聖俗癒着
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
ついでとばかり二人の公爵閣下にいくつかお願いをしたところ、ばっちり交換条件をつけられました。
てゆーかだね。お二人とも手のひら返し早すぎ。
対抗勢力の首領同士、タイマンでかみあわせればあたしの話も聞いてくれる隙ができるかと思ってたのにさー。気が合ったところで二人揃ってあたしに向かってくるとか。ねーわー。
いくらあたしがお二人の敵になる気はありません、今んところは生き返りたい欲しかありません、国益尊重したいですって主張したからって。
そこから一足飛びに、使える猫の手扱いはひどいと思うの。
国家レベルというか、一つの公爵家レベルには大規模な土木工事を、あたし個人に頼むのは、筋違いだろう、とか、無理そうだ、とか、考えなかったのかね?
そもそも、そんなもん魔術士団に頼みなさいよ、魔術士団に。
マクシムスさんならいろいろきっちり魔改造してくれるから。スピカ村みたく。
「魔術士団には断られた。フルーティング城砦の修繕工事に手を取られるとかでな」
……王サマめー。
ランシア山越えルートの、防衛力強化に必要だと言われたら、引き下がるしかないでしょがこんちきしょ。
「それに、おぬしはボヌスヴェルトゥム辺境伯領のベーブラ港の開鑿を行うと聞いた。ならば、わたしの望みなど些細なものだろう?」
……アウデーンスさんめー。
なにろくでもない情報漏洩してくれやがりなさるんですか!
手札をオープンにするということは、価値によっちゃ手札そのものを取られかねんと思わなかったのかね?
そ、それに、できないとはいわせんぞな目で見てる公爵のお二人。あたしだって、魔術士団同様王命で仕事してるんですけど!
しかもボヌスヴェルトゥム辺境伯領の治水工事って、それこそこの冬の間に仕上げなきゃなんない案件なんですがね、あれ。
ついでに言うなら、あたしだって疲れるし消耗するんですよ。骨だけど。
ああそれなのに、食事や睡眠や休息で回復なんてしないんですよ、骨だから!
王命による優先順位と、損耗を盾にじたばたしてみたんだけど。
なら王サマから許可を取ろう、魔力がきつい?なら魔晶でもやろうかと言われてしまった。もうやだこの権力者たち。
それにね。いくらお高い秘蔵品だからって、消耗する魔力量は、魔晶の1個や2個でまかないきれるようなもんじゃないんですってば。
トニトゥルスランシア魔術公爵レントゥスさんの魔力は、放出魔力を見ただけでもかなり大きい。15サージくらいはあるだろう。
だけど、アルボー防衛であたしが使った魔力は、ざっと3000サージってところだろうか。
つまり、レントゥスさんがあたしの200倍の時間かければ、同じ事ができますよ。
きっと。たぶん。
……め、めいびー。
〔なんでそこまで急に弱気になるんですか?〕
だって、アルボーの防衛は、ヴィーリとグラミィがいたからなんとかなったんだもん。あとヴィーリの樹杖の種と枝たちあってのことなのよ。
正直、ラームスがいなかったら、あたしたちは連携なんて取れないまんま、数時間かけてピノース河を氾濫してきた氷塊と大量の水に吞まれ、そのままどんぶらっこっこと沖まで流されていったことだろうよ。ユーグラーンスの森を水浸しにして。
……あのー、だからってヴィーリを紹介する気はないんですがね、お二方。
森精と聞いた瞬間目がキラーンと鋭くなるってどういうわけですか。
〔森精がらみのことは、喋んない方がよかったですかね?〕
早かれ遅かれバレてた気はするけど。ねえ。
こうなると、ヴィーリが王都を離れてくれててよかったかもしんない。
あんだけあたしとグラミィにぴったりストーカー宣言してたくせに、相変わらずユーグラーンスの森にいるらしいとはどういうこっちゃと思ってたけど。
……やっぱ、ラームスって、バイオ盗聴器なのかしらん。
「両閣下、どうかそのあたりに」
クラウスさんがさりげなく口を挟んでくれたが、二人とも無視ですよ、まるっと。
それはちょっと困る。
「『クラウスは我が兄の名代でございます』と申し上げております」
「ほう」
ようやくまともにクラウスさんをちゃんと視界に入れたかと思ったら。
「ならば、手間が省けたというものだな」
「ルーチェットピラ魔術伯に使いを出さずにすむのはありがたい。さあ、今この場で返答してもらおうか」
代理人権限があるなら、さあ今認めろすぐ認めろとばかりに攻め寄られては、さすがのクラウスさんもたじたじだ。
……クラウスさん、ごめん。庇い方を間違えたね。失敗失敗。
「『両閣下。わたくしは、「兄の名代」と申しました。ルーチェットピラ魔術伯爵家の当主は我が甥、マールティウスにございます』」
いくら公爵直々のご依頼だからって、他家からの依頼を受けるにせよ断るにせよ、話を通すべきは当主であるマールティウスくんじゃないのかね?
とにもかくにも当主の意見を聞かないで、一族の人間であるシルウェステルさんが何か決められるわけがないじゃないのさと正論を叩き込んだら、しぶしぶ引き下がってくれましたが。
それでもちゃんと後日家を通して回答するようにと言われてしまいましたよ。やれやれ。
しかもいつの間にやら、『依頼された土木工事をあたしがやる』という前提にされてるし。
やっぱり、公爵閣下なんてもんは一筋縄ではいかない上に、交渉事はお上手、人を動かすのはもっとお上手なものらしい。
だけどあたしも、ただやられっぱなしじゃないのですよ。
ノックの音とともに、あたしに説法してくれた司教さんが部屋に転げ込んできた。
どうやら、クラールスさん突入を聞いて特攻してきたらしい。
そりゃあ聖堂最大のパトロンのところに、最大の政敵っぽい人が急襲かけたら、なにか不都合でもと驚くよね。
ので、オダヤカかつニコヤカなオハナシアイの最中ですよーと、グラミィ経由であたしは言い繕ったげた。
ついでのように、司教さんに聖堂長のセプティムス殿下にご伝言をとお願いしておく。
お題はスクトゥム帝国について。
曲がりなりにも王族である以上、たぶん聖堂長もスクトゥム帝国との戦になるだろうってことは知ってると思うのだけどね。
「なんとお伝えいたしたらよろしいのでしょうか」
「『今やスクトゥム帝国においては、武神アルマトゥーラへの信仰が断たれているとのこと。かの国との戦の趨勢によっては、異教徒の侵攻によりランシアインペトゥルス王国の土地が蹂躙されるやもしれませぬ。なにとぞ、聖堂長のお力により、民人の信仰をお守り下さいますように』とのことにございます」
グラミィが一礼を終えた時には、司教さんの顔色もすっかり変わっていたっけ。
予想はしてたけど、やっぱり大騒ぎになった。
ちなみに、嘘は一つも言ってませんじょ?
中身がすっぱり別人に入れ替わっていたら、そりゃこの世界の神様も知らなければ、信心も生じるわけがない。
だが、それをわざわざ聖堂にチクるところに意味があるのだ。
単にフランマランシア公爵と、トゥニトゥルスランシア魔術公爵の目の前で、トゥニトゥルスランシア魔術公爵家の牙城崩壊のお知らせを披露したという、国内の政治問題に留まるわけがない。
そんなわけで、寝込んでるとかいう聖堂長の代わりに、先王の弟、つまりセプティムス殿下の叔父さんだとかいう大司教が乗り出してきたりした。
さすがに二人の公爵閣下も敬意を払わねばならない人物らしく、あたしに土木工事の無理強いしようという話は有耶無耶になったようだ。ざまー。
……こんな大物がいきなり出てきたのには、クラウスさん経由で献上された多額のお布施も関係してるのかなー。アーノセノウスさんってば、手回しよすぎやしませんかね。
〔ボニーさん?〕
……はいはいそーです。
つまり、あたしは、宗教勢力も、スクトゥム帝国との戦争に、積極的に巻き込むことにしました!
〔戦争のダシに使われるーってだけで、あんだけ怒ってたのに、いったい何考えてんですかボニーさん?!この国の人たちから被害を出したくないんじゃないでしたか?〕
それは今もそう考えている。
あたしは生き返りたい。そのために人を殺したくはない。可能な限り。
だけど、いざ戦争となった時、国内の勢力が一方向を向いているか、それともてんでばらばらな動きをしているかというのは、大きな問題だ。
聖堂がトニトゥルスランシア魔術公爵の政治的拠点も兼ねてると知った時、あたしは彼らも戦力として使えると考えた。そして使うことを考えた。
物事の善悪を裁定する存在が利権と絡み合っているんだもん、使ってなんぼというものだ。
それに、戦争における宗教勢力の影響力というのは、絶大なもんがある。単純に聖堂が抱え込んでいるだろう騎士や魔術師の数といった戦力を示す数値だけじゃなくてね。
たとえば、戦場へ送り込まれる騎士や魔術士たち自身が信者であれば、聖堂長とは言わんが従軍聖職者にでも、『これは聖戦だ』と、口から出任せ、ぺらぺらに薄いお墨付きといえども与えられたならば、確実に殺人に対する自己欺瞞は功を奏すだろう。
宗教の毒は純朴であればあるほど回りやすい。
みんなで幸せになることができなくても、みんなが不幸せになることはできるのですよ。
〔……!!!!!!!〕
というゲッスい言い方はさておいて。
正直なところ、あたしが欲しいのはバックアップ能力なのだよ。
国じゅうが消極的中立であるより、積極的に支持してくれるだけで、物事は万事かなりスムーズになるはずだ。
物資の供給だけじゃない。情報収集においてもだ。
この世界において、国や地方といったあらゆる境を越える者はわずかしかない。
一つは商業人、ひらたく言えば旅商人ですな。
だからこそ暗部の人たちは行商なんかに偽装したりするわけですよ。どこの道にどういう危険があるかという情報をいち早く掴むのもこの人たちだ。
彼らがまとめた情報を分析すればあら不思議、どこの領主が落ち目で手勢を動かせないから、盗賊が出てきても討伐できずにいて、治安も悪くなってる、なーんてこともわかっちゃうのだ。
もう一つは金融業者。
商業人ともかぶる立ち位置の人だが、扱う商品が各国の通貨というところがひと味違う。
レートなんてもん、むこうの世界みたく、リアルタイムで情報が流通してるわけじゃない。だからこそ、かれらは情報に敏感だ。
戦争になるかもなんて気配を感じたら、そりゃもう正式発表なんか出ないうちにとっとと危険な通貨なんてババ抜きのババ扱いスタートですよ。情報戦闘能力なくしてつとまるわけがない。
そして、最後の一つは宗教者。
……越境が可能な人というのは、その境ではない枠組みに囚われてる人なんです。
「シルウェステルどの。いかようにしてそなたはそのような情報を得たのか、伺ってもよろしいかな?」
言葉は穏やかだが目が笑っていませんぜ、大司教サマ。
「『偶然に恵まれまして。他国の密偵を捉えることができたゆえのことにございます』」
ええ。嘘はついてません。アルガと三人組を王都まで同道した件はマクシムスさんも知ってる。
と、いうことは、王族の間あたりでは、あたしがかなりな情報源を握ってるってことが、共通理解事項となっててもおかしかない。
実際、あたしの有利は彼らを捉えたことで生じているのだよ。
でも、アルガはマクシムスさんに預けてますんで、どうぞそっちで情報は吐かせてねーとねだってみてください。あたしゃ知りません。
「魔術士団に預けた者の他にはおらぬのか」
「……『おります』とのことにございます」
下手なウソはつかないほうがマシというもの。実際あたしは三人組をまだ手の骨の中に握っている。
だけどその人数や、中の人がどうも皇帝サマらしい、ってことは黙っていてもいいだろう。
「そやつを尋問したいのだが」
「『それはかまいませんが……かまいませんので?』」
「……何をした?」
「『本っ当にお聞きになりたいですか?具体的に微に入り細を穿つような描写がお好みとあらば、とことん丁寧に、かつ詳細に申し上げますが』」
にっっっっっっこりと満面の笑みを向けてやったってのに、クラウスさんまでドン引きしたような顔しなくてもいーじゃん。失敬な。
〔放出魔力増やして威圧をかけてたくせに、何言いますかねこの人は〕
いや、たじろがせて引かせるのが目的だったんですが。
想像を誘導したような、精神的ダメージが入る程度のスプラッタ劇場くらいなら、まだかわいいというものだ。
未だにあたしは、三人組は悪質ウイルスの運び役じゃないか疑惑を拭えずにいる。
だから警戒なら、今も、いつでもしてますよ。
なにせ、接触者も中身を入れ替えられるかもしれないというゾンビなバイオハザードっぽいなにかは発生してからじゃ遅いのだ。
幻の四人目の亡骸を炭酸カルシウムっぽいものの粉末になるくらいの高温で焼き上げたのだって、今でも正しい判断だったとちょっと思ってるくらいだ。そう言えば、あたしの警戒の厳重さがおわかりいただけるだろうか。
さらに、あたしの目でも見抜けないしかけがあると怖いので、実は彼らは星見台の建物の一つに閉じ込めてある。アロイス経由でひっそり王サマに借りたものだ。
アルガはグラディウスファーリーの密偵だから王都に入れたが、三人組だけは王都の手前で隊列を離れるアロイスに預け、最寄りの星見台の建物に放り込んでもらったというわけ。わざわざ替え玉の馬車まで用意してくれるあたり、アロイスもわかってらっしゃることで。
そういった建物はあちこちにあって、取水口のメンテなど、王都の安全を守るための暗部が出入りするための拠点にもなっているようだ。
それとは知らずに、同じ施設の一部では星見台の役人として天体観測を行い、それをもとに暦を作成したり、大潮の発生時刻の割り出しだとか、超短期的な天気予報とか、占星術なんかをする人たちが常駐している場合もあるとか。
星見台に挨拶に行ったのは、フランマランシア公爵クラールスさんとの面識を得る以外にもいろんな目的があったんだが、そのうちの一つに、星見台の活動に興味があるという名目で、そういった施設への立ち入りもおおっぴらに認めてもらおうって魂胆もないわけじゃなかった。
星見台の組織というのは、上の人は王都詰め、実際に天体を観測している下っ端の実働部隊と、かなりきっちり分かれているそうだ。
なら、上の人のお墨付きさえもらえれば、施設に潜り込むのも、三人組への尋問も簡単だというわけ。
下っ端のみなさんの行動を目眩ましに使うなんてことも、……しようと思えばできるんだろうけど、しませんて。本業の人たちにお任せしますよ、そんなもん。
そもそもが、これは、スクトゥム帝国による、ランシアインペトゥルス王国への侵略戦だ。
たまたまその手先に使われたっぽいグラディウスファーリー侵攻の場に、あたしたちが居合わせた。つまりあたしたちはまきこまれた側。
だったら、国ごとまるっとあたしたちの事情に巻き込み返して、いったい何が悪いのさ?
〔……。〕
グラミィが割り切れないならそれでもいいさ。
これは、いくら運命共同体呼ばわりしていても、あたし個人の決断であって、あんたの決断じゃない。
必要なことだから、あたし自身泥も血も跳ね上げるだろう。その覚悟はしている。跳ね上げた以上どっちもあたしがかぶるのが筋だということも。
ただ、あたし一人ではかぶりきれないというだけのことで。
そう、あたしには一人で戦場を押さえ込める自信なんてない。たとえラームスに頼ってもだ。
だからこそ、あたしは、ランシアインペトゥルス王国全体に、戦争の備えをさせずにはいられない。
〔見損ないましたよ、ボニーさん〕
吐き捨てるようなグラミィの心話に、あたしは苦く笑った。
生身の顔だったら、唇の片端を吊り上げる癖のせいで、何か企んでるだろうと言われてた表情になっていただろうか。
悪いが、あたしは聖人君子じゃない。
たとえグラミィに逸般人呼ばわりされるのが常態になろうが、ほんとに、ただの文系で、ちょっと魔術が使える、一介の髑髏に、今はすぎない。
あたしは骨身であっても死にたくはない。死なないためには、殺そうと向かってくる相手に背中を見せるような隙を与えられないと思うほどには臆病だ。
そして、自分が手にかけた命はまだしも、戦争で消えてゆく他人の命すべてを背負えるほど、あたしは自分が強いとはどうしても思えない。
あたしだけでこの重荷を背負えないのなら、このランシアインペトゥルス王国全体にしょってもらうしかないのだ。
転生者帝国の動きを受けて戦と決めたのは、この国の王サマだ。
いくら手駒扱いされようが、首突っ込まずにあのまま逃げ出すって方法もあったかもしれんが、王サマの思惑にのっちゃったのはあたしだ。
のせられたとは言わないよ?
多少の思い入れと情が、シラネイラネとこの国を切り捨てるには邪魔だったということもあるが、のることを決めちゃったのは、あたしだからだ。グラミィじゃない。
それが嫌だというなら。
今からでも、グラミィだけなら逃がせるかなー……。
〔違いますよ、ボニーさん!相棒だと言いながら、あたしの逃げ道を探さないでくださいよ!〕
…………。
へ?
〔そりゃどうしてこうなったと言いたい気持ちは山ほどありますけど!あたしを逃がそうとするなら、あっさりボニーさん自身を切り捨てられる側にしないでくださいって言ってるんです!〕
……あの。グラミィ。
自分が言ってること、わかってる?
ほんっとーに、わかってる?
地雷原でダッシュ100本やらかすくらい、自分の命がハンパなく危ないってこと、わかってる?
〔命がかかってることはわかってます。正直怖いです。生身じゃない分、ボニーさんの方がまだ安全なのかもしれないってことも理解してます。ですけど!あたしは、この世界で、ボニーさんの、たった一人の運命共同体じゃないんですか!〕
…………。
…………………。
わかった。そこまで言ってくれるんなら。
グラミィ、あんたの覚悟と決断を買おうじゃないの。
高く買い取るかわりに、遠慮なく使わせてもらうから、覚悟しときなさいよ?
〔どんとこいですよ!……あ、やっぱちょっと控えめでお願いします生身なんで〕
ヲイ。
せっかくいい話だったのに落とすな、そこで。
ま、糾問使すら送ってない今の段階では、そこまで負担はかかんないと思うし、戦争の備えは必要だと言っては回るけど。
戦争にしないこと。それが、最初から、あたしの狙いなのだ。
そもそも王サマが戦になると見なしたとき、勝利条件をどう設定するかによって戦局は大きく変わる。
可能な限り多額の賠償金と、数十年の国の安寧あたりを落とし所にしているのかなーとあたしは推測しているけどね。地勢的な問題と時間的な問題で。
永遠の平和なんて条件は実質的に実現不可能だし。
かといって、恒久平和を求めるあまり、攻撃してくるスクトゥム帝国人を全滅させ、帝国領土を更地に変え、帝国そのものを事実上消滅させればいいのかというと、それはおそらく違うだろう。
なぜなら転生だか憑依だかの仕掛け人、『運営』が一人でもいる限り、同じ事が繰り返されない保証はないからだ。
そして、彼らはおそらく止まらないだろう。
中の人を入れ替えるなんて荒技をかくも盛大にしてのけた上に、ランシアインペトゥルス王国に攻めてきた理由が不明である以上、その原因が消滅しない限り、『ユーザ』を、そしてガワにしたてたこの世界の人々を消耗しながら、いつなんどき何度攻勢をかけてくるかどうか。
そんな、何をしてくるのかわかんないスクトゥム帝国の皇帝サマご一行に対する備えはもちろん必要だ。
だけどその一方で、あたしは糾問使としてスクトゥム帝国へ乗り込み、力技でねじ伏せてでも戦争にはさせないつもりなのですよ。
今、一生懸命あれこれやってるのも、あたしを糾問使に任命してもらうよう、王サマに対する点数稼ぎをしているという側面があるくらいには。
そんな会話をしている最中も、大司教サマを中心に、対スクトゥム帝国体制はどんどこと聖堂に構築されていたようである。
ちなみに多神教である以上、不信心者に対して反応がゆるいかっていうとそうではない。生前のシルウェステルさん程度に聖堂参拝を怠けているくらいならまだしも、同じコミュニティに存在しているものと、『異端』『異教』は、はっきり異なるもの。らしい。
じつはアルベルトゥスくんとアルガからも、この世界の宗教については事前にいろいろ話を聞いていたりする。武神アルマトゥーラと豊饒の女神フェルティリターテの神話なんてのは、なかなかむこうの世界の北欧神話っぽくておもしろかったものだ。
太陽が武神アルマトゥーラが手ずから武器を鍛える鍛冶の炉であり、紅金の月はフェルティリターテの竈の炎、蒼銀の月はフェルティリターテの水瓶とかね。だから月は満ち欠けるのだとか。
知識が得られたんなら、わざわざ聖堂なんて行かなくてもいーじゃんとはグラミィにも突っ込まれたけど。この国の主勢力の一つに歩み寄る姿勢を見せるのは重要です。
それに、情報源は複数組み合わせないと、いつなんどき足下掬われるかわからんからなー……。
ちなみに、アルベルトゥスくんの母国であるジュラニツハスタでは、武神アルマトゥーラの主武器は、ランシアインペトゥルス王国同様に槍である。
だけど、アルガの母国であるグラディウスファーリーでは、主武器は剣。ランシア山もアルガにとってはグラディウス山、が正解のようだ。
こういった微細な解釈の違いから、やれ異端だやれ戦争だーってことになるんだろうなー……。
それをさらに先鋭化させようとしているあたしが言うなって?
だけどこれ、おそらく異世界モノひゃっほうなノリの皇帝サマご一行には有効な手段なのだよ。
意外と異世界モノで、宗教問題がガチで取り上げられることは少ない。
ケモナーなんて言葉が出るほど、獣人やエルフやドワーフなぞという、いわゆる人間とは異なる、異種族とか亜人(これも差別的な言い方だろうな)とかと言われる人々が多種多様に描かれるのならば、彼らの精神的バックボーンとなる信仰の在り方も多種多様であるのだろうと思うのだけどね。
では、なぜ宗教問題が描かれにくいのかというと、理由はおそらく簡単だ。
魔王と勇者、魔族や亜人と人間という対立項を造っておけば、それ以外の対立項は物語的にはあまりいらないから。
神官長の息子なんぞが逆ハーの面子に加わって、断罪に手を貸すという乙ゲー的設定をざまあ系で見た覚えがあることを考えると、宗教勢力が俗世にも影響を及ぼすような権力を持つということはちゃんと認識してるのだろうけど。
複数の宗教がぶつかり合うという設定も、まあ、数は少ないがないことはない。
だけど、むこうの世界にあったような、同一宗教内における派閥争い、異端認定の押し付け合いによる少数派排斥と同義の死刑、異教徒同士の戦いの最前線における酸鼻な戦闘といったものが描かれたものを見た記憶があんまないんだよねー、あたし。
アンデッド軍勢の絵なんかは見たことあるけど。
むこうの世界の宗教問題は血を流し続ける生傷だ。下手に触れるにはあまりにも重く、苦しい。
現在進行形で血と涙で、硝煙と銃弾で塗り固められ続けている歴史の重さを正面から受け止めるよりも、画面の向こうの話だと他人事にしてしまえれば、どれほどラクかわからないほどに。
だったら、ゆるっとふわっとさくっと手早く異世界風の世界観を作るのに、重たい要素はいらないと作者が判断するのは、まったくもって正しいことだ。
ライトな描写でさらっと流せば、戦闘場面も美しく見せられる。だったら、娯楽なら娯楽として、その設定のエグさを見せなくても十分じゃん、苦い要素は必要ないと考えるのも、間違ってるわけじゃない。
ただ、やろうと思えばいくらでも見ない振りができるだけのことで。
な ん て 立 派 な 死 角 ♪
向こうが一生懸命目をそらして下さる?
これはもう、ぜひとも利用させていただいて、不意を打たせてもらおうじゃありませんか、ねえ?
〔やっぱりボニーさん、ゲスいですよ……〕
疲れたように言うなよグラミィ。
黒いだけからワンランクアップってか。いやダウンなのかは知らないが、関係ないね!
あたしはあたしの目の前にある問題をなんとかするためだったら、どんな手でも使うと決めたんだ。
ちなみに、向こうの世界だって多神教が寛容かというと、そうでもないのですよ。
血なまぐさい話を探すのに、アステカの古代文明に見られる人身供犠にまで遡る必要はない。
ドルイドと言われる人々が執り行った古代ケルトの祭祀では人間が丸焼きにされ、ジャガーノートとかいう神も人間、信徒の血肉を求めたとか、信者としてはその神の山車に身を投げて轢かれるのが最高の死に方だったとかいう話もある。
なら一神教が寛容かというと……。
……あー、まあ、信徒と時代の趨勢次第ですよね、宗教なんて!
ただ、むこうの世界の歴史を俯瞰して見てみると、他者を異端異教背教者と見なして排斥することに経済的な利得が生じるならば、政治と宗教ってめっちゃ癒着しやすいという傾向は確かに見て取れるのよ。
敵をはっきりさせやすい上に、問答無用で敵を「悪」と定義づけることができ、良心の呵責なく集団でボコにできるから。
てなわけで、この話を通したら布教という名目だけじゃなく、スクトゥム帝国に逆侵攻することで実利も得られるだろうって推測で、この聖堂も大盛り上がりですよ。
昇進欲の強い司教からその下あたりの連中が聖戦だーとはしゃぎまわること。
……あー、たきつけたのはあたしだけど、すぐ行くと今度は中の人入れ替えられちゃう危険性があるので。まずは戦争が終わってからにしてね。
というかまずは、戦場やスクトゥム帝国に直接向かわなくていいです。あなたたちにお願いしたいのは、戦争に協力してくださいということだ。
そう言ったら、自分の身の安全を確保した上で、さらなる権力拡大ができると知った大司教サマその他のみなさま、あたしたちが来たときとはうってかわってスタンディングオベーションでお見送りですよ。ははは。
「陛下や外務卿殿下を誑し込んだだけではなかったか……」
トニトゥルスランシア魔術公爵が憮然と呟いてましたが、その放出魔力の勢いと動きを見れば、どれだけの利益が取れるのかと、脳みそぎゅんぎゅん回転させてるのがわかりましてよ?
マールティウスくんとは別の意味で、ポーカーフェイスが苦手そうですね、レントゥスさん。
〔いや、そんなんくっきり見えるのってボニーさんくらいじゃないですかね?!〕
そうかなあ。
一つわかったことは、あたしがこの世界でカードゲームをするのは難しそうだってことかな。
ヴィーリなら相手になってくれるかもしれんが、二人でババ抜きとか、あまりにも虚しすぎる。
てか、その前にラームス経由で手が全部筒抜けにされそうだね。
聖俗癒着(させる側)。




