逢魔が時
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
それから数日後のことだ。
夕暮れ時、あたしはランタンを下げたウーゴの後について、螺旋の石段を上がっていた。
各層を区切る城壁のあちこちにも見張りの塔があるのだが、やはり都市の内と外を区切る城壁のそれは、一段と高い。中でも大城門の両脇にある一対の塔は、外敵への威嚇も兼ねているのだろう。
この平たいリトスの中で、聖堂の塔を隠している第四層の城壁より高いってのは、けっこう例外的なんだそうな。
もちろん実用性もバッチリだ。螺旋階段が反時計回りに作られているのは、実戦を想定しての作りなのだろう。
ランシアインペトゥルス王国のフルーティング城砦の塔もそうだったが、外敵が攻めてきた時、見張りの塔内にいた守り手たちが攻撃しやすく、それでいて相手の攻撃を妨害しやすいようになっているのだという。わたしには問題ありませんがと、双剣使いなんだそうなアロイスはけろりとしてたっけ。両手利きなんで、長剣一本でやり合うときに有利に事を運べるんだとか。
「おい、ナイガ。大丈夫か」
『へえ、なん、とかっ』
籠手などの部分的な装備を身につけ、剣を帯びているせいもあって、自分の方がぜいはあ言ってるというに、ウーゴが気づかう声をかけてきた。
そりゃあ確かに肩で息したり、ときどき立ち止まったりするような演技はしてるし、気持ちはありがたいですが。あたしゃそもそも呼吸してませんから。切れる息自体ないですから。
幻惑狐たち?
ここんとこ彼ら専用二足歩行移動器と化しているあたしが、現在進行形で、肩胛骨やら頭蓋骨やらに乗っけて運んでますとも。
「おし、ついた、ぞっと」
(((おりるー)))
床に開いた穴から這い上がったとたん、ぴょいぴょいと幻惑狐たちが飛び降りる。
そこは、今上ってきた螺旋階段と同じくらいの大きさの物見台になっていた。
鳥籠を連想させるほど四方が大きく刳り抜かれているおかげで、空が大きく見える。
あたりを探検しまくってる幻惑狐たちを和んだ目で見ているうちに、ようやく息が整ったのだろう。ウーゴはニヤリとあたしに笑いかけた。
「リトス一の絶景ポイントにようこそ。俺たち、この都市の衛士でもなけりゃあ、リトスに住んでる人間だって、なかなか拝めない景色だ。好きなところから見てみろや」
『んじゃ遠慮なく、お言葉に甘えさせていただきまさぁ』
あたしがまず向かったのは、膝下ぐらいまで大きく刳り抜かれ、夕陽の差し込む西側の窓だった。
沈みかけた夕陽に染め上げられた城門前は、毎朝開門前にあれほど長い列ができるとは思えないほどひっそりとしていた。
周囲の平原はあらかたが畑だ。そこに動く影が点在しているのは、真っ暗になる前に農夫たちが最後のひと踏ん張りに励んでいるのだろうか。
街道の両脇に規則正しく植えられた背の高い糸杉のような樹のシルエットと、緩やかに南北を流れるアビエスの流れが、寂しい風景にアクセントを与えていた。
『……美しいっすね。ウーゴさんたちはいつもこんな綺麗なもんをご覧になってるんで?』
旅芸人のナイガ口調をキープしたまんま話しかけたが、返事がない。
なんぞ?
『ウーゴさん?』
振り返ると、ウーゴはその厳つい顔を奇妙に歪ませていた。
ジンギスカンキャラメルハバネロ風味の鯛焼きを覚悟してほおばったら、実は中身が上品な甘さ控えめの粒あんたっぷりだったかのような顔とでもいうべきか。
『どうなさったんで?!』
「……いや。ちょっと意外だっただけだ。てっきり俺ぁ、お前が東側の、リトスの内側から見るのかと思ってたからな」
『いやそりゃぁ、せっかくこんなとこまでお誘いいただけたんですから。全部の風景を堪能させていただこうかと思いますがね?逆になんでまたウーゴさんは、アタクシがリトスの市中をまず見たがるとお考えになったんで?』
「リトスのことを探りに来てるのなら、まず地図を作るにうってつけだろうとな」
『は?!』
あたしは仮面の下でぽかんと顎の骨を開けた。
何言ってんだコイツという雰囲気が伝わったんだろう。ウーゴは深々と溜息をつくと、壁際に拵えられた、横に板を渡しただけの腰掛けにどかりと座り込んだ。
「ナイガ。俺ぁ本当はな、ここでお前を説得する気だったんだ。素直に縄につけと」
……はぁ?!
『いやあの。アタクシが何をしたってんですかい?』
「本気でわからねぇか。……旅芸人のナイガ、お前にゃ盗賊の手引きの疑いがかかってる。タレコミがあった」
『いやいや、ちょっと待ってくださいよ』
マジで想定外なんだけど。
もしバレるとしたら、それはマグヌス=オプスと名乗っている囚われの落ちし星、スグルの話し相手になってたとか。ランシアインペトゥルス王国とのつながりが見つかったって方だとばっかり思ってたよ。
なにせ夜な夜な下水道に入り浸ってたのは本当だし、リトスに入り込む理由にした手紙は表書きの名前は違えど、みんな中身は故シルウェステルさんのものって設定にしといたもんな。
だけど、そもそもなんでそんなわけのわからん疑いが出てきたんだか。
「衛士の詰所じゃ、納得するやつが出てきてな。旅芸人のお前が芸もしないで、毎日毎日朝早くから深夜まで下水道に潜りっぱなしってのは確かにおかしいってな」
『こいつらの芸はたしかにアタクシが金を稼ぐ手立てですがね。せっかく冒険者ギルドがある都市に来たんだ、そっちのお仕事もしてみたいって思っちゃ変ですかい?』
そもそも、ラットゥス退治は冒険者ギルド(笑)で受けた仕事ですから。真面目に仕事して疑われるとか、ひどくね?
さらに付け加えるなら、ウーゴの言い方じゃ、あたしが下水道に籠もったっきり出てきていなかったような感じだが、そいつは間違いだ。
昼も夜もなく暗い下水道での仕事を外の暗い時間帯にやって、日中は日中で市内をうろちょろしたりしてたんですよー。時間は有効活用しないと。
門衛の人たちにも断って、城壁の外にも出たりしていたのは、主に幻惑狐たちのお散歩兼お食事タイムにですが。討伐証拠のラットゥスの尻尾入れを作る枯れた雑草の確保とかもしてたけど。
もちろん、あたしゃよくある異世界モノの主人公みたく、『実は藁細工スキル持ってます』なんてこたーない。たいしたものなぞ作れません。
とはいえ、枯草をまとめて三つ編みにすれば紐はできる。紐ができれば編んだり組み合わせたりすることで平面ができる。平面同士をつなぎ合わせれば、袋のような立体もできる。歪んでようが不格好だろうがかまわない。
布製革製の袋はいくつか持ってるけど、巨大鼠のぶっとい尻尾を入れたものなんざ、使い回しなんてしたかないからね。
「退治しているというラットゥスの数も多すぎる。お前より前からラットゥス退治を受けてる燧石亭の連中に訊いた。普通一日に20匹もやれれば良い方だとな」
『そりゃあ、先輩方のやり方が下手なだけなんじゃありませんかねえ?アタクシは撒き餌と罠を使いましたが』
あたしは食事ができない骨の身だ。けれども、食料品を購入したり、消費したりしなければ不審がられる。
だからあたしはびんぼっぷりを喧伝しながら、ぎりぎり必要最小限のパンだけを毎日買うことにしていた。
で、そのパンもうっかり捨てるわけにはいかないから有効利用しただけですよ。
細かくちぎって、軽く熱して匂いを立てたら、下水道に撒いて風を起こすという形でね。
そしてそのまま放出魔力を抑えて気配を消したら。
……まー、わらわらと巨大鼠が出てくること出てくること。
あとは結界刃を檻にして、群れを一網打尽で捕獲する。檻にした刃で尻尾と頭がちょん切れたところで、尻尾を結界の手でつまんで、枯れた雑草製の袋に投入するだけ。
これを数カ所繰り返せば、一日100匹ぐらいなんて、わりと簡単に仕留められたのだ。しかも、それで数が減るかといえばそんなこともないというね。
文字通り鼠算式に増えているんじゃなかろうか。あれ。
「リトスから出ると聞いた」
『ええ、まあ。路銀も少しはできましたのでね。旅の空へ戻るつもりで、お世話になった方々にも挨拶はしてましたから』
「そろそろ滞在期間が過ぎるってタイミングは、リトスを離れようとしても誰も不審に思わない。そこを突いて逃げだそうとしてるんじゃないかって考えもあってな。そんな時に、ナイガ、お前が城壁の上に登りたがってるって話を聞いたんで、やっぱりかと思ったが」
『いやいや、誘ってくれたのはウーゴさんですよね?俺が付き合うならその上にも登れるって!』
……話の種にぜひともと、すぐさま調子よく受けたあたしが悪いのか?
あたしゃ煙じゃないんで、ただ高いところに上って喜ぶ癖はないのだが。
困り果てたようにウーゴは額に手を当てた。
「まあなあ。暗くなる前に急いでリトスの様子でもうかがうのかと思えば、夕陽の平原が美しいとか。綺麗な景色が見られて羨ましいとか。盗賊の手引きなら言わないよなあ」
……どうやら、ウーゴの疑いは解くことができたようだが、どうもこの展開はきな臭い。
じわりと、嫌な予感が暗い湧き水のように水位を上げてくる。
あたしは魔力知覚を増強しながら慎重に訊ねた。
『……ウーゴさん。アタクシが高いところに登りたがってるって、誰から聞きました?』
この物見台は螺旋階段しか出入り口がない。四方を見張るためだろう、大きな開口部は見通しが良すぎて、蓋のような板戸を閉めない限り外部からも丸見えだ。
つまり、身を隠す場所も、逃げ場所も、ほとんどない。
「ん?そりゃ燧石亭の『ウーゴさん!』
予測通りと言うべきか、空気の鳴る音は東側から来た。咄嗟に動いたあたしの背に、矢が突き立った。
「ナイガっ!」
『シッ』
あたしは崩れ落ちるふりで、ついでにウーゴも引き倒した。
矢はあたしに当たったが、軌道を考えたらウーゴに当たってもおかしくはないものだったのだ。ヘッドショットをかまされなかったのは幸運だったが、さらに矢を撃ち込まれて、二人揃ってハリネズミ状態になるのはごめんだ。
あたしがいくらこの世界で狙撃された経験ありで、ぶっちゃけ当たり所が悪くなければたいした影響がない身体だとはいえ、毎回毎回骨を折られたりなんざしたくないんですがね。
「なにしやが『姿勢を低く。まだ狙ってきているかもしれない』
「お、おう」
あわててウーゴも床に寝転がった。矢はどうやら下の方から撃ち上げられているようだ。この姿勢が一番撃たれずにすむ最適解ではあるのだろう。
だが。
( )
ラームスの警告にあたしはこっそり歯噛みした。そこまでやるか。
……つくづく、幻惑狐たちが離れてくれててよかったよ。本格的にいよいよヤバい状況だ。
『ウーゴ』
「あ?傷が痛むのか?」
『これ、毒矢、だ』
「ナイガ?!あ、おい、ナイガっ??」
あたしは答えず、ずるずると脱力したふりをした。ラームスと幻惑狐たちにある頼みごとをしておいて。
夕陽が沈みきったころ、階下からウーゴを呼ぶ声がした。返事も待たず、石段を駆け上がる音が反響する。
やがて、床に開いた穴から顔を出したのは、燧石亭のマスターだった。
「よーお、無事だったか、ウーゴ」
「オレはな。だがナイガが」
「……牽制のつもりだったがな。ま、当たっちまったもんはしょうがねえな」
窓際に倒れている人影にちらりと目をやると、訳知り顔にグイドは頷いた。
ぐるりと見回し、幻惑狐たちに気づいた途端に、相好を崩す。手を伸ばしてちちちと呼んだが、狐たちはカッと口を開けて威嚇音を発した。
当然でしょうが。この状態で警戒しないほど彼らも馬鹿じゃない。加害者のくせに被害者みたいなしょんぼり顔になってんじゃないっての。
「……嫌われちまったか。まあいいや」
「グイド」
「なんだよウーゴ。そう恐い顔をすんなって」
ただでさえ顔が厳ついんだからという軽口をやり過ごして、都市の衛士はグイドに迫った。
「牽制だというのなら、なぜ毒矢を使った。わざわざ殺す必要があったのか。オレに当たったらどうするつもりだった!」
「答える義理はないんだが」
頭をぼりぼり掻きながら、めんどくさそうにギルドマスターは言った。
「顔見知りとしての誼だ、冥土の土産ってやつで教えてやろう。毒矢を使ったのは『手っ取り早い』から。対人はNPC相手でも、街中のクエストよりいい経験値が入るんだってな。殺したのは『お前がだらだらしていたから代わりにやってやっただけのこと』だ。それから最後の答えだが、『お前に当たろうが、どうでもよかった』。……これでいいだろ?」
「なん、だと」
無意識に後退ったウーゴの足音にひかれるように、グイドの背後から数人の男たちがこの狭い物見台に上がってきた。燧石亭にたむろってた先輩冒険者(笑)たちだ。
「どうせお前もここで死ぬ。ってことで、悪く思うなよ?」
『思うに決まっているだろうが。アホ』
死んだふりをしていた――息は止まってるし心音もない、体温なんてもとからありませんが、何か?――あたしはひょいと起き上がった。
殺す気満々なのはそっちの勝手。だが、そうそう思い通りにさせるほどあたしゃ甘くないんだな。
ついでにいうと幻惑狐たちも準備は万端、グイドたちをすでに化かしてくれている。
ウーゴまで盛大に驚いてるのは、彼らに頼んで触覚を念入りに化かしてもらい、あたしを生身っぽくみせかけておいたせいだったりする。
「ナイガ、てめえ生きてたのか!毒矢は」
『ちゃんと当たってるが?』
ほらごらんのとおり、と刺さったまんまの矢を見せてやる。
ラームスが伸ばしに伸ばして網を丸めたような状態になった気根の塊にぐっさり食い込んではいるものの、あたしの骨には触れてもいない。ちなみにラームスには、鏃部分をさらにぐるぐる囲い込んで、他のものに毒が触れないようにしてもらうよう頼んである。
「じゃあ、なんで生きてやがる?!」
『さーてね。いつどこで手に入れた毒か知らないけど、劣化してたんじゃないのー』
へらへらと返すと馬鹿にされたとでも思ったのだろう、グイドはかっと血の気を満面に上らせた。
……もちろん、お骨なあたしに毒は効かなくて当然だ。けれどもそんな情報だってこいつらに渡してやる気はさらさらない。
どんな小さな情報だろうと大事な手札だ、切るタイミングはあたしが決める。
「い、いや待てよグイド。毒も、ものによっちゃ状態異常になるには時間がかかるのがあるんじゃなかったか」
『……やれやれ、こいつはとんだお笑いだ』
「なに?」
もそもそと言い出したやつを鼻で嗤ってやると、お仲間揃って殺気だった。そんなに予想通りにいかなかったからって、動揺するほど余裕がないのかな?
『状態異常だぁ?まだこの世界を本気でゲームステージだと思ってるバカがいたとはね』
「なんだと!」
『いや、ほんとどうなのよ?仮想現実技術の進歩に夢持ちすぎじゃないのー?そんな数世代先の未来技術を根拠に仮想と現実を混同するほど現実世界と接点なかったんだ』
毒矢のお返しに毒舌を浴びせると、冒険者(笑)たちはうろたえた。図星かい。
……ひょっとしてやたらとスキンシップ激しいのは、適切な距離感てやつを掴めていないせいなのだろうか。
『そんなんじゃモテるわけないよねー。彼女いない歴イコール人生の長さ組さんたち?』
「な」
「だ、黙って聞いてりゃ」
『ホントのことじゃね?自分に都合の良い情報しか頭に入れない、思い込みで状況を判断する、相手を図る。だから、否定だろうと肯定だろうと、予想と違う反応を相手がしたら、すーぐうろたえるとか』
「「「「「「ぐ…」」」」」」
『彼女作るどころか、女の子にヘタそうって嫌われる機会もないほど対人関係作れそうにないコミュ障でちゅかぁ?やーい、リアルなお前ら、リアルに魔法使い~』
「「「「「「ごふうっ!!!」」」」」
仮面の鼻の頭に親指の骨をつけて手をひらひらさせながら、ネットスラングでちょこっと煽ってみたら、吐血しそうな声とともにグイドたちは崩れ落ちた。
あ、なんかちょっと涙目になってるし。
軽く怒らせて判断力や自制心を弱め、動機なんかを自白させてやろうと思ったんだが、……いきなり心折れるとは思わなかったなあ。
そんだけ撃たれ弱いんなら、人を攻撃しなきゃいいのに。
雉も鳴かずば打たれまいってことわざ、知ってる?
いやまあ、彼らが来た世界とあたしがいた世界が違っていたら、知らない可能性もあるのか。
「ナイガ、てめえ鬼だな?!」
ウーゴまでどんびきな表情を向けてきたが、あたしゃただの骨ですともさ。鬼じゃありません。
だから、やさしく解説してやろうじゃないの。
『ウーゴ。わたしが盗賊の手引きだとか、あんたに吹き込んだのは、この連中か』
「あ、ああ」
『なるほどなるほど。なら、そうウーゴに吹き込めっていうのは、いったい誰の入れ知恵だろうな?』
「なにぃ?」
ウーゴの疑問に燧石亭の連中から表情が消えた。
「どういうこった、ナイガ」
『いいか、ウーゴ。わたしは‘高いところに上ってみたい’なんて、思っちゃいなかった。当然、誰にもそんなことは一言も言ってない。だが、この物見台のように‘高いところ’は狙撃されやすく、しかも逃げようとしたら塔を降りるしかない。人間を追い詰めるにはじつに都合がいいよなぁ。そんな場所に、わたしはウーゴ、あんたを使って誘い出されたんだ』
「……」
『だが、こいつらが、自分の罪を他人になすりつける程度ならばまだしもだ。こんなふうに状況を設定して、人を動かして、誰かを罠に嵌めようなんて迂遠な方法を、自分の頭で考えつくと思うか?毒の入手方法はともかくとして』
ウーゴは詰まった。燧石亭の連中の直情的な性格とか、考え回すより強行突破的な脳筋思考とか、いろいろ心当たりがあったんだろう。
『さらに言うなら、あの毒矢はウーゴ、あんたに当たったってかまわなかったとこいつらは言った。つまり、こいつらとしてはわたしとウーゴ、どちらが死んでてもかまわなかったってことだ』
「……」
ゆっくりとあたしはウーゴの近くを歩き回りながら、仕掛けを施していく。
『わたしとあんた、どっちがより目障りだったかは知らんが、ウーゴが死んでたら、それもわたしの罪と言い張って殺してしまえば死人に口なし。集団でボコれば文字通り多勢に無勢、ひ弱な旅芸人一人、殺しにかかるのも簡単と見たかな。逆にわたしが死んでいれば、捕縛が目的だったのに殺すとはやり過ぎだってことで、あんたを罪に落とす理由になる。冥土の土産とか言ってた所を見ると、最初っからあんたもここで殺すつもりだったんだろうな。抵抗されてやむを得ずとかって理由をつけりゃあ、後付けでも正当防衛が主張できるとこいつらに吹き込んでおけば、ためらいなく殺る気になる。入れ知恵した人間は手を汚さずに始末ができる。いやあ、そちらさんにしちゃあ万事めでたし、都合のいい話だ。こっちはいい面の皮だが』
「……」
『万が一、あんたがこいつらを返り討ちにしたとしても、取り調べだ事後処理だと名目をつければ、最低でも数日間は確実に足止めができるってわけだ。どっちにしても、わたしだけじゃない。あんたの動きも止まらざるをえない。……ずいぶんと誰かさんに煩わしがられてたみたいだな、ウーゴ?』
「…ただの推測じゃねえか」
『そうとも、ただの推測だ。ただし』
吐き捨てた冒険者(笑)をあたしはびしっと指さした。
『わたしの推測で言うならば、あんたらは捨て駒役ってことになる』
「なんだと」
『PKだなんだと盛り上がってたみたいだが、ここはゲームの世界じゃない。そもそも自分たちが返り討ちにされる可能性を考えていたか?それとも何があろうとリスポーンできるんだから問題ないとでも思っていたか。ゾンビアタックだろうと最終的にわたしやウーゴを片付けてしまえばそれでおしまい、何とでもなるとでも?そんなわけないだろうが。死ねばそこで終わりだ。殺せば死体ができるに決まってる。ラットゥスは倒したら血の汚れもない、おきれいな尻尾でもドロップしたか?時間が立てば死体が光ってポリゴンにでもなったか?』
かすかに動揺の呟きが聞こえた。だけど、冒険者(笑)をやっていたはずの彼らなら、その経験から死体がどうなるかは見ていたはずだ。
人間の死体は違うとでも、本当に思いこんでたんだろうか?
もしそうだとしたら、星屑たちに対する認識歪曲はかなり厄介だ。
『巨大鼠ならともかく、人間の死体が転がれば、殺した犯人を探すのが当然だぁな。しかも、旅から旅のわたしはまだしも、この都市の住人でしかも門衛であるウーゴが死んでいたら、仲間を殺された衛士たちは黙っちゃいない。徹底的に犯人を炙り出しにかかるに決まってるだろう。そこで毒矢がウーゴに当たっていたことが知れたなら、弓も撃てない至近距離にいたわたしは、容疑者からあっさり外れるわけだ。そもそもわたしは弓なんぞ使ったこともないからなぁ。そんなもん、調べりゃすぐわかることだ』
男の一人が、うろたえたように後ろ手で弓を隠した。わざわざ持ってきてた、というかあたしに持たせて『証拠』にでもする気だったんかい。
『で、そんなわたしを殺していたら、あんたらは‘この都市の衛士を殺した罪’に加えて、‘無実の旅芸人に殺人罪をなすりつけて殺した罪’も負って、みんな仲良く処刑されることになってたってことだ。そのへん御理解いただけてますかー?』
「いや、だってこれ、イベントで」
『だっから、この世界はゲームじゃないっつってんでしょうが、このボンクラども』
おっといかん。『化けの皮を剥がしたナイガ』というキャラが崩れるところだった。
舌があったら何回舌打ちしてたかわからんような連中が相手だが、口調を戻して戻して、と。
『よく考えろよ。わたしがNPCなら、‘死人に口なし’なんて、日本語の言い回しで喋ると思うか?仮想現実だの何だのと世界観が壊れるようなことをプレイヤーに喋ると思うか?』
「だって、矢を身体でカバーリングするなんて、PCアバターのスペックじゃできないだろうが?!」
……なるほど。それはしまった。
確かに、生身の人間なら、そんなやり方で防ごうなんてまず思わないか。発射速度的にできるかできないかまでは知らないが。
魔力知覚を、単独潜入だからって、背後に多めにしておいたのがこんなところで問題になるとはな。
けどそれだって舌先三寸でごまかしてくれますとも!舌ないけど!
『そんなん気合いの問題だっての。気合いの』
「……なんだそりゃ」
『ついでにもう一つ。魔法使いも仲間にできないなんて設定、ゲームにしちゃあしょぼすぎだろうに。なんでこの世界がゲームだって思えるんだか』
そう伝えると、いきなりげらげらと男達は笑い出した。
『何がおかしい』
「てめぇがとうとう尻尾を出したからに決まってんだろうが!」
「なんでぇナイガ、結局は情弱の独りよがりか!」
「魔法ならばオレたちでも使えるぜぇ!こんなふうになぁ!」
投げつけられた細長い紙が、途中で火球となってあたしに接近してきた。
……なるほど、ゾンビ化みたいな複雑な術式が陣符として実用化されていたんだ、攻撃用の魔術が陣符になっていたって、確かにおかしくはなかったか。
だが、一文字陣でとうにわかっていたことだが、ゾンビ化みたいに半立体化して使うならともかく、魔術陣が平面のまんまの陣符じゃあ、どうしたって効果は弱い。
それに、飛んでくるスピードも遅い。
『なーんだ、どんなすごいもんが出てくるかと思えば……こんなオモチャに騙されてるとか。うわー、情弱はどっちだよ。かわいそーに』
ぺんと火球を指先でひっぱたくふりをしながら陣符の術式を破壊してやる。
「てんめぇ……」
『あ、それともこんなしょぼいオモチャを使ってでも、魔法使いを名乗りたいとか?いくらこっちでもガチに魔法使いになりそうだからって、そいつぁ自虐がすぎるってもんじゃないかね?』
「「「「「ぐふうっっ!」」」」」
ふたたび吐血しそうな声とともに、燧石亭の連中全員がよろめいた。
「よ、容赦がねぇな、ナイガ……」
ウーゴにゃ悪いが、殺意と害意を向けてくる相手仕様なあたしの辞書に、『容赦』とか『手加減』って語句はないのだよ。
「ナイガ、てめえだけは絶対に許さねえ!」
巨悪に主人公が吐くような台詞を言いながら、無駄にかっこつけて立ち上がった冒険者(笑)の一人が、力一杯拳を握りしめた。
おい、陣符がくちゃくちゃになってるぞ。
「果物売りの金髪の子が『ナイガさんてかっこいい』とか言ってたときから気にくわねえ野郎だとは思ってたけどな!」
なんだその逆恨み。
てゆーか。
「果物売りの金髪って、エレのことか?」
「ウーゴ、てめえ汚えぞ。門衛だからって個人情報抜きやがるとか職権濫用だろうが」
「馬鹿言え。相談されてたんだよ。無言で果物取ってくから、泥棒かと思って金払えって怒鳴ったら、ちゃんと払ってくれたはいいが、それから毎回睨まれて恐いって」
「へ」
『……つまり、こっちから声もかけられなかったコミュ障が、向こうから声をかけてきたから気になって、ちょっかいは出してみたけどあいかわらず会話どころか自分から声もかけずに見てるだけ状態だったと?!ヘタレの逆恨みってことでよろしいかな?』
さすがにあたしも呆れた。
『女の子と話をしたけりゃ紹介してやったのに』
『え』
『もちろん、イベントだとか誤解してこっちを殺しにかかってくるような相手に、そんなことはしてやらんがな。人柄に信用の置ける友人ならともかく』
「あー、あと誤解しているようだが言っとくぞ。エレは男だ」
「なん……だと……」
冒険者(笑)がすがるような目でこっちを見てきたので、あたしはウーゴの言うとおりだと頷いてやった。
いくらお古の前掛けが長すぎてスカートに見えようが、長い髪の毛を後ろで結んでようが、エレミアスくんは男の子ですよ。
放出魔力は性別すらもはっきり見えてしまうのであたしの目はごまかされんのだ。目玉ないけど。
だが、それがとどめになったのか、彼は灰になったように崩れ落ちた。
『ウーゴ、あんたも鬼だな』
「誤解させたまんまの方がよほど鬼だろが」
『そうかなあ。薄暗い脳内お花畑のジオラマに自分の妄想というお人形を置いて眺めて二度と出てこないんだったらそれもありかと思うがなあ。……あ、ヘタするとエレ本人に被害が及ぶ恐れがあるか。やっぱりなしだな』
そもそもエレミアスという本名どころか、おっちゃんおばちゃんたちに呼ばれるエレという愛称すら知らなかったって段階で、市場の人たちをボットか挨拶機能付きの書割としか思ってなかったってアホの思考がすっけすけに透けて見える。
叱られてようやく相手を人間だと認識するのはまだいい。だけど自分の言動を振り返って、好感を与えるように変えようとか思わずに、好意を持ってもらおうってのは虫が良すぎるんじゃないかね?『ありのままのあたしを好きになって欲しいの!』ってのは少女マンガでも数十年昔の設定だろうに。
そもそも、相手を人間だと認識したからって執着するなら、燧石亭の連中とおっさん同士でしてりゃあいいのだ。他人に迷惑かけんなよ。
「オレはまだ32だ!」
あれ?思考が心話に漏れてたか。でもなあ。
『こっちの世界じゃ初老だなあ。リアル世界でコンビニ店員さんとかにストーカーとかしてたんじゃないだろうな。ええ、勘違い男とそのお仲間さんたち?』
「……ウーゴ、ナイガ、てめえら生きてこっから出られると思うなよ!」
彼らはとうとう本格的に頭に血が上ったらしい。
「てめーら、休まず投げろ!」
「おう!」
冒険者(笑)たちは全員で雨霰と火球を振りまき始めた。
……だけど、いくらぶつけられてもたいしたことがないというか、普通に火のついた松明で殴りかかられた方がダメージ来るだろこれ。
まともな魔術師の顕界した火球と比べれば、火炎放射器の前でぱちぱちいってる線香花火レベル。
とはいえ、これだけ火を物見台に撒き散らされては確かにたまったものではない。火が当たれば物は焦げもする、場合によっちゃ着火しかねん。
「バカかてめぇら、こんなところで火を使うやつがあるか!」
「石造りの塔が燃えるかよ!」
必死な形相でウーゴが叫ぶが、グイド達は聞く耳を持たない。
もちろん、この場合は……ウーゴが正しい。
確かに石そのものは燃えないだろうが、この物見台にだって、数は少ないが木製の備品ぐらいはある。そういったものは当然被害を受けるし、石を止めているモルタルっぽいものまで熱に強いとは限らない。ほんの数瞬炎が当たったくらいならまだましだろうが、備品が燃えてずっと熱がかかったらどうなることか。
そもそも石造りの建造物でも骨組みは木製だったりするんですよ。たしか向こうの世界でも、火災が発生した石造りの城は危険だからってんで、立ち入り禁止になってたはずだ。
おまけに、外れ火球が物見台から飛び出ることだってないとは言えんだろうに。その時点で素直に燃え尽きてくれるとも思えない。
予測以上の蛮行というか愚行っぷりに、あたしは仮面の額を抑えながら、周囲にこっそり消音効果を持たせた結界を展開した。
もちろん、あたしや幻惑狐たちにとばっちりが来ないよう、各自別個の結界で覆っておいた上からだ。
開口部?狙撃された直後からこっそりと、目隠しを兼ねて黒く色をつけた結界を張ってありますとも。
……しっかし、こんな高いところから出火したら、どうやって消火作業をする気なんだか。水なんてそうそう高いところに大量に運ぶことなんてできないだろうに。
それで自分たちが火傷しようが、リトスが大火事になろうが、それすらもリアルすぎるゲームとして捉えるのだろうかこいつらは。
「効いてないだと?!」
「どんだけかてえ魔法防御力なんだ、だが続けろ!防御の上からダメージを入れろ!」
『残念だが、そいつはできない相談だな』
「なにぃ?!」
……あーのねー、雨滴石を穿つ類いの馬鹿の一つ覚えが戦術として有効になるのは、その攻撃が相手にダメージとして通ることが前提なんですよ。
どんだけ攻撃密度を上げようが、継戦能力を数の暴力に頼ろうが、ダメージがゼロなら効果もゼロなんです。
と、いうわけで。
『あいにくと、時間切れだ』
別の術式を顕界したとたん、あたしと幻惑狐たち以外の全員がその場に崩れ落ちた。
鼻の頭に親指をつけて、他の指を身体の外側へ開くように動かすと、オモシロカチムカな仕草になります。両手でやるとカチムカ度は倍増ドン。




