マンドラゴラの叫び
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
〔……で?何があったんですかボニーさん?港湾伯さんにまでこんなもんねだっといて?ちゃっちゃと話してくださいよ?〕
……えー、ただいま蒸留酒の瓶をぶら下げたグラミィと、森精の二人に絶賛締め上げられておりますあたし。
生贄魔術陣を他の人攫い連中が発動しないようにしてきます、という大義名分をつけて、牢に向かう途中のこと。
人気のないエリアにさしかかったと思ったら、目立たない通路にひっぱりこまれてこれですよ。
尋問部屋の中で何があったかを洗い浚い吐けとね。
本気でしんどい話だよ?と伝えたのだが、彼らは引かなかった。
……そらまあ確かに、この三人には伝えておく必要があることではあるのだよね。
グラミィはあたしの運命共同体である以上、あたしの巻き添えを真っ先に食らう可能性は極大なわけだし。
パルだけじゃなくヴィーリもどうやら、堕ちし星、もとい星にもなれない星屑たちに狙われているようだし。
いやまあそれを言ったら森精全部がそうなんだろうけど。
それにもかかわらず、ペルたち森精は、星屑たちとこの世界の人間とを識別できていない。
この状態は、けっこう危険だ。
森精にとって、この世界に彼らの敵はいないも同然だ。正確には敵対しようとする人間はまずいないというべきか。
威力過剰な魔術が使えるからってだけじゃないよ?
そもそも彼らは、平民たちには半分神話の中の自分たちを導いてくれる存在で、王侯貴族と騎士たちにとっては、実在が確認できれば、神話というか伝承に基づく彼らの権力を十二分に保証してくれるお守りみたいなもんなんである。
本物の森精だと証明してみせれば、まず喜んで迎え入れない人間はいないんじゃないかな。なにせ手元にいてくれるだけでありがたみのある超レアな存在。むこうの世界で言うなら座敷童みたいなもんだよ?
それゆえにこそ、手元に置きたがるあまり、監禁を企むおばかな貴族がいないとも限らんが……、その場合だって、まずは森精たちの機嫌を取りに走るだろうし。
だって、意に沿わぬ拉致監禁環境なんてもん、彼ら自身が実力で粉砕しにかかるだろうしできてしまうんだもん。
樹杖がある以上、並みの人間が魔術で森精に勝てる道理が見つからない。
だけど、基本友好的であるはずの、この世界の人間の中に、星屑が混じっていても見分けられないとなれば、いつ何時足下を掬われないとも限らない。
彼らにとっちゃ危なくて、動きづらいなんてもんじゃなかろう。
諦めてあたしはぶちまけた。
死に戻りができると思ってか、自殺かましたあの人攫いには――どうやってかは、まったくあたしにもわからなかったが――転移魔術陣がしかけられていたこと。状況からして自死が発動のトリガーであったように推測できること。
その魔術陣が人間の血肉と魂で構築される、生贄を必要とするものだということ。
星屑たちは、星屑以外の堕ちし星たちの捨て駒にされているんじゃないかということ。
幸い結界で魔術陣の完全発動は防げたが、半永続的効力を持つ魔術陣を不発にするため、魔術陣の構築要素にされた素材の中で、最も弱そうな精神を破壊するつもりで星屑野郎を精神攻撃したこと。
ゲシュタルト崩壊を狙ったのに、ただの心話でデッドコピーの人格が四散したこと。その理由は不明であること。
そして、なによりこれが一番重要なのだが、同じ事が何度でも繰り返されかねないこと。
条件式次第で魔術陣の発動条件はいくらでも変えられる。
それはつまり、同じ魔術陣がまた仕掛けられても、ほぼほぼこちらが後手に回らざるをえないということも意味する。
なんだこの超効果的すぎるゲリラ戦略。人間の使い捨てが効率を高めてるとか。
しかも、身体を使われている人の人格は、魔術陣の構成要素にされかけても、なおも生きていたということが確かめられてしまったこと。
それだけでも大概だが、ガワの人たちは、デッドコピー連中が自分の身体でやらかしたことを、すべて認識していたようだったということ。
ペルに悪かったと思ってましたよ、身体の持ち主さんは。
そう伝えると、森精たちの顔は神妙になった。
グラミィ?あたしが人殺しをしたってことに最初っから複雑な顔のまんまですよ。
実はこれらを全部心話でのみやりとりすんぞと伝えたことにも理由がありましてね?
グラミィ。…………ってわけなんだけど。
〔えー。ちょっとないでしょ?いくらなんでも〕
あたしもそう思うよ。こっそり盗み聞きとかどういうつもりですかね、そこの辺境伯爵位継承権者さんや。
「『アウデーンスどの。好奇心を満たそうとするのもほどほどになさいませ』じゃそうですぞ」
「……なんだ、ばれておりましたか」
ちょっとばつが悪そうに、というかいたずらがバレた悪ガキの笑みを浮かべて、ぶっとい柱の陰からアウデーンスさんが出てきた。
「おれもあやつらの捕縛に助力したのだ、少しは見返りがあってもいいだろうと思いましてね。それに、尋問にも多少は役立つかと、師を追いかけてきたのですが」
だから、おもしろそうなことには一枚噛ませろって?
いや、そりゃあ、アウデーンスさんが荒事に腕が立つのは十分わかってますよ。
アルボーでもあたしが深夜の自主的パトロールで張り倒してた襲撃者の回収とか、裏稼業の人たちを襲撃したりとか率先してやってくれてたし。
今回も嬉々として人攫い連中をタコ殴ってくれてたもの。
だけど、今の状況では役立つところか、ぶっちゃけ足手まといです。悪いけど。
「『また自死により魔術陣を発動されても、ですかな?』」
「あー……、いや、それは」
「『先ほどは、なんとかボヌスヴェルトゥム辺境伯家の皆様が退かれるのも間に合いましたが。わたしとて、たかが一魔術師でしかないのですよ。魔術に多少の覚えはあれど、万に一つの恐れもありましょう。二度目となればなおのこと』」
「いや、シルウェステル師ともあろう方が、そこまでご謙遜をなさらずとも」
「『それだけ危険なのですよ。このわたしですら見たことのない魔術陣だった、その意味がおわかりになりませぬかな?』」
気まずげにアウデーンスさんは目をそらした。だけどあたしは容赦はしない。
タチの悪い星屑たちの相手は、地上の星であるあたしたちと、星屑たちに敵意を向けられてるパルとヴィーリ、森精たちだけでするべきだと思ってるのは、そんだけ本気で危険だと踏んでるからなのだよ。
人格の入れ替えに対する抵抗力がわずかなりともありそうな、魔術師ならばともかくだね。いくら策謀型とはいえ、物理戦闘特化型の人間をかませたら、こちらの弱点にされかねんのよ。
アウデーンスさんみたく高い身分の人間なら、なおさらのこと。
そんなおいしい人間、皇帝サマご一行にどんな仕掛けをされるかわからんのだ。それも他人のガワにされるならまだ良い方で、使い捨て魔術陣素材にされるかもしれんとわかってて噛ませる方が無謀だろう。
「『そもそも魔術陣を発動した者の血肉も魂も消滅させねば、魔術陣の発動は止められませぬ。そのさまを間近でとっくりとご覧になりたいのですかな?』」
「……いや。さすがに遠慮いたそうという気になりました」
顔を引きつらせてアウデーンスさんもようやく引き下がってくれたので、あたしは軽く一揖しておいた。
「『ではのちほど。ベーブラ港にて果たせませなんだ、聞き取りもあらためていたしたく存じますので。またアウデーンスどのにはそちらでご助力をいただきたく存じます』」
だけど退路を完全に塞ぐのは交渉でも悪手だ、お土産ぐらいはあげますとも。
「『ご要望の通り、尋問で得た情報はボヌスヴェルトゥム辺境伯家にも差し上げましょう。ただし、尋問でどれだけの情報が得られるかはわかりませぬゆえ、量と質については保証はいたしかねます。ご容赦を』とのことにございます」
「感謝いたします。そのお心遣い、ありがたくお待ちしましょう」
アウデーンスさんが撤退していく様子を見送って、あたしとグラミィは真面目な顔で考え込んでいた森精の二人に眼窩と目を向けた。
どうしたのかね?
(星屑が消えた謎に梢が揺れていた。だが星影は月光に消えるもの。陽光ともあればなおさらではないか?)
星屑……デッドコピー人格消滅の理由か。
……しかし、その発想はなかったな。光がより強い光で除去されるというのは。
人間の血肉や顕界中の術式には、確かに多量の魔力が含まれる。
デッドコピー人格が何らかの術式で召喚、憑依、定着させられていたとするならば、確かにデッドコピーはその術式を維持している魔力によって存在していると言えなくもない。
身体の持ち主さんの意識も、あの発動術式の一部にさせられてたみたいだしなー……ううう。
また、術式は籠められた魔力を失わせれば効力を失う。もしくは、より強い魔力を籠めた術式を顕界することで対抗ができる。
〔ボニーさんが火球をぶつけられても、平気で術式壊して魔力を吸い上げて空っぽにしたり、結界で弾いて相手の心を折ったりしてきたようなもんですかね?〕
その通りのことをしてきたけれども、なんか悪い?効かないのがわかったのに、火球を何度もぶつけてくる方が悪いと思うぞあたしは。
それに、あたしゃもともと敵意には敵意を、悪意には悪意を、そして攻撃には基本的に十倍以上のお返しをもれなくさしあげておりますともさ。
話がそれたが、魔力と術式を実際に運用してみた経験から言えるのは、術式に術式をぶつけなくても無効化はできるということだ。
術式が魔力で構築される以上、強い魔力をぶつけることで、術式の構成を破壊することは可能なんだよね。あたしが得意な術式破壊もそうだし、魔術学院で魔力暴発を起こした子をなだめようとして、その暴発に突っ込んだときには、あたしの結界の術式すら一部変質しかけてたことからもわかったことだが。
心話にも魔力が含まれるが、デッドコピーに対し、あたしは最終的に最大出力で『怒鳴りつけた』。
そして、あたしは現在3500サージ以上の魔力を蓄積しているわけで。
そのあたしのフルパワー心話に含まれる魔力も相当な量だということになる。
ということは。
あの寄生虫野郎の人格が消滅したのは、あたしが心話で強大な魔力を浴びせかけたから、ということになると?
なんだそれ。あたしが魔力を注入したらにゅーっと身体から押し出される人格とか。ところてんか。
いや、どっちかっつーと、強力な磁界に通したら、磁性記録媒体に保存してたメモリーがまるっとぱあになりました、って感じかもな。
同じくあたしのフルパワー心話を浴びたはずの、あの船乗りさんの人格が残存してたのは……身体が残っていたから、ということになるのかな。血肉どころか骨まで原型留めてなかったけど。
……しっかし、ヴィーリたちに心話が通じてつくづくよかったよ。
一人でどんだけ考えても思考速度はそうそう上げられないし、新しい着眼点とか発想なんて出てきやしない。結局のところは集団のブレインストーミングにかなわんのだ。
問題は、喋ったり文書にしたりするのは時間のロスにもなるし、簡単に情報を抜かれてしまうということだったりする。
だが、心話は情報漏洩の心配が少なくてすむだけでなく、文書を読んだり会話をしたりするより、もっと短時間でちゃくっと結論をまとめられるほど、意思の疎通も共通理解を進めることも可能になるというように利点が多い。
今みたいに思いついたことをを瞬時に開示してもらえると、その検証も応用もすぐにできるというのはじつにありがたい。
たとえば、うまくすれば、中に入れられてる星屑だけを消滅させて、ガワの人に自分の身体を返してあげられるかもしんないな、とかね。
〔いやいや、それはいいことだと思うんですけど、一つ疑問が〕
何かな、グラミィ?
〔あのですね。ヴィーリさんたちも、あたしやボニーさんも、こうやって心話で会話してますよね?下手したら、この中の誰かに力一杯心話で『叫ばれた』ら、自分の身体を持ってる森精の人たちはともかく、あたしとボニーさんの自我も削れる可能性があるってことですか?人格崩壊とか本気でイヤなんですけど〕
その可能性は、あると思うよ。
〔まじですか。自分から聞いといてなんですけど〕
マジです。
たしかにあたしもグラミィも、シルウェステルさんと大魔術師ヘイゼル様の身体を使ってる、というか乗っ取ってる状態だ。
自分がデッドコピーかどうかまでは把握してないが、たとえデッドコピーでなくても、心話で『叫ばれる』ことが何度も何度もあったとしたら、どんなに人格を構成する情報量が多くても全部消し飛ばされてしまう可能性だってないわけじゃない。
いや、そりゃあ混沌録の情報量にだって、一度は耐え切れたあたしですよ?中の人を詰められそうになっても、なんとかできる自信だって少しはあるよ?!
だけど、むこうの世界で繰り返された戦争で最も有効だったのは、豊富な動員数や物量に物を言わせた人海戦術や物量作戦なのだよ。あれやられるとどんな精鋭も最終的には蹂躙されて、その勢力範囲にはぺんぺん草も生えないということがままある。
それをやらかされたら、正直あたしはあたしのままでいられる自信なんてない。
だからこそ、いざという時の対抗手段をいろいろ画策もしてるわけだし。
そもそも、あたしが心話をなるべく広めないようにしているのも危険だからだ。
うっかりアロイスに使っちゃったせいで、コッシニアさんに教えてとねだられちゃいるけどさ。
それでも渋ってるのは、何ももったいぶってるわけじゃない。
奥の手は多い方がいいってことも、グラミィが日本語喋ってたことがばれないようにってこともあったが、一番の理由は、グラミィとの心話のプロトコルに変化が起きたからだ。
〔……あー、そういえばそんなこと言ってましたよね。使いやすくなってよかったと思ってましたけど〕
ヲイ。
感覚共有のレンジが広くなったのは、確かに使いやすいだろうよそりゃあ。
テキストデータと写真画像しか送れなかったのが、動画どころかライブ配信できるようになった、くらいの変化が起きたんだもの、今や互いの感覚を同調させれば、ライブで死角ナッシンな歌って踊れる防犯カメラ状態だ。
〔ボニーさんは歌えないでしょー。声帯ないくせに〕
つっこみどころはそこかい。
正直なところ、通信速度が上がったり、やりとりできる情報量が増えたってのは、あたしも便利だと思ってるよ?
だけどそれは、ただのバージョンアップじゃない。あたしとグラミィの自我の融合という危険性があるって話も前にしたはずだ。
婆と骨の中身が悪魔合体とか誰得だっての。
冗談はともかくとして、今の心話に慣れてしまうと、筆談はどうにも不便だというのもほんとのことなんだよね。
状況によっちゃ、どうしても使わないわけにはいかないしなー……。
(炎は風に負けることもある。なれど、月も太陽も風には消えまい?まして堅き護りを掛け合えば)
〔……えと、つまり?〕
あたしも、グラミィも、それぞれがけっこうな魔力を持っているから、相互に心話の魔力を受けても、人格という存在の本質は揺るぎはしない、ということなのかな?
そんでもって、堅き護り?なんかやったっけ。
(この身と同胞にもくれただろう?)
ヴィーリと、ペルに?
……まさか。
名前、か。
そういえば、そもそもヴィーリの自我は、森精の同胞たちと一体化していたのを、あたしがあげた名前によって切り分けられたようなことを言っていた。
ペルもおそらくは、樹杖経由で同様に森精の仲間たちと一体化しているに近い自我を持っていた、のだろう。
それを仲間たちからひっぺがされ、樹杖を奪われ、それでも人格が崩壊しなかったのは、腕に埋め込んだという種のせいか。
ヴィーリからも樹杖をもらったおかげもあって、なんとか安定は保てているんだろうな。
……ああ。だからこそ、ペルにも呼び名でいいから、あたしが名前をつけろってヴィーリが言ったんだろうな。納得いったよ。
今にして思えば、だけど。
〔つまり、名前によって、自我が削れることは防げるってことですか?〕
だね。
それもヴィーリの口ぶりだと、あたしたちが互いに真名を交換しているのが、さらに強固な護りになっている。らしい。
あの寄生虫野郎は自分の名前すらわからなくなって消滅したことを考えると、一理あるかもしれない。
……なんか、ひどく、ほっとした。
あたしが直接心話をやりとりしたことがあって、今なお生きてて友好的な関係にある相手は、グラミィと森精の二人をのぞけば、馬たちと魔物たち、そしてアロイスくらいなものだろう。
ああいや、一言二言ならばベネットねいさんとタクススさんもそうか。
だが、タクススさんを除けば、ベネットねいさんもアロイスも確実に真名持ちだし、グリグんもコールナーもあたしが名前をあげた。タクススさんだって、あの後もちゃんと自分の名前を認識できてたしね。
馬たちも互いに心話を使いあってるようだが、真名の付与はされてなくても名前がないわけじゃない。通常の呼び名ともともとの名前は違うらしいし、人間の心話と『声』の波長が違うのか、自我の融合といった状況は見たことがないな、そういえば。感情や五感の体験は共有できるのにね。
寄生虫野郎にやったような、うっかりと人格を削り飛ばすような真似をしてなくて、本当によかった。
それに、明るい要素もないわけじゃない。
たぶんだが、人格の入れ替えなんてことは、おいそれと帝国の外ではできないんじゃないだろうか、という推測がね。
以前から警戒しまくってたように、皇帝サマご一行と接触した人間も中身を入れ替えられるかもしれないという、ゾンビなバイオハザードっぽいなにかが発生する確率が低く見積もれるというのは、かなりありがたいことかもしんない。
そう判断した理由はあの魔術陣にある。
人攫いさんたちの人数を考えれば、そこそこ大量の侵入者がいたんだもの。ゾンビ大行進的なことができるんなら、転送魔術陣なんてもんを生贄に仕込んでここまで送り込むより、片っ端から接触した相手の中身を入れ替てった方が、手間がないはずなのだ。
それをわざわざ兵士を送り込むような孔を開けにかかるってことは、他の地方や国では、人格の入れ替えができないか、比較的困難だということを示してるんじゃなかろうか。
少なくとも、種か仕掛けを送り込むといった準備が必要なんだろうという推測はできるわけだ。
あくまでも推測であって、確定情報ではないけれど。
じゃあ、あたしたちは、今、これから、何をすべきだ?!
今、できることはなんだ。
心話で綿密な相談をし、今後の方針を確認し合い、計画に漏れや穴がないかを全員でチェックし終わると、あたしは懐から魔力吸収陣を取りだし……すべてを握りつぶした。
そんじゃ、やりますか。同類の殺害を。
(「ぐっもーにん、捨て石のみなさ~ん」)
気付けのアルコールが効いたのだろう。
もぞもぞと動きはじめてた人攫いさんたちは、足元の方から聞こえるグラミィの日本語に気づいたのか目を剥いた。
驚きの声も出せないのは、猿ぐつわをかましてあるせいだ。
いいかげん目を覚まして欲しかったので、蒸留酒を垂らしてあるのだが、それ以外にもいろいろ仕込んでありますよ?
舌を噛まれたり口の中に毒を仕込んでたりされても、そうそうガワの人を殺されないようにするのと、無駄口をかませないため、喋ろうとすればするほど何もできなくなるよう、呼吸より大きな振動が伝われば巨大化、というか中空部分が大きくなっていくという魔術陣を刻んであるので、猿ぐつわというよりギャグボール……いや、顎砕きになったかもしんない。もちろんあたしのお手製だ。
ついでに手枷足枷首枷の魔術陣にも条件式を追記し、相互の距離を1mずつ離すこと、と定義しておいたことで、連中はバンザイ気をつけの姿勢で横たわったまま動けません。もし腹筋にまかせて起き上がったとしても、テディベアのお座りポーズか四つん這い、ないしは五体投地以外のポーズをとれないことは確定している。
耳輪?当然外しましたとも。
だがすべてのアクセを外した後も、安心はできない。
いくら魔力を知覚しているあたしでも、人体の中に隠された魔術道具や魔術陣の存在までは見抜くことができないからだ。
おそらくは生きてる人体に含まれてる魔力にジャミングされているからなのだろうけれど、あの裏切り者のサージが身体の中に魔晶を隠していたのにもあたしは気づけなかった。
そして、あの自爆野郎に仕掛けられていた魔術陣にも、あたしは気づくことはできなかった。
だったら、最初から隙を作らないこと、それ以外にできることはないだろう。
これ以上無駄に血を流さないために。
(「ぴんぽんぱんぽ~ん♪」)
チャイム音まで口でやるとか。グラミィてばノリノリで煽っておりますな。
(「えー、まだこれはMMORPG系異世界に転生してきた自分への試練だとか考えている大間抜けさんたちにご連絡いたします。あなたたちは、ただの犯罪者です」)
驚愕のうめきがごろごろしているマグロの群れから立ち上った。
あたしは、すべてのデッドコピーたちをその身体からひっぺがすことに決めた。
あの三人組のように、一度はこっちの味方に取り込んだとしてもだ、いつ懐で爆発するかわからん爆弾を抱え込むのはこれ以上無理だ。そう判断したからだ。
デッドコピーであろうとなかろうと、精神をひっぺがし、場合によっちゃズタズタに引き裂き消滅させようとしているあたしの行動は、どう言いつくろってもただの人殺しでしかない。
だけど、さっきのように不意を突かれるのはもうごめんなんだ。
あたしは骨だからまだいい。シルウェステルさんには悪いが、動く骨が最悪動かない骨になるだけのことだろうから。
けれど、グラミィや森精の二人は違う。虚を突かれたら、彼らの場合は本気で命に関わるだろう。
だから、あたしはデッドコピーたちより、自分に価値のある彼らを取ることにした。
(「あ、犯罪者のみなさんに反論の余地はないです。証拠も証人も揃ってますから。これは忠告ですが、下手に喋ろうとすればするほど呼吸もできなくなりますよ」)
現在進行形でぐいぐい彼らの上下の顎を押し開いている顎砕きには、いちおう唾液で窒息しないように穴も開けてある。呼吸が苦しくなったら横向いて咳き込むくらいはできるようにしてあるけどな。
(「あなたがたの罪状ですが、未成年者略取、拉致監禁、銃刀法違反、窃盗、暴行、傷害、殺人未遂及び殺人。全部何度も繰り返してるって、みなさんとっても凶悪犯ですねぇ。満額死刑の判決しか出ませんよねー」)
いちいちグラミィの日本語に合わせ、あたしも心話で一言一句くりかえしている。もちろんただの嫌がらせではない。これもデッドコピーの人格たちを消滅させるプロセスの一つだ。
なぜ自分がこんな苦境に陥っているのか。彼らはそう思っているだろう。それも、まだ異世界転生モノかMMORPG系異世界モノの主人公気分でいるのなら。
……そうだなー、今の星屑たちの心情的には、はじまりの地から出てきたら、突然濡れ衣で捕まったでござる!
横暴な王国許すまじ、打倒王政、オレたちの冒険はこれからだ!そして帝国の版図を広げてやる!ぐらいの感覚でいるのかもしれない。
だったら、まずはそれを徹底的に破壊してやろうじゃないのさ。
ラームスにも頼んで、皇帝サマご一行の感情を詳細に認識できるようにしているのはそのためだ。
あたしやグラミィがいたのと御同様な世界からやってきたのだとすれば、文明的には数百年、ひょっとすると千年近く遅れている世界で未来人的な知識チートを持ってるオレ様無双!という妄想を滾らせてんのかもしれないけどさー。
悪政に立ち向かう的なシチュエーションに酔っ払わせてたまるか。
高潔なレジスタンス気どりになんかしてやんない。
あんたたちは、ただの、チンケな、犯罪者だと突きつけてやる。
(「それのどこが悪いと思った人がいるようですが、全部悪いんですよ。犯罪ですからね。あなたたちの被害をこうむった、この世界の『人間』は生きてるんですよ。文字通りの意味で。それに、異世界人だという主張は通りません。あなたたちの外見のどこも、異世界人らしい特徴なんてないですから。ここは日本じゃない?その通りですよ。つまり、裁判手続きいっさいなしでも刑罰というのは執行できるんです。重罪っぷりからすると、ただの絞首刑じゃあすまないかもしれませんねー」)
真実は時に猛毒だ。そしてグラミィが喋ってる事に嘘は一つも存在しない。
にっこり笑顔の(ただし目は欠片も笑っていない)グラミィが見渡すと、マグロな皆さんが精一杯顔を起こしてにらみ返してきた。だけどベーブラの男たちに集団ボッコにされた記憶のせいか、ラームスからは彼らの怯えが伝わってくる。
(「自分が悪いんじゃないと思った人もいるようですが、犯罪を犯したあなたが悪いんですよ?クエを遂行しただけだ?クエなんか受けなきゃよかっただけのことですよ?誰かに命令されたからやりました?命令を拒否すればいいじゃないですか。あなたたちが蹂躙してきたのは、他の人の命と尊厳です。……それが正しい、自分は悪くないというのなら、この世界の人々やあたしたちが、あなたがたの命や安い尊厳を踏みにじったとしても、まったく悪くはないわけですね」)
ガタガタと震えだした皇帝サマご一行の目は、もう微妙に焦点が合わなくなっていた。
狙い通り、バッドトリップに入ったようだ。
ただの言葉責めで、ゲシュタルト崩壊を起こして、星屑たちが自滅してくれるだなんて楽観視は、最初からしてない。だからこその薬物使用だ。
猿ぐつわに垂らした蒸留酒には、夢織草エキスを溶かし込んである。樹脂状ならば、水には溶けづらくてもアルコールには溶けるだろうと読んで細工をしておいたのだ。
加えて、すでに夢織草エキスの煙も、牢の床に転がった皇帝サマご一行を覆った結界内に充満している。
あたしたち、というかグラミィや森精の二人といった生身組が平然としていられるのは、結界で遮断しているからですよ。当然。
夢織草はむこうの世界における大麻草と近縁種ではあるようだが、一つだけ大きく違うところがある。
麻薬ではなく魔薬。葉っぱレベルでもその煙を吸い込めば、その人の魔力を不安定にさせるというのは、ヴィーリから教えてもらったことだ。
そして、ここにあるのはその薬理成分を高濃度にした夢織草エキスである。港湾伯タキトゥスさんを錯乱させ、外務卿テルティウス殿下を簡単な術式すら暴発させるような、魔術師としては役立たずにしただけじゃない。最終的には、二人とその文官のみなさんを、妖怪暖炉舐めに変えた一品だ。
これ、靴底に仕込んで持ち込んできたのは一人じゃなかったんだよね。
というわけで、在庫はたんとある。遠慮なく吸わせてあげようじゃないの。
魔力が不安定になるどころか、魔力酔いを起こすと、魔術師ではない一般人でも魔力暴発を起こしかねない、とは、魔術学院のシルウェステルさんの導師室で見つけた本に書いてあったことだったか。
だけど集団悪魔祓い、ただし祓魔師役が基本グラミィ一人で、悪魔憑きが団体というこの状態を、早くなんとかしなきゃならん。
そっちの方が、あたしには大切だ。
(犯罪者め。この世界にお前の居場所などない。誰もがお前の敵となる。早く消え失せろ)
白目むいて良い具合に痙攣を起こしだしたやつに、あたしはピンポイントで心話をぶつけることに専念した。
身体の人の血肉まで転移魔術陣に使われた時に比べ、少ししつこい感じはしたが、(消えろ!)と叫んだら一気に剥がれ落ちていきましたとも。
〔おおー、なんかマンドラゴラみたいですねボニーさん〕
あたしが絶叫すれば人が死ぬってか?心話でだけど。
今のあたしは魔力充填ブースト済だ。先ほどペルの魔力を吸収した魔力吸収陣のありったけを砕いて、全部吸収したかんね。
そりゃあ心話に含まれる魔力も多いし強くて当然だろうさ。
だけど、これほどうまくいってるのは、夢織草エキスあってのことなんだと思う。
身体の人の魔力が不安定になればなるほど、デッドコピーを剥がしやすくなるのは……あれですね、プロの騎手がよく訓練された馬に乗ってるのと、酔っ払った素人がまだ人を乗せたこともない野生馬に乗っけられたの、同じ速度で同じ距離を走ったら、どっちが落馬しやすいかというのと同じ理屈ですよ。
夢織草エキスの致死量?
あたしゃまったく知りませんともそんなもの。
ただまあ、アルボーで、今は亡きルンピートゥルアンサ女副伯を、タクススさんがひたすら夢織草で燻してたときのことを考えると、精神的な影響に比べて身体的な毒性は低いんじゃなかろうか。と推測はできる。
あの時使ってたのは草の状態のものがほとんどで、今使ってるエキス状態のブツは、ほんのわずかしか押収できてなかったけど。
夢織草が毒である以上、ガワの人を助けられるかどうかは、最終的に運次第ではある。
毒を使い完全無差別ではないが死をもたらす、そんなあたしが海神マリアムの眷属と言われても、そりゃあしかたあるまい。
犠牲はおそらくこれからだって出る。というか、あたしが直接この手にかけることもあるだろう。
だけど、あたしは覚悟を決めてる。この骨の指で掬い上げられるものが限られているとするなら、自分に必要なもの、優先順位の高いものを選ぶとね。
本当のシルウェステルさんも、おそらくそうしたと思うから。
さあ。
悪いが、使える手札はみんな使ってでもとことん排除してやんよ、皇帝サマご一行。
あたしは、あたしたちは生き延びたいのだ。
だから、あんたたちになんか殺されてなんかやんない。だけど、ガワの人まで巻き添えにして殺してなんかやらない。
何もかも皇帝サマご一行の上を行けるとは思わないが、万事そっちの思い通りになんてさせてたまるかっての。
……ああ、認めよう。同類がいるはずの帝国と完全に敵対する道を突っ走るのも、同類殺しもあたしの意思によるものだと。
皇帝サマご一行にしてみれば、帝国民はガワの人じゃなくて、中に突っ込まれた人格のほうだろうさ。
それをひたすらひっぺがし、消滅させるとはなんという悪逆非道、なんて虐殺者だと思われても、仕方ないとは思ってる。
ま、先にやらかした向こうさんの方が完璧悪いんですがね。あたしから見れば。
地元民を転生だか憑依だかしてきた人格の容れ物にしたあげく、いくらデッドコピーとはいえ、自分の同類を捨て石扱いとか。
しかも、その捨て石を爆弾にして突っ込ませてくるとか。迷惑きわまりないっての。
そんな危険物はとっとと処理するに限る。
それでは、マンドラゴラシャウト、GO!
……不発弾的な物騒なもんの取り扱いは、卒業してたはずなんだけどなぁ。
実在のマンドラゴラは別名恋茄子ともいうそうです。
薬効はあるものの、毒性も強いので現在は薬用には使われていないとか。




