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港湾伯領にて

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

「ボヌスヴェルトゥム辺境伯閣下。シルウェステル・ランシピウス名誉導師の代弁者としてわたくしの発言をお許しくださいますよう」

「グラミィどの、であったな。ご存分に」

「ありがとうございます。シルウェステル師も『突然の訪問をお許しいただき、ありがとうございます。王都にてお目にかかって以来、御無沙汰をいたしておりましたが、早急なるお目通りをいただきまして感謝申し上げます。また、タキトゥス閣下におかれましては顔色もうるわしく、安堵いたしました』とのことにございます」


 グラミィの喋るのが終わってから、あたしはゆっくりと取っていた魔術師の礼を崩した。そこへ口を開いたのは、アウデーンスさんの脇にいる褐色の髪の男性だった。

 

「我が父より毒を取り去ってくださいましたこと、このボヌスヴェルトゥム辺境伯タキトゥスが嫡男、メトゥスが深く御礼申し上げます」


 ……あーあ。やっちまったな、メトゥスさんとやら。


 ここはボヌスヴェルトゥム辺境伯領主館の大広間である。他領などからの使者のように公的な性質を持つ相手や、身分的におろそかに扱えない来客は、まずここへ迎えられる。

 簡単に言うと、港湾伯さんちの略式謁見の間みたいなもんだ。

 もちろん、飛び込みでなんか通してもらえるわけがない。

 あたしたちがわりとスムーズに案内してもらえたのだって、王都から、これから向かうよーという連絡をいれておいたことと、さらにサンディーカさんが手配を済ませてくれていたからにすぎないのだよ。

 鳥便は王都に向かうものだけではないのだが、手回しの良さはさすがアダマスピカ副伯爵家ご当主様。

 

 で、だ。


 アウデーンスさんと不仲だっていうこの異母弟くん、客の挨拶に、主人であるタキトゥスさんがたった今、それを歓迎するような言葉を返そうとしてたのよ。

 なのに、それを横取りして、せっかちにしゃべりだすとか。

 これ、明らかなマナー違反です。


 ついでに言うなら、タキトゥスさんとテルティウス殿下にかけられた毒の判別と解毒は、『王の薬師のみなさん』が『やったことになっている』。

 これ、そういうことにしといてねーとあたしが王サマにお願いしたんだから間違いない。知ってる人は知ってるだろうが、あえて広めるこっちゃない。口に出すシチュエーションとして辺境伯家の大広間てぇのはいかがなものか。

 そりゃ、アウデーンスさんがアルボーに来た時もぺろっと口にお出しになりやがりなさってましたけどね?

 あの時とは状況が激しく違うのだ。

 情報通だという印象をこちらに与えようって目的は同じかもしれないが、周囲にいる人間が自分の手の者で、漏洩の危険がほとんどないって状況にしてからじゃないとまずいかもという判断もできないとか。二番煎じにしても手際悪すぎ。


「シルウェステル・ランシピウス名誉導師にはお初にお目にかかります。……ああどうか御懸念なさいませぬように。機密であることはこのメトゥスも存じております。けしてボヌスヴェルトゥム辺境伯領より外に漏らすことは」


 ぺらぺらとしゃべり立てるメトゥスくんに、アウデーンスさんが深々とため息を吐いた。

 

「メトゥス。お前は一度、口を開いていい時か悪い時か、よくよく考えて喋ろ」

「黙れアウデーンス。きさまのような庶子ごときにそのような口をきかれる筋合いはない!たかだか少々早くシルウェステル師に拝顔の機を得たからといって思い上がるな!」


 ……なるほど。なんかもう、アウデーンスさんが頭を下げたくない人間だって言ってた気持ちがよーくわかっちゃったよ。アウデーンスさんも苦労してたんだね。うん。

 そもそも拝顔もなにもあったもんじゃない。あたしゃ相変わらず飾り襟みたいにラームスの葉っぱが頸骨のあたりからにょきにょきしてる上に、黒覆面の上から仮面かぶったまんまなんですが。

 フードはさすがに脱いでるし、達人の輪はつけてるけど。


「よさぬか。二人とも」


 ダン、と大きな音を立ててタキトゥスさんが肘掛けを叩き、アウデーンスさんとメトゥスくんはようやく黙った。

 

 だがタキトゥスさん、その叱り方はちと不公平でしょうに。

 二人まとめて叱られたら、絶対どっちももう一人が悪い、自分はその巻き添えになっただけと思うでしょ。

 てゆーか。とっととこの事態を悪化させたメトゥスくんを自分でたしなめれば良いだけだろうに。あたしの知ったこっちゃないけど。


「失礼をいたした。ご丁寧な挨拶を頂いたというに、愚息たちの醜態をお見せして申し訳ない」


 いえいえお構いなく。こちらも港湾伯家の教育問題にはお構いしませんので。

 

「こちらの愚か者がメトゥスと申す。そちらの愚か者(アウデーンス)は……、師とは一別以来だったか」

「これほど早く再びお会いできるとは思いませんでしたよ、シルウェステル師」


 アウデーンスさんがにっと親しげに笑いかけてくるが、あたしはその脇に立っている二人が気になっていた。

 正確には、12、3歳ぐらいの男の子の後ろに立っている女性の目が。

 

「アウデーンスの右におるのは、今は亡きミーティスの妻と子で。挨拶を」

「クピディターサ・ランシンペリオと申します。名誉導師さまにお目にかかり光栄にございます。この子は我が夫ミーティスが嫡男にございます」

 

 ふわふわとした麦の穂色の髪を揺らし、クピディターサさんは慎ましやかに淑女の礼をとった。

 

「ラエトゥス・ランシンペリオにございます。シルウェステル・ランシピウス名誉導師にお目にかかることを楽しみにしておりました」


 金褐色の髪の少年は満面の笑みを向けてきたが……。


「『楽しみとは、いかなる意味にございましょう?』」


 グラミィに訊いてもらうと、ラエトゥスくんは子どもらしい好奇心で目を輝かせた。


「アウデーンス伯父上がお話してくださったように、まことシルウェステル師は骨なのかと!」


 ……なに教えとんじゃ、アウデーンスさん。

 今更やべぇやらかしたか、って顔になっても遅いんですがね。


 だけど、そんなことまで教えるってことは、それなりにラエトゥスくんとアウデーンスさんは仲良しってことですかね。お母さんのクピディターサさんとはどうだか知らないけれども。

 だって、あたしに、というか、あたしたち一行に向けられているのって、怖くなるくらいの熱視線なんですよ、クピディターサさんてば。

 男性と思ってる相手に向けるものとしては、不穏当なほどに熱いのだ。人によっちゃ、あまりの熱さに一目惚れされたかと勘違いしちゃうんじゃないんですかねこれ。

 その奥にちらついてる、仄暗い色にさえ気づかなければ、ね。


「ラエトゥス。シルウェステル師は王命に従って、このボヌスヴェルトゥム辺境伯領のために来てくださったのだ。かまえて邪魔をしてはならんぞ」

「はい。失礼いたしました、御祖父さま」


 ぺこりとラエトゥスくんは頭を下げたが、どこまで注意が脳味噌に沁みたものか。

 大広間で会ってる人間である以上、相手は公的な立場にいるのだ。なのにいくら実のおじーちゃんだからって、フランクすぎやしませんかね?!

 幼いとはいえジュラニツハスタの人質王子、デキムスくんと比べたら。

 ……ま、比べる方が間違いかな。


「して、そちらの騎士は」

「『アダマスピカ副伯領に駐留しておられるヴィーア騎士団の方にございます。ボヌスヴェルトゥム辺境伯閣下への御使者とのことで同道いたしました』」

「ヴィーア騎士団にて副隊長を拝命しております、エンリクス・エデルサリッサと申します」


 エンリクスさんがきりっと騎士の礼をしたところで、グラミィが予定通り爆弾を落とした。


「よもや、この方と同道したためか、ペリグリーヌスピカ城より狙撃を受けるとは思いませなんだが」

「「「な?!」」」

 

 タキトゥスさんすら驚いて立ち上がったけど、事実ですよ?

 

 証拠品の矢を取り出してみせると、アウデーンスさんが素早く近づいてきてくれた。

 はい、どうぞと大人しく渡すと、アウデーンスさんはそのまま上座へと近づき、ざっと指と目を走らせたタキトゥスさんは、それはそれは苦い顔になった。

 そのままその物証を握り潰すも潰さないも、どうぞご勝手に。

 ただ、これでタキトゥスさんの心証は、現在進行形でペリグリーヌスピカ城めがけて急降下していることだろう。

 今はとりあえず、それでいい。

 

 カシアスのおっちゃんと、以前サンディーカさんから涙ながらに不遇極まりない結婚生活について怒濤の不満をぶちまけられたグラミィの話によれば、だが。

 ペリグリーヌスピカ城伯であるカエルレウスって人は、小心者で目先のことには計算高い吝嗇家(けちんぼ)、愛情を向ける相手はごくわずかなくせに、尊敬と愛情は得られて当然、というなかなかイカレた思想と性格の持ち主のようだ。

 婚前から愛人作ってたというのは事実のようだから、敬愛できる夫とともに温かい家庭を作りたいという、いかにも新婚の奥様らしいサンディーカさんの夢を、跡形もなく爆破解体してのけたというのもほんとのことなんだろう。

 つまり完璧に悪いのは城伯の方。

 なのに、サンディーカさんが、もともとないに等しかった政略結婚相手への愛情どころか、敬意すら、どこを掘っても出てこないほど枯渇したからって。

 結婚生活でいろいろ諦めざるをえなかった彼女が、せめてもの誠意で、儀礼的には文句がつけようのないお飾りの妻を淡々とこなしていたからって。


 それに腹を立てるって、どういう思考回路してんのかね?

 得られぬ愛情に涙する姿すら見せない、かわいげのない女だったとは思わなかったって、サンディーカさんを罵倒してきたって聞いたときには、思わず頭蓋骨抱えたね。


 一度禿げろや、カエル(城伯)


 あ、カエルレウスは魔術師じゃないから禿げてもあんまり意味ないのか。

 なら、そのまま一生血を引いた子ができませんよーに!愛人ちゃんがとっとと逃げ出せますよーに!

 被害者は一人でも少ない方がいいわー!


 他人事ながらもちょっと呪っときたくなるほど、今のあたし()よりも頭蓋骨の中身がないんじゃないかと思うような、このアホ男に呆れることはまだある。

 カシアスのおっちゃんの焚きつけにそわそわ踊らされたとはいえ、自分で今後の利害を胸算用してサンディーカさんを離縁したというのにだ。

 自分との結婚とともに放棄せざるをえなかったアダマスピカ副伯爵位継承権をサンディーカさんが回復し、当主になることができたのは、自分と離婚したからだってことを理解してないのか、してても気にしてないのかまではわからんが。

 元妻なら、これまで通り自分の言うこと聞いて当然だという理由で、地元に戻ったんだから愛しい夫に貢ぎ物でも送れよ気が利かねー女だな、的な手紙をサンディーカさんにたびたび送ってきてるんだとか。まじかい。


 どうせ金もちょっとした特産品もないんだろ?田舎臭いものだから恥ずかしがってんのか?心を広くして受け取ってやらなくもないんだから、麦や肉でも送ってきたらどうだ、ほんの村三つが一冬越せるぐらい、という内容に至っては、開いた顎骨がふさがらないってやつだね。

 目を通さざるを得なかったサンディーカさんが、頭痛と眩暈のあまり家宰さんに処理を任せたら、無言で床にたたきつけて踏みにじってたらしい。気持ちはわかる。

 当主であるサンディーカさんに裁可を仰がなければならなかったため、最初の一回だけは内容を確認していただきましたが、それ以後の戯言はこちらで()()しておりますと、家宰さんてばすがすがしい笑顔で言い切ってくれました。その気持ちもよーくわかる。むしろぐっじょぶ。


 カエルなアホ男というのは、どこまで始末に負えないことか。

 相変わらずサンディーカさんを目下に見ているらしいのはともかくとして――したくないけどとりあえず――、離縁、って縁を切ることなんだ、ってことがわからんのかねぇ?

 損得を考えるのならば、冷遇してた元妻が自分と同等の爵位持ちになったのだから、敵対される可能性だってないわけじゃない。だったら少しは機嫌を取る方向で対処しようとか、考えられないもんかねー。

 いや、考えられないからそんな上から目線でいられるんだろうな。仕返しされる可能性すら、欠片も空っぽな頭蓋骨内部にないのか。ないんだろな。

 でも、いまさら下手なすりよりかたをされても困るしなー。サンディーカさんの妊娠が下手に早期にバレたら、どんだけ斜め方向に反復横跳びしつつ背面全力ダッシュでもしてくるやら、知れたもんじゃあない。

 それに、万が一にでも媚びるような態度で寄って来たりでもしたら、今度はサンディーカさんより先におっちゃんの方がぶち切れそうだ。

 ことサンディーカさんについては、カシアスのおっちゃんの剣ってば、めちゃくちゃ鞘からすっぽ抜けやすいもん。


 で。

 そんな脳味噌やら肝っ玉やらいろんなものが小さいくせに、自分のやることなすことうまくいって当然という妄想ばかりがでかいアホ男が、送ってやってる手紙に一切返事をよこさないサンディーカさんからの使者が、しかも自分をスルーして寄親のところへ向かおうとするところを見つけたら、どうしたか。

 

 答え。不審者扱いで、問答無用で狙撃してきました。

 ええ、過去形です。

 半分くらいは単なる威嚇のつもりだったのかもしれないが、それを被害者が斟酌(しんしゃく)してやる必要はどこにもありませんな!

 

 ……いやぁ、サンディーカさんの関係者と思われたら、なんかしかけてくるかもなーと思って、アダマスピカ副伯の使者の証を借りてきてはあったけど。

 まさかあそこまで短絡的な反応が利息つきで返ってくるたぁ、さすがにあたしも思ってなかったよ。


 確かに、赤オレンジに輝くグラミィの結界で作った小舟ってのは、そりゃあ初めて見るもんでしょうよ。

 インパクト抜群だし、目を引くのはわかる。

 だけどそこに、アダマスピカ副伯の使者の証である、赤地に槍と麦が交差した紋章の縫い取られた旗が立ってるって見れば、公的な使者だろう、つまり、へんなちょっかいかけたら面倒なことになるぞってことぐらい、一目でわかるはずなのにねー。

 

 むこうの世界で言えば、公用車だってわかるように、車体にでっかく自治体の名前が書いてある車にだよ?

 所属は別の自治体とはいえ、警官が職務質問する前に拳銃ぶっぱなしたようなもんだと言えば、このヤバさがおわかりいただけるだろうか。


 同乗してたエンリクスさんも驚いてましたよ。どっちかって言うと空中で矢が静止した方に激しく驚嘆してくれてたみたいだけどね。

 ちなみにそっちは、グラミィが作った船体部分の上に、静止の魔術陣を仕込んでおいた、あたしの結界のせいだ。いやー、張っといて正解。


 あたしは即座にラームスに魔力を与えて、スピカ村にあるヴィーリの樹へとアクセスしてもらった。ヴィーリに昨日スピカ村の樹限定でもらった権限だ。

 そしてそこには、騎士隊の誰か一人は常駐してもらうようにカシアスのおっちゃんへ頼んできた。

 リボンを結んできた枝を大きく揺らすと気づいてくれたのだろう、おっちゃんがのしのしと近づいてきた。


「何かありましたな、シルウェステル師」

『ペリグリーヌスピカ城より狙撃される。当方に怪我なし。矢は確保』

 

 円錐型に顕界した結界でごりごりと地面に文字を書くと、おっちゃんは大きく頷いた。


「あいわかりました。早急に王都へ鳥を向かわせます。シルウェステル師も今朝方のお話の通りに」


 ういさ。

 待ってました!ってなもんでしたけどね、こっちとしては。

 これでペリグリーヌスピカ城伯の方から先に手を出した、という事実ができたんだもん。

 殴り合いは事前準備が大事なのですよ。

 そして、事前準備の鬼である『静謐たる変幻』が、一度方向性を決めた殴り合いの準備において手を抜くわけがない。


「エンリクスどの」


 グラミィが呼びかければ、こくりと頷いたエンリクスさんは即座に兜をかぶり、身体に巻きつけていたマントを背中へ跳ね上げると結界船の上に立ち上がった。

 サーコートというのかな?鎧の上に着る色鮮やかな上衣がよく見えるようにするためだ。

 さらに、カシアスのおっちゃんが持たせてくれてた隊旗を片手にかざす。

 騎士、それもヴィーア騎士団の使者が乗ってますアピールですね。

 

 その直後、なにやらどたばたと城砦で動きがあったようだが、それも無理はあるまい。

 一副伯の使者だと思って、嫌がらせをしたった。矢が直撃してたら、相手が死ぬ可能性だってうっすらとあったかもしんないってやつをだ。

 そしたら、同じ船に王の目であるヴィーア騎士団の使者がいたでござるとか。

 いやあ、大問題勃発らしいですわねー(棒)。

 

 だが先を急ごっか!お詫びも言い訳も聞いてやんない!とばかりにロブル村を通り過ぎ、ユーグラーンスの森にさしかかるまでは、エンリクスさんにも座ってそのへんにしっかりしがみついてもらってから、例のスリングショット(パチンコ)形式な高速移動ですっとばした。

 なので、あとのことは知ったこっちゃないですともさ。


「……あの、失礼ですが、何かの思い違いということはございませんでしょうか。ペリグリーヌスピカ城伯がそのようなことを許すとは思えぬのですが」

「これは心外な。メトゥスさまにおかれましては、我らヴィーア騎士団、矢が飛んできた方向もわからぬほどの愚か者揃いとでもお思いになられるのでありましょうや」


 もちろん、反語的否定表現ですよこれ。

 相手に自分の発言を否定させずにはおかない会話技術を使うあたり、エンリクスさんも相当きっついなー。

 ひょっとして、ちょい怒ってます?


「い、いえ、そのようなつもりは毛頭……」


 口の中でごにょごにょ言ってるメトゥスさんは、失言を謝罪するということすらできないようだ。

 だけどこのやりとりからすると、メトゥスさんはペリグリーヌスピカ城伯の派閥ってことかね。人望なさげな連中の集まりぽくていやだなー。

 そんな辺境伯家の嫡男を主張するには問題のいろいろありすぎるメトゥスさんにあっさりと見切りをつけたのだろう、エンリクスさんはタキトゥスさんに向き直った。

 

「わたくしが持参いたしました書状も、かの城伯に関わるものにございます。ご無礼を申し上げますが、口頭で、港湾伯にのみお伝えせよとの言も隊長より預かっておりますゆえ、どうか、後ほどお時間をいただけますよう」

「あいわかった。……して、そちらは」

「『我が助力者にございます』とシルウェステル師がおっしゃっておられます。『港湾伯が望まれるとおり、ベーブラをアルボーより良い港に変えるには、彼ら星とともに旅する者の助力が必要でしたので。許可も得ませず同道いたしましたこと、ご容赦ください』とのことにございます」


 ええ、あたしに『ベーブラ港の再開発ヨロ』と言ってきたのは王サマですが、『一人で行け』とは言われてないんですよねこれが。

 てなわけで、ボヌスヴェルトゥム辺境伯領へとついてきてもらっているのは森精の二人である。


 ちなみに、今のヴィーリと黒い森精さん――いちいちそう呼ぶのも長ったらしいので、本人の許可を得て、略称ペルと呼ばせてもらうことにした――は、ちょっといい男物の服を着ている。昨日森まで持ってったのとはまた違うものだ。

 港湾伯の前に森精さんたち連れて出る必要があるかも、と伝えたところ、なんと、サンディーカさんてば、亡くなったお兄さんの、ルーフスさん、コッキネウスさんが昔着ていた服を貸してくれたのだ!

 なんつー太っ腹。いやサンディーカさんのお腹が大きくなるのはこれからですが。

 

 さすがにお二人が亡くなる直前のものじゃなくって、騎士号授与式を受けた時よりちょい前ぐらいの、相当に古いやつではあるらしい。

 だけど、むしろ、その方が彼らにはありがたいんじゃないかな。

 ヴィーリたちの身長と体格はだいたいこんな感じーと伝えてはおいたが、森精の痩身に、騎士として鍛えられた身体にぴったりな服って、たぶんがばがばだもん。今借りてる服だって、ややオーバーサイズ感がなきにしもあらずだし。


 なんでそんな古い服が残ってたかっていう理由が、またすごかった。

 あのプルモーとかいう後妻さんが本性を現し始めたとき、何しでされるかわかんないと感じた家宰さんを含め使用人のみなさんたちが協力して、アダマスピカ副伯爵家の財産や一族のみなさんの私物を、懸命にこっそりと隠し通してたんだそうな。

 そのおかげで、着る人間がいないんだからという理屈で強奪し、アロイシウスに着せようとした服がないことに気づいた後妻さんが地団駄踏んだり。

 お二人が亡くなられた後、誰かがこっそり持ち出して幽霊騒ぎを発生させてみたりと、それはそれは嫌がらせにいそしむネタが発生したとかしなかったとか。


 それはさておき(閑話休題)


 港湾伯さんだけは、さすがに彼らが森精だとわかったようだ。『星詠む者』や『星の旅人』というのは、森精の別の呼び方であるのだよ。

 あまりに古風すぎて、よほどな古典の素養がある、つまり大貴族ぐらい恵まれた地位にいる人間でもないと知らないことらしいけどな。

 だけど、ヴィーリとは以前にちょろっとすれ違ったことがあるアウデーンスさんはわかってるらしいからいいとして。

 メトゥスさんとかラエトゥスくんが、ヴィーリたちが森精だってことがわからんようだってのは、……問題じゃないかね?


「名誉導師は、ずいぶんとお二方へのご信頼が厚いのですね」


 クピディターサさんも、その熱っぽいまなざしを見る限り、……あんまりよくわかってないらしいな。服装から二人を貴族と見たのだろうか。


「『ええ、陛下にも面識を得ている方々ですので』」


 嘘は言ってないぞ。ヴィーリはちゃんと王サマと挨拶してたし、王族と森精ってのはもともとなんか特別な関係があるみたいだったしね。

 だがそれで、メトゥスさんとクピディターサさんの目の色がさらに変わるって……。

 余計なこと言ったかもしらん。

 

 ヴィーリたちには、ユーグラーンスの森の中ほどでグラミィにドリフト気味に結界船を岸に寄せてもらい、乗り込んでもらった。接舷してたのはわずか数秒程度というスムーズさである。

 ヴィーリが降ってきたあたりに着けてもらうようグラミィに指示したってこともあるだろうが、魔力感知できる彼らには、あたしやグラミィが近づいてくるってのはわかって当然のことだもん。タイミングをあわせるのだって簡単だったろう。

 エンリクスさんは、前に顔を合わせたこともあるヴィーリには目礼をしたが、黒い森精さん(ペル)を見て、ちょっと驚いたようだった。

 

 なのでグラミィに、ペルもヴィーリと同じ森精であること、スクトゥム帝国の被害者であること、スクトゥム帝国で受けた苦痛のため、声が出ないことを説明してもらうと、エンリクスさんはいたましいものを見る目になった。

 彼もまた、正道を歩む騎士の一人なのだよね。

 まさか説明しながらグラミィまで泣くとは思わなかったけど。


〔そりゃ泣きますよ!だって、ペルさんも、その一族さんもかわいそうですけど!情けないじゃないですか!スクトゥム帝国に落っこちてきたって人たちも、あたしやボニーさんと同じ境遇だったはずなのに、なんで、そんなひどいことができるのかと思いたくなりますもん!〕


 倫理や理性ってもんをむこうの世界に置き忘れてきてる連中がいるんだろうね。人格のデッドコピー混じりだからってことを言い訳にできると思ったら大間違いだ。

 ふざけた話だが、仮想敵である皇帝サマご一行が脳味噌の(たが)が外れた相手だってことがよーくわかったよ。楽観は通用しないってことも、手加減不要ってこともだ。


 タキトゥスさんは立ち上がると、あたしたちに向かって深々と礼をとった。


「星詠む方たちが当地に御逗留くださるどころか、シルウェステル師にご助力なされるとはありがたい。このタキトゥス、衷心(ちゅうしん)より感謝申し上げる。ボヌスヴェルトゥム辺境伯の名において、当地におられる限り、かたがたの望まれることがあたう限りかなうようにいたそう」

 

 ……正直なところ、ここで港湾伯ご当主であるタキトゥスさんが、アダマスピカ副伯爵家に思いっきり肩入れしてくれるんなら、それだけでかなり助かる。

 サンディーカさんとカシアスのおっちゃんの庇護を頼むことができ、横槍を入れてきそうなペリグリーヌスピカ城伯を気にせずにすむからだ。


 だけど、サンディーカさんのお腹の中の赤ちゃんが、ちゃんと生まれてくれて、そして育ってくれない限り、アダマスピカ副伯領のお世継ぎ問題は根本的には解決しないのだよね。

 フライング気味に王サマへ連絡を入れたのは、ペリグリーヌスピカ城伯が手出しをしてくる危険性があったからなんだが、むこうの世界における中世ヨーロッパの衛生と、その状況下における死産の可能性や乳幼児期の死亡率の高さを考えると、ほんのり早まったかなーという気分にならなくもない。

 もし今回の御子さんが、縁起でもないがお亡くなりになったなら、後に残るのはペリグリーヌスピカ城伯の警戒心だけということになりかねんからだ。なるべく防ぎたいものだが。

 ……むこうの世界の衛生概念って、こっそり導入してもかまわないよね?

 

 もちろん、デメリットがあればメリットもある。

 アダマスピカ副伯爵家の現当主が、あくまでもサンディーカさんだってことを考えると、これでよかったのかもしれないと思わなくもないのは事実なんだよね。

 お世継ぎ問題が前倒しになったか後回しになるかの違いであって、しかも外野に対し先手はこっちがとれてる。

 加えて、サンディーカさんのお子さんしか、正統なアダマスピカ副伯爵位第一位継承権者にしかなれんのだもん。コッシニアさんにお子さんができたとしても、それはあくまで傍系ということになる。

 

 女性が家長になった時って、男性の当主と違って、適当な子どもをたくさん作るってことができないのだ。

 おまけに妊娠出産って、体力メンタルがたがたに削るライフイベント。下手すると母子ともにあの世直行ルートもあり。

 そんなこんなをもろもろ考え合わせると、サンディーカさんにベタ惚れなカシアスのおっちゃんが王命でスピカ村に騎士隊といっしょに駐留してくれてる今の方がまだましなのかもしらん。政治面軍事面の心配が少なくてすむという意味で。


 あたしたちの爆弾、というか危険要素はもう一つある。

 

 黒の森精さん(ペル)を魔力電池がわりにしていることだ。いやせざるをえないんだけど。

 彼――でいいそうな――から魔力を吸収し続けるのって、言ってみれば原子力電池で暖を取るのとかなり大差ない危険行為なのだよ。いつ何時(なんどき)メルトダウンするのかわかんないんだもん。

 たとえペルの望みをかなえて森ができたとしても、その種に命じた魔力蓄積特性がなんとかならないと、まじで魔力溜まりがもう一つ増えるだけのことになる。

 皇帝ご一行サマから、彼が何をされたかも問題だ。

 こんなとこまでペル一人だけ連れてきたのにもなんか理由があるんだろうし、追跡調査する気ならばビーコンみたいなものがつけられていてもおかしかない。

 もろもろリスク管理が必要だ。せめて危険性を、原子力電池から鉄の燃焼反応で暖を取るレベルにまで落とし込みたいもんだね。

 

〔いやー、それも危険でしょうが〕

 

 いやこれ、使い捨てカイロの原理なんですけどね?

ようやく港湾伯領に到着しました。

いろいろ問題引き連れて、ですが。


誤字報告をいただきました。

ありがとうございます。

気づいたところはなるべく訂正しているのですが、まだ魔術と魔法が場所によっては混在していたりと、自分でもわやわやなところが多いのは承知しています。

ご指摘いただけると訂正がしやすくなるので嬉しいです。


今後も拙作を(誤字を含めて)生暖かく見ていただければ幸いです。

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