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帝都レジナ

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 その日、早朝の帝都レジナには、殷々(いんいん)と鐘の音が響きわたった。

 音としてはさほど大きくはないのだが、耳元、ないしは窓のすぐ外で鳴っているかのようにはっきりと聞こえる。

 いまだ熟睡(うまい)を貪っていた民人はみな、一斉に飛び起きた。

 寝ぼけ眼できょろきょろしているところへ、さらに人の声が聞こえた。


「愚かなるスクトゥム帝国よ、帝都レジナの民人よ。汝らの罪を(ただ)す。心して聞け、そして胸に刻め」

「な、ななんだ?」

「港だ!港から聞こえるぞ!」


 誰の声ともわからぬままに、わらわらと走り出た人々が集まり、やがて何重にもぐるりと取り囲んだレジナの港には、一艘の巨大な白い船が停泊していた。


「我らはランシアインペトゥルス王国糾問使臣団である。正使シルウェステル・ランシピウスの名の下に、汝らの罪をここに糺す。

 数知れぬ星とともに歩む旅人(森精)たちを害せし罪を糺す。

 魔薬を数多の国々に撒布せし罪を糺す。

 人心に毒を撒き、我らが邦国のみならず、我らが友邦グラディウスファーリーをも腐らせんとした罪を糺す。

 シーディスパタ、カエデーンスマカイラ、クラウィケッシンゲル、クラーワヴェラーレ、数多の国々より無数の人を攫いし罪を糺す」

 

 少し肌理は荒いが純白の雪花石膏(アラバスタ)――この世界にあるかどうかはわからないが――のように白く輝く船体の上に立つのは、仮面をつけた黒いローブ姿の人間。金髪の巻き毛が薄い朝日を集めて鮮やかだ。

 だが、その言葉は帝都の群衆にとっては寝耳に水にも等しかったようだ。


「おい、何を言い出す、貴様は何者だ、降りてこい!」


 ようやく群衆を掻き分けて出てきたのは、警吏だろうか。

 木の棒を差し向けてわめき立てるが、仮面の人物は集まる群衆ごと黙殺した。名も知れぬ者の言い草に耳を傾けることなどないように見えたのか、警吏たちに同調するようにざわつく民人の声は――聞こえなかった。

 若い男性のものと聞こえる声が、相変わらずそれほど張っているとも聞こえぬままにざわめきを、そして帝都を圧したのだ。


「別してケトラ属州自治都市アエスの罪を糺す。

 我らを奸計によって幽囚となし、喪心の魔薬にて奴隷となさんとせし烏滸の所業を糺す。

 幾多の国々の者らを犠牲となしたその醜業を糺す。

 無知蒙昧(むちもうまい)なるは無辜(むこ)とは同義ではなく、自らの罪を知らぬは無垢潔白の(いい)にはあらず」

 

 人物は手を上げると、仮面を外した。 


「耳よりおのれが罪過を知るを拒むならば、目より知れ。これは貴様らの悪業の証、その僅かな一片に過ぎぬ!」


 群衆は息を吞んだ。警吏の中には木の棒を取り落とした者もいる。

 青年の顔を無惨にも赤黒い引っつれが覆っていたと見たのだろう。

 

「愚かなるスクトゥム帝国よ。その臣民のすべてに告ぐ。汝らが負うは、我らがランシアインペトゥルス王国の人臣を害せし罪咎のみにあらずと知れ」

 

 青年が軽く息を継いだときだ。

 空気の鳴る音がしたと思えば、すでに彼の目前にまで極太の矢がせまっていた。

 (いしゆみ)、いやバリスタのようなもので狙撃されたのだ。


 が、青年は一歩も引かず、その寸前に極太矢――というか、むしろ槍に近い――の穂先は空中にしばらく静止していたが、やがてはたりと河面に落ちた。


「……これがスクトゥム帝国の答えか。帝都レジナの民の総意か」


 火傷の面を向け、金髪の青年の声が響く。帝都は息を吞み物音一つしない。


「罪を認め改悛(かいしゅん)の念を示すのであれば、いくばくかの憐憫の情を垂れてもよかったのだが。……よかろう、汝らはこのときをもって、この世の敵となった。我らが瞋恚、嫌厭(けんえん)、憎悪、そして怨讐(おんしゅう)の念を思い知るがよい。ランシアインペトゥルスはグラディウスファーリー、シーディスパタ、その他友邦とともにスクトゥム帝国の罪を鳴らす。悪しき鱗をひき剥がし、肉を焼き、血を焦がし尽くすまで、我らの炎は()むことはない」


 青年が右手を挙げると、朝日に輝きながら船はアビエスの川下に向かって動き始めた。

 それを追うように動く気配を見せた群衆に、青年の声が飛ぶ。


「すでに糾問状は宮殿内にある。確かめるがよい。それでもなお今我らを討ち、亡き者にせんと企む者どもよ。汝らが動かば、我らは帝都を討つ」


 ローブ姿の人間がもう一人船の上に立ち上がると、巨大な火球を産み出した。

 どよめきを上げた群衆は、しかし揺れ動くばかりで後退しようとはしなかった。むしろ前に出てこようとする者もいた。


「今帝都を一息に砕いても構わぬというのならば、かかってくるがよかろう。我らが先手を打たぬは、都市一つを消し飛ばすなど、いつでもたやすくできるゆえ。そして、汝らスクトゥム帝国を憎み、自らの手で報復せんと願うは、我らのみにはあらざるがゆえ」


 そうまで言われては、警吏たちも木の棒一本で何ができるわけもなく、ただ白く輝く船がみるみる速度を上げるさまを見送るしかなかった。


「……す」

 

 港から船の姿が完全に見えなくなったときだ。

 ふっと、誰かが声を漏らしたとたん、どっと歓声が上がった。

 

「やっべー!すっげー!かっけー!臨場感半端ねーよこのムービー!」

「朗報~!朗報~!ワールドマップ拡大の予感~」

「加入後最初の大型イベントキタコレ」

「スクトゥム帝国、喧嘩売られた草生える。アプデ予告か?!」

「仮面を取ったら美形の顔に傷とか。男でもマジ(たぎ)るわ」


 ……だめだこいつら。いろいろな意味で、全方位的にだめだ。

 特に、最後のヤツが一番だめだ。マヌスくんには二度と帝都に近づかないよう言っとかないと。


 確かに向こうの世界の日本は、鈍感で敏感な社会だった。

 個人に向けられた悪意には敏いくせに、団体の一人だから嫌われているかもしれないという感覚をあまり持たなかったように思う。カテゴライズした相手を決めつけたり、人種差別主義的な言動をナチュラルにしたりするようなる人間が全くいなかったかというと、そんなことはなかったと思うのだけれども。

 たぶんその不均等な認識は、周囲に同一していることで得られる肯定感に支えられていたのだろう。

 同調圧力はみんなと同じように行動するように押しつけるだけじゃない。周囲のみんなと同じ事をするのが正義、外れたら悪。だから、周りと足並みを揃えて、行動の枠から外れてない自分には非がない、というように、よりどころにもなる。

 たとえそれが文字通り毛色の変わった相手を弾く人種差別的な行動であっても、みんなと同じ(正しい)行動をしているのだがら自分に非はないと。

 その同調圧力を押しつける団体自体が正しいのかというと、そこはわりとどうでもいいというね。

 まあ、集団心理とか社会行動学的に見れば、いじめの構造的にもわりとよくある行動なのだが。

そのあたりの行動規範をなぜ自分が受け入れ従っているのか、本当にそれが正しいことなのか、しかたがないから従ってるのかってことにも無自覚な人間ってえのは、その集団から個別に分離され、逃げ場所がなくなって、そして自分に向けられた負の感情にようやく面と向かい合わねばならなくなったときに、……受け止めきれずに壊れる。むこうの世界でも見てきたことだ。


 ……だからって、こういう方向に解釈するかねぇ。

 大声でネット言語をわめきたてる群衆を見下ろしながら、あたしは頭蓋骨を抱えた。 

 彼らがこの世界をゲームの舞台としか把握してないのは、それこそ彼らのはじまりの街近くだというフェスタムの近郊に捨ててきた三人組を見ていたからわかる。

 だが、まさか糾問使の弾劾をイベント開催のお知らせムービー扱いされるとは思わなかったよ……。

 アエスよりひどいかもしんない。

 戦争に直結しそうなヒリヒリとした切実な危険を肌で感じさせれば、ちょっとは目が覚めるのかと思ったんだけどなぁ、そんなことはさっぱりなかった。

 正面から糾問しようというクランクさんの容赦なし作戦には、当初どん引きだったが、なんかこれでも手ぬるすぎたんじゃなかろうかという気分になってきたよ。


 そう、さっきの仕掛けは、国交という難易度が馬鹿高い交渉事のプロであるクランクさんの発案によるものだ。

 どうせ糾問使としてここまできたのだ、だったら名目をちゃんとお題目として活用して楔を打ち込んでおこうというね。

 いくら超大国とはいえ、周りの国々が集団で囲んでボコにしてくるかもと思えば、少しは外交努力ってものをしようとするだろう。おまけにいきなり川を遡って、ちょっと内陸の帝都にまで他国の使節が飛び込んでくるとか。正面きって糾問されるとか。それだけでに国の面子丸つぶれだろうし、国防が穴あきだってことが国の内外にも知れ渡るわけだし。

 おまけに帝都全体に大公開してやれば、為政者の屈辱は倍がけ。

 嫌がらせをするのならとことんやろうじゃないかと、わざわざアエスでやらかされたことも口上につっこんでみたりもした。

 もちろん、アエスでの経験を活かして、二度と舐められないようにいろいろと手は施したのよ?

 

 アエスの執政官(黒幕)たちは、あたしたちが船一艘だったから馬鹿にしてかかった。しかし、そう簡単に船を増やすことはできない。

 ――だったら馬鹿にされない船ならいいんじゃね?

 そんなわけで、深夜に川を遡り、帝都レジナに近づいてから、あたしたちは船に改造を施した。

 本体はもともとアエスでかっぱらってきた、それほど大きくはない船だ。

 その外側にラームスが伸び、さらにそれを隠すように白く輝く鉱物を顕界し、ランシアインペトゥルスから乗ってきた船に似せた優美な曲線が出るように飾りつけ、さらに一回り大きく見せかけたのだ。

 アエスから情報を得れば、白と黒、それぞれ一艘は確実に持っており、しかしそれを隠すように動いていたと見えるだろう。

 ついでに小細工もしている。川の途中にある港をぐるりと取り囲むように、てのひらサイズのボート状態のものを作って、そこにラームスの枝を乗せておいたのだ。自走能力のない護衛艦、みたいなものだろうか。

 それぞれ隠し森機能のせいで姿はほとんど見えず、しかも全部中心の船につなげて結界を張ってもらってあるので、どこをどう移動してもマイク兼スピーカー機能も高い防衛能力も発揮できるというね。

 いやー……、帝都レジナを出るまでって条件で結界を張るようお願いしといてよかったよ……。


 ちなみに糾問、というかほぼ宣戦布告みたいになっちゃったけど、文字通り矢面に立って宣言をしてくれたのはマヌスくんである。あたしは肉声が出せないもんで。

 彼が金髪になったのはグラディウスファーリーの港、カリュプスでのことである。

 あたしの身代わりとしても行動してもらうため、そして双子のグラディウスファーリー国王クルタス陛下と外見が激似であることをごまかすため、生来の銀髪ストレートを染めてもらったのだ。

 色を抜く手間がなくっていい髪ですねとは変装をお願いしたトルクプッパさんの言葉だったが、問題は、色をのせるのに高価な染め粉を使わないと鮮やかな色にはならないということ。

 単なるケチのように聞こえるかもしれないが、高価ということは希少ってこととほぼ同義なのだ。そして希少であれば入手は困難になりやすい。ずっと続けなければいけないはずの変装には不向きというものだ。


 そんなわけで、サファラナンとかいうどきつい黄金色に染まる染料もあったそうだが、トルクプッパさんが使ったのは、もっとお安く、しかも手に入れやすいというリリウムポッレンという染料だった。

 これを煮出した液で、色が抜けないようにと、彼女はちょくちょくマヌスくんの髪を染め直してくれてたのだ。スクトゥム帝国に入るまでも、そしてこの帝都レジナに糾問を宣す直前までも。

 船の上だと火を使うのもちょっとあれだが、そこはあたしやグラミィがお湯を顕界すればいいだけのこと。あらかじめ髪の毛をよく洗った当人におとなしくしてもらって、漬けたり塗ったりを繰り返す様子はあたしも見せてもらった。

 湿ったままの髪を梳き、三つ編みをいくつも作るのは生前のシルウェステルさんが巻き毛だったから、だそうな。

 確かに、乾かした髪の毛を、頭のてっぺんに近いところで一つにまとめて結び高さを出し、ふわふわとした滝のように仕立てると、淡い黄色とオレンジの混じり合ったような色合いも相まって。


 ……うん、後ろから見たら全くの別人ですね。襟元で一つにきっちりと束ねるクルタス王とは似ても似つかない。おまけにちょっとした身長差もごまかせる上、巻き毛も時間限定かと思えば潮風にもなかなか崩れないんである。トルクプッパさんの腕前にはびっくりしたものだ。


 彼女の凄腕は、もちろん前方にもきっちり発揮された。

 人の印象は目の色で変わるというので、マヌスくんは毎日青いアイラインを入れられているのだが、確かにそれだけで緑の瞳が蒼っぽく見えるというね。さすがはプロ。芸が実に細かい。


 その腕をさらに奮っちゃくれないかとあたしは頼み、幻惑狐(アパトウルペース)たちの中でも人間を化かすのが一番得意なカルロにトルクプッパさんを化かしてもらった。海森の主の相貌を見せるためにだ。

 さすがに彼女もドミヌスの傷のひどさに驚いていたが、マヌスくんの顔に、偽の傷跡をこんなふうに作ってほしいと頼むと、即座にプロの顔になって頷いた。


 なぜそんなことを頼んだかというと、いくつか理由がある。

 一つは、なるべくマヌスくんの顔そのものを、帝都レジナの人たちに見せないようにするため。

 いくら銀髪ストレートを金髪巻き毛に、緑眼を蒼っぽく加工したとしても、帝都レジナの民人の中に搭載されていると思われる皇帝サマ(異世界人)ご一同は、むこうの世界の人間だ。

 (かつら)は知っていても目の色を変えて見せる、なんて特殊技術をあまり知らないだろうこの世界の人々と違って、ウィッグやカラコンというものを知っていて当然だと思うべきだろう。

 ならば、たとえ銀髪緑眼の素顔に戻ったとしても、糾問をしたマヌスくんを見覚えた皇帝サマたちに見破られる可能性が高い。マヌスくんはただあたしの身代わりになってくれただけなのに、下手をすればスクトゥム帝国の恨みを買い、攻撃対象にとられないとも限らないのだ。

 だったら火傷の特殊メイクは必要だ。そのむごたらしさとインパクトで、マヌスくんの顔だちそのものに対する印象をできる限り弱めとくべきだろう。

 

 もう一つの理由は、惨劇をスクトゥム帝国の皇帝サマたちにつきつけるため。

 アエスでも森精の虐殺の記憶は封印されていた。彼らの遺体を()()()()()聖堂近くに立ち入る人も、頸折られ組のようにごくわずかだった。

 見なかったこと、なかったことにしてしまいたいという心の動きは罪悪感なくしてありえない。

 ――ならば、文字通り彼らが正視できないでいる惨状に直面させてやろうじゃないか。

 もちろん、重傷を負っているドミヌス当人を、彼の目であり、耳であり、防壁であるあの海森の外へ連れ出すことなどできない。

 けれども、彼の凄惨な傷跡を見せることはできるのだ。

 

 ドミヌスと会わなければ、彼があのような重傷を負っていなければこんな考えには至らなかったろう。そしてトルクプッパさんが、変装用にこぶや黒子に傷跡といったものを作って貼り付ける、特殊メイクの名人だと知っていなければ、こんなことは頼まなかっただろう。

 マヌスくんの顔に貼り付けられた蜜蝋の火傷は、偽物とはいえかなりの迫力があった。違和感を持たれないようにラームスに補助を頼んだおかげもあるのだろう。

 客観的にスクトゥム帝国が他人にどれだけひどいことをしているのか、皇帝サマご一同につきつければ、理解させることができるかもしれないと期待してしまうほどに。


 ……けれども、こっちの狙いははずれた。

 まさかあそこまでゲーム感覚でいるとは思わなかった。ひょっとしたら帝都レジナにまでやってくるような森精がおらず、ここでは虐殺が発生しなかった、のかもしれないが。


 はあ、とあたしは溜息をついた気分で港を見下ろした。

 かなり人は散ったが、都市全体がまだざわざわと浮き足立っているように感じられる。


(ねむーい)


 ターレムがきゅうと鼻を鳴らした。寝てていいよ、一晩ご苦労さん。


 今あたしといっしょにいるのはターレムとカロル、フーゼの三匹だ。彼らと一緒に一晩帝都を駆け巡ってくれたイルシオは、マヌスくんともども船に乗って河を下っている。

 ここから先は、あたしと幻惑狐たちのみ。グラミィたちはこのままアビエス川を下って海へ出て、ドミヌスの島まで直帰してもらうことになっている。

 ちなみに艤装の白い鉱物は岩塩だ。ククムさんたちが持ってたものを覚えて、岩石の要領でやってみたら顕界できてしまったんだよねー。

 なんでわざわざ岩塩で艤装したかというと、海まで出た後、簡単に解体できるようにするためだったりする。塩は水に溶けるし、なにより不法投棄してもあんまり環境に悪影響はないんじゃないかと思えるので、あんまり心が痛まないのだ。

 艤装部分を剥がしてしまえば、それで『大きな白く輝く船』の目撃情報はアビエス川流域で途絶える。追っ手たちの目を眩ませることができればグラミィたちが無事に、そしていらんストーカーをくっつけずにロリカ内海を出るのもやりやすくなるだろう。 


 撤退と突入、どちらを選ぶかと問うたとき、クランクさんが糾問使として帝都レジナを急襲するという案を出してくれたのは、攪乱というもう一つの策を実現する手段としてだった。

 常にではないかもしれないが、真実は虚偽より重く毒性も強い。ならば本当のことを伝えて、相互不信を煽りましょう、特に辺境としか思えぬような属州(アエス)の所業をもって、本国の中心(帝都)が責められたなら、さぞかし本国民の矜恃は傷つき、属州との間に隙を生じましょうと。

 そこに、さらに情報を収集しながらの撤退という案を付け加えたのはあたしだった。

 

 海中を飛ぶことを思いついたおかげで、旅程は相当短縮されている。なにせ予定では片道十日はかかると予測していた帝都レジナには、わずか二日半で辿り着いたのだ。

 おかげでだいぶ余裕ができた。最悪の場合糾問を言い逃げる形でUターンすることも想定していたのだが、深夜の川を猛スピードで遡ったおかげもあって、いろんな小細工をしこむことができた。

 アエスに続き、幻惑狐たちにはまたもや真夜中の街中を走り回ってもらい、ラームスの枝や気根をばらまいてもらったのだが、途中で(ラットゥス)や虫を見つけたら食べてもいいと許可したら、すごい勢いでやる気を出してくれたのには現金だなーと思わず笑ってしまった。

 あたし?あたしも大忙しでしたよ、ええ。

 船の艤装に宮殿への侵入、糾問状を絶対に無視ができないところにきっちりと設置した上、いくつか陣を拵えて街の目立たないところに仕込んでおいたりとか。

 そして、夜明けを待って開幕のベルを鳴らし、こそっと港へ民人を誘導したのもあたしだ。


 鐘の音に似せたのは金属程度に強度を上げた結界をぶつけあわせたもの。

 それをさらに複数の結界を顕界しておいて、反響させ、さらにマヌスくんの声も要所要所に遮音機能を逆転させ、音波の増幅機能を持たせた結界でレジナじゅうに響かせたというわけ。

 設置場所の計算はラームスの協力を得ている。


 複数の樹杖の子たちに、接続の許可と魔術の顕界を命じる許可をヴィーリに願ったのは冬になる前のことだ。それも一度きり、アルボー攻めに必要だったからだ。

 しかし、その後もラームスが、その枝たちが協力してくれるのは、ヴィーリに許可を得てきたからだ。

 ラームスとその枝たちに限り、接続の許可と魔術の顕界を頼むことができると。その代わりラームスたちの播種に協力し、魔力を与えるようにという条件で。

 そうでなけりゃ、ラームスがいくら同行、いや一蓮托生だとはいえここまできっちり力を貸してくれるわけがない。


(……z)


 ターレムは寝たか。カロルとフーゼは。


((まだおきてるー))


 じゃあ、今のうちに出発しよう。人が近づいてきたら、化かす用意をよろしく。


 あたしは旅人用のマントを整えると上屋の屋根から滑り降り、何気ない様子で物影から出た。

 浅い幅広つばの帽子の下は、黒髪ストレートの鬘だ。男性でも長く伸ばしてるのはそうそう目立たない。ザ☆無難って恰好だ。

 

 そう。なんと、今のあたしはフードや黒覆面で頭蓋骨を隠していないのだ。

 仮面はつけてるけどね。それも、いつものやつじゃない。

 

 マヌスくんの変装を始めた頃、あたしはトルクプッパさんに一枚のお面を渡した。

 石を顕界して、マヌスくんの顔だちをそっくりそのままリアルに写したものだ。

 驚く彼女にあたしはひとつ頼みごとをした。変装用の仮面を作りたい。それも周囲に溶け込むようなものを作るのに協力してもらえないかと。

 もちろん、どんな仮面をかぶっても、すこし正面を外せば頭蓋骨が見える状態ではちょんばれして当然だ。だけどトルクプッパさんの腕で境目をうまく隠し、ラームスに違和感をごまかしてもらえばかなりいけるはず。今でさえローブの襟あたりの不自然さに違和感を覚える人は少ないんだから。

 当初は一瞬でもごまかしがきけばいいというコンセプトだったのだが、幻惑狐たちを連れ歩くようになって目的が大きく変わった。

 幻惑狐たちは人を化かすことができる。肉声を発することができないあたしの声を聞いたような気分にすらできるほどに。

 ならば、潜入行動に使えやしないかとね。生身組、特にグラミィに同行の負担をかけずとも、幻惑狐たちがいれば、骨なあたし一人でも敵地の奥深く突っ込むことができるはず。


 そう主張した時には、かなりの勢いで止められた。特にクランクさんに。

 けれども、使えるものはあたしでもいいから使えとあたしはごり押しした。

 移動速度でいうなら、徒歩のあたしは馬より遅い。けれども一昼夜眠らずに移動し続けることができる。それもクロックアップを使えば相当な速さでだ。

 もちろん海や川を行ったっていい。自分が入るだけのちっさい結界にジェット水流つけてぶっとばせばいいのだから。

 何より、あたし一人なら、絶対に夢織草トラップにはかからない。飲食も呼吸も不要ですから!


 しぶしぶという感じで認められたのは、やはり変装用の仮面のできが良かったからだろう。

 トルクプッパさんの助言で、仮面はどこの地方の出ともわかりづらいような特徴のあまりない、平均値的な顔だちのものになった。これに彼女が化粧の要領で色を乗せ、さらにその上から色がこすれないように、あたしが薄く鉱物を顕界して覆った。眼球部分はガラス状にしたもので十分だったが、肌の質感がなかなか難しかった。

 変装の都合上、シルウェステルさんのローブはグラミィに預けてきた。魔術師でございと触れて回ってるようなものだからね、あれ着てると。

 ちなみに杖は持っている。あまり飾り気のないものなので旅人が持っていても目立たないでしょうとはトルクプッパさんのお墨付きだ。

 マントの首元にはさりげなく土埃避けに見えるような布を撒いて頸の骨を隠し、下にはぱっと見地方色を感じさせないシンプルな服を着込んでいる。貴族のあまり着ないような太い糸でおった地厚な生地は、しかし平民の中ではそこそこに見えるだろう。

 ラームスにはその中に着こんだキルティング……に見せかけた厚地の鎧下の中で枝を伸ばしてもらい、固太りな男性っぽい体型に見せかけてもらっている。これには見えないところに空間を作って、幻惑狐たちを乗せることができるようにしておくという理由もある。

 懐や鎧下の中にもぐりこんだ幻惑狐たちが、大きな耳をぴこぴこ震わせたり、寝返りうったりするとくすぐったいんだけどね。骨にも触覚はあるんで。


 道端に落ちてる小石を拾う……ふりで、撒き散らしておいた魔力吸収陣のうちいくつかを回収した。残りの魔力吸収陣は丁寧に踏み砕いて魔力を吸収する。あれだけの大衆が集まっていただけあって、からっけつに近い状態だった魔力もいい感じである。

 自分の回復を終えると、あたしは北の大門に足を向けた。このまま帝都を出るつもりだ。

 ここまでゲーム感覚な連中が多いんだ、今後のレジナの状況は、あたしが残って直接見るほどもないことだろう。ばらまいたラームスの枝たちに記録と連絡をお願いしておいたし。


 向かうはアビエス川上流アスピス属州、学術都市リトス。

 愛しのマイボディこと、シルウェステルさんが、ランシア山で命を落とすまで滞在していた、賢者と魔術師の都市だ。

今回もスタンドプレイの多い骨っ子です。

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