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刃の会話

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 テルミニス一族による、ランシアインペトゥルス王国への突然の侵攻。

 それが他人を搭載された(憑依させられた)ためかもしれないとグラミィに伝えてもらうと、アクートゥスさんとシカリウスは困惑したような表情になった。そりゃそうだろう。

 

「見たことのない魔術によって、そのようなことがなされたとおっしゃられても……」


 なんの冗談?って感じかな。

 魔術師ではない人間から見れば、そもそもそんなことができるかどうかすらわかんない。というかいきなり実はと言われても、事実をもとにした巨大な法螺にしか思えなくても当然だろう。

 下手すりゃ魔術師で陣営を固めてきたこっちの出方そのものすら、魔術に疎い人間をおこわにかけようとしてのことと、勘ぐろうと思えば勘ぐれなくもないのだし。

 だけどね。もちろんこっちも、ただそんなことを言い出したわけじゃないのだよ。

 

「証拠はお持ちか」

「『なんのためにシーディスパタの短剣を同道したと思われましたか』」

「……なるほど。シーディスパタでもテルミニスの一族と同じような動きを示した者がいたということですか」

「『短剣のお一人が命を落とされました。中身を入れ替えられて』」


 そうグラミィが告げると、半信半疑というよりほぼ疑いメインだった宰相も暗部の長も、ようやくまともにあたしたちの話に耳を貸そうという気になってくれたらしい。

 別の地方にあるランシアインペトゥルス王国相手ならまだしも、隣国シーディスパタの、しかも短剣の名乗り持ちが巻き込まれたとあっては、それなりに信憑性があると考えたのだろう。

 それでいい。真実混じりの与太話を聞かされていると思ってくれたってかまやしない。別に100%信じろだなんて無理強いすることなどありませんとも。ええ。


「『更に申し上げますと、我らの船を動かす者たちも、ひとたびはこの世ならぬ者に身を乗っ取られたことのある者どもにございます。森精を拉致した者ら数十人を生け捕り、中身を抜き取ることに成功いたしましたゆえ同道いたしました』」

 

 もっと本当のことを付け加えてもらうと、外交に慣れてるはずの宰相さんすらはっきりと顔色を変えた。

 そりゃあ、アクートゥスさん的にも本気でやべえでしょうがこの話。

 森精って、ある意味この世界の人にとっての座敷童みたいなもんですもの。ただし効果範囲はその国や領地レベルの極大サイズ。

 平民たちにとっては下手な悪政領主よりもはるかにありがたい存在で、王侯貴族にとっては肉体持った半神ぐらいには大切な、存在自体が自分たちの統治権の保証となるようなモノ。

 そんな相手に拉致監禁とか集団捕獲とか。そりゃ何してくれとんのってなるわな。

 ただし、森精たちは、たぶん彼らが想像しているような『統治権保証のために帝国内へ拉致された』んじゃなくって、どうやら逆に監視していた堕ちし星(異世界人)たちにうざがられて『帝国より一番遠い辺境とでも思われてたランシアインペトゥルスに廃棄された』っぽいんだが。疫病神以下扱いで。

 そこまで馬鹿正直に言う話でもないから言わないけどね。


星詠む旅人(森精)の拉致とは。確かに聞き捨てなりませんね。詳しい話をお聞かせ願えますか。船乗りたちへの尋問の許しも」


 それはもちろん。だけど釘の一本や二本はぶっすぶすと刺しておかないと。


「『宰相どのは、我らが船を奪われるおつもりでしょうや?』」

「いえ、さようなことは」

「『でしたら、我らが王命を果たすまで――つまり、我らがスクトゥム帝国へ行き、ランシアインペトゥルスに戻るまでは、船を動かす者の身柄を引き渡すことはいたしかねます。たとえ一人たりとも。ですが我々がこの国にいる限り、また我々のいずれかが同席してという条件をお守りいただけるのでしたら聞き取りに協力させましょう』」


 確かに船乗りさんたちに対し、今でも警戒は抜けない。トルクプッパさんとエミサリウスさんをカリュプスの港に置いてきたのにも、彼らの監視役という意味合いが強い。

 だけど、何度も繰り返すようだが、彼らもまた被害者なのだ。

 身柄を問答無用で拘束の上、尋問という名の拷問を強行するとかされては困るのよ。

 ……いやまあ普通ならまずやらんと思うよそんなこと。万が一実行されたら、使節団(こっち)の体面的丸つぶれもいいとこな大問題ですもの。

 だけど、シカリウスってばあたしたちの目の前で、正々堂々アルガを正面切って暗殺しようとしてくれやがりなさったりしたもんなー……。一国の暗部の長としていろいろとどうなんだそれは。


〔じゃあ、ボニーさんは船乗りさんたちをどうしようと思ってるんですか?〕


 搭載されてた星屑野郎(デッドコピー人格)たちは追い出したげたんだもの、最終的には彼らを故郷に戻し、本業の日常生活に戻してやりたいと思ってる。わりと本気で。

 だから、シカリウスに伝えることにはこう付け加えてもらおうじゃないの。


「『彼らとの雇用契約は、我々がランシアインペトゥルスまで戻ったところで終了いたします。そこから先は、どうぞご随意に』」


 期限をあらかじめ切っておいて見せれば、多少の譲歩は引き出せるだろう。

 いきなり牙を剥いてみせたとはいえ、シカリウスだって曲がりなりにも人の上に立つ身だ、『待て』ができないほど堪え性がないとも思えない。

 それにね。

 刺青しながら緊張ほぐしのトークついでにグラミィに聞きだしてもらったけど、船乗りさんたちのほとんどはグラディウス地方出身だったのだ。ま、スクトゥム地方の人間も多少はいたけど。

 だったら糾問使のお仕事終了後まで、船乗りのみなさんをランシアインペトゥルスに束縛しておくわけにはいかないだろうでしょうよ。

 ならグラディウスファーリーに引き取ってくんないかなあという受け皿要請気分もないわけじゃないのです。

 どれもこれも山盛り満載な問題を一段落つけてからですがね。

 

 彼らの身に刻まれていた魔術陣について話すと、宰相さんとシカリウスは頭を抱えた。

 ここまで露骨に困った様子を彼らが見せるのは初めてかもしんない。だけどそんなレア姿も当然だろう。

 いつでも大量に兵士を送り込めるどこでもドア、ただし人間の血肉と魂で構成される地獄門なんてヤバい仕掛けがされたままとか。

 

 真面目な話、船乗りさんたちに刻まれてる魔術陣というのは、一般人どころか生半可な魔術師にも解読不能だろう。

 というか、発見することすら困難なことは想像に難くない。当初のあたしたちのように。 

 ベーブラで彼らを捕獲した直後、あたしは彼らの身体を探りまくった。

 いくら武装解除メインとはいえ、あの時あたしは船乗りさんたちに仕込まれた魔術陣を見つけられなかった。

 理由は単純、生身に直接彫り込まれてるとは思ってなかったからだ。


 それまであたしが知っていた魔術陣といえば、愛しのマイボディこと生前のシルウェステルさんが作成した、複数枚の布を土台に、含有魔力の高い糸状の何かで三次元的に構築したものとか。あたしが剣の刀身に刻んだ一回こっきり使い捨てのものとか、あと投石代わりに使われるようなものとか。

 つまりは、素材も込みでかなりかさばるものばっかりだったのだ。

 大きさだけじゃなくって厚みのあるブツというのは、隠し持つのがけっこう難しい。人体よりも持ち物に仕込む方が確実ではある。

 もちろん身体に何か隠している場合も想定はしたんだけどね。隠すとしたら結い上げた髪の中とか、黄門様(尻の穴)とか胃袋とかじゃないかなーと思ってた。

 よほど切羽詰まった状態でなら、傷口に押し込むという方法もないわけじゃないから、傷跡も探してはいた。

 ただし、大きさに比べて深いもの、ぼこっと盛り上がったり膨れあがったりしているような異常のあるものを。

 まさか皮膚の上に、薄く大きく色のない刺青で隠し込まれてたとはねー……。

 

 つくづく失敗だった、あれは。

 どんな場合にも思い込みに左右されてはいかんということを思い知らされた。

だがもう同じ失敗は繰り返さない。ようにしなければならない。

 あたしやグラミィが堕ちし星(異世界人)ならではの先入観に振り回されてるのならば、同じ先入観を持たない目を増やす必要がある。

 と、いうわけで。

 

「『わたくしどもも、このように人体に彫り込まれた魔術陣など初めて見たもので。正直手詰まりではあるのです。この国の.魔術師の方とも、なにかしらお話ができれば、よい解決策を導き出せるのではないのかと考えております』」


 魔術学院との技術交流させてくださいと、まずは要求一つ目を突きつけてみた。

 いやマジで大事なのよこれ。

 船乗りさんたちに仕込まれた魔術陣は、例の胸に刻まれた心臓爆裂転移術式のものと、身体強化効果のある空虚なもの、皮膚に彫り込まれた二種類だけは、ほぼ完全に解析が終了している。

 けれども、どうやら体内に刻まれているとおぼしき術式は、まだ、まったく見えない。

 ゲラーデのプーギオを取り込んだ、あの複数人の血肉で描き出される大量転移術式だけじゃない。森精のペルに刻まれていたいくつかの術式もだ。

 わずかながらもわかったことは、どうやらそれらが通常時は圧縮されたデータ状態というか無活動状態にあるらしいこと。

 その状態では当人の魔力(マナ)をほとんど消費しないらしく、術式を仕掛けられた人間が生死に関わるような状況になったときに、術式として解凍されるというか、アクティブになるんだろう、ということ。

 

 だけど、どうやって刻んだのかとか、どこをどうして解凍されるのかとかはまるでわからないというね。

 ここまで来る間の国々でもいろいろ調べてきたんだが、それ以上はどうにも(かんば)しい結果は出なかったのだ。

 

 魔術陣の構築だけについて言うならば、ジュラニツハスタはたぶん、かなりの数の研究者を抱えてるんだと思う。

 なにせいくら魔術師としても規格外とはいえ、あのアルベルトゥスくんの出身地だ。高度な魔術理論が出てくる土壌はばっちりだろう。

 あのむっちゃ奥歯に物が挟まった感じからすると、いろいろ秘匿事項も多そうだしね。期待してますとも。

 

 一方、シーディスパタはというと。一応国である以上は、船主たちが合同で運営する魔術学院のような施設があるにはあるんだそうだが……。

 ランシアインペトゥルスのそれが、エリート風味を寄せ集めた国立全寮制幼小中高大一貫校だとすると、シーディスパタのそれは、寺子屋というより高齢者&幼児の預かり施設に近いらしい。数人の魔術師ローブ姿のお年寄りが、小さい子をニコニコ面倒見てるような感じ。

 ま、子どもたちの魔術暴発はほとんど起きたことないみたいだから、それはそれでシステムとしてはうまくいっているのだろう。

 けれども船主のみなさんは基本魔術なにそれうまいのレベルだとか。

 魔術師を戦力として管理しようとか、便利に使うための技術開発にいっちょかみしようとか、そういう雰囲気ゼロ、というのは、アルガといっしょに上陸して船主さんたちに挨拶してくれたクランクさんの感想だった。

 これ、国力の問題だけじゃなくって、人口の問題もあるんだと思う。母数集団が少ないから魔術師の素質である放出魔力の大きな子というのが生まれにくい。そんないつ出てくるかもわかんない素質持ちの発現を待ってらんないということもあるんじゃないだろうかとは、個人的な推測である。

 ちなみに、成長した魔術師の卵ちゃんたちはどうなるのかとアルガに訊いてみたら、読み書き計算の基礎は叩き込まれるし、ちゃんと確実に風の呼べる呪術師(シャーマン)的な扱いがされてるとか。船の上では真水を供給できるとあって、ある程度船乗りさんからも重宝がられてはいるようだが。

 そんな扱いに満足している卵ちゃんばかりではないようだ。

 他の国に比べ、魔術師に対する縛りがゆるいせいか、より魔術師としての研鑽に務めようという人は、シーディスパタの外に出て行くこともないわけではないらしいけど。

 ……それ、ちゃんとまた戻ってくるのかねえ?


 逆に言うなら、グラディウス地方で領地が一番広大で、人口もそこそこいるらしいグラディウスファーリーの魔術学院にはそこそこ期待が持てる。少なくともシーディスパタよりもましだろう。

 地理的な要因も期待値高めの理由だ。

 グラディウスファーリーは、シーディスパタよりもスクトゥム帝国に近い。海伝いだとクラウィケッシンゲルなどといった小国を挟んでの交流になるようだが、ランシア山の円環の道伝いというルートだってあるのだ。どのくらいスクトゥムの魔術師が国に管理されてるかは知らないが、術式の知識や技術がまったく流出しないということはない。だろう。たぶん。

 どうせだったら、だだ漏らしルートとかこっそり開設しててくれないかなー。

 儚い望みだけど、個人的には、蘇生に関しての知識もぜひとも希望したい。


〔我欲混じりですかボニーさん。ちっさー……〕


 なんだよう。

 あたしゃとことん私利私欲で動いてますよもちろん。

 

 それにね、アルガ見りゃわかるでしょ。この国の魔術師は有能だ。

 魔術学院に入り込めれば、そんな魔術師を鍛え上げる教育プログラムを、わずかなりとも垣間見られるんじゃなかろうか、という下心だってありますよ。

 無駄に王サマに祀り上げられた名誉導師でも、コッシニアさんたちの立場を考えるなら武器はいくつあったっていい。そして知識は武器なのだ。

 だって、アルガってば魔術体術だけじゃない、それなりに魔術師の杖や隠し短剣を物理的に使う程度には、武術の心得もあるようなんだもん。

 攻撃系に偏ってるのは、まあ、任務が任務だからあれだし、魔喰ライにでもなられたら途轍もなくめんどくさくも手強い相手になりそうだけども。

  

 だからといって、グラディウスファーリーの魔術学院が、魔術研究に力を入れてるかというと……4対6、いや3対7ぐらいで、ないだろうなとは思ってる。

 魔術陣の圧縮技術とか、スクトゥム帝国に対抗できるような術式の開発が進んでるかは、個々の魔術師の攻撃能力の高さとは別もんだし。蘇生なんて需要は高いだろうけど、実現可能性はめっさ低くて、コストが技術開発に絞っただけでもどれだけかかるかもわからないような術式なんてもん、誰が研究するかなと。

 

 だから、あたしがここの魔術学院の方々にしてほしいのは、実現可能性の低すぎる個人的な儚い望みをかなえてくれなさいってことじゃない。『スクトゥム帝国への警戒と耐性づくり』だったりする。

 ぶっちゃけシカリウスやアクートゥスさんにまで中の人を入れられたら大問題なんですよこっちも。万一スクトゥム帝国から逃げ出さねばならない場合、やれやれグラディウス地方まで逃げ切れた、と思ったら挟み撃ちにされました、という事態になるのはとっても怖い。


「なるほど、ご要望はもっとも」


 うなずいた宰相さんの隣で、なにやら考え込んでいたシカリウスが眼を上げた。

 

「一つシルウェステルどのに伺いたい」

「『いかなることにございましょうか、シカリウスどの』」

「テルミニスの一族は、別の人間に乗っ取られたおそれがあるとおっしゃいましたな。ならば、スクトゥム帝国からの関与を受けねば、テルミニスは動かなかったとお考えにはなりませんでしたか」


 あたしはしばらく考えた。


「『どのようにお答えすればご満足ですかな、シカリウスどの』」

「とは?」

「『テルミニスの一族について、わたくしが存じておりますことは、ただいまお二方が(つまび)らかにご説明くださいましたことのみにございます』」


 あたしはシカリウスの放出魔力を見つめた。

 表情こそうまく押さえ込んでいるが、考え込んでいた時からじわじわと大きくなりつつある、彼の感情は――『怒り』だ。

 そらまあそうだよねえ。

 自国民が、他国にいつの間にか洗脳とか骨抜きにされてたどころか別人格搭載させられてたとか。

 さらに別の国を攻撃する道具に使われてたとか。

 本当ならば黒幕マジ許さん一択でしょうよ。

 グラディウスファーリーの王様的には、ただ臣下が離叛したという実害だけじゃない。表面的とはいえ、曲がりなりにも国の君主として自分を認めてたはずの一族が、あっさりと乗り換えて別の相手に従ってたとかね。主君としての面子もバッキバキに傷つけられて当然だ。

 だけどね。それ、逃がした魚は大きかったかという恨み節が籠もっちゃいませんかね?


「『彼らがランシアインペトゥルス王国へ侵略せんとし、その多くが帰ることのなかったは事実にございましょう。なれど、それが別の人間に乗っ取られたがため、スクトゥム帝国の尖兵として頤使(いし)されたがため、とは、今はまだ、ただの推測にございます。彼らが正気のままであったならば、今もってグラディウスファーリー王のよき臣下として忠誠をお誓いしていたかまでは、さだかではございますまい』」

 

 ええそうなんです。テルミニスの一族は最初っからグラディウスファーリーの王様を舐めてた。これははっきりとシカリウスさん本人が言ってたことだ。重代の忠臣が手のひら返ししたわけじゃないんです。

 

「『厄介な大岩を転がし落とした者はおそらくおりましたでしょう。なれど、大岩は大岩。たとえ転がし落とす者がいなくとも、やはり道を塞げば邪魔となりましょうし、肥沃な土の塊となすにしても、まずは細かく打ち砕き、(ふるい)にかけねばならぬものかと』」


 意訳:スクトゥム帝国のちょっかいがなくっても、やっぱりテルミニス一族は国内の頭痛の種だったはず。そして下手すりゃ内乱の火種になりかねなかったんじゃないのかね。あれだけの戦力が国内に向いてたら、ちょっとヤバかったはずでしょうに。


 そう、もし搭載されてた堕ちし星(異世界人)たちをひっこぬけてたとしてもだ。

 それでテルミニスの一族がグラディウスファーリーの王へ感謝し心から服従するようになるかといえば、まずないだろうというのがあたしの読みだ。


〔……ボニーさんは、グラディウスファーリーの人たちにスクトゥム帝国を憎んでほしいんですか、受け入れてほしいんですか。どっちなんですか?〕


 警戒してほしい。それがあたしの答えだ。

 テルミニスを裏切らせたというか、星屑野郎たちを搭載させたスクトゥム帝国を、彼らグラディウスファーリーの人間が、憎むも怒るも当然のことでしょうよ。

 だけど、激しい憎悪も憤怒もスクトゥム帝国の皇帝サマ御一行が計算にいれていたら、今度はいったいどうなることやら。


〔……つまり、ボニーさん的には、『運営』たちが、テルミニス一族をランシアインペトゥルス王国に突撃させたのが自分たちだということが、グラディウスファーリー側にばれてもいいと思ってるんじゃないかと。というかむしろその情報を撒き餌にしてなにか企んでると思ってる、ってことですか?〕


 可能性としてはゼロじゃないと思うの。

 一番単純なところで考えるなら、ガワの人調達とかね。

 怒り心頭、下手にシカリウスあたりが暗部をスクトゥム帝国へ突っ込ませて、それがみーんな星屑野郎を搭載されて帰ってきてみ?

 グラディウスファーリーの目は完全に狂わされるだろう。

 誤情報に従って、グラディウスファーリーがスクトゥム帝国侵攻なんて、馬鹿げた手に出てみてごらんな。ガワの人候補いらっしゃいまし大歓迎!ってなもんよ?

 どんな大惨事が発生するか目も当てられないでしょうが。


〔単純にグラディウスファーリー全部がガワにされたと考えても……スクトゥム帝国がグラディウス地方まで併呑した状態になるようなものですよね。かなり怖いですねそれ〕

 

 しかも、このあたしのいいかげんな推測が当たっててみ?

 表面上、先制攻撃で他国を攻めたのはグラディウスファーリーで、グラディウスファーリーは半年前にもランシアインペトゥルス王国にも侵攻している。

 グラディウスファーリーは宣戦布告もなく他国を攻めるような好戦的な国、という性格づけが、たいして印象操作をしなくてもできてしまうのだ。

 つまりそれは、『運営』にとって、『悪役』の役割を振ることができる、いい手駒を入手するという意味もできるだろう。

 なにせ危険になってきたら簡単にトカゲの尻尾切りができるんだから。

 

「『いずれにせよ、ここで推論を積み重ねても(らち)が明きませぬ。そこで、今ひとつお願いがございます』」


 不審そうに見る彼らに二つ目の要求だ。

 

「『テルミニスの領地へ足を踏み入れることをお許し願いたい。なにとぞ、御裁可を』」


 グラミィの声にあわせて、あたしは深々と魔術師の礼――ではなく、使節団の一員にふさわしく、貴族としての礼をとった。


 で、これ、何が目的かというと、物証探しである。

 他地方の他国相手にとはいえ、国王に無断で兵を動かした離叛者一族の領地なんてもん、たぶんそのまんまにしておくわけにもいかないだろう。住む人のいなくなった田舎の実家じゃないんだから。

 シカリウスがというか、王の手の者がとっくに漁ってるだろうとは思う。

 でもね、たぶん、彼らとあたしたちの視点は違う。

 グラディウスファーリーの王の臣下は『どのような政治的軍事的策謀があったか』を明らかにするためということで調べているんじゃなかろうか。

 あとルンピートゥルアンサ副伯爵家の家宅捜索――ってなんか変な響きだな、領主館捜索といえばいいのか?――の時を考えると、今後の領地経営に必要だからって税収その他いろんな管理簿とかを探してたような気がする。

 つまり、政治的経済的なもの以外の物証には手を付けられていない可能性があるのだ。

 

 あたしが探したいのは、彼らがとりこぼしたものだ。

 たとえば誅殺された人間の遺体。

 ……あたしだってスプラッタ物体なんぞ間近で見たくもないけどさあ!

 それでも、体内に仕込まれた魔術陣を発動しないまま死亡した人間がいたならば、その遺体からわかることもあるだろう。

 たとえば日記。

 いつどういう状態でスクトゥム帝国関係者がテルミニスの一族に接近し、取り入った、というかスクトゥム帝国に取り込まれ、星屑野郎たちを搭載されたのか、とか。どんな中の人が入れられたかとかが読み解ければ、かなり助かる。

 グラディウスファーリー側も日記ぐらいは目を通しただろうが、搭載された星屑たちが『日本語』で書き残してる可能性もあるんじゃないかとあたしは睨んでる。

 ガワの人狩りしてたリセマラ密偵さんみたく。

 こっちの世界の言葉じゃない言語をセキュリティのつもりで使うというのは悪い手ではない。知らなきゃ意味不明な落書きにしか見えないだろうし、暗号解読の手法を使おうにも、日本語はカタカナひらがな漢字と三種類の文字を使ってる。真っ正面から取り組んでも解読難易度はめちゃくちゃ高いだろうね。

 どっちも、直接見なければわからないことばかりだ。

 

「なんのために、そこまでなさるのですか」

「『騒動に巻き込まれた身といたしましては、いったい何が起きたのか、どうしたらよいのかを知りたい。ただそればかりにございます』」


 どうしようもなく本当のことですよ。

 スクトゥム帝国がグラディウスファーリーからテルミニス一族をランシアインペトゥルス王国へとけしかけてきたのだとすれば、その理由は何か。

 その時あたしやグラミィがランシア山麓、というかフルーティング城砦にいたのは偶然だったのか。

 必然だったのならば、スクトゥム帝国はあたしたちに敵対してきたのか、それともあたしたちの身柄を抑えたくてこの世界の人々の命と血を浪費したのか。

 なぜスクトゥム帝国はペルたち森精を突然拘束したのか。

 直接ランシアインペトゥルスへ送り込んできたのは船乗りさんたちや三人組といった非正規兵っぽいポジションの少人数なのは、今後大軍を送り込むための下調べだからなのか。

 そもそも彼らスクトゥム帝国は本当に全員転生者なのか、そう自己認識しているだけなのか。あたしが存在を仮定している『運営』は本当にいるのか、その目的はなんなのか。

 そして、あたしやグラミィは、なぜここにいるのか。


「お気持ちはごもっとも。されど「よいではありませんか」」


 ……いいのかこれ。宰相さんの言葉を暗部の長がぶった切るとか。


「ただし、条件をいくつかおつけしましょう。ランシアインペトゥルスの方々のみをテルミニスの領地へ入れることはいたしかねます」

  

 あたしは即座にかっくり頷いた。

 グラディウスファーリー側の人間にもかませろというのは、どうぞどうぞ。というかむしろハゲしく喜んでー!

 問題はあたし一人じゃ抱え込むには大きすぎるし、重すぎる。


「使節団のみなさますべてを同道されることもおやめください」


 そのまんまランシア山を登ってランシアインペトゥルスへ逃げ帰られたら困るから、かな。

 こっちも船乗りさんたちやシーディスパタの二人を置いてくわけにもいかないから、いいけど。


「テルミニスの領地で見いだされたものは我々にもお知らせ願いたく」


 情報共有しろと。それはこっちからお願いしたいことですとも。

 あたしたちじゃ処理できない情報だってあるだろうし。


「御理解いただきまして幸いにございます。それではしばしお待ちいただきますよう。この後は魔術師の束ねたる者を同席させた方が話が進みましょう。表向きの話にはシーディスパタの方々にも加わっていただくべきかと」


 失礼いたしますと両手を胸の前で組む、ちょっと変わった礼をすると、シカリウスはすっと奥の戸口から出ていった。

 その後ろ姿が消えた途端、宰相さんはふかぶかと重たい息を吐いた。


 ……なんかいろいろお疲れさまです。

 後でタクススさんの薬草でも送ったげようかな。クランクさんに相談してみよう。

グラディウスファーリーという国名には「剣の会話」という意味をしのばせてあります。

剣の打ち合いのことなんですが、骨っ子たちはランシアインペトゥルス側に立っているので剣ではなく槍なんですよねー。

いろいろ鋭いものを潜ませながらの陰険漫才、剣戟の響きぽくもあるかなという内容でした。

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