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敵の敵は味方なりや?

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 あたしたちはテルミニスの領主館に入った。

 あ、グリグんは館の屋根です。重いわかさばるわ、おまけに肩に止まらせてるだけで魔力(マナ)を使うんですもの、連れて歩くわけにもいかんでしょうが。

 オオハクチョウよりでかいんじゃないかサイズの猛禽を肩に乗っけたまま屋敷の中を練り歩くって、シカリウスが連れてきてるインブルタイド(国の暗部)ゥムヘルヴァ(のみなさん)への威圧行為としてもどうなんだと自重したこともあるけど。


〔なんか、中はランシアインペトゥルスの家みたいですねー、ちょっとだけ〕


 グラミィが云うのも道理。

 風が強い山の岩地という立地もあってか、半地下の領主館は、石造りの部分がグラディウスファーリーにしてはかなり多い。高地の風雪に耐えるには、やっぱりこういうがっちりした建物が必要なのかね。

 ランシアインペトゥルスで領主館や都市の基部の石というと、魔術師に顕界させたものがメインというか、それを見せるように使われていることが多かったんだけど、ここのはたぶん色からして地元産の天然石だろう。

 だけど、ランシアインペトゥルスと大きく違うのは、一つも尖塔がないことだ。

 

 ランシアインペトゥルスでは、領主館の尖塔は飾りではない。階段室を兼ねてたりすることもあるが、重要なのはその数だ。それによって領主の爵位が示されるのだから。

 デュラミナムにあったルーチェットピラ魔術伯爵家のお屋敷にも二基の尖塔があったし、ベーブラのボヌスヴェルトゥム辺境伯家の領主館に至っては、威風堂々とした感じの三基の尖塔が、海上からもよく見えたもんである。

 それらを見慣れてるあたしやグラミィからしてみれば、王都にあった富裕な商人の邸宅のように見えてしまうのは……うんまあ、仕方のないことかもしんない。

 寒冷地仕様ってことなのか、窓がこれまたラビュウムの王宮とは比べものになんないくらい小さい上に少ないってことも、グラディウスファーリーっぽくない感じを強めているのだろう。

 閉鎖的すぎて、薄暗くがらんとした館内は、なんというか謎な洋館の中をさまよう系のホラーゲームのようだ。

 ときたま血飛沫がランダムに残っていたりするしね。

 

 シカリウスの説明によれば、テルミニスの一族は、天空の円環へ侵入していた連中だけでなく、こちら側に待機していた部隊まで、突然わけのわからん大爆発に巻き込まてほぼ壊滅したらしい。

 ……あー、やっぱり魔喰ライになったサージの死際に巻き込まれたのか……。

 で、混乱したままとりあえず拠点であるこの領主館まで戻ってこようとした残党はというと。

 もともとテルミニス一族に、傲慢かまされ続けて幾星霜。いいかげん腸が煮えくりかえってた王様が、戦力増強という謀叛準備のような怪しい動きを見過ごすわけもなく。こっそりと送り込まれてた、偵察というより暗殺部隊に近い戦闘能力の高い連中によって掃討された、らしい。

 いやそりゃあ、天空の円環へと主力を押し込んでたどいて館の守りは手薄だったろうし、予期せぬ敗走だったのかもしらんが。侵攻作戦開始したばっかりならばテルミニス一族だって、完全武装だったろうによくやるよ。士気の高低はやっぱり戦闘に大きな影響を与えるもんなんだろうなぁ。


〔掃討ってことは、そのテルミニスの人たちって生き残りは……〕


 まずいないんだろうね。公的には。だって言い換えれば殲滅ってことだもん。

 おまけに、あたしたちが来るのにあわせてシカリウスが配下に調査させたところ――国の暗部をそんなことに使うなとか、なに無駄使いしとんじゃと思わなくもないが――無人となったこの領主館で時折奇妙な物音がするとか、近隣で人影を見たけど崖下の行き止まりで消えたとか、怪しい噂がいろいろ出てきたらしいし。


〔みなさん、ボニーさんのお仲間になっちゃったってことですかそれ〕

 

 ンなこと心話でも言わんでくれなさいよグラミィ。

 あんただって知ってるでしょ。この世界における人々にとって、死が、ひいては死者が畏れの対象にならないわけじゃない。けれどもそれは、海神マリアムの庇護のもとにある者への悼みの念と敬意から来るものだって。

 亡霊話の重さはむこうの世界の比じゃないのだよ。

 

 この世界において、死者が現世をほいほいうろつくなどということはまずありえない。

 ゆえに、そのような異常事態は、海神マリアムの神意をあらわすものと見なされる。

 特に、意思ある死者というのは神の寵愛を得た特別な存在という解釈がされるらしく、おかげであたしも意外と拒絶反応だけを示されることはなかったりするんだけどね。

 その一方で操屍術師(ネクロマンサー)が冷遇されてる原因にもなってるのかもしんない。神の御業を表面的に真似している冒涜者と見なされたなら、ねえ。


 話がそれたが、グラディウスファーリーの人たちも、ランシアインペトゥルスの人たちとほぼ同じ宗教観を持っている。ならば普通は亡霊の仕業どうこうとは考えないし、死者のふりなんてもんもしないはずなのだ。

 それを考えると、怪しい人影ってぇのは、テルミニス一族が壊滅してから、その財産の残滓でもないかとちょろちょろしてる火事場泥棒なんじゃないのかというのが、あたしの推測だ。

 

 いやもちろん、この世界において死んでも生きてる存在ってのはありえないわけじゃないとは思うよ?

 あたしは別にしても、ゲラーデのプーギオの例があるから。

 けれども、彼の場合は別方向でとってもやばい。

 魔術陣が完全に発動してたら、武器じゃどうにもならない血泥相手に、騎士がどうこうできると思えない。たとえ魔術師であってもうかうか近づいてたら、血泥に取り込まれてプーギオ同様、魔術陣の一部になってたかもしらんのだ。

 

 閑話休題。

 貴種流離譚系のお話ならば、こういう一族郎党滅亡シチュエーションって、ピンチはチャンス的盛り上げどころなんだろうね。

 御曹司が乳兄弟や近臣の身代わりで命を拾い、傅役とかの助けでなんとか成人するころには味方を集め、お家再興を誓ったり敵討ちの旅に出たりと艱難辛苦を乗り越えて、最後はめでたしめでたしとなるんだろうけどねー。

 

 ……じつはそういう展開があったらいいのにな、とは、あたしもちらっと考えてる。

 なにせサージの死際大爆発に消し飛ばされたせいで、テルミニス一族の中核にも戦死者(KIA)なのか行方不明者(MIA)なのかすらよくわからんのが何人かいるらしいし。

 公式発表的には生存者ゼロでも、その裏はどうなってることやら。


〔やっぱり!ボニーさんもそう思いますよね!完全バッドエンドってひどすぎって!〕


 は?

 何言ってんの。

 どのくらいスクトゥム帝国がテルミニス一族に影響を及ぼしてたとか、何が目的でランシアインペトゥルスへ侵攻なんてレミングレベルの集団自殺行為をやらかそうとしたかとか、いろいろ聞き出さなきゃいけないことはあるじゃないの。

 情報源は生身で口があるにこしたことはないのだよ。


〔……ほんっとーに、ボニーさんてば、とこっとんボニーさんですよね!〕


 お、おう。

 何にそこまで憤慨してるかわからんが、あたしゃあんたの運命共同体、いつでもスマイルなボニーさんですとも。髑髏の強制笑顔が爽やかかどうかはしらんけどな。


〔……そうでした……〕

 

 なぜそこでがっくりするんだグラミィ。


 肩の骨をすくめた拍子に、シカリウスの目と仮面越しにあたしの眼窩が合った気がした。

 シカリウスはグリグん襲来からこっち、ずっとあたしとグラミィから離れようとはしない。てゆーか部下の統率はいいのか。

 そんなシカリウスに同行している魔術師は、銀髪のスペルヴィウスさんだ。シカリウスと以前からの知り合いなんだろうか、やりとりの端々に気心の知れた感というか、ちょっと気安い感じがある。

 唯一グラディウスファーリー出身であたしたちサイドの魔術師なはずのアルガはというと、シカリウスが睨んでるせいか、ふらふらと数少ない調度品に触れたり、敷物をぺらりとめくったりと気の抜けた行動をとっている。あたしたちと同じ空間にいながらも目立たないように距離を開けてるあたり、いい具合に空気を読んでる。


 あたしが探したい物ははっきりしている。ということは探したいポイントもはっきりしているということだ。

 日記のような私的記録(プライベートメモリー)なら、寝室なんぞの私的空間(プライベートスペース)に置いてある可能性が高いでしょうねとは、事前に相談してみたアルガのアドバイスだ。

 いや、まあ、領主のものに限っていうなら、長時間を過ごす執務室のような場所も確かに隠し場所である可能性は捨てがたいんだけどね。けれど、おそらくそこはたっぷりと捜索された後だろう。隠し帳簿の類いもある可能性は大なんだもん。

 ついでに言うと、今回もとっくにシカリウスの部下たちが突入していった後です。念には念をということらしい。

 そんなわけで、あたしたちは領主だけでなく、その夫人や子供たちの私室を探索することになっている。


 隠し戸棚とか探すのもアルボー以来だなーと、構造解析と隠蔽看破を顕界したところ、アルガ同様遅れてついてきてたもう一人の魔術師さんが、唖然としたようすで固まってしまった。

 どうでもいいですが口を開けっぱなしですよ。錆銅色の髪の端が入りそうだ。

 

「し、シルウェステルどの!どうかこの術式をご教授いただけないでしょうか!詠唱はなんという文言なのでしょう!」


 我に返ったからといって、ぐいぐい詰め寄られてもなぁ。

 構造解析も隠蔽看破も、これ、愛しのマイボディこと生前のシルウェステルさんが開発した新魔術なんですよ。

 あたしも魔術学院にあるシルウェステルさんのお部屋でいろいろ見つけなかったら、誰が作ったかなんて未だに知らなかったんじゃないかと思うけどさ。

 そんなシルウェステルさんの研究成果を、その骨やら身分やらをお借りしてるってだけのあたしが、勝手に他人に、しかも他の地方のおよその国の魔術師に教えていいもんじゃないと思うのよ。

 相手に見て盗めるくらいの腕があって、盗られたんならしょうがないとは思うけれども。


「『申し訳ない、インウィディウスどの。どうやら文言を失念いたしたようにございます。詠唱などしないでおりますのが常ともなりますと、どうも。お恥ずかしい限りです』」

「……さようにございますか」

 

 海路だけでなくカリュプスの港にいる時も、あたしは魔術を使うのを自粛していた。

 船乗りさんたちに刻まれた魔術陣にはそれなりの対抗手段を講じたとはいえ、万が一にでも心臓爆裂転移術式を発動させるわけにはいかないからね。

 けれども、もちろんそれだけであたしがすませるわけがない。夜中にも他の対策をいろいろ考えてましたとも。夜は眠れぬあたしに時間だけは潤沢に与えてくれるのだから。

 考案した中でもこれはいけそうだと思う方法は、このテルミニス領都ドルスムまでの道中でもちょくちょく試してみたりしていた。要は大きな放出魔力を感知させなければいいのだろうというので、顕界する術式の中に魔力を入れておき、すべての術式が構築できたところで魔力を動かすという方法なぞも試していたのだが……、意外とこれが難しい。

 しかもこれ、グラミィに言わせると、術式は感知できるけれども、魔力の動きが感知しづらいせいで、それがどういう構造をしているのかわかりにくくなるそうな。

 そんな副次的効果があるとは驚きだったが、地味に難易度が高いので、もうちょっと練習が必要だろうと構造解析と隠蔽看破を顕界するときにも使ってみたんだが……インウィディウスさんの反応を見ると、術式隠しにもなってんのかもしらんな。

 あたしが通常詠唱もしないし、その文言なんて知らないのもほんとのことなんだけどね。


 引き続き隠し戸棚探しに戻ろうとしたとき、インウィディウスさんの目が一瞬漆黒に染まっていたような気がした。もちろん物理的にそんなことがあるわけないので、たぶんあたしの気のせいだろう。 


 ……ん?なんだこれ?


「いかがなされた、シルウェステルどの」


 シカリウスの声にもかまわず、あたしは意識を集中した。

 端からは、単に立ち止まって空気を撫でているようにしか見えないだろうが、構造解析にひっかかった情報を精査しているんですよこれ。

 ……だけど、こんなんありかなぁ?

 確かに半地下構造のせいで、この領主館は全体的にちょっと背丈が低いのだが、それでもここはあくまで二階だ。

 しかもあたしがひっかかったのは、領主の寝室と、夫人部屋との間という半端な場所だ。

 だが、アルガがタペストリーをぴらっとめくると、その向こうに壁の厚みほどの幅しかない小部屋があらわれた。


「衣装部屋ですかな?」

「のけ。わたしが調べよう」

 

 のぞきこんだアルガを押しのけるように、魔術師の一人が中に踏み込む。


「あ、お気をつけ下さい。罠がしかけてあるかもしれませんので」


 ぼそっと呼びかけたアルガの一言に、黄銅色の髪の魔術師は慌てて戻ってこようとするそぶりを見せたけど、誰もフォローしなかった。

 ちなみにあたしの構造解析では、入り口付近に罠はなかったんだけどね!たぶんだけど!

 んー、だけどこれは……。


 あたしたちはぞろぞろと棟の最奥にある、領主の寝室に踏み込んだ。

 ここも、ものの見事にがらんどうですな。板張りの壁がやけに目につくのだが、あたしはその端っこ、さっきの衣装部屋との境に触れて再度構造解析を顕界した。

 やっぱりこのへんかなぁ?

 壁をぺたぺたと触っていると、アルガがやってきた。


「何か、からくりでもございますか?お調べいたしましょう」


 そんじゃよろしく。構造解析のおかげで、あたしはこの部分だけ岩壁に板を張ったんじゃなくて、木材しか使ってないということだけはわかる。だけど罠の解除とか、やったこともないんですよ。


「お任せ下さい」


 アルガがするりとしゃがみ込むと、懐からよく分からない針金やら金属片やらを取り出して壁に貼りつき……なんと数十秒ぐらいで、がこんと木造の壁が奥に沈み込んでスライドした。

 ……隠し戸棚どころか、隠し扉を見つちゃったみたいだよおい。

 これ、非常用の逃走経路かな?城とは抜け穴があるものだというが、領主館でもそんなものかもしれない。


「しかし……、この扉は、先ほどの衣装部屋に通じるだけのようですね」


 アルガがいう通り、隠し戸から見えるのは長櫃の類いだ。


「確かめてみればよいだろう。さきほどの入り口から一人、ここから一人、別れて入ってみたらどうか」

「ではわたくしが外から回りましょう」

「ルクスリア、頼む」

「では、内側はわたくしが」


 頼んだ、アルガ。


 黄銅色の髪の魔術師の声を合図に、アルガが踏み込む。その後ろ姿をなんとなく見ていた時だった。

 突然耳を聾するばかりの轟音が部屋の外で発生した!

 ってあたしにゃ耳はないけど。どんどん大きくなり近づいてくる地響きに、咄嗟にグラミィを庇って伏せたついでに結界を顕界した。

 大量の空気が動き、舞い上げられた埃が結界にかなりの速さでぶつかり、大音響の振動とともに衝撃が結界を震わせる。

 ……ようやく音が止み、立ち上がったあたしが振り返ると、戸口は大量の木材で埋められていた。


〔これも罠っぽい感じですか?アルガさんか、ルクスリアさんか、どっちかがなんかの仕掛けを発動させちゃった、とか〕


 だね。もしくは両方、なのかもしらんが。


 静かになりかけた外の空気が、足音と人の声でざわついてきた。

 そりゃ、あれだけ大きな音や振動がすれば、同じ建物の中にいるんだもん、何事かと駆けつけてもくるわな。あたしやグラミィみたいな部外者はともかく、シカリウスや魔術師のみなさんもいるんだし。


(骨。なに?)


 ああ、グリグか。まだ屋根の上にいるんだ。

 グリグも驚いたみたいだけど、あたしだって驚いたよ。

 でもだいじょぶ、今のとこ問題ないよー。


(ならいい)

  

 そうこうしている間に、木材の山に近づいてなにやら話しかけていたシカリウスが戻ってきた。


「配下の者によれば、夫人部屋の前まで木材が散乱しているようです。ですが、なに、さしたることはございません。魔術を使わずともすぐに撤去できるだろうとのことにございました」

「『そちらに怪我をなさった方はおられませんでしたか。アルガやルクスリアどのも無事でしたか』」


 グラミィに訊いてもらうと、シカリウスは一瞬目をしばたいたがすぐに頷いた。


「『それは重畳。では、我々も動きませんかな?』」

「……動く、とは?」

「『このまま救い出されるのを漫然と待つのもつまらぬものです。なれば、まずは二人と合流し、部屋を出られるようになるまで探索を続けてはいかがかと』」

「これは」

 

 グラミィの言葉にシカリウスと二人の魔術師は目を見開いた。

 

「なんと豪胆な」

「ですが、確かにシルウェステルどののお言葉にも一理はあります。シカリウス、いかがいたしましょう?」


 問われたシカリウスは一瞬考えたようだった。


「まずは我らも隣室に移動して、二人と合流しよう。話はそれからだ」


 あたしはもちろん、グラミィにも異存はなかった。


 隣の小部屋に移動するだけの隠し戸とか、正直発見したときは痛い無駄ギミックだと思ってた。

 だけど、領主の寝室というのは領主館の最奥にある。

 万が一にも奇襲を受けたら、領主館の中まで侵入してきた敵が目指すのは、おそらく間違いなく最奥だろう。

 それがこっそり納戸チックな、入り口からちょこっとのぞいたくらいじゃ視線が届かないほど、物がたっぷり置いてある隣室へ逃げ込めるとしたらどうだろう。

 一瞬、いや隠し戸を閉ざせば数分ぐらいは敵の目をかいくぐることができるんじゃないかな。

 足止めのようにその両方の入り口を塞げば、稼げる時間はもっと長くなる。

 それは、チェスのキングが起死回生を狙って逃げの一手を打つようなものだ。

 たった一マス。でもさらなる逃走手段につながるものなら、それは反撃の第一歩になるだろう。


 ……だから、アルガ。そんなに身を縮ませなくても、追撃封じの仕掛けを発動させちゃったかもしんないなんて、いちいち咎めたりなんかしませんって。

 ルクスリアさん?

 いや、およその国の魔術師まで叱りつける権限はあたしにゃないわー。

 さくっとシカリウスたちに下駄を預けると、あたしはさらに構造解析と隠蔽看破で遊んでいた。


 どうやら一番最初に構造解析の範囲の端にひっかかったのは、この衣装部屋の最奥にあった脱出孔だったようだ。

 反応が微弱だったのは、領主館を支える厚い岩盤にマスキングされてたせいもあるのかもしれない。

 この衣装部屋自体、盛り上がってた岩盤を取り込んだ形のせいで他の部屋、それこそお隣の寝室などより外壁を薄く構築できているらしく、その厚み部分に脱出孔が隠されているというしかけだったようだ。

 それを伝えると、シカリウスの顎が落っこちたのは予想外だったが。


「それは……まだ発見されていなかったものです」


 おやまあ。

 でも、しょうがないじゃないかな。あたしでもようやく見つけられるくらいだもん、叩いて反響を確認できないような分厚い岩盤相手じゃ手作業での発見は難しかろう。

 寝室から隠し扉経由で入ってくるという手順が必要だったのかもしれないし!

 

〔で、どうします?〕


 そりゃ開けるべきでしょもちろん、未発見脱出孔とか!

 ……あたしじゃ開けられないけど。


「シルウェステルどの。アルガをお借りしても?」


 シカリウスに訊かれて、いけるかとアルガを見れば、彼はしっかりと薄らハゲな頭を頷かせた。


「『ならば、たびたびすまぬが、頼むぞアルガ』」


 グラミィの声に、一瞬シカリウスの口元が動いた気がした。


 もちろんあたしもさぼっちゃいない。

 構造解析でどのあたりになんか仕掛けがあるとグラミィに伝えてもらうと、アルガの手はますます早く動いた。あたしはどんな罠や絡繰りがあるかはわからんが、仕掛けの形や構造だけはわかるんである。

 構造解析&隠蔽看破バンザイ。シルウェステルさんありがとう!


 そして、シカリウスの部下達が木材の山を撤去するより早く、アルガが最後の絡繰りを押し込むと、ほぼ垂直の穴とそこに刻まれた梯子のような急な段が現れたのだった。

 さて、これからどうしましょうか、シカリウス?

 

「……さようですな。確かに助けをただ待つより、我らが今できることをすべきでしょう」


 しばらく考え込んでいたシカリウスも、決断してからは早かった。

 外にいる部下達と打ち合わせを始める。

 そんじゃあたしも、とりあえずは、と。

 

「何をなさいます?!」


 スペルヴィウスさんは驚いたみたいだけど、ピンポン球サイズの火球を放り込んだのは、別に先手必勝先制攻撃ってわけじゃないのよ。敵もいないし。

 

「『確認をと思いまして。悪い空気が溜まっていると困りますので』」

「……ランシアの方にしては、よくご存じでいらっしゃる」


 言い方に棘はあるが、あたしゃ気にしませんよ。

 ここは岩山、しかも鉱山でもないからそうそう有毒ガスなんて溜まっちゃいないだろうけど、酸素が薄いのは困るからねー。主にあたし以外が。


〔もし可燃性ガスが溜まってたらどーすんですか!〕


 あ、それはもうごめんねとしか言いようがないな。

 でもどうしたって確認は必要だし。シカリウスの話によれば、この領主館にあんま価値はないみたいだし。

 ならば爆発が起きたら、それはそれで建物の寿命だったってことで。


〔言い方、軽!積極的すぎるスクラップ&ビルドとかしないでくださいよ!まだあたしたちが中にいる状態でやらかされたら死にますって!〕


 それは……うん、ごめん。

 あたしは素直に謝った。

 グラミィ以外に言われたら、あたしゃ先に失敗してくれたルクスリアさんたちをいじるけどね。

 

 そんじゃあ、シカリウスも戻ってきたことだし。いっちょ探検といきますか!


 アルガに先頭を頼むと、我先に魔術師三人組がその後を追った。その後をあたし、シカリウス、グラミィの順だ。

 すっとろい魔術師に頭の上に落っこちてこられても困るし、さすがのあたしも暗殺が得意な人(シカリウス)をグラミィの後ろにつける気にはならん。順当なとこだろう。

 あたしは歩くついでに構造解析を顕界し、アルガの位置にあわせて火球を移動し続けていた。松明のかわりだ。ちょっと術式をいじったので、火球は蒼白い炎を上げ、けっこう明るく周囲を照らしている。

 半地下一階の倉庫あたりを通り越し、さらに伸びる急な段を降りきると、照らし出されたのは、ずいぶんと整備された通路だった。

 シカリウスによれば、甲冑をつけた人間が一人、走って移動できるくらいの幅があるらしい。

 いくら岩盤に恵まれてるとはいえ、天然石をこうも見事に()り抜いてあるとは、なかなかの技術力だ。天空の円環の維持管理とかに必要な技術なのかもな。それを考えると、けっこうテルミニス一族というのは重要な存在だったかもしらん。

 などといらんことを考えながらてくてくと進むが……行っても行っても見えるものは急な階段と通路ばかり。アルガによれば通路脇の壁にも細工は見当たらず、ただの一本道のようだ。芸のないことおびただしい。


〔いやいや、ただの抜け穴に何を求めてんですかボニーさん!〕


 んー。

 強いて言えば、ロマン?

 

 それは何もあたしばかりのことではないようで、魔術師たちからうんざりしたようなため息が聞こえてくるようになったころのことだった。

 アルガが不意に全員を制止した。


「どうした」

「戸があります。シルウェステルさま、申し訳ありませんが、灯りをお願いいたします」


 よっしゃまかせろ。

 蒼白い火球を二つに増やして影を消してやると、アルガはてきぱきと周辺を確認し、そしてゆっくりと岩戸を押し開けた。


「おぉ……」

「ほお」

「これは……」


 久々に日を浴びた一行から、いっせいに嘆声が漏れた。

 そこは岩棚というより、ちょっとした露台だった。

 ヘリポートよりは狭いがフルーティング城砦の塔の上よりは広いぐらいだろうか。

 何より驚いたのは、王都へ続く道がすべてそこから一望できることだった。

 端近に立てば、すぐ真下を――といっても、一番高いところを通る道からでも100mはあるだろう。低いところだと200m、いや急斜面を滑落すればあっという間に50m100mは高低差に追加されるだろう――何重にも曲がりくねり折り重なった道が通っており、その果ての王都を見やれば王宮がミニチュアのように見える。今にも指先でつまみ上げられそうだ。

 ……なるほど、ここは防壁でもあるのだろう。

 王都からどれほどの大軍が攻め寄せてこようと、ここから岩の一つも転がし落とせば被害甚大間違いなし。おまけに縁付近にまで大岩がごろごろしていて、天然の遮蔽つきな矢狭間にもなっている。

 しかも領主館からの脱出ルートつきときている。

 

 ……。


 ……。


 ……。


 いや。ちょっと待て。

 ここで行き止まりじゃあ、抜け穴の意味がないだろうが。

 そもそもここを防壁として活用するなら、武装兵を配置する必要があるはずだ。

 そんなもん、人一人しか通れないような狭い隠し通路で送り込むか?交代要員を送るったって、あれじゃあローブ姿の魔術師やシカリウスのような軽装の人間だって、ようやくすれ違えるかどうかだ。

 それにどう考えたって、入口の位置的には、通る人間限定通路ですよ。それも領主あたりの主要人物メイン。

 百歩譲って領主専用迎撃矢狭間、脱出ルートつきと考えても、ここからさらに脱出経路がつながってなければ意味がない。


〔ということは……〕

 

 その時、重い金属音が聞こえた。

 一斉に身構える魔術師たちの間から、するすると飛び出したのはアルガだ。音の出たあたりの岩壁に素早く貼りつく。

 そのころになって、ようやくシカリウスの合図に従いだした魔術師たちと一緒に、あたしもグラミィも慌てて手近な岩陰に身を潜めた。

 やがて、アルガのへばりついた近くの岩が動き始めた。

 岩と岩との隙間は大きく広がり戸口となり、そこから大きな荷物を抱えた小柄な人影が一つ、よてよてと出てくる。

 戸口から十分に離れたところで、アルガが人影の背後から躍りかかり、締め上げた!


「い、いやぁーっ!助けて、へんたーい!」

「お、女?!」

  

 一瞬固まったアルガの腕からすり抜け、人影、いや女の子はもと来た道に飛び込もうとして……さらに盛大な悲鳴を上げた。


「きゃーっ、ひ、人魂ーっ!」


 ゆらゆらと、真っ暗な岩穴から出てきたのは……はい、あたしの火球です。

 近づけば熱いから炎だとすぐばれるんだけど、遠目で見れば蒼白いせいで雰囲気だけは抜群である。


 直近で音響爆弾をくらったアルガが復活するより早く、女の子を取り押さえたのは、意外なことにルクスリアさんだった。


「な、何よ、あんたたち!」


 あたしたちも近づくと、目のキツい黒髪の少女はきっと睨んできたが、そんなことで動じるような人間はこの面子にゃおらん。

 それよりあたしは彼女の言葉が気になった。


 この世界、未確認発光低空飛行物体を人魂、つまり死者の魂(アニマーエオリウム)とは呼ばない。死人は地上をふらふらするような存在ではないからだ。

 いや、夜中に光るものについては言い伝えがないわけじゃないのよ。

 けれどもそれは鬼火、愚者の炎(イグニスファトゥス)と呼ばれている。そんな怪しげなもんを追っかけたりするのは無謀な愚か者だという意味だ。

 その正体は沼地の瘴気――それこそ可燃性ガス――に着火したものとか、森精の灯火(ともしび)などと見なされている。

 つまり、この子は。


中身入り(異世界人憑依者)ですか〕


 おそらく。外見的には10歳にもなるかならないかってところだろうが、中身はどうだかわからない。

 つまりそれは、持ってる経験知の深さ広さが、何をしてくるかが、見た目だけでは測れないということでもある。

 ひそかに緊張しながら、あたしたちはシカリウスたちの尋問を見守っていた。

 

「名前は何という」

「……マル」

「マルね。……マリア、マルガリータ、マルゴー」


 女性名の羅列に女の子はぴくりと身をすくませた。


「マルゴー、か。マルゴー・コンシーザコリウス。テルミニスの長の孫娘の従姉妹だったか」

「…………」

 

 喜べグラミィ、公的にはいないことになっているテルミニス一族の生き残りらしいぞ。ずいぶんと遠い親戚みたいだけど。


 ちなみに、貴種流離譚がロマンであって現実的でない理由は単純なもので、ただの戦災孤児は無力だからだ。

 家の力とかバックとかコネを失うって、最初からないのより悲惨だろうな。

 しかも、これが貴種として、旗頭に押し立てるだけの価値があるとか、せめて手勢に加わってたらそれだけで他家からおおっと一目置かれるといったレベルならまだしも。

 ……ただの叛乱豪族レベルじゃなー。

 一族が健在でも財産を受け継ぐ正当性を主張するぐらいにしか役に立たないのに、一族皆殺しの憂き目にあってるんだもん。

 とはいえ、中身入りをここで見つけたのは「じつに、都合が良い」


 ……ちょっと待て。なぜグラミィでもないのにあたしの思考を音声化できる?!

 

「なんだ。もういいのか?ならこれはおれにくれ」

「楽しむのは後にしておけ、クルーデリス。それは知る限りの話を訊きだしてから、道具として存分に使えば良い」


 しぶしぶとうなずいたルクスリアさんだが、いつの間にかその口元はイヤな笑みの形につり上がっていた。

 

「なんのつもりだ、シニストラ!」

 

 シカリウスから鋭い声が飛んだ。それに答えたのは、いつのまにか距離を取り、あたしたちが出てきた隠し戸をぴたりと閉め切っていたスペルヴィウスさんだった。


「なに、脚本を書き換えるだけのことだよ、デクステラ」

「脚本だと……?」

「筋書きはこうだ。ランシアインペトゥルスの侵攻を企てたテルミニスの一族、その生き残りがランシアインペトゥルスの手の者が領内に、しかも根城にまで踏み込んでくるともあれば、黙っているわけがないだろう?我々グラディウスファーリーの手勢が分断されたのを好機とみた生き残りの襲撃は、我らの奮戦虚しくランシアインペトゥルスの使者にも刃を振り下ろす。……そのついでにデクステラ、貴様という尊い犠牲が出るということだ」


 デクステラ?シカリウスのことか。仲間割れをするにしても、無断であたしたちまで巻き込まないでいただこうじゃないか。

 そもそもだ。

 

「やれやれ、こりゃまたずいぶんと雑な仕事の刺客もいたものよ。筋書きも整っておらんが、それにもまして役者もひどい。運に頼って勝ち誇り、事も成さずにぺらぺらとよく喋るとは、……三流以下じゃのぉ」

「黙れ。機を見るに敏という言葉を知らん老耄(おいぼれ)が」

「物は言いようじゃの」


 グラミィが婆笑いで魔術師たちを軽く煽る。その間にあたしはアルガに合図を送り、アルガはシカリウスとともに、じりじりとあたしたちの後ろへと下がった。それでいい。


「よせよせ、安い挑発に乗るなよ、シニストラ」

「ゼイラス。お前こそそいつらを見逃すな」

「は、水に落とした(ラットゥス)も同然だろうに」

 

 インウィディウスさんとスペルヴィウス――いや、ゼイラスとシニストラのやりとりを裂いたのは、シカリウスの悲痛な叫びだった。


「なぜだ。なぜお前が裏切る、シニストラ!」

「お前がオレから奪ったからだよ、デクステラ」

「なに……?」


 シニストラが顔を歪ませた。ほんの一瞬のことだったが、不思議なことに、それはまるで泣き出しそうな子どものように見えた。

 

「双子の兄弟、お前のふりはオレでも十分できる。インブルタイドゥムヘルヴァは玉座に着いた者に従う。つまり、オレのものとなる」

「……ミセリコルデは従わんぞ。無理に使おうとしても自分の手を斬るだけだろう」

「それはどうかな?」


 薄く薄くシニストラはあざ笑った。

 

「お前は確かに手勢をたっぷりと連れてはきた。だが、誰がどこまで本当にお前の味方だと思っている?たやすく分断されたのはなぜだと思う?」


 何も答えずシカリウス――いや、デクステラは右手を握りしめていた。

 

「つまりは、そういうことだ。たとえ従わぬ者がいたとて、それがどうした。使えぬ刃をへし折って、従わぬ民人は皆斬り捨てて、屍の道を往く。それがお前のやりかただろう?」

 

 薄い笑いを変えぬまま、シニストラはあたしたちに目を向けた。

 

「ああ、もちろん、こちらにつくというなら裏切り者でも存分に使ってやろう。そやつらを殺し、安心してこっちへ来るがいい、アルガよ」

「お断りします」


 シカリウスを閂に構えた杖で抑えたまま、アルガは即答した。

 

「異な事を。一度叛いたお前だ、二度も三度も同じ事だろうに?」

「一度叛いたからですよ。それもこれも、すべては魔術師としてわたしなど足元にも及ばぬシルウェステルさまの絶技を拝見したがゆえの帰順」

「愚かだなぁ、アルガ。昔からずっとそうだったが、お前は実に愚かだ」


 こらえきれぬように笑い出したのは、いつの間にか涙目になってる女の子の身体を無遠慮に撫でまわしていたクルーデリスだった。

 ペドフィリア(幼児性愛者)、いやチャイルド・マレスタ(幼児性虐待者)ーかきさま!


「そこの老婆と魔術師二人、息を合わせて複数の魔術を混ぜる手際に見るものはあった。確かにおれも知らぬ術式の使い手とも思わなかった。だが種がばれればそこまでの手品にすぎん。そやつらが死ねば未知なる術式も失われる。ないものが未知なのは当然のこと、手に入らずともしかたがあるまい」


 謎は解けた!みたいに胸張って言われてもなぁ。逆にあたしたちの力をそこまで過小評価しかできないってことが驚きだわ。

 てか、あの顕界方法だとあたしの魔力の異質っぷりにも気づかれないのかね。都合はいいけど。


 会話の間も、じりじりと三人はあたしたちに近づき、あたしたちはじわじわと岩棚の縁へと追い詰められている、ように見えるだろう。


 だが今だ、グラミィ!


 グリグを喚ぶと同時にグラミィに合図を出すと、みるみるうちに周囲が白く霞み、崖っぷちのあたしたちから抜け穴側の魔術師たちへと強風が吹き付けた。 


「なっ!」

 

 あたしの心話に応えてグラミィが顕界したのは、ただの強い風の魔術と細かい砂塵を作り出すものだ。さすがに飛び道具は使えないだろうが、この昼間に姿を完全に隠せるほどでもない。

 だけど、それで十分だ。

 あえて砂塵を作ってもらったのは、もともと風の強いこの地域、しかもこんな岩棚には土は残らないからだけではないが。


「目潰しか、下らん真似を!」

「まとめてここで死ぬがいい!」


 人質をとったクルーデリスはともかく、残りの二人が風に逆らうように近づいてくる。

 よし、もういいよグラミィ。

 

 砂塵が収まり、あたしたちの手前まで近づいてきていた刺客は目を剥いた。

 崖っぷちに立ち竦んでたはずのあたしたちを追い詰めたと思ってたら、あたしたちどころか自分たちまでその先の空中に浮いていたら、そりゃ驚くわなー。


 グラミィに頼んだのはいかにもただの目潰しだ。けれどもただの目潰しを魔術でやってもらい、ハデに魔力を撒き散らしてもらったのは、相手が魔術師だからだ。

 一方あたしはグラミィの術式に隠して結界を顕界し、岩棚に敷き詰めて固定した上でさらに空中へとひきのばしておいた。

 そのままあたしたちがシカリウスたちもろとも後退すれば、彼我の距離を見誤った連中が、射程の短い魔術を武器にするため距離を詰めてくるだろうと読んだ上でのことだ。

 魔力を知覚できる相手には、あたしだってそれなりに仮想上の脳味噌も使いますともそりゃ。

 いやー、おかげでうまくはまったもんだ。あたしの結界の上(領域)にいらっしゃいまし、ようこそ! 

 そんでもって、さようなら。いっぺん逝ってらっしゃいまし!

 親指の骨を立てた握り拳を、くるっと反転すると同時に結界を変形すると、悲鳴の形に口を開けたまま、刺客たちは即席落とし穴へと吸い込まれていった。

 

 目には目を、どころか一発殴られたら、往復ビンタどころかオラオララッシュで叩きのめした挙げ句、追撃で股間にウェイトリフティングのバーベルを縦にぶっこんだげるのが信条のあたしが通りますよっと。

 グラミィたちともども殺しにかかられるとか、仕返しとしてはこのまま崖下までロープレスバンジーしてやってもいいくらいの罪状なのだが、それをやると完全に相手が挽肉になってしまうのだ。

 なのでちょっとやさしめに、嫌がらせレベルに抑えてみました。

 ちゃんと結界で作成したロープをつけたバンジージャンプですよ。

 ただし、ロープに弾力性はありません。元の高さまで自力じゃ戻ってこれない上に、風があるので崖にべちんべちんぶつかり放題ですともさ。

 いや、落下ダメージが打撲ダメージに変わったからってそれで死んでもらっても困るので、一二度結界のクッション越しにぶつかってもらったら、杖を崖下まで落っことさせとくだけだけど。

 そうだ、ついでに両手両足胴体に小粋な装身具(拘束具)を遠隔生成、装着したげよう。

 ほんでもって、登るも降りるもままならない断崖絶壁の途中に、そのまま逆さ貼り付け終了っと。回収は後でいい。


 放出魔力を術式に通したりする魔術の構築は、基本術者の至近距離で行われる。顕界も同じだ。そのため魔術師の攻撃距離は弓で狙撃可能な距離よりも短い。

 あたしやグラミィのように、知覚できればどんだけ離れたところでも顕界でき、攻撃距離が長いというのは、やはりグラディウスファーリーでも珍しいのだろう。

 言ってみれば罠と中距離ぐらいまでの飛び道具しか持ってないこの世界の魔術師と、今みたいに透明な結界越しに視線が通るところならば――互いの視覚を借りたりすれば、当人から視線が通らなくてもなんとかなっちゃいますけど何か?――スナイピングすら可能なあたしたちでは、喧嘩にもなんないのですよ。公言なんぞしてやんないけど。


 さてと。

 今度は、あんたの番ですよ。クルーデリスくん?

 

 ようやく彼我の実力差がわかったのだろう。

 岩棚の上に戻ったあたしたちが近づこうとすると、顔を引きつらせた魔術師はマルゴーを突き飛ばして岩扉を引き開け、ローブを翻して飛び込んだ。

 元来た道を封鎖して、自分は仲間と合流するつもりか?!

 一瞬後を追おうとしたあたしの足の骨を止めたのは、アルガの痛烈な罵声だった。

 

「あの、馬鹿!わざわざ開け放しておいたのにも意味があるのに!」


 言いも果てず。

 扉の奥からどたがらと重量感ある硬い音が続けさまに聞こえてきた。それに紛れるかのように、くぐもった悲鳴か断末魔のようなおそろしい声は、すぐにぷつりと途切れてしまった。

 

「罠か」

「ええ、閉めるのにもいくつか手順を踏む必要がありましてね。戻るときには警告もして、わたくしが一時殿(しんがり)につくつもりでした」


 ……て、撤退経路なら、足止めというか追っ手を潰すための罠があってもおかしかないが、なかなかえげつないな!

 重い音が途切れないとこみると、ひょっとして通路以外詰まってたのって、全部罠用の落石だったりしませんかね?!

 というか……。


〔ボニーさん、これやばくないですか?〕


 衝撃に揺れていた隠し扉も耐えきれなくなったのだろう。とうとう戸板だった岩が外れると、それを粉砕しながら大岩が転がり出てきた!

 咄嗟に左右に飛び別れたあたし、グラミィ、シカリウスと、アルガと女の子の間を、次から次へと轟音とともに岩が雪崩のように押し寄せ、みるみるうちに岩棚を埋めてゆく。


(「『アルガ!その子を守れ!生き延びろ!』」)


 心話を発するついでにグラミィにも叫んでもらい、あたしたちは崖上から結界の上に後退した。

 中身入りの彼女が出てきた穴は特にその後仕掛けらしい仕掛けが発動する様子もなく、二人の後ろに口を開けたままだった。

 あの子は向こう側の仕掛けを知ってたようだし、アルガには結界の魔術陣を渡してある。あそこへ飛び込めば二人はなんとかなるだろう。

 なんともならないのは、むしろあたしたちの方だ。結界を支える崖そのものに(ひび)が入りつつある。これ以上逃げ場はない。


 最後の最後、あたしはグラミィとシカリウスを杖ごと両腕の骨に抱え込み、徹底的に強度と弾性を上げた結界をぐぐっとしなわせた。イメージは飛び込み台の板、いや消しゴムを乗せたプラスチックの定規だ。

 もうこうなったら一蓮托生。

 グラミィ、シカリウスを大人しくさせるのは頼んだ。

 ラームス、魔力あげるから情報処理に手を貸して。

 グリグ、風を教えて。

 こんなとこでそうそう死んでてたまるか!骨だけど!

 

 びし、と結界が跳ね返る。その瞬間、あたしたちは空に飛び出していた。

テイクオフ!


6/1 早速誤字報告をいただきました。ありがとうございます。

訂正しました。

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