テレポーターの開放条件
拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
※ 当部分には、スプラッタな内容が含まれます。どうぞ各自のご判断の上お進みください。
あたしがベーブラ港に足の骨を運んできた当初の理由は情報収集だったのだが、そんなもんはすっかりと明後日にすっとんでった。
だけど、残りの人攫いズを追っかけ回すのに参加したのはなかなか有意義だったので、収支としてはトントンだろう。
ペルの記憶をヴィーリがあたしに伝え、あたしが記憶の中から人攫いさんたちの顔や姿形を抽出、アウデーンスさんに石板で浮き彫りにしたものを渡し、それを手がかりにベーブラの男たちが走り回るという分業制だ。
半立体人相書を作ったあと、あたしたちは追い出された人間が逃げ出してきそうな場所ということで、一番多くの船が舫ってある船着き場にでんと構えることにした。
思惑通りペルの感知範囲に入ってきた人攫い連中を、あたしとグラミィが結界を使って片っ端から転倒させる。マーキングのためだ。
転んでるうちに背中に『人攫い』と書くのは……さすがにちょっと大変だったのと、船乗りさんたちは文字が読めない人の方が多い、ということだったので、小さな結界の刃を作って、×に服の背中を一枚ぺろっと切り裂くだけにした。
あとはベーブラのみなさんとペルが、その目印を頼りに集団で囲んでボコり倒してくださるというね。
実にイイ連携である。
この集団タコ殴り、屈強な海の男たちの中に非力なペルが参加しても、たいした攻撃力増加にはならないのだが、そこは織り込み済みだ。
彼にとっては『自分がトラウマ対象に一撃入れた』『自分を攫ってきた連中を無力化するのに貢献した』って体験こそが重要なのだからして。
というかね。ペルやヴィーリだけでなく、あたしや海の男のみなさんもマジお怒りだったのが、人攫いさんたちの一番の誤算かもしんない。
ペルは自身の経験から、加害者への瞋恚を。
ヴィーリは同胞に惨劇をもたらした、堕ちし星への憤怒を。
あたしは黒い森精さんたちへやらかされたことの記憶を共有しちゃったようなもんなので、半分私怨と化した皇帝サマご一行への怒りと、同類嫌悪を。
そしてベーブラのみなさんは、卑劣なよそ者に対する憎悪を。
アウデーンスさんなんか、ペルが殴りに行くと伝えたら、何かあるとピンと来たんだろうね。
一緒につっこんでって、殴りやすいように、わざわざ人攫いさんを羽交い締めにしてペルに差し出してくれるとか。案外鬼畜だ。
〔冷静にその人攫いさんと、アウデーンスさんたちが直接接触しないようにって、薄く結界張ってたボニーさんがそれを言いますかね。しかも魔術陣まで使って、厚手のビニールみたいに柔らかいくせして、ペルさんたちが殴る蹴るする方向にだけダメージが倍増するなんて小技の利いた結界にするとか。どっちが鬼畜ですか〕
はっはっは。
いやー、身分も種族も関係なく、心を一つにした団結の成果ってすごいよね!
このベーブラ港にいた拉致船の乗員全部をとっ捕まえるのに成功したし。
それでも健闘してたといってもいいのかな。向こうも。
追いかけられてた途中で、偶然出くわした女性を人質に取ろうとしたやつもいたし。
だが覚悟が決まってなかったのか、それとも小悪党プレイのつもりだったのか。
ペラペラと喋りまくって隙を作ったあげく、人質にしていた女性の、それこそ男性顔負けにぶっとい腕で股間を握りつぶされて悶絶してたらしいけど。
海の男が強いのなら、それに匹敵するぐらいベーブラの女性も強いのですよ。
シチュエーションに酔ってて、見てもわかんなかったもんだろうかね?
だけど、その小悪党ってば、短刀の刃を人質になった女性の顔に当てて脅しをかけながら、その身体を執拗にまさぐりまくってたというから……。
うん、性犯罪野郎の単なる自業自得ですね!
最後の一人はなかなか狡猾で、港の端の方に船を隠していたらしい。
ベーブラの男たちを出し抜くあたりなかなかのお手前といえよう。
あたしたちが気づいた時には、そいつの船はもう海に出ていた。
が、そんなことで逃がすようなあたしたちじゃない。
真っ先にあたしが海面に飛び降りて、そのまま海の上を走ってったのは、海の男のみなさんたちにもかなり予想外だったみたいだけど。
後でグラミィに聞いたら、アウデーンスさんたちアルボー経験者は、生ぬるい笑みを浮かべるか爆笑しまくってて、どうやってあたしが捕獲するのかで賭けを始めてたとか。それ以外の人たちは全員顎を落としてたとか。
だって、船だまりまで走ってって船を出してもらうより、海面に必要なだけ結界を展開して、身体強化と重力軽減も使ったあたしの単独全力ダッシュの方が早いんですもの。骨だから息も切れないし。
逃走者も顎を落として、おまけにスピードも落としてくれてたので、回り込んで通せんぼ。
ついでにちょっと脅かしてみたりして。
喰らえ、和風怪談船幽霊!ただし柄杓は免除してやる!
さすがに向こうさんも、いきなり船の周囲から、ざばざばざばざばぁっ!と、手の形をした水の塊が無数に伸びてくるとは思わなかったんだろうなぁ。じつにいいリアクションを見せてくれましたともさ。
じつはこれ、海面に張った結界を手の形に変形するだけの簡単な仕掛けだ。脆弱にしといた結界の中には、大気圧で押し込められた海水が入っているだけのものだったりする。
柄杓なんか持たせなくても、切れば切るほど船の中に海水が溜まり、喫水が下がっていく。しかも水の手はラームスが片っ端からどんどん補充してるから、ちっとも数が減らない。
あたしもちょいちょい、切り放された手がさかさかと這い寄る、的なブツを作って放流してみたりしたしね。
足下をそんなもんが走り回り、逃げ場がない状態というのは、パニックホラーもののゾンビ程度にはイイ恐怖刺激になったようだ。
まさか、足止めというか、黒い森精さんたちが味わった恐怖の万分の一でも味わってもらってから、捕まえたろうと思ってたところへ、当のペルまで参戦するとは思わなかったけど。
彼ってば、いくら港の目の前だからって、上着を脱いで冬の海を泳いできたのだよ。
ぎゃーぎゃーわめきながら船の上に立って短い片手剣を振り回してた背後に彼が忍びより、その首に濡れた手を回したら……。
それだけで、腰を抜かすどころか気絶しましたよ、皇帝サマ。
おおかた、溺死した亡霊に取り憑かれたとでも思ったかな?
ぐっじょぶペル。お疲れさま。
ただし、風邪を引かないようにしないとねー。
黒い森精さんが乗り込むときに重心がぐらついて急襲に気づかれないよう、船を固定していた結界を解除して、中に入った水をざーっと海へ戻したところで、改めて風除けの結界をかけなおす。船ごとウォータージェット方式で港へ持ち帰ってきたときには、アウデーンスさんてば大喝采で迎えてくれましたよ。
そこまで楽しんでくれましたか。いや、笑いが取れれば十分ですよ。
たけど、他のベーブラのみなさんてば、海神マリアムに対する祈りの言葉を唱えながら平伏してお迎えしてくれるとか。
そんなごたいそうなことはやめてほしいって、グラミィ経由で言ってもらったんだけどねぇ……。
「滅相もない!海神マリアム様の眷属であられるお方に対する数々のご無礼、どうかご容赦を!」
すんごい形相で五体投地状態ですよ。
しかも『海神マリアムの眷属のようなお方』から、いつの間にやら比喩を示す語句が抜けてるし。
どーするんですかアウデーンスさん。
あたしもやらかしたが、言い出しっぺのあんたが責任を取るとこでしょうが、ここは。
ともかくあたしは海神マリアムの眷属じゃない、ってことだけ言い逃げて、領主館へ一度戻ることにした。
が、領主館は領主館で、牢が満員御礼状態になったそうな。
……それは素直にごめんなさいと言うしかないな。うん。
捕獲した人攫い連中は、片っ端から例の結界つき枷で動きを封じておいたので、必然的に身体検査は術者であるあたしの仕事である。
ほら、他の人じゃ結界越しに手なんか出せないけど、術者なら結界をいじって手の骨つっこんだり部分的に解除したりすることも可能だから!
最初に捕縛した人攫いさんも、あの後皆さん総出でボッコボコにしたので、全員気絶状態からのお仕事です。
だけど、これはこっそりありがたかったかもしんない。
よく考えたら、高い運動エネルギーや質量エネルギーを持たない非生命体なら結界を通過可能にしちゃってたんだよねー。下手に剣やナイフなんざ持たせたまんま放置しといたら、ちょいやばかった。
たとえば、刃の先端だけ結界からつき出した状態で倒れ込むといった攻撃のしかたを思いつかれてたら、こっちも無傷じゃいられなかったかもしんない。
船乗りが好んで使うコルテラという両刃の小剣や、投げ刀子といった目立つものは、フルボッコタイム終了時に外して回収しておいたんだけどね?
いやあ、念のためにと構造解析と隠蔽看破も使ってマジ正解。
隠しナイフに、仕込み刃つき指輪。
帯にピンがいくつか止めてあったやつもいたが、それもあたしの中指の骨ぐらいの長さはあるというしろものだったりするんだもん。殺傷能力十分すぎです。
もちろん、気絶しているのをいいことに、結界を手の形にしてぺたぺた触りまくって全部取り上げましたよもう。
セクハラではありません。そこは声を大にして断言したい。声帯ないけど。
徹底的に武装解除したるわー!という気分になるくらいには、あれこれ暗器っぽいもんまで全身に忍ばせてる方が悪い。殺意がだだ溢れてるじゃねーか。
端に重りを仕込んだ長すぎる帯、なんてもんもひっぺがしたったので、そのまま立ち上がったら下半身がずるっと剝けるかもしらんが、そこは知ったこっちゃありません。
問題は没収品の数々である。
取り上げた剣の柄にもなんかしかけがあったり。踵が空洞の靴を脱がしたら、茶褐色の樹脂っぽい何かが入ってたり。
……って、夢織草エキスですかこれ。どんな密輸犯だよ。
でも逆に考えるなら、これでボヌスヴェルトゥム辺境伯家がこいつらを処罰する名目もきっちりと立ったな。
当主であるタキトゥスさんが夢織草トラップにひっかかったって事を考えると、かなり処分は厳しいものになるだろう。
だけど、一番あたしが執拗に探したものは出てこなかった。
可能性は大ありだと思ってたんだけどねー。
それは、彼らの身体そのものへのしかけである。
三人組を捕獲したときにも、あたしは魔力知覚と、構造解析と隠蔽看破の三点セットで調べまくった。
彼らがこの世界の人間に入れられた異世界人であるのなら、何かしかけがあってもおかしくはないのだと思ったんだよね。
人間の記憶というやつは、むこうの世界でもいろんな分類がされていたと思ったが、中でもエピソード記憶と言われる、言語化できるほど具体的な記憶は、ある意味人格を構成するものといえなくもない。
一方手続き記憶という、いわゆる『身体が覚えている』系の身体技能の記憶は言語化しにくいものらしい。
だが、あたしやグラミィは、身体の人のどちらの記憶にもまったくアクセスできない。
シルウェステルさんや大魔術師ヘイゼル様が、過去に体験したことの記憶もないあたしたちは、彼らが身につけてたはずの魔術を扱っているわけじゃない。
あたしが顕界できる魔術は、直接くらったり見て覚えたりしたもの、シルウェステルさんの杖に残っていた術式、アルベルトゥスくんから教えてもらったスタンダードなものばかりだ。
原形を留めないほどあたしが手の骨を加えたものもありますがね!
そして、グラミィの魔術は、そのあたしが教えたものだったりする。
魔術の知識どころか、この世界の常識というものなんて身についているわけなぞないんでね。
あたしたちはこれまでずーっとボロが出ないよう、ひやひやしながらの綱渡りライフを送ってるわけですよ。現在進行形で。
ま、グラミィはともかく。骨のあたしのライフはもとからないようなもんですが何か。
けれども、密偵さんに入れられてたリセマラさんの話や、人攫いさんたちがベーブラに来てから接してた人たちの話を聞くとだね。
彼らは『人を攫う』ことに関連した異常行動以外は、『日常生活でボロを出すことはなかった』ようなのだ。
たしかに見慣れない顔ではある。だけど自分たちと同じ海の男だ。
そう思っていたからこそ、それまで不審人物とは疑いもしなかった人攫いさんたちが、年端もいかない子を攫った上に海に沈めた――これペルのことね――と聞かされて、ベーブラの男たちは怒り狂ったのだ。
ならば、その擬態能力の高さはなんだ?
彼らは、いったいどこでそれを身につけたというのか?
筋肉の付き方やちょっとした骨格の歪みなんぞから、職業まで推測できちゃうような、タクススさんほどの観察力はないにせよ、ベーブラの男たちだってそうそうバカじゃない。人並み以上にはカンが良くなきゃ、長年海で生きのびられなどしないのだから。
その彼らが同類だと認めたってことは、人攫いさんたちの人格を入れられてたガワの人も船乗りだったのかもしれない。それなら外見的要素はクリアできるだろう。
だけど、仕草やしゃべり方、そして操船技術までそうそうたやすく真似できるわけがないのだ。
あたしやグラミィが、シルウェステルさんや大魔術師ヘイゼル様をなんとか演じられているのも、『一度死んだシルウェステルさんには記憶がなかった』から、『大魔術師ヘイゼル様もランシアインペトゥルス王国どころかランシア地方の出身じゃない』から、『この国の常識について多少疎くてもしかたがない』と、大目に見てもらえている部分が大きいと思うよ。
加えて、『並みの魔術師じゃ扱えないような、シルウェステルさんオリジナルの魔術が使える』という、あたしの努力も補強材料にはなってるとは思うけどね!
だが、船乗りたちが同類と見なすほど高い人攫いさんたちの擬態能力は、あたしたちのような後付けで得たものとはちょっと思えない。
それはひょっとして、ガワとして使われている、船乗りさんたちの記憶にアクセスできているからではないだろうか。
これ、思いついた時には、我ながらこえーなーと思っちゃったよ。
ガワの人の手続き記憶だけでなく、エピソード記憶にもアクセスすることができれば、操船技術以外にも高い擬態能力を、時間もかけずに身につけることができるわな、そりゃ。
ガワの人がそれまでの人生で培った経験から、ちょいとした言い回し、状況状況に応じてやりそうな行動パターンを引っ張り出して、自分のもののように使うことができるもんね。
だけど、それは、中身の人にとっては、自我を削ることでもあるはずなのだ。
ぶっちゃけた話、人間というやつは、というか、人間が唯一不変のように思っている自分――人格というやつは、意外と脆弱だったりする。
新しい体験でそれまでの思想が変わるなんてことはよくある話だ。
だが、デッドコピーと思われる彼らの人格は、おそらくもっと弱い。元の人格がある程度冗長性があり、ってことはセルフでバックアップが保持できるくらいの情報量があるものだとしたら、デッドコピーの人格にはそれがないんじゃないんだろうか。
これは三人組ぐらいしか観察対象がないのでデータ不足ではあるのだが、彼らは、むこうの世界でかなり昔に存在した『人工無能』という会話bot系プログラムにちょっと似ている。
会話用に組まれたAIと違い、学習機能もない、プログラミングの初心者教育用に組まれた短いプログラムでは、コメントに返せるリアクションの数は、当然のことながらとてもわずかなものだ。
会話の構造や心理学を応用して、能力以上に会話が可能であるように思わせることも、もちろん可能だ。
だが、リアクションの絶対数があまりにも少なすぎては、会話として成立するのは上っ面だけのものだった。このへんが『人工無能』が下火になった理由じゃなかろうか。
話がそれたが、デッドコピーたちの人格が、一般人のふりをするぎりぎりの情報量しか持っていないと思われる、このあたしの推測が正しければ。
もとの情報量が少ない人格に、新しい体験の連続なんていう多量の情報を浴びせるどころか、他人の記憶にアクセス可能なんて状況、人格に変質を起こさない方がおかしい。
まして中身の人間より、ガワの人の方が濃密な生き方をしていたり、より長く生きていて、人生の情報量が膨大なものだったとしたらどうなるだろう。
自己のデータよりも大量の、他人のエピソード記憶にさらされたデッドコピー人格は、どっかでバグってゲシュタルト崩壊するくらいなら、たぶんまだましな方だと思う。
下手すると、ガワの人の記憶に呑み込まれ、中の人の人格が消滅する可能性だってあるんじゃないのかねぇ?
だけど、『ユーザ』だろう彼らの人格が破綻するというのは、『運営』にとっちゃおそらくは不都合な事象のはずだ。
動かそうと思っている方向に『ユーザ』が動かないだけでなく、最悪ガワの人の人格に呑み込まれた『ユーザ』が、『異世界人がこの世界をゲーム感覚で動き回ってることを知ったこの世界の人間』として、『運営』に敵対し排除しようとする行動に出ないとも限らないからだ。
だが、今のところあたしはまだ、『運営』からの指示に叛旗を翻した異世界人を見たことがない。
人身売買といった犯罪にすら疑いもなく手を染める連中がいるってこと、あの三人組だってクエストを受注したからこそ、地方をまたいで移動してきたってことだけは知っている。
ということはだ。『運営』の指令は『ユーザ』に対して相当な強制力を持つんじゃないかとすら考えられる。もしくは『運営』が『ユーザ』全体か、デッドコピーにのみかはわからないが、皇帝サマご一行の人格に手を加えられるということになる。
だってそうでもなけりゃ、いくらこの世界をゲームと信じてようが、異世界転移転生モノの読者を引っ張り込もうが、そうそうむこうの世界で刷り込まれた倫理観をたやすく放り捨て、自分の欲望と『運営』のクエスト達成条件を満たすためだけに行動するとは、ちょっと思いがたい。
さらに推論を重ねると、『運営』が皇帝サマご一行の人格に手を加えられるならば、『運営』にとって、不都合なことを『ユーザ』が『考えない』『認識しない』ようにできないわけもない。
たとえデッドコピーであっても、ゲシュタルト崩壊起こして『ユーザ』の人格が勝手に消えたら困るのは『運営』だ。ならばそうならないように、何かしらのプロテクトがかけられている可能性もないとはいえない。
そのためには身体、おそらくは脳そのものに、なにか物理的な、もしくは魔術的なしかけが必要なはずだ、とね。
そんなわけで丹念に彼らの身体を探ってはみたが、……正直、わからなかった。
古傷のたぐいだったらそりゃいろいろ見つけたけどね、その傷の中がどうなってるかなんて見えませんもの!
構造解析?効きませんでした!
それがサル系魔物の進化形であるこの世界の人間が、体内に保有している魔力量が他の生物より多いせいなのか、それとも生命体に無生物用の術式は使えないってことなのかもわからないというね。
ま。見つからなかったものはしょうがあんめえ。
押してだめなら引いてみな。身体がダメなら精神からいってみようじゃないの。
アロイスみたいな、後先考えず相手がぶっ壊れるまでやるような物理的拷問なんてしたくないけどさ!君らがベーブラに持ち込んでくれた夢織草エキスなんてもんもありますしね!
一番最初に捕まえた人攫いさんを結界に乗せ、あたしが尋問部屋へずるずる引っ張り込むと、そこにはグラミィや森精の二人だけでなく、ボヌスヴェルトゥム辺境伯家ご一同様まで立っていた。
えーとぉ……。
お気持ちはわからなくもないですよ。アウデーンスやタキトゥスさんがいるのも、メトゥスさんがいるのだって、まだいい。理解できる。
だけど、ラエトゥスくんにくっついて、クピディターサさんまでいるのはいかがなものかと。
「我が領地で捕らえられた罪人ならば、我が領地で裁くのが筋というものであろう」
いや、道理はそうなんですけどね。
だけどその目が!目が!怒りに満ちておりますタキトゥスさん!
夢織草トラップにひっかかったって辱を雪ぎたいのはわかるけどさぁ。私怨でぶった切るのはこっちの用がすんでからにしていただきたいのですよ。
「『星とともに旅する者たちに関わる以上、この者だけでもわたくしに預からせてはいただけないでしょうか』」
魔術師の礼を取ると、さすがのタキトゥスさんも一瞬たじろいだようだった。
これ、名誉導師とか伯爵家の人間とかいう身分は関係ありませんよー、一魔術師としてのお願いなんですというポーズですね。むこうの世界における平身低頭に近いかもしんない。
頭は下げたもん勝ちだってのは、アウデーンスさんが証明してくれましたしね!
「しかし」
「お許しになってはいかがでしょう。そもそも人攫いどもを捕らえるに功がおありだったのは、シルウェステル師とそのお連れの方々にございます」
フォローありがとう、アウデーンスさん。
「ただし、尋問で得た情報は余さずボヌスヴェルトゥム辺境伯家にもお引き渡しをいただくということで」
損得計算込みかい!
まあ下手に貸しを作るよりはましとでも思っておくか。
「それは我らヴィーア騎士団にもご提供頂きたいものにございます」
いや、エンリクスさんには最初から完全なる第三者として立ち会ってもらおうかなーと思ってましたけどね。
(ボニー)
ヴィーリが心話とともに樹杖で足下を指し示した。
お。気づいたっぽいね、人攫いさん?
ざんばら頭を――凶器になりそうなものは髪を結んでいた紐さえ取り上げたので、べたついた髪がドレッド未満ぽい――もたげた男は、周囲を見て状況を理解したのだろう。ヴィーリの樹杖に目を留めると、ちっと吐き捨てた。
「そうかよ、ここの領主はとうにエセルフに抱き込まれてたってわけか?そんでオレはそれも知らねえでドジ踏んだってわけか。クソだっせぇ」
「『エセルフ?』」
「エセのエルフのこった。エルフのくせして耳が長くないって詐欺だろ。耳が短いくせに簡単に死にやがるしよぉ」
その一言で、はっきりとヴィーリとペルの放出魔力が怒りに染まった。
あわてて二人を制止する。
確かに今のでこいつはペルの拉致事件にただ巻き込まれた船乗りってわけじゃない、ペルの仲間たちへの暴虐に関わった人間だとわかったが、まだ聞き出したいことがある。もう少しこらえてほしい。
「では、人を攫って連れてきたのはどういうわけだ?」
「釣りの餌だよ」
アウデーンスさんの問いに、男は口を歪めて嘲った。
「こっちにもエセルフがいるんなら、釣り出すのに餌がいるだろうが。大人しく出てくりゃこっちのもんだったが、それより先にこっちが捕まるたあな。くそ、薬を持ってきゃなんとかなるとか嘘吐きやがって」
「嘘を吐かれた?誰にだ?」
答えず男はぎらぎらした目で部屋の中を睨み回し、イヤな笑みを浮かべた。
「なぜ我らを狙う」
「はっ」
表情筋を殺しきったようなヴィーリの問いに、男は鼻で嗤った。
「な、ん、で、あんたらエセルフがオレたちを囲い込もうとしてるのか、知っちまったからだよ。隠してたつもりだろうが、てめえらエセルフにぺったり張りつかれて行動すべてを見張られて、大人しく飼い殺されるなんざまっぴらごめんだ!」
……て、こいつ?
(ヴィーリ。ペル。こいつは『堕ちし星』か)
(違う。星では、ない。そのはずだ)
だよね。
エセルフという言葉を使っちゃいるが、それ以外、彼が喋っているのはアルム語、つまりこの世界の言語だ。
つまり、あたしやグラミィのように、日本語を喋っていても意思の疎通ができた状態とは大きく違う。
――おそらくは、こいつもデッドコピーだろう。
それもガワの人の知識が相当入り混じり、自分が喋っているのが日本語かアルム語かもわからない状態になっているんじゃなかろうか。
ああ、そうか。ペルたちがあっさり捕まった理由も推測が一つできた。彼らが地上の星だけをマークしていたからだ。
そもそも森精たちが地上に落ちた星と認識していたものは、彼ら以外の人間、星見台の人たちにも観測されるようなものだった。
つまり、発光するほど大きなエネルギーの変動を伴うもの。
それらの数を星見台の人たちは数十個、とか言ってはいなかったか?
それに対し、スクトゥム帝国は全員が皇帝だと自己認識しているという話だった。
つまり、流れ星として観測できないような、むこうの世界の人間の影、おそらくはデッドコピー人格の入っている人間も、彼らの間では同じ異世界人だったのだろう。
が、ヴィーリはこの状況下で人攫いさんを星ではないはず、と言った。ということはだ。
森精たちは、デッドコピーたちを星として認識できていないということが推測できる。
おそらく黒い森精さんたちを分断し、制圧してしまったのは、あたしやグラミィのような落ちた星々のみを見ていた彼らが見ていなかったもの、人間に紛れ込んでいたアートルムのように見えない星々、デッドコピーたちではないだろうか。
ならば、一つ反論をしておこうじゃないの。星屑ではない、地上の星として。
「『だから、どうした?』」
驚愕の表情で男はグラミィを見た。
あ、ようやく日本語で喋ってるのがグラミィだけだってわかったのかね?
そう、あたしはわざとグラミィに日本語で喋ってもらったのだ。
この状態でも、エンリクスさんやタキトゥスさんたち地元民には、グラミィがアルム語を喋っているのと同様に理解できてるのは実践済みだ。
「『見張られている、それがなんだ?後ろ暗いことなどなければ、問題などないだろうに』」
あたしとヴィーリは心話でつながっている。
それも、ラームス経由でつながったりしているせいで、以前よりもいっそう感情が伝わってきやすくはなっている。
そもそも心話で嘘は通じない。グリグんやコールナーたち魔物が嘘という概念を知らないのもそのせいだと思う。
だけど、真実の隠し方は嘘を吐くだけじゃないってこともあたしは知ってる。
彼ら森精が隠したいことがあるのだろうってこともわかる。
だからどうした。
全部打ち明けてくれるなんて欠片も思っちゃいない。こっちだって隠し事は散々ある、お互い様だってもんだ。
彼らは世界と地上の星双方の守護者であると同時に監視者でもある。だからこそ、場合によってはあたしたちを抹消しようとすることもあるだろう。彼らにとっては世界の方が大切なのだから。
だが、それでもなお協力し合うことはできる。少なくとも、あたしやグラミィはヴィーリたちを受け入れることも、受け入れられることもできた。ただそれだけのことだ。
「……そうかよババア。てめえ、潜伏攻略組か。だったらオレだって、だからどうしたと言ってやらぁ。オレたちより早く到達しやがって、どうせチートしてんだろうが?ならてめえごとリセットしてやる。ここにいるのは領主さんとその取り巻き、ってことは偉い人なんだろ?デスペナ免除にゃ十分だ!」
人攫いは手枷のついた手を伸ばし――自分の耳からピアスを引きちぎった。
仕込み刃つきの指輪は警戒していたが、まさかあたしも耳輪がねじれ、伸びて糸のような刃に変わるとは思わなかった。
その両端を握り込んだ男が、ためらいもせず自分の首に切りつけることも。
クピディターサさんが悲鳴を上げ、ラエトゥスくんにしがみつく。
メトゥスさんが喉で悲鳴を呑み込み、アウデーンスさんがタキトゥスさんを庇った。
高々と吹き上がるはずだった血は、結界に弾かれて弧を描き、奇妙な紋様を描きながら飛び散ったように見えた。
が、床もまた結界に覆われている。
結界の底に集まり、溜まった血は――生き物のように何度もジャンプした!
ヤバい。これは。
「『みな、部屋の外へ!これはわたくしの領域がことのようです!』」
森精の二人を真っ先にグラミィへと預け押し出すと、ボヌスヴェルトゥム辺境伯家の皆様も、エンリクスさんに守られるようにして、一斉に後退していく。
〔ボニーさん、気をつけてくださいね!〕
グラミィの残した心話に、べちゃりと血色の飛沫が上がり、その勢いで結界そのものが大きく跳ねた気がした。
全員が逃げ出した後、あたしは結界を張りまくった。
まずは尋問部屋内部から、外部に何も出さないための結界を一つ。これは心話も通さない。
そして三段雪だるまのような形で跳ね上がり続ける、血色に染まった結界を二重三重にとりかこむ結界を。
こっちは物質の一切を通さないようにした、物理防御がメインだ。
なぜなら、頸動脈を自ら切り裂いた男は、まだ死んでいないからだ。
精神的に。
(ちきしょう!これですぐはじまりの町に戻るんじゃなかったのか?なんでこんなにいてーんだよ!)
結界を張っている間も、柔らかいものがたたきつけられるような音、堅いものが引き裂かれるような音、なんだかわけのわからない粘度の高い音が聞こえてくるたびにヒィイイイイイって気分になったけど。
改めて向き合えばもはや首筋どころか全身が破裂したように血を吹き出し、あたしがこの身体でなけりゃ吐きそうなほどぐちゃぐちゃに崩れた人体が眼窩の前にはあった。
だのに、『聞こえて』くるのは、そこから出ている心話とは思えない、あまりにも正常な、正常すぎる『声』。
なんだこのホラー展開。
他の人たちに逃げてもらうために、根拠もなくグラミィに大見得切ってもらったが、正直あたしにだってわけがわからんよ、こんな状況。
だけど、わずかながらわかることもあった。
結界に阻害されて奇妙な紋様にしか見えないが、血で描かれたあれは、魔術陣だ。というか、そのもとだ。
解凍前の圧縮データをメモ帳で開いているようなものだろうか。
もしあたしが結界を施していなかったら、最初の段階で血肉は周囲の地面に直接振りまかれ、正しいかたちで魔術陣を構成したのだろう。
だがそれは結界の球面にぶつかった時に、歪み、陣としては暴発した。
結果として機動不全に陥ったわけだが、その場合は無限に再試行を繰り返すようにでも、条件式を組み込まれているのだろう。
それが、現在進行形で、べっちょんぐっちょんというイヤな音を立てて跳ね上がり続けている、血泥の正体だ。
魔術陣なら、解除の方法はある。はずだ。
落ち着けあたし。そう繰り返しながら眼窩を据えれば、歪んだ術式の一部がわずかに見えた。『はるけき彼方とこなた 結べ』『身も心も捧げ ま に』『永 に』
……王サマはスクトゥム帝国について、何と言っていた?『生と死について何やら深遠な研究をしていたと思われる』とか言ってなかったか?
蘇生の可能性とか、全員転生だか憑依だかしてたという可能性の方がインパクト強すぎて、そこまで考えが回らなかった。
というか、頭っから蘇生魔術のことだと決め込んでいたが、そうでなかったとしたら?
エントロピー的な生と死、時空を操作しようとする術式はおそらく……これ、テレポーターだ。
つまり、転移魔術。
待て。
転生者帝国は、人間の精神部分だけでも召喚なり転移なりが可能で、それを地元民に押し込んでた。それが皇帝サマご一行の正体じゃあなかったか?
そしてあの三人組はなんて言ってた?『一度行ったところへは、二度目からはテレポーターが開放されます』とか言ってなかったか?
人間の血肉は魔力を含む。そして魔術陣は古典文字によく似た回路に魔力を通せば発動する。
だけど、この転移魔術陣の術式は。……発動の代償として、魔力だけでなく、魔力を含む人間の血肉と意識そのものを消費するように組まれている。
中身の人間と、ガワの人間、二人分をエサとして展開する術式だったということか、それとも術式に意思をエミュレートさせることで維持するのが目的だったか。そこまではわからないが。
生贄となった人間の血肉か意識が一片でも残っていれば、発動し続ける半永続的な術式だ。
周囲の大気などから魔力を吸収するような陣は組み込まれていないが、これ、次から次へ生贄を捧げ続ければ、延々転移魔術の発動状態を維持できる、ってことか。
……まさか、三人組が言っていた、テレポータの解放条件というのは、『ユーザ』が『一度行ったところ』ではなく、『一度逝ったところ』、なのか?!
今のあたしは全身骨だ。当然毛根すらない。
だけど、総毛立つというのはこういう気分かと初めて知ったかもしれない。
なんだその人間使い捨て。
というか、もとからデッドコピーは『運営』にとって侵入孔を開けるための生贄要員でしかなかったのか?!
てかヤバい。ヤバすぎるよこれ。
どこの国であれ、王都で同じ事をされたら、まず間違いなく奇襲攻撃は初期段階だけでも成功する。
どころか、送り込んだデッドコピーを次々生贄にしていけば、この術式はより長持ちするどころか、もっと強大化することもできてしまう!
どんな大軍だって召喚し放題ってことにもなりかねない!
……あたしは、歯を食いしばった。
(とっとと終われよローディングにしても長すぎるわクソが!二度とこんなクソゲやってやるかよ!)
血肉が飛び散り、べしゃりと結界に張り付き、血色に染まった三段雪だるまに向かって、あたしは心話を向けた。
(クソはお前だ、この寄生虫が)
(あ?)
(リセットなんてできるわけなぞない。これは現実だ)
血泥が結界に跳ね、びしゃりと模様を作り出す。
日本人ぽい特徴の顔立ちに呆然とした表情を浮かべた青年の姿に見えたのは、偶然だろうか。
(自分のアバターを破壊したつもりか。違うな、お前はこの世界の人間の身体を乗っ取って好き勝手した上に、殺したんだ)
命は重い。だがむこうの世界で読んでた異世界モノ、特に転生系の話では存外命は軽い。
自分の命ですらも。
おそらくは、死んだ記憶のある人間にとって、死は『一度経験したこと』として相対的に軽く思えるのだろう、という推測のもとに書かれているのだろう。
死に戻りなんてのもMMORPG系の話じゃスキル扱いされてたっけな。
だけど、リセットボタンを押すように軽く他人の頸動脈を切り裂かれてはたまらない。
(お前は、その身体の持ち主を殺した。転生だか憑依だかまで知らないが、一度肉体の死に引きずられずに消滅を免れたからって、次も同じようにうまくいくわけがないだろうが。人攫いの上に人殺し、救われないやつだ)
(そんな、だって)
心話をたたきつけるたびに、血泥の中から一つの精神が削れていく。その様子が放出魔力から見えていた。
だけど、あたしは容赦しない。あたしが心話で紡ぐのは暗示、呪詛、……なんでもいい、相手を消滅させるための攻撃手段だ。
(だってじゃない。被害者ぶるな。お前はいったい何をした。エセルフ?あれは、この世界の人間だぞ!)
(そう教えられたんだよ!おれは悪くない、あいつ、……名前、なんだったっけか)
精神が削れるということは、人格を構成している情報がジャンクになるということだ。
(誰の名前を言おうとした。そもそもお前、自分の名前を覚えているか?)
(あたりまえじゃねえか、自分の名前ぐらい!……あれ。名前?おれの名前はなんだった?おれは、オレは、おレhaAah!)
(咎人よ)
最大出力の心話で、あたしは名も知らぬ青年を『怒鳴りつけた』。
( こ の 世 界 か ら 疾 く 消 え 失 せ ろ !!!)
心話の圧力に耐えきれず、たわみ、歪んでいた精神が四散する。
跳ねまくっていた結界が、ずるりと形を崩した。串団子状だったものが一つの球に変わっていく。
枷にかけた結界が結合しあった結果だ。
おそらくは、この結界の中で、ガワの人の身体は原型を留めないほどぐちゃぐちゃになっているのだろう。
……ああ、そうだ。あたしも人殺しだ。
もう少し早く気づくことができていれば、あのデッドコピーの暴走も、生贄術式の発動も止められたかもしれないのに。
(すまない)
あたしは、血色の結界に深々と頭蓋骨を下げた。
なぜなら、もう一つの精神がそこには残っていたからだ。
最初から、あたしは、精神攻撃で異世界人の人格を破壊もしくは消滅させるつもりだった。
この転移魔術陣を完全に止めるには、どうしても必要だったから。
だけど、まさか心話を叩きつけた程度で、デッドコピー人格が剥がれ落ちてくれるとは思わなかった。
……尋問なんて悠長なことを考えず、最初からそうしておけば、この世界の人間である彼を救えたかもしれない。
だけど、ifを覆す方法をあたしは知らない。
(……なあ。あんた偉い魔術師なんだろ?あのよくわかんねえやつを消してくれたんだ、オレを生き返らせることもできねえか?)
(魔術は万能ではない。海神マリアムの御前では、身分も、性別も、老いも若きも、違いはないのだ)
血肉の奔騰はべしゃり、ばしゃりと緩慢になっている。
もはや死体とも言えない姿になった彼が、まだ心話でこれだけ明晰に会話ができているのは、おそらく術式に無理矢理宿らされた残留思念に近い存在になっているからなのだろう。
(すまない。わたしに、今のあなたを救うことはできない)
(そっか。……無理言ってすまねえ。だけど、ちっと口惜しいなあ。どうせなら自分の仇は自分で討ちたかったんだけどなぁ。せめて、一発いいのをくれてやりたかった、って、オレの身体に入れてもしょうがねえか)
心話の『声』は、苦笑交じりになった。
(ああ、やっぱり死にたくねえなあ。まだ死ぬにゃあ早いと思ってたんだけどなぁ)
(……せめて、祈ろう。あなたを、海神マリアムの腕がやさしく迎え入れんことを、心から願う)
心話で嘘は言えない。
だけど、この言葉は偽善でしかない。
あたしは彼を救えなかった。間に合わなかったのだ。救えたかもしれなかったのに。
(あー……、なんつーか、その、ちゃんと悔やんでくれるたあ、思わなかった。感謝もしてる。オレの腕で人攫いをしでかし、オレの船であんなちっちぇ子を運んできた盗人から、オレを取り返してくれたのは心底ありがてえと思ってる。そりゃオレだってよ、そんな褒められるような善人じゃねえ。けどよ、あんな取り返しのつかねえことをしたりするのはごめんだ)
(見ていたのか)
自分の身体を使って、デッドコピーが何をするのかを。
ずっと見せられ続けていたのか。『自分』が罪を重ねるさまを。止めることもできずに。
(ああ。だから、止めてくれてありがとよ。オレはもう、やりたくねえことをこれ以上やらなくていいんだろう?もう痛みも感じねえんだ。それで、十分だ)
(……あなたの名は、なんと?)
(ゲラーデのプーギオてんだ)
(ゲラーデか……)
あたしは、ちらとアルガの顔を思い浮かべた。
(そこの出だという魔術師を知っている)
(!そっか、ならそいつに伝えてもらえねえか?俺は、海神マリアムの御前に迎えられたと。そう伝えてくれと言ってたと)
(それだけで、いいのか)
(ああ。同郷のよしみだ、なんとかしてゲラーデにも伝えてくれるだろう)
いかにもほっとした、という感情を乗せてきた心話に、あたしは何も言えなかった。
なぜ、そうも自分が助からないということを、あっさりと受け入れられる。
あたしが心話で引き裂いたデッドコピーは、自業自得と言ってもいい自分で呼び込んだ死を嘆き、怒り、藻掻き、足掻いていたというのに。
あたしがそのデッドコピーを完全に消滅させたように、これから彼の精神も、血肉のすべても消滅させるつもりでいることもわかっているだろうに。
(魔術師さんよ。わりぃな)
彼の『声』は、最後まで明るかった。
〔ボニーさん!……大丈夫ですか?〕
尋問部屋から出てきたあたしをグラミィたちが取り囲んだ。
よほど悄然として見えたのだろう。
この世界に来てこのかた、人が死ぬのは何度も見てきた。
自分で殺したことも、初めてじゃない。
だけど。自分の手で、直接人間としての存在すら危うくさせる羽目になったのは、はじめてだった。
無言でペルが抱きついてくる。ラームス経由で心配してくれているのが伝わってくる。ありがとう。
あたしはペルの肩を叩き、タキトゥスさんに向き直った。
シルウェステル・ランシピウスさんのふりをしてここにいる以上、あたしはシルウェステルさんらしき行動をしなければいけない。
「『港湾伯にお願いしたきことがございます』」
「いかなることか」
「『あの者が発動させた魔術陣はあたう限り、痕跡すら残らぬほど、消除いたしました。さりながら、あれはおそらく、発動させた者の血肉と怨念を喰らい尽くし、ここへ兵を召喚することも可能な孔を作り出すもの、おぞましき禁術であると思われます。わたくしも初めて見たものゆえ、いまだすべてを解したとは到底申せませんが』」
あたしの推測混じりの分析に、アウデーンスさんとメトゥスさんが顔を見合わせた。
「『石でこの部屋を埋め尽くし、封じられてはいかがかと存じます』」
発動以前で阻止したとはいえ、何らかの方法でマーキングされてたとしたら、万が一今後ここがテレポータの起動対象地点として扱われないとも限らないのだ。
ならば完全に空間そのものが存在しないように部屋そのものを潰し、二重三重の壁で閉ざしてしまえば、たとえここがテレポーターの出口になってしまっても、『いしのなかにいる』も同然、これ以上の被害は港湾伯家に出ないだろうという発想だ。
手間もかかるし、安全確保としては完全とは言えないが、妥当なところだと思う。
「あいわかった。他には」
「『鳥をお貸し願いたく。急ぎ、王都へ伝えねばならぬことがございます』」
その一方で、あたしはアダマスピカにあるヴィーリの樹にも接続していた。確実性を高めるためには、カシアスのおっちゃんからも警告してもらう必要がある。
「文面は」
「……『数多なる闇の刃へ。三羽の鳥を逃がすなかれ、殺すなかれ。その死は王都に敵を呼ぶ、と』」
そう。『ユーザ』に自爆覚悟な手段が仕掛けられていたと知った以上、例の三人組は絶対に殺せなくなってしまった。
彼らのパーティは、ドゥーとかいう弓使いがもう死んでる。それに関する異常は今までなかったようだ。
だけど、それが異常の起きる前の静けさでないとは、言い切れる根拠などなにもない。
一人が死んだだけなら小さな孔しか開けられないが、パーティ全員が死んだらもっと大きな孔が空けられるようになってたとか、全員じゃなくて一人だけ生贄候補が放り込まれてるとか、もしくはリーダーの死亡を持って発動するしかけになっているとか。あとは血を流しての死かそうでないかとか。
……潔いこの世界の船乗りに寄生していた、あのクソ野郎のように、自死の意思の有無によるとか。
発動条件が読めない以上、いつ、どういう形で発動させられるのかわかんないのだ。
ほんとは三人組をこれ以上王都近郊に置いとくのも危険すぎる。早いところ結界ぐるみで移動させることも考えた方がいいだろう。
……中身の人たちには悪いが、そのデッドコピー人格を削除させてもらうことも考えなければならないかもしれない。
必要であれば、あたしは何度でも手を下そう。
それが、間に合わなかったあたしのできることだから。
……後味悪い回でした。
しばらく骨っ子は落ち込んでいます。




