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尋問

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 マルゴーが普通の子でないことは、とうにトルクプッパさんも気がついていた。

 いや、気がついてて当然なんだけど。

 だって彼女は、そもそもランシアインペトゥルス王国の暗部の人だ。お庭番とか隠密とか、そっち方面の能力が高い魔術師なんですよ。観察力が高くないわけがないでしょうが。

 いくら中身が堕ちし星(異世界人)とはいえ、魔術師でもなけりゃ特殊な訓練を受けてるわけでもない、一般人の幼児であるマルゴーが、裏事情を抱えてるってことを隠蔽しようと頑張ってもバレバレだったのだ。

 

 これまでの道中でもグラミィやトルクプッパさんには、マルゴーからいろいろ聞き取りをしてもらっていた。

 おかげでテルミニスの一族が全滅した後、彼女がテルミニスの領都ドルスムでどのように生活してたかはあたしもだいたい知っている。

 偶然見つけた隠し戸から、あのカッパドキアもかくやといわんばかりな岩の中の住居スペースへ入り込んでたおかげで、身を守ることができたとかね。


 ……正直、全部それが幸運によるとは、あたしは欠片も思っちゃいない。

 岩の中の生活空間を見つけたのはともかくとして、おそらくマルゴーは侵攻準備とかきな臭くなってきた情勢を見極めて、計画的に逃げ込んだんじゃないかとね。

 だってテルミニス一族のランシアインペトゥルス王国、というかフルーティング城砦への侵攻から、あたしたちがマルゴーを捕獲……げふん、保護するまで、半年以上たってんですよ。半年以上。

 水の確保がなんとかできたとしても、いくら子どもの身体とはいえ、計画的な食糧の備蓄ができてなけりゃ、まず餓えるのだ。

 ……まあ、昔の備蓄がまだあったという可能性もないわけじゃないけどね。

 一族の籠城物資と考えれば、その一部なりとも見つければ半年間、一人の子どもが生き延びるだけなら十分だろう。

 穀類は脱穀しなければ数年、数十年はもつ。おまけに植物の種なので、発芽さえさせれば、粉末にして青汁にするとかまではいかなくても、お湯を注げばお茶代わりにはなる。野菜で摂るべき栄養もそれで一部なりとも摂取できるはずだ。

 タンパク質はちょっとアレだが、それも乾し肉があった可能性を考えればまあまあ納得はできる。

 けれども、中身が大人であっても、一人で半年隠れ住むとか、かなり精神的にくることだと思うのだよ。見つかったらどう扱われるかわからないって状態ならばなおさらだ。

 だのに、マルゴーはじつに落ち着いたものだった。隠れ住んでいた間も、どうもしょっちゅう洗濯とお風呂はしてたらしい。

 じつは、あたしたちに遭遇した時も洗濯をした後で、あの岩棚を物干し場に使ってたんだとか。

 聞いた時には、領主の秘密の脱出口が物干し場かいとつっこんだけどね。ちょっと笑ったのは否定しない。

 だがあたしが笑ってられたのもそこまでだった。

 

 ガワにされかけた人たちを回収してきた船をあたしたちの乗ってる船の船尾――って船尾も船首も同じ形なんだけどね――に繋いだところで、あたしたちはとっととアエス沖からずらかることにした。

 ちなみにカロルたちが聖堂なんて市街の奥まったところから、ゾンビな方々と行商人さんたちという夢織草被害者の会なみなさんを同行して、わりとすんなり抜け出すことができたのは、森精の樹杖たちのおかげである。

 カロルが持って行ったラームスの気根伝いに、あたしは彼らに頼んで枝を分けてもらったのだ。

 それを、カロルに化かしてもらったゾンビさんたちに、昏倒したまんまの行商人さんたちや、頸へし折っちゃった連中を運んでもらう前に、全員の身につけてもらったのだ。

 その目的の一つは、樹の魔物たちの持つ迷い森効果を発揮してもらうためである。あれ、うまくすると違和感を覚えていたことすら忘れてしまうらしいのだよ。

 あとは城壁を城門から堂々と抜ける際に、門番たちもカロルに化かしてもらい、何ら気にすることのない普通の通行と思い込ませたというわけ。

 いやー、やっぱ樹の魔物たちと幻惑狐(アパトウルペース)たちのシナジーって怖いわー。


 とりあえず船をアンコラさんたちに任せ、行商人さんたちにはアルガについてもらっている。たとえ彼らが意識を取り戻したとしても、いまだにラームスのせいでブロッコリー仮面状態のあたしは、ただの不審人物にしかならないもんな。

 ほんとはタクススさん直伝の知識を持ってるトルクプッパさんにも協力をしてもらいたいところだが、今はマルゴーの対応が先だ。

 

 アエスに戻せ下ろせと相変わらず巨大なぬいぐるみに抱きついたまま大騒ぎするマルゴーを、今は危険なの、また戻ってくるからと宥めるのはトルクプッパさんとグラミィがしてくれた。

 そしてようやく頭が冷えたんだろう。失言を悟ったマルゴーは、船室に連れ込んだところで観念したのか、トルクプッパさんの追及に自分にとっての真実を吐きだしはじめた。

 

 それによれば、テルミニスの一族は異世界転生者――つまり堕ちし星たちを搭載されてたらしい、それもほぼ全員――だったらしい。

 そして彼らテルミニスの一族に入れられた堕ちし星たちは、……なんというか、かなり脳味噌のあったかい方々だったようだ。

 あの領地では、住居の位置がそのまま一族の格付けになっていたとかで、マルゴーがもともと暮らしていたのはわりと一族の館が並んでいた中でも下の方にあった、小さな屋敷だったらしい。

 小さな女の子という外見のせいもあってか、同じ屋敷に生活する男性はもちろん、それ以外の彼らにはほとんど声をかけられたことがなく、聞き耳立て放題だったというのは……それ、会話対象にならないモブというか、それ以下、動く背景ぐらいに認識されてたからじゃなかろうか。

 

 テルミニスな星たちの共通認識は、この世界は戦略要素メインのVRMMOっぽい異世界で、自分たちはスタートがテルミニスの一族という『選ばれし民』、つまり条件的には最も優位にあるユニオンだ、というものだったようだ。俺TUEEEができると思い込んでたのもそのせいのようだ。

 彼らを搭載させられる前のテルミニスの一族も、グラディウスファーリー王なにするもののぞな傲慢さがあったから、ご近所な部族の皆さんにはあまり怪しまれなかったようなのだが、……それって、周囲に違和感を与えないためという『運営』の工夫だったのか、どうなのか。

 だけど、『ここからテルミニス王朝がスタートする』って認識(思い込み)はどうよ。

 

 マルゴーに思わずグラミィが確かめたもんね。グラディウスファーリーに王様がいないと思ってたのかって。

 そしたら、いるのは常識として知ってた、んだそうな。

 なんでも、堕ちし星たちの『選択肢は国外が天空の円環を通じた交易か戦争。国内が王族暗殺後グラディウスファーリーの統一のための調略か内戦』だったそうで。

 脇で聞いていたマヌスくんが思い切り顔を引きつらせていたのも無理はないと思う。

 気持ちが分かるがつっこむな。つっこんだら負けだと思っとけ。こんなのがよくクルタス王(おにーちゃん)を悩ませてたとか思うと、どんどん悲しくなってくるだろうから。

 

 ランシアインペトゥルス王国に国境どころか地方を越えて殴り込みに来たのも、それが彼らのイベントにおける軍事行動ターンだったから、だそうな。

 それ聞いた時には、あたしだって、をい!ってな気分になった。そんなもんにひとを巻き込まんでくれなさいと抗議をしたくもなるというもんだ。

 ま、それもこれも魔喰ライとなったサージに、せっかく集めた戦力ともども壊滅的な打撃を受け、それを背後から撃つように、あの容赦ないグラディウスファーリー王の討滅を受けて滅亡したわけですが。

 シカリウス、いやクルタス王によれば、最後の最後まで逃げる人間がほとんどいなかったというが、それはあくまでも死に戻り可能なゲームだと思い込んでたからなのか、それとも滅びの美学とやらを堪能したかったからなのかね。

 

 ちなみに、軍事行動の選択肢はどうやって出てきたと聞いたら、軍議とか言って集まった後に言い出してたという。マルゴーに見えなかったのは仕様の違いだと思っていたと。

 ……それってシステムがあったんじゃなくて、軍議で絞った結果なんじゃないかとあたしなんぞは思うのだが、マルゴーの解釈では、彼らと自分の違いは乙女ゲームパートと戦略シミュレーションゲームパートで分かれたんだろうというものだった。

 じゃあマルゴーに見えてた選択肢は何かというと、『成長』『遊ぶ』『働く』『学習』『籠絡』……って。

 いろいろ待たんかいっ。最後の一つが激しくおかしいでしょうよ。中身がアラサーでもアラフィフでもアラカンでも構わないけどさあ、9歳にもならない幼女ボディに、いったい誰を相手に何をさせる気か。

 

 だが、マルゴーによれば、彼女が生き延びたのはその選択肢に従ったからだという。

 時間帯によって選べないこともあったが、あのアルガが顔を出した小屋で『遊ぶ』を選んだら、あの岩の中の居住空間への入り口を見つけたんだ……って、まじかい。

 罠はなかったのかとトルクプッパさんが聞くと、知らない、見たことないという答えが返ってきたの、だが。

 ……えー、クルタス王、というか、グラディウスファーリーの暗部を統べるシカリウスは、あの後がっつり抜け穴探索を部下に指示してます。それによれば、あたしやアルガがうろちょろしてた、つまりマルゴーがいたらしいエリアの外で、数カ所作動した罠と子どもサイズの白骨死体が発見された、そうな。

 

 おそらく、テルミニスの一族は、子どもの身体にも(異世界人)たちが搭載(憑依)されていたのだろう。子どもの犠牲が発見されている以上、何人もマルゴーと同じポジションに置かれていたのだと推測ができる。

 彼らは炭鉱のカナリヤよろしく、テルミニスの領内の危険や秘密を探るために使われていたのかもしれない。たとえそれが、星たち本人は自分の好奇心の赴くまま、『遊ぶ』だか『さがす』だか『しらべる』だかはわからないがコマンドを連打するような感覚でいたとしても、その結果、身体の持ち主ごと死に至ったとしても。

 ……マルゴーがたまたま生き残ったのは幸運ではあるが、それがマルゴーである必然性はなかったのかもしれない。

 

 どのくらいの子どもたちが使われたのか、それはわからない。

 テルミニスの一族と、血のつながる者たちぐらいならば、グラディウスファーリーの暗部であるインブルタイドゥムヘルヴァも把握はしているだろうが。下手をするとテルミニスの領地、いや領都に絞ったとしても、小作人や使用人の子が何人いたかなんて記録はないだろうし。

 マルゴーに、行方不明になった子がいなかったか(意訳)とグラミィが訊ねたのだが、知らない、覚えていないという答えが返ってきた。

 中の人が無関心なのか、それとも中の人の記憶がいじられているせいなのか。

 一応岩の中の通路にもラームスの根は届くように細工をしてきたので、まだ生身の人間があの空間に、それもあたしというかラームスの知覚と、国の暗部の人間の追及を避けて隠れ潜んでいられるという可能性は、たぶんないとは思うけれども。


〔……なんだかこの子の話を聞いてると、どんどん精神的に削られてく気分なんですけどー……〕


 あたしが精神を削られるともっと大惨事になるからなぁ。がんばれグラミィ。


 だが、一つだけ確実性の高いことは判明した。テルミニスの一族に、あの血泥な集団転移術式は仕込まれていないのだろうとね。たぶんだけど。


 転移術式は複雑怪奇な術式を制御する能力を要求し、膨大な魔力を消費する。それこそ人ひとりの血肉を搾り取って、死に至らしめて、ようやく発動するくらいだ。

 つまり、逆に言えば、刻まれた人間が生きてるうちに発動しないと機能しない。


 テルミニスの一族は最終的に殲滅されたが、それまでの間に転移術式が発動した、人間が転移してきたという目撃情報はない。少なくともゲラーデのプーギオのように、自死でも他死でもいいけど瀕死状態になることが発動条件に指定されていたとしたら、もうとっくにテルミニスの領地はスクトゥム帝国の兵だらけだったろう。

 そうはならなかったということは、つまりテルミニスの一族が全員死んだとしても、スクトゥム帝国は彼らに援軍を送る気は、そしておおっぴらにテルミニスの戦いに介入する痕跡を残す気はまったくなかった、ということになるのだろう。

 

 いずれにせよ、大多数のテルミニス一族とはゲーム認識の違ったマルゴーにとって、戦場の様子はバッドエンドから始まるディスク2エピソード国外追放ルートに入ったと確信するのに十分だった、らしい。

 ……いやちょっと何を言っているのかとつっこみたくなったよ。

 ぜんぜん、まったく、意味がわかりません。ガチで。

 

 あたしやグラミィでさえ消耗してるのだ、ここまで聞き出すだけでも、全員絶賛船酔い中なクランクさんみたいにげっそりした表情になっていたのもむべなるかな。

 だけど妄想のおかげでマルゴーがここまでおとなしくしているのならば、利用させてもらおうじゃないの。

 グラミィ、よろ。

 

(うー……。……はい)

「アエスに戻れ、下ろせと言っておったが。いったいマルゴーちゃんはアエスで何をする気だったんじゃの?」

「チート」

 

 さらにげんなりした顔になったグラミィにかまわず、マルゴーはキラキラした目で、いつも持ち歩いている、グラマカプラとかいうもっさもっさな羊っぽい動物のぬいぐるみを力一杯抱きしめた。

 って、うん?


「何を口の中に入れとるのかね」

「んー、ないしょー」

 

 くすくすというよりにたにたとした笑いを浮かべるマルゴーの手から、いきなりトルクプッパさんがぬいぐるみをひったくった。

 いきなりどうした。


「あ、だめ。返して!」


 じたばたするマルゴーをあっさり押さえ込んだトルクプッパさんは、ぬいぐるみの口に指を突っ込み、何かを取り出した。

 黒褐色というか……うん、なんというか、清潔感のない色合いの、親指の爪ぐらいのそれは、ねっちりとした樹脂のようにも見えて。

 

「ガム返して!」

「がむ?」

 

 この世界にガムなんてない。少なくともガムの元になるような、チクルを生産する手立てをあたしは知らない。

 

「意地悪しないでよ。あたしはガムで内政チートするんだから。新しいでしょ、これまで誰もやったことないんじゃない?甘みはおばあちゃんが作ってくれたし。ちょっと自然志向で物足りないけど!」

 

 ケラケラ笑うマルゴーの様子は、明らかに異常だった。

 酔っぱらいのようなその行動だけじゃない。

 最近トルクプッパさんに任せっぱなしで全然見てなかったけど、放出魔力の色も黒ずみ、増えているように感じる。


「この世界はあたしのためにあるんだもの、ハッピーエンドは何周でもしちゃう、だからそのためにどんどん働いてよ、あたしを幸せにして!」


 エミサリウスさんは顔をこわばらせて、マルゴーを睨みながらそっと杖を取り直した。

 トルクプッパさんも、巨大ぬいを手放さない幼女にめろめろになっていた表情はどこへやら。

 あたしも、マルゴーをどう拘束しようかと考えあぐねていた。


 彼女が口に入れているのは、おそらくガムなんかじゃない。

 ……夢織草エキスの、うんと濃いやつ。その塊だ。

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