抜錨
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
スペルヴィウス――いや、シニストラと言ったほうがいいか―― 、彼がなぜ爆笑したのかと言えば、一言で言うと『なんてこった、逆立ちしようが勝てねえ相手に喧嘩売っちまった!』と、感情の箍が外れたから、みたいだ。
言葉の端々をつなぎ合わせてわかったことだが、シニストラは、というか同道していた魔術師三人組は、最初あたしを魔術師としては無能だと思ってたらしい。
〔いや、それ、ボニーさんのかぶってた猫にだまされすぎでしょ……〕
グラミィや。あたしがかぶってんのはフードです。あと仮面と覆面。
ランシアインペトゥルス王国の使節団の一人という立場をまともに考えたら、どんなに弱っちく見えても、政治的に侮れない相手だと見るべきでしょうよー。どんだけあたしやグラミィが放出魔力を弱火調整してるっていってもさー。
だけど、どうやら調整がいきすぎて、どうも魔術師とは思えんレベルだったらしい。
人間、どっかしら相手に欠点を見いだすと気が緩むもんである。
それが思わぬかわいげ発見、ギャップ萌えという好意的なものになるか、馬脚を現したと軽視するか、それは感情を抱く当人の問題です。
てか、生きている人間とは思えないという、あたしの放出魔力の異様さにも気づけなかった彼らが何をどう感じようが、お好きなように、どうぞってなもんですよ。
だが、魔術師()なあたしが、こんな国内の最奥みたいな場所だというのに飛んできた四脚鷲を庇ってあっさり彼らの魔術を不発にし、あまつさえその四脚鷲を使役対象だといい、その証拠のように手懐けている様子を見たせいで、さすがに彼らも警戒を強めてはいたらしい。
領主館に足を踏み入れてからも、魔術師()なはずのあたしがなんだかよくわけのわからない術式で次々と抜け穴を看破する様子を見て、さらに能力評価は上方修正、同時に危険人物認定。
下手したら足を踏み入れた土地の情報すべてを丸裸にされかねんとね。
……だったら、そこであたしたちを始末しようなんて仕掛けなさんなよ。
てかそもそも考えんなよそんなこと。あたしゃ危害を加えられたらやり返しますとも。それに国の使節の一人としてあたしは動いてるんだ。そんな人間にしかけたら、あたし個人だけじゃない、下手すりゃランシアインペトゥルス王国が相手になりかねんことぐらい、少し考えれば分かることでしょうに。
シカリウス、いやクルタス王のついでにあたしたちまで手を出そうとか。欲張ったあんたが悪いぞシニストラ。
仮想敵への勝ち目はどんどん薄くなる一方で、切羽詰まった彼らの前に降って湧いたのが未確認の抜け穴と、それを使ってた地元民の存在だった。
これこそ天の助けと時の運に任せて襲撃を実行したわけ、だが。
その途端、あたしに空中で落とし穴に落っことされるという不条理というね。
おまけに当のあたしたちは空を飛んで無傷の生還。
とどめとばかり見せられたあたしの素顔が、まさかの海神マリアムの眷属な上、隠してた放出魔力の大きさまで目の当たりにしては、駄目だオワタ死んだと悟らざるを得なかった(意訳)ようだ。
己の愚かさを笑うしかなかったと、やけっぱちのような笑みを浮かべ開き直りきったシニストラの様子に、アルガがしみじみと相づちを打った。
「アタシも、シルウェステルさまと対峙した時がございましたがねー……。あんときはこりゃ死んだなと思いましたよ。なのに、魔術師なんだからなんとかしろって後ろから蹴り飛ばされましてねぇ……。なんとかもかんとかもできませんよねぇ?」
「そいつらに相手をしてもらえばよかったのではないか?」
「もちろん、そうしましたとも。瞬時にこてんぱんにされてましたけどね?」
「当然だな」
「なみの人間が相手できるわきゃないですよ、シルウェステルさまなんて」
……あーのねー。
人を化け物扱いするのもどうかと思うけどさあ。
「『アルガ。そのわたしを己が意のままに引き回そうと画策していたそなたが言うことか?』」
寄せ手搦め手奇襲に泣き落とし。正々堂々正面突破なんて、何それうまいな性格ですよアルガは。
真名の誓約で縛っておいてもじたばた足掻いた挙げ句、地道にあたしを自分の味方にしようと、さりげなく味方の裡から孤立させようとか策をめぐらしてくれるくらいにはイイ性格ですとも。
「アルガ、お前そんなことをやったのか?!命知らずにもほどがある」
「そのシルウェステルさまを殺そうとなすった殿下がおっしゃるこっちゃありませんがね。ええ、二度とやりませんとも。アタシの手に負えるようなこっちゃありませんでしたよ。グラディウス山を切り崩して、ファルクス海峡を埋め立てうとするようなもんでさぁ」
わかればよろしい。てか二人とも、急に仲良くなるのはともかく、無駄に味わい深い表情になってるんじゃありませんよ。
「しかもですよ。その企みを見抜いて未発のうちに釘を刺しにきたくせに、シルウェステルさまときたら、そんなことをしようとしたアタシを『信じる』とあっさりおっしゃるんですよ。……かないっこありませんや」
「シルウェステル。……そなたは途方もない度量の持ち主なのか、それともただの愚か者か?」
彼らと同じ表情になったクルタス王が、ほとほと呆れたという口調になった。
だが失礼な。あたしにだってそれなりの計算はあるんですよ。
「『アルガのように有能で気骨のある者を従えようとするなら、こちらとしてもそれなりの度量は見せねばなりますまい。此度の独り言とて、わたくしの、ランシアインペトゥルス王国の利はもとより、アルガが心を残すグラディウスファーリーの、いや陛下へのご助力を考えてのことにございます。貴国に仇なすことあらば、アルガの恨みを買うことになりかねませんので』」
ええ、そんなもんを無駄に買いこんでたまるかい。必要だったら買うけどさ。
……たとえ、それを伝えることが王の猜疑心を薄めるだろうと予測していたとしても、それだってまぎれもなくあたしの本心の一つだ。
「『そも、わたくし一人でかなうことなどごくわずかなものにございます。陛下のように国を動かすことなど、とてもとても』」
「だが国の王を動かすことはできる、ということか。……わかった。貴殿のご助力を素直に受けよう。――シニストラ」
反射的に王弟殿下は無言で眉をひそめた。
その心情を意訳すれば、『勝手に話を進めるなこのクソ兄貴!』ってとこかな。
だけど、王様にひとたび叛逆した以上、この国に留まり続けるなら、シニストラの将来には暗殺実行犯として処刑されるという予想図しかない。たとえどうにかして死一等を減じられたとしても、幽閉による生涯飼い殺しという、緩慢な死が待っている。
つまりは必ず死ぬ。早いか遅いかの違いしかない。
そんな立場にある彼が、何をどう言おうとも、物事を動かすことはできない。
そのことは十分わかっているんだろう。
彼は黙ったまま、顎で話の先を促した。
「お前との双剣の盟約を破棄する」
って、なんですかな?
かっくんと首の骨を傾げれば、王は少し口元を緩めた。
「どうでこの世の王侯貴族は刃の末裔。ならば、我らが双子として生まれたのは双剣となれという武神アルマトゥーラの御神意だと思っていた。だからこそ、おれが右で前で敵を攻め、我が弟が左で裏で身を守り、共に力を合わせてこの国のために戦おうという盟約を結んでいたのだ」
……本当に、クルタス王は彼を左腕と頼んでいたのだろう。
だが、それを破棄するということは。
「剣はしょせんただの武器に過ぎん。使い手の技量によっては利剣ともなりなまくらともなる。また使い手の意思によっては、国を守ることもかなうが、ただ無辜なる民人を殺めることもある。シニストラ、グラディウスファーリーを出よ。国を出るからには、せめて人になれ。人に使われる剣になど、二度となるな」
「……使っていたお前が言うな、デクステラ!いや、それではこの国に残るお前はどうなる。どうする気だ。身を守る手だてなく、ただ人にもなれぬ以上は、豪族たちの思惑に踊らされるだけの刃となるつもりか!」
「おれは神器になる」
弟の反論を予期していたのだろう。クルタス王はきっぱりと言い切った。
「神器、だと……?」
「そうだ、神器だ。お前の守りのない、ただ一振りの刃であっても、せめてこの国に跳梁跋扈する佞人どもにはけして使われぬものとなろう。武神アルマトゥーラの御手を必要とする頼りなき身ではあっても、我身以外の刃に触れなば即座に切り結ばずにはいられぬ性ではあっても、おれはこの国の、いや地上の者にはけして使われぬ、おれ自身の意思で動く剣となろう」
その宣言、いや誓言にはシニストラが、そしてアルガが頭を垂れた。
そこにいたのは、確かに彼らの王だった。
「『お見事な陛下の御覚悟、このシルウェステル・ランシピウス、しかと伺いましてございます』」
国を一身に背負い、孤高であることに心切り裂かれながらも、己の道を進み続ける。その覚悟をあたしたちも確かに聞いた。
ならば、その覚悟を持ってあたしたちにも協力してもらおうじゃないの。
ええ、100%無償の善意でなんてこんなことは言いだしやしませんとも。
あたしたちを隠れ蓑にするなら、シニストラとて生き延びる可能性は確かにある。
けれども向かう先はスクトゥム帝国。
命の保証なんてできない。
どころか、ガワの人にでもされたなら、そのままシニストラの心が死にかねない。
あたしが化け物というのなら、そのあたしが敵だと推定しているスクトゥム帝国は、あたし一人じゃ太刀打ちできない大化け物だ。
その危険性をたっぷりと王弟殿下にもレクチャーしたげるから、国外逃避行に貸した手や恩義の見返りは当人からもたっぷりといただきますとも。主に身体と働きで。
それからは、クルタス王とあたしたちを中心に、今後どう始末をつけるかという話になった。
ま、あたしの素顔については当然他言無用ですが。
シニストラはそのまま行方不明扱いということで、魔術師三人組――いや、一人はもうこの世からいなくなってるっぽいけど――残りの一人であるインウィディウスは、今回の襲撃を計画実行した犯人として処罰されることになる。つまり処刑確実。
すっかりと口の開いた貝のようになった王弟殿下の話によれば、現在放置プレイ真っ最中のインウィディウス――というかゼイラスは、もとからプライドがねじれにねじれて四次元方向を向いてるタイプの人間らしい。
……あー、あたしの使ってた構造解析や隠蔽看破術式を教えろの次は、知ってるあたしを殺しちまえって短絡っぷりだったもんなぁ、彼。
自分の知らなかった術式も、術者がいなくなってしまえば『なかったこと』になるのだから知らなくても無問題的とね。
それこそシュレディンガーの猫がシェーのポーズをしたまんま、光速で宇宙空間をぶっとんでいきそうなトンデモ主張を展開してくれるんだもん。
おまけに、あたしだけでなくグラミィやシカリウス、いやクルタス王の殺害にも積極的だったっぽいもんなあ……。
いくら死人に口なしといっても、あんまりだ。
しかも、ぶっ飛んだ方向にいろいろこじらせまくってるおかげで、ゼイラスってば、これまでも優秀な相手を過小評価したり罵倒したりは軽い方、相手の名誉を貶め闇から闇に葬るような、あたしたちにやらかしたのと似たような所業の数々をいろいろやらかしてたらしい。
グラディウスファーリー的には、ある意味黙って国の恥を背負って死んでもらうのに適任な存在のようだ。
……うん、それが彼らの選択なら何も言うまい。というか、言えないですよ。裁決ギルティすぎて。
〔生きてる人間皆推し?でしたっけ、そのボニーさんにしては、ずいぶんと引いてますね?〕
ぶっちゃけ、他国の内紛にランシアインペトゥルス王国の貴族であるシルウェステル・ランシピウス名誉導師が頭蓋骨をつっこむとか。立場的にできんのだよ。下手すりゃ内政干渉もんですよ?
〔いやいやいやいや。相当とっくにつっこんでるじゃないですかー。弟くん引き取るとかいきなり言い出して。あたしだってびっくりしましたよ。あれには〕
う……そいつぁごめん。確かにあれも、内政干渉になるかならんかと言えば、かなりのグレーゾーンじゃあるもんなー。
だけど王をターゲットにしてたシニストラに比べ、直接あたしたちを貶め殺しにかかる気満々だったゼイラスを、国一つを敵に回しても何が何でも命を救ってあげたい相手かと言われると、否定語しか出てこないのも本当のことなんだよね。
いくらあたしが生者に寛容だからって、限度ってもんがある。
自分のプライドに傷がつくからという理由でこっちを殺しにかかるような相手、助けたいとはカケラも思えませんが。
助けたが最後どんな手段でこっちに不利益を与えてくるかもわかんないんだもん。
あたしゃ毒蛇の卵を懐で暖めるような真似はしたくない。
仮に彼を助けたとしても、王弟殿下に比べてまったくなんにもそのメリットがなさそうってこともあるけれど。
さっくり行動方針をまとめたら、即行動開始です。
あたしはシニストラの髪の毛を少々切らせてもらうと――刃物がないやと思ったら、アルガもクルタス王もあちこちに剣を忍ばせてたのを取り出してきたのでちょっと引いた――お出かけです。
というか、それを口実にして、二人の王族には存分に語らってもらおうかとね。
いやほら、他国の使節団の中心人物なんてもんの前じゃあ話せないこともあるでしょうから。
アルガとグラミィはというと、魔術での護衛兼お留守番です。
アルガはそれなりにクルタス王の信用を回復したようなので、あたしに同行させるより置いてった方が王の精神安定上いいだろうとね。
グラミィはシルウェステルさんの通訳ポジションにいる。つまり使用人扱いならそんなに重要視はされないだろうし、ばーちゃん外見のおかげでちょっと離れてあげれば警戒されにくくもあるかなと。
……ちゃんとお話立ち聞いといてねーというお願いもしておいたけどな。
あたしは抜け穴を走りぬけた。
アルガから仕掛けについては情報ももらっていたし、加えてあたしならラームスの根っこの助けも借りることができる。なにより単独行の方が楽なんですよ、あたしの用事は。
あの裏切りのあった岩棚へ出た後も、わりとすぐに大岩の下敷きになってた――まあ、よく言っても血の詰まった巨大ハンバーグパテを整地用ローラーにかけたようなというか、どう表現しようとしても擬音が『ぐしゃ』にしかならんというか――モザイク必至な状態のクルーデリスの死骸を見つけることができたのは、ラームスのおかげだ。
ひょいひょいと散乱する岩塊に登って飛び移りを繰り返しながら辿り着いたあたしは、その『ぐしゃ』な端っこや岩陰の血だまりに、シカリウスの銀髪を混ぜておいた。
これで、次の日捜索に入ったあたしたちは、『二人の魔術師の死亡証拠を発見・確認する』ということになる。
それはつまり、自動的に『襲撃犯はゼイラスだけ』ということにもできるということだ。
死人に口なしはなにもゼイラスだけの専売特許じゃないのだよ。
〔お帰りなさい、ボニーさん〕
血なまぐさい作業から帰ってくると、双子はどちらも泣き笑いのような表情になっていた。
グラミィがざーっと心話で状況ダイジェストを伝えてくれる。
……うん、どうやら彼らも、とことん腹の底まで割って語り合うことができたようだ。たぶんシニストラがこの国を出たなら、彼らが再び兄弟として顔を合わせる機会はないだろう。
というか、おそらくは互いの死に目にも会えない別れとなる。蟠りを解くことができたのならなによりだ。
シニストラは彼が知る限りの反逆者たちの名をすべて吐いたようだ。
魔術師の世界はランシアインペトゥルスでもそうだったがとても狭い。そんな井の中にも派閥や豪族の手先はいて、コップの中の嵐は狭いほど過激なものとなる。
……ひょっとしたら、シニストラに近づいた二人も、そんな手先の一部なのかもしれない。
クルタス王を排斥した後の傀儡としての手駒として、彼の身柄を確保しようと欲したか。
それとも王の手足をもぎ取るつもりだったのか。ならばその思惑通り、クルタス王は守りの剣を失うことになったということか。
だとしたら、それを知った王がそのままにしておくとは思わないけどな!
ともあれ、ミセリコルデにはさすがにそういう不心得者が入り込む余地はなかったようで、今後シカリウスとして行動する王が配下の皆さんとの間に余計な間隙を生じることがなくてもすみそうなことは、あたしたちにとってもありがたいことだった。
ちなみに、シニストラが他の魔術師たちと、あたしたちに最初告げられていたのとは異なる名前で呼び合っていたのは、真名の偽装だったらしい。
王族で魔術師ともあれば、真名をいくつもの名前で覆い隠すのはよくあることらしい。
だが裏切り者たちは案外慎重で、クルタス王が王弟をシニストラと呼ぶことを確かめてから、ようやくがっちり手を組んだとか。
まあ、シニストラも真名じゃあないそうなんですが!
そこはクルーデリスもゼイラスもそうらしいんですが!
……なんだよこの狐と狸の化かし合い。
名前つながりで言うと、シカリウスの名前は、あれ、ミセリコルデの長に代々引き継がれるものなんだとか。
有力な豪族たちに目を付けられないようにしながら、クルタス王がどうやって国の暗部に潜り込んだのかはわからない。
だが、その名も時期を見て王はシニストラに譲る気だったらしい。
表と裏、右と左、光と闇の接点としてふさわしい影の刃たちの長の名を、彼ら二人のものにするために。
国内向けには、今回の騒動はシカリウスの名を持つ王弟の罠ということになるそうな。
ついでに諸国漫遊なぞをしていて神出鬼没だったのも、王ではなく王弟ということになるようだ。
罠によって獅子身中の虫たちが次々とあぶり出される中で、その罠をしかけた王弟と覚しき魔術師がほぼ行方不明扱い――一応遺体は『ぐしゃ』で見つかることになってるわけですが――となる。
顔どころか体格も人数も不明確な遺体なのに、王弟死亡の情報を鵜呑みにするようなあんぽんたんなら、クルタス王に何かしら直接モーションを起こすだろう。
これが死体損壊トリックだとピンとくるくらいには、むこうの世界のミステリファン程度に情報の裏読みができる臣下ならば、もともと神出鬼没だったはずの王弟が『行方不明になったあげくの死』、ということに疑念を抱くだろう。
後ろ暗いことを抱えた人間ならば、背後を警戒するあまり、そうそう積極的に事を起こすこともできなくなる。
歩調をばらせばいくら強力な豪族たちとはいえ、やりようはいくらでもある、とは、凄みのある笑みを浮かべたクルタス王の言葉だった。
「シニストラ。今後お前にテヌイス・アッチェス・グラディオーラスと名乗らせるわけにはいかん。テヌイスは姿を消さねばならぬのだから。……だが、お前の失踪すら罠として使うのだ、お前が別の名のもとに、なにか大きな手柄を立てたならば、それをもとにしかるべき地位につけるよう、用意しておこう」
「お断りですよ」
子どものようにいーと歯を剥いてみせると、シニストラは笑った。
「この国を出て手柄を立てたならば、それはおそらく、わたしがなすべくしてなしたことでしょう。その手柄こそがわたしの玉座、わたしの宝冠。わたしは、わたし一人の王国の主となりましょう。国王同士ならば兄上とも同列。しかるべき地位など不要です」
「そういうものか」
「そういうものです。……なんなら、それこそわたしが兄上の地位でも設けておいてさしあげましょうか」
「いらん。……なるほど、確かに王には不要だな」
「ええ」
言葉こそとげとげしいようだが、互いに思いを向け、居場所を差し出し、拒みあい、笑い合った二人は、その後地上と地下に分かれた。
それからしばらくはあたしたちにも忙しい日々が続いた。
予定通り行方不明だった魔術師二人の遺体を発見し――回収とか埋葬とかできない状態でしたよ。うん――、スクトゥム帝国の痕跡を倒壊中な領主館の捜索や生き証人の言動から見つけ出し、さらに他の物証をこのドルスムの地から根こそぎ発掘する。
その一方で裏切り者の魔術師は処刑され、諸方へ連絡の人間が慌ただしく往来した。
それでも、すべてが終わり、王都に戻るときがやってきた。
シニストラはどうしたかって?
あたしの身代わりです。
あたしたちが王都から乗っけてもらってきた馬車は四人乗りだ。
それに、あたしとグラミィ、そしてアルガが乗ってきたわけだ。
このテルミニス一族の領地を去るとき乗り込んだのは、グラミィとアルガ、そしてあたしのマントと仮面を貸して、覆面の予備とフードでも顔を隠したシニストラだ。
小道具は貸したがローブは彼の自前ですとも。
基本はあたしも同じ魔術師のローブだが、愛しのマイボディことシルウェステルさん謹製のものなので、デザインの地域差とかちょっとした素材の違いがないわけじゃない。
それをカバーするのは、襟に仕込むようにと渡したラームスの枝だ。
ラームスはもともと森精と共生する樹の魔物、迷い森を構築する力もあるのだよ。
もちろん、枝一本で発揮できるのはわずかな違和感を消したり、意識をそらして目立たなくするくらいのものだが、それでいい。じつはラームスがいつもこの力をこっそり発揮してくれてるおかげで、あたしも少し助かってたりする。
全体的な印象操作はもとより、フードの喉元からどうしても見える首の骨も、迷い森になってるおかげでスルーしてもらいやすいとかね。
……首の骨が迷い森って、すんごいパワーワードだけどな。主に常識の破壊力的に。
〔セルフでモザイクって。存在自体がホラーだって自覚と用意はあるんですねー〕
やかましいやい。
もう一つ、シニストラの目眩ましに仕込んだのはマルゴーだ。
ええそう、クルタス王の配下なみなさん的には『えらいひとのきまぐれ』発動にしか見えないだろうが、このドルスム滞在中ずーっとグラミィが連れ回してたマルゴーも、親が不明な子をひきとったというていで使節団に同道して、グラディウスファーリーを出す、というかスクトゥム帝国に放り込むことにしたのだ。
クルタス王的には、テルミニスの一族である以上グラディウスファーリー国内で生かしておくわけにはいかない。ということで、同国人を拉致ろうというこの計画にわりとあっさり賛成してくれました。
……一応、とうにスクトゥム帝国の危険性について伝えたときに教えた、『人格を入れ替えられた人間』だってこともグラミィに伝えてもらったんだが、そっちは半信半疑だったようだけど。
ちなみに、同道して大丈夫かどうかの安全確認は、グラミィに体表面に魔術陣がないことを確かめてもらった。
だがまあ危険は危険なので、石を紐で編み込んだブレスレット様の装身具に見せかけた結界の魔術陣を身につけさせている。万が一にでも、あの人間を血泥と化して編み上げる転移術式が起動したら本気でヤバいからねー。
そんなわけで、警戒要員として、あたしも彼らともども馬車の中にはいたりする。
ええ、定員オーバーでみっちみちですとも。
あたしの身代わりとしてシニストラを乗り込ませたのだ、あたしがふつーに馬車に乗るわけにはいかない。
じゃあどうするかというと、骨ボディを活かして、荷物として積み込まれたというね。
押収した資料といっしょに隠れた木箱ごと座席の下の物入れに入れられててもしかたがないんだが、脚置き場にむりくり収めてくれたおかげで、座って話をすることもできる。……ま、箱の中でのお山座りなわけですが。
〔ボニーさんがそうやってちょこんと体育座りして箱から頭を出してると、『ひろってください』とか箱に書きたくなりますねー〕
無駄吠えしないおとなしい骸骨です。噛みません。ってか。
ヲイこらグラミィ!
〔そうですね、ボニーさんはおとなしくないですもん〕
論点が激しく間違ってないかね?体育座りというなら三角座りとも言うべきなんじゃないかとあたしは思うぞ。
だからアルガもシニストラも、ひっそり横向いて笑いを噛み殺さないでくれなさい。
ちなみに、グラマカプラとかいうもっさもっさな羊っぽい動物のぬいぐるみだという、でっかいクッションもどきを抱えたマルゴーは、フードに黒覆面の上箱入り姿という珍妙な風貌のあたしに微妙な表情だったが、それでもなんでどうしてと質問を炸裂させることはなかった。
……疑問を腹にためておけるあたり、やっぱり精神年齢は外見通りじゃないよなぁ。
王都まで戻ってきたところでクランクさんの出迎えを受け、あたしたちはカリュプスの迎賓館へと久々に戻った。
で。
……えーと。その。
気分は正座でお説教(受動態)タイムである。
〔あたしを巻き込まないでくれませんかねぇ?〕
そーれはもう遅いと思うんだ。
てかクランクさん。飼えないんなら拾ってくるんじゃありません的な表情になるのはやめてもらえませんかねぇ?いちおうあたしは無力な子どもじゃなくてこの家のあるじ、もとい使節団の代表なんですけど。
〔代表って言うにはスタンドプレイが多すぎるからでしょうが!〕
お説教タイムを短縮するべく、あたしはグラミィに事情を説明してもらった。
同行者はグラディウスファーリーの王弟であること。
とある事情があって、王弟を国内に置いておくと命が危ない。
それを憂えた王から依頼されたので、王弟を国外に出す協力をすることにした。
なおこれは国相手ではなく、王個人が相手なので、国交上の有利な材料にはならない。
ぶっちゃけ、弟を生かしたいというのは、兄としてのクルタス王の私情だ。
引き受けはしたから、国外へは出すが、それ以上のことはしない。
……という名目で、いろいろ協力してもらおうと思っている。なにせ魔術師だし彼。
ええ、全部ほんとのことですよ?
宰相さんからいろいろ聞き込んでたらしいクランクさんは、深々とため息をついた。
グラディウスファーリー王の信頼をどこでどうやって勝ち取ったんだろうとか考えてそうだね。
「うえつかたが奔放ですと苦労なさいますねぇ……」
しんみりと慰めの言葉をかけるのはいいが、あんたが言うこっちゃないぞアルガ。
「はぁ……。まあ、事情は了解いたしました。シルウェステルさまが責を負われることでしたら、わたくしがこれ以上申し上げることではございません。ですが、事が大きすぎます。わたくしの方からも報告を上げねばなりません。それにより、シルウェステルさまが陛下や彩火伯さまよりお咎めを受けることになるやもしれませんが」
あ、それは今ごろたぶんもうがっつりと。
一方、クランクさんたちだって遊んでたわけではない。
対スクトゥム帝国対策をシーディスパタのクルテルさんたちとも共同して取ることで一致したという。
よしよし。これで少しはいろんなことが楽になるだろう。
ついでにマルゴーもグラディウスファーリー国外へ出す、と伝えたらトルクプッパさんが狂喜乱舞したのには驚いたけどね。
小さい女の子のお世話スキーとか。……いや、ロリコン通り越してガチでやばげだったクルーデリスよりかはまだましか。
その後もいくつか小さな騒動はあったものの、あたしたちはようやくカリュプスの港を出発した。
こっそりシカリウスの恰好で港にちょくちょく降りてきていたクルタス王は、見送りにも来ていたが、船室に姿を隠していたシニストラ――いや、彼はもうマヌスプレシディウムと名を変えている――は、それを聞いて文句を言いながら泣いたようだった。
スピラテレブラ、カエデーンスマカイラ、クラウィケッシンゲルといった小国を過ぎ、オズという半島を越えると、そこはスクトゥム帝国の海だった。
ロリカ内海という。
このあたりもハマタ海峡というらしいが、まったく島も何も見えないのであまり内海らしい感じはしないのだが、あたしたちはようやくスクトゥム帝国に入ったのだった。
そのまま、最寄りのアエスという港にしずしずとあたしたちは船を入れた。
早速人の動きが慌ただしくなり、長衣を着た人がきびきびした足取りで近づいてくるのが見えた。
ランシアインペトゥルス王国使臣の証を掲げて入港した船へ、港の管理者側から接触してくるのは当然のことだ。
だが。
「いらっしゃいませこんにちわー?朝貢ですかー?それとも恭順ですかー?」
……えーとね。
朝のファストフード店みたいなノリで訊くことか、それ?
第三章、完。
とうとうスクトゥム帝国に着きました。




