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くだをまかれたので煙に巻きました。

 馬車と馬は街や宿場をひたすら走り抜けた。野宿をする時も、食事と夜眠るときくらいしかほとんど止まらなかったくらいだ。

 その間ずっと何事か考えていたカシアスのおっちゃんは、フェーリアイという街の手前に来たところで、一つの命令を出した。

 これまでの進捗状況について王都に手紙便を送るので、ギリアムくんはその返事が戻ってくるまで待機せよとね。

 要は置いていくということだ。


 それはしかたのない判断だろう。

 カシアスのおっちゃんには果たすべき任務がある。両手に負傷した状態ではギリアムくんは馬にも乗れない。使えない人員を連れていくほど余裕もない。

 それに、これから王都に戻らせるのも、山の上にあるという城砦へ連れて行くのも、ギリアムくんの傷に障るのだろう。

 たとえこの先もずっとあたしたちと一緒に馬車に乗っけていてもだ。

 ギリアムくんも予測はしていたのだろう。言葉を返すこともなかったが、人目がなくなったら泣き崩れそうな顔をしていた。


 そんでもって、あたしは街に入っても馬車の中でお留守番だ。骨は宿に入れられません、だって。

 ……しょーがないのはわかってたけどさぁ。またアンデッド扱いから始まって、剣や杖を向けられたりするよりましだってのは。

 だからすがりつくなグラミィ。


〔だって、あたしはどーしたらいいんですかぁ?〕


 どーしたらって…。あたしにどうしろと?

 対人関係相談とか、骨にふるなよ。ふられてもどうしようもないんだからさ。


 まあ、真面目に助言するとしたら、騎士隊の面々から離れないように、ってことかね。

 魔術士隊には恨まれてる可能性もなきしもあらずだし。

 ギリアムくんの手当とか介助をしてあげれば納得してもらえるでしょ、たぶん。


 あと、食事には期待しないで堪能しとけば?

 やったね、調味料が高価なことが実感できる、異世界モノの定番だよ!


〔そんな定番いらんのです。ボニーさんは食べないから無関係でいいですねー〕


 ……わがままなヤツめ。あたしは『食べない』んじゃなくて、『食べられない』んだってば。


 フェーリアイは街道にへばりついた農村の拡大版、という感じの街だった。

 城主や太守がいるほど大きな街ではないということもあるのだろうけど、動物避けっぽい低い石塀が、ぐるりと設置されているだけだ。

 中世ヨーロッパの城塞都市というより日本の宿場町のイメージの方が近いかもしれない。

 それでも、これまで数日とはいえ、野宿をしたり村レベルの集落で納屋を借りたりしてきた面々はほっとした顔だ。

 ひたすら歩かせてへばった魔術士たちは言うまでもなく、騎士隊員たちも久々の文化的な休養がとれそうでよかったね。

 ギリアム君を気遣いながらも酒を飲もうと騒いでいる声が遠ざかっていった。


 しかし、あたしは退屈である。


 数日間の移動中に、この姿になってから眠れないというのがわかってしまった。

 いやそれはそれでいいんだよ?

 やることあれば暇は潰せるんだし。


 実際、暇だったから、野宿中の不寝番とかやったげたりしたし。

 交代の時間だからって起こしたげたら、そのとたんに絶叫されるのには閉口したけどね。

 いくら顔が骸骨だからって、傷つくもんは傷つくんだぞ。

 てゆーか物理的生命というより精神体に近い今の状態だと、精神的な傷って大変な問題になると思うんだがそのへんはどうなんだろう。


 などとアホなことを考えてしまうほど今一番困ってるのは、眠れないのにやることがないというこの状態だ。


 …静か過ぎるというのもあるのかもしれない。

 移動中はずっと音に取り巻かれていた。

 馬車の振動音、馬の気配、騎士隊の佩剣がかちゃかちゃいう音、魔術士たちの不平、あえぎ。

馬房の脇の小屋に入れられたはずだけど、馬が足踏みする音も聞こえない。

 窓の覆いをすべてぴったり下ろしてあるからなんだろうけど。


 視界も真っ暗かというとそうでもない。

 例によって例のごとく、あたしの視界にはうっすら見えている。


 ……しかし、ほんとにあたしは何を見てるんだろうね。

 改めて考えると不思議でしょうがない。

 視覚というのは目という感覚器で受容した光を脳で知覚しているわけだ。

 だから、通常の視覚で物が見えるというのは、太陽光なんかを物が反射した光を見ているということになる。

 あたしの擬似的な五感で魔力を捉えているということは、あたしが見ているのは、周囲の大気とかに含まれている魔力エネルギーっぽいものを物が反射しているのを見ているのか、それとも物体そのものに含まれている魔力を見ているのか。謎だ。

 どーでもいいといえばどーでもいい謎だけど。知的好奇心は大切だよね、うん。


 ちなみに、ギリアムくんとグラミィを下ろす時にかぶってた布と、杖は、なぜか暗闇でサイリウム並に光るようになっていた。

 最初に気づいた時にはぎょっとしたけど、これもどうやら発している魔力を光として捉えているものらしい。

 どちらもあの墜落現場から持ってきたやつだ。

 ……この飾り布の紋章も魔力入りってことかな。杖は魔術士隊の武器扱いだったから、なんとなく納得いくけど。


 不意にノックの音がした。


「カシアスだ。骨どの、ちといいか」


 ボニーって呼び方、グラミィは教えたんだけど、おっちゃんは相変わらずあたしを骨どの、と呼ぶ。

 まあいいけどね。騎士隊長をおっちゃんよばわりしているあたしが言えた義理じゃない。

 なにより、この手持ち無沙汰な時間を潰すのには、ちょうどいい。


 返事の代わりに戸を開けると、おっちゃんが酒瓶とランタンを持ってふらっと入ってきた。


「すまんな。せっかく街中に入ったというのに。骨どののみがこのような扱いで」


 いいえー、魔術士隊みたいな、自分が正義の味方のように思い込めるおめでたい人間に、悪の権化扱いでいきなり喧嘩ふっかけられるよりよっぽどマシっす。

 ……そう考えてみると、カシアスのおっちゃんの反応って、かなり理性的な方だったんだね。


 ならせめて酒でも飲むか、と酒瓶を差し出されたが手を振って断った。

 飲めないってば。骨だし。


 で?こんな時間に、こっそり一人で来たってのは何かな?

 かくんと頭蓋骨を傾けるとどうやらわかってくれたらしい。察しが良くて助かる。


「骨どのにも、ギリアムを救ってくれた礼をまだ言ってなかったからな」


 衷心より感謝する、と深々頭を下げられた。

 そりゃまたえらく義理堅いことで。

 あたしとしては魔術士隊の態度とやり口にむかついてたから暴発しただけだし。

 カシアスのおっちゃんに恩を売るのはついでだ。買ってくれるのならぜひとも高価買い取りをお願いしたいけど。


「あいつは、少年のころより小姓として、そして従士としてそれがしに使えていた男でな」


 ……なるほど。いろいろ納得した。

 ギリアムくんが火球を浴びたとき突出していたのは、おそらくカシアスのおっちゃんを庇うためだったのだろう。おっちゃんが躊躇いもせず貴重な水袋を斬った理由も、自分の従士、つまり剣や鎧を預けられるほど信頼する相手を救うためだったからだ。

 ということは。おっちゃんが、こっそりと今ごろになってあたしに接触してきた理由って。騎士隊長として身内びいきにとられかねないから、ということもあるのかね。


「今年の冬にようやく叙勲されたばかりだったのだ。この任務が終われば、自分の馬を支給されることになっていた」


 ぐいと酒瓶をラッパ飲みする。


「骨どのとグラミィ様の早い手当のおかげだ。胴や顔に比べ腕の傷は重く、痕も残るだろうが、命は助かった。本人は馬を得られぬ騎士は騎士とはいえぬと悲しんでいたが、まだ機会はある。生きていればな。そなたらのおかげだ」


 ……そっか。忠義な若者の前途を閉ざすことなくすんでよかったと言えるのかな。

 頷くあたしに、おっちゃんは口元をゆがめた。


「すまんな。貴殿のように口の堅い相手でもないと言えぬような事を聞かせた」


 王様の耳はロバの耳ーってか。愚痴を言いたくなる気持ちはわかる。

 だがすまんね。

 口は堅くても心話は通じるんだ。

 というわけでグラミィ、出番だよ?


「話は聞かせてもらったよ!」


 ノリノリでいきなり馬車の中に顔をつっこんできたグラミィには、カシアスのおっちゃんも酒瓶を落っことしそうになっていた。落とさずに床に置けたのはさすがだ。


「グラミィ様……おやすみになられたのではなかったのですか?」


 よっこらしょと乗り込んでくるのに手を貸しながらの問いに、グラミィはひゃっひゃっひゃっと婆笑いした。


「寝静まったところでこっそり抜け出してきたつもりだったのかい?あたしの目をかすめようったって、まだまだそうはいかないわな」

「いや、そういうつもりではないのですが。骨どのに話したかったのは、騎士隊内のことでしたので」


 苦笑するおっちゃんをよそにどっこいせと腰を下ろすグラミィ。

 さて、ここからが本番だ。


「確かに騎士の処遇は騎士隊の中の話さ。だからこっから先は、馬車に乗り合わせた若者を気に入ったあたしの独り言さね」


 火傷が痛いだろうに何も言わず、あくまでもあたしやグラミィに礼儀正しい態度を崩そうとしなかったのだ。ギリアムくんは。

 カシアスのおっちゃんを庇ったことを誇るでもなく、道中仲間の厄介になることをふがいないと謝る姿に好感を感じたのは、本当のことだ。

 グラミィがおっちゃんの目をのぞきこむ。


「ギリアムという若者、読み書き計算はどのくらいできる?」

「……は?」

「火傷が治っても訓練すら再開できるまで、まだしばらくかかるじゃろう。ならばその間遊ばせておくのはもったいない。なにより、本人も手柄を立てたがっておるんじゃろ?」

「……何をおっしゃりたいので?」

「武勲は個人の武勇を誇るのみにあらず。剣を抜けばできるというものではなかろう?騎士隊への貢献を考慮するならば、輜重(しちょう)も重要じゃ。ならば手始めに、今後のわしらの食糧を任せてみてはどうかの?」


 輜重とは、隊に輸送、補給するべき兵糧、被服、武器などをいう。

 戦闘しない限りあまり消耗しない武器や服はどうでもいいが、食事の補給は大量に必要だ。

 実際、グラミィの身体の人んちまで行って戻ってくる、この数日だけで、騎士隊も魔術士隊も携帯していた食糧をあらかた食べ尽くしている。

 山に入ればまず集落らしいものはないだろう。売ってもらうこともできはしない。


「この先、全ての馬の鞍に着けられる程度の食糧は持って行けるとしても、山までもつかの?」


 ちなみに、馬車に乗ってきていた魔術士隊は、四人乗りの馬車に、本当に人間しか乗せずに使っていたというからばかばかしい。

 それでも五人の彼らにとっては、かわるがわる一人を空き馬に乗せるなどして倹約していたつもり、らしい。

 お気遣いどころが激しく間違っていると思うのはあたしだけだろうか。


「このフェーリアイの街にわしらが戻ってくるまで、海千山千の旅商人相手に、適正な値段でほどほどの品質の食糧品などを目利きして、調達した物をランシア山まで運ばせる。なかなか大変な役目じゃが、気の利いた若者ならば街道沿いに伝わる噂もわしらに送ってくれるんではないかね?」


 ただ置いて行かれるお荷物ではなく、情報も中継させる物流の責任者という立場を与えてはどうかというのだ。

 これがあたしとグラミィが考えたことだ。

 名づけて、『武力がなければ知力を伸ばせばいいじゃない』プロジェクト。

 ついでにこの世界での騎士階級がどれくらいの教養を持っているのか測ることにもなる。


「しかし、どうしても連絡には日がかかります。我々は必ず過剰な糧食を抱え込むことになるでしょう」


 やれやれとグラミィは首を振った。


「ランシア山の砦にも寄ると言っておったじゃないか。余ったらそこにくれてやればいい」


 何泊するかは知らないけれど、泊まるとしたら場所くらいは提供してもらうことになるのだ。

 だったら、補給が大変な山の砦で、食糧を食い尽くしていいわけはない。逆に備蓄を増やしてやるのだと考えれば、感謝こそされるだろうが不満は出ないだろう。


「なるほど、それがしには思いもつかぬことでした」

「なに、ただの独り言じゃよ」


 婆笑いをするグラミィにおっちゃんは感心した顔になった。


「では、部屋で細かい話をいたしましょう」

「うむ、本人も交えて話をした方がいいじゃろうし」

「ならば早速。骨どの、邪魔をいたした」


 ……どーでもいいが、持ってきた酒を自分が呑むだけ呑んで戻ってくなカシアスのおっちゃん。

 呑めないのが悔しくなるでしょーが。ちくせう。


〔こんな感じでどーすかボニーさん〕


 どや顔スタンプがついてきそうな心話を寄こすなグラミィ。

 でも、うん、交渉というか助言としてはなかなかいいんでないの。


 これでまた少しカシアスのおっちゃんの中でグラミィの価値も上がったはずだ。

 戦闘に勝利するという戦術レベルではなく、戦況を俯瞰できる戦略レベルの知識があるように見せられたわけだし。

 上位の武官ほど必要な知識だってことがわかれば、そこそこ評価してもらえるはずだ。

 加えて、ここまでも騎士隊に好意的なところを見せてるわけだし。これなら、魔術士隊より待遇も良いままにしてもらえるってもんじゃないかな。


〔ごはんもお酒もまずいんですがー〕


 ……ごめん、そこはどうにもできない。それこそなんとかして調味料開発チート能力でも自力で身につけてくれたまへ。

 てゆーか肉体年齢は成年ぶっちぎってるとはいえ、精神年齢高校生だろアンタ。飲酒はどーなんだ。

 まったく。

 うらやまけしからん。




(骨?)

(骨、しゃべる)

(考える)

(しゃべる骨)


 グラミィたちが宿に戻っていった後で、葉擦れのような『声』がした。

今回の異世界転生王道要素ぶち壊しは「主人公の食レポナッシング」です。




それにしても、『声』の主とは?

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