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会合

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 デッドコピーたちをひっぺがしてから、数日後のことだ。

 毎度おなじみ――ってほどでもないか――ボヌスヴェルトゥム辺境伯家の大広間で、あたしは数人の男性からじろじろと見られていた。

 

 いや、あたしからタキトゥスさんにお願いしたんですけどね?

 今後、治水工事であーだこーだとロブル河周辺をうろうろするのだ、だったらその前に近隣に領地のある寄子のみなさんとの顔合わせの機会がほしいですと。

 ここまでアウェイ感ばりばりだとは思わなかったけどさー。


 その中でも一番態度がよろしくないのは、あたしたちをせわしなく見回したあげく、ケッとでも言いそうな顔になってからは、一瞥すらよこさないおっさんである。いやおっさんに熱っぽく見られてもヤだけど。

 外見的にはアウデーンスさんよりちょい年上、な感じなのだが、どうにも胃の弱そうなひょろりとした体格が威厳を感じさせない。癇性な感じに引きつる眉と、口元のだらしない感じも、なんか、こう、イヤな感じだ。


〔あれ、ペリグリーヌスピカ城伯ですよ〕

 

 まじかい。

 例の、サンディーカさんをさんざん床代わりに踏みつけてた、カエルなんちゃらとかいう前夫かよ。

 ……てめえはやっぱ禿げろ。

 魔術師でなくても、プライドだけで世の中渡ってそうな貴族階級なら、外見劣化ってのはそこそこ精神ダメージが入るだろうなこいつ。


 港湾伯家の家族席で、によによと様子を見ているアウデーンスさんによれば、ボヌスヴェルトゥム辺境伯の名でタキトゥスさんが招集をかけた途端、真っ先にすっ飛んできたのは、この城伯だったそうな。

 サンディーカさんへの嫌がらせのつもりで面妖な船に矢を射かけたら、王の目とも言われるヴィーア騎士団の使者が乗ってましたー!という失態に言い訳をするためだったんだろう。

 だが残念。エンリクスさんはもうベーブラにはいませんよーだ。

 

 使者というエンリクスさんの用はすんだが、彼を一人で返したら、帰途でもまた城伯が絡んでくるだろうというあたしやグラミィの予測は、いつの間にやらアドバイザー顔で、あたしたちに割り当てられた客間に居座るのがデフォになってたアウデーンスさんとも無駄に一致した。ヤな信頼性高すぎ。

 だけどねー、ペリグリーヌスピカ城伯と会ったら逃げられない。謝罪を受けざるをえなくなるんですよ、エンリクスさんの身分的には。

 それはノーサンキューということで、あたしが夜中にこっそりアダマスピカ副伯領というか、スピカ村まで送ってきましたとも。

 例の結界応用ジェット水流船で、無音のまま上流へと(さかのぼ)るというステルスモードつきである。

 もちろんその前に、ヴィーリの樹経由でスピカ村へと連絡入れたりとか。あたしとグラミィ、森精組でまとまって行動したりするとか。情報共有と団体行動の基本は外しませんよ。

 深夜に着いて、カシアスのおっちゃんに敵と間違えられても困るし。二手に分かれたりすると、港湾伯家に置いていく方に、誰かしら何かしらのちょっかいをかけてこないとも限らないのでね。筆頭、アウデーンスさん(脳味噌おこさま)

 面倒がイヤだったので、部屋の手配といった事柄だけ最初から巻き込んだあげく、黙っててねーと言ったら、すんごい楽しそうな目をするんだもん。こっちみんな。

 自分が直接絡めなくても他人の裏をかく行動大好きとか。やっぱり中身は子どもだ。

 巻き込むのに理由を付けなくていいのは助かるけどさー。


 あ、復路は、エンリクスさんの代わりにアダマスピカ副伯家の家宰さんがご一緒でした。

 当然のことながら、アダマスピカ副伯爵家もボヌスヴェルトゥム辺境伯家の寄子である以上、招集を受けてるんですよねー。

 本来ならば現アダマスピカ女副伯のサンディーカさんが飛んでくるべきところだ。

 だけど、妊娠初期のサンディーカさんを今回の招集に応じさせる気にはなれませんてば。


 季節は冬!真冬なんですよ、とっくに。

 骨なあたしにゃいまいちぴんときませんが、グラミィに言わせりゃ厳寒もいいところなんだそうな。

 石カイロ、もとい温石をグラミィなみに山ほど用意したとしても、結界船で移動が短時間ですむとしても、妊婦に冬の寒さはたいそうな負担となるだろう。

 おまけにけったいなストレス源もありそうなところに近寄らせて、万が一にでも流産なんて事態になったら、諸方面に大問題勃発ですよ。たまったもんじゃない。

 そんなわけで、サンディーカさんの名代として家宰さんが招集に応じるということにしたそうです。

 ま、あたしたちはどうせまたベーブラへ戻んなきゃならんのだ、問題はなかろうてんで引き受けましたとも。

 同行を隠すためということで、家宰さんだけ途中から陸に上がってもらって、目眩ましがわりに軽く別行動……てほどでもないか。一人でベーブラに入ってもらったんだけど、その様子を河の上から見守るくらいはしますよもちろん。

 

「緊急に皆に集まってもらったのは他でもない。ベーブラ港再鑿(さいさく)、ならびにロブル河流域にかかる土地の改変についてだ」


 タキトゥスさんの声に、賓客席的なところに座っていたあたしとグラミィは立ち上がった。ペルとヴィーリ?まだ立ち上がらなくてもいいです。

 

「王命により、このたびベーブラ港の整備にご協力いただくシルウェステル・ランシピウス名誉導師である。横におられるは、師の代弁者であるグラミィどのだ」

「早速舌人としての役を果たさせていただきたく存じます。『ただいまご紹介にあずかりました、シルウェステル・ランシピウスにございます』とのことにございます」

 

 グラミィの声にあわせて一礼する。

 ……うーむ、ざすざす目が突き刺さりますねぇ。なんでこんなところに魔術師が?てな、じつに胡散臭そうなまなざしばっかですよ。


「シルウェステル師は元ルンピートゥルアンサ女副伯コークレアの罪を暴き、またアルボーを良港に変えた方でもある」

「魔術師ごときがでございますか?!」


 ……本音が出ちゃったんだろうなぁ。ごとき、とか言われちゃいましたよ。

 

 魔術師は基本的に騎士と相性がよくない。

 主な理由は魔術学院出の連中の言動だ。魔術師ではない人間に対する差別的な見方と、肥大化したエゴのせいで傲慢さが鼻につくきらいがある。そのへんは今後導師になったコッシニアさんたちがしばきたおしてくれるだろう。と、期待しておきたい。

 だが、それは騎士や物理戦闘特化型貴族、特に下級貴族の側にも、魔術師に対する倦厭の情が定着するに十分だったのだろう。魔術師と聞いただけで相手の評価が(から)くなるくらいには。


 だってさ、あたしが名乗ったシルウェステルさんの姓だけでも、ルーチェットピラ魔術伯爵家に連なる者だ、ぐらいには推量できるのだよ。そしてここに集まってもらったのは、辺境伯の寄子、つまり上こそ同格の伯爵家御当主もいるが、下はといえば領地がそれこそ寒村一つというような郷士さんもいるのだ。

 なのに、この反応はどうよとね。

 いちおう港湾伯の寄子に魔術特化型貴族の家がないわけじゃないが、ここに集まってもらったのは物理戦闘特化型貴族オンリーに近いようだということもあるのだろう。

 ……これ、元来アダマスピカ副伯爵家という、同じボヌスヴェルトゥム辺境伯の寄子で、なおかつ同じ物理戦闘特化型武闘派貴族出身であるコッシニアさんでさえ、魔術師というだけで、どういう色眼鏡で見られるかわからんということじゃないかなぁ。

 

 ならば、早めに粉砕しましょう、その色眼鏡。

 あたしだって魔術師なかっこをしているだけで、胡乱な目でじろじろ見られるのを楽しむ趣味はないのですよ?


〔黒覆面に仮面にフードがっつりかぶってるせいもあるんじゃないんですかー?〕


 ……それは忘れてたや。


〔って、ボニーさーん!〕


 ええい、それはいいからとっとと翻訳よろしく。


「『方々自身が(じか)に御覧になってはおられぬ以上、お疑いはごもっとも。なれどわたくしは王命によりまして、ベーブラへ参りました」


 ええ、王サマの信任を得てるんですよ?

 なので、それが嘘くせえって批判することは王サマを批判することなんです。おわかりですよね?


「それは、確かにありがたきことと存じております。ですが一つわからぬことが。たしかにロブル河は土砂が次第に堆積し、かつては大船で賑わったベーブラも、今では浅く大船どころか中船すら入れられぬ港となったとは、我が父よりも聞き及んではおります。されど、なにゆえ今になっての再鑿なのでございましょう」

「それについては、わたしの口から明かすべきであろう」

 

 ルンピートゥルアンサ副伯領とベーブラの間に領地がある、男爵さんの息子さんだそうな青年に答えたのは、タキトゥスさんだった。

  

「再鑿は極めて困難な工事となろう。それこそシルウェステル師のような卓越した技量をお持ちの魔術師でもなくば、港の底から大量の砂など取り除けん。それゆえこれまで手を着けられずにいたが、そうは言っておれぬ情勢となった。詳しいことはまだ言えぬが、近々南より戦火が上がるものと思われる。このたびベーブラ港再鑿を強く願ったのは、それへの備えだ」


 ざわ、とさすがにどよめきが大広間を覆い、青年も真顔になった。


 うん、まあ、相手がスクトゥム帝国というとこまでは明かさないにしてもね。海に面している港湾伯の寄子さんたちには、ぜひとも、北の護りの準備ぐらいはしていただきたいものだ。

 実際、向こうが人攫いさん(星屑野郎)たちを送り込んできてたのも、今後の戦争に備えてのものだったみたいだし?

 ……それ考えると、いやあ、つくづく一網打尽にできてよかったよ!下手したらベーブラ港どころかボヌスヴェルトゥム辺境伯領が全部帝国の進撃基地にされてたかもしれんのだ!

 

 なお、星屑野郎たちの捕獲に関しては、海の男たちなみなさんのご協力あってのことなので、あたしたちの手柄にはなんない。というかしない。

 港湾伯御当主であるタキトゥスさんにとっては、密偵に入り込まれてたというのは領主の失態だもんねー。

 捕獲作業にはアウデーンスさんが大きく噛んでるってことも言わない。

 ただでさえ跡目争いで荒れてるんだから、回ってる洗濯機の中に腕を突っ込むようなことをやってどうする。

 まきこまれて大怪我したくありませんー。


「わたくしも一つ伺いたい」


 アダマスピカ副伯爵家の家宰さんのお隣に座っていた人が発言を求めた。

 ちなみにサンディーカさんの代理ってこともあるので、家宰さん――ピウスさんというそうな――には、『あたしたちが不利な立場に追い込まれたとしても、基本見ているだけにしといてください』とお願いしてある。

 まあ、家宰さんもアダマスピカ副伯爵家への忠誠心の強い人だから、真っ先に家の利益を考えて行動してくれるだろう。ほっといても大丈夫だとは思うけど。

 

「具体的にはどのような工事となりましょうか。人足をお出しするにしても、必要とされる人数、期間などの目算をいただけませんでしょうや」

 

 あ、工事に人手はいりません。むしろ出されても困ります。


「『それにつきましては、どうかご懸念なきように。わたくしが方々にお願いしたいのは、今後の調査などへのご協力にございます』」

「協力とは?」

「『わかりやすくご説明いたしましょう』」


タキトゥスさんにお願いして出してもらってあった晩餐用の大きなテーブルへ近づき、地図で得た知識と実測データをもとに、いつもの砂模型でベーブラ港からロブル河、ランシア河流域をさっくり作成してみせる。

 さすがに魔術師への反感も隠せないみなさんも、これには目を丸くしてくれた。やっぱり具体物って重要ですね。

 ですがまあ、途中北東へ枝分かれしている支流が不定形な上にずっと同じ深さなのは仕様です。

 だって行ったことないんだもん!

 ベーブラ港とロブル河本流の構造や水深だけは正確ですよー。

 

 人攫いを追っかけてった後も、寄子さんたちが集まってくるまで時間があったんで、何度かベーブラ港には足の骨を運んだんですよ。アウデーンスさんといっしょに。

 いやー……、皆様、とっても協力的でした。ありがとうございます。

 おかげでベーブラ港については、ほぼ完璧といっていいほど情報収集の成果が上がってますとも。


〔もともと迷信深いって話でしたもんねー。ボニーさんが水中から出てきてもぜんぜん濡れてなかったせいで、港のおじさんたちってば、海神マリアムの眷属、から『眷属』が取れそうな勢いでボニーさんを拝んでましたけど〕


 うむ。あれはいい加減にやめろください。イヤマジでお願い申し上げたく候な気分になりますよ。

 ムキムキな海の男たちに崇め奉られるとか、罰ゲームレベルだから!

 あたしゃただの骨なんですって!なのに神の眷属扱いとか、なんの精神攻撃だ!全身むず痒くなるのを押さえ込むので手一杯ですよ!

 やったことだって種もしかけもありまくり。アルボーでもやったことの焼き直しなんですってば。


 心話で愚痴りながらも、砂模型に水を流しておく。メトゥスさんも驚いた様子で口が開いてますが、周囲に水がこぼれないのは、もちろん結界張ってるせいですよ?


「『この水嵩は、本日早朝の状態です』とおっしゃっておられます」

「潮が引いていない時刻に、これだけ港が浅くなっていると?」


 ええ、潜って確かめましたとも。

 単独水中移動だったら、紡錘形の結界張ってジェット水流起こせばぎゅいんと動けるんですよ。それで海中散歩というか、海底の様子を確認しただけなんだけどなー。

 なんでか河口からちょっと離れた海底の砂地から、ぽこぽこ泡が出てましたけどねー。


「シルウェステル師。ここまでお調べになられたならば、ベーブラ港再鑿は可能ではないのですかな?」

「『港に船が出入りできるようにするだけならば、時を限るならば可能ではありましょう。港のみ砂を取り除けばいいだけのことなのですから。なれど』」


 目で見てもらった方が早いと、ざーっとベーブラ港部分の溝から砂を取り去ると……あら不思議。

 海の方が指の骨幅くらい高くなってます。もちろんこれ、河口で結界仕切ってるんだけど。

 その海側の方に、ヴィーリがくれた染料――まあ雪の下に残ってた植物の実の汁なんですが――を垂らして色をつける。淡水と海水のイメージを作るためだ。

 

「『ベーブラ港から砂を取り除いただけでも、これだけの海水がロブル河に、そしてベーブラ港に入り込むとお考えください。港に合わせロブル河口も掘り下げたなら、なおのこと。潮の満ち引きもありましょうが、いずれにせよ、これまでのような漁が続けられるかはわかりかねます』」


 人差し指の骨でひょい、とロブル河に見立てた水路の口を示すと同時に、河口に張ってた結界を消す。

 川からゆるゆると染料の色が上流へと流れていくさまに、タキトゥスさんも真面目な顔でかすかに頷いた。

 

「『王都よりわたくしはランシア河からロブル河へと下ってまいりました』」


 ペリグリーヌスピカ城伯がすごい勢いで顔を上げた。こっち見んな。

 どうせ今頃になって、矢を射かけた相手が、あたしたちだったかもしんないと思いついたんだろうが。

 遅いっての。

 だけど、謝罪なんか、ぜっっっっっったい受けてやんないもんねーだ。


「『わたくしの懸念は二つ。一つは、港が良くなっても獲れる魚が減っては困りましょう。またみなさまの領内の河も流れを変えることになるやもしれませぬ。じかに確かめえたロブル河本流の様子しか、はきとはわかりかねますが……、こちらも治水のため、川底を掘り下げたならば、支流へ流れゆく水の量も変わることになりましょう』」


 うにゃうにゃとした支流が伸びている領域を指してみせる。ええ、このあたり一帯の事情はまったくわかりませんから!

 ついでに言うなら、王都じゃ、港湾伯領よりもっと上流のあたりまで、治水工事をあたしにさせる気まんまんでしたからね。

 王サマとか。トゥニトゥルス魔術公爵レントゥスさんとか。

 だけど、治水工事のデメリットは、ピノース河でいやというほど骨身に沁みましたよあたしゃ。

 それにだね。


「『今一つは、たとえこのたびすべてを取り除いても、土砂はいずれまた同じように堆積するということ』」


 ええ、今回の治水工事はあたし『個人』でやらかしたとしてもだね。今後どうするかまでは、あたし『個人』では背負えないのだよ。


「では、師の御懸念に対し、何が必要とおっしゃられるか」

「『それが、ボヌスヴェルトゥム辺境伯の寄子たるみなさまに協力をお願いしたきことにございます』」

 

 タキトゥスさんに一礼して、あたしは指の骨を二本立てた。


「『協力を願いたいことは二点。一つは、ベーブラ港が賑わいを見せていた頃と現在の漁獲高の差について、お調べの上、ご対応を願いたく』」


 どうしてもベーブラ港は再鑿というか浚渫しなきゃならんし、ロブル河だって河口を掘り下げる必要もあるだろう。

 掘ることは掘りますよそりゃ。

 だけど、それをしたら、海水と淡水の入り混じる汽水域の生態系はどうしても乱れてしまう。『不都合が出てきたから話が違う!』的なクレームを出されても、そこまで面倒見きれません。

 

 だから、これから掘り下げるのと同じ水深だったころの漁獲高――量だけじゃなくて質も種類もたぶん変わってきてるはずだ――についての記録を各領地で調べてもらわねばならない。

 港湾伯さんと寄子さんたちにはその変化に対応してもらう必要があるからだ。そしてこれはあたしじゃ絶対にできない、彼らにしかできないことなのだ。


 ベーブラ港の調査中にも、いろいろ話を訊かせてもらったお年寄りな元船乗りさんたちに逆に訊かれたものだ。なんでそんなこと訊くんだって。

 理由は簡単。その土地に何があったか、どう変化に対応してきたか、一番よく知っているのはその土地の人だからだ。

 そして、比較的多くその土地の知識を蓄積していて、情報として効率よく引き出せるのは……海の古老の記憶か、それとも文書を作成・保存できるだけの教養と富を集積してきた領主の記録庫ぐらいしか、あたしにはあてがない。


 だがグラミィにも言われたが、元海の男たちから話を訊いてる(情報を得ている)あたしなら、寄子のみなさんたちより先に動けるんじゃないかというと、それは間違いというものだ。

 確かにあたしゃ、すでに情報の一部は持ってますとも。これから古文書をひっくり返しにかからねばならん各地の領主さんたちより――ベーブラ港に関しては、特に――はるかに優位ともいえるだろう。

 だけど、それで最速最適な対応ができるかというと、そうではない。

 あたしは領主ではない。何の権力も行使できない骨が何を言ったって無駄なのですよ。

 これは逆に寄子のみなさんたちにも言えることだ。権限のない者が領地経営に手出しができないように、権限のある者が真っ先に手をつけないで誰がするのかと。

 その上で、彼らが餓死者を出すほど領地経営に失敗しようがしまいが、その責を負うべきは彼ら自身なのだ。


「『もう一点は、流れ、特に支流への水かさが変わることで、いかなる問題が生じるか。これについて調べるため、わたくし自ら流域全体を探索いたしたいと考えております。皆様の足下にも立ち寄らせていただくことになるかと存じますが、どうかご理解を願いたく』」

 

 ざわりと大広間の空気が反発に揺らいだ。

 

 ……ええまあ彼らの警戒は予想していた通りですよ。

 彼らが嫌う魔術師が、自分の領地に踏み込んでくるとか。いくら利益をもたらすとしてもイラっときて当然だ。

 しかも、タキトゥスさんの陪臣である彼らと違い、あたしは王命を受けてきたわけだ。彼らにとっちゃ、王の手下が情報収集したいですと堂々と言うとか。あからさますぎるスパイですかってなもんでしょうよ。

 気持ちはわからんでもない。


「『むろん、知り得た事柄につきましては、ボヌスヴェルトゥム辺境伯領外にて口外することはいたしませぬ。そのことを海神マリアムと武神アルマトゥーラ、そして豊饒の女神フェルティリターテの三柱にお誓いいたしましょう』」

 

 利用しないたぁ言ってないけどね!

 それに、人間関係というのは良好に保てれば保てるほどいいのだが、別に今回はそこまで仲良しこよしでやんなきゃいけないわけじゃないのだ。だからきょときょとしなくていいですよメトゥスさん、ペリグリーヌスピカ城伯の剣呑な表情なんか屁でもない。

 あたしは、中立以上は、望まない。

 なぜなら、彼らのほとんどは内陸部に領地を持つからだ。


 故ルンピートゥルアンサ女副伯の始末に、王サマやクウィントゥス殿下があれほど手間と時間をかけた上、実行部隊にあたしたちやアロイス、カシアスのおっちゃんたちを選んだのは、いざという時に使い捨てができるからだ。

 王サマたちが、なんで副伯なんて弱小貴族ひとつにそこまで用心したかにはちゃんとした理由があった。政治的にも、そして地勢的にもだ。

 政治面は前にも考察したから省略するとして……。

 故ルンピートゥルアンサ女副伯は、手段はどうあれアルボーという使える港をがっちり掌握してた。ひっそりこっそりを狙ってたはずのスクトゥム帝国関係者が、コークレアばーちゃんに接触しなければいけないと判断するくらいには。

 この状態で王都からストレートに攻めたら、まずルンピートゥルアンサ副伯一味に海へ逃げられるだろう。そしたら殲滅は困難、おまけに置き土産とばかり港を破壊していかれたら困るのはこっちというね。

 一気に排除しきれなければ、逆に内陸へと閉じ込められかねない。ならばと別の港を見れば、ベーブラ港は閉鎖寸前。新しい港を持とうにも、そのためにはジュラニツハスタから領土をさらに削り取るか、それともボヌスヴェルトゥム辺境伯領の大湿地を北東に抜けて絶壁を掘り抜くか。

 どっちにしても簡単にできるこっちゃない。そのせいもあったからこそ、手をあぐねていたんですよ彼ら(王家のみなさん)は。

 

「よろしいでしょう」

「アールデンスさま!」


 驚きの声を上げたメトゥスさんと、片眉を引き上げたタキトゥスさんに頷いてみせた、そこそこご年配の男性はあたしにむかって礼をとった。


「このイムプルススファラリカ伯アールデンス、シルウェステル・ランシピウス名誉導師に一臂なりともお力添えをいたしましょう。臣が地には隠す物なし。どうぞいつなりともおいでください」

「『ありがたきお言葉。なによりのものにございます、イムプルススファラリカ伯どの』」


 これで、潮目が変わった。


 他の寄子さんたちから雪崩れるような賛同を引き出してくれたこのアールデンスさん、港湾伯タキトゥスさんの実弟さんです。

 ずっとこっちを推し量るような目でいたけど、下手な反応返さないでよかったよー。

 カシアスのおっちゃんとアダマスピカ副伯家の家宰さんから、多少なりともボヌスヴェルトゥム辺境伯家の寄子さんたちについて情報収集しといて、マジ助かった……。

 

 イムプルススファラリカ伯爵領は、ペリグリーヌスピカ城のちょっと上流にある支流から北東にある。大湿地帯をぐるっと呑み込む広大な領地は穀物の生産量こそ比較的少ないが、湿地帯に棲息する鳥や獣、魚などは豊富に獲れるため、財政的にもかなり裕福なんだとか。

 そのせいもあってイムプルススファラリカ伯爵家は、コッシニアさんが預けられたペルグランデクリス伯爵家ともども、()ヌスヴェルトゥム()境伯家の寄子の中でも双璧といっていいほど極大な勢力を誇るんだとか。

 ただし、ペルグランデクリス伯爵家はジュラニツハスタとの国境に近かったせいで、戦乱の影響をもろにかぶったらしい。そのどさくさに、行儀見習いで預けられてたコッシニアさんも殺されそうになったわけだしなー。

 おかげでペルグランデクリス伯爵家は今もちょっと力を落とし、実質的にはイムプルススファラリカ伯爵一強状態らしい。

 ……つーか、港湾伯家ともこれだけ血のつながりが強くて強大なおうちがお隣とか。よっぽど能力的にも忠誠的にも信頼されてないんですかね、ペリグリーヌスピカ城伯って。


「ところで、シルウェステル師に一つお尋ねしたいのですが」

「『何事にございましょう、イムプルススファラリカ伯どの』」

「先ほど工事の人足には懸念なきようにとのことでしたが。それはいかなる故にでしょうかな?近々に戦があるともなれば、畑仕事のないこの時期、農夫たちをもかりだしてでも一気に終えるべきことと存じますが。まして、調査が先ともなればなおのこと。何か案がおありかな?」

「『案はどこまでも案にすぎませぬが』」


 ええ、実現するにはタキトゥスさん(港湾伯)の同意が必要なんです。


「ならば、師がお持ちの案を我らにお示しいただけぬでしょうや」

「『彼らが協力を得ることにございます』」


 そう言って、あたしはペルとヴィーリを手の骨でさした。


「『彼らは、星詠む旅人(森精)たちにございます』」

「星詠む旅人……とは。まさか。森精なのですか、そのお二方は!」

「森精だと?」

  

 アールデンスさんすら大きく動揺を顔色に出していた。

 ペリグリーヌスピカ城伯なんか思いっきり立ち上がっちゃってますよ。ひょっとしたら、二人が着てる服がアダマスピカ副伯爵家から借りてるもんだってのにも気づいたかな?!


 森精たちが人間の礼儀に意味を見いだしがたいのは知っている。混沌録すら見渡す彼らの視点から見れば、そりゃあ人間の栄枯盛衰は仲間割れと同士討ちに彩られているが、些細なことなんだろうさ。彼らが警戒するのはこの世界に紛れ込んできた地上の星(異世界人)なんだし。

 だけどあたしは、あえて今回同席してもらった。

 領地内をふらふらすんぞ宣言をしたのは、ペルの周囲から魔力(マナ)を涸渇させないための苦肉の策でもあるからだ。

 いや、彼の樹杖の種が芽吹いてからこっち、少しは減ってきてるんですけどね?

 だけど彼が魔力を吸収し続ける以上、下手に一カ所に留まっていると、ここベーブラの魔力を吸い尽くしかねないのですよ。いやあたしも吸ってますが。

 

 土地の含有魔力が低くなると、その一帯は岩は風化したように砂になり、水は凍り、火は消え、地は芽吹かなくなるそうな。

 風すらも絶えるというのは、いったいどういう理屈なんだろうね?

 ペルの魔力放出は今も樹杖でまかなっているが、わりとぎりぎりの均衡だ。余剰分はあたしが魔力吸収陣で吸い取っているから、放出量より吸収量の方が一時的には多くなる。

 そのぶん、あたしたちが滞在している土地の魔力がじわじわ薄くなるのは仕方のないことではあるのだが、土地の健康のためにも吸い過ぎ注意。なので移動の自由ぷりーずなのですよ。


「お伽噺を」


 だからこそ、森精(彼ら)の存在すら否定する言葉を吐かせてそのままにはしない。


「『おや、森精は武神アルマトゥーラの(よみ)したもうた存在。もしや貴殿はアルマトゥーラの御加護すらもお伽噺と決めつけられるのでしょうや?』」


 猛反発タイプの相手も、ちくりとつつけばぷしゅりとしぼむ。森精の実在を疑うことは彼ら貴族の、統治者としての正当性をその手で揺らがせることになるのだから。

 つついたついでに、倍プッシュもしとこうかしらん。

 

「『彼らの助力の対価はただ一つ。海に森を作ること、とのことにございます。ボヌスヴェルトゥム辺境伯どののご許可をいただきたく願います』」


 むう、と一声唸るとタキトゥスさんは固まってしまった。

 なんだよ、前に望まれることはいくらでもしますって言ってくれたじゃないですかー。

 寄子さんたちにわざわざ願ったことだって、別に寄親権限で命令してくれたってよかったんですよー。


「海に、森を作るだと……?」

「そんなことができるはずがないだろう!」

「『森を作るのはあくまで彼ら自身。ボヌスヴェルトゥム辺境伯どのにお願いしたきは、森精の森に斧入れぬこと、辺境伯家ある限り森を守ることをこの地を治める家の当主として御誓約いただくことのみ、とのことにございます』」


 お黙り、寄子なみなさん。あんたがたがどうこう言えるこっちゃないんですよ、ええ。

 これは、ボヌスヴェルトゥム辺境伯当主たる、タキトゥスさんにしか返答できないことだ。

 

「シルウェステル師お一人では叶わぬ事なのですかな?」


 アールデンスさんの質問にあたしは頷いてみせた。

 

「『ベーブラ港の再鑿程度でしたら、わたくしのみでもなんとかかないましょう。されど、ボヌスヴェルトゥム辺境伯家ある限り、森を守る限り保ちうる港など、わたくしの力では造り得ぬものにございます。なにより』」

 

 するりとフードをとり、仮面を外す。


「『わたくしもこのような身、いつまでこの世に存在できるやもわかりませぬゆえ』」


 覆面の布を剥ぎ、ばあ、と達人の輪(ドクトゥス・シルクル)をかぶった髑髏をさらすと、一斉にうめき声を呑み込んだ音が聞こえた。

 

 あ。クピディターサさんが倒れた。

 しまったなー……。この世界の貴族女性の神経の太さ、見誤ってたかも。

 サンディーカさんもコッシニアさんも、あたしが骨だってわかってて、わりと普通に接してくれてたからなぁ……。


「ラエトゥス!母御を部屋へ」

「かしこまりました、アウデーンス叔父上」

 

 もう他の家で騎士修業を始めててもおかしくない年頃なのに、ラエトゥスくんが港湾伯家にいるのは、たぶんクピディターサさんの意思が働いてるんだろうな……。

 

 じつは、寄子たち下級貴族や騎士たちに髑髏をさらすのは、あたしにもちょっと覚悟のいることだった。

 迷信深い海の男たちにさらすのとは訳が違う。船乗りたちなら、ヤバいことには徹底して口を噤んでくれる。すんなってことは死んでもやんない。そのへんは筋金入りだ。

 それに対して下級貴族たちはちょっと面倒だ。下手したら故ルンピートゥルアンサ女副伯みたく、まーだ帝国の皇帝サマたちと通じてる人間がいるかもしれないし、ベーブラ港みたくそれぞれの領地に皇帝サマご一行が入り込んでないともかぎらない。

 だから、彼らにこの頭蓋骨をさらすのは一つの賭けだった。

 それでも、あたしが狙っていることを実現するには必要なことだった。

 

 一つは、あたしが存在しなくても持続可能な治水システムの構築だ。

 これは、土木工事の依頼が二公爵から押し寄せてきてた時ぐらいからなんとなく考えていたことだ。王サマやクラールスさん(公爵)レントゥスさん(魔術公爵)に、あたしの価値を認めさせる必要は確かにある。でも治水なんて超長期にわたる国家的インフラの構築なんてもん、あたしになんでもかんでも頼らせてはいかんのですよ。

 あたし一人がいなくなったら崩壊するようなシステムだったら、構築しない方がむしろマシ。下手したらあたしが手出ししてなかった時以上の被害が出ないとも限らないからだ。

 人的にも、物的にも。

 

 人の死が防げるものなら防ぎたい、死なせたくないという気持ちは、何人手にかけた後でも、生き返りたいという気持ちと同じくらい強い。偽善と言わば言え。

 そのためにはあたしというファクターを計算にいれさせちゃいけないのだ。あたしがいなくても成立する関係を、そして状況を、システムを構築してやる。

 これはこの世界に来てからの基本姿勢だ。 


 もう一つは、情報の拡散ルートの拾い出しだ。王都で噂を炎上させた時も同じ手を使ったが、今回はベーブラ港が基点だから観察はしやすいだろう。


「『なお、わたくしの顔についてはどうかご内密に』とのことにございます。『むろん、外へと漏れたならば内通者(ラットゥス)が炙り出されるだけのことにございますが』とも」


 ……笑顔で寄子のみなさんを脅しつけるのはいいけどさぁ。人の言葉を捏造しないでくれるかな、グラミィ?

今回も平均年齢お高めです。そして地味にペリグリーヌスピカ城伯再登場。

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