挑戦
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
あー……、夕焼けの名残が消えたお空に、星が綺麗だなー……。
〔ボニーさん!まだ壊れるような時間じゃないでしょう! 〕
は。いかんいかん、つい現実逃避をしてしまった。
学校ってのは、世界が違おうが、学ぶものがなんであろうが、似たとこがあるもんだなーとしみじみ感じている真っ最中でしたね、そういえば。
先生がいたら生徒がいるとか。
大人がいて子どもがいるとか。これは精神年齢と肉体年齢が逆転してる連中もいるけど。
無闇矢鱈と威張る人間と威張られる人間がいるとか。
だからと言ってお利口さんがいるならバカもいるというのは……あのもっふるたぬきでお腹いっぱいだったんですがねぇ。胃腸含めて消化器官持ってないんですが、あたし。
「ご安心下さいオクタウス殿下。このトニトゥルスランシア魔術公弟が嫡男、イドルム・ヴェロクサランシアがそこな操屍術師や、その操り手より必ずやお助け申し上げます!」
えっへんとそりかえった濃紺のローブの男の子――そう、オクタウスくんとほぼ同年代の、男の子――を、拍手せんばかりに褒め称えるは、褪めた薄藍色のローブを着た、一回りも二回りも年上な方々。
……なんで、こうも顕著に他者に攻撃的になるような自信過剰なバカで、なおかつ根拠のない自信に満ちあふれてるお子さまが中級導師なのかねぇ?
魔術学院七不思議の一つにしてあげたいくらいだ。
ちなみに、薄藍色のローブは初級導師の証なんだそうな。
魔術学院の入学者は、彼らがまず指導に当たる。
家庭教師的な誰かさんに指導してもらえる貴族は別だが、入学者には、まずは魔力の暴発を起こさないように学ばせる必要がある。
そのためには、まずは自分の体内にある魔力の存在を感知して、操作することを教えないといけない。
だけどこれが難しい。自転車に即乗れるようにするには、言葉であれこれ説明するより、まずは身体で覚えさせた方が早いようなもんだろう。
そこで、まず、初級導師は入学者の体内にある魔力を操作して、子どもたちがその動きを感知したり、自分で動かせるところまで導く必要がある。魔術を学ぶに師匠がいないと弟子が存在できないと言われる所以なんだそうだ。
話を戻すと、初級導師の資格を持つためには、他人の体内にある魔力を操作できる程度には高い魔力操作能力が必須ということになる。
加えて、平民の子どもたちは読み書き計算、最低限の礼儀作法も知らない。彼らに魔術について学ばせるため、将来魔術士団や貴族に仕えて生活するためにはこれらもできるようにするのは必要なことだ。
つまり初等教育レベルのことも教えられるだけの知識と能力が求められるため、初級導師自身も平民であることが多いという。
……まあ、同じ境遇じゃないと何をどんだけ知らないか、どんな知識を教えなきゃいけないかはわかりづらいわなー。
しかも彼らには学院生寮の管理も任せられるため、ほぼ24時間労働という超絶ブラック環境である。らしい。
しかも、赤ん坊すら引き取られるせいで、学院卒業したてぐらいのころから親代わりも求められるとか。
むこうの世界感覚でいうなら、乳幼児から小学生まで、24時間お世話して教えて、さらに自分もお勉強必須とかね。かなり大変なお仕事だ。
一応下働きの人はいるので掃除洗濯などは任せられるし、同じ導師の中でも、下級導師の人数は一番多いので、均等にならせば負担はそれなりなんだろうけどねー。交代制が平等にお仕事してれば。
初級導師の薄藍に対し、濃紺のローブは中級導師の証だという。
初級導師に求められる能力に+αが必要ということで、一度は初級導師としての経験を積まねば得られない資格なんだそうだが、そのあたりを無理矢理カネとコネでめいっぱい短縮してくる連中がいるのが半ば公然化しているらしい。
「どうした、臆したのか、下賤な操屍術師めが。己が器量を思い知ったならばとっととオクタウス殿下の御前より消え失せろ!」
自信満々、グラミィを挑発しまくってる彼も、名乗りを聞く限りはおそらくそうなのだろう。
ついでにちらちらコッシニアさんに目を向ける余裕もあるようだし。
その目にあるのは好奇心より色気のようだし。
だけど能力的には……戦闘力5だな。
〔ちょ、ボニーさんてば!〕
いやー。だってさあ。そうとしか言いようがないじゃん。
放出魔力控えめにしてるとはいえ、今のあたしを見て、ただのお骨扱いするとか。グラミィを正面切って罵倒してくるとか。
初級導師の中でも、お坊ちゃんのお取り巻きじゃないらしい人の中には、オクタウスくんやマールティウスくんといったお歴々だけじゃなく、ちゃんとあたしやグラミィの魔力を注視してる人もいるのにね?
しかも、やんわりたしなめてくれた学院長に、「たかが魔術の的か実験材料にしかならぬものをそこまで重んじられるとは、さては操屍術師に謀られましたか!」ときたもんだ。
……それって、オクタウスくんの魔術師としての力量もみそっかす扱いをして平然としてるってことですよね?
なんだそれは。もっふるたぬきと言い、魔術公爵家一族総出でオクタウスくんをディスりたい理由でもあんのかよ。
魔術の的呼ばわりは、頭蓋骨剥き出しな、今のあたしの格好なせいもあるのだろう。
が、よ~く見りゃはっきり違うってわかるだろうに。襞襟かって勢いで頸骨を取り巻くラームスの葉っぱを置いといてもだ。
ええ、あたしは額に授与されたばかりの達人の輪(と言うんだそうな)をつけて、例のシルウェステルさんのローブを着てるんです。
だだだって、達人の輪は隠しちゃいけませんとかマールティウスくんに言われたんだもん!フードすらかぶれやしないとか横暴だー。
仮面はどうしたかって?
達人の輪の授与のしかたが、オクタウスくん手ずからあたしの頭蓋骨にかぶせてくれるというものだったので、外さざるをえませんでした。
あれ、装飾品扱いということで肌や髪の毛の上に直接つけるものらしいです。あたしにゃどっちもないけどな!
しかも仮面をマールティウスくんが預かってくれたのはいいけど、返してくれません。
叔父上がお顔を隠される必要などございません、とね。
ま、彼にとっちゃ、頭蓋骨を見せてやったとたん、ひっくり返ったもっふるたぬきの例がある。あんな反応ばっかされては、叔父上がのの字書くくらいには落ち込むかもしれないから、だったら先手打って公開して、早く周囲に慣れてもらおう、という思惑でもあるのかもしれんが。
……なんかどんどんシルウェステルさんラブっぷりが、アーセノウスさんに似て、ひどくなってきてやしませんかマールティウスくん。
〔ボニーさんもいいかげんマールティウスさんには甘いですよねー〕
……そうかなあ?確かにマールティウスくんはかわいいと思うけど。
〔えー……?〕
ツンの強かった子がデレてくるあたりがたまらんというあたりは、語ればいくらでも長くなりそうだから話を戻すよ?
達人の輪は、それなりに高位の魔術師でないと与えられないブツである。
それをあたしがつけてて、グラミィがつけてないってことはつまり、グラミィよりあたしの方が高位の魔術師として扱われてるってことなんですー。
それを毎度おなじみ操屍術師に操られてるお骨扱いしてくるとか。あの馬鹿ぼっちゃん、どんだけ観察力がないんだと突っ込みたくなる。
〔……で、どうします?〕
やめてー、あたしのために争わないでー(棒)とやって収まるのなら話は早いんだけどねー。
オクタウスくん以上にマールティウスくんが怒ってますからねー。
〔そうとうなガチギレですよね〕
まあ、かなり不名誉な存在らしい操屍術師の黒幕扱いされたら怒るよね、魔術伯として。
しかし貴族同士面識がないわけじゃないだろうから、これもやっぱり遠回しな侮辱なんだろうなー。
……と思ってたら、マールティウスくんてばぶつぶつ詠唱してるよおい。
いい大人が実力行使するんじゃありません。
めっ、とマールティウスくんの杖を抑えて首の骨を振ってみせると、あたしはお馬鹿さんの前に、てこてこと進み出た。
「師!どうか、その」
小声で囁いてきたと思ったら。
彼の命乞いもするの、オクタウスくん?いくらなんでも人が好すぎるぞ。
だからこそ魔術公爵家の連中が、きみを舐めてかかってんのかもしんないぞー。
……でもいいよ、聞いたげる。もともとあたしは人殺しなぞできればしたくない。穏便に済ませようじゃないの。
叩きのめすにしても、もっふるたぬきレベルにしておくから。
〔叩きのめすって段階で穏便じゃないと思いますー!〕
じゃあ、あたしがこれからしようとしてることを止めるかい、グラミィ?
〔精神的フルボッコじゃないですか。ぜひやりましょう〕
……あんたもノリノリじゃん。
では、そんじゃグラミィ。教育的指導とまいりましょか。二人羽織作戦よろしく。
〔りょーかいですー〕
「安心なさいませ、オクタウス殿下。『命までは取らぬ』」
「何を大口叩く。このエセ魔術師が!」
お馬鹿さんは鼻で嗤った。グラミィを。
だけど知ってるかい?罵倒って、相手が傷つくだろうと想定して発する言葉なんだけれども、それは想定する人間にとって一番効果的なものとなることが多いということを。
つまり、言葉を発する『本人が一番傷つく』言葉を、他者へ向ける無形の刃として選んでる確率が非常に高いんだよねー。
自己紹介乙って言葉は案外正しい。
グラミィの言葉があたしの通訳だということを、オクタウスくんたちは知っているが、お馬鹿さんは知っちゃいない。
ならばその認識の差を利用して、これから少々彼をおちょくってみたいと思いまーす。
もっふるたぬきともども同じ穴の狢ってことで、一網打尽にしておこうかと。
グラミィが過小評価されるのはうまくないという思惑も、ひっそりあったりなかったりしないでもないけどねー。
曲がりなりにもあたしの相棒なんでね、無駄に馬鹿にされるのも面白くないものだ。
さーて、そんじゃちょいとヤろうじゃないの?
「『ちょうどよい。(あたしを)魔術の的呼ばわりするのだ、どの程度の技量か試して進ぜよう』」
ついでとばかりあたしが中指でカモーンと招いてやれば、あたしの言葉をグラミィ自身の言葉として受け取った鼻っ柱の強いお子ちゃまはかっとのぼせたようだ。杖を構えるさまは堂に入ってはいたが。
「『遅いな。中級導師とはこんなものか』」
コッシニアさんづきになったベネットねいさんなら、一単語詠唱で二桁程度は火球を作り出せる。髪伸びてきたしね。
だけど、イドルムとか言ったこの男の子は、三単語でようやく五個の火球を生じただけだ。
それなりに実戦を想定した訓練をされてたベネットねいさんが上手なだけか、それとも。
「黙れ、この操屍術師め!」
打ち出してきた火球に、あたしは右手の骨をひょいとかざした。
それだけで火球は全消しが完了した。
初級導師の皆さんも目を丸くしてたが、なんのこっちゃない。コッシニアさんたち相手にもやった、術式破壊というやつだ。
火球の場合、顕界は火球を生成してから発射、着弾という手順を踏む。
つまりどうしてもタイムラグが生じるので、着弾前なら発射後でも術式を破壊すると、火球を維持できずに消せるんだよねー。
でもこれ、火球=プラズマだからこそできることで、氷塊とか鏃といった固体だと、そういうわけにもいかなくなるんだよねー。
生成前ならただの術式破壊でどうにかなるんだけど、発射後だと運動エネルギーをどうこうできない。
正確には、どうこうできるような対抗術式を顕界する前に、こっちに当たってしまう。
なので結界で防ぐしか方法がないというね。
「ふざっ、けるっ、なっ、こんなっ」
ムキになって火球を雨霰と連打されてもねぇ。一つ覚えならば力押しできるだけのパワーが必要だっての。
そもそも、基本スピードがめっさとろいよ。
身体強化したコッシニアさんが、金属片を生成射出する術式を最速顕界してみせた時と比べると……国際大会のバトミントン選手が極めたスマッシュと、本気を出した小学一年生のドッジボールぐらい球速が違うと言ってもよかろう。
なので、どのくらい近くで術式破壊しても消せるかなーと、実験を兼ねて遊んでますけど何か?
あ、結界はちゃんと一ミリ前方にずーっと展開中です。万が一抜けたとしてもそれで十分防げるぐらい威力が低そうだってのもわかったし。
……お?
とうとう、火球が飛んでこなくなった。
えー。もうちょっとつきあってよー。だいたい頭蓋骨前三センチでも消せるってわかったんだから、新記録に挑戦したいです。
〔かんっぺきに遊んでますね、ボニーさん……〕
おうさ。このへんで心をべっきべきに折り曲げといてあげようかなと。知恵の輪レベルに。
だってさー、このままこのお馬鹿さんを置いといたら、オクタウスくんがかわいそうでしょうが。という建前は置いといて。
「『顕界の速度が遅いくらいは、まだ目をつぶってやってもよかったが。途中から届きもしないほどいいかげんな術式構成になっていたのはいただけない。魔力暴発が起きなんだのはまことに運がよろしい』」
ええ、導火線の短いダイナマイトなんてものが目の前にあったら落ち着かないでしょー。
なんとかしときたいと思うのが人情ってもんでしょうが。
ちなみに魔力暴発が起きなかったのは、集中力が切れるのと同じくらい、魔力が切れるのも早かっただけなんですけどね?
もちろん周囲に散った魔力はおいしくいただきました。いや深呼吸レベルです。直接ちゅーっと吸い上げてはいないからギリギリセーフってことで。
そのお代がわりに講評を差し上げましたが、お気に召したでしょうか下手くそくん。
「嘘だ……こんなことがあるわけない……」
あるわけないって言ってもねぇ。事実を受け入れようよ。きみ自身がエセ魔術師だったってことを。
「あの……。ひょっとして、先ほどまでのイドルムさまは本気なのでしょうか?いくらなんでもあの遅さなら、わたくしでも打ち返せると思われるのですが」
…………あー。
コッシニアさんまで、グラミィに質問してみたていで、言うてはならんことを言うとはねー。
実は腹に据えかねてたかい?
ストレートな疑問を顔面に叩き込まれたせいで、男の子がショックを受けた目でこっち見てるってば。
……じつはこっそり、魔術士隊の面々と最初にやりあった時みたいに、取り巻きさんたちが「敵討ちだー!」と杖を抜くかもなと思ってた。
だけど、オクタウスくんとお馬鹿さんを交互に見てるあたり、お取り巻きの方々にも、そこまで一蓮托生感覚はないんだろうね。てかあっさり見捨てられてんじゃないかい、馬鹿ぼっちゃん。
初級導師の皆さん方には、グラミィの口から出た助言の正統性はちゃんと伝わってるようだね。
岡目八目って言い回しもこの世界では正しいようだ。
ちなみに、実際に学院生の指導に当たることの多い中級導師は、本来ならばお手本になるようにきちんと術式を綺麗に顕界できる安定性が、下級導師の素養に加えて求められるそうな。つまり、下級導師よりも高度な魔術知識と能力――具体的には魔力量と魔力操作能力――が求められるというわけだ。
イメージ的には中高一貫校あたりの先生って感じかね。反抗期だの中二病だのを無駄に発症してたら、この世界じゃあっさり死ねる以上、生徒指導的な役割は初級導師とは違って、そんなに求められなくなるんだろうけど。いや進路指導は必要なのか。
つまるところ、自爆行為をやらかしたお馬鹿さんが、名前だけ中級導師だったというのが諸悪の根源だということになりそうだ。
だったらセルフイメージに見合うだけの能力を身につけときなさいと言いたい。
いくら公爵家の一員だからって、導師として学院に留まり、しかもお取り巻きまで引き連れて、ない実力を誇大広告しまくってた、ってことは、今の立場を選んだのは――少なくとも同意したのは、自分自身じゃないのかね?
つまり、それは、シルウェステルさん同様、家の庇護から距離を置いたということだ。
ならば一魔術師として扱われ、魔術の腕だけで評価されることも覚悟の上だろうに。
生暖かく眺めていると、男の子が立ち直った。
「そ、そもそもこのような穢らわしい骨を、操屍術師を学院内に入れた責をどうお取りになるおつもりか、学院長!」
……ほほう。
魔力の感知も不十分な者が、何をあたしがしたのかもわからない口でよく囀るもんだ。
てゆーか、自分のやらかしたことを棚の上に成層圏離脱する勢いで放り投げて、オクタウスくんの責任追及するとか何考えてんだ。空気摩擦で行動結果は焼失しませんからー。
あたしのイラッと感が増量するだけだぞ。
ずもももも、と、放出魔力を増やして近づいてみると、自称魔術公爵さんの甥っ子のひよっこは「ぴっ」とかいう変な悲鳴を上げて固まった。
さて、グラミィ。翻訳よろしく。
「『確かに、アダマスピカのご令嬢の方が、はるかに術式の顕界も早く、飛鏃の構成も緻密ですな』」
「お褒めいただきまして、光栄にございます」
コッシニアさんは優雅に一礼をした。
「『それに比べてイドルムどのがお使いになった火球は……。魔術の力量が優れているとは残念ながら申し上げられませんな。学院長には失望なされることやもしれませぬが』」
馬鹿坊ちゃん。口をはくはく開け閉めしてるのは、反論したい気だけはあるってことかな?
「『そもそも魔力量とてさほど多いわけでもないのに、火球が通用しないとわかった後も、あのような無駄な連打などされるようでは……』」
いやはや、ってなオーバーリアクションで首の骨を振ってみせる。
「『これでは、長期戦になった場合に己が身の安全すら確保できますまい。戦術的運用の知識と実践につきましては……もう一度学院生からやり直されることをおすすめしたいと存じます』と申されておられますが。殿下、いかがなさいますかな?」
「決まっている」
オクタウスくんも、さすがにこれ以上庇いきれないと判断したんだろう。
「ドロースス・フルメランス副学院長、ならびにイドルム・ヴェロクサランシア中級導師の職務とそれに付随する一切の権限を今日付けで停止する。イドルム。そなたも家に戻り謹慎するがよい。本日の事はすべてトニトゥルスランシア魔術公爵家に魔術学院長として正式に抗議させてもらう」
お馬鹿さんの表情が、次第に信じられないものを見たかのようなものに変わっていったかと思うと、その場に崩れ落ちた。
それでもオクタウスくんの表情は変わらない。
「何をしている。早く出て行くがよい。それとも、わたしが直々に火球で尻を焼かねば動けぬか」
オクタウスくんが杖を構えたとこを見て、本気で言っているとようやく悟ったのだろう。お取り巻きの何人かが、動かずにいるお馬鹿さんを運んでった。
それを複雑な表情で見送ったオクタウスくんは、ようやく杖を脇にかいこむとあたしに頭を下げた。
「幾度となく繰り返した無礼をどうかお許しいただきたい。陛下にも本日のことは包み隠さず報告申し上げ、今後彼らが師に二度とご迷惑とならぬようにいたしますゆえ、どうか」
「『殿下、お気に病みなさいますな』」
ええ、ぶっちゃけ気にしてません。どっちもあたしが返り討ち済みだし。
それよりオクタウスくんの方こそ、あんだけ舐められてて大丈夫かなーとも思ったんだが、王サマの手を借りてでも厳罰に処すってことは大丈夫かな?
マールティウスくんが、ルーチェットピラ魔術伯爵家からも抗議文をお出ししましょうと言ったら、オクタウスくんてばじつにいい笑顔で受けていた。
仲良きことは麗しきかな。たとえどんなに笑みが黒くても。
……ひょっとしたら、お馬鹿さんてばオクタウスくんの学友というか、今後の側近的立ち位置にいたのかな。つまり将来のもっふるたぬき2号。
お取り巻きさんたちの反応とか、オクタウスくんと同年代、しかも魔術公爵家の人間ってことからしてありそうな気がする。
でも、だからって、あの行動はいただけない。
自分たちの権力の根源だろうオクタウスくんすら、あそこまで馬鹿にできるとかなんなのさ。
国内勢力のバランス的に、ある程度傲慢な振る舞いが許されてたのかも知らんが、甘いな。
あの情報操作が上手な王サマなら、王族相手にでも好き勝手行動させてるようにみせかけて、その間にどんな弱みを握ってくるか知れたもんじゃないぞ。
ま、あたしはそんな王サマたちの思惑もランシアインペトゥルスの内輪揉めも知ったこっちゃない。降りかかる火の粉は払って集めて二倍にして、相手の襟首にでも注ぎ入れちゃるわ。
〔でも、公爵家って相当強力な貴族ですよね?大丈夫なんですか?主にあたしたちへのとばっちりが〕
見せしめがわりとか代理戦争の駒扱いされないかってこと?
そこはこっちも対策が必要だね。おうち帰ったら、アーセノウスさんも交えてマールティウスくんとお話しよう。
〔ってことは、今日はこの後ルーチェットピラ魔術伯爵家に戻るってことで。後でタイミング見てマールティウスさんに話しときますー〕
そのへんはよろしくー。
「学院長殿下、その方々は……」
戻ってきた人たちも含めて、恐る恐る初級導師の人たちの目が集まってくる。オクタウスくんはすっと背筋を伸ばすと彼らを睥睨した。
そういう所作をすると、やっぱりそれなりに王族らしい威厳が出るもんだね。
「彼は『骸の魔術師』の名を陛下よりいただいた、『達人』にして『名誉導師』、シルウェステル・ランシピウス師である。魔術士団との合同作戦が終了したので戻ってこられた。見ての通り師は幽明境を一度は越えられたものの、海神マリアムのご加護を受けて戻られた。イドルムがさんざん操屍術師呼ばわりしたのは、師の代弁者を務めておられるグラミィどのだ」
ぺしっと全員が固まった。
……まー、中級導師のさらにその上、上級導師だったシルウェステルさんがお骨になった上に名誉導師になって帰ってくるとか。もう一月以上も前のことになるが、謁見の間でのことを知らなけりゃ、どんな謎展開だ。
逆に言うと、お馬鹿さんとそのお取り巻きさんってば、けっこうな情報弱者ということになるのかね。こんな初期情報で固まるとか。
いっくら学院ひきこもり生活してたって、同じ王都内なんだ、魔術公爵家の一族ともあろう人間が一ヶ月前の情報を知らないとか。ありえんでしょ。
いや、魔術士団が動いたって事実があったって、平民層には噂も流れないようにあの王サマならば情報封鎖ぐらいすぱっとやってのけるかもしれないけどさー。
それにしても、あのお馬鹿さんがほんとに魔術公爵の甥っ子なら、お取り巻きさんたちにも情報が漏れてそうなもんだが。
と、いうことは。
ひょっとしたら、あのお馬鹿さん、オクタウスくんの側近候補じゃなくて、家から放り出され、やむを得ず魔術学院が受け入れた厄介者だったりするのかなー。そっちも状況的にありえそうでヤだなー。
ちなみに、上級導師は中級導師以上の魔力量と魔力操作能力が求められるそうな。
なぜかっつーと、彼らは教育職というよりは研究職であり、新しい魔術の研究開発にいそしんでいる、ということになっているからだ。博士号持ちで当然な准教授以上みたいなもんか。
一応、アーセノウスさんも上級導師の資格持ちらしい。
だけど兄バカな姿ばっか見てると、信じられるような信じたくないよーな……。
あと、もっふるたぬきは中級導師の資格持ちで、オクタウスくんは学院長という立場上、実際に指導することはまずもってほとんどないが、上級よりの中級、らしい。
てことは、マールティウスくんも中級導師の資格ぐらいはありそうだよなー。術式が安定してて綺麗なんだもん。
ついでに付け加えると、名誉導師の定義づけはとってもざっくりしている。『魔術をもって国に多大なる貢献をなした者』なんだそうな。
これも、むこうの学校制度にあてはめるなら、名誉教授みたいなもんだろうかね。
しかしなぜこの資格ををあたしに寄こすかなー。
……もしかして。
厄介事を引っかき回す道具は大きいほど波紋も大きくなるから、ってことですか王サマ。
挑戦(受動態)。
書いているうちにどんどん長くなるってよくあることですよね……(遠い目)。




