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ベーブラ大捕物

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

サブタイトルが時代小説っぽいですが、間違いなく、当小説は「こんな異世界転生はイヤだ!」ですのでご安心ください。

 ヴィーア騎士団副隊長のエンリクスさんと港湾伯タキトゥスさんのお話の間、あたしたちはひたすら待機ということになった。

 サンディーカさんご懐妊について言及するかしないかはさておいて、エンリクスさんの口から、そしてカシアスのおっちゃんの書状から、アダマスピカ副伯爵家に対するペリグリーヌスピカ城伯の横暴さをなるべく早く伝えておく必要があったからだ。

 同席なんてとんでもない。王命によって王都からベーブラ港の土木工事しにやってきたあたしたちは、そんな港湾伯の問題に絡んじゃいかんのです。

 エンリクスさんだって、表向きだけとはいえ、第三者視点でこういうことがありましたよということを善意でお伝えしに来ました、という体裁を繕ってんだから。


 そんなわけで、お二人の話がすむまで別室で歓待をと言われたが、それを断って、あたしとグラミィは森精二人と港に出たいと伝えた。

 いや、これもベーブラまで来た理由ゆえの行動なんですがね。アウデーンスさんたち次期ボヌスヴェルトゥム辺境伯爵位を争う三つどもえな抗争の具材にゃされたくないって理由が大きいことは否定しないが。そんなもんは身内でやればいいのだ。

 土地勘?ないですよ。

 

 ならば騎士をおつけしましょうかとタキトゥスさんが言ってくれたが、今あたしたちに必要なのは、人脈と土地についての知識が豊富な案内人であって、物理防御力が余りまくったお偉いさんじゃないんです。

 タキトゥスさん的には、王命に従ってここまで来た相手が自分の領内で怪我したとか大問題になりかねんから、どうしてもあたしたちに人手をつけなきゃならんのだろうなってことぐらいわかっちゃいるけどね。


 それじゃあと、アウデーンスさんが案内役を申し出てくれたのは、まさに渡りに船だった。

 なのに、異母弟のメトゥスさんはごちゃごちゃ言うわ、甥っ子のラエトゥスくんは自分も行きたいと駄々をこねるわ、やかましいったらありゃしない。

 王命を果たすために、平民たちからも話を聞きたいんだとグラミィに伝えてもらったら、ようやく鎮静化したけどねー。

 それだって、下賤の血の入った者ゆえ、そのような使い道なら適任でございましょうとか、メトゥスさんてば据わった目で吐き捨てるわ。ラエトゥスくんはお母さんのクピディターサさんに絡め取られるように取り押さえられるわ。

 

 タキトゥスさんとそのブレイン集団の人たちが、一斉に夢織草(ゆめおりそう)トラップにかけられたせいで、トップ不在の状態が続いてた混乱がまだ残ってるのかもしれないけどさ。

 ボヌスヴェルトゥム辺境伯家、このままで大丈夫かといいたくなるような有様だった……。

 ま、あたしたちには基本的に関係のないことなんだが。


 上流のランシア河からここまで下ってきてみてよくわかったことだが、アダマスピカで分流するピノース河とロブル河は、典型的な三角州を形成する支流だ。特にロブル河はペリグリーヌスピカ城からこっち、北東部にさらに枝分かれし、それらはいくつも蜘蛛手に別れ、複雑に絡まり合い、蛇行し、細々とした流れになったかと思うと急に本流かと思うほどの流れに注いでいるようだ。

 河岸段丘と海岸段丘に誘導され、低地に溜まった流れはどうなってるのかとグラミィ経由でアウデーンスさんに尋ねたら、ボヌスヴェルトゥム辺境伯領の東にある、大きな湿原へと流れ込んでいるらしい。

 ボスビソーンとかいう巨大な角を持つ草食動物や、フェルスとかいうそれよりは体躯が小さいが獰猛な雑食生物などが群れを作っている湿原なんだそうな。凍ったりしないのかね。

 その湿原から水はさらに北に流れ、海の近くに汽水湖を作り出した。さまざまな種類の鳥たちが群れをなしているのは、貝や小魚が多いからなんだそう。

 さらに北東には海に突き出た崖があり、岩礁が広がる危険な海域に接しているという。崖下の岩棚はポキダエとか、ザロプスとかいう、海に潜って魚を獲って食べる動物の生息地域になっているとか。

 ……なるほど、寒冷地とはいえ、生物相はそれなりに豊かなのかな。

 それを考えると、やっぱりベーブラ港だけ深く掘れば万事解決というわけにはいかなそうだ。自然破壊反対。

 

 あらためて振り返ってみれば、水路よりもちょっと高台にそびえる領主館は――館というより、ちょい平たい城砦、って感じなんだが――、なんか見覚えがあるなと思ったら、マレアキュリス廃砦に似てるのよ。

 周囲にピィチャーとかいう木々が生い茂っていて、尖塔が三本で、こっちのお屋敷の方が小さめで、盛り土の上に立ってて、岩の上部に彫り込まれたようにはなってないという違いはあるけど。

 ……あの盛り土も、いわゆる(ダイク)ってやつなのかね?

 

 ベーブラ港は、その領主館から、運河を三つほど超えたところにあった。

 アルボーのように海に向かって直接開いてはいないので、潮や川の流れを受けにくいそうな、ロブル河と直交する形の水路には、小舟がまとめて舫われていた。


〔ボートばっかですね。わりと大きいのもありますけど。あれ、十人以上乗ったらどうなるんでしょう?〕


 大丈夫じゃない。って感じだよねー……。

 

 結論。ここにあるのはおそらく沿岸から近海の漁師さんの船がメインだ。

 かつて貿易港だったというなごりのように広い水路が、かえってうらぶれた感じを醸し出しているわけだわそりゃ。


「シルウェステル師。船乗りや漁師に話を聞きたいとのことでしたが。おれの知り合いでよろしいので?」

「『アウデーンスどのの知り合いならば、わたしにも臆さず腹の(うち)を語ってくれはしないかと思うが?』とのことにございます」


 それに、メトゥスさんなんぞは負け惜しみをいろいろと罵詈雑言に変換しまくってたけど。ぶっちゃけ彼が海の男たちに直接顔が利くとも思えんのですよ。港湾伯家ご当主のタキトゥスさんは言わずもがな。

 アルボーにも海の男たちを引き連れて、素早くやってきてたアウデーンスさんは適任だ。


「では、師のお望みのままに」


 にやりと笑ったアウデーンスさんは馴染みの顔を見つけたのだろう。足どりを少し速めたその先は、屋根だけを設けた作業場だった。


「よう、お前ら。今日の海はどうだ?」

(ぼん)!」

「二の坊がこんな頃合いに来るたぁ、珍しいこともあったもんですな」

「船ならいつでも出せますぜ。今日は冬にしちゃあマリアム様の機嫌も悪くないようで、凪いでまさぁ」


 海水で()ね上げ潮風にさらされてできあがったような顔立ちの、年季の入った船乗りたちが相手じゃ、アウデーンスさんも分が悪い。すっかりと子ども扱いである。

 彼らも、アルボーではそれでも気を遣って、アウデーンスさんを立ててくれてたんだろうなぁ。気づかなかったけど。

 だけどまさか、ぼ、坊って呼ばれてるとは……ぷぷぷ。

 グラミィまでひっそり笑いをこらえているのに気づいたんだろう。アウデーンスさんは一瞬苦笑した。


「悪いが、今日は案内役なんでな。船を出すのはまた今度ってことで」

「案内役?坊が?」

「……って、ああああああ!」


 顔中を口にしたのは……アルボーまでアウデーンスさんと一緒に来てた人じゃないですか。いやあ、お久しぶりですね。

 だけど人を指さして叫ぶのはやめてくれなさい。

 とりあえずは、情報収集にかかりますか。よろしく、グラミィ。

  

「『仕事の手を止めさせてすまぬが、少々ものを尋ねたい』」

「……アウデーンスさまの、お知り合いで?そっちのフードをかぶったまんまの方も?」

「人にものを訊くんなら、顔の一つも出してきたらどうなんですかねぇ?」

「やめとけ。その方々に絡むんじゃねえ」

 

 止めに入ってくれたのも、アルボーまで来た人だったっけ。

 確か、名前は……。

 

「ピスカトルさんまでそう言うとは何事ですかい」

 

 そうそう、ピストルみたいな名前だったよねー。

 

「俺たちごときにゃあ顔もお見せになれないほど、ありがたーいお方なんですかねぇ?なら俺たちみてぇなもんの言うことなんぞ、やんごとなーいお耳に入れちゃあまずいんじゃねぇんですかい?」

「レティ。黙れ、この」

「『いや。かまわぬぞ。ただし何を見たかは口外無用。それを海神マリアムに誓ってもらえるならば、だが』だそうじゃ」


 海の男たちは互いに顔を見合わせた。


「どこのどなたか知らねえが、ばーちゃんに喋らせてだんまりたぁないでしょう?」

「『理由があってな。それもこの顔を見たらわかってもらえると思う』とのことじゃ」 

「……そこまで言われちゃ興味も出らぁな」

「三のえばりかえりよか、まだ懐が広いお方のようだしなぁ」

「おい」


 苦笑しながらアウデーンスさんがつっこんだ。


「メトゥスごときとこの方々を比べてくれるな。あいつだったら今頃お前ら丸ごと吊しにかかってるか、それともお前らに水路に投げ込まれてるか、どっちかだろうが」

「違えねぇ」


 げらげら笑いながらもよほど興味があったんだろう。全員が誓ってくれたところで、あたしは彼らに作業場へ集まってもらい、屋根の下に防音効果のある結界を張った。

 ただし、真っ黒いやつを。

 なにも色つきな結界はグラミィの専売特許じゃないのですよ?

 

 いきなり闇に包まれて、さすがに船乗りのみなさんもちょっと挙動不審になったところへ、あたしはいくつか炎を顕界した。

 察しよくその時点でグラミィが両耳を押さえた。その真似を森精の二人がする。アウデーンスさんもグラミィの手真似に気づいて耳を塞いだところで、あたしはゆっくりと仮面を外し、覆面を取った。

 暗闇を背景に、頼りない灯りに浮かび上がるは髑髏が一つ。

 しかも下から照らすよう、炎を顕界しといたから、照明効果は抜群だ!


 大悲鳴が結界に反響しまくった。


 炎を消し、覆面と仮面を戻して、フードもかぶってから結界を解除してやると。

 ……なんということでしょう。屈強な海の男たちのみなさんが団子状態になるほど両手両足でがっちりディープに抱き合っております。

 顔面蒼白すぎてお腐り方面の想像は、完全受付拒否みたいだけどな!


「お前ら、だから言っただろうに」


 アウデーンスさん、笑いをこらえながら言っても説得力ありませんて。

 しかも屋根まであの大悲鳴はぶち抜いたらしい。いや、たしかに上の方まで結界は張らなかったけどさ。

 何人もの荒くれっぽい人たちが押っ取り刀で駆けつけてきたじゃありませんか。

   

(ボニー)


 ん?ヴィーリ?どした。


(同胞が)


 振り返れば、黒い森精さんは耳を押さえた格好のまま、がたがた震えだしていた。

 いったい何があった。


(敵だ。同胞をここまで運び来たった人間が近づいているそうだ。まだ同胞には気づいていない)


 ――皇帝サマ(スクトゥム帝国関係者)か!

 森精だと知っててペルを運んできてたなら……いやいや、人間だろうが森精だろうが、朦朧としていて明らかに普通の状態じゃないってわかるような相手をだ。一室に監禁するだけじゃない、なおかつ船にのっけてこんなとこまで拉致ってくるたぁ、三人組のように単純な『ユーザ』とは思えない。

 中身こそデッドコピーかも知れないが、この世界をMMORPG気分で動いてる悪党プレイにしても、人身売買はやりすぎだ。

 そこまでやらかそうとしてたやつは、たしか暗部の密偵さんに入れられてたリセマラさん以来だろう。あっちは中身を入れるためのガワとして、帝国へ人間を運ぼうって魂胆だったらしいけど。

 いずれにせよ、このランシアインペトゥルス王国内にまで入り込んできているたあ思わなかった。

 が、逆に考えれば、『運営』につながる手がかりを手に入れられるチャンスかもしれない。

 ともかく、ペルの方が先に気づいてくれてよかったよ。

 グラミィ。


〔わかってます〕

 

 ペルの前に進み出ると、グラミィもまたあたしの隣に並び、ペルを隠してくれた。


(ヴィーリ。敵を教えてほしい。拘束する)


 肯定の意思とともに、ラームス経由で短い心話が送ってこられる。

 ……って、これ。ペルの実体験をそのまま伝えてきてるのか。

 船の揺れ、恐怖の感情の生々しさといったらない。ふつうの4K画像だと思って視聴したら、画質の良さはそのままに3Dに潮の匂いなども足し込んだ4Dだった、ぐらいの違いだよ。


 どうやらグラミィには送っていないようだが、それは正解だろう。

 あたしのラームスも、グラミィに寄生している小枝も、どちらもヴィーリの樹杖から裂き与えられた枝だ。ペルはより多くを裂き与えられているが、それが心話の絆をいっそう強固にしているのだろう。

 それはいいんだけど。このリアリティ無駄にだだ溢れる記憶は、いったい混沌録から引っ張り出したものなのか、それともペルから直通なのかはわからんが、自分が体験していること、自分の感情と混じり合いそうなほどに強烈だ。下手するとトラウマ伝染装置にしかならんぞ、これ。

 だけど、おかげでばっちりターゲットの放出魔力(マナ)の色や形まで認識できたよ。

 ついでに、なんでヴィーリがこういう形で情報をよこしたかもわかった。

 彼らは個人を特定するのに、今どこにいるかとか、顔や容姿といった外見情報を重視してないのだよ。あくまで識別のメインが魔力ってのは……彼らが森精だから、なんだろうな。

 森精にとって、人間を外見で見分けろというのは、人間に木材を見ただけで、どういう種類の樹木で、どんな場所に生えていたかを理解しろというのに近いものがあるようだ。

 つまり、わかる人にはわかるが、わからない人にはとことんわからない。

 

 それじゃ、この場で一番顔のきく人に、一言伝えといてから行動に移りますかね。

 グラミィ、頼んだ。

 

「『アウデーンスどの。少々お騒がせをいたす』」

「とは……?…!」


 グラミィがアウデーンスさんに声をかけた瞬間、あたしは人攫いさんを結界で捕縛した。さらにその上から両手足に枷状に石を顕界し、身動き一つ取れないようにしちゃる。

 アウデーンスさん、一応断りは入れたからねー。声をかけるという行為自体をフェイントにも使わせてもらったけど。


「あ、おい!なにしやがる!」


 お黙りなさい。

 顔面からこけないよう、クッション代わりにあたしが結界を顕界してやったのは優しさじゃない。ただの打算だよ。

 下手に歯でも折られたら、喋りづらかろう?尋問に手間がかかるじゃないか。


「ぼ、坊!こりゃいったい?!」


 荒くれのみなさんにも、この突然なわけのわからん出来事の連続発生はかなりキたらしい。

 だけど、ここじゃあ……下手な情報は出さない方がいいな。

 いろいろナイショでよろしく、と覆面の前にぴっと人差し指の骨を立て、ぐるりと彼らの顔を見回したら。

 ピスカトルさんを筆頭に、海の男たちは、一斉に口を(つぐ)み、かくかく頷いてくれましたよ。

 実に察しが良い上に、素直で結構なことだ。

 これならアルボー同行組のみなさんも、シルウェステルさんの名前を出さないどいてくれるだろう。

 あと、グラミィ。……――――……てな感じでアウデーンスさんを煽ってくれる?フォローはするから。


〔りょーかいです〕


 グラミィはちょいちょいとアウデーンスさんを手招きした。

 耳打ちをふむふむと頷きながら聞いてたアウデーンスさんてば、だんだん目つきが変わっていったと思ったら。

 聞き終えた瞬間、ぎゃあぎゃあわめき続けてた蓑虫状態の人攫いに近づいて。

 ……うわぁ。なにその腕力。右手一本で人一人吊り上げちゃったよこの人。


「黙れ。この人攫いが。そこの婆どのがたった今、懇切丁寧に教えてくれたぞ。貴様が年端もいかぬか弱い子を攫った上に、アルボー沖で海の底に沈めたとな」


 野次馬たちがざわめき、アルボー同行者たちは瞬時に戦闘態勢に入った。

 ええ、嘘は言ってません。

 年端もいかぬ子ってのは、ペルのことですよ?

 合法ショタなアルベルトゥスくん並みに小さいんですもの、彼。

 ついでに言うと年端もいかないってのは、あくまで外見年齢のこってす。実年齢はどうだかあたしも知りませんが何か?


「濡れ衣だ!オレは何もしてねぇ!そのババアが嘘つきなんだろうが!」

「いいや?おれが何と言われたか教えてやろう。『お前の後ろに、冷たい海水をしたたらせた、長い黒髪の美しい子がいる。ずっと、そして今も、お前を恨めしそうに見ている』と」


 その言葉に、人混みが一斉にアウデーンスさんから……いや、息が詰まらないように中途半端なネックハンギングをかけられた人攫いから距離を取った。

 んーむ、直前にタイミング良くあたしの頭蓋骨を見せたのがいーい具合に効いておりますな。自画自賛っ。


〔またあたしの扱いが操屍術師(ネクロマンサー)っぽくなりませんかね?〕

 

 そのへんはアウデーンスさんにもフォローしといてもらおうか。

 

 ちなみにこれも嘘じゃないですじょ?

 あたしが遮蔽になっちゃいるが、野次馬さんたちの方から見れば、文字通り吊るし上げられてる人攫いさんの背後にペルがいて、震えながらも人攫いさんを視線で射殺しそうな顔をしているのも本当のことだ。

 アウデーンスさんの言葉だと女の子っぽく聞こえる?気のせいだ。

 そのおかげで、情には厚いが激情型ぞろいな船乗りのみなさんが、さらに目の色を変えてる?それがどうした。

 

「あれは、……あれは、オレが落としたんじゃねえ!あいつが勝手に落ちただけだ!」


 はい、自供ご苦労サマ。

 苦し紛れにひねり出した言い訳にもならない御託(ごたく)のおかげで、アウデーンスさんによる絞首刑からは免れた……というか、景気よく地面に投げ捨てられたようだが。

 きっちり今の自白を聞いた海の男たちから、殺気が立ち上りつつあります。


「アウデーンスさま。その人攫い野郎の始末はおれたちがヤりましょうか?船底くぐり、甲板渡し、水漬け、干し魚さらし」

「最後のはやめろ。ここでやられちゃ後がかなわん」


 魚の解体をしていた作業場をアウデーンスさんは真顔でさした。

 って、干し魚さらしって何ですかな。

 ……まさか人体を干し魚みたいに加工する系の私刑だったりするんだろうか?

 それは、ぜひともやめていただきたい。

 せっかくヴィーリが配慮してくれたというのに、グラミィがトラウマるだろうが。

 それに、少なくとも情報を搾り取るまでは、五体無事なまま、こちらに預からせていただきたいものだ。


 またもやグラミィにごにょごにょと伝えてもらうと、アウデーンスさんはピスカトルさんを呼び寄せた。どうやら領主館までひとっ走りしてもらうつもりのようだ。

 といっても、まだタキトゥスさんはエンリクスさんとの会談中だろうなー。

 伝言だけだと、メトゥスさんあたりにインターセプトされて、しらばっくれられるという嫌がらせが待ってそうだよなー。

 偏見かもしれんがメトゥスさんは陰険系だし、メトゥスさんからもアウデーンスさんには隔意がありそうなんだもん。それが領主館内部の使用人にも影響を与えてないとも限らない。

 こんなところで兄弟げんかに巻き込まれるのも、不利益をこうむるのもごめんだ。

 メモ用紙がわりになるような手頃な樹皮もさすがにちょっと見当たらないので、あたしは石板をひょいと名刺サイズに作成した。

 

『港湾伯タキトゥスどの。星とともに旅する者たちに危害を加えた者を捕らえた。例の帝国の人間やもしれぬので、牢をお借りしたい。シルウェステル・ランシピウス』

 

 古典文字でごりごりっとね。

 最後にシルウェステルさん名前の脇に『骸の魔術師』という例の厨二臭い二つ名を入れ、それをさっくり割り取っておく。

 ちょっとした用心のため、割符のしかけだ。 

 あとなんか伝えることなぁい?と、アウデーンスさんに見せて頭蓋骨を傾げたが、特に問題はないようだ。


「ピスカトル。家の者が預かると言っても断れ。これは客人からの知らせだ。必ずお前が父上に直接届けるようにと、おれが言っていたと」

「わかりやした」


 名刺石板を後生大事に抱え、ピスカトルさんがすっとんでいくのを見て、おずおずと若い船乗りがアウデーンスさんに話しかけた。

 

「あのう。若さん。一つだけ伺ってもいいですかい?」

「なんだ。レティ」


 すっかり借りてきたにゃんこのようにおどおどした様子になっちゃったけど、さっきの絡みようはどこへ行ったことやら。


「そのう、お客人と言われるのは、そちらのローブの方のことですやね?いったいどういうお方なんで?」

「このお方はな。海神マリアム様の眷属のようなお方だ」


 ……まーだそのネタ通すんかいアウデーンスさん。

 レティくんとやら。アウデーンスさんに厳粛な顔をされたからって信じるなよ?信じなくていいからね?フリじゃないからね?

 まあ、一気に協力的になってくれるのはいいけどさー。

 この状態ではありがたいくらいだもんね、グラミィ。


〔だけど、ボニーさん。通訳なあたしも、このまんままともに喋らないでいるってのはちょっとキツイんじゃないんですか?〕


 だから、この人攫いさんだけでも、とっとと連行してもらおうと思ってね。

 あ、手枷と足枷だけじゃ物足りないか。ついでに今ならおまけで首枷もつけたげよう。


「やめろ、このオレをいったい誰だと思ってやがる!離せ、離しやがれ!」

「船乗りの風上どころか風下にも置けねえ恥さらしだろうがよ!」


 誰かが怒鳴ってぶん投げた石は、こきんとはじけて飛んだ。

 初めて魔術を見た者もいたのだろう、驚きのどよめきが水面を流れていく。


 悪いが私刑にかけるにゃもう遅い。枷には結界陣も埋め込んどいたのだよ。

 手枷足枷首枷は、それぞれの結界の中心点指定標識にもなっている。おのおのの半径1m球状に顕界、なお重複部分は融合と記述しておいたので、……そうだなー、串団子か雪だるま(snowman)の匍匐前進ぽい格好にまで変形は可能だろう。

 加えて三人組の牢にも施した『非生命体は通過可能』という条件式に、『一定以上の速度または質量を有する非生命体は通過不可能』という条件式もつけといたのだ。

 これで何かの感染源になってても、これ以上こいつからは広がるまい。その一方で、外から敵意を持った攻撃をしかけられてもそこそこ耐えられるが、それは下手にこいつのお仲間がこの結界を壊そうとしても無駄だということでもあったりする。

 結界を維持する魔力は周囲からも吸収するが、より優先的に人攫いさん当人から消費するように組んである。今後結界を壊そうなどといったアグレッシブな行動ができるような元気はどんどんなくなるはずだ。

 あ、一番目立つところにある結界陣を破壊すると、それをトリガーにより強固な結界が顕界するようになってるんですがね。

 念のために、同時に結界内で発火陣が起動するようにしようかともちょっと迷ったが、一応やめることにした。

 汚物は消毒これ大事。だけど、周囲に延焼すんのはまずいでしょうが。


 ついでに、グラミィにもアウデーンスさんへの耳打ち以外、直接喋らせないようにしてもらってるのは、転生だか憑依だかしてきた人間への対策だったりする。

 グラミィもだいぶこの世界の言語、というかアルム語という言葉を覚えたことは覚えたんだが。どうしても発音が微妙になまって聞こえるんだよねー。

 それに、ちょっと難しい言葉を伝えるにはついつい日本語になっちゃうというね。

 心話のおかげで意思疎通に関しては問題ないんですが、スクトゥム帝国関係者には、日本語喋ってる=え、こいつも転生者?!って即バレしかねんもん。沈黙は金ですとも。

 あ、アロイスには、王都を離れる前にグラミィが日本語(帝国語的ななにか)を話せます、ってことは伝えておいた。三人組の尋問がすんなりできたのもそのせいだって。

 ただしスクトゥム帝国関係者ではない、むしろ敵に回ってもいいくらいには迷惑しかこうむってませんと、ほんとのことを強調しといた。信じてくれるかどうかはアロイス次第だけどね。


 問題は、拘束完了したこの人攫い1号だけでなく、まだその仲間がいるかもしれんという可能性があることだ。

 国境どころか地方をまたいでくるような船なんざ、一人じゃ操作ができるはずもない。同じ船に乗ってきた人間が必ずいるはずだ。

 だが、ここまでベーブラ港が浅くなってるところを見ると、そんな大船、そうそう着けられないし、あっても目立つ。

 それが見当たらないとすれば、スクトゥム帝国から乗ってきたはずの船は、アルボーに乗り捨ててきたのか、それとも引き返してったのか。

 いずれにせよ、他の人攫いがいないかどうか、調べあげないことには危なくて、黒い森精さん(ペル)をベーブラに置きっぱなしにすることはできない。

 ……ということをつらつらとアウデーンスさんに、例の名刺石板で説明したところ、納得してくれたようだ。

 ついでに言うと、ボヌスヴェルトゥム辺境伯の一族でもない限り、ここで領民に命令なんてできるわけがない。あたしたちじゃあ筋違いもいいとこなんですよ。

 というわけで、それじゃあよろしくアウデーンスさん。


「この人攫いの顔を知っているもの、同行していた者を見た者は前に出ろ。……よし、ナーウタ、フッキナ、ガレールス。お前らが頭だ。そいつらをすべて捕らえろ。多少手荒くてもかまわん。すべてのラットゥスを炙り出せ。このベーブラに人攫いのよそ者などいらん、たたき出すのだ、ベーブラの男たちの名にかけて!」

「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおう!!!!!!!!!」」」」」」


 ……これだけのやりとりだけで港にいた人間の士気を一気に高めるとか。

 やっぱりアウデーンスさんは、自分ち(港湾伯家)を出ちゃいかんと思うの。

 これだけご当地タイプで将才のある人間は実に得がたい。今後海からの防御を考えるならば、彼こそがその要になるだろう。

 いざという時用の防御結界陣をあげといてもいいくらいには、重要人物としてあたしは認定している。

 ちなみに、ベーブラ港に潜り込んでる皇帝サマご一行が一掃されるということは、アルボーの状態にも連動する。ヴィーリの樹杖の種たちにとっても悪いことじゃないんだが。

 さて、肝心の森精たちはどうなったことやら。


(具合はどうか)

(同胞も少し落ち着いた)

 

 歩み寄って覗き込めば、確かにペルは顔色こそ少し元に戻ったようだが、息はまだ短く浅い。苦しそうなのは……過呼吸を起こしかけてたのか。


(息が辛かったら、自分の手で口元を押さえて。ああ、マントでもいい。で、ゆっくり、マントに溜まった自分の吐いた息を吸うようにしてごらん?)

 

 まだかすかに震えている小さな薄い背中を、あたしは感謝をこめて撫でた。


(あいつを教えてくれて、ありがとう。ペル。あなたのおかげで、もう、あいつは無力化された。そしてペル、あなたはもう無力じゃない)


 思わず、というように振り向いた黒い瞳に、あたしはゆっくり頷いてみせた。

 黒い森精さんの様子が悪化したのは、自分を同胞たちから引き離し、こんな所まで運んできた人攫いの存在に気づいたからだった。

 おそらくは、無力化され、声も出ぬほどの目に遭わされた精神的外傷がフラッシュバックを起こしたからだろう。

 でも、大丈夫。

 

(ペル。あなたは、ただ暴力を受け続け、自我を引き裂かれた時のあなたじゃない。雷に打ち倒されたとしても、芽吹く木々には過去のこととなるように)

 

 そりゃあ自我を裂かれて無力化されたあげく、身動きとれないようにされたどころか意識朦朧状態に陥らされるとか。肉体より精神面を重要視している彼らには、一番恐ろしいことだろう。

 

 トラウマの解消方法はいくつかある。

 一人で向き合う必要はないと、周囲が支えるとか。

 繰り返し繰り返しもう大丈夫だと伝え、重荷を軽くしてやるとか。

 でも、今なら『自分を無力化した敵を今度は自分の手で無力化し、トラウマを塗り替える』方法が適切だろう。


(ペル。この土地の人間が自分の縄張り(シマ)に潜り込んだ、あいつらの仲間もすべて狩りだそうとしている。だがそれは、ペルがやれるのならば、あなたの手でやるべきだとわたしは考える。ペル自身の恐怖を乗り越えるために)

(ボニーよ、わたしが共に歩く星の一つよ。お前はいいのだな。それで)


 若葉色のヴィーリの瞳にも、あたしは頷き返した。


(以前にも言ったが、彼らはわたしの同胞ではない。落ちてきた星という、同じ立場にあることすら受け入れがたい相手だ)


 確かに、皇帝サマご一行とあたしたちは同類ではあるのかもしれない。そこは否定できない。

 あたしもグラミィも、シルウェステルさんと大魔術師ヘイゼル様の身体を乗っ取ってるだけの、この世界の異物でしかない。

 だけど、あたしは、彼らのやり口を拒絶する。彼らの存在を否定する。

 彼らを狩るようアウデーンスさんをけしかけたのは、これ以上ペルやその同胞たちのような被害者を出さないための予防策でもある。

 けれども今は、ペルのトラウマを解消することがなによりも優先なのだよ。

 人攫いさんたちには、そのためのサンドバッグとして存分にぼっこぼこになってもらおうじゃないの。ペルがしたければ復讐や報復も好きなだけすればいいとも思う。

 だが、そのためには。

 

(彼らと対峙できるか、ペル)


 一人で立つのが心細いなら、ヴィーリが隣に立つだろう。

 あたしが、そしてグラミィがさらに加わったっていい。

 大丈夫。きみは、一人じゃないから。


 黒い瞳は一瞬惑い、泳ぎ、頷き、……そして驚いたような色を浮かべた。

 何がどうした。


(ようやく芽吹いたようだ。同胞の種が)


 嬉しげなヴィーリの心話に、ペルが慌てて腕を剥き出しにした。

 そこには、アルベルトゥスくんの髪帯と絡み合うようにして、確かにさみどりの新芽がその色を鮮やかに見せていたのだった。

ペルの樹杖の種が芽吹きました。

理由もちゃんとあるんですがね。

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