとえ狙われてもシルウェステルさんが潰されることはないだろうと見るくらいには、有能だと認めていたってことだ。

 シルウェステルさんがクウィントゥス殿下の配下になったことすら、その有能さを知らしめるいい機会だと思っていたのかもしれない。


 その一方でコッシニアさんに対する、あのアーノセノウスさんの反応はおかしい。

 一門の長として考えるなら、ある程度自分の元から離れて動くことを認めている異母弟、しかしかわいがってるシルウェステルさんに家を設立させ、家長という身分を与えただろう。

 子どもを持たせることもだ。

 

 この世界、女性一人が生涯に産む子の数は多くても、成年まで育つ子はかなり少ない。

 だったら貴族にとってたくさん子どもを持つこと、つまり子を産ませる女性を確保することはかなり重要だ。

 もちろん、今のお骨状態のシルウェステルさん(あたし)が、女性を相手にあれやこれやできるわけはない。けれどもグラミィ、あんたがシルウェステルさんの蘇生を試みてるってヨタを最初にぶっこんだことを考えれば、あのアーノセノウスさんのことだ、復活シルウェステルさんのためのハーレム要員予約って方向に暴走する可能性だってある。

 けれども、アーノセノウスさんの目は、そういう熱のこもったものではなかった。

 

 グラミィに対しても、アーノセノウスさんは相当ひんやりした態度を取ってた。

 ルーチェットピラ魔術伯爵家では女性の使用人の姿を見た記憶がないのだが、王宮の女官たちに対しては、肯定的な無関心とでもいうのか、そんな警戒をしていたようには見えなかった。

 つまり、シルウェステルさんの近くにいる、もしくは好意を抱く可能性のある女性について盛大に警戒しているんじゃなかろうか、という推測ができるわけだ。


〔その心は?〕


 ……推測に推測を重ねた揣摩憶測ってやつしかできないので、この辺で止めとこう。

 マールティウスくん以外のアーノセノウスさんの家族や親族にあまり会っていない、特に女性と会ったことがないのも、正式に紹介する機会を作ろうとしてたらあたしが糾問使なんかになっちゃった、ってだけのことかもしれないし。

 シルウェステルさんの出自を考えるとしょうがないことだとは思うけど。


〔?〕


 わかんなきゃいいよ、わかってたところで何ができるというわけでもないことだし。

 とりあえず、今は。


 船は、あたしたちが乗って帰ってきたものを使うことになった。

 大所帯の見学者――船酔いからようやく回復したばっかというのに、クランクさんまでついてくるとは思わなかった――に加え、船乗りさんたちまで乗りこめるような大きさの船がそうそうなかったせいだ。

 正直あたしもグラミィも、このくらいの短距離なら船を動かすのに人手はいらんのだけど、でもまあアロイスが言うとおり『よい手札は隠すべきもの』なんだろう。


白端岩(しらはないわ)に近づきました」

「『ごくろう。ではこのあたりで停泊しておくように』」


 そんじゃ行ってくるわ。後のことはよろしくグラミィ。

 

 ひょい、とあたしが海面に飛び降りたら、見たことのない人と当然な人にはっきり反応が分かれて面白かったが、それはいい。ここからはちょっと真剣にやんないと危険だろう。


 海からアルボーはこれまでも何度も見ている。けれど海の上から近づいたのはこれが初めてだ。

 おかげではっきりわかるのだが、白端岩同様、かつて崖の一部だったんだろう岩が、航路を外れた区域にはちょくちょく海面すれすれに隠れている。

 天然の罠だね、これは。

 タクススさんが脱出した時岩にかからずにすんだのは、もうちょっと離れた場所だったせいか、それとも渡しといた結界陣のおかげだろうか。

 ともかく港ではないところ、特に領主館のあった岬の突端から下手にアルボーへ近づけば、船底を切り破られて終わるだろう。

 ま、海面を歩くあたしにゃ関係ないことですが。


 海蝕洞の中に入ると、あたしは周囲の岩盤の上に結界を張った。

 海面に浮いた結界は、どうしても波の影響を受ける。だだっ広い大海原なら、波はわずかな上下動をもたらすくらいだが、こういう狭くなったところはその動きも増幅される。奥に行くに従って狭く浅くなる湾に津波が浸入すると、破壊エネルギーが増大するのと同じ理屈だ。

 周りの岩に叩きつけられたら、あたし(シルウェステルさん)身体(お骨)なんざあっさり砕け散るだろう。さすがにそんな人体実験したかないからね。

 安全を確保しながら、海蝕洞の奥の方から岩盤と同質の岩石を顕界して穴を埋めにかかったのだが……。

 さすがに警衛連隊本部がいくつも入りそうな空間を埋めるのは魔力(マナ)的にきつい。

 だけど手を抜く気はかけらもない。


 お散歩中にアロイスからは、アルボーでの拠点として海神マリアムの礼拝堂を好きにしていいと確約を得ている。

 場所柄はあたしが海神マリアムの眷属(骸骨)だからなんだろうけど、報酬としては悪くない。

 なんかの拍子で仮面やら覆面やら外れでもしたとこ見られたら、またアロイスの死体恐怖症というか、魔喰ライ恐怖症が再発しないとも限らないし。

 幻惑狐たちの遊び場にするのも悪くない。

 礼拝堂周辺にもラームスのお仲間たちというべきか、ヴィーリの樹杖の種から生じた樹の魔物たちが集団で生えているので、守りを堅固にするのもしやすいし。

 ま、お散歩中に、さらにラームスの気根を何本か撒いておいたのはそればっかりじゃないけれども。


 ……こんなふうに、枝や気根をことあるごとに盆栽みたく折り取るのがラームスによくないことはわかっている。

だからこれは布石でもあったりする。

 ラームスにも、樹杖ではなく樹木として存分に枝葉を伸ばせる場所を確保するための。


(  )


 心配ない?

 ……ありがと。

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