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鬼手は右手か左手か

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 ようやく地上に降り立った後は、そりゃもう大騒ぎだった。

 その処理にとにかく時間がかかったのにはわけがある。

 シカリウスがあたしたちから離れようとしなかったからだ。


 …………。

 

 いやね、そりゃシカリウスの気持ちもわかるよ、気持ちはね。

 いきなり裏切り暗殺をかましてきた人間の仲間なんて、以前のように信頼はできない。たとえそれが自分の配下であろうが身内であろうが同じ事だ。

 いや、スペルヴィウスのように気心の知れた人間に裏切られた方が、いっそうシカリウスの猜疑は深いだろう。

 いっそのこと気絶してた間に見た悪夢だとでも思い込みたいところだろうが、じゃあなんで空を飛ぶなんて羽目になったのかと因果関係を辿れば自分をだましきれるわけもないだろうし。

 

 だけどさー、同じくらい配下の人たちの困惑っぷりも理解できてしまうのだよなー。

 自分たちのトップが死ぬかもしれないような事態に巻き込まれた、そう思ってたら、なぜか空の上から戻ってきて――隠喩表現ではなく事実なんだこれが――その後は思いっきり配下の自分たちから距離とりまくって他国人(あたしたち)にべったりとか。

 今はただ理由も分からないから当惑するだけですんでるが、下手にこの状況が続けば逆に、彼らの中でもスペルヴィウスとは無関係な者までシカリウスに不信を抱くこともないとはいえない。

 離間策が毒となるというのはこういうことだ。

 

「あの、いったい何があったのですか」

 

 勇気を振り絞ったのだろう。おそるおそるという様子でグラミィに声をかけてきたのは、グリグの羽根みたいな色の髪の男性だった。

 話しかけんなオーラを撒き散らしてるシカリウスよりまだあたしたち、特に一番下っ端に見えてしかも道中全く喋らないでいた(ということになっている)あたしよりも話しやすそうなグラミィに声をかけるという、その理屈はわからんでもないが。

 

「さて、『我々がどこまでお話してよいのやら』」


 そこらへんはどうなんでしょうか。ねえ?

 

 グラミィの視線を受けてシカリウスは不承不承口を開いた。

 

「我々が抜け穴をかなり降りたところで岩棚へ出た。そこで仕掛けが発動し、逃げ場所がなくなったわたしをシルウェステルどのが空を飛んで助けてくれたというわけだ」

「それは」

「なんという大魔術でしょう。素晴らしい手腕をお持ちでいらっしゃる」

 

 部下の人は驚嘆してくれたが、……だいぶ端折ったなシカリウス。

 そこまでショートカットするってことは、スペルヴィウスたちの裏切りに気づいてることを、まだいるかもしんないむこうの仲間に気づかれないようにするのと、あたしを持ち上げといて目眩ましと盾に使う気まんまんですか。

 いいけど。……いいんですかねぇ?

 高くつきますよ?!


〔ボニーさんが、高くつけますよ、の間違いじゃないんですか?〕


 もちろん高くつけますとも。あたしはそうそう安かない。

 切羽詰まって虚空ダイブなんてかましたけど、もっぺんやれって言われたらヤダって言いたいくらいには疲れるんだもの、あれ。

 ま、次があったらもっとうまくできないかとは思うけどね。


「同行の魔術師たちは。いかがなさいましたか」

「わからん。別の抜け穴に飛び込んだと思うが」


 確かにアルガのことはあたしも心配だ。

 蓑虫組も……落石がぶつかってなきゃいいけど。一応貼り付けといた岩壁はオーバーハングの影になるようなとこだったんだが。

 

 そんな話をしているうちに領主館についたのだが。

 ……思い切り傾いてるじゃないですかいっ。

 慣用表現でなく建物の屋台骨が物理的に傾いてる状態って、間近で見るとちょっとした迫力があるものである。


 やはり、ルクスリア――いや、クルーデリスが正しいのか――が動かしてしまった、あの抜け穴崩しの罠は、相当大がかりなものだったらしい。

 当人は推定ミンチ状態になったようだが、岩自体にも何かしら細工がしてあったのだろう、どんどん岩が割れ崩れ、上まで被害が到達した結果が、領主館崩壊というこの状態につながったらしい。


 けれどもシカリウスへの報告を傍らで聞いていたあたしもちょっと驚いたのだが、この大惨事にも怪我人らしい怪我人が皆無なんだそうな。

 彼らのほとんどがあの木材撤去騒ぎで集まってたところへ、轟音と地響きがあったのでこれはヤバいと一斉に撤退したからだというが、いい判断だったのだろう。

 領主館の崩壊をなすすべなく見ていたところ、空からあたしたちが近づいてくるのに気づき、敵と推定して、身を隠しながら近づき戦闘準備、かかれ!ってなことになったという話にはヲイと言いたくなったけど。

 あたしがフードの影からジト目気分で見つめていたのに気がついたのだろう、到底人影というより魔物にしか見えないシルエットだったから、ひょっとしてこの地震というか領主館崩壊という異常事態を引き起こした元凶なんじゃないか説まで飛び出したんですとか言い訳されたけどね。

 いっくら三人団子になってくっついてたからってなー。そりゃあないでしょ。

 ……いや、突っ込むべきはむしろ、あたしたちの動きから牧を目的地として特定して迎撃しにかかるとか。戦闘スキル高すぎにもほどがありませんかみなさん、という点かもしんない。

 

 怪我人皆無はいいことだけど、この惨状じゃあ、本題だった証拠探しができない。

 そんなわけで、あたしはラームスの枝をちょん切ったものをぐるりと領主館の周りに挿した。

 どこからそんなもん出した、とぎょっとする人たちの顔なんて見てませんとも、ええ。

 ぜひとも気にしないでいただきたい。あたしはまったく気にしませんから!

 ついでに顕界した水も少々撒いておく。


 ラームスの枝を挿したのは、なにも立ち入り禁止の柵がわりにするためだけじゃない。

 魔力を吸って成長するラームスの根は微細な空洞でも探り当ててくれる。おまけに根を張ってくれれば地盤も固まる。上に乗っても安定した足場となるのなら、残骸になった領主館を解体するのも、屋根に穴を開けて何か持ち出すのも、崩壊した抜け穴を探り当てるのも楽になるだろう。

 べ、別にあたしの頭蓋骨を覆い隠すほどラームスの伸ばしまくった枝が、邪魔になるからって理由だけじゃないですじょ?!


 一方、シカリウスは配下のみなさんに命じていろいろ状況の立て直しを図っていた。

 当初は領主館を探索するだけでなく、滞在場所としても使う予定だったそうだが――あの血飛沫を見ておいて、よくその屋敷で眠ろうとか思えるよ――、しょうがないので周囲に点在する他の一族の屋敷の中から、とりあえず領主館の直近にあって比較的にでかい屋敷を使うことになった。

 あたしも一夜の宿確保には協力しましたよ。シカリウスに頼まれて。なにせ暗部のみなさんの技術によらず絡繰りの有無を把握できるのはあたしぐらいなもんだもん。

 まあ、アルガと合流できてない状況では、あたしも彼らの技術に助けられてたけどさー。

 尋常ならざる状況下では、使える者は何でも使う、たとえそれが他国の使節であろうともというシカリウスの判断も悪くはないのだ。

 あたしが使われる身でなければな!

 

 といっても、あたしだけがこき使われたわけでは、もちろん、ない。

 てゆーか他国の使節『だけ』を酷使するとか。実際にやったら、いくらなんでもそれはさすがに外聞が悪すぎるだろう。

 そこそこ安全だと判断した部屋をグラミィに伝えてもらったとたんに、大勢の人がわらわら踏み込んで作業に入ってたのには、いつ指示を出してたんだとは思ったけどな。

 そこはやっぱりシカリウスも長を名乗るだけはある、人を動かす人間なんだろう。

 

 しっかし……、宿泊用の荷ほどきを領主館でする前で本当に助かった。

 宿が確保できたとしても、食糧やその他必需品がうっかり瓦礫の山の下敷きになってたら、泣くに泣けないですよ。今度は夜っぴて危険な発掘作業にでも総がかりにならざるをえなかったかもしれん。

 それを考えれば、今の状態は不幸中の幸いってやつなんだろう。

 

 とりあえず落ち着き先をこしらえて、あたしとグラミィはアルガたちとの合流を図って岩山をてくてく徒歩で下りてみることにした。

 そこになぜシカリウスが混じるかなとはもうつっこまない。不毛なつっこみをするのも飽きてきたし、彼にぞろぞろとついてくる配下のみなさんには、場合によっちゃあ蓑虫たちの回収の人手になってくれるだろうって計算もある。

 だが、いきなりアルガと顔を合わせるたあ思ってもみませんでしたよ。


 いくら岩山から剥げ落ちたような瓦礫が建材で、岩壁に貼りついたように建ってるとはいえ、テルミニス一族の屋敷とは明らかに格の違う納屋のような石積みの小屋から、アルガがあのへらりとした顔で出てきて、「あ、これはこれはシルウェステルさま。どうも御無事でしたか」と言ってきたのには思わず気が抜けたもんである。

 しかもアルガってば、保護してた女の子(マルゴー)を見た配下のみなさんには、「この土地の子です。罠にひっかかりましてシルウェステルさまたちと離れ離れになりまして。迷いそうになりましたところ、この子が道案内をしてくれまして」としれっと言い抜けるというね。

 真っ赤な嘘じゃないのがかえってタチが悪い。


〔ボニーさんの方がタチ悪いじゃないですかー〕


 女の子の相手をさせたことを根に持ってんのかグラミィ。

 どこをどうつついたのか、せっかくアルガが中身入りを舌先三寸、友好的とは言えないまでもおとなしく黙らせておいといた上に「報償を与えたいのですが」と、さりげなく同道しても『えらいひとのきまぐれ』で違和感を収めるところまで話を振ってくれたんだ。乗らなきゃもったいないでしょうが。

 だから、グラミィだって「女同士の話もしようかの」とか乗ってくれたんでしょ?

 飴も持ってきておいてよかった。甘い物が少ないこの世界では、飴ちゃん効果は絶大だ。


〔おかげでだいぶなくなりましたけどねー〕

 

 飴といってもグラミィが持ってきてたのは固形のものではない。むしろ水飴に近いものだ。

 じつは船の中でも、グラミィがわりとしょっちゅう作っていたものである。


 飴の作り方は意外と簡単だ。

 トリティクムという、麦に近い穀物の粉を糊に炊いたものをちょっと冷ましてから、その発芽した穀物を乾かして砕いたものを混ぜ込み、しばらく放置するだけ。

 だがまあ、こんないい加減なやり方でもあっさり甘みが手に入ったのは、グラミィが魔術で壺や水を顕界したからだろうとあたしは推測している。

 概念を操作する魔術では、どうしても顕界される生成物には天然物にくらべ不純物というものが混じりにくくなるようだということも、この推測の裏づけだったりする。

 ついでにあたしが壺の外側をさらに黒い石を顕界して覆い、甲板に出して見守ったのも、言い具合に保温ができた原因ではないかと自画自賛してみる。

 海の上だと波がいい具合にゆすってくれるので、掻き回したりしなくてもいいしねぇ。


 この手順がむこうの世界における酵素によるデンプンの糖化過程とほぼ同一のものだとしたら、甘酒や麦酒の作成過程の冒頭部分とだいだい同じなのだよね、これ。

 ならば、この麦汁をさらにほっといたものの中に、うまい具合にアルコール発酵してくれる菌が落ちれば、どぶろくチックなお酒もできないことはないんだろうとは思うよ?

 だけど、そこまでやる必要はない。というかやる気もない。

 We‘re the ド素人!

 うまい酒がいきなりこんないいかげんなやり方でできるとも思えん以上、腐ったおかゆを泣く泣く海に不法投棄しなければならんような、もったいないおばけでも出現しそうなリスクをとるわけにはいかんのです。

 

 というか、じつはこれ、重度船酔い患者用にとタクススさんが用意してくれた材料とレシピなんである。

 麦芽かすなどを漉した、飴になるまで煮詰める前の甘いトリティクムの汁は、言うなれば経口栄養補給液。飲む点滴と言われる甘酒レベルとまではいかないが、どんなにひどい吐き気があっても口から栄養を取れるというのは、とっても重要だ。

 一番お世話になってたのは言うまでもなくクランクさんである。

 だが、まあ、甘み自体がなかなか手に入りにくいものなので、航海の最中、船乗りさんたちてば、グラミィに対する認識を『ちょっとうさんくさいし怖いがえらいらしいババア』から『魔術師の中ではアルガレベルに気さくな上、きれいな水を魔術で提供してくれたり、貴重な甘い物をくれる長老』に変えたようだったけどね。まさに(あたし)(グラミィ)である。

 ちなみにこの飴作り、一番ノリノリだったのはグラミィ本人だったりする。

 甘い物作れるよーと言ったらやりましょうと即答だもん。飴湯を煮詰めて水飴にしようと、調子こいて次の寄港地まで麦が持つかどうか焦るほど大量に作ったこともあったっけなー……。


 ともあれ、マルゴーはあっさりグラミィの手に落ちた。

 ……というといろいろこっちが悪い人みたいだが、グラミィがちょっとお風呂に入れてあげたりしただけですじょ?

 夜もお腹いっぱいになるまで食事をさせたら、子ども独特の電池切れでぱたっと寝てくれたというね。

 一応催眠効果ありの薬草茶を出すことも考えたのだが、むこうが知識があったときに警戒されるというデメリットをかんがみて、単なるリラックス効果ありの薬草茶にしておいたのだけれども、それもいい具合に効果があったらしい。

 ほんでもって、この状態で家に帰すのもあんまりだって言い訳で、本拠地の一室に遮音結界とか人体遮断結界とか、その他諸々魔術陣を何重かに組んで監禁もとい放置してきました。よい夢を。

 夜じゃなけりゃグリグに監視させといたんだけどねぇ……鳥目なんで。

 ま、かわりにそっちの部屋にもラームスの枝を置いといたからね。なんかあったら対応はばっちりさ!


〔幼女にそこまで厳重な監禁体制って……〕


 グラミィ、どんびくのは自由だけど、忘れちゃいけない。相手は中身入りだ。


 ちなみに蓑虫たちはといえば、とっくに捕獲ずみである。

 どうやらアルガってば、あの崩落した岩棚から逃げ込んだ抜け穴の構造を、うまくマルゴーを手懐けて聞き出していたらしい。彼女が利用していた隠し部屋から岩棚、隠し出口への道筋に留まらず、いくつかの出入り口までのルートもさくっと探索していたとか。

 その道中、岩陰に偽装されていた明かり取り兼空気穴を、蓑虫たちを逆さ貼り付けしといた近くに発見したと、落っことさせた彼らの杖の回収報告ついでに耳打ちしてくれたのだ。

 それ聞いたら全員で速攻回れ右ですよもちろん。

 こうなったら、おつきの人たちを引き上げないと話にならん。次善策より最善策。シカリウスが配下のみなさんに蓑虫組の裏切りを今すぐ明かす気がないのであれば、なるべくその情報が漏れないようにする必要がある。

 ならば、せめて尋問終了まで彼らにはそのまま行方不明状態になっておいていただこうじゃあありませんかね?

 というわけで、そのまま知らん顔でお屋敷に戻り、暗くなるのを見計らって、あたしとアルガは割り当てられた部屋にあった抜け穴へ――というか、シカリウスに状況を知らせるついでに抜け穴のあった部屋を割り当ててもらってたのだが――、突入した。居残りのグラミィが見張りです。


 いやねー、最初は彼らも、あたしの確認終了後は念入りにチェックをしていたんだが。

 しだいに陽は落ちてくる、辺りは暗くなるで、宿泊可能なレベルにまで少しでも速く準備を整えねばならぬと焦ったせいもあるんだろうけど、どんどん手抜きになったのが悪い。

 絡繰りがあったってあたしの方から配下のみなさんには教えてやんなかったのかって?

 はっはっは、あたしが確認を任されたのは安全面だけですよー。しかもあたしたちが宿泊してる当座のね。

 危険じゃないのなら、抜け穴があろうがなかろうが無問題。報告なんてしませんとも。

 侵入される危険性?ないない。

 あたしが使わないときには開かないよう、仕掛けの周囲に楔でも打ち込んでやればいいことなんだから。


 どうやらかつてのテルミニス一族は、この領地が岩山にあることを最大限活用していたらしい。

 最大限活用というのは、丈夫な一枚岩に近い岩盤の中に、縦横無尽に抜け穴というか隠し通路や隠し部屋、はては隠し牢らしきものが構築されていたからだ。へたすりゃ蟻塚状態じゃないのかこの岩山。

 そしてかつての、というのは、使用中になってた隠し牢の中に白骨化した方がいらっしゃったり、埃がたまってて足跡すら見当たらなかったりしていることからの推定だ。

 ここ最近は抜け穴の存在自体、知っていたのも利用していたのもごくわずかな人間だったのだろう。

 そのうちの一人が中身入り(異世界人憑依者)のあの女の子、マルゴーだったというわけだ。


 蓑虫組の回収は、わりと簡単だった。

 彼らの間近まで通路を伝って近づいたところで、最寄りの岩壁へ適当にあたしが結界刃ですっぱり切り込みを入れてずらして穴を開け、そこからアルガに蓑虫たちを取り込んでもらったというね。

 身体強化使ったとはいえアルガはひーひー言ってたけど、あたしだって空飛んで帰ってきたんだ、疲れてるんですよ。力仕事はめんどい。

 

〔そんな洗濯物取り込むみたいなやり方でいいんですか?〕

 

 洗って人間の性根もまっさらになってくれるんなら、裏切り者たちの洗濯物扱いもやぶさかではないんだけどねぇ?


〔頭は真っ白状態だったみたいですけどねー、ショック状態で〕

 

 みたいだねぇ。

 すっかり高所恐怖症になっちまったようだが、なんでなんでしょうねぇ?

 その理由なんてあたしにゃわかりませんとも、ええ、知りません知りません。


〔それでしらばっくれようとか。神経ごんぶとすぎですよ、ボニーさん〕


 はっはっは。神経自体ないんだけどなあたし。


〔なるほどー。つまり、ボニーさんは無神経と〕


 ……ぉぅ。そいつぁさすがにちょっと応えるぞグラミィ。 

 

 元通り断崖に開けた穴を塞いで、さらに抜け穴側から軽くそのへんを補強がてらコーティングして、あたしたちはそのまま本拠地がわりの屋敷に戻ってきたのだが。

 まさか、猿ぐつわをかました二人をいっしょに屋敷まで連れてくるわけにはいかない。

 しょうがないのでアルガに筆談でお願いして、抜け穴の道中にあった隠し牢に二人を放り込んだり、猿ぐつわ外してやったり食事を運んだりといったお世話をしてもらいました。

 が。

 ……昔の同居人(白骨化死体)入りの牢に入れたのは、お茶目な嫌がらせですかねアルガ。

 まあ、あたしも遮音結界作ったり、鉄格子の補強に対人結界設置したりしてたけどね。

 ちなみに、二人ともアルガに診てもらったら、あの落石の雪崩れにもたいした怪我もなかったというのにはほっとした。

 多少岩壁にぶちあたっての擦り傷はあったようだが、それはしょうがないと思っていただきたい。命あっての物種ですよ。


 夜になった。

 行方不明者の扱いというのはじつにめんどくさい。

 扱おうってシカリウスにしてもあたしたちにしても、かたや国の後ろ暗い組織のトップ、かたや他国人ご一行様。

 どっちもそうそう長時間、シカリウス配下のみなさんの目を盗んで姿をくらますこともできない立場である。下手したらあたしたちまで行方不明者扱いされて大騒ぎになるわ。

 そんなわけで、あたしたちに割り当てられた部屋にシカリウスの方から来てもらうことにした。今後の話し合いをするという口実である。

 内容は極秘ということでシカリウスが入念に人払いをし、ラームスの枝を置いたところで、暖炉の外壁に口を開けた抜け穴からお出かけです。

 火球を手持ちの灯り代わりに、抜け穴をさらに進んで下りてを繰り返し、小さな潜り戸を横にずらすとあたしたちはとある小屋の中へ出た。


「お待ちしておりました」


 先行していたアルガが一礼した。

 なんとこの小屋、アルガたちが逃げ込んだ抜け穴の隠し出口にもつながってたそうな。

 岩壁に遮られて、奥行きのない狭い小屋に見えるが、実は二重三重の構造になっていて音すら外部に漏れにくいという、なんとも隠れ潜むのにはうってつけの場所である。


 裏切り者たちの雁首揃えてやることは、処刑のように結果が一つしかないことでもない限り、口裏を合わせられかねんので非効率である。

 というわけで、アルガにはまずスペルヴィウス――いや、シニストラか――を引っ張り出してきてもらってある。 

 ……しっかし、アルガってば拘束した人間の扱いうまいよなぁ。

 蓑虫たちを取り込んだときも、猿ぐつわをねじ込むところまでの流れるような手際の良さといったら……どう見ても裏の、しかも荒事に慣れた人間だったもん。やっぱりアルガって、魔術師というより、戦闘能力の高い斥候とか密偵系の仕事がメインなんだろうね。魔術抜きでやり合ったら、たぶんアロイスには負けるだろうけど。

 

「『すまぬな、アルガ。ごくろうだった』」

「いえいえ」


 グラミィとアルガのやりとりをじーっと見てるのはなんですかね、シカリウス?


「いや、失礼を。少々不思議に思っていたゆえ」

「何をでございましょう?」

「そやつはシルウェステルどのには逆らわぬ。いや、逆らえぬはず。なにゆえ頼むと言い、労をねぎらう言葉をかけるのかと」

「『不要だとおっしゃりたいのですか?』」


 なんだ、そんなことか。

 

「『礼を述べてはならぬわけがありましょうか。彼はわたくしが使役しております四脚鷲(クワトルグリュプス)ではございません』」

 

 ……ちゅーかね。あたしゃグリグんにだって、ちゃんとお礼も言うし、魔力(マナ)という対価も渡してるんですよ。

 一方的に労力を搾取するような関係がそうそう続くわけはないのだ、いくら支配下に置いたからって、それをかさに来てえばりかえるとか。なんだその小物臭漂う態度。もれなく嫌われるに決まってるじゃないですか。

 それにだね。

 

「『そも使役とは遮眼革をつけた馬を(くびき)に従わせ道を走らせるようなもの。ですが、わたくしの往く道はこのドルスムの山道よりもはるかに悪路なことが多うございます。なかば目隠しをさせたまま走らせては、いつ崖下へ転落するやもしれませんので』」


 真面目な話、あたしがアルガを連れて歩いているのは、真名の束縛によって彼があたしたちに危害を及ぼすことができないはずだからというだけではない。彼が自分の頭できちんと考えることのできる人間だからだ。

 説明や指示どおりにしか動かない、自分の手足の延長だったら必須とまではいかんのですよ。時間と労力はあたしたち本人が支払えるコストなのだから。


 なにやら複雑~な顔をしてるけど、シカリウス。あたしたちだって聞きたいことは山とあるのだよ。配下のみなさんを置いてきた、この状態でしか聞けないことが。


「『こちらもひとつお伺いしたいことがございます』」

「なんなりと」

「『ではシカリウスどの。いや、なんとお呼びすればよろしいかな?デクステラどのと?それとも、グラディウスファーリー王、クルタス・アッチェス・グラディオーラス陛下と?』」


 シカリウスがゆっくりとあたしたちに向き直った。

 その表情は変わらないが……全身から噴き出す凍えるような放出魔力が怖い怖い。

 冷たいと言うより、温度のないこの感じは、アルガを殺そうとしていた時より数倍やばいぞ。

 

「なぜそのように?」

「『宰相閣下の発言に横槍を入れるどころか、断ち切るような密偵の長などおりますまい』」

 

 それにだね。ランシアインペトゥルスでもグラディウスファーリーの基本情報は、可能な限り集めてきたんですよ。


 クルタス・アッチェス・グラディオーラス、当代のグラディウスファーリー王は、彼こそグラミィお気に入りの、薄幸の王族ストーリーをハッピーエンドに向かいつつあるような人間だ。

 伝統的にグラディウスファーリーでは王権がわりと弱い。それは前王の時代も同じ事で、いくつもの豪族から妾妃を入れたりすることで政治的バランスを取ってたような状態だったらしい。

 当然、ぎすぎすするのは後宮内だ。

 そりゃあこの政治構造ができてからこのかた、ぐつぐつ煮詰まり続けてる政治闘争の坩堝のさなか、好きでもない相手の子を産むことを親兄弟に強要され続ける女性のふつふつと胸底で煮えたぎり続けるドロドロした感情とか。寵愛=政治バランスの維持であって、必要なのは女性個人の美貌でも教養でもないのに、選ばれなければざくざく刻まれる女性としてのプライドとか。どんだけの刺激物が放り込まれてることやら知れたもんじゃないだろう。

 そんな坩堝の具材が煮え溶け崩れて、姿を消すのもままあること。

 双子を産んだ彼の母親は、敏感に身の危険を察知したのだろう。一人を育て、一人を後宮の外へとひそかに出すことに成功した。

 前王が病んで衰え、次代の王座争いが始まった時、彼はひたすら静観する構えを見せていたが、争う有力豪族達が疲弊したのを見計らって、その無力で凡庸な王子という偽装を捨て去り、同時に母親の一族の養子にされていた双子の弟とコンタクトをとって、豪族達の裏を掻くようにして玉座に手をかけた。

 だが、血を流すに至った抗争の余波は今も影を引いている、というのがランシアインペトゥルスで教えてもらったグラディウスファーリーの状況だった。

 

 当然のことながら、道中で得られた情報の方が新鮮で確度も高い。

 シーディスパタからグラディウスファーリーへカリュプスの港に辿りつくまでも、ちまちまちまちまと双六を一目ずつ進むようにわざとのろのろ進んできた成果があったものだ。

 おかげで王都ラビュウムに入る前に、だいぶグラディウスファーリー王となったクルタスの人物像は具体的に把握できていたのだ。

 豪族達は総じて彼を警戒してはいるものの、もともと王族にそれほど力がないこと、若さ故に軽んじる傾向がいまだに強いとか。

 それでも王が弱小豪族の母を持ちながら有力豪族を軒並み押さえ込めているのは、何か後ろ盾があるからだろうとか。それにしても双子の王弟は母親の一族の人間としても顔を表に出していないようだがなぜかとか。

 王は王で、豪族たちに対し前王のように下手にすら出て交渉するより、独断専行することが多いとか。

 カリスマが薄いせいか寵臣はほんの一握り、だが彼らですら王のなすことすべてを把握しきれていないらしいとか。


 想定外だったのが、まさか当の王様が暗部の人間に変装してしれっといきなり出てくるとはねー……。

 独断専行にもほどがあるってもんでしょうよ。

 肖像画ももらっちゃいたが、うっかり騙されたよ。

 というか、銀髪翠眼の影が薄い青年といった感じの肖像画とは似ても似つかぬインパクトだったんだもん、シカリウスって。

 シニストラが口を滑らしてくれなきゃ、いろんなもんを見過ごすところだった。


「理由はそれだけか。そやつから聞き出したのではなかったのか」


 くっと唇を吊り上げ、彼はアルガを指した。

 そこまでアルガを信じられないか。

 ……信じられないよね、裏切り者だって思ってれば。でもこれに限ってはアルガからの情報提供は皆無に等しい。冤罪ぐらいは払っといてやろうか。


「『アルガ』」

「は」

「『そなたは、知っていたか?そなたに与えし真名をもって命ず。真実を答えよ』」

「いえ。何も存じませんでした」


 強制力ある命令とその答えに、白っぽい眉――これもおそらくは偽物だろうがよくできている――が勢いよく跳ねた。


「『楽にしてよいぞ、アルガ。真名をこのようなことに使ってすまぬ』」

「とんでもなきことにございます。……まあ、所詮アタシゃ王様の御前にまかり出ることなど許されるわけもない木っ端魔術師ですからねぇ。長の顔は知ってても、王様の顔なんてそうそう間近で拝見などできません。影武者と入れ替わってたって見分けられる自信なんざあるわけもございません」

「そう、か」

「ですがね、そうじゃないかとは思ってました」


 すごい勢いでシカリウス――いや、クルタス王はアルガに振り向いた。

 てかアルガ、驚いた様子がないと思ってたら……やっぱり感づいてたんかい。


「アタシも魔術師のはしくれでして。シルウェステルさまの御業のようなことなどは真似ることすらかないませんが、それでも魔力の色や形ぐらいは見えるんですよ。インウィディウスとシカリウスさまの魔力が――大きさは別にしてもですよ?――よく似ておられること、シカリウスさまがお見せになっておられるよりもはるかにお若いことぐらいはもとより存じておりました。加えて、陛下に双子の弟御がおられること、その方が魔術師らしいということ、そしてインブルタイドゥムヘルヴァを陛下がすっかり手中に収めておられることぐらいは耳に入っておりましたので。それやこれやを結び合わせた論理的帰結というものにございます」


 うやうやしく魔術師の礼をしてみせるアルガを、彼は唖然とした顔で見つめた。

 ちょっと援護しといてやろうか。


「『陛下。アルガはグラディウスファーリーを裏切ったわけではございません』」

「だがこやつは、ランシアインペトゥルスにてそなたに真名を捧げたと!」

「『いかにも』」


 あたしはかっくんと首肯した。

 確かに、アルガはあたしたちに真名を明かした。魔術師として死ぬことも覚悟の上で、密偵としての自分を生かすため、あたしが与えたスクトゥム帝国のこと、星屑野郎を搭載された人の存在について情報をグラディウスファーリーに持ち帰るためだ。

  

「『なれど、海神マリアムにお誓い申し上げて、我々は、アルガにグラディウスファーリーを、クルタス王を裏切れ、とは一言も命じておりません』」


 あたしたちは彼に真名を与えなおした。魔術師としての命を繋ぎ、あたしたちに害を及ぼすようなことはするなと真名の再付与の誓約には入れたが、アルガにグラディウスファーリーへの忠誠を捨てろとは命じていないのだ。

 ま、上書きでインブルタイドゥムヘルヴァと交わしたらしき誓約はふっとばしちゃったみたいだけど。

 アルガが今もグラディウスファーリーへの忠誠心を抱いているか否かは、まるっとアルガの自由な選択によるんですよ。

 そう伝えると、彼はしばらく沈黙していた。


「アルガ」

「は」

「わたしはインブルタイドゥムヘルヴァを手中に収めきれてなどいない。わたしがおのがものとしているのは、ミセリコルデだ」

 

 アルガが息を吞んだ。


 後で聞いた話だが、ミセリコルデとは、インブルタイドゥムヘルヴァの中でも特殊な存在なんだそうな。

 端的に言うならば、王直属の懲罰暗殺部隊。

 つまり、何が罪でありどのような罰を科するか――まあその罰ってのはたいてい死と同義語らしいが――を定める者たち。

 そのミセリコルデを彼が握っているということは。


「お前ならば、信を預けても構わぬとも思う。戻ってくる気はないか」


 彼の一存で、アルガが自ら演出してみせた裏切りも罪もなかったことに、いや、初めから存在などしていないことにもできるということだ。

 だが。


「ありがたきお言葉。なれど、お断り申し上げます」


 アルガはかすかに笑んだ。

 

「陛下も身をもって御理解なさったのではありませんか。四脚鷲のような魔物さえ手懐けておられるような方とは存じませんでしたが、シルウェステル・ランシピウス名誉導師は川の上を歩いてお渡りになり、空にあっては鳥となるようなお方。同じ魔術師と呼ばれる身ではありますものの、わたくしはシルウェステルさまの足元にも及びませぬ。そのような方にお仕えする許しを死を賭して賜った以上は、たとえはかなき根なし草の一念とはいえ、シルウェステルさまへお仕えいたさんとする初心を貫くのが筋にございましょう」

「……そうか。ならば、これ以上は言わぬ。汝が道を往くがよい」


 そして死ね、とは、さすがに二度も言わないのだね。


 さて、アルガとの話はすんで、拗れも解けたようだが。

 問題は、もう一人の方ですかね?

 

「『お待たせしましたスペルヴィウスどの。いや、シニストラどのとお呼びしましょうか?クルタス陛下の弟御どの?』」


 両手両足拘束されて猿ぐつわという恰好の銀髪の魔術師にあたしが近づくと、手回しよくアルガが猿ぐつわを外してくれた。

 あんたにも聞きたいことがあるんですよ、ええ。


「この国の者ではない者にシニストラとは呼ばれたくはない」


 おやま。開口一番言い切ってくれるじゃありませんか。

 逆さ吊りを体験してもまだそこまで言えるのかそうですか。

 気の強い相手は嫌いじゃないぞー。折り甲斐もありそうだしなー……心の。


〔ボニーさん、黒くなってきてます!〕

 

 無駄な敵意には敵意で返してるだけですが何か。それにだね。


「『わたくしも他国まで参りまして、兄弟喧嘩に巻き込まれるなどということは初めてでして。いささか困惑もしておるのですよ』」


 ええ。おまけに国王暗殺の口実として、ついでとばかりまとめて始末されかけるとかさー。

 何してくれるかね、まったく。

 さ、慰謝料代わりに聞かせてもらおうじゃないの。

 

「『王弟どのが陛下から奪われたものとは、いかなるものですかな?』」


 銀髪の下から王によく似た緑色の目が睨み上げてきた。

 だがにらめっこなら負けないぞー。なにせあたしにゃ目蓋も眼球もないっ。


「……立場だ」


 根負けしたように王弟は吐き捨てた。

 だけど、立場ぁ?


「何の話だ、シニストラ。お前の立場など、魔術も使えぬおれが奪えるわけがないだろう?」

「とぼけるな!奪いに来ただろうが!シカリウスとして!」


 ……どういうことかな?

 

「オレが左でお前が右、お前が表ならオレが裏、そう決めていたのにわざわざ影の刃の束ねになるとはそういうことだろう。なぜ裏切ったと言ったが、お前こそが先にオレを裏切ったのだ!裏も表もその手に握り、オレがもういらないというなら、思わせぶりなそぶりはやめろ、セイペスの一族のように言葉で告げろ、せめて余人を挟まず口で言え!」

「……セイペスの一族が、そんな事を言ったのか?」

「しらじらしい」

 

 クルタス王の背中からまたもや凍える魔力が吹き出しかけたが、スペルヴィウスは鼻で笑い飛ばした。

 慣れているのか、それともただの捨て鉢だからかはわからんが、この王弟、度胸だけはある。

 

「あれはお前の差し金だろうが!このまま曖昧にぼやかされ、じりじりと追い出されるのを待つくらいなら、直接お前と決着をつけてやろうとしただけのことだ!この国の暗闇から追い出されるくらいなら、オレが、この手で、明るみからお前を追い出してやる!」

「それは、違う」


 王は王弟の両肩を掴んだ。一瞬アルガが動こうとしたが、あたしが身振りで止めた。


「国に左右があるならば前後もある。表裏もある。ならば、おれが王だ。お前のおかげでおれが王になったのだ。ならば王として表も裏もおれが責任を取るのが当然だろうが。シカリウスの、暗刀の名乗りはそのためのものだ」

「……ハッ」


 王弟は嘲笑のかたちに口を歪めた。けれど出た音は、ただの吐息にしか聞こえなかった。


「姿を偽り、顔を装い、別人としてインブルタイドゥムヘルヴァに君臨していた理由がそれだと?信じられるか!」

「信じられぬか。このおれが。……ならばいっそ、決しておれを信じるな。シニストラ」

〔……は?〕


 いや、あたしも驚いたぞ今の発言は。思わず頭蓋骨と顔を見合わせたアルガも眉が思いっきり動いてる。

 

「未来永劫、一片たりともおれを信じるな。信ぜずともおれを見ろ。おれから目をそらすな。おれのなすことすべてを気が済むまで疑って、疑って、見張り続けろ。それはお前にしかできないことだ」


 決然と王は宣言した。

 

「左なくして右はない。左を任せたお前だけに手を汚させ、おればかりがたとえ見せかけでも無垢でいるつもりはない」

 

 ……本音か。それは。


 魔力を見れば、クルタス王が本気で言っているのがよく分かる。

 彼は計算も演技も策謀も、できない人間じゃないのだよね。ただその行動の基にある感情は極めてストレートなだけで。


〔えーと、じゃあ、つまりこれは……〕


 意思疎通の足りてないブラコン兄弟が互いへの思いをこじらせまくった結果、ってことなのかね?


 あー、あほらし。とは言わないけどね。

 どうやら周囲の思惑もあって、いろいろ複雑に状況がひっからまってたみたいだし。

 とはいえ。あたしたちまで巻き込まれたこと、うっかり命も危うい状態になりかけたってことは許しがたいんだよね。


〔じゃあ、どうする気ですか?〕


 それは王様に決めてもらおうじゃないの。


「『クルタス陛下の御存念、我らもしっかりと伺いました。その上でお訊ねいたします。陛下におかせられましては、王弟殿下の御身をいかがなさるおつもりでしょうか』」

「どうする、とは?」

「『曲がりなりにも陛下のお命を狙った以上、殿下を何もなかったように同道なさるというわけにはまいりませんでしょうに?』」

 

 クルタス王は眼をしばたき、銀髪の魔術師は諦めたように目を伏せた。


 王族間でも自分より身分が上の相手を害そうとすれば、それは反逆罪となる。

 ほんでもって反逆罪って基本的に死罪なのだよ。たとえ不治の病を得たとかいう言い訳をつけても、いいとこ生涯幽閉になるレベル。

 少なくとも、国内で今と同じ地位につけたまま野放しにしておく訳にはいかないでしょうが。

 だがそれでは、ずっと(自分)の行動を見ていろという彼の言葉は実体を失う。

 そこへあたしができるのは、……単なる提案だけだ。

 

「『これはわたくしの独り言にございますが……、我々ランシアインペトゥルス王国の使節は、いずれはグラディウスファーリーを離れ、スクトゥム帝国へ赴くこととなっております。また我々はすべて魔術師。騎士や船乗りのうちに魔術師を混ぜては目立つことこの上ございませんでしょうが、魔術師の中に魔術師が混じろうが、些細な違いにございましょう。すでにグラディウスファーリーの者も我ら一行には加わっておりますこともございます』」

「……つまり、シニストラをそなたらに隠して出国させよと?」


 あたしは一魔術師としての礼をもって答えに変えた。


 これは、もちかけたあたしにとってもかなりヤバい話だ。

 ぶっちゃけ、犯罪者を同行するとか国家間の火種にしかなんないのよ。シカリウス(クルタス王)がアルガを殺しにかかったヤバさが、今回は王弟という素性のせいで、かんしゃく玉がダイナマイトにランクアップしてるくらいの高火力というね。

 しかもあたしは正使としての立場をもらっちゃいるが、ほとんど交渉ごとはノータッチ、副使で魔術子爵なクランクさんに一任しているようなものなのだ。

 ランシアインペトゥルスに戻ったら、政治的にあたし(シルウェステルさん)が死にかねん。というか下手するとルーチェットピラ魔術伯爵家にまで火の粉が飛びかねん。


 けれども、逆に言えばこれはチャンスでもある。

 うまく使えばグラディウスファーリー王とあたし個人の強力なコネを手に入れることができるのだ。

 王弟、宮廷魔術師長推薦の魔術師という立場やコネを失っても、シニストラの命と魔術師としての研鑽だけは救うこともできる。

それをどう使うかといえば……


「その見返りに何を得る?そなたの望みとは、なんだ?」

「『我が望みはさして変わっておりません。スクトゥム帝国に何があるのか。何が起こっているのか。そしてわたくしの身に何が起きたのかを知り、生身を取り戻したい。それだけにございます』」


 フードを落とし、仮面を取り、覆面を脱いでみせると……。

 クルタス王は愕然とした表情になったが、銀髪の魔術師はといえば。

 

「は……、はは、はははは。ははははは、あーははははははははははは!」

 

 なぜか盛大に爆笑しおった。なんでだ。

投稿直後に鬼手の意味を正確に把握しようと調べ直したところ二つの意味がありました。

1.化物の手、また相手を驚かすような奇抜な手法、残酷なやり方。

 ――仏心 相手を救うために、内心は慈悲にあふれているのだが、外見は手荒な手段をとること。


2.囲碁・将棋で、思いもよらないねらいを秘めた手。


1の意味でサブタイトルをつけてたつもりなんですが、2もかぶってますかね、これ。

一番奇手を放ってるのは骨っ子だと思うんですが……。

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