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草と影

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 グラディウスファーリーの港、カリュプスに入った直後、この港を管轄するというコントラポンデス太守の使いがやってきた。

 ランシアインペトゥルス王国使臣の証を掲げて入港した船へ、港の管理者から接触してくるこの情景は、ジュラニツハスタでも、シーディスパタでも見てきたことだ。

 なので、こちらの対応も慣れたもの。

 あたしたちがランシアインペトゥルス王国からスクトゥム帝国へ向かう使節団であること、グラディウスファーリー王への書状があることなどを、さくっと男装した――といっても道中やってたむさいおっさん戦士な格好じゃなくって文官スタイル、ってかエミサリウスさんの着替えを分捕った――トルクプッパさんがキビキビと説明して、エミサリウスさんが作成した外交文書を渡すと、しばし迎賓館でお寛ぎくださいと言われる。

 むしろここまでが外交第一段階ワンセットだ。渚に打ち上げられたクラゲよりもくってりと伸びきっていたクランクさんが、船から降ろされた途端、みるみるうちにしゃっきりするという劇的ビフォーアフターも含めて。

 ちょっとしたバリエーション違いとしては、シーディスパタからの使者が同道していることだろうか。


「ほんとに今からこんな肩の凝るような格好をしなけりゃなんねんですかねぇ。息が詰まらぁ」

「観念なさい、クルテルどの。これも御自分で引き受けたことではないですか」


 さっきまでの醜態はどこへやら。いつもの魔術師のローブでなく、ぴしっとした貴族の正装に身を包んだクランクさんは、船酔いなんてしたことありませんという笑顔で軽く突っ込んだ。

 みるみるうちにうんざり顔になったクルテルくんの様子に、お目付役だというノワークラさんがクシシと笑う。


 今こそきちんとした格好をしているが、クルテルくんてば、ゲラーデで初めて顔と頭蓋骨を合わせた時には、よくある船乗りのかっこ――薄地、つまりすぐに乾くし脱ぎやすい船乗り特有の服に、いい加減に紐で束ねた汚れた金髪という出で立ちで、なんだかひどくプーギオを思い出してしまったものだ。

 彼もまた短剣の名乗りを持つ、つまりシーディスパタではそこそこ有力者の子息の一人だ。

 国力的にはちょっと劣るが、ランシアインペトゥルス王国的に言うならば、伯爵以上の上級貴族の子息――子爵ぐらいの立場でしょうとはアルガの解説だった。

 それを聞いてからは、ある意味身分的には同等と言える身分のクランクさんが何かと絡みに行くのだが、……勇気は評価するけど無謀だろうと個人的には思っている。

 なにせ15、6ぐらいのクルテルくんと22、3のクランクさんは、傍から見ていてもどうにもあわないのだ。

 年の差のせいだけじゃない。

 かたや船に乗ったら偉いのは腕の立つやつ、嵐の最中に身分をどうこう言ってたら死ねるという船乗り気質のクルテルくん、かたや変人気質とはいえ子爵としてそこそこ大事がられてきていたクランクさんだ。これまで積んできた経験も物事に対する視点も、何もかも違っていて当然だろう。

 それぞれの口から出る言葉も、粗雑な口調ながらもざっかけなく率直なものと、超高度な社交的プロトコルに満ち満ちた、裏に裏を重ねた心理戦の成果だったりするわけだし。

 それでも険悪にもならずに彼らが会話できているのは、それぞれの使節団の顔として、また一族の体面をしょってこの場に立っているという上に立つ者の責任感と、魔術師なんだから杖を持っときなさいよと押しつけたげたアルガの存在のおかげだとあたしは睨んでる。


 魔術師として長の年月を過ごしてきたというわりには、意外とアルガは今でも海の男の心情というものをよく心得ている。

 おかげで、アルガはいつの間にやら、星屑野郎(デッドコピー人格)たちのガワの人にされていた船乗りさんたちとも、なんだかんだと仲良くなっていた。あたしやグラミィを船乗りさんたちが無駄に怖がらなくなってくれたのは、悪くないおまけだ。 

 グラディウスファーリーでの折衝ごとでも、アルガが地元民ならではの活躍をしてくれたのはこちらの狙いどおりだったが、まさかするすると船主までシームレスにつないでくれるとは思わなかった。

 言えないことの多すぎる身としては、うまくクランクさんがアルガからもろもろ折衝を引き継いでくれて、本当に助かったものだ。


 コントラポンデス太守の家臣な人に、迎賓館の用意ができましたと案内されたのは、でかめのコテージのような木造の建物だった。

 館というにはあまりにもこぢんまりしてると思うのは、あたしの感覚もだいぶこっちの世界に毒されてきてるんだろうなー。

 クランクさんは、表情にこそ出てはいないが、放出魔力(マナ)から間接的に感情のわかるあたしが見れば、グラディウス地方に入ってからこっち、ずっと戸惑いっぱなしだというのがよくわかる。貴族の邸宅といえば石造りというイメージがどうにも抜けないんだろう。

 

 クルテルくんとノワークラさんを交えて、あたしたちはさくさくと打ち合わせをした。その場でもアルガはあれこれと物事をスムーズに運ぶために裏方に回ってくれた。

 あ、いつもだったら率先して動いてくれるエミサリウスさんとトルクプッパさんは、船に置いてきました。船乗りさんたちのお目付役ってことで。

 

 しっかし、折衝関係はずいぶんとアルガに助けられているものだ。

 アルガが平民目線ならではの橋渡しをして、その上を悠々と渡ったクランクさんがトップとの折衝を行う。この体制が動き出してから、あたしたち一行と各国との外交はかなりうまくいっている。

 ジュラニツハスタでは、アルガが地元民(ジモティ)な人たちに気さくな魔術師のふりで声をかけ、その一方でクランクさんが王宮と交渉をしていた。

 ランシアインペトゥルス王国に人質ポジションで身柄をお預かりしている、デキムス王子の直筆のお手紙も外務卿殿下の親書ともどもお渡ししたいのですがと慇懃にお貴族さんに話を通したら、王宮から使者がすっとんできたりしてたもんなー。


〔その心は、『人質を忘れさせない』ですか?〕


 さーてね。

 というか、その表現は人聞きが悪い。

 あくまでもここは『デキムスくんのお願いを聞いて、お手紙を預かってきた侍講の一人、公私混同するほど甘くて優しいシルウェステル・ランシピウス名誉導師の善意』ぐらいに変換しておきなさい。

 

 ――もちろん、デキムスくんのお使いを受けたのには、ランシアインペトゥルス王国側のメリットを考えて、シルウェステルさんの立場を保全する思惑もあってのことだ。

 たとえば、アルベルトゥスくんの存在をちらつかせながら、マレアキュリス廃砦に散乱していた両国の戦士たちの遺骨は埋葬しました報告をするとか。

 これ、意訳すれば、そっちの国の人間の手を借りてきちんと戦没者を弔いました。なので、遺骨収集とか弔問団とか、なんか口実つけて踏み込もうとするんなら受けて立ちますよ、こっちにはデキムス王子以外にも人質になりそうな人間はいるんですから、的な内容になるかも知らんが、そこまではあたしも知ったこっちゃありません。深読みするのはジュラニツハスタの勝手というわけだ。

 あたしが情報を渡したら、クランクさんてば相手をうまーく動揺させていろいろ交渉を有利に運んでたみたいだけどね。

 いやー、貴族の外交ってばエグいわー。

 

〔諸悪の根源が何を他人事みたいに……〕


 はっはっは。

 だってコールナーの庭先に、無関係者なんて入れたくないじゃん?


〔なんですかその利己的な理由は……〕


 なにをおっしゃる。あたしは大義名分では動かない。徹頭徹尾、私利私欲だけで動いてますとも!


〔開き直らないでくださいー!〕


 ちなみにアルベルトゥスくんの存在をちらつかせるだけで、身柄を完全公表しないのは、下手するとジュラニツハスタがアルベルトゥスくんの親兄弟その他係累を握った上で、彼にスパイをやれと脅しをかけてこないとも限らないからだとか。

 とはいえ、アルベルトゥスくん本人から聞いた話では、彼は孤児だったというし、マレアキュリス廃砦での戦いでもかなりの戦死者が出たそうなので、あたしたちがちらつかせた情報程度で、ジュラニツハスタがアルベルトゥスくんの素性をピンポイントで掴めるかはかなり難しいだろうとは、クウィントゥス殿下のお言葉でした。

 てゆーかそもそもマレアキュリス廃砦は現在進行形でコールナーの寝床になってるんだし、あの湿地を生きて往復できるかというと、よほどきちんとした準備が必要になるだろう。でも大人数のバックアップが必要な国境侵犯って、とってもよく目立つと思うんだよねー。

 結論、あたしたちはたぶんほっといてもよろしかろう。あとは暗部のみなさんのお仕事です。

 

 その一方で、堕ちし星(異世界人)としての思惑でも、こっそりあたしたちは動いていたりする。

 ジュラニツハスタの中でも友好関係が結べそうな相手の洗い出しを、グラミィがウィキア豆を使ってやってたりとかね。

 最悪王サマやテルティウス殿下といった王族があたしたちの敵に回った場合から、スクトゥム帝国とやらかすかもしれない戦争まで、要因はいろいろあるが、国外にあたしたち独自の伝手を持っておくのって、たぶん大事なことだとあたしは考えてる。

 もちろん、どうせトルクプッパさんたちの目から逃れられるとは思ってないので、最終的にはぜーんぶテルティウス殿下やマクシムスさんやら王サマたちにも筒抜けになる情報だろうし、あたしたちだってここまで来たら、ランシアインペトゥルス王国から逃げだそうという気は今のところそう強くはない。

 だけど、手はいくつあっても多すぎるということはないだろうということでね。備えです備え。


 そんなわけで同じようなことを、あたしたちはグラディウス地方に入ってからもずっと繰り返してきた。

 シーディスパタでプーギオの死をアルガに報せに行ってもらったのも、その一環だ。

 

〔……プーギオさんが亡くなったのは、ボニーさんのせいじゃないですよー〕


 ありがとグラミィ。

 

 確かに、彼のことは、あたしだけのせいじゃない。

 だけど、あたしは彼に搭載されてた星屑野郎を問答無用で捕らえた。逃げるには死に戻りしかないと、名前も知らない星屑に自死の決断をさせる大きな要因となったのは、間違いなくあたしだ。

 あんな転移術式が仕込まれていることに気づけなかったのも、あたしの失策だ。

 自爆するような術式の発動を失敗させたのもあたしだが、そのプーギオの犠牲をいいようにがっつり利用しているのも、それもまたあたしなのだ。

 

 アルガがプーギオの死を伝え、それがスクトゥム帝国のけったいな禁術としかいいようのない術式で操られたが故の死だと、紛れもない事実を説明したことは、そのままシーディスパタの海の男たちにスクトゥム帝国への怒りをかき立てる、この上ない扇動になった。

 魔術師でなければ同行は危険だとわかっているのにもかかわらず、プーギオの弟分だったというクルテルくんをこのグラディウスファーリーの港、カリュプスに連れてきたのも、彼が慕っていた兄貴分の仇を討ちたいと、シーディスパタの短剣の名乗りをグラディウスファーリーでの交渉に使っていいと申し出てくれたこと、その昏い熱意にクランクさんまで押されてのことだ。

 そしてアルガに花もないがと渡したラームスの枝は、遺髪すら渡せぬプーギオの形見にと、墓地の片隅に挿してきてくれたという。

 

 ――じつに、狙い通りだ。

 

 プーギオを悼む気持ちは嘘じゃないが、彼の一族の嘆きにつけいり、ラームス――ヴィーリの樹と、スクトゥム帝国に対抗するための味方を増やすという実利目的も載せるあたしは、……たぶん、星屑たちと同じくらい、この世界の害悪にしかならんようなゲスなんだろうさ。

 現在のマイボディ、シルウェステルさんのお骨からたたき出されたら、あたしは今度こそ、地獄行きまったなしだろうな……。

 それがこの世界のか、むこうの世界のものかはまるでわからないけれども。


 ランシア地方からグラディウス地方まで国々を渡り折衝を繰り返し、あたしにそんな策謀の手先としてこき使われるうちに、いつの間にやらえへらえへらした弱腰の木っ端魔術師という見せかけを脱ぎ捨てたアルガは、クランクさんですらケチのつけようがないほど、じつに典礼にかなった折り目正しい所作を見せている。

 あたしと顔と頭蓋骨を合わせてからこっち、ずっと演じていたうさんくさい魔術師崩れの姿はそこにはなかった。

 やっぱり魔術学院で学んだ以上の教養と、教育をアルガは身につけているのだろう。体術もおそらくはそうだ。

 

 けれども、やっぱりアルガはアルガだとあたしは思う。

 ルンピートゥルアンサ副伯爵家の用心棒というトカゲの尻尾切り的立場に立っていた時にも、アルガは勝ち目がないと判断した瞬間、自分が生き延びるためならと、それまでの味方をすっぱり見放した。

 あの時、アロイスの靴を舐めろと言われたら、たぶんアルガはためらいもなく従ったんじゃないだろうか。

 自分の見栄も誇りも必要に応じていくらでも捨てきれる諦めの良さ、潮目を見極める判断力、そしてなりふりかまわぬその行動力で、この道中、アルガはクランクさんたち、同行者の信頼を自力で勝ち取っていった。

 ランシアインペトゥルス王国のために働く者たちは、いくら有能であろうと、いやそれだからこそいっそう、異国の密偵を信じることはできない。

 けれどもゲラーデのアルガという人間を――たとえそれがソリダートのマレアルーバという人間が作り上げた虚構の存在であってもだ――、他の人間が信じることはできる。

 アルガ本人に、そうあたしが伝えたことを体現するかのように。


 だから、あたしはわりと安心していたところはある。油断していたといってもいい。

 まさか、祖国であるグラディウスファーリーで、アルガに刃が向けられるとは予想だにしていなかったのだ。

 

 グラディウスファーリーは海際にいくつもの村が点在し、急激な高低差がランシア山――グラディウス地方ではグラディウス山というらしいが、確かに山頂付近が剣先のような形になっているのが朧気ながらわかった――まで続いているという、海洋国家兼山岳国家のような国だった。平地が数百㎞は広がるランシアインペトゥルスとは全く違う光景だ。

 王都ラビュウムとカリュプスの港も、それほど離れているわけではない。

 けれども迎えの馬車に国ごとに別れて乗り、半日ほどかけてぽっくりぽっくりと山道に近い坂続きの道を上って辿り着くと、そこはかなりの高地だった。


「シルウェステルさま。後は」

「『打ち合わせた通りにお願いいたします。交渉事以外はわたしの方で』」

「かしこまりました」


 ここから先は、またもやクランクさんに正使っぽい振る舞いをしてもらう場面だ。

 馬車を降りた瞬間から、あたしとグラミィ、そしてなぜかついてきたアルガはクランクさんのサブというか側仕え的サムシングとして行動することになっている。それにクルテルくんがシーディスパタの正使っぽく合わせてくれる手筈なのだる。

 クルテルくんにはノワークラさんがついているから、むこうは大丈夫だろう。たぶん。


 小規模な応接間のような部屋へ案内されると、腰を落ち着ける間もなく、あたしたちが入ってきたのと反対側の入り口より訪いを告げる声があった。

 トルクプッパさんから変装のため、侍女の立ち居振る舞いを教えてもらっているグラミィが応じると、ずかずかと室内に入り込んできたのは、険のある顔立ちの文官ぽい服装の人だった。

 

 ……なーんか対応が雑いなー……。

 

 クランクさんも穏やかな表情を繕って挨拶を受けちゃいるが、魔力は感情に正直だ。

 やっぱりあたしの感覚は正しかったってことかな。

 一介の子爵だと思えば扱いはこんなところなのか、それとも地方が違えばこんなもんで十分だと考えているのか。どう考えても国を代表した使節を迎える態度じゃないでしょうよ。

 ま、こっちも本命の国でもないところだから、そのへんはかなりどうでもいいんだけどな。

 そんなのほほんとした考えは、あっさりと覆された。

 

「コントラポンデス太守より、貴殿らが当国の者を帯同されていると伺った」

「いかにもさようですが」

「お引き渡しを願う。その者は罪人だ」


 あたしはあえてアルガを見なかった。眼窩を向けなくてもアルガの魔力をあたしは感知できる。そのままじりじりとアルガの前に出る。


「罪人を使節団に加えておられたとあらば、貴殿らの名誉にも傷がつきましょうな」


 あ、イヤな目つきだ。


〔ボニーさん、これって……〕


 外交失敗をちらつかせて、アルガを引き渡せと脅迫しにかかってる感じかね?

 だけど相手の要求を吞むというのが駆け引きを投げて負けを認めた証である以上、下手に吞むわけにはいかない。

 クランクさんはゆったりと指を組み合わせた。


「なにゆえ、そのようなことを、ここでおっしゃるのか。今ここで引き渡せとは無理難題にございましょう」

「では、貴殿らは我が国の法を軽んじられると?」

「おお、そのようなことはございませんとも。ですが罪人とおっしゃるからには、いつどこでどのような罪を犯したのですか?証拠は?」

「……国家機密ゆえに明かせぬこともございます。渡すか否か、ご返答を」

「さて、そうおっしゃられても。わたくしの使用人でも雇い人ではございませんのでねえ。彼の命を預かりし者は、我がランシアインペトゥルスにおりますゆえ、その許可を得ない限りは、わたくしはなんとも申し上げられません。それに」


 ぬらりくらりと穏やかな表情を変えぬまま、クランクさんはあたしたちが入ってきた入り口を指した。

 

「その者はシーディスパタの短剣が一人と面識があるのですが」

「なんと!」

 

 せわしなく文官っぽい人がクランクさんの顔と入り口を見比べていると、奥の入り口から案内の声がした。


「ランシアインペトゥルス王国の方々、どうぞこちらへ」


 ……なーんかきな臭い感じだね。


 あたしたちが一人ずつ入り口を通り、グラミィの次にアルガが隣の部屋へ足を踏み入れた瞬間だった。

 高い天井から一枚、黒い布が剥がれて落ちてきた。そうとしか感知できなかった。


 あたしは放出魔力を介して他人の感情も多少は感知できる。だがその人間には殺意はなく、ふっとふりおとされた刃にも、ただなすべき作業をなす程度の意図しか感じられなかったのだ。

 

「シルウェステルさま!」


 あたしは咄嗟にクランクさんを突き飛ばし、アルガを引き寄せた。

 

 あたしの結界顕界速度をなめてもらっちゃぁ困る。

 なにせ至近距離で吐きかけられたグラミィのゲ□(ピー)でも防御できたんだぜい。

 とはいえ今の襲撃を止められたってのは……我ながらちょっと感動もんでしたよ。

 あたしは刃の主とアルガの間に割って入ると、そのまんま結界の上で身動きがとれないでいる暗殺者さんをさくっと武装解除した。

 かわりに小粋なチャーム(手枷足枷)()飾り付け(拘束し)たげよう。もちろん舌噛んだりしないように、顎砕きもお口にイン。

 このへんの拘束手順はアロイスに教えてもらったことだが、手慣れてきているのが我ながらなんとも言えん。場数踏みすぎだよ自分。

 しっかし……、こういう実働に向いてるトルクプッパさんを、エミサリウスさんともども船に置いてきちゃったのは失策だったか。

 警告してくれたクランクさんも、腰が抜けるまではいかないにせよ引けてるし。

 だがまあ反省は後でもできる。前向きに行こう。

 あたしはじろりと部屋の中にいた二人に眼窩を向けた。

 

 グラミィ、通訳よろー。

 この人たちってば、おそらく暗殺者さんの気配消しも兼ねてるんだろうね。あとは武装してるところ見ると、暗殺者さんも叩き切って、『いやあ、危ないところでしたねランシアインペトゥルス王国の方々』とやろうとしていたか……。


〔もしくは、あたしたちも斬るつもりだったか、ですかね?了解ですー〕

「『これよりわたくしも使節団の一員として少々お話し申し上げたきことがございます』と、我が主が申しております」


 グラミィの言葉に合わせて、魔術師の礼をする。


「『我が名はシルウェステル・ランシピウスと申します。いささか発語に難がございますゆえ、この者に我が舌を任せることをお許しいただきたい』」

「ほう……。確か、ルーチェットピラ魔術伯爵家の」


 警戒段階が一段上がったか。下手な手は打てないと思ってもらえればなによりですよ。


「『まずは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』」

〔うわきっつ!ボニーさんの嫌みきっつーっ!〕


 グラミィ、あんたの口調もなかなかパンチが効いてますがな。向こうさんが引きつってんのはあんたのせいもあると思うよ?


「……これはご丁寧にいたみいります。わたくしは浅学菲才の身にはございますが、このグラディウスファーリーが宰相を拝命いたしております、アクートゥス・フィンドマクハエラと申します」


 漆黒の髪が一瞬日本人を思わせたが、肌の色とか髪質とか、骨格とがが明らかに違う。こりゃ武人というより……文官に無理矢理武装させました感があるなぁ。上級中間管理職お疲れさまです。


 で、そちらの方は。


(おさ)……」


 呆然とアルガが呟いた。

 って、長って、なんの長?

 

「ようこそ、ランシアインペトゥルスの方々。わたくしはシカリウスと申します。そこな未熟者めのような者の束ねの一つとお見知り置きを」

〔……へ?〕

 

 ……ほうけたくなる気分はわかるよグラミィ。

 あたしだってお見知り置きたくねぇええ!

 だって、ふつーに使節が謁見しますってところに他国の密偵っつーか暗殺者の元締みたいな人間がいきなり出てくるとか。なんでだよ。

 しかもこの人、真っ白に近い蓬髪のせいか、かなり見た目老人ぽいけど中身バリバリの現役レベルだよこれ。

 暗殺者の元締がほいほい顔出していいのかと思ったけど、相当変装に手をかけてる。

 表向きの顔の人間に注意してたらぶっすりやられかねん、てことか。

 おまけに。

 放出魔力はそう多くないので魔術師とは考えにくいけど、カンが鋭いのか、あたしがさりげなくアルガの、そしてあたしたち全員の周囲に結界を張ったのに気づいたみたいだ。

 アルガが殺されそうになった時から、ずーっとにこにこ好々爺っぽい笑みを浮かべてるんだけど……ちらりとあたしを見た、その目が欠片も笑っていない。

                      

「これはこれは。なかなかお目にかかれぬような方とお近づきになれるとは。実に得がたい経験ですね」


 クランクさんは心底嬉しそうに見える笑顔で部屋に足を踏み入れると、二人に向けて見本のような貴族の礼をとった。


「わたくしはカプタスファモ魔術子爵クランク・フルグルビペンニスと申します。こちらのお国では、草というものが国境を越えて蔓延(はびこ)るようにございますな」

「またそれは恐縮にございます。ですが、そちらのお国で影が至る所に存在するようなものにございましょう」

「これは耳の敏い方だ」

「そちらほどではございませんよ」


 シカリウスとクランクさんは、それはそれは素晴らしい笑顔で、にっこりと微笑みあった。


〔こ、こわああああぁぁぁぁ……〕


 うん、フェンリルとホッキョクグマの死闘が二人の頭上に浮かんで見えるよ。

 拘束した全身黒ずくめさんが後退ろうとしたのは、たぶん極大ブリザードと化したこの部屋の空気のせいだ。

 しっかし黒ずくめさん、あんたも……それだけの腕があるんだから、もうちょっと恰好を考えようよ。チームカラー海神マリアムな外套と黒のローブという派手な格好してるあたしが言うのもなんだけどさー。

 隠し武器でずっしりした黒一色のやたらずるずるひきずりそうなマントとか、どうなのよそれは。フードで顔を隠すのはいいが、自分の視線が通らずに裾でこけそうな勢いじゃないか。

 外見から入るなよ、暗殺者は暗殺者と知られたら意味がないんだぜー?『らしく見せない』ことが肝要でしょうに。

 闇に紛れるようでいて絶対に紛れないでしょうが、絵に描いたような暗殺者スタイルとか。


〔ボニーさん、現実逃避もほどほどにしてくださいよ、それに、あんまり気の毒そうな目で見てあげないほうがいいんじゃないんですかー?眼球ないですけどー〕


 加害者に被害者側が忖度してどうするよ。中二病感染者、いや重症者でしょうがこの人わ。

 ……ま、他人をいじり倒したところであたしも少しは落ち着いた。交渉の席に戻ろうじゃないの。


「お互いに手の内を晒したところで、退いていただけませぬかねえ。そやつは我が国の裏切り者ゆえ、こちらで始末せねばならぬのです」


 本当に困ったようににこにこ笑うシカリウスに、あたしは一歩進み出た。

 

「『実に悩ましいことですな。わたくしは、この者の命を預かったウンブラーミナ準男爵から、この使節団へ同行する権限をお借りしております。またゆえにランシアインペトゥルス王国へこの者を生きて返す義務がございます』」

「ではどうあっても、で、ございますかな」


 にっこりとした笑みを崩さぬまま、じわりと血臭がにじみ出るような凄みを籠めた目に睨まれたが、それを正面から受け止める気はさらさらない。

 

「『さ、それは幾ばくかの謎を解いてからでございましょう』」

「……謎、ですと?」

〔って、ボニーさん?まさか条件次第でアルガさんを殺させる気ですか〕


 それこそ、まさかだ。

 悪いがグラミィ、……と伝えてみてくれ。


〔わ、わかりました〕


「『まずは、なぜそちらがこのような強硬な手立てをお使いになったのかということ。いくら遠い地より来たりし者とはいえ、われわれはグラディウスファーリーとも友誼を結びたいと心より願うものであります。()()()()()()()()()()』」


 意訳:ここでアルガを殺したら問題にならないわけないじゃないか。それに、あたしたちはシーディスパタとも仲がいいんだけどー、あたしたちもろともクルテルさんたちまで密殺する気かい?

 というか、外交使節の中に自分の国の犯罪者が混じっていたからって、一行の前で見るからに暗殺者な人間差し向けて殺しにかかるとかやんないでしょふつーは。どんだけ何がどう切羽詰まってたんだか。


「『次に、罪人、裏切り者とおっしゃいますが、その罪、裏切りとは何かということ。そして三つ目は、その罪咎を、誰が告げ知らせたのか』」


 あたしたちがカリュプスに着いてから、まだそう時間は経っていない。昨日の夜を迎賓館で一晩過ごしたっきり、今朝がた半日かけてえっちらおっちらラビュウムまでやってきたとこなのだ。


「……つまり、冤罪であると、シルウェステルどのはおっしゃりたいわけですかな?」

 

 アクートゥスさんがまともにあたしに目を向けた。シカリウスは沈黙したままだ。


「『さて。人の罪咎は海神マリアムの御前にて明らかになることと申しますゆえ、わたくしにはわからぬということのみを存じております』」


 だからね、アルガもクランクさんも『だったらあんた()ならわかるんじゃないか』的な目つきで見てくるのはやめてくれなさい。


 この国の暗部はインブルタイドゥムヘルヴァという。そのことは、アルガが真名とともに自供したことだ。

 ……アルガの『罪』を『裏切り』というなら、そういった暗部についての情報を漏らしちゃったことも、まあ『裏切り』であり、罰せられるべき『罪』とみなせないわけではないだろう。

 だけど、それなら素直に闇から闇へアルガだけを葬ればいいこと。なにもあたしたちの前で仕掛ける必要はないわけだ。

 そうそうやらせるわけがないけど。


 なのに、こうも自分の国、しかも王宮なんて、思いっきり国内的にも国外的にもスキャンダル回避しなきゃならんような場所で、どたばたと仕掛けてくること自体おかしい。

 ひっそりこっそりが信条なんですよ密偵なんてものは。

 もしあたしがグラディウスファーリーの暗部関係者で、アルガの暗殺をやらかさねばならないんならば、そーだなー……。

 まず、ランシアインペトゥルス国内、どんなに間近でもシーディスパタの領域で終わらせて、自国内には一歩たりとも踏み込ませない。

 自国との関連性は見えない方がいいし、船から突き落とせば証拠隠滅だって簡単なんだから。


 と、いうことは。

 アルガを殺そうとしている人間は、ここまでの道中で、アルガを殺せなかった?

 王宮に入ったところで、なんとか穏便に済ませようとしたから『罪人としての引き渡し』を願い出てきた?

 それができなくなって、切羽詰まったから、あたしたちに見えるところでこんな強硬手段に出ざるを得なかった?


「『シカリウスどの』」

「なんでございましょう」

「『お立場上、明かせぬことは多いと拝察いたしますが、一つ、いや二つだけこの老骨に教えてはいただけませんかな?』」

「とは?」

「『罪咎をお知りになったのは、昨晩ですかな、今朝ですかな。そしてその罪咎を至急誅すべしというものでしたか』」


 すうっとシカリウスが目を細めた。表情を読まれまいとしたんだろう。

 だけどありがとう、放出魔力は正直だ。

 アルガの『罪咎』を知ったのは今朝、そして、『至急』だったと。事前準備もろくにできないほどに。


 ということは……。

 かつてのアルガの同僚、という線はないわな。

 アルガを陥れたり冤罪を着せたりと工作する時間はたっぷりあったんだもん、だったらこんな失敗をしないようにするだろう。

 だけど、シカリウスへ知らせる手段を持っていたってことは、インブルタイドゥムヘルヴァへ何かしらのつながりがなければできない。

 あたしたちが王都に入るのとタイミングを同じくして彼らに情報を与えることができ、しかもあたしたちがカリュプスに着くまで彼らに情報を送れなかった人物が、この面倒くさい状況を引き起こした犯人ということになるわけ、だが。


 ……まさか。


「『アルガ』」

「は」

 

 グラミィの声にアルガはへらりとした顔を向けた。

 それが仮面の表情であることは、すでによく知っている。

 その顔であたしをなんとか味方につけようと、同情を買おうとしたり、周囲から外堀埋めにこようとしたり、いろいろやってくれたりもした。見破ったぞと伝えたら、やめはしたけどまだ諦めてないのも知っている。

 えへらえへらと一見柔弱に見えるその仮面がしたたかであるように、アルガ自身もまた強靱な心の持ち主だ。

 そのアルガの心を折りにいったのはあたしだ。堕ちし星たちの存在と、あまりにも脈絡のないグラディウスファーリーの侵攻を結びつけて、『グラディウスファーリーにスクトゥム帝国の手が及んでいる可能性』を開示し、自分の国を護るために、忠義のためにその国を裏切れ、そしてあたしたちの手を取れと囁いた。

 けれども、あたしの骨な手を取った後もなお、アルガはグラディウスファーリーに忠誠を誓い続けていた。むしろ逆に、あたしをグラディウスファーリーに取り込もうとすらしたほどに。

 そんなアルガがなりふりかまわず、有能ぶりを発揮して、グラディウスファーリーのために動こうとしたならば。

 

「『そなたが、仕組んだか。この状況を』」


 黒いぐるぐる巻きははっとグラミィの顔を振り仰ぎ、アルガはへらりとした表情を崩しはしなかったが、わずかに魔術師の杖を握り替えた。


「きさまはランシアインペトゥルスのためにグラディウスファーリーの名誉を傷つけるつもりだったのか!祖国をそこまで軽んじるか!」


 憤慨したアクートゥスさんが叫んだが、アルガが軽んじているのは守ろうとするグラディウスファーリーじゃない。

 たぶん、自分の命だ。


「『おのれが殺されたなら、グラディウスファーリーに叛かんとした密偵は死をもって罪を償ったことになる。それはそれで一つの決着というものだな。一方、我々がそなたをシカリウスどのらに引き渡さず、影の刃を防ぎきったならば、命を救われた人間が恩義に報いようとして、王の勘気も恐れず直訴を行おうとするのも自然なことに見えよう。ランシアインペトゥルスで得た情報を王の御前で洗い浚い吐き出し、その上でグラディウスファーリーになんらかの助力を我々へ行わせようとしたというところか。より大いなる脅威が迫っていることをかんがみれば、いずれにしても対価はおのが命一つに収めうる、グラディウスファーリーにもランシアインペトゥルスにもさしたる損はさせずにすむ。おのが罪を密告した理由はそれか。我と我が身を刃の前に投げ出し、自ら防がんとすることもなかったのもそのためか』」

「……そこまで読まれちゃあ、しょうがございませんなぁ」


 へらっとした笑みを消し、真顔になったアルガは苦く笑った。それが本当の顔か。

 ……いーい性格してるよ。まったく。

 ここまで用意周到ならば、グラディウスファーリーにあてた遺書代わりの密書なんかもどこかに仕込んでありそうだな。

 死体をかつての同僚達に漁られることまで想定して。

  

「長よ。わたくしは己が真名をランシアインペトゥルス王国にて明かし、再誓約による真名をかの国にて捧げました」

「何を、愚かなことを」

「否定はいたしませぬ」

 

 吐き捨てるようなシカリウスの声に、アルガは背筋を伸ばし微笑んでみせた。


「されど、シルウェステルさまには我が国にも及ぶ脅威をご教示頂いたばかりではなく、信を頂戴し、またこの命すら何度か救われたのでございます。この身を賭してグラディウスファーリーにお仕えしてまいりましたが、シルウェステルさまにはこの身一つでは返せぬほどの恩義を負ったのでございます。なにとぞ、ランシアインペトゥルス王国がシルウェステル・ランシピウス名誉導師にお仕えする許しを頂きたく。どうあっても許せぬとあらば、どうか死を賜りたく」

「…………」

 

 アルガのたくましさは生存本能、手段を選ばず生き延びようとするところにあるとばかり思い込んでたから、アルガに信頼を示すこと、それ自体が彼を離叛させない手段として必要だと思ってた。

 だけどあたしがいくら条件付きとはいえ、信頼を示せば示すほど、アルガの思いはあたしと祖国との板挟みになってしまっていたわけか。

 そりゃ苦しいわな。ペルでも見ていたのにな。我身も自分の命も道具に使い捨てようとする、その覚悟のありかたを。

 ――だけど、だからこそ、死なせることはできない。

 

「『シカリウスどの』」

「なんでございましょう」

「『死を望む者に死を与えたとて、望みを叶えてやったのでは罰と申せますまい。そうは思われませんかな?』」

「だから、この者の命を助けよと。詭弁ですな」

「『さよう、詭弁でしょう。ですがこのような身ともなりますと、命が他人のものでも惜しいものにございまして』」


 手袋をずらして、ちらりと骨の腕を見せると、さすがにぎょっとしたのかシカリウスはわずかに目を見開いた。

 これでも顔が髑髏とバレるよりはましだ、腕ならひどい怪我とごまかせなくはないだろう。

 

「……本人もこのように申しております。永き友誼の証の一つとして、この者の身柄を貰い受けたいのですが、いかがですかな?」


 クランクさん。微妙に不満そうなのはなんでだ?!

 アルガを殺させた方が、グラディウスファーリーから今後いろんな譲歩をもっと引き出せたとでも?

 悪いけどね、人の生死を政争の具にするのは、あたしの嗜好に合わないんだ。

 

「……よろしいでしょう」


 不承不承といった様子でシカリウスは息を吐き出した。

 その目にあったのは、嫉妬、だろうか。


「アルガ」

「は」

「繁茂できぬ者に草の用など果たせぬ。汝が道を行くがよかろう」

 

 そして死ね。そう小さく吐き捨てたのは、死んでも帰ってくるな、の意味だろうか。

 シーディスパタの短剣の存在も、少しは効いたのかもしれない。

 

 アルガは蒼白な微笑を湛えたまま、黙って一礼を施した。

 ともあれ、これで、アルガとグラディウスファーリーとの縁は切れたのだった。

草はグラディウスファーリーの、影はランシアインペトゥルスの暗部を意味します。

密偵なんてもんは表に出てきちゃ駄目なんだと個人的には思います。

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