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出航前夜(その1)

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

ようやく復活しました。

 やあ。久しぶり。

 そうでもない?

 

 ……ああ、そんだけ薄いんだ、時間の感覚が。

 でも、この前は上弦だった紅金の月(ルベラウム)が、満月通り越して有明の月になってるくらいには、日数は経ってるんだよ。

 むこうの世界の月より、こっちの月はどれも満ち欠けの周期が長いから、20日以上はね。

 ……ちょっと潮風が暖かくなったとか、それはわかると。

 うん。春が近いね。


 また来たよって挨拶しにきただけじゃなくてね。今回は、ちょっと聞きたいことがあるんだ。

 きみには思い出したくもないことを思い出してもらわないといけないんで、大変申し訳ないけれど。

 

 え。そこまで気を遣わなくてもいいって?

 

 以前抱いたような、激しい憎しみや怒りを再燃させることはないと。苦痛も絶望もすべては記憶の中の出来事であって、生々しさはそんなにないから?

 いや、それできみがいいんならいいけど。無理しないでいいから。駄目だって言うんなら、すっぱり諦めるつもりでいたことだから。

 ……ほんとに大丈夫?

じゃあ、お言葉に甘えてお願いするけど……。

 

 …………。


 …………。


 あ~……、なるほどねえ。


 ヴィーリはどうしてるかって?

 うん、近くまで来てるよ。ちょっとじっくり話したかったんで、時間をもらった。後で来ると思う。

 

 彼は同行?しないよ?

 というか、やめてくれってお願いをした。

 

 なので今回はおるすばん、ってことで。

 ちょっとねえ、むこうの状況がどうなってるかわかんないから。

 ……誰も行かない方がいい?わたしも?

 そこまできみが言うって。どんだけ危険が待ち受けてるんだか。ちょっとそのへんのことも教えてくれないかい?


 …………。


 …………。


 う~む………。


 でも、行かないことにはこれ以上は事態の動かしようもないんだよね。

 目隠ししたまま襲われるのを待ち構えるほど被虐趣味じゃ(Mっ気は)ないんだよ。こっちも。

 ……意味がわからない?

 き、気にしなくていいから。

 

 うん、きみの同根(おなかま)たちと会えるかどうかはわかんないけど。

 行ってくる。

 うん、気をつけるよ。

 じゃあ、またね。ペル。


 意識をゆっくりと引き上げたつもりだったが、一瞬あたしは足の骨をふらつかせた。

 さすがにペルの森に接続……というか、森となった彼の意識に同調することは、人外領域に足の骨を踏み込んでることを自覚してるこのあたしにさえも、けっこうな負担になる。

 特に情報過多はきつい。以前にヴィーリの木々から浴びせられたピノース河氾濫に関するものの半分くらいの量はあるし、密度も濃い。

 どうやらそのせいで骨身から受けている情報を無意識のうちに遮断していたらしく、平衡感覚が失調してたみたいだ。

 

〔どうでしたか?〕


 心配そうにグラミィが訊いてきた。


 あー……うん、思ったよりは元気……と言っていいのかなあ。

 ペルはペルだった。それは確かだ。

 ただ、最初にあったときの、あの強い猜疑と憎悪に満ちた目を思い出すと、肉体を持っていた時に『聞いた』彼の感情のつよさを知っていると、あの激しさこそがペルの本質に思えてならない。

 なんというかやはり肉体を持っていてこそ、精神は、人格は、それなりの厚みを持つということなんだろうかね。

 人によっては生身と仮想人格くらいの……いやそれ以上の差異を感じ、ペルらしくないと思ってしまうかもしんない。

 そのくらい、森になった今の彼は冷静で、しかも安定していた。

 あたしの後にやってきて、今もペルと『話してる』ヴィーリが淡々としてるってことを考えると、彼ら森精に取っちゃあ、肉体の有無や精神の安定っぷりは、さして問題にはならないのかもしれないが。

 

 それでも、彼と話すことができて、よかった。


〔いやのんびりおしゃべりするために、わざわざサイコダイヴなんてかましたわけじゃないんでしょ?!〕

 

 ……まーね。

 

 あたしがもっともペルに確認したかったのは、森精に対するスクトゥム帝国関係者の反応に対する記憶と、樹杖について堕ちし星(異世界人)が持っている知識の中身だった。

 堕ちし星たちが何を森精に感じてるかは、今は比較的わりとどうでもいい。

 ただ、当初あくまでも友好的だったものをあっさりと手のひら返ししてしまったそのわけが、きっかけがなんだったのか知りたいというのが一つ。

 樹杖についてはもっと簡単だ。ペルの仲間たちが、森精についての知識をどれだけ堕ちし星たちに明け渡してしまっているのか、それを確認しておきたかったのだ。

 スクトゥム帝国関係者が樹杖を破壊した理由が知りたかった、ってことでもある。

 完全もののはずみだったのなら思い過ごしですむ。だけど根拠があっての行動だとすれば……敵意MAX対象になった森精がいつも持っているものだから、というだけで樹杖を折ろうと考えたのか。それともなんらかの根拠があっての凶行なのか、どっちなんだろうとね。

 ……いやこれ、凶行をその身に受けた被害者本人にお話聞かせてちょうだいと突撃するとか。あたしのやり口が拙劣な(まずい)のはよーくわかってます。PTSDの傷跡に指突っ込んで、骨に当たるどころか内臓到達するぐらいまでぐーりぐりと深く抉ってるようなもんなんだもん。

 だけど、これはどうでも確認しとかなきゃならないことだったのだ。

 スクトゥム帝国内に突入してもグラミィたち生身組は生きて、あたしは少なくとも今の能力と骨身を維持したまま戻ってこられるくらいの安全性を確保するためには。


〔で。それは確認できたんですがー?〕


 できたことはできたんだけどねぇ……。

 ますますもってわかんなくなったことも増えたぞと。


 まだまだペルとの会話が弾んでる(?)様子のヴィーリに、先行ってるねー(後で迎えに来るねー)と腕の骨を上げ、導流堤につながってる砂嘴をてくてく歩いてベーブラの港まで戻ってくると、大型の船舶でも停泊できる専用の埠頭に、一隻の黒い船がたたずんでいるのが見えた。

 高々と、船首と船尾――っても前後左右対称型なのでどっちがどっちでもかまわんのだが――の優雅な曲線を天高く伸ばしているこの船、じつは例の人攫い一行が乗ってきた船である。

 人員ともどもボヌスヴェルトゥム辺境伯家に預けておいたら、修理させてくれという要望がアウデーンスさんを通じて港のおやっさんたちからあったと言われてしまったのだ。ガタが来た船を港に泊めとくのはその港の名折れ、ついでに修理するから不要な時は沖合での漁にも貸してくれというね。

 お願いというにはあまりにもいけずうずうしい言い草には、それでいいんかいと思わなくもなかったのだが……。

 まあ、おっちゃんたちは人攫いたちの一網打尽に協力してくれたのだし。あたしにも思うところがないでもなかったので、『使用許可はわたしたちの使った後なら出そう。ただし、わたしたちの使用中、不慮の事態により船が損壊した場合には、代替船を改めて新造するなどといった事態を除き、ないものとする』という条件つきで、シルウェステルさんの名において許可と費用の幾分かを出しておいたのだ。

 あたしだってしょっちゅうベーブラに来るとも思えない、とすれば向こうにとっても実質的に新しい大船一艘が修理の手間で手に入るかもしれんというのは、悪い取引じゃないだろう。

 ま、ちょっと待ってもらうことにはなるし、あたしたちも名目上は糾問使、開戦をしかけに行くようなもんだから、壊れちゃったらごめーんね、ってことで。

 

 あたしたちが王都に行って戻ってくる間に、修理はすんでいたようだ。

 材の緩んでいるところは組み直してもらい、黒いのはイムプルススファラリカ伯爵領で採れた濃黒泥――原油やガスの噴出場所から流れてきたのが岸に漂着して、周囲の草木にこびりついてたのを集めたコールタールを集めたものらしい――を塗ってあるせいだ。

 おかげで防水効果はばっちりです。

 臭い?そのくらい我慢だ我慢。


〔嗅覚ないっていうボニーさんに言われたくないですー〕


 ……あう。

 

 船自体のフォルムは板を重ね合わせながら継ぎ合わせてあるとも思えないほど、芸術品のように美麗だというのにねー。

 ペルの森を作るため、ヴィーリの木々たちの枝を薪船状態でアルボーから運んだ時に使った一枚だけある帆はというと、ぺらりと長方形一枚というね。なんだこの一筆描きでも描けるような帆は。残念か。

 それでも修理をする前とはいえ、動かしもしたから、水に浮かぶ構造物としてならこの船を扱うことは十分できるくらいには、癖は呑み込んだつもりでいる。

 ただ、手を入れた後は乗ってないのと、帆走したり、人間乗せて櫂で漕いだりという、船としての運用はしていないので、ちょっとそこが心配ではある。

 乗船人数的には大丈夫なはずだ。当初ペルの仲間たちも詰め込まれていたというが、そこから多少は減った――あー、理由はいろいろですがあまりそこは気にしないでおこう――はずだし。

 ま、それなりに対応もしてるし、ね……。


 船着場をぐるっと見てから、あたしたちはボヌスヴェルトゥム辺境伯家へ戻った。


 テルティウス殿下があたしたちと一緒にスクトゥム帝国へも行くと言い張った時のことだ。

 国の重鎮は国内にいろや、を、穴だらけとはいえ極厚オブラートに包んで伝えたグラミィに対し、外務卿殿下はこう言ったのだ。

 王族というのは国の顔である。戦の旗印である以上先頭に立ち命を張るのは当然だ、とね。

 そこにあたしは、殿下とあたしの考え方における大きな相違を見た。

 あたしは、現在進行形でいろいろとスクトゥム帝国対策として小細工を仕掛けている。

 それはあたしの意識上は、あくまでも外交の範囲内に留め、いくさにしないためのものだ。

 だけど、テルティウス殿下ってば、もうこの外交レベルの折衝は戦争の前哨戦だと思ってる。

 だからこそ、そんな発言が出たんだろう。

 ……ならば戦力として計上させてもらゃおうじゃないのさ。ただし戦闘になる前の小細工方面での戦力にな。

 血の流れない頭脳戦、命の失われない戦いの時点で、勝利をもぎ取ってくれるような股肱の臣を貸してもらえるんなら万々歳じゃないか。そう割り切って考えるべきだろう。

 

 そう思ってあたしはテルティウス殿下に要望を出した。殿下が国内に留まっていても、滞りなく折衝を進めえるような、殿下の股肱(手足となるような人間)をお貸し下さい、とね。

 

杖手(つえで)か、馬手(めて)か」


 攻撃的な方か、防御的な方かってことかな。

 だけど、殿下の利き手って知らんのよあたしゃ。

 

「『いかようにも。殿下が必要と思われるだけのお手を。かなうならばお貸し頂いたことすらわからぬほどに密やかであれば幸いにございます』」


 そうグラミィに伝えてもらったら、……なーんかいろいろすごい勢いで考えてましたよ外務卿殿下。

 ま、似たような要望は推挙者全員に伝えたんだけどね。

 おかげで今回の布陣は、少数精鋭ながらも手加減なしでかなり凶悪なものに仕上がったと、我ながら思う。

 囮は囮で攻撃力満載、罠は罠で、はまったら最後どこにも抜け出せないというね。

 ただし、彼らの仲といったらなんとも言いようがないくらいに悪い。連携なんて取れるのかどうかという状態だったのだ。最初は。


 魔術師が基本的に折衝下手になるのは、並みの人間よりでかい放出魔力(マナ)のせいだと思う。放出魔力が多ければそれだけで、ほぼ全自動で威圧を相手に与えてしまうからだ。

 当然、魔術師以外の人間は魔術師に対し下手に出たり折れやすくなったりする。

 封建社会の常として階級が上の人間には無条件で敬意と畏怖を感じ、それ相応の礼儀を守らねばならないということは身にしみ込んではいる。だから、そうそう腕自慢な天狗になったおこさまでも、自分が平民であれば大貴族に向かって喧嘩売るようなことはしないだろう。

 だが、それは裏を返せば、同等程度からそれ以下と見なした身分の相手には、下手に出るどころかもの柔らかな態度をとる魔術師は少ないということになる。

 騎士や物理戦闘特化型貴族のみなさんたちは、そりゃ当然おもしろくはないだろうが、いろんなしがらみがあるから、国の紐付きであることを宿命づけられてる魔術師にはそうそう面と向かって敵対的な態度を取りづらいというのも、魔術師がそれ以外の相手に尊大な態度をとる理由があるのかもしんない。

 では、その放出魔力が大きい同士、つまり、貴族としての格やらなんやらしがらみのない魔術師同士の交渉というものがどういうものになるかというと。

 マウンティングの取り合いに近いものになるんである。アンテロープの雄集団かをまいら。


 向こうの世界で猫喧嘩コピペというやつを初めて読んだ時には大笑いしたもんだが、威圧しかできない同士のコミュニケーションって、ガチで目の前でやられるとうんざりするもんだねー。

 

 魔術師A「(比喩と示唆に満ち満ちた表現ながらも魔術学院修了年を誇示して先輩風っ)」威圧どーん

 魔術師B「(魔術学院修了年と当時年齢で優秀アピール)」威圧どーん

 魔術師A「(師事した導師とその派閥でバックがあるぞオラオラ)」威圧どどーん

 魔術師B「(師事した導師とその派閥でこっちのバックの方がつええぞ以下略)」威圧どーん


 だいたいこのあたりで、お互い脳天に血液沸騰しまくってるというね。

 

 魔術師A「(自分の成績と所属している一門で政治力ドヤァ)」威圧どどーん

 魔術師B「(自分の成績と所属している一門でこっちの方が以下略)」威圧どどーん

 魔術師A「(自分の魔術師としての業績、といっても大抵は自分がどれだけの魔術が使えるかどうか)」威圧どどどどーーーーーーーーん

 魔術師B「(そんなチンケな術式なんてヘでもねーぜ以下略)」威圧どどどどーーーーーーーーん

 魔術師A&B「ギャフベロハギャベバブジョハバ」手合わせという名の実力行使


 ……二人きりならまだいいほうで、これに同じ派閥の魔術師とかが加勢したりすると、状況がもっとぐちゃぐちゃになるというね。

 なんか、こう、もっと魔術師って理知的な存在じゃなかったんかいと突っ込みたくなる。

 

 あ、あたしは魔術学院でお披露目のあった一件以降、こういう被害はほとんど受けてない。

 なにせ一応シルウェステルさんは(あたしゃ)ルーチェットピラ魔術伯爵家という実力派な魔術特化型貴族の名家出身な上に、魔術学院の導師としては最高位の名誉導師なんである。それでもつっかかってくるというんなら、たぬきやアホぼん同様一撃で叩き潰しちゃるけどな。

 かかってくるなら覚悟してこいやぁ!

 ……そういった意味では、彼らがいい見せしめとして機能しているからの被害ナシなのかもしれないな。

 そんなわけで、人外な魔力量を持つあたしやグラミィ本人にはもちろんのこと、あたしの庇護下にあることになってるコッシニアさんや魔術士団の連中、パルやテネルちゃんといったちみっちゃい子たちにも、やっかみはあっても喧嘩を仕掛けてくるような命知らずはあんまりいない。と思う。パルなんか魔力暴発とはいえ下級導師をノしちゃってるからねー。自分の魔力で。

 もちろん、あたしもテルティウス殿下やオクタウスくんといった王族、レントゥスさんたち大貴族、マクシマムさんたちといった実力者のみなさんには敬意を表してますがね。それなりに。

 だが、そのみなさんの威を借りてるような、推薦されてきた連中をまとめるのは、シルウェステル・ランシピウス名誉導師という看板のでかさだけじゃ足りなかったのだ。

 

 ……というわけで、全員まとめて実力行使でシメましたとも、とーぜんのことながら!

 実力者の皆さんに推挙されたからって、下手に自分を『選ばれし者』とか思い込まれても困るもんな。自負にみあうだけの能力があるかどうかは、この場合わりとどうでもいいことで。

 なにせ、全員、魔術師である以上物理攻撃に対する防御は弱いのだ。スクトゥム帝国に行くには最低限身体強化ぐらいはきっちり覚えてもらっとかないと命にかかわる。

 あたしが連れて行くのだから、生きて帰ってこれるようにするのもあたしの責任ってもんでしょうよ。おうちに着くまでが遠足です。

 

 勝手知ったるおよその家とばかりに、案内も願わず、ボヌスヴェルトゥム辺境伯家であてがわれている一棟に――そう、人数が増えたんで、タキトゥスさんたちが別棟を開けてくれました!ありがとう!嬉しいので不穏分子を隔離しにかかったなんて思ってませんじょ?――戻ると、あたしとグラミィがほぼマンツーマンでしごきたおした彼らが我が物顔で待っていた。


「ずいぶん遅くまでお出かけになられていましたが」

「『御懸念なく、クランクどの。まだここはスクトゥムの地ではありませぬ。ベーブラには存じ寄りの者もおりますゆえ』とのことにございます」

 

 真っ先にあたしに話しかけてきたのは、クランク・フルグルビペンニスさん。

 彼は、魔術公爵御推挙の魔術子爵である。

 爵位的にはオクタウスくんに以前(イドルム・ヴェロクサ)つけられてた(ランシア)アホぼん(中級導師)と同等なのだが、良い意味でレントゥスさん一門の中では変わり者らしい。

 どこが変わっているかというと、……魔術師なのに、政治的駆け引きというやつがお上手なのだ。

 初対面で開口一番、なんであんたみたいなのが正使なのー(意訳)と訊かれたからグラミィは顔をひきつらせてたが、これだって真っ正直に疑問を訊くというテクニックだ。

 圧迫面接とネタは同じで、相手の感情を負の方向に揺らすことで本音を引き出させようというある意味捨て身スタイルのね。意図的に使ってるのはわかるが、あたしでも放出魔力を見ればそこにタチのよろしくない悪意あっての言動かどうか、ぐらいはわかるのだ。

 なにも全部隠喩と示唆に塗れた遠回りなやり口が正しいというわけじゃない。


 グラミィがあたしの代弁を申し出ればそれも丁重にどうぞと促された。さりげない仕草が綺麗だと思った。そしてクランクさんの使い途をその時に決めた。


「『こたびの糾問使は失敗に終わる。その責をわたくしが取るためとお思いください』とのことにございます」


 そうグラミィが伝えたときには、さすがに彼も目を見張ってたけどね。

 別にこれレトリックでもなんでもないです。

 帝国から命からがら逃げ出す所までが今回の策なんですから、糾問使としては失敗になるでしょうよ。

 糾問使ってのがただの名目に過ぎないってことは上層部だけが知ってることですし。


「『クランクどのにしていただきたいことは、まず再びランシアインペトゥルス王国の地を、今のクランク・フルグルビペンニス魔術子爵のまま踏むまで、必ず生きていてくださること』」


 グラミィの言葉に嘘がないと知ったからこそ、彼も身体強化の鍛錬にも文句を言わず励んでくれたんだろうなー。

 

「『副使として、わたくしのかわりに各国との折衝を行うこと。生身の顔を出して、政治的な外交問題を処理できる人間として動いてくださることは命あっての物種。二の次にしていただきたい。……とはいえ、やっていただかねばならぬことですが』」


 なにせ対人情報収集能力皆無ですからねぇ、今のあたしは。

 いくら骨身になってからポーカーフェイスが得意になったといっても、髑髏じゃ素顔を出したとたんに向こうさんがひっくり返るわ。


「グラミィさま。どうぞこちらへ」

「これはお気遣い、ありがたく頂戴いたします」


 暖炉にほど近い位置を進めてくれたのはエミサリウスさんだ。こちらはテルティウス殿下が推挙してくれた。

 彼、例の妖怪暖炉舐め大量発生事件の際、仲間はずれにされたおかげで唯一夢織草(ゆめおりそう)トラップにひっかかんなかった、あの下っ端文官さんです。


 エミサリウスさんも魔術師なのだが、あえて下級文官として振る舞ってたのにもいろいろな理由があるという。

 一番大きいのはあの時王都内にいた彼以外の外務卿殿下の部下が、ほぼほぼ魔術特化型貴族出身で、平民出身なのは彼一人だったから。だそうな。

 ……まーむこうの世界でも、外交官なんてもんは、いわゆるハイファミリー、旧華族とか……なんて言ったっけ、上級国民?の上澄み一滴ランクの家庭出身者が就くことが多かった。らしいしねぇ。

 なにせ社交界で基本となる、教養だとかマナーだとかは、そうそう付け焼き刃で身になどつかない。つくわけがない。日常習慣の一部として生活をしてなければ。

 しかもそれでようやく外国の上層部とある程度対等にやりあえる会談を行う部屋の扉が開けられた、ぐらいというね。

 マルチリンガル能力とか腹芸あたりなら、個人の努力と資質の問題はあるだろうが。

 

 エミサリウスさんが、妖怪暖炉舐め化してた他の魔術師さんたちがさげすむほど、魔力量も魔術の技量も低いわけではない。

 階級差の前には多少の資質や能力ってのは、たやすく磨り潰されてしまうってだけのことだったのだろう。

 というか、下手に目をかけてることを察知され、へんな妬みでエミサリウスさんが潰されてしまうことをテルティウス殿下も惜しんであの扱いだった、らしい。

 放出魔力による威圧からの防御手段を持たない純粋な文官さんでは、当時のエミサリウスさんのポジションに置かれても、魔術師同士の狭い狭い世間しか見てない上層部連中に欠けてる常識とか、合理性とか、現実を直視できる目とかを補うのは難しかったってのもあるんだろうけど。

 

 ……つーことは、今回のこのあたしへの推挙も、外務宮では使えん下っ端の外部出向(左遷放逐)ぐらいの扱いに見てる連中がいるんだろうなー……。

 なにせ今回のお仕事は糾問使。生きて帰れない可能性だって大ありだ。


 だけどね。現場で経験を積んだ後で、それなりの地位に就けて本社へ返り咲き、ってのはむこうの世界でもよくあるパターンだったのだよ。生きて帰れば。

 よかろう。ならば絶対に五体満足で、上層部だって無視のできないような大仕事を成功させたって熨斗(のし)を盛大に飾り付けまくってエミサリウスさんを返してやろうじゃないのさ。あたしゃ自分の敵以外の他人の不幸を笑うことも、喜ぶ(やから)も大っ嫌いなのだよ。

 

 そんなエミサリウスさんの特技は、外交書式に完全にのっとった文書を短時間で作成できるという、文官としての高い能力だけではない。魔力感知能力による『先読み』も上手なんです。

 といっても予知ではない。

 相手の放出魔力を読んで、次に何をしようとしているかを知り、それに対応するという……あー、発言以外、行動全般にも対応できる、リアル『次にお前は○○という』?

 彼がテルティウス殿下に目をかけられたのも、その能力による対応のうまさらしいが、あたしがシルウェステルさん名乗って素顔出した時に彼がぶっ倒れたのも、その鋭敏すぎる魔力感知能力をちょろっと多めに出したあたしの放出魔力が直撃しちゃったから、らしい。

 世の中いいことばっかりでも悪いことばっかりでもないらしい。そうであってほしいと思う。


「シルウェステル師。まとめときやしたぜ」

「『ありがたい。さすがの手際ですね、トルクプッパどの』」

「もぅお、このかっこしてるときはトゥオルクスとお呼びくださいって申し上げたじゃないですかっ」


 いやん、と語尾にハートマークをつけそうなおっさん声に、他の人間は不気味なもんでもみるような目を向けた。

 ちなみにトゥオルクスさん、今は完全に外見ムサいおっさんですが、紛れもなく女の子です。しかもかなりかわいい。アンタほんとの年齢いくつだ。

 思うだけならとあたしが何度か考えてたら、グラミィまで同じ事を直接訊きそうになってたので、慌ててストップかけましたとも。

 暗部の人間が隠している情報なぞ、近づくだけでも危険に決まっている。たとえどんなものであっても。

 

 ちなみに彼女は、王サマに呼ばれてあたしの外見をいじってくれたり、変装についての案をいろいろ出してくれたりした面々の一人でもある。

 この面々全員にも言えることだが、魔術師は基本伸ばした髪をいじらない。せいぜいが一つに束ねるだけで結い上げなどしない。あまりいじると頭皮の負担になるからか、抜け毛が気になるからなのかもしれないが。

 だが彼女は、今こそバルドゥス系のムサめなおっさん騎士にみせかけているからあれだが、清純そうな侍女っぽい格好をしたときには、かわいらしくシニヨンに近いが、もっと複雑な形に髪を結い上げていた。

 が、じつは騎士らしいこの世界の男性にしちゃあ短い方に見える今の髪型も、侍女に変装した時のシニヨンスタイルも、彼女自身の髪の毛で作ったヅラなんだとか。

 魔術師は自分の髪なら身から離れていても魔力を蓄積できる。ヅラも彼女にとっては武器なのだ。


 そんな彼女は『人形遣い(ドミヌンプッパ)』の別名を持つ、自称凄腕の魔術師でもある。自称はともかくとして、腹話術と声帯模写と特殊メイク(SFX)に近い化粧術が得意な魔術師というのは、なかなかにいないと思う。

 彼女はクウィントゥス殿下の御推挙……ではなく、なんと糾問使派遣を殿下から告げられた国の暗部のみなさんの中から、自力で糾問使に同行する権利をもぎ取ってきたんだとか。

 いやちょっと意味がわかんないです。タクススさんやアロイスの部下の人たちも名乗りを上げたけど魔術師じゃないということで失格になり、血の涙を流してたとか言われてもなー。

 

 ドン引きした表情を向けているが、裏仕事のプロという意味ではアルガも彼女と同類と言っていいだろう。

 なんと彼を推薦したのはオクタウスくんとマクシマムさんだった。いや、アルガの真名を二人が握っている以上、この上なく安全な手駒なんだろうさ。彼らが選ばなくてもあたしが同行者として同じ理由で選んでたと思うし。

 彼はしばらくぐちぐち言っていたが、とうとう諦めたのだろう。

 

「なりゆきまかせ風任せ、あたしの故郷じゃあ、海神マリアム様の機嫌にゃ櫓櫂も帆桁も逆らわぬってことわざがありましてね。これもマリアム様の思し召しなんでしょうや」


 ふてくされちゃいたけど、見ていると一度腹を据えてからは行動を迷わない。一番身体強化の習熟に熱心だったのは彼だ。

 どうしてこうなったと嘆いて愚痴を言いまくってたのは、あれ偽装か。


「いえ本心ですとも。ただ出したり引っ込めたりできるってだけでして」


 グラミィが訊くと、彼はひょいと片眉を引き上げて、ひょうげた表情を作ってみせた。

 ……アルガ、あんたやっぱいい性格してるよ。バルドゥスといいお友達になれそうだな。

 マクシマムスさんに預けていた間中、尋問だなんだのとぎゅうぎゅうに絞られてたわりには、平然としてたしねー。

 案外アルガはいい拾いものだったかもしれない。グラディウスファーリーまでの海路の情報だけじゃなく、薄らハゲすら隠蔽工作に使ってという魔力の運用方法も込みで。


 ……正直なところ、国内的にはあたしたちも暗躍してルンピートゥルアンサ副伯家を潰した段階でとりあえずもろもろの決着はついた格好になっているのだ。

 だが、それでも王サマはスクトゥム帝国への追及の手を緩めない。それは為政者として正しいのだろう。下手すりゃ第二第三のルンピートゥルアンサ副伯家が仕込まれないとも限らないもんな。

 てか、そろりそろりとボヌスヴェルトゥム辺境伯家やテルティウス殿下にまでその手が及びつつあったってことを考えると……この辺できっちり叩き潰しておかないと、安心できないってことなんだろう。


 同じ異世界人仲間だからといって、あたしもグラミィも、スクトゥム帝国に対しては何ら好意なんて持てないしなー。

 ペルに対して彼らがやらかしたこともそうだが、あたしたちがカウンターで仕留めた形になっちまったグラディウスファーリーの襲撃だって、あたしゃ未だにスクトゥム帝国の関与を疑ってる。

 理由はいくつかあるが、中でもランシア山を挟んで正反対に近いところに位置するランシアインペトゥルス王国に対して、夢織草トラップなんつー悪辣な手をいきなり打ってきた、そのやりくちが山砦を急襲しようとしてきた手口と似通っていることが大きい。

 結局のところ、スクトゥム帝国まで行かねば真相なんてもんは見えてこないんだろうけどね。言ったって見えるかどうかはわからんが。


 いずれにしても、臭いものには蓋をするだけでは足りない、元から絶たなきゃダメというのは世界の壁を越えて真理のようだ。

 嗅覚のない今のあたしが言うのもなんだけど。

風邪で寝込んでおりました。

新型肺炎だのインフルだのと騒がしい昨今ですが、どうか拙作をお読みの皆様もご自愛ください。

……いや平熱ギリギリラインの微熱でも、続くと結構しんどいんです。マジで。

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