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罪の子

本日も拙作をお読み頂きまして、ありがとうございます。

「遅くなりまして申し訳ございません」


 初級導師のみなさんに遠巻きに先導されて――いくらあたしがシルウェステルさんだって紹介されてもねぇ。そりゃ骸骨が名誉導師だとか、受け入れられるようになるまでそれ相応の心理的抵抗があって当然だわな――術式場へと辿り着いたころ、先触れののちにマクシムスさんが現れた。

 以前から魔術学院との折衝役もしていたという彼の顔に見覚えがあったのだろう。導師のみなさんがざわめく。


「いえ、こちらも少々手間取っておりまして」


 丁寧にオクタウスくんも一揖(いちゆう)を返した。

 もともとアルガへの真名の再付与には、真名の付与の術式が必要である。まずは通常の真名の付与の術式も見ておきたいと言ったら、王サマが魔術学院長であるオクタウスくんへとさらさらと書いてくれたのが、例のオーバーキルな一筆の一部だったりする。

 あのもっふるたぬきや馬鹿坊ちゃんとのやりとりがなければもっと話はスムーズだったのだが。

 

 ちなみにあの馬鹿坊ちゃんがここにいたのには、『真名の付与には中級以上の導師一名、および下級以上の導師四名の同席が必須』という条件があるからだそうな。

 下級導師のみなさんは八人ほどいるが、馬鹿坊ちゃんの退場で中級導師がいなくなってしまった。

 だけど今、下級導師のみなさんをのぞき、ここにいるのはあたしにグラミィ、マールティウスくんにマクシムスさん、オクタウスくんにコッシニアさん、おまけにアルガ。

 ……うん、見事なまでの過剰戦力ですね。


 条件は十分そろった、というので、今回真名の付与がされるという子どもたちがわらわらと運びこまれてきた。おかげで、けっこうな量の放出魔力(マナ)が勢いよく色とりどりに撒き散らされて、目が痛い。眼球ないですが。

 あ、『運びこまれた』ってのは、『連れてこられた』の間違いじゃない。文字通り、下級導師のみなさんが運んできたの。台車……というか、荷馬車の荷台のミニチュア版みたいなカートに乗せたり、ちっちゃい子を抱いたりして。

 しかもみんな半分以上寝てるというね。

 

 とっぷり夜も更けてきたから、時間帯のせいもあるんだろうけどさー。

 子ども特有の電池切れ現象で、ぴくりとも動かない見事な寝落ちを披露してる子もけっこういるんですがね。あたしの頭蓋骨見てギャン泣きされたらへこむぞと、ローブのフードだけでも深々かぶってたんだが。杞憂でしたかね。って違う。

 いやこれ、真名の付与って儀式なんでしょ。これでいいのかしらんと思ったので、グラミィ経由で訊いてみたら、寝てくれてる方がいいんだそうな。

 儀式という場はただでさえ緊張の場だ。万が一にでも真名の付与に反発しないようにしておいたほうがいいと。

 ……えーと、それって、デバフつけて精神抵抗力を下げた状態の方がやりやすいってことですか。真名の付与ってある意味呪術だってことかとつっこみたい。再付与のデメリットからくる禁術扱いも納得いくわそりゃ。


 内心引いているあたしたちの前で、てきぱきと下級導師のみなさんが動いていく。

 術式場の奥の方は一段高い石床になっているのだが、その中心に子どもを一人寝かすと、四人がその石壇の四方に立つ。

 ……んん?


〔どうしました、ボニーさん?〕


 いやね。今ちょっと、彼らの足下に光が走ったような。


〔なんでしょうね?〕


 こっちが聞きたいよ。

 

 彼らから少し離れて立ち、中級導師がわりを務めるのはなんとオクタウスくんである。

 むこうの世界的に言うならば、幼稚園から大学院までまとまった総合学園の、幼稚園か小学校の面接試験とかに、総合学長がしれっと加わるようなもんだよねー、これ。

 けっこう贅沢な話だが、下級導師のみなさんが魔力量なり魔力操作能力などが足りない場合の補佐と、真名の付与の術式の守秘義務の現場責任者という意味での立ち会いなのだそうな。

 他の下級導師のみなさんも、筆記係と子どもたちのお世話係兼任で、交代しながら真名の付与を行うんだそうな。お疲れ様である。


 儀式が始まった。

 四人のうちの一人が単調なリズムのついた詠唱を始める。言葉は……古語が多くて難解だ。しかも結構長いが、術式が見えない。なにこれ、本当にただの『儀式』であって、『儀式魔術』じゃないってことか?

 あたしもちょっと拍子抜けして見ていたが、ある章句まできたところで、全員がとんと右足を一歩前に踏み出した。とたん、グラミィたちが息を吞む気配がした。


〔うわ。なんですかこれ〕


 知らないよ!

 というか、グラミィにもようやく見えたのか。光るラインは……あれ、魔力だ。


 彼らがそれぞれ踏み出した足から魔力が放出される。それが床石に彫り込まれた紋様に吸い込まれ、光の線が浮かび上がるとか。しかもそれが勝手に絡み合い、紋様を描き、それらが大きな魔術の術式になるとか。なにこれ。


 さらに、ゆるやかな舞いのように、詠唱に合わせて四人がステップを踏むたび、歩幅分程度とはいえ、台のそれまでと違うところに通った魔力が新しい陣を展開する。

 さらなる光の線が一筆書きのように紋様となり、四方から伸びゆく紋様がつながりあい、広がり、絡み合い、重なり、術式として顕界し……。


 これは、ただの儀式なんかじゃない。この石壇もただの儀式用じゃない、いや術式生成装置なのか?

 それもすんごく複雑な。

 少なくとも、シルウェステルさんが研究し、あたしがちょこちょこいじくっていた魔術陣がおもちゃに見えてくるレベルだ。

 それまであたしが見たりいじったりしてた魔術陣というのは、主電源も動作のオンオフも同じスイッチでしかできないものばかりだった。

 ま、条件式を詳細に記述したり、シルウェステルさんが作ったと(おぼ)しき、このでたらめスペックなローブみたく、複数の魔術陣を同時に動かすことはあっても、魔力の流れが通じているならすべて、スイッチは一つきり、ボリューム調整なんてもんは条件式次第、ってな感じのものなはずだった。

 だけどこれは、複数の魔術の術式が、しかもこの台一つで制御されている。

 複数人でしか顕界できないような複雑怪奇な巨大術式を複数同時に励起できるようなこんなもの、あたしの作る魔術陣と比べたら、数兆円単位の金をかけて作られたスパコンと普通のスマホどころか糸電話みたいなもんだ。

 あたしひとりで顕界しろって言われたら泣くね。涙腺ないけど。……って、ラームス?


(  )

(  )


 術式を、あたしを通じて覚えたと。構築もできます、あたしレベルの魔力の提供があれば。って、おい。

 この混沌録端末め!簡単にそんなこと言うんじゃありませんよ。あたしゃそんなことしないかんね。


 肋骨にぞわぞわするものを感じながらも、あたしはただ見続けた。

 動き、重なり、よじれ、干渉し合う術式が最後には子どもを中心に収束して消えていくのを。

 下級導師が入れ替わり立ち替わり、次々と子どもたちに真名を付与していくたび、わずかながら術式の意味が見えてくる。

 ここは、真名の付与を受け入れさせる部分。

 ここは、真名を付与したモノ――四人の初級導師が代表するところの、魔術学院。ひいてはランシアインペトゥルス王国に対して忠誠を誓わせる内容。

 そして、ここは、上位者の命令に逆らえば、苦痛を生じさせる内容……。

 

 これは、呪縛だ。そのことがよくわかった。


 ――もし、ここで、あたしが実力行使に及べば、子どもたちをこの術式にかけることなく、全員にこの場を去らせることはできるだろう。

 だが、それは、決して救いではない。

 彼らから衣食住の安定と、自分の魔力を制御し、将来の就職先を約束する学習の機会を奪うことでもあるからだ。

 あたしやグラミィがランシアインペトゥルスに、というかそのうちの勢力の一つである魔術学院と激しく敵対することになるリスクを抜きにしても、彼らを束縛から解放することより、彼らから奪うことの方が大きすぎる。そしてそれは今のあたしには補填できないものだ。


 だから、あたしは次々と真名の付与の儀式を受ける子どもたちに、何も干渉しないことを選んだ。

 あたしは、ただ見続けていた。今はそれしかできないからだ。だけど自分の選択結果から、目をそらしはしない。

 たとえ、どんなに後味が悪かろうとも。 

 

 通称と真名が定められ、その体内に陣が吸い込まれると記録係の導師が終了を告げる。真名の付与が終わった子たちは、寝たまま次々と台車に乗せられていく。

 残りは二人となった。

 見事な赤毛の男の子――四、五歳ぐらいだろうか――が、うつらうつらしながら、必死に赤ん坊を取り落とすまいと石の床に座り込んでいる。

 髪の色からして、きょうだいだろうか。

 今にもそのままかっくんと後ろにひっくり返りそうだというのに、他の子はそれなりに慣れた手つきで寝かせるというか、台車にのっけてる下級導師のみなさんが、一人として支えてやろうともしないって。


「あの二人の子は、いったい」

「あれですか。罪の子ですよ」


 グラミィの声に反応した下級導師さんの一人が、眉をひそめながら小声で説明してくれたところによると。

 魔術師の素養があるけど平民の子は、魔術特化型王侯貴族の子弟と違い、魔力制御について教えてくれる人間が身近にいない。そのため、そういった子は魔力暴発を起こすことがあるという。

 ここまでは以前にも聞いたことのある話だったが、その魔力暴発を起こした際、なんらかの形で他人を傷つけてしまった子を『罪の子』と称するらしい。

 でも、それって、ひどくね?100%あの子たちのせいかといえば、そうとは言い切れないもん。

 ……まあ、魔術師への偏見を生むもとにもなると思えば、下級導師のみなさんには困った存在なのかもしれないけどさー。

 

「これ。その子を離しなさい。後はお前たちだけだ」

「……やだ。はなさない」

  

 眠そうだった目がきっと見開かれ、極上のスターエメラルドのように燐光を放ったとたん。

 赤ん坊が全力で泣きだした。

 え?なんだこの、繭のような放出魔力は。

 

 普通、人間の放出魔力は体内から外へと向かう。まっすぐな放射線状か、うねりが入るかはさておいて。

 男の子の放出魔力も、さっきまでは外へ向かって尖った、火焔にも似た花弁のような形をしていた。赤ん坊の方は……いまいちよく見えない。ややどす黒いほどの強い赤の、男の子の魔力が強すぎるせいだろうか。

それが急激にぐねぐねと絡み合い、変形し、今でまるで結界のようだ。

 

「聞き分けのない。さ、早くおいで」

 

 焦れたのか、鈍感なのか、疲労で苛立っていたのか。

 無理矢理にでも立ち上がらせようとしたのだろう。あたかも男の子が赤ん坊など抱いていないかのように、無造作に男の子の腕をぐいっと掴み上げた下級導師の袖が。

 なんの前触れもなく、突然燃え上がった。


〔ボニーさん!〕


 わかってる!


 あたしは咄嗟に結界を発生、絶叫の形に顎を動かした下級導師さんを弾き飛ばすように男の子たちから遮断した。

 そこへグラミィが生成した水がばしゃっとぶちまけられる。


「プレイシプス!」

 

ようやく同僚たちが駆け寄った時には、のたうち回る彼の腕には、男の子の腕にあったのと同じような火傷の痕が刻まれていた。

 

「まさか、精神共有か!」


 彼らが振り向けば、泣き叫び続ける赤ん坊を抱いたまま、男の子が立ち上がっていた。

 全身から炎を噴出させて。


 咄嗟にコッシニアさんとマールティウスくんが進み出る。オクタウスくんとマクシムスさんも杖を構えた。

 構築される術式は……だめだ、まずい。このままじゃ二人とも。


「『殺してはなりませぬ!』」

 

あたしはマールティウスくんたちの前に立ち塞がると、両腕の骨を広げた。


「おどきなされ、シルウェステルどの」


 マクシムスさんが冷徹な目を向ける。

 だが悪い。これ以上の危険の芽を摘もうという、その判断は国家組織の長、国の上層部の一人としては、確かに正しいのかもしれないが、邪魔をさせてもらう。

 一度は見ない振りをしたんだ、さすがに拘束ではなく殺傷を目的とした術式を構成されては、これ以上は傍観者ではいられない。

 

「『どうせこのまま落命させるなら、試したいことがございます。どうか』」

 

 あたしはオクタウスくんに眼窩を向けた。

 この場をどう収めるかの権限は学院長が握っている。そして彼にはもっふるたぬきと馬鹿坊ちゃん相手とはいえ、多少なりともあたしの魔術の腕を見せている。


「……シルウェステル師にお任せいたしましょう。ただし、これ以上魔術学院に籍を置く者に損害が出るようでしたら」

「『かしこまりましてございます』」


 あたしはオクタウスくんに略礼を行うと、くるりと踵を返し、そのまま炎へと突っ込んでいった。

 あたしが失敗したら即終了してしまう。この子たちの命がだ。

 グラミィ、無関係者追い出して。


〔りょーかいです〕

「下級導師のみなさま、真名の付与が終わった子どもたちの避難と、怪我をされた方の御身を任せますぞ」

「お、お願いいたします!」


 台車ががらがらと音立てて出て行き、負傷者も数人がかりで運ばれていくのが炎の向こう側に聞こえ、男の子が微量の驚きと多量の警戒のこもった視線を向けてきた。

 ま、突然他の人から庇った上に、炎の中にも突っ込んできたローブは何者だと思うよね。

 敵意が少ないのは僥倖だ。さらに驚いてもらおうじゃないの。

 あたしはフードを外した。


「……ほね?」


 そだよー骨だよー。

 じり、と後ずさりする子の前、腕も届かない間合いでしゃがみこんでみせる。

 自分より大きなものに、基本的に人も動物も警戒を強める。それを多少なりとも和らげるためだ。

 当然、炎には包まれるが、あたしにゃ関係ない。結界で炎は防いでるからねー。

 だけど思ったよりきついのは……これ、ほんとの炎じゃないからだ。


 火球や発火の術式を顕界させれば物理的な炎が生じる。それがこの世界における魔術の(ことわり)だ。

 だがあたしが浴びている炎は、言わばこの子の放出魔力そのもの。魔力に炎という属性がついてるようなもんだ。結界自体も熱を帯びているような気がするのがおそろしい。

 魔力暴発というのは魔力そのものが世界の一部となるため、制御が困難になることなんだろうか。


 まずいな、早く落ち着かせないとこの子自身が燃え尽きる。

 今のところ無傷とはいえ、ずっと抱いている赤ん坊にもどんな悪影響が出ることか。


 あたしはゆっくりと自分を指の骨でさしてみせた。

 グラミィ、通訳よろ。

 

「『わたしは、シルウェステルという。そなたはなんという名か。これまでどう呼ばれてきたか?』と聞いておられる」

「し……?」

「『呼びにくいなら骨でもシルでもいいぞ』じゃそうな」

「シル。……パル」


 よっしゃ一歩前進。

 あたしは頷いてみせる。人間、会話が通じる相手と思えば、心は必ずどっかが開く。

 

「『呼びやすい、よい名だ。パル、抱いているその子はきょうだいか?』」

 

 男の子は、とまどいながらこくんとうなずいた。

 

「いもーと。まもる」

「『パルはいい兄だな。……もしや、妹が泣いたから、パルは怒ったのか?』」

「いもーと、てきわかる。とうぞくわかる。おれ、まもろうとして、そんで……」

 

 ……なるほど、どうやら導師さんたちが言っていた精神共有というのは、いわゆる感情感応(エンパシー)みたいなもんなんだろうな。

 赤ん坊の妹は、おそらく魔力感知能力が高いのだろう。そのせいで、周囲の人間の悪意や苛立ちに感応してしまい、泣く。

 妹の恐怖に反応した兄ちゃんのパルは、相手を脅威と見なし、馬鹿でかい放出魔力で炎という物理現象を疑似構成してしまう。

 罪の子呼ばわりされているのも、おそらくは自己防衛が魔力暴発で過剰防衛になったってところか。魔力切れで気絶でもしたんだろうか、よく生き残ったもんだ。


「『妹を守ろうとしたのは正しいことだ。だがな、パル。よく見てごらん。妹は、お前と同調している。妹が泣いたからお前が守ろうとしたように、お前が怒るから、妹も怒って泣いたりもするのではないか?それに。お前は、その炎で自分まで怪我をしてしまったのだろう?』」


 火傷を指さしてやると、男の子はびくっとした。


「『正しい守り方をしなければ、また怪我をしてしまうかもしれぬ。そんなことは何度も起きないようにしなければならない。抜き身だった剣に鞘をつけるように、パルの力にも鞘をつけなければならない。それはわかるな?』」

「……うん」

「『同じ鞘に、二本の剣を入れておいたら、使いにくいというのもわかるな?鞘の中で剣同士がぶつかって欠けたりするかもしれない。だから、さっきパルを呼んだ人は、パルと、妹に、別々の鞘をこしらえる必要があったから、その間だけ妹を離せ、と言ったのだよ』」

「……」


 納得できない、って顔をしてるな。まあしょうがないか。これあたしのイメージ的なもんだし、あの繭状態になった放出魔力を見ると、危険を察知した妹とパルの自我が一時的に同一化してるのかもしれないもんなー。同じ鞘に入ってて何が悪い、って感覚になってたら説得材料が……。

 そうだ。


「『妹もそのままでは熱いと感じているはずだ。ためしに、その炎を消してみるといい。何も悪いことは起こさせぬ。今、パルたちの一番近くにいるのはこのわたしだ。誰も、もうパルたちに痛い思い、怖い思いはさせない』」

「ほんとに?」


 疑わしそうなまなざしの前でグラミィがうんうんと頷いてみせる。

 最悪、マクシムスさんなりオクタウスくんなり、一撃必殺な勢いでこの子たちを殺しにかかったら、本気で庇うよあたしは。


「……やってみたけど、とまんない。たすけて、ほね」


 泣きそうな顔になったところを見るに、やっぱり自分で自分の魔力を制御しきれてない状態なんだね。


「『では、少し近づくぞ。わたしの手を見てごらん。上に上げたら息を吸う。下に下げたら息を吐く。できるか?』」

「う、うん」

「『いくぞ。吸ってー。吐いてー。吸ってー。吐いてー』」

 

 手の上げ下げは呼吸のタイミングの合図だけじゃない。魔力操作の目眩ましだ。

 深呼吸を繰り返せば、自然とパルの気持ちが落ち着いてくるだろう、という読みもあるけどね。


 あたしの魔力が人外と判断されやすい理由。それは、熱のない、とても冷たいものだからだ。

 ゆっくりと手を上げ下げしながら、あたしはパルの放出魔力をあたしの魔力でくるみこみ、酸欠にして消すイメージで押さえ込みながら、じわじわとパルの魔力を『冷やし』ていった。

 少しずつ、少しずつ炎が小さくなっていく。

 

「『吸ってー。吐いてー。吐いてー。吐いてー』って、ずっと吐けるわけがないじゃろう!」


 勢いよくグラミィにつっこまれるあたしを見て、パルがぷっと吹き出した時だった。

 

「火が……」

「消えましたの」


 グラミィがコッシニアさんに笑いかけた。


「お見事です」


 マクシムスさんとオクタウスくんがあたしに一礼してくれたので、答礼しておく。

 そのBGMが赤ん坊の泣き声ってのが、いまいちしまらんが。


 そう、パルはなんとかなったんだが、今度は妹が泣き止まない。

 いや理由はわかってるんだけどね。犯人はわたしでございます。

 正確には、あたしの生者とは異質の魔力のせいだ。

 泣く子と地頭には勝てぬっていうけど、どうしたもんかねー……。


〔パルくん相手にしたようなやり方じゃだめなんですか?〕


 あの子くらいに理屈がわかる子が相手なら、それなりに損得判断できるから、思考誘導もしやすいんだけどね。なにせ相手は赤ん坊です。考えらしい考えなんて……。


 あったな。この手が。

 

 あたしはとりあえず放出魔力量を極限まで抑えると、ラームスに呼びかけた。魔力あげるから、通訳ちょっとお願いとね。

 彼もまたヴィーリの樹杖の一部である。馬たちよりも自我の未発達な、意思を文章的にできるほど順序立てて考えることのできない鳥たちにさえ、ヴィーリはコミュニケーションをとっていた。

 ということは、ラームスにもある程度はできるんじゃないかなとね。


 ……お?

 赤ん坊が泣き止んだな。


「あー、あー」


 手を伸ばしてきたかと思ったら、ラームスの葉っぱをうにーと掴んだ。

 んで、どした?

 

(   )

(   )


 えーと。妹の意識にアクセスできたのはいいが、言語化できるほどの自我がまだ発達してない。落ち着かせたとたん、喉渇いた。おしり気持ち悪いと。

 グラミィ、またもやよろ。


「どうやら、おしめが濡れておるようじゃの。どれ、換えてやろう」

「ばばちゃん、だれ?」


 無邪気なパルの言葉に、グラミィの心と膝が折れる音が聞こえた気がした。かっくんとね。


〔ば、ばばちゃん……〕


 外見がそうなんだからしょうがないでしょ、元JK。


「わ、わしゃ、グラミィという。さっきこのシルウェステルどのの言葉を伝えておったじゃろ?」

「うん」

「言うてみれば、わしとシルウェステルどのは、パルと妹のようなものじゃ。どちらが欠けても困る」

「そー、なの?」

「そうじゃよ。……ところで、妹はいつごろ何を口に入れたかの?」

「スープのませた。ゆうごはんのとき、パルのぶんからわけた」

「そうか、パルはいいお兄ちゃんじゃの」

 

 さっき逃げてった下級導師さんがおそるおそる術式場をのぞき込んできたので、グラミィ経由で真名の付与再開のお知らせついでに、おしめ用の古布と乳児用の湯冷ましを頼んでおいたが。

 

〔自業自得っぽい怪我した人はともかくとして。まさか真名の付与ができなくなるとは思いませんでしたねー……〕


 まったくだ。

 役割を交代しながらやってたとはいえ、魔力を消費してたのもわかるよそりゃ。見てたから。

 だからって、八人いたはずなのに、そのうちの半分、真名の付与に必要な四人すら戻ってこないってのは……逃げたな。

 パルたちを罪の子呼ばわりしてた人の顔が見えないってことは、つまりはそういうことなんだろう。


〔いないと真名の付与はできないんですよね?〕


 たぶんね。

 どーする、オクタウスくん?

ぐるりと眼窩を向けると、困ったような顔で学院長は口を開いた。


「シルウェステル師。お願いできますでしょうか」


 ……そう来たか。


「おお、それはいい。シルウェステル師が引き受けて下さるのでしたら、わたくしも心置きなくトニトゥルスランシア魔術公爵へ書状をお送りできるというもの」


 でっきるっかな?とわくわくした目で見るのはやめてくれなさい、マクシムスさん。

 ま、魔術士団長も魔術公爵家包囲網に参加してくれるのはありがたいんですけどね?

 いざとなったらあたしが家庭訪問したげてもいいことなんだけど。突撃、魔術公爵家!


〔この世界に家庭訪問てあるんですかね?〕


 さーね?いずれにしても名誉教授レベルの家庭訪問、なんてのはないだろうけどな!


「あの。ほね」


 つんつんとローブをひっぱられたと思ったら、いつのまにか、パルに抱きつかれていた。

 

「ほね。の、おっちゃんなら、いい」


 ……。


 …………。


 あー……。もう、しょうがないなー……。


 かっくんとうなずけば、そういうことになった。


〔けっこうボニーさんてば子どもに甘いですよね〕


 自覚はあるかなきかと人()はばなきにしもあらずかと。


〔どっちですか!〕


 オクタウスくんがあたしに投げてきたのも、理由がないわけじゃないらしいしね。

 なにせ真名の付与の術式、パルの妹サイズの赤ん坊でもない限り、はっきり覚醒状態になってると、付与される人間の同意が必要になるんだそうな。

 付与される真名を受け入れる意思の有無、ランシアインペトゥルス王国へ忠誠を誓うか否か。拒絶すれば真名の付与は不完全なものとなるわけだ。

 だったら、いささかなりともパルの信頼をかちえているあたしが加わった方が勝率は上がると見たんだろうね。


 ……ま、あたしにもメリットがないわけじゃないのでね?受けたのはただ押し切られただけじゃないのだよ。

 一度は真名の束縛を受ける前に、逃がしてやることも考えたこのあたしが、自ら束縛をかけさせられる羽目になるたぁ思わなかったけど、さ。

 そんなわけで、グラミィは妹ちゃんのおしめの交換をよろしくー。


〔うわ。藪蛇りました〕


 なんとかかき集めてきた三人の下級導師さんといっしょに、あたしも石段の上に上がる。ステップの位置は何度も見た。詠唱は下級導師さんたちにお願いするとしよう。流す魔力量は揃えるから、よろしくー。

 

 もう何度も見たステップにあわせて、ゆっくりと足の骨を動かせば、光の線が紋様となり、複数の魔術陣が展開されていく。


「パルと呼ばれし子、その真の名をパルヴァイグニスとなし、ランシアインペトゥルスにその忠誠を捧げよ」

「らんし……?」

「『この国のことだ』」

 

 グラミィの補足説明を聞くと、パルはしばらく考えていたが、元気よく宣言した。


「ほねのおっちゃんのいうことなら、ちゃんときく!」


 ……あちゃー。

 ちらっと見ればオクタウスくんが頭を抱えており、マクシムスさんは実に楽しそうな顔で笑っていた。

 あー……、グラミィ。通訳ヨロ。


「『ならば、パルヴァイグニス。そのためにはよく学べ。よく考えよ。もっと、うまく、ちゃんと妹を護れるようになるために』」

「わかった」

「『そして、学ぶ場を与えてくれたオクタウス殿下に感謝申し上げること。先生の言うことはきちんと聞くこと』」

「でんか?」

「『この国で最も偉い王様の弟君だ。その方のおっしゃることには従うことだ』」

「……うー」


 不満そうだな。

 

「『わたしの言うことなら聞くのだろう?』」

「うん」

  

 頷いた途端、術式の一つが噛み合ったらしい。きゅるりと回転してパルへと吸い込まれていく。

 よし。うまくいったようだ。


 確かに、パル自身が従うと言いきった『あたしが命じた事』については強制力が生じる。それを使って、あたしは『国に従え』と言ってやった。

 これについてオクタウスくんが何も言わないということは、間接命令であっても直接命令と同じ効力が発生するなら問題視しない、ということなんだろう。

 逆に言えば、直接命令と同じ効力が発生するなら、間接命令に何か仕込んでおいてもばれにくいということだ。

 それはともかくとして。


「『だいじょうぶだ、パル。お前は、いい子だ。もっと強く、賢くなれる。がんばれ』」

「ほねのおっちゃん、ありがと!」


 妹――通称はテネルと名づけられた――とパルが去っていくのを見送ると、オクタウスくんは深々と頭を下げた。


「あの子らの失礼、寛大なお気持ちで受け流して下さりありがとうございます」


 骨呼ばわりのことかな?グラミィのばばーちゃん呼びのことかな?


「『どうかお気になさらないでいただきたい。わたくしも飾りとはいえ導師の端くれにございます。お役に立ててようございました。それよりあのきょうだいはおもしろい子たちですな。下級導師の皆様には、よく導いていただきたい』とのことにございます」

 

 それよりも、今は。本題をさかさか進めよう。

 なにせコッシニアさんがいるのだ、夜更かしは美女のお肌の敵ですよ。

 今のあたしにゃ肌ないけどな!

なかなか本題に入れない……。


※追記

真名の付与の儀式に参加するような下級導師や中級導師の人たちが、術式をいじくったり、術式の情報を外へ流せないのは、各々の真名の付与の際に刻み込まれた『学院や国への忠誠』に反することだからだったりします。

魔術特化型貴族の場合は、下級導師や中級導師を自分の身内で賄って、情報漏洩を防ぐわけです。

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