聖堂
本日も、拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
それから数日後のこと。
あたしとグラミィは武神アルマトゥーラの聖堂に来ていた。
珍しいことに、アーノセノウスさんの執事であるクラウスさんも一緒である。
いやー、クラウスさんてばやっぱ有能。彼がいると物事が実にスムーズに流れること流れること。
貴族としての立ち居振る舞いをすべて忘れた(ということになっている)シルウェステルさんよりも、はるかに洗練された所作でありながら控えめに立ち回り、それでいてあたしが行き届かないことをさらりとしてくれるというね。今もお茶を運んできた神官見習いっぽい少年に喜捨と称して布に包んだ硬貨をそっと渡したりとか。
リアル袖の下なんて、初めて見たや。
セプティムスくんという王族が聖堂長やってるとは王サマから聞いてたのだが、体調不良とかで、直接会うことはできないという。
それなりに高位の司教さんに、本気ですまなそうな表情で断られちゃったのは少々予想外だった。例のオーバーキルな書状をここでも出したんだけどねー。
だけどそれは本題じゃないのでまあまあ良しとしよう。
聖堂に来たのは、まずは武神アルマトゥーラの聖堂組織を敵に回さないためだ。
生者とは言い難い外見のあたしを宗教的に排斥対象としないでね、という根回しが第一目的なんである。
それはどうやら達成できたようで、ありがたーい説法をそれなりに高位の司教さん……でいいのかな?
マンツーマンに近い形で受けることができたのは。
クラウスさんがさりげなーく差し出したお布施もかなり効いたんだろうなー……。
武神アルマトゥーラについての理解を深めたいというお題目にも、いちおう意味がある。
だってこの国、というかこの世界における文化的基盤の一つである宗教の一つについて、知らないまんまってのは怖いですよ、これ。
どんなことをやらかしたら禁忌に触れたことになるとかわかんないんだもん。それも、謝罪程度で許されるような軽い禁忌なのか、それとも共同体コミュニティに留まるすら許されれない、追放レベルの重大一発アウトなのかすらわかんないとか。
今まであたしたちがなんとか無事にやってこれたのは、『大魔術師ヘイゼル様』と『彩火伯の弟シルウェステル師(一度死んでて記憶も常識もとんでます)』という、嘘で塗り固めてきた立場と、ちょっとした災害級の魔術師、という薄っぺらい見せかけに守られてる部分が大なんである。
意外だったのは、死んでからやっぱり神様にすがろうと思いましたという泥縄式信仰に目覚めたふりが、聖堂ではけっこうな勢いで歓迎されたことだったりする。
なにせ生前のシルウェステルさんてば、そんなに信心深い人でもなかったみたいらしい。
それがわざわざ王サマにお願いしてまでいらしてくださるとは!と、司教さんが感激してくれたおかげで、黒覆面に仮面にフードという重装備で頭蓋骨隠した怪しいかっこも完全スルーです。あ、達人の輪を黒覆面の下につけるのは、服飾マナー的にはセーフだとアーノセノウスさんが言ってました。子どもみたいな嘘つくなよマールティウスくん。
……だけど、生前のシルウェステルさんがこの聖堂に自発的に来たことなんて、今の王サマの即位式レベルの式典ぐらいだったとかって。
それってば、シルウェステルさんが、単純に政争に巻き込まれることを避けてたからなんじゃないんですかねぇ?
こちらで少々お待ちを、と質素な小応接室に案内され、司教さんが下がった後のことである。
突然クラウスさんがすっと扉の方に動いた。と思ったら、ノックもなしに扉が開けられた。従者っぽい格好の人に。
無言無表情のまま戸口に立っていたのは、やや小柄な男性だったが、……なんつーか、圧がすごい。放出魔力量とかと無関係に気圧されるものを感じる。
「……これはトニトゥルスランシア魔術公爵閣下。自らお運びなされるとは」
なるほど、そうきたか。アーノセノウスさんが『即断即決雷光のごとき果断な方』と称しただけのことはある。御大自ら早速お出ましとはね。
クラウスさんがうやうやしく礼をするのにも目もくれず、真夜色の瞳はじろりとあたしたちをねめつけた。
〔ラスボスが現れた感が半端ないですねー……〕
だねー。
だが、これで目的のもう一つ、トニトゥルスランシア魔術公爵レントゥス・ヴェロクサランシアさんを引きずり出すことには成功したというわけだ。
ここ武神アルマトゥーラの聖堂のお飾り職をやってる、オクタウスくんのおにーちゃんだとかいうセプティムス殿下の母親は、騎士団長であるクウィントゥス殿下や、先の魔術師団長であるクウァルトゥスの母親の従姉妹だという。
トニトゥルスランシア魔術公爵家の姫が産んだ王弟をトップに据えてるってことはつまり、ここ武神アルマトゥーラの聖堂もまた政治的に中立ではありえない。むしろ魔術公爵家の橋頭堡として政争の渦中にあるということを意味する。
だけど、オクタウスくんが学院長を務めている魔術学院の状況には大きな変化があった。
ここ同様、トニトゥルスランシア魔術公爵がほぼ手中に収めていた魔術学院は、あのもっふるたぬきと馬鹿坊ちゃんが排除されたせいで、実質的には魔術公爵の手からは離れつつあるのだよ。あの二人はあれでも魔術公爵の手駒のうちでも結構な大物だったんだそうな。
と、まるっと他人事のように言っているが、発端はあたしなんだよね。
しかけられたから返り討ちにしただけなんですが!
だけどオクタウスくんあたりにしてみれば、ずーっと後手に回らされたのに、いきなり脇から相手の飛車角を力技で叩き落としたやつが、盤面の流れをぐりっと変えたようなもんか。
結果として、魔術学院は、学院長であるオクタウスくんがただのお飾りから、名実ともにトップに立つことになった。
オクタウスくんは王族だ。王族と貴族、どちらの理屈で動くかといえば当然王族として動くだろう。
たとえトニトゥルスランシア魔術公爵家の血を引いているとはいえ、魔術公爵自らかけた手綱があれだけ減った以上、これまでのように魔術公爵家の思い通りにそうそう動いてくれるかどうか。
むしろ、これからの魔術学院はオクタウスくんが自分の手勢を集めた彼の政治的拠点の一つとなっていっても不思議ではない。そこまで別にあたしの知ったこっちゃありませんが。ええ。
ともかく、お会いできて嬉しいですよ、魔術公爵閣下?
あたしはゆっくりと魔術師の礼をとった。グラミィもだ。
「シルウェステル・ランシピウスだな」
疑問ではない。事実の確認ですよね。
ずばっと直接斬り込んでくるんなら、婉曲的にお応えしてさしあげようじゃないの。グラミィ、よろ。
「トニトゥルスランシア魔術公爵閣下に、わたくしグラミィがシルウェステル・ランシピウス名誉導師の代弁者として御直答いたしますことをお許し下さいますよう。『かけちがいまして冥界より戻りしご挨拶が遅れましたこと、大変申し訳ございません』と申されております」
「ふん。死人の舌がばばあとはな」
〔ばばっ……!いきなり何言ってくれるんですかこのクッソじじい!〕
落ち着けグラミィ。こっちを怒らせるのも、たぶんむこうの戦術だ。
ついでに言うと、身分的には、シルウェステルさんはルーチェットピラ魔術伯爵家の現当主の叔父というだけだ。つまり魔術伯爵家の一員ではあるが、傍系でもあり、表面上は一切の爵位を持たない。
ということになっている。
シルウェステルさんの身分を保障してくれるものといえば、魔術学院名誉導師の地位と、『達人』という位階、そして王サマがよこした『骸の魔術師』という例の称号である。
最初から魔術公爵とシルウェステルさんとでは、貴族としての格が違うのだ。少しは軽侮されても仕方ないと思いねぇ。
それに、シルウェステルさんは、実際にはアーノセノウスさんともマールティウスくんとも血がつながっていない。
ひょっとしたらそれくらいのこと、あちらさんもとっくにご存じなのかもしれない、ぐらいには考えとこう。
グラミィの身体の人と、クラーワヴェラーレの王子の子なぞという、王家の秘事まで知ってるかは微妙だけどな!
〔だけどこのまんまボニーさんが馬鹿にされてばっかりいるわけがないですよね?〕
とーぜん?
貴族階級の風上どころか端っこにぶら下がってる厄介者扱いはごめんだね。
てなわけで、反撃開始といきますか。
平民に毛が生えたレベルの扱いも、もちろん謹んでご返品いたしますともさ。ぷちっと潰すも潰さないも思いのままになんか、おとなしくなってやんないかんね。
「『イドルムさまやラピドゥサンゴン魔術伯におかれましては、ご容態はいかがでありましょうや』」
意訳:先日はいろいろそちらさんの下っ端さんたちに魔術学院でお世話になりました。彼らの現状は自業自得だと思いねえ。そうそう、右の頬骨をどつかれそうになったら、結界で防御した上で魔術と杖でぼっこぼこに叩きのめし返す性格ですよあたし。取り扱いにはご注意を。
「知らんな。あのような無能どもはどうでもよい」
お。ほんっきで見放したっぽい宣言出ました。
クラウスさんがわずかに目を細めてるところを見ると、これはクラウスさん的にも予想外だったのかな。
「よもや陛下だけでなく、テルティウス殿下直々の書状すら見過ごすとはな。話にならん」
……へえ。
これだけの言葉からも、ずいぶんといろんな情報が拾えるもんだ。
王族の中でも魔術師ではない内務卿殿下や騎士団長に対しては、魔術公爵閣下の中ではわりと評価が低いこととかね。
いや、王サマと、魔術師でもある外務卿殿下への評価が別格すぎるのか。マクシムスさんは、トニトゥルスランシア魔術公爵家の血を引いていないから問題外扱いなんだろうけど。
王位継承権がどうなってるかは知らんが、魔術師を特別視してんだろうなーってことはよくわかった。
だけど、どこまで行っても魔術師SUGEE的価値観の持ち主だってことがわかれば、あたしやグラミィのような、規格外の魔術師に対して取りそうな態度も見えてくるもんだ。
自分よりも力ある魔術師を脅威と見なして敵対するか抹殺にかかるか、それとも寛大なところを見せるふりで取り込みにかかり、従えることで自尊心を満たそうとするか。
それとも、そのどっちかをフェイクでどっちかをしかけてくる混合タイプか。
いずれにせよ、単純に敵対する気ならば、今頃とっくにあたしたちを潰しにかかってるはずだ。御大自ら顔を見せにくる必要なぞない。
……ならば、魔術公爵が、わざわざ顔を見せに来た意味は。
上座に座った魔術公爵は闇夜に凍てつく霜柱のような目であたしたちをじろりと見回した。
「端的に言おう。おぬしら、これ以上余計な真似をしないでもらおうか」
「『とは、何を?わたくしがごとき一介の骸骨の身に、いったい何ほどのことができましょうや』とのことにございますが」
アルガを真名の再付与してからマクシムスさんに預けた件かなー?
だったらあれは必要なことだったからと主張するぞ。
なんせ外国の密偵なんてもん、魔術学院になんか預けとくわけにもいかんでしょうよ。尋問させるにしたって、あの頼りない導師のみなさんに肉体言語での会話なんてもんが可能かっつーと、どうかなと思うんですけど。
あたしの手元に置くのも論外。全部抱え込むのは手に余る。
それに、情報封鎖に動いてると思われでもしたら、かえって疑いを招こうってもんだ。
疑心暗鬼ほど手強い敵はいない。マクシムスさんがいらぬ疑いをあたし達に抱くことで関係が悪化するくらいなら、危険性を伝えた上でアルガの身柄を渡しもしよう、尋問で情報を得る手柄も差し上げもしましょう。
スクトゥム帝国の『運営』と接触してた可能性と危険性も考えないでもなかったが、中の人が日本人らしいってのがほぼ確定な、例の三人組よりもまだマシだ。
アルガの真名はマクシムスさんも知ってるから、いざアルガが密偵として破壊活動をやらかそうとしても対抗できる。
その一方で、アルガにあんまり手荒なことをしたら、その名をもって身を預かったアロイスとあたしの体面を汚すことになるということぐらい、マクシムスさんもわかっているだろうしねー。やりすぎ注意の釘はほどほど効くだろう。
「とぼけるな。外務卿殿下にいかようにして取り入り庇護を得たかは知らんが、そなたらに手を出したなら処断するとのお達しだ。殿下の仰せには従う。だがおぬしらごときに勝手はさせぬ」
そっちか。
だけど、手出しはしないでやるから手を出すなって、あーた、そりゃご無体ってもんだ。あたしゃ王サマから任務を受けているんでね、動かないわけにはいかんのですよ。
そもそも魔術公爵さんがいくら王族から切られる可能性を示唆されたからって、玉突き状態であたしたちを締めつけにかかる意味がわからんな。
わざわざ敵対的中道路線を取らなくたって、オクタウスくんが庇わないことにしたもっふるたぬきと馬鹿坊ちゃんを、とっくにトカゲの尻尾切りしたんでしょ?
その上であたしたちを掣肘しようってのは、それだけじゃ安心できない何かがあるってことかね?
〔ここが魔術学院みたく崩されるのを食い止めようとか?〕
あー……。
それはあるかもしんない。
魔術公爵にしてみれば、あたしたちに前科がある以上警戒にかかるのが当然か。
別にあたしたちは、この聖堂もセプティムス殿下に実権握らせることで、王族の影響力をガンガン強めて魔術公爵家から離反させようとか考えて、来たわけじゃないんだけどなー。
今はね。
だけど、力ずくで押さえつけたら、あたしたちは超猛反発しますよもちろん。トゥニトゥルスランシア魔術公爵の牙城のひとつにあてもなく乗り込んできたわけじゃないのだよ、こっちも。
「無論、ただとは言わん。望みを言うがよい。富か。名誉か」
……なるほど。脅威は脅威として見なしてはいる。
だけどただ潰すより前に、まずは金貨袋であたしの頬骨をひっぱたいてみようってか。
でもそれ微妙にあたしにゃ懐柔策じゃないっす。衝撃で頭蓋骨が変形しちゃうじゃないですかー。
冗談はともかく。
もともとシルウェステルさんが王子サマの派閥に属していたせいもあってか、アーノセノウスさんもマールティウスくんも王子サマの派閥に入っているようなもんだ。
加えてあたしゃ、王サマ直々の依頼を受けて、テルティウス殿下やボヌスヴェルトゥム辺境伯さんから夢織草の毒を抜く手伝いなんぞもしてしまった。
どんだけ恩に着てくれてるかはわからんし、表沙汰になっているのいかいないのかわからんが、王族の方々にとって、あたしはまだまだ結構な利用価値があるだろう存在だ。重要人物とまで考えてくれてるかどうかはわからんが。
さてここで、王族の方々から注目だけはばりばりに浴びまくってるあたしたちと、トニトゥルスランシア魔術公爵家が正面切って争ったらどうなるか。
正直なところ、手駒にしてたはずの王弟たちからべりべり引き剥がされてきてる魔術公爵家が相手では、五分五分か、それとも魔術公爵家がちょびっと不利か、といったところだ。
弱い者いじめ反対。するのも拒否。
第一、こっちも助っ人がいるんでね。
「し、失礼いたします!フランマランシア公爵家の「邪魔をする」
注進に駆けつけてきたらしき従者を押しのけるように部屋に入ってきたのは、魔術公爵よりも少し年若に見える、赤みがかった濃い金髪に緑琥珀の目の男性だった。
「クラールス、か」
トニトゥルスランシア魔術公爵の表情が、はっきりとひき歪んだ瞬間だった。
何も助っ人に頼んだのはクラウスさんだけとは言ってないですよあたしゃ。
トニトゥルスランシア魔術公爵家と並ぶこの国の双璧、フランマランシア公爵家御当主クラールス・インカンダサランシアさんと知己を得たからこそ、ここ武神アルマトゥーラの聖堂にあたしは入り込んだのだ。
昨日星見台にわざわざお邪魔したのは、その目眩ましも兼ねてのことだったりする。
広大な領地を持つ高位貴族というのは、彼ら自身が領地における王に近い。
そういった高位貴族ってのは、往々にして権力に支えられて自我を肥大させまくったりもするわけだ。いわゆるバカ殿というよりかは、悪家老と言った方が近いかもしんない。
それも下手に潰せないという意味で、たちが悪い。
なにせ魔術公爵家一族係累、使用人だけじゃない。領地に農民、その土地を管理する騎士や下位貴族などの小領主、その他諸々にもダメージを及ぼすということは、回り回って国全体に打撃を与えることになる。
彼らもそれをわかっているからこそ、自分の権力を保証する権威として王に忠誠こそ誓えど、状況次第では、いくらでも王族を飾りに国政も壟断しにかかる。
しかも、このランシアインペトゥルス王国の公爵家や魔術公爵家は、現国王や王弟たちの外戚ですもの。当主にとっちゃ、年下の王族なんて、ある意味ただの若僧としか見えないのだろう。
そんな、王族とある意味では対等以上の存在であると自己認識している連中に、言うことを聞かせるにはどうしたらいいか。
あたしが取った方法は、同格同士で噛み合わせるというものだった。
「なるほど。王族どころかクラールスまでたぶらかすとはなかなかの手際だな、シルウェステル。きさまはそこまでして、何をする気だ」
あら効果抜群。一方的に要求を突きつけるだけだったのが、あたしの話をとりあえず聞くだけは聞こうってことになっただけありがたい。
そもそも、魔術公爵家なんかと正面切って喧嘩する気なんてあたしにゃ最初っからないんですよ。ええ。
国の中で喧嘩なんぞしてる場合じゃないんですから。
「『お言葉に甘えて申し上げます。トニトゥルスランシア魔術公爵閣下、「魔術師殺し」という二つ名はあっても「騎士殺し」と呼ばれる者がおらぬわけをご存じでありましょうか』」
「なに……?」
無表情の壁が一度崩れたら、意表を突かれたとあっさりわかるようになりましたな。
ひょっとして、即座にあたしがなんか無理筋を通そうとするとでも思ったのかな?
ちなみにこのクイズの答えって、理由は簡単なんだよね。
騎士が命を懸けるのは当然のこと。だからわざわざ二つ名になんかならない。騎士は殺し殺されるものだから。
逆に、戦場という命のやりとりをする場に行くのは同じでも、魔術師たちは人を殺すことはあっても殺されることが基本的にはないという思い込みがある。
だからこそ、アロイスの二つ名として『魔術師殺し』が成立する。
だけど、この不均衡は明らかにおかしい。
そりゃあ魔術師は下手したら魔喰ライになる危険性があるから、そうそう最前線に出せないってことはあるだろう。
でもさあ、騎士団同様、魔術士団だって、国の護りとしての機能を期待されてるのだよ。
だのに命がけで任務を果たすことなんてありません、護られてなきゃ仕事しませんて言ってるのも同然なのだよ。現状は。
そのくせ魔術師は魔術が使えない人間に対し、たいそうな偏見持ちときている。
誰が守りたがるかっての、そんな連中。
あ、将が落とされたら大変だから、騎士を前衛に出しているんだなんて論理のすり替えはしないでいただきたい。騎士のトップはそれぞれの騎士団を抱える家の当主か、王都の騎士団長だ。魔術士団だって団長がいれば下っ端もいる、立派な階層構造の組織じゃありませんか。
「何が言いたい」
「魔術公爵としての責を果たせということらしいぞ。わたしも同じ事を言われた時には唖然としたがな」
呆気にとられたトニトゥルスランシア魔術公爵の顔に、フランマランシア公爵の笑いが降る。とっくに同じ経験をしたものの共感をこめて。
人間というのは、ある意味鏡だ。
対等の人間というのは、真っ正面至近距離に設置された鏡に等しいとあたしは思う。ま、その鏡が歪んだり曇ったりしてないかどうかは別問題だけど。
いずれにせよ、自分が何を知らないか、何を恐れ、何から目を背けようとしているかは、自分と似たような立場にある者、同格の人間が間近にいればいるほど突きつけられることだ。
ならば、シルウェステルさんや王サマから言っても聞けないような言葉でも、同格の公爵が相手ならば、話ぐらいは聞いてはくれるんじゃないだろうか。
てなわけで、クラールスさんには、トニトゥルスランシア魔術公爵閣下に話をして下さいというお願いをする前に、いろいろ対スクトゥム帝国のことについてもお話しをしてみました。
戦場において、本人達の思い込みはどうあれ、魔術師は単に騎士とは特性の異なる戦闘ユニットでしかない。だったら魔喰ライにもならぬよう生き延びるためには、特性をもっと活かして、ただ騎士のお荷物にならないようにできませんかねってこととか。
前衛にはなれないんなら、土木工事能力は高いんだから、いっそのこと工兵みたいな専門職にするとか。
籠城戦をするなら、城壁凍らせてつるんつるんにするとか。
火箭より火球の連射能力を高めるとか。
魔術陣の開発をするとか。
搦め手を想定すればいろいろやりようはあると思うのだよね。
このへんのことは魔術士団長であるマクシムスさんや、教育課程の決定権を持つ学院長のオクタウスくんにも話題の一つとして示唆をしてみたことだけど。
が、魔術公爵にはもう一つ、お願いしたいことがある。
スクトゥム帝国の転生だか憑依だかへの対抗策、新しい術式の開発だ。
真名の付与と真名の再付与の術式を見て考えたことだが、真名は付与された段階で持ち主の精神を、国への忠誠を誓うという形で束縛する。つまり、真名の付与とは、『精神状態の固定化』を行うことだと言えるだろう。再付与はその上書きだ。
ならば、真名を付与することは、ある程度中の人の入れ替えに対する抵抗力になるのではないかとね。
それにこの世界の魔術において、物理的現象は一度顕界したら基本的には永続する。水や氷、土などの実体が残存するのはそのせいだ。
それが精神面への作用にも同じ性格を持つとしたら……?
永続的な完全抵抗はできなくても、少なくとも、転生だか憑依だかという『人格の書き換え』に対し、かなりの耐性を与えられるんじゃないだろうか。
加えて、これまでの夢織草トラップにひっかかった人間が見せていた『人格が変わったような行動』の理由について、あたしは情報を操作した。
比喩ではなく、実際に『他者の人格と入れ替わった』と推測される者がいる、とね。
情報操作と言っても、これまでの虚偽の推測を、より真実っぽいものの推測に変えるだけのことなので、やるのは簡単だった。
なにせあたしには、情報源として密偵たち――アルガと例の三人組のことだ――を握っているというアドバンテージがある。
それを最大限に生かして、情報を吐かせたというていで、オクタウスくんやマクシマムさんにも伝達済みだ。
なにせスクトゥム帝国の皇帝サマご一行ってば、下手すりゃ同士討ちしろ、って命令ですら納得すればしちゃいそうなんですものあれ。MMORPG感覚でレイド戦を起こされたら、効率厨の放置は怖い。
それだけならまだしも、国の上層部の中身を入れ替えられたら冗談抜きで詰みます。
が、魔術学院や魔術士団じゃ警戒することはできても、中身の入れ替えへの積極的な対抗策を開発するのには戦力が足りない。
理由は簡単、どちらも純粋な研究機関じゃないからだ。
ならば、足りない戦力は足せばいい。
その統括ができるのは、……魔術特化型貴族の頂点とも言える魔術公爵家当主しかいない。
という形で、面子を立てつつ面倒事の背負い投げっ。あんたが開発責任者になってください。名誉なんてあたしにゃどうでもいいので、お願いしますよレントゥスさん?
「我が敵となる気はないというのか」
……フランマランシア公爵と同じ事聞くのねやっぱ。敵か配下しかいないんですかねー、公爵という方々は?
こっちはすっかり腹を割ったってのに。内臓ないけど。
「『閣下の配下となる気と同等に、今のところはございませぬ』」
「今のところとは?」
「『人の心は変わるもの。まして死人の心など、変わるものか変わらぬものかもわたくし自身でさえわかりませぬゆえ。それに、未来永劫と申し上げたとしても、閣下はお信じにはなりませぬでしょう?ですが、閣下がわたくしに敵対なさらぬ限り、閣下の敵になろうとは考えておりませぬ。今のところは』」
基本あたしは人畜無害ですはい。敵には敵になるだけで。
〔黒いですけどねー〕
裏はないでしょ、あんまり。
〔あんまりって、あるってことじゃないですかー!〕
あたしとグラミィのやりとりを知ってか知らずか、雪白の頭を傾げながら、レントゥスさんはあたしのフードを見つめた。
「それは彩火伯や、ルーチェットピラ魔術伯もそのように考えておるのか?」
「『さて。兄は兄でございますし、甥は甥にございます。家の長である以上は、この骸骨とは必ずしも同じ思考の細道をたどるとも思えませぬが』」
これはほんとのことだ。
アーノセノウスさんには、魔術学院からルーチェットピラ魔術伯爵家に戻った後で、やらかしたことを全部正直に白状しました。
その上で、不都合だったらいつでもシルウェステルさんをルーチェットピラ魔術伯爵家から切り捨ててくれ、と言ったんだけどねー……。
そしたら、そっくりな形相で『そんなことさせない!』と言われちゃいましたよ。
おまけに、今後王都周辺を出歩くなら、クラウスさんを同行させないと許さないと言われるとか。
いったいなんなんだ君ら。シルウェステルさん大好きすぎるでしょ。
「ならば今一度聞こう。シルウェステル・ランシピウス。そなたの望みはいったいなんなのだ」
「『わたくしは未だ生者とも見えぬ姿。富も名声も爵位も、この骨の身にはあまります。ただ探し求めるは我身の蘇生の手段。希うは、蘇生後の余生を送る国の安寧のみにございます』」
いや、まるっとほんとのことしか言ってませんよ。
言ってないことはいくらでもあるけどねー。
あたしが想定しているメリットの一つは、アロイスたちの安全確保だ。
密偵含め暗部さんたちが、一番中身の入れ替わり対象としては狙われやすい、というのは実例があったからこそよくわかる。
ならば、彼らが強制的にガワにされそうになっても、術式の開発がうまくいって、対抗手段を持つことができたならば。
それは、大きな進歩だ。
向こうがどんな搦め手でくるかがほんとにわからない以上、対抗手段はいくつあっても困らないのですよ。
なにせ、自称が正しければ、皇帝サマご一行でオール総進撃をかましてこないとも限らんのだからね。
セプティムス殿下「私が聖堂長のはずなのに、出番がありません……(しくしく)」




