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推論と推理

 これまで一緒に移動してきてたのに、クライたちの心話を、なぜ今頃になってようやく聞き取れるようになったのか。

 あたしの心話能力が上がったからとか、理由はいろいろ考えられる。

 けど、あたしが思うには、多人数が至近距離にいる状態での心話のやりかたに慣れるのに時間がかかったのが一番大きいんだろう。

 思えば最初に聞いたのは、物音一つしないような真夜中で、周囲に人がいない状態だった。

 今も、同行の面々とは比べものにならん人数が定住している街から遠ざかったから、『聞き取れている』割合が増えているのだろうと思う。


 グラミィの心話は言語的というか思考的だ。輪郭のはっきりした字体で言葉を頭の中に綴って送るイメージ。

 たまに静止画像が添付されるメールに近い、情報量を抑えて簡易性を高めた感じがする。

 それに対し、クライたちの心話はなんというか、BGMに近い。

 最初に『聞いた』ときも葉擦れのようだと思ったが、グラミィとの会話に注意を向けていたり、他のものに意識が向いていると聞き逃しかねないのだ。

 すごく『聞いて』いると和むんだけどね。人間のものに比べて。

 それはきっと、クライたちの心話は思考と感覚と感情が未分化な感じがするせいだと思う。

 思考とともに伝わってくる、表裏のあまりない好奇心や関心、あけっぴろげな喜怒哀楽。

 共感エンパシーとかいう超能力があるそうだが、クライたちから感情を受け取っているのは、それに似ているのかもしれない。

 けれど、この状態を作り出しているのは、あたしが心話で心を寄せているからなんじゃない。

 無条件に心を寄せてくれているのは、クライたちなんだ。

 この気持ちのよさは、動物と生活した経験のある人ならわかってもらえるだろうか。


 ……しっかし、これが恐怖の感情や不快感といったものも伝えられるとすると。

 馬だけでなく同種の動物の群れが同調しやすく恐慌が一気に感染するのもわかる気がする。

 自分の感情と仲間の感情がごっちゃになっちゃうのかもしれない。


 じゃあ、あたしの心話はどうなんだろう?

 グラミィと会話することも、クライたちと話すこともできるあたしの心話はどっち寄りなんだろう?


 こればっかりは、あたし自身にはよくわからない。

 ただ、人間と動物、両方に心話の波長を合わせられるというレンジの広さは、あたしがもとから持ってたものかもしれん。

 グラミィには思考を伝えるイメージで心話をしていることを考えると、思考も感情も感覚も、あたしは最初から送ることができ、受け取ることができた、んだろう。

 だから、クライたちが仲間同士の会話で使っている、感情や感覚を伴った思考を投げてきたのも『聞く』ことができたのだと考えると納得がいくからだ。


 クライたちと話ができるってことについては、道中グラミィにも話をしておいた。

 さすがに呆れられたけど。

 どんだけ人外なのかって言われても。

 骨だし。


〔いやーだって人間だけじゃなく馬も心話でつなげられるってどんだけマルチタスクなんですか。てゆーか会話ができるだけじゃなくて感覚共有ができるとか。視覚を共有できるんなら、別視点からもいろいろ見られるようになるんじゃないんですかー?〕


 ……その発想はなかったな。


〔夜目が利くようになるとか。いい視力を体験できるとか超絶羨ましいです。なのになんであたしにはできないんですかー!〕


 そう、まずはあたしとグラミィの間で感覚共有ができるか試してみたのだ。

 だけど、できなかったのだ。互いの視点での静止画像を送るのがやっとってのはなんでだろね?

 それでもクライたちと心話をするやり方を教えろって食らいついてくるグラミィ。貪欲なやつめ。いいことだ。


〔異種族同士の友情とか、マジファンタジックじゃないですか!〕


 熱意の源はそこかい。


 グラミィは、直接クライたちと話す前に、まずあたしを媒介にできないか試してみたいと言いだした。課題の難易度をまずは低く設定するのは大事なことだ。

 だけど、日中の行軍状態では、あたしにもクライたちの葉擦れのような『声』を捕まえるのはちょっと難しすぎた。クライたち同士は喋ってるのかもしれないが。

 かといって休憩時間を潰させるわけにはいかないしね。

 あたしらは走ってないけど、クライたちは武装したおっちゃんたちを乗せるだけでなく、馬車まで牽いてるんだから。

 きちんと休むべき時には休んでもらわないと。

 それに、グラミィとクライたちの仲立ちをするよりあたしには優先順位が高いことがある。


 遺体の回収だ。


 あたしの依代というべき骨となった人物とともに亡くなった人々を、家族のもとに戻してやりたい。

 これは、この世界で意識を持ったあたしが、初めてしようと思ったことだ。同行している面々には悪いが。


 この近くの崖から馬車が一台落ちている、と、カシアスのおっちゃんたちにグラミィ経由で伝えると、胡散臭そうな顔つきで見られたけど。

 まあ、なぜそれを知ってるかは疑問だろう。


〔どう答えたらいいんですかぁ?おしえてボニーさーん〕


 ……あたしが反応してるから、でもいいんじゃない?

 生前の記憶が甦りつつあるのを感知したなんて、お骨状態の死者を蘇生しようとしてる大魔術師ヘイゼル様にはふさわしいでしょが。

 てゆーかそんくらい、自分で考えなよグラミィ。覚悟完了してんでしょ?


〔うぅ。……はい〕


「わからぬか、わかろうとしたのをやめたのかね。炎を顕界するのに火種との距離は関係あるのかの?」


 おお。聞き耳を立ててた魔術士隊が固まってる。

 そらまあそうだろう。


 そもそも火球の魔術に火種は必要ない。世界を改変することによって炎を存在させるからだ。

 逆を言えば、魔術師というのは術式の構築や魔力の扱いだけでなく、改変すべき世界をもよく識る人物であるということになる。

 これは魔術士隊の面々も言ってたことだ。


 つまり、この世界における、魔術の原理。


 だったら、『大魔術師ヘイゼル様』なら、視認できない距離の場所であっても、そこに何があるかも識ることができて不思議はない。

 魔術の知識のある人間には、そう解釈できたし、してしまったわけだ。

 あたしの提示した理由よりももっとヘイゼル様っぽい感じがしてつっこみづらいのもいい。


 カシアスのおっちゃんを含めた騎士隊の面々は不得要領な顔をしていたけれど、魔術士隊の納得していた様子に疑問をひっこめてくれたようだ。

 こーゆー時は魔術って便利だなとつくづく思う。主に言い訳的に。


 その間もあたしは遊んでいたわけではない。

 あの夜出ていた月の方向と、崖と、川。

 それらをもとに、カシアスのおっちゃんが見せてくれた地図から当てはまりそうな箇所を割り出していたのだ。

 その手前で馬車を止めてもらうと、念のためフードをかぶって降りる。

 グラミィも一緒だ。


〔だってあたしが見つけたことにしちゃいましたしー〕


 うん、それでいいと思うよ?

 ただ、何を見ても騒がない方がいい。


〔はっはっは。今更何をおっしゃいますことやら。白骨死体の一体や二体ぐらいで大騒ぎなんざしませんって。ボニーさんで慣れちゃいましたもん〕


 ……あ、そ。

 元JKが妙な方向性で神経が太くなってる気がするけど、とりあえず今はいいか。


 道の端の方に立つと、崖下遠くに鬱蒼とした森が見えた。

 うん、ここかな。

 道端に腹ばいになって崖下をのぞきこむ。

 五体投地ではない。

 骨の身体じゃあんまり意味はないかもしれないけど、体重の分散だ。

 ……結構高いな。体感では地上5、6階、いやもっとあるぞこれ。


「む?骨どの、何をなさっておられる?」


 いやこのへんの崖、結構オーバハングっぽいから!

 重そうな上に武装してるおっちゃんが端っこに近づきすぎると危ないって!


「ボニーの邪魔をするでないぞ、騎士隊長どの。崖の端は脆いぞ」


 ナイスフォローだグラミィ。


〔ボニーさんも説明する暇ぐらい下さいよ。黙って行動されたら突然の奇行に驚きますよふつー〕


 あーそっか。ごめん。


「では、ここに、ヘイゼル様のおっしゃっておられた馬車が落ちていると」 


 うん。見つけた。

 ここからは見えづらい位置だが馬車の残骸――と、わずかに光を反射する、あれは剣の柄頭だろうか。

 ぐっじょぶあたし。めっさ重い剣をよくちゃんと墓標代わりに立てかけといた!


「なるほど。しかしここは……」


 同じく道端に腹ばいになって首だけ突き出してみたカシアスのおっちゃんは険しい顔になった。


「探索するには砦の警備隊と話し合わねばなりませぬな」


 ぜひともそうしてほしいところだ。


 ただ、問題は、なぜこの場所に馬車が転落したか、だ。


 正直なところ、馬車がいつ転落したか、その後どんな天候だったかはわからない。

 痕跡が残ってることは期待できない以上、この状態で転落原因を断言できるわけがない。

 やるとしたらよっぽどダメな迷探偵ぐらいなもんだろう。


 あたしには、ここは非常に緩い傾斜のほぼ平坦な道だということしかわからない。

 だが、馬車二台がすれ違うほどの幅はないが、一台なら余裕のこの道幅を考えると疑問が残る。

 だって、馬車と騎馬が一頭ぐらいなら横並びで伴走できるくらいはあるんだものね。


 たとえ車軸が折れてバランスを崩したとしてもだ。よっぽど崖端を通ってない限り、ゆるゆるの坂道の途中でアイキャンフライするんだろうか。

 あたしの馬車についての知識なんてゼロにひとしいが、念のため、乗っけてもらってる馬車の御者台を見せてもらってきた。

 慣性の法則で急停止の時に馬に馬車がぶつからないようにするため、ブレーキは標準装備だってことも、グラミィともども説明を受けた。


 ……それを考えると、速度にもよるのかもしれないけど、そうそう崖から転落なんてしない気がするんだよね。

 御者や馬にもよるのかもしれないが、あたしたちが歩いてきた待避場所ぐらいまでなら動かせるような気もする。


 そもそも、馬車を用意するような財力だか権力だかを持っている人間が、徒歩や騎馬の護衛をつけていないわけがない。

 だったら、雇用主なり主人なりが乗ってた馬車が崖から落っこちたら、大騒ぎして手近なところに助けを呼んで引き上げたりしないか、普通?


 振り仰いでみたが、岩が邪魔をして砦は見えない。

 砦からも、ここは見えない。

 

「襲撃を受けた可能性もありえますな」


 カシアスのおっちゃんの呟きに、あたしはうなずいていた。

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