表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/370

街へ行こう

 ランシア街道沿いの街まで移動すると命じたカシアスのおっちゃんは、ずっと険しい顔をしてなにやら考えている。

 ちなみにあたしとグラミィ、ついでに馬の手綱も握れない負傷者ギリアム君は魔術士専用だったらしい馬車の中だ。

 いちおう優遇されてるんだろうな、とは思う。クッション少ないのが文字通り骨身に染みてマジつらいんだけど。

 だって、舗装ナッシングな道を通る振動で、骨にごっつんごっつんぶつかるんだよ。

 そのせいで椅子の布に穴開けてしまった。こう、尾骨がブスッとね。

 つくづく中身が羽毛みたいな飛び散るものでなくてよかったと思う。

 ちなみに、馬車に乗るはずだった魔術士たちはというと、気絶から回復したところで魔法発動に必要らしい杖を預かって、代わる代わる徒歩で移動させている。そのくらいがちょうどいい罰でしょ。


 馬車といえば、この世界の馬は足が長過ぎるせいで、微妙に馬っぽくない感じがする。

 日本人の胴長体型に欧米人の大腿骨がめっちゃ長い足がついてたり、豆柴の胴体に秋田犬の脚をくっつけたような違和感があると言えばわかりやすいだろうか。妙に胴が短く感じられる。

 ……まさか腸が短い=肉食ってわけじゃないよね。対比の問題だよね。


 ちょっとコワい想像は棚の上に放り上げて、さらに観察する。

 馬たちの体型のせいか、鞍の位置も腰骨の上にあったりする。関節の上ってすんげー揺れそうだと思うんだけどな。

 もとの世界にいた時に、象の背中に乗せてもらったことがあるが、あれも背中というより前足の付け根の上という感じのところに座席がくくりつけてあった。

 そのせいか、えらい揺れた覚えがある。

 イメージ的には反転のみ手洗いモードにされた洗濯機。上下だけでなく、歩みに伴ってぐりゅんぐりゅんと左右にもねじれが入るせいで、ちょっとしたジェットコースターより怖かったもんだ。

 それを考えると、騎乗しているカシアスのおっちゃんたちは、きっとバランス感覚もいいんだろうな。


 んなしょーもないことをいろいろ考えながら、ひたすらがたがたごとごと揺られる。

 なにせそれ以外にすることがないからね。車酔いにすらならないし。できないのかもしれないが。


 覆いをかけてある窓からは、いくつかちらほらと集落らしきものが見えた。

 …石造りの家が多いな。あと藁葺きの掘っ立て小屋っぽいのは家なのか、納屋なのか。


〔わー、モロ中世ヨーロッパって感じ。これぞ異世界モノの定番な感じってもんですよね!〕


 興奮したグラミィの心話が伝わってくる。掴まれた指の骨から。

 ねじってる、思い切りねじってるってば。痛くはないけど関節無視して180度イっちゃってる。


〔あ、…ご、ごめんなさい〕


 離してもらったとたんに、ぐりゅんっと指が元通りに戻った。んーむ、これも不思議な異世界ならではってことなのかね。


 異世界モノというか、よくMMOとかスマホゲームにあるような、いわゆる剣と魔法の世界的なものというのは、確かにさくっと西洋中世っぽいと表現されることが多い気はする。

 端的に言えば、複数宗教混在の相互容認とか多神教とか魔法ありとかって方向に中世ヨーロッパを魔改造したサムシング的世界。

 そこで問題なのは、『なぜ中世なのか』ってところと、『なぜヨーロッパなのか』ってところだと、個人的には思っている。


〔なんですかそれ?『中世=手持ちの技術で絶対優位チートおk』とか、『ヨーロッパ=わかりやすい外国のイメージ』ってだけじゃないんですか?〕


 確かに、グラミィの言い分にも一理あるんだよね。

 ヨーロッパ文化圏のイメージと言いながらカタルーニャ語やガリシア語、ゲール語といった稀少言語が出てきた異世界モノをあたしは見たことがない。知らないだけかもしれないけど。

 見たことが多いのは、英語、たまにドイツ語やフランス語といったメジャー言語のカタカナ表記だ。

 これは、グラミィの言うとおり、一番わかりやすい異文化語としての外国語だからなんだろうと思う。

 あと、理由としては、日本との関係が政治的にそこそこ安定しているから、中世の歴史解釈をどんだけ魔改造しようが叩かれる心配が少ないからとか。

 そこまで配慮しながら現代ヨーロッパっぽい世界ではないのは、中世の方が(正確には貴族ではない)騎士階級まで含めば、王侯貴族が相当数いるぶん、お近づきになれそうだってのもあるのかもしれない。


 ……逆ハー物最高!信者に、王侯貴族にヒロインがもみくちゃにされる系の作品を無理矢理押しつけられたこともあったっけな……。

 布教としかいいようがないね、あの勢いは。

 鼻息荒く魅力を力説してた顔を思い出すと、今でも遠い目になってしまう。

 目玉ないけど。

 

 もちろん、文明レベルが中世なみなら絶対的に科学知識は現代日本人の一般常識レベルの方が上だから、ということもあるのだろう。

 

 だけど、中世ヨーロッパっぽく見える理由をよく考えるといろいろ怖い物が見えてくる。


 そのへんの集落の家の外観は、どう見ても普通の石を積み上げたもののように見えた。

 これをヨーロッパっぽいって無意識に解釈するのは、ヨーロッパ圏内の建造物が石造りであることが多いということもあるんだろう。総檜造りとか見たことないもの。

 形に違和感を感じないのは、トライアンドエラーで力学的最適解を求めていった結果だと思えば納得がいく。

 素材が限定されていて、物理法則がほぼあたしやグラミィの世界と同じであると仮定するなら、建造物の構造はそれほどバリエーションが変わらないはずだからだ。


 ならば、本当のヨーロッパ地域で石造りの建物が多い理由は何か?


 まず、地盤が強固で地震が少ないことが挙げられる。

 ……まあ、斜塔で有名なイタリアのピサみたいに軟弱な地盤もないわけじゃないけど。

 それでも、あのピサの斜塔だっていろいろ手は入ってるものの、800年はもっている。

 場所によっては、中世どころか古代ローマ帝国時代の遺構がしっかり今でも現役だったりするんだもんねー。作成当時からコンクリで補強されてたってこともあるけど、実に侮れない話だ。

 これを地震大国といわれる日本でやったら、たぶん数百年しか持たないんじゃなかろうか。

 どんだけコンクリで塗り固めたって、鉄筋が入ってるってわけじゃないもの。地盤沈下だって怖いし、軽くひと揺れしただけでどんな大惨事になることやら想像もつかない。


 次に、石材が入手しやすいからなんだろうと考えられる。

 石は、石切場にしやすいような露出した岩盤が多いんだろう。そうでなければあれだけあちこちに石造りの城だの屋敷だのは作れまい。メンテナンスしようにも原料が尽きました、なんてことになればそれで終わりだ。


 取り尽くしたら終わりの石材に対し、木は植林さえすれば望みの樹種が育ってくれる。

 が、樹木が生長するのにも時間がかかる。


 ちなみに、日本の木造建築が、湿気が多い温暖湿潤気候地帯にありながら千年規模で長持ちしているように見えるのは、ちょくちょく建て直されているからだ。

 式年遷宮ほどではないものの、京都や奈良の寺社だって数百年に一度は大改修の手が入っている。

 つまりは、気候的にはそれだけ立派な木材が手に入りやすい地帯にあるからできることだ。


 それに対し、日本でいうと東北から北海道以上北寄りの高緯度に位置するヨーロッパは、日照時間が短い。それほど気温が低くならないのは海流が原因だとか聞いた覚えがあるが、逆に言うなら海沿い以外の内陸部や暖流の影響が少ない海岸部は相当寒いってことだ。

 そのため、植物の生長には時間がかかる。

 ヨーロッパにおいて、森は当初共同体の原始的な共有地だったが、森の開墾や植民が進むにつれて、狩りや豚の放牧のために統治者の直轄地となっていき、都市化が進んだ中世においては木材の値上がりが激しくなった、という歴史的変遷もそれが一因ではないだろうか。

 なにより、生えている木と木材にできる木はイコールではない。

 

 これらの地誌的情報から推測できる、中世ヨーロッパ風異世界の問題とは何か。


 地震が少なく、強固な岩盤であることのメリットは、建造物は基本的に石で造られやすく、数百年レベルで建造物が残りやすいことだ。

 つまりそれは、戦争などの人為的破壊が起きない限り、建物の中のモノ……文字を含めた記録や財産が数世代以上残りやすいということでもある。

 口伝に頼らず歴史を残す手段がそこそこあって、ある程度物的財産の蓄積が可能であれば、生活様式以外の伝統も残りやすいというものだ。


 だってこれが草原を移動する遊牧民風の異世界で、文字のない言語を使ってたら大変だよ?

 口承というのは細かいところが変化しやすく、歴史は覚えている者がいなくなった段階で消失してしまうものだ。

 魔法というステキ要素を当てにしなければ、そんな世界で過去や未来を長いスパンで考えることなどできない。その場しのぎの繰り返しになるだけだ。


 逆に言えば中世ヨーロッパ風異世界では遺恨や対立もきっちり残るってことだけど。

 記憶だけじゃなく、記録にもね。


 デメリットは、人間の農耕する土地として見たとき、肥沃とは言いがたく、寒冷な土地の問題だ。

 岩石が多いということは、農耕に適した土が少ないということでもある。

 ランシア山とかいったか、とんがりまくった岩の塊のようなあの山に木があまり生えていなかったように、土がなければ植物は育たない。

 それこそ数百年かかって岩が風化して細かくなるとか、水分と植物の根の生長で細かく割れるとか、そんなことがない限り、土はできないのだ。

 すでに植物が生えている森でも切り開かない限り。


 森そのものはとても滋味豊かな土地だ。なにせ数十年、数百年かかってできあがった腐葉土で覆われてるわけだし。

 ただ、それを開墾し続けることができる人間がどれだけいるだろうと思う。人手を割けるほど、そんなに農村部に人間いるのかな。

 いったん切り開いた土地を代々畑にしていた方が作業効率的にはいいんだよね。作物を育てて収穫するだけだと、土地はみるみるうちに痩せて、あっという間に荒れ地になるので施肥が重要になるんだけど。


 日本では都市部の排泄物を水運などを利用して農村部に運び、畑の肥料にしていたという歴史がある。

 結果としてトイレを集中管理して、肥料資源にしたわけだ。川に流してばっかりだと流行病も蔓延するしね。

 しかしヨーロッパ圏内は排泄物の処理って……してたんだろうか?


 ベルサイユ宮殿には、おまる以外にほとんどトイレがなかった、とか。

 ハイヒールは道に散乱するンコ回避のために作られた、とか。

 おまるの排泄物は窓から道に投げ捨てられるのが当然だったんで、山高帽とかマントが作られた、って歴史を考えると、疫病問題とかとんでもなくひどいことになってそうな予感がするんだけど。特に都市部。

 

 ……思考がそれた。

 中世日本と違って、ヨーロッパでは大規模な牧畜も行われていたということを考えれば、動物の排泄物だって肥料になるんだろうし。堆肥の作り方を知らなかったとも思えない。

 でも、土地が寒冷であるならば、やっぱり植物は耐寒性の高い種類しか育たないのだろう。


 生物ピラミッドの基盤となる植物に幅と伸びしろがないというのは、かなりの問題だ。

 特にいろんな作物の幅がないのは怖い。単一作物の生産に頼ってた農政が植物の疫病で壊滅した例は歴史を見ればごろごろしている。

 それでもなぜ繰り返されるのかというと、複数種類の作物を生産するよりラクだし、コストがかからないという利点があるからだ。輸入に頼る経済構造ができてしまっていることが前提条件だが。

 伸びしろがないのは、まあ、短期的にはさほど問題になりにくいのだが。

 長期的には大問題になりかねんのだけどね。


 例えばの話、中世ヨーロッパ風異世界があたしやグラミィの知っている現代日本なみに平和になり、ペストのような致死率の高い疫病も蔓延せず、人口が増えた場合、長期的には何が起こりうるか。 

 魔法や奇跡といった不確定要素を抜きに考えるならば、結論は一つしかない。


 食糧を奪い合う戦争が、いつか必ず起きるだろう。

異世界転生王道要素ぶち壊しはまだまだ続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ