相棒たち
魔術士隊の面々からは、わりといろんな話が聞けた。
グラミィに話をし続けている間は馬車にも乗れるし、あたしから魔力を吸われないですむ、と思っているせいかね。
……別にあたしだって、無差別にちゅーちゅー吸って回ってるわけじゃないんだけどなぁ……。
そのせいか、魔術士隊にわりと一方的に懐かれてますグラミィ。つーかもうすっかりヘイゼル様扱いだね。
従えてる(と思ってる)あたしの魔法の使い方が、彼らの常識とかけ離れてるってのも影響しているんだろうけど。
がんばれグラミィ、空気が読めない連中というのはよくわかったから。
視野狭窄気味のエリートどもと割り切って、うまく扱えばいい情報源になってくれるかもよ?
〔ううー、それはわかってますけどぉ〕
少なくとも、魔法の学習方法についてだけは、よく聞いておいたほうがいい。
ヘイゼル様なりすましを続けるんなら。
〔なんでですか?ボニーさんに教えてもらった方が、よっぽど効率的な気がするんですけど〕
買いかぶってくれるのはありがたいが、なめてかかんなグラミィ。
あたしは彼ら魔術士隊の能力を低いとは思ってない。
現代日本人がいきなり異世界でチートな魔法使いになりました、っていう設定は、異世界転生ものとか召喚ものの定番の一つだろう。
そこには「イメージする力=妄想力は現代日本人の方が異世界人より強いから」という理由付けがされてたりする。
けれど、そんなことが本当に起きるものなんだろうかと個人的には疑問に思ってたところである。
理由は簡単。
イメージトレーニングは実戦に勝るものなのかね?
知識というのは数多の先人達の叡智の結晶である。
現代日本において凡人であっても、読み書き計算から一般教養レベルに至るまである程度身につけられるのは、教材レベルに精選された先人達の閃きと試行錯誤の継続と改良の努力のたまものだ。
だからこそ、教科書を読めば系統的に方程式の解き方や歴史的事件の存在を学ぶことができ、学習指導方法が研究されてきたからこそ無駄のない経験知が積める。
その結果、知識はいっそう蓄積され、ものによっては文化や文明自体の底上げがされるわけだ。
逆に言えば世代交代の都度、知識が継承されなければ、ノウハウもリセットされる。進歩はない。
ならば、この世界で独自の技術として積み上げられてきた魔法を、書籍の文字すら理解することもできない異世界人、つまりあたしたちがとっとと我が物にできるのか。
魔法が普通に存在する世界の人間なら、リアルに目にすることも、慣れ親しんでる度合いも高いだろうが、あたしたちはそれすらほんの僅かしか見ていない。
学問としてきちんと学んでいなくても、実際に見たことがなくても、実戦を経験したことがなくても、チート扱いされるほどの能力を発揮できるか。
答えは否だ。
妄想は、現実に勝てない。
〔だって、ボニーさんはベネットさんたちより強いじゃないですか〕
魔術士隊が簡単にしばき倒されたのは、たまたま相手が悪かっただけだ。
魔法の術式を破壊し、魔力を吸収制御し、見ただけで魔法を覚えて応用する能力を持っていたあたしが相手だったというだけだ。
〔すごい傲慢な台詞に聞こえるんですがー〕
うん、そうだろうね。
そこは認める。
〔否定しましょうよ一度は!〕
度の過ぎる謙譲はイヤミだよ?
グラミィにだって同じ事が言える。
出会った直後ならともかく、今のグラミィをあたしはお荷物だとは思ってない。
〔え〕
黒いことは悪いことじゃない。だからいいぞもっとやれ、って言ってたでしょーが。
対人調整とか交渉とか、こっちの労力は最低限にできるように、圧力をかけるところはかけ、かけないで友好的にすませられるところはそこそこにすませてる。
それは今のあたしにはできないことだ。
〔ボニーさんは先に怖さが立っちゃうんですよね。外見で。【威圧】とか【恐怖支配】てスキルが自動でついてんじゃないんですか?〕
それ、世界が違うと思うぞ。
〔冗談はともかくとして。あたしと同じくらいこの世界について知らなかったボニーさんが、いきなり魔法を使えたじゃないですか。その時、あたしも何か強みを持たなきゃいけないって思ったんです〕
ほー。その心は?
〔最初にボニーさん、一方的にあたしを助ける気はないって言い切ってましたよね〕
うん、言った。
おんぶに抱っこを無償で要求されるほどアホらしいことはないし、善意の無能なアホほど疲れる相手はいないからね。
一度、向こうの世界で後輩の教育係みたいなことを経験したことがある。
少しでも育つことを期待して「このやりかたでやってみたら」とアドバイスしたら。差し伸べた手に無条件に寄りかかって、「先輩がやってくださいよお」って尻拭いをさせられて。
いつまでたってもおんぶお化けみたにぴたーっと張り付かれてごらんな。
これではいかんと突き放しもするだろうに。
そしたら、「なんでそんなひどい意地悪するんですかあ。信じてたのにぃ」って泣くんだぞ。マジ泣きで。
当然泣かせたあたしが自動的に悪いお局様役で、あっちはいじめられポジに収まってヒロイン気取り。
……やってらんねーや。
それに比べたら、まだぽややんなアホを装う悪意の賢者のほうがはるかにマシだ。
そこそこ相手を試すだけの度量があって、裏を読むだけの頭もあって、損得を計算する能力もある相手なら駆け引きはある程度読めるし、叩きのめすのに後味の悪さも感じない。
頭のいい悪いに関係なく、あたしと敵対した段階で潰すのは同じだけどな。
〔だったら、ボニーさんの魔法と対等とは言いません。せめてボニーさんの足を引っ張らないくらいの力が、ボニーさんと協力関係が保てるくらいの力が欲しいと思ったんです。でないと、たぶんこの世界では生き延びられない〕
その確信は正しい。だけど、そこまでもう割り切ってるとは思わなかった。
だって、グラミィ、最初は思いっきりあたしに全力でよりかかろうとしてたでしょ?
あたしもあたしで交渉能力が必要だから一応は協力しよう、用が済んだら捨てていこう、ぐらいのスタンスだったけど。
〔簡単には見捨てられたくないので。とっくにあたしとボニーさんの利益にならない相手なら切り捨てる覚悟は完了してますよ?〕
へぇ……。
よかろう。
経験と知識の差がありすぎると思ってこれまで手加減してきたけど、それは無用だってことね。
なら、こっから先はガチで対等の協力相手とみなしたげる。
よろしくね相棒。
〔いやそれは手加減してくださいよお願いします相棒〕
ヤなこったい。
そんな本気の雑談をしたり、馬車に乗り続けていたりするわけではない。
休憩を取る時にはあたしもグラミィも馬車を降りる。骨だけとはいえ、あちこちぎしぎししてるからね。
さすがに人が通りそうな時には、おとなしく馬車の中に戻るけれど。
そんな中でもびっくりしたのは、めったにない馬車のすれ違いの時だった。
坂道を下ってくる馬車を避けるために、騎士隊の面々が一斉に山側に寄ったと思うと、崖を登ったのだ。馬で。
……いや~、衝撃だったねぇ。
ひょいと安定した二足歩行をする馬というのは、この目で見てしまうと「まじか」以外の言葉が出てこない。
目玉ないけど。さすが異世界。
後で知った事だが、伝令の時は彼ら騎士隊の面々は馬で道を無視して突っ走ることもあるのだという。
ひょっとして、とその蹄を見せてもらったら、三本爪になっていた。
これが悪路でも爆走することができる理由だろう。犬や猫も足場の悪いところでは、肉球を広げたり縮めたりして安定を確保するというし。
地球の馬は進化の過程で人間でいうところの中指のみで走るようになったというが、この世界の馬は、それとは違う進化をしているということなんだろうな。
シルエット的にも馬というよりコブなしラクダに近いのかもしれない。ただラクダのような意地悪さは顔にないけど。
グラミィも曲芸ぽい馬術には興味が出たらしく、休憩の時に馬の世話をしている騎士隊に寄っていって、いろいろ話を聞いていた。
ちなみに、替え馬はフェーリアイの街に預けていているため、今連れてきている馬は騎士隊の人数プラス馬車を引くのに必要な四頭のみ。で、ギリアムくんぶんにベネットねいさんをのっけているんだそうな。
驚くべきは、すべて戦闘用の乗馬の調教が施されているということだ。馬車を牽いている四頭もだ。
普通、荷馬車などを牽くものと乗馬用の訓練は違う。軍馬と乗馬用の馬も違う。
馬の品種や体格、素質に合わせてそれぞれの訓練は施されるものだが、一番難しい戦闘用訓練を施してあるものに馬車を牽かせているとは思わなかった。
おそらくは、戦闘があることを想定して、いざという時に怯えないこと、それなりの移動速度と、馬車を捨ててもそこそこの運搬能力を確保するために選んだのだろう。
カシアスのおっちゃんはただの調査任務と思ってないということなのか、それともそれなりの危険性を感じているのか、ふだんから油断はしないようにしているということか。どれなんだろうね。
そんなことを考えながら、グラミィの後ろに立って説明を一緒に聞いていると、葉擦れのような『声』がした。
(骨)
(骨、しゃべる)
(考える)
(考える、骨)
これは、心話だ。
グラミィの『声』とは波長が違うが、確かに『声』だ。
見回すと、耳を震わせながらも、一頭の馬がじっとこっちを見ていた。
ベネットねいさんをのっけていた、額に白い星のある若い栗毛だ。
『声』の主の一頭は、この馬だ。
「ボニー様もやってみますか」
エドワルドくんとか言ったか、騎士隊の子が林檎っぽい果物を割ったものを渡してくれた。
ありがたく、さっそく星栗毛の口元へ持っていってやる。
と、怯えもせずにあたしの手からぱくりと食べた。
(骨)
(おいしい)
(おいしい、骨)
「こいつらは頭がいいんですよ。きちんと指示も聞いてくれますし」
エドワルドくんが自慢げに言う。
(しゃべる、骨)
骨言うな。事実だけど。
(あたしは、ボニー)
(ボニー?)
(骨/人/ボニー)
風が流れるようにざわめきが広がる。これは、ほかの馬たちの心話だ。
増える視線。リアル野次馬ってこのことだね。
(ボニー、もっと。マールム)
(マールム?)
あたしの疑問に対し、さっきの林檎っぽい果物のイメージが広がる。
色や形といった視覚的なものより、味や臭いが強調されているのは馬の感覚を通して得られたものだからだろう。
けれど、嗅覚も味覚も、あたしにとってはこれまでこの世界で味わうことのできなかったものだ。
こっそり感動しながら、エドワルドくんから果物をもう一欠けもらって、また食べさせてみた。
(おいしい/うれしい)
緑の草の香り立つ喜びの感情がいっしょに伝わってくる。
まるで草原を自由に疾走しているような感じだ。
そっと手の骨を伸ばして首筋をかいてやると、星栗毛は気持ちよさそうにいなないた。
「……珍しいですね。初めてでここまでクライが懐くのは」
「クライっていうのかね。この馬は」
「ええ、クライドという名前なんですが、馬なので省略するのが普通です」
ボニーとクライドってか。
……なんか明日がないかもしれない名前だね。
「見捨てられないために全力で努力します!」
……書いてみて想像以上に情けない台詞でした。何度書き直しかけたか。
そして、『声』の主は馬でした。
ちなみに、中間種と呼ばれる軍馬から乗用、馬車用に使われる種類のイメージで書いてます。
今回も異世界転生王道要素をぶち壊しにかかってます。




