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糾問使とは

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 仮称糾問使としての権限をもぎ取った以上、好き勝手させてもらうことは既定路線ですともさ。

 が、何をするかはっきりさせておこうというのはあたしも王サマに同意する。『運営』をしばき倒すのは確定事項とはいえ、物事には順序ってもんがある。事前準備は必要だ。

 というわけで。今回、あたしが設定する目標はとっても単純だ。

 最低限、全員無事に戻ってくること。帰るまでがお使いです。


 ……いや、これ、高圧的に出て相手の非を盛大に鳴らすべき糾問使としては大きく間違ってるってのは、いくらあたしでもわかってますじょ?

 相手の犯罪行為を列挙して問い詰めるという性格上、どっちかっつーと相手を激昂させるスタイルが糾問使としては正道であるのだということもだ。

 ただし、それをやっちゃうと本気で死ねます。最悪の場合、正使や副使だけじゃなくて、同行していた従者とかそのへんまで全員。

 つか、怒らせた相手に殺されることを覚悟の上でひたすら非難し続けるというのも、正道パターンの一つとしてはもちろんありだってことも知ってますとも。

 だってもともと糾問使って、自国が最大限有利になるようにしておいて開戦に持ち込むための口実なんでしょ?他国の正式な使者に無礼を働いたというだけでも、十分開戦の口実にできるんですよ。まして使者を殺害したら、国際的に非難を集めてフルボッコされんのは、使者を殺害に至った国です。

 

 だけど、今回その糾問使の正道は使わない。というか、使えない。

 糾問使なんて開戦口実がいらないほど、この世界の人々、とりわけ王侯貴族達における森精の概念を知れば知るほど、スクトゥム帝国のやらかした森精集団捕獲大作戦てばめちゃくちゃヤバいのだ。これだけヤバいことをやらかした帝国が総スカンを喰らってないってことは。


〔他の国々がまだ知らないか、知ってても指摘できないでいるか、てことですか?〕


 だねー。

 知らないのであれば、森精関連のことは、帝国内部でも相当深い機密事項にされているだろう、という推測ができる。

 そんなもんを探れるほど深く深く帝国の中に入り込む必要があるのなら、喧嘩腰で糾弾とかするのはバカでしょうが。生きて帰れる可能性はただでさえ低いのに、やればやるほど零の近似値通りこしてマイナスに突っ込むだろうに。

 身体が無傷ならいいってもんでもないしなあ。


「シルウェステル。普通の騎士を同行したとして、その者が生還できる可能性はいかほどと考えるか?」

 

 あたしはちょっとためらった。

 これ言うとアーセノウスさんがまた心配性を劇症化させかねん。

 けど、リスクをなるべく回避するためには、ここの全員が共通理解しておくべきことだ。

 

「『……戻ってこれたとしても、中身がそのままとは申せませぬ。また騎士だけに留まりませぬ。スクトゥム帝国内は、おそらく死地でありましょう。わたくし以外の、生身の方々には』」


 これはかけねなしにほんとのことだ。中身の入れ替えされてたら、もうそれでいろいろ終わるのですよ。

 他国がスクトゥム帝国に対して活発なリアクションを示していない理由が、知ってても指摘できない状態にされているからという最悪最低の場合をあたしは警戒してる。

 なにせこのランシアインペトゥルス王国があるランシア地方は、スクトゥム帝国のあるスクトゥム地方との直接の接点はランシア山ぐらいなものなのだ。クラーワやグラディウスといった近隣地方の国々のほうが、直に地続きでもあるのだから、地方を越えてでも情報は多く入ってたっておかしかない。

 だけど、何か漏れ聞こえているのに静観してるとしたら、何が考えられるか。

 圧倒的な国力の差を考えて、単独でやり合う危険から触らぬ神に祟りなしを決め込んでるとか。攻撃的な姿勢を見せるスクトゥム帝国と敵対したと見なされたら、国を潰されると考えて消極的服従の姿勢を示しているのか。

 それとも国の上層部にスクトゥム帝国関係者が張り付いているか、……それこそとっくに国の上層部が中身を入れ替えられているか。


 これ、考えれば考えるほど、どこへ手を伸ばしても地雷がありそうな予感満載なんだが、手を出さなければ時間経過と共に状況が悪化することも目に見えている。

 ゲームオーバーなんてもんじゃない。『運営』に片っ端から星屑(デッドコピー人格)搭載用のガワにされて、ゲームスタートってか。すでに中身の入ってるあたしやグラミィはどうなることやら。

 ともかく、なすべき事の優先順位を決めておくべきだろう。


 最優先事項の一つが威力偵察に近い情報収集活動だというのは意見が一致した。

 スクトゥム帝国がどうなっているのかを直接確かめてくるというのは本来密偵さんたちの役割なんだろうが、他人格を入れられて人攫い化していた国の暗部所属だった人の例もある。中身を入れ替えられる可能性ができるだけ低い連中で行かねばならぬ。

 これ、送り込む人間の身を案じてるだけじゃないのだよ。

 偽情報を掴まされたら、どんだけ相手の思うように踊らされるかわからんのだ。帝国内部についてもそうだが、『運営』についての正確な情報は、今後戦いに突入するにせよ回避するにせよ必要不可欠になる。

 正しい情報を入手できても、ランシアインペトゥルス王国まで無事に持ち帰れなければ意味がない。

 てなわけで、同行者としては、交渉能力の高い人間は必須だろうが、戦闘能力も同じくらい重要になる。場合によっちゃ市街地壊滅ぐらいできる火力がいるだろう。

 なにせ帝国一つがまるっと敵地とあっては、取り囲まれたらまずアウトですから。正しい情報を王サマたちに届けられるためには、どんな目に遭っても確実に帝国領内から生きて脱出してもらわねばならない。

 可能であれば、全員が。

 

 個人的にはもう一つ、ペルの同根の森精たちの安否確認も行いたいところだ。

 一人でも無事なら、状況が許す限り保護したいもんである。いざとなったらこっちに連れてきて静養させるのもありだろう。

 ペルと同じような術式がしかけられてたら、また当人の要望により、森がもう一つできるだけのことかもしれないが。


 ともあれ、主目的が決まった以上、それを果たすためには名目も大事だ。


「『陛下にお伺いいたします。糾問使を送る旨につきましては、スクトゥムに通告はなされましたのでしょうか』」

「いや、まだだ」

「『それは僥倖』」

「何をするつもりか」

「『向こうが送り込んできた者どもを使おうかと』」

 

 そうねー、たとえば人攫いご一行のみなさんあたりを一緒に連れてって、『当国に迷い込んでこられたそちらの国民を保護していたが、お返しする』とかね。

 シルウェステル・ランシピウス名誉導師の殺害ならびにルンピートゥルアンサ女副伯への離叛教唆。夢織草の密輸。ペルやタクススさん、その他おそらく行方不明者として現在扱われてるかも知れない人々の拉致監禁ならびに人身売買、ランシアインペトゥルス王国より商業許可の鑑札を受けた行商人(含む密偵さんたち)への傷害、というか中身の入れ替え。

 これらを糾問する云々は、あたしたちを派遣する理由の国内向け説明にとどめておけばいいことだろう。

 スクトゥム帝国に入って、予想以上に反応を硬化させてる連中がいたとしたなら、あの謁見の間にスパイなり情報漏洩源なりがいたってことで釣れるはずだから。


〔じゃあ、連れて行くのはベーブラに預けてる人たちで確定ですか?〕


 あと、王都に置いてた三人組ね。


「師のご意見ですが、わたくしは反対いたします。彼らは即刻処刑すべきかと」


 強硬意見だね、アロイス。

 理由はわからなくもない。ペルの拉致と夢織草の持ち込み、ベーブラの人間に危害を加えただけでなく、シルウェステルさんにも斬りかかった。罪状としては十分だ。

 ぶっちゃけ、平民は貴族を殺そうとしたってことだけで十分死罪にされても文句は言えないのが封建社会というもんなんである。

 同じことした(あたしに斬りかかった)あんた(アロイス)が言うなって話はおいといて。


「『アロイスどののご意見ももっともと存じます。されど国内に留めておいた方が害は大きいように思われます。早急に国外へ追いやるべきかと』」


 なにせ、まだ彼らの体内に仕掛けられている術式については、あたしも完全には見極めきれてはいない。

 ペルの身体にしかけられてた術式をみる限り、対抗措置はとれても解除は難しい。そのことだけが、よくわかっている。

 

 これは、港湾伯に預かってもらっている例の人攫い一行のガワの人たちに協力してもらったことだ。

 ヴィーリはガワもミも同じ人間だというので、それはそれは一番最初に尋問しかけた星屑(デッドコピー)野郎の最悪な印象のまんま、険悪な気配発生源と化していたけどね。そこは必要なことだと理解してくれと伝えて、不承不承ながらも納得してもらった。

 風呂に入れてから、一人ずつグラミィに面談してもらったのも、術式調査の一環だ。

 

 最初にわかったことだが、体内に仕掛けてあったのはやはりかなり高度なものらしい。生きてる人間相手だと、やっぱり外側からじゃほとんどわからんのですよ。それも、生身である以上自分の魔力がフィルターになってしまうグラミィではつかめず、魔力の質が生身とは異なるあたしでもようやっと。樹杖の助けを借りたヴィーリがいたからこそなんとか把握できたというね。

 そんなていたらくだから、除去は言うまでもなく困難だ。

 というか、どうやってそんな術式を体内に仕掛けたのかすらもわかんないという、ないない尽くしの状態である。ヴィーリの持つ森精の知識にもないことだというし、どこから手を付けていいのやらまったくわからない。正直頭蓋骨を抱えた回数は数え切れん。

 

 体内に術式を入れる方法自体は、推測できなくもない。

 たとえば、魔力を通しやすい素材で構成した魔術陣を呑み込ませてやるとか。

 術式は魔力が通ればそれだけで強靱になる。体内から魔力を吸収するように設定しておけば、一時的に起動するくらいのことだったらできるんだろうなとは思う。起動状態を維持し続ける限り魔力を吸われるわけだから、当人はやがて謎の衰弱死を遂げるってことになるだろうけどね。

 ンなこと冷静に言わないでくださいよとグラミィに怒られたが、ほんとのことなんだもん。

 とはいえ、えらい勢いで魔力が流れ続けている生身の体内に術式を持ち込んで起動したところで、ずっと安定して術式を顕界し続けられるかっていうと、基本的にはありえない。突風の中で蝋燭の火を消さないように保ち続けているようなもんだからだ。

 けれどガワにされていた人たちを真の意味で解放し、その身体を持ち主に完全に返すには、この謎すぎる術式の解明が必須となる。


 外からわかるもんもあったけどね。心臓の上になにやら魔術陣らしきものが施されていたりとか。

 皮膚に残ってたのは、まあ、行ってみれば刺青みたいなものだった。

 ご丁寧なことに化粧彫りというのだろうか、無色の素材を使ったのか、後から脱色したのかは知らないが、色を入れない彫りで術式が入れられていたのだ。

 あたしは魔力の流れで気づくことができたが、グラミィが気づけたのはお湯を使わせて多少なりとも汚れが取れ、血行がよくなっていたことと、はんこ注射の痕のような、白っぽい瘢痕が見えたからだろう。

 だからと言って、ばーちゃんと骨が湯上がりで半裸な男性の乳首から肋骨まわりをガン見するとか。さらにその様子を痩身美形が険悪に見守るとかいう絵面は、なかなかにシュールなもんがあったと思う。


 体内にしかけられた術式は手出しするのも難しいが、身体の表面に施されたものだったら、まだなんとかなるんじゃないかって?

 そう思っていた時期があたしにもありましたとも。当人も記憶にないうちに身体をいじくられてたのを気味悪がって、なんとかしてくれとえらく協力的になってくれたし。

 だけどね、心臓の上の魔術陣一つとっても、物理的に消そうとしたら、手のひら以上の広さに渡って皮膚に処置をしなければならないのだよ。例えば焼き消すとか、剥離するとか。

 言うのは簡単だが、つまりそれって心臓の上に巨大な深い火傷をするか、その部分の皮膚を剥ぎ取るってことですからね?

 それだけでも身体にかかる負担は相当なものだろう。しかも、処置を施す間、ずっと陣に魔力が流れ込まないように制御しなければいつ起動するかわかったもんじゃない。なんぞこの複雑怪奇な爆発物処理。

 それに、どうやらこの術式は。

 

 いくつか図に起こした術式を広げると、魔術師の皆さんの目の色が変わった。筆頭、オクタウスくん(魔術学院長)レントゥスさん(魔術公爵)

 アーセノウスさん(彩火伯)マールティウス(ルーチェットピラ)くん(魔術伯)には事前に見せていたが、やはりどれもかなりの外法邪術と言ってもいいほど非人道的な術式らしいです。しかも対応が難しい。

 だが一番の問題は、やはり、血泥と化した人攫いに仕掛けられていた転移術式だった。

 

 不均等分割のルービックキューブのような形は、複数の術式の結合体だったからのようだ。特に魔力源として人間の血肉のみならず意識を呑み込み、とどめ、さらに犠牲者を取り込む術式として再構築を果たす自己増殖型の仕掛けは、術式を構成する媒体としての血肉の耐久性を考えれば、数千人を平気で喰い尽くし、数万人を転移できるだけの容量があるという。なんという地獄門だ。

 さすがにレントゥスさんも引きつる表情を隠せない。

 魔術公爵さん、これよく覚えておいて、武神アルマトゥーラの聖堂の人たちにも危険性はよく教えてあげてくださいね?新天地での布教ヒャッハーで舞い上がったり、利権争いで目を眩ませてたりする場合じゃないんですよ?


〔それを焚きつけたボニーさんが言うかな……〕


 焚きつけた時より状況が悪いってのがはっきりしてきたからねー……。

 それはともかく。

 

「『捕らえた者らから、入れ替えられた中身を抜き取りえたのは幸いにございました』」


 自殺行為で戦力を軍団単位で他国に招き入れようとするとか。あんなとんでもないことされるのは一度でごめんだ。


「シルウェステル師、一つお尋ねしたいのですが」


 なんでしょう、オクタウスくん。


「中身の人格を抜き取った、とおっしゃいましたが、どのようになさったのでしょうか」

「『(夢織草エキス)を使いましてございます。なれど、わたくしとて初めて施しましたことゆえ、いまだ完全になしえたかどうかは不明にございます』」


 うやうやしく一礼して正直に答えると、ほとんどの人が呆気にとられた様子になった。一人だけ目をきらきらさせてるのは……いつの間に紛れ込んでた、タクススさん。

 

「ならば、一人ぐらいは王都に連れてくればよかったのではないか。我らも直接見ることがかなえばより詳しいことができるのだろうに」

「『お言葉ですがトニトゥルスランシア魔術公爵閣下。それはあまりに危険かと存じます』」


 レントゥスさんやその隣でうんうん頷いてるオクタウスくんたちの気持ちもわからないではない。いくらヴィーリが樹杖によって人外の解析能力を持っているからといっても、難航しているのが現状だ。手は多い方がいいというのも真実だ、解析をする人間を増やすのも一つの手に見えても不思議はないさ。

 でもねー、ほんとにいろんな意味で危険なんだよ。


「中身の人格を抜き取った以上、もはや害はあるまいに」 

「『それが完全かどうかはわかりませぬとは、申し上げましたとおりにございます。それに、いくら本人に身体を取り戻し与えたとはいえ、その本人が害意を持たぬとも限りませぬ。また、転移の術式はまだしも、そちらの術式がどのような作用を持つものかはいまだ不明にございますゆえ』」

 

 星屑たちは――どうやらアバターに仕込まれたスキルとしか理解していなかったようだが――身体の持ち主さんたちの知識や経験に大きく影響を受けていた。

 だが逆も真なり。

 それはつまり、二つの人格がある程度融合し、互いの人生や価値観を共有していたということでもある。……偏見や考え方すらも。

 あたしが元人攫いさんご一行の身柄を、ボヌスヴェルトゥム辺境伯家に預けたままにしてきた理由の一つに、彼らの考えが読めない、ということがあった。

 つくづくボヌスヴェルトゥム辺境伯家にはいろんな意味でご面倒をおかけしてます。それもこれもベーブラ港の再開発でチャラにならんかね?

 

 彼らの中身に入れられていたのはいくらデッドコピー人格とはいえ、むこうの世界の記憶持ちだ。下手すりゃ知識チートでヒャッハー!なノリを引き継ぐほどディープに影響を受けていないとも限らない。

 その時、彼らが邪魔だと思うのは誰だ?

 自分の身体を好き勝手にいじくったってことで、『運営』や『ユーザ』に敵意や反感を持つのは確かだろう。

 けれど、あたしたちにその害意が向かないという保証はどこにもない。

 なにせグラミィに日本語喋ってもらっちゃったもんねー、転生者だか憑依者だかは知らないが、あたしたちを『運営』や『ユーザ』と同類だと彼らが判断することは避けようがない。困ったことにある意味真実なんだし。

 彼らを皇帝サマご一行への敵意で固めて一時的な味方にすることもできなくもない。だけど、状況の変化どころか気の持ちようで、いつなんどき敵になるかわからん味方なんてもんは、明確な敵より遙かに危険だ。

 いくらあたしだって、生きてる人間の頭の中をぐりぐりのぞけるわけじゃないしなー。生体の中が見えないのと一緒で。

 レントゥスさん。なんかいい術式って、ないですかねえ?

 

 もう一つ、危険といえば、あの心臓の上に彫り込まれてた魔術陣。あれ、『強い放出魔力の持ち主と出会ったら』発動するという条件式を組み込んだ転移術式だったのだ。

 また転移術式かと驚いたが、幸いなことにこちらは自己増殖型ではなかった。一回こっきり使い捨ての上、贄として血肉を捧げる部分はまだしも精神を術式に刷り込む部分が潰れているせいで、転移できるのは人一人を往復させるのがやっとだろうってことだった。

 なんで転移術式がが二重に仕掛けられていたかはわからない。けれどもこの条件式と転移術式の組み合わせって、魔術師殺しには最適すぎるのだ。術式を仕込んだ人間を一般人としてうろうろさせておき、強力な魔術師の側に近づいたら途端にその人間の心臓がはじけて転移術式が発動、暗殺者投入とか。

 放出魔力を減らすことで気配を消すやりかたを、ヴィーリに教えてもらってからずっと使ってるのが当然になってたけど、やってて本当によかったと思ったよ。グラミィもね。


 解析の最中にうっかり起動させて、解析手たちが術式に『喰われる』ようなことが起きたり、放出魔力の大きさに当てられて何が転移されてくるかわからないってだけでも大概だが、心理的な危険もある。

 すべての術式を無事に、そして正確に解析し終えたとしても、このランシアインペトゥルス王国のためという名目で、今度はこの国の人間が使わないとは断言できないのだよね。

 あたしは、王サマを始め、彼らの良心を信じないわけじゃない。だが国のためという大義名分とか、欲得とかは、良心よりも時にはるかに強いということを知っている。

 だから、直接見たいという彼らの要望をあえて拒否する。情報の抱え込みだと不満を向けられてもしょうがない。

 だけどね、本気で抱え込む気なら、こんなところへ術式を図にしたものなんて持ち込まんわ。


「『わたくしがこの術式をお持ちいたしましたのは、あまりにもおぞましきものがあるということをご存じいただきたいと願いましたゆえ。ヴィーリどのはすべてを葬り去るべしと主張されました』」


 これは、掛け値なしに本当のことだ。

 いくら森になったとはいえ、同胞(ペル)が肉体を捨てねばならなくなった理由がこれらの術式にあるのだ。ヴィーリが本気で怒り、人間に二度と使われないよう抹消したいと思うのも無理はない。

 そして、森精の瞋恚に王侯貴族が触れたがるわけもない。

 

 ヴィーリとほぼ初対面の二公爵さんたちまで大人しく頷いてくれたのは、出会った直後からヴィーリの足元でずーっとすりすりごろごろしてる、『猛獣公』ことフランマランシア公爵クラールスさんとこのヴェリアスちゃんのせいもあるだろう。さすがは森精。魔物のグリグでも手乗り、というか肩乗りにするくらいにはヴィーリは手懐けてたもんな。

 とはいえ、こんなにヴェリアスちゃんが初対面で心を許す様子を見せるのは、まずないことだ。あたしでさえ最初はひたすらご機嫌取りしまくってたもんなー……。


 ヴィーリがあたしの努力をあっさり越えてったさみしさはともかくとして。

 人攫い一行のガワな人たちや、三人組を同道することを考えれば、やっぱ船で行くしかないのだろう。


 この世界、貴族の移動というのは基本的には馬車である。シルウェステルさんがお亡くなりになったのもランシア山を馬車で越えてのスクトゥム帝国からの帰還時、でしたな。

 騎士以上なら最低限は馬ですね。正式な国の使者ともなれば威風堂々とした行列を連ねて……ってのが常識らしい。見栄えに金を張るのは江戸時代の大名行列かよと内心つっこみたくなる。あれ江戸近辺まで来たら陣容を整えるのに江戸に入るまで行列作ってくれる人員雇ってたとか。

 

 だけど、いくら公式な使者として行くとしてもだ。陸地伝いとなると、他地方を横断するという手間がひどいのだよ。

 ランシア山越えというルートはなくもないんだが、山なんて気温が低いんですよ。雪解けが遅いことを考えたら移動するだけでも危険だ。

 おまけに星屑野郎な三人組と、星屑たちを搭載してたガワの方々を引率しての港湾伯領からランシア山への移動って、ランシアインペトゥルス王国縦断旅行になるのだよ。なんだその保菌者一行ツアー。騒動の種が撒き散らされることしか想像つきませんが。

 それにねー、スクトゥム帝国が、中身異世界人の連中の巣窟になってるとしたら、馬や馬車にこだわる典礼部分はたぶん気にしなくてもイイんじゃないかって気が盛大にするんですが。

 礼を欠いたことを咎められてどうこうとか、たぶんない。むこうの方がひっちゃかめっちゃかになってんじゃないですかね、そういうコード。


 典礼、つまり儀礼面におけるプロトコルってのは、外交においては国際規格の一つといってもいい。その場における人々の序列、儀式の手順、申し述べるべき口上、遵守すべき規則などについての知識が常識として問われる。

 それにそぐわないもの、従わないものは『礼儀知らず』として弾かれるわけだ。

 つまり、それが崩壊している現状、無理を通しまくって道理が引っ込んでるような状態ということは、国のトップが実質的に壊滅状態になっているかもしれないということでもある。

 

「待て。それでは、糾問使を送るのは無駄ではないか?」

「『交渉相手がいるのかいないのかもわからないのですから。まずそれを確かめるためにも必要でございましょう』」


 だからこそ、目的は糾問よりも威力偵察系情報収集にすべきと主張したのよあたし。

 そもそも、糾問使はともかくとして、このままなしくずしにあんな皇帝サマご一行が送り込まれ続けるとかたまったもんじゃないでしょうが。下手に殺傷事件起こしたら転移術式発動で、軍隊送り込まれかねんのですよ。

 産業廃棄物の不法投棄には、誠意を込めて全返ししようじゃありませんか。転移術式が発動したら自国内だったというヲチで十分でしょうよ。

 

 というわけで、まだしも現実味のある海からゆくことになった。あたしたちがいれば、なんとしてでも最寄りの陸までつけますからねー、沈没の危険はまずないし。

 ベーブラからアルボー、ジュラニツハスタ、グラディウス地方を経由する反時計回りに行くしかないのか。


 グラディウス地方は地図で見ると、めちゃくちゃ分散している。

 ランシア山の麓についているのはごく一握りで、あとは島嶼が点在する海洋国家。当然のことながら基本的に国は小さい。……ってこれ、海水面が上昇した後の陸地かなぁ。

 ちなみにランシア山を越えて侵攻してこようとしたり、アルガを密偵として送り込んでこようとしたりしてるグラディウスファーリーは、ランシア山の麓の国である。グラディウス地方では最大の国というのが誇りなんだそうだが、次点のゲラーデのあるシーディテスパタを含め、他の国々はあまり国の大きさについては気にしていないらしい。

 おかげでグラディウスファーリーには自己評価が高すぎて、他人に認めてもらえずカリカリしている面倒な人間達、というイメージがあるらしい。

 だが、どうしても海流と地の利の関係で、グラディウス地方を通過するとなると、やっぱりグラディウスファーリーを避けて通るわけにはいかないようだ。

 どうすっかなー。アルガがうまく立ち回ってくれるなら。いやでも国の上層部がスクトゥム帝国に取り込まれてたらアウトかなあ。


「グラディウスファーリーについては案ずるな。テルティウス」

「は。すでに弁明の使者が冬前に参っております。王の許しなく兵を動かした一門を誅殺したとのこと」


 ……うわー。

 しっかりランシア山越えをしてきた直後にしばいてあったわけですか。外交的に。

 あたしゃてっきりスクトゥム帝国の侵略の尖兵として使われてたかと思ってましたよ。もしくは遠交近攻ならぬ遠攻近交策かとね。あれどっちをやるにしても、地続きの方が意味があるんじゃないかと思うけど。


 ……ひょっとして、あたしたちがルンピートゥルアンサ副伯だのアロイシウスだのをしばいてたのって、下手に外交問題に首突っ込ませないようにって思惑でもありましたか王子サマ。

 それなのに国内のちょまちょました事態を解決させとけばいいやと思ってたら、ルンピートゥルアンサ女副伯とか予想外にずるずるいろいろついてきてたとか。


〔ありえそうですね。それ〕


 あっちもこっちもスクトゥム帝国の影が見え隠れするこの感じ、なんだかなあ。


 反対のクラーワは、これまた対照的に山の多い地方である。

 それこそランシア山の頂上――あの槍みたいな岩の先端じゃなくって、地方をつなぐ円環の道があったとこね――と同じくらい標高が高い山々が連なる。

 谷間を縫うように都市が点在している中にあるこのちっこいめの国、クラーワヴェラーレってたしか……シルウェステルさんの実のお父さんの出身地でしたか。


「シル」


 心配げなアーセノウスさんの声に、あたしは大丈夫だと手の骨を振ってみせた。

 あたしはシルウェステルさんの骨を借りちゃいるが、シルウェステルさん本人ではない。そんなに物思うことはありませんよ。

 ちゅーか、クラーワヴェラーレって、シルウェステルさん(あたし)の扱いについて文句言ってきてましたっけね。そういえば。

 ……うまく使えば、いい目眩ましになりそうだ。


〔相変わらず平常運転が黒いですボニーさん!〕


 考えて考えて考え抜く必要があるのだよ。グラミィだって死にたくないでしょ?

 だったら行きはよいよい、としても帰り……逃走経路の確保も重要だ。

 もう糾問使って名目が、どんだけふやけてぐだぐだになりそうなほど、内状と違っていようがなにしようが、スクトゥム帝国にとっちゃあたしたちはイヤな存在なのだ。それこそ生前のシルウェステルさんみたく、戻ってきて国境越えたあたりで暗殺とかされてもおかしかないと思うのだよ。

 もちろん、やられっぱなしでいるわけじゃないけどなー。


 置き土産として最適なのは、やはり森精の樹だろう。

 森精の樹は森精の加護の証のようなもんだ。王侯貴族にとっては垂涎の的。

 実際、ボヌスヴェルトゥム辺境伯の寄子や陪臣のみなさんからはすっごく欲しがられた。

 それをスクトゥム帝国に持ち込むのは、王サマたちから見れば微妙かもしらんが、とんでもないメリットがあるのだよ。通信手段兼、自動情報収集端末設置というね。

 

 樹杖の子たちが互いにつながるのは数㎞圏内らしい。

 実際のところ、ベーブラとアダマスピカ副伯領をつなげて、あたしがカシアスのおっちゃんにたびたび連絡を入れることができてたのは、ベーブラにペルの森を作っていたからだけじゃない。ピノース河沿いにアルボーまで点在していたヴィーリの樹杖の子たちがいたからだ。

 この距離制限は『歌わせる』ように、何かしらの手段で過出力して伸ばすこともできるのかもしれないが、樹杖が森精の半身と言ってもいい存在である以上は、過負荷をかけるのはよろしくないだろう。

 とはいえ、逃走中にでも適度に種をばらまけば、あまりその通信範囲は気にしなくてもいいだろう。向こうがあたしたち(デコイ)を追いかけてる間に、本命の一つとも言える森精の樹たちがすくすく伸びて相互につながってくれるというね。

 その情報網にアクセスできるのは、ヴィーリのような森精か、もしくはアクセス権限をもらったあたしたちのような特異な存在だ。通信方法はめちゃくちゃ機密性が高いくせに、いながらにして他国の、しかも他地方の内情を筒抜けにできるというね。

 ただ、これにはペルの同根の森精たちが、どのくらい堕ちし星(異世界人)たちに森精の樹について情報を渡してしまったかがネックになる。なにせあの禁術としか言いようのない術式の数々を見ると、疑われたら何されるかわからんもんなー。針葉樹っぽい見かけになったヴィーリの樹だったらなんとかならんかなー。


 いずれにしても情報収集をある程度したら即座に逃げる、がこの行動のキモである以上、足軽く移動できるというのは重要な要素になる。

 転移術式なんてド外道なしろもんは使えないし、使う気もない。

 となると、持っていくものもよく考えるべきだろう。最悪全員身一つで敵地を脱出する必要も出てくるだろう。

 船に馬も乗せて連れていったら、……殺されること前提で考えた方がいいな。生かしたところで連れて帰ることはできないだろうし、放置したらむこうに移動力や戦力として差し出すような格好になっちゃうだろうし。

 やっぱり荷物はなるべく軽くするに限る。が、これはどうしても持って行かないとならない。

 豆と塩と服は。

 タクススさん案件のさわりを伝えると、会議は爆笑のうちに終わった。


……それはいいんだけどさあ。


「シルウェステル・ランシピウス名誉導師に、蒼の外衣を授ける」

「『陛下の御恩情に感謝いたします」

  

 深縹と蒼色の入り混じったような、北の海のような色合いのマントは綺麗なんだが。

 あれだけ国内の政情と政治的バランスを考えて、がっちがちの報奨の場は設けないって言ってたのになー。

 どうしてこうなった。

糾問使とはいったい……。


骨っ子「名目♪」

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