思惑は倍返し
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
どれだけ考え込んでいたんだろうか。
「叔父上」
マールティウスくんの声に頭蓋骨を上げると、ゆるやかに部屋の扉が開いた。
「お待たせをしたようだ、ルーチェットピラ魔術伯」
「いえ、お時間をいただきありがとうございます。オクタウス殿下」
立ち上がったあたしたちはそれぞれ礼をとった。
ずいぶんと急いできたのだろう、かすかに肩で息をしているオクタウス殿下は……なんというか、細身な王子サマをちょっと幼くしたような感じの青年だった。
年ごろ的には高校生以上、大学生未満ってとこだろうか。
ただ、放出魔力量はそれなりに大きいので、初見の人は圧倒されるかもしらん。
「たいそうお早いお帰りにございますねぇ、シルウェステル・ランシピウス名誉導師どのぉ」
信楽焼のたぬきがシャベッタァア?!
……いえいえ、ラピドゥサンゴン魔術伯さんですよね、オクタウスくんの背後という立ち位置的に考えれば。
だけど、まさか、外見までカラーリング派手めなたぬきだとは思いませんでしたよ王サマ。色あい的には信楽焼というより九谷焼ですか。
たぬきさんは銀髪と言うには真っ白な髪に、淡い青の目というとこだけ見れば、アウデーンスさんに似ているかもしんない。
だけど、全っ然印象が違う。
鏡餅体型に着込んだ魔術師のローブが、金糸銀糸をふんだんに使った、色鮮やかな刺繍で全面びっちりと彩られているせいもあると思うんだけど。
青の飾り石をつけた戦斧と、関西のおばちゃんが着込んだ極太編セーターぐらいには違う。
ちなみにラピドゥサンゴン魔術伯さんの方がもっふるセーターね。
だけど、にっこりと笑みを向けられて背骨がスースーした。いや目がぜんっぜん笑ってませんから!それが刺さりますから!
なんだこのアロイスレベルの冷やっこさは。
アロイスのダイヤモンドダストが散りまくる微笑みとは質がちがうが、同じくらいこっちの神経をざりざり削ってくる。
「達人の位を与えられたこと、また『骸の魔術師』なる名を陛下直々に贈られたこと、おめでとぅございますぅ。大変遅くなりましたが、お祝いでもとぉ、お顔を直接拝見して申し上げようと思っておりましたがぁ」
ラピドゥサンゴン魔術伯さんは、あたしを上から下まで見回すと、わざとらしいほど深々とため息をついた。
「……わたくしごときにはご尊顔すらお見せいただけないとはぁ。いやはや、まっこと残念にございますぅ」
……あー。そういう系のめんどくさいひとだったかこの人。
ひょっとして、ここまで長々と待たせられたのもそのせいかね?
ごめんよ、マールティウスくん。あたしが面倒事に巻き込んじゃったかも。
〔ど、どゆことですかボニーさん?〕
意訳:えらいいい称号を王サマ直々にがっつり得たらしいやんけ。どんだけ媚び売ったらそんなことになるんか、ああ?そのくせ、挨拶に来るのが遅いわこんヴォケが。しかも顔を隠したまんまとか。なめとんのかワレ。
〔…………〕
心話で器用に沈黙を伝えてくんなよグラミィ。
ま、気持ちはよーっくわかる。
開口一番、こんなにねっちねちした口調で、かつじわじわやーんわりと首を絞めにかかってくるようなイヤミを飛ばしてくるような、もっふるたぬきが相手だとは思わなかったや。
けど、あの王サマがあれだけ警戒注意報発令しまくってくれた割りには、このもっふる、底が浅くね?
だってさー、イヤミのネタにされてる謁見の間でのことがわかってるなら、ルンピートゥルアンサ副伯討伐の方が魔術学院に来るより優先事項だって、わかりそうなもんじゃね?
しかも王サマが投げてきた称号、ついでに厄介事までくっつきまくってたからね?間違ってもうらやましがられるようなもんじゃないっての。
なのに、あそこで受けない選択肢はなかったしなぁ。
港湾伯と外務卿という国の重鎮はぶったおれ、ルンピートゥルアンサ副伯領に向かったタクススさんの命の危機が判明だもん。そりゃどっちが大事かって言ったら、魔術学院よりもアルボーへ向かうでしょうが。
シルウェステルさんが魔術学院に有用な魔術陣を残してたって可能性もあったけどさ、スピード勝負な作戦だったし。
そうとわかってても、あたしへの悪印象が消えてないというのは……ひょっとしてあれですか、嫉妬?
中二病かと突っ込みたくなるような、たいそうな二つ名と位階をもらっただけじゃなくて、『名誉導師』なるものにも任命されてるもんね、あたし。
王族である学院長はともかく、下手するとこの副院長さん以上の名誉をもらっちゃったようなものと考えると……うん、まあ、そりゃ妬まれるわ。
イヤミの一つも言いたくなる気持ち、納得できました。
ちっちぇえ男だなーと思うけどね!
太っ腹(物理)は見かけ倒しかとも思うけどね!
〔じゃあどーします、このもっふるたぬき(笑)さん?〕
ま、とりあえずは様子を見ましょか。なんつったか、魔術公爵家の股肱の臣、つまり王サマたちにとっちゃ臣従を要求しづらい、陪臣で癖者らしいし。
グラミィ、よろ。
「オクタウス殿下、シルウェステル師の代弁者としてこの婆が発言をお許し頂きますよう」
「兄上より書状にて、師の現状についてはいささか伺っている。グラミィどのとおっしゃるそうだな。どうか存分にお役を果たしていただきたい」
「ありがとう存じます」
グラミィのする魔術師の礼も、次第にさまになってきたものだ。
「シルウェステル師の申しますには、『陛下の股肱として王命を果たしておりましたゆえ、帰還が遅れましたこと、またオクタウス殿下へのご挨拶が遅れましたこと、まこと申し訳なき仕儀にございます。深くお詫び申し上げます』とのことにございます」
まずは学院長殿下にきちんと礼はいたしますとも。
だが副院長。あんたに下げる頭蓋骨はねぇ。
そういう意図が伝わったかどうかは知らんが、礼儀上は突っ込まれる筋合いがないようにちゃんと謝罪をしたという形はとってやるさ。
いや、学院的には所属してるはずの人間が、死んでたと思ってたら生きてたと認定されてたと知ったら、はよ報告に来いや、ぐらいに思うってのはわかるよ?
だけど、身内への挨拶回りより、王サマ命令優先で当然でしょ。
なのに、ここまでイヤミったらしいことされるとねぇ……。
〔い、いいんですかいきなり。なんか喧嘩がっつり買いますモードに入ってますけど?!〕
だってさぁ。
延々待たされたのも、ひょっとしたらこの副院長さんの差し金じゃないかなーと思ったら、だんだん腹立ってきたのよ。
あたしはまだいい。
一つ気に食わない要素があれば、見る目は明後日方向に向かって曇るだろう。
ならばあたしが王命で奔走してたってのも、自由気ままに飛び回ってなかなか戻ってこないように見えてもしょうがないわな。
グラミィもまあ、あたしの運命共同体だからいい。
〔そこはよくないですと主張したいですー〕
なら、それに加えてコッシニアさんや、マールティウスくんまで巻き込むこともひっくるめてよろしくない、ってことにしてやろう。
一番悪いのはマールティウスくんを巻き込んでくれたことだ。
あたしらやコッシニアさんみたく、ルーチェットピラ魔術伯爵家の『一関係者』じゃないのよ、マールティウスくんてば。
曲がりなりにも魔術伯爵家『当主』なの。
爵位で言うなら同格相手を、しれーっと嫌がらせの巻き添えにしてくれようとか。いい魂胆でないの。
ならばもっふるたぬきの熱い思い、あたしがしっかり受け止めて全力投球、フルスピードで投げ返してあげようじゃないの。
千倍返しで!
「オクタウス殿下ぁ。かような出自もわからぬ婆などに、それほどまでに寛大なお心を示されるとはぁ。わたくしぃ、あまりのことに涙を禁じ得ませぬぅ」
よよと副院長は泣き崩れる真似を大げさにしてみせた。
……あのー。見るからにうさんくさいんで、ちょっとやめてくれませんかね?
視覚的公害に、学院長であるオクタウスくんもなんとも言えん表情してるし。
というか。
……もしかして。この人、これがいつもの態度なんですかね?!
オクタウスくんアゲのためにひたすら周囲をサゲるとか。バカですかアンタ。
サゲるのは自分だけにしとけば、なんて謙虚な人だというプラス評価がつくものを。
〔それ、もっと上手な印象操作の方法についてじゃないですか!どんなに上手でも下手でもやることが黒いのはいっしょですって!〕
どうせ見なけりゃならない、自分も一役演じなきゃならない舞台なら、少しでも鑑賞に堪えるレベルを求めたいだけですー。
「口を閉じよ、ドロースス」
「ですが、殿下」
「今、グラミィどのが話しているのはこのわたしに向かってだ。わたしが許しを与えた。それをそなたは蔑ろにするというのか?」
「いえいえぇ、そんなつもりは毛頭ございませぬぅ。されど殿下はいまだお若くていられますぅ。有象無象を見極めなさるにも、いっそうその目を研ぎ澄まされるには、いましばらく時が必要かとぉ」
悪びれた様子も見せず、深々と礼をしてみせるラピドゥサンゴン魔術伯。
てかもうこいつにさん付けいらんわ。
なんだよこの慇懃無礼もっふる。クウァルトゥスの傅役だったアークリピルム魔術伯みたいな立ち位置ならば、そりゃ主が未熟とあらば、諫言も時には必要だろう。
だけど状況を考えろって。
少なくとも、あたしら第三者がいる場所で、オクタウスくんが未熟だと馬鹿にするような口ぶりとか。取るべき態度じゃないだろに。
王族にわざと恥をかかせて何考えてんだこいつわ。
それと、気になるのはもっふるたぬきの向きだ。
オクタウスくんに向かって礼をとってるんで、こっちにケツが向くのは必然なんだが……なんかこう、無性に蹴とばしたくなってきますな。
蹴りたいケツ。文学性の欠片もない物体だけど。
〔ボニーさんがイライラすんの、よくわかってきましたー。なんかもう、お好きなようにしてください〕
匙投げんの早いってば。グラミィ。マールティウスくんも眉間に皺寄ってきてるけどね。
まったくもってあの王サマは。忠告してくるくらいするなら、その前に面倒事をなんとかしとけと申し上げたい。
内心ため息を吐きながら見ていると、オクタウスくんがあたしたちに近寄ってきた。
「シルウェステル師。ルーチェットピラ魔術伯。気分を害されるのも無理はないが、ラピドゥサンゴン魔術伯の非礼をどうか曲げてお許しいただけないだろうか」
「殿下、それはぁ」
「黙れ。ドロースス」
振り向きもせずにびしっと言葉を投げつけると、オクタウス殿下は深々と魔術師の礼をとった。
「殿下!」
マールティウスくんが驚くのも無理はない。
だって、これってば、オクタウスくんが『一魔術師』として、あたしに頭を下げたに等しいのだよ。
アウデーンスさんがやってみせた最敬礼並みの対応、いや王族と貴族との間にある越えられない壁を考えると、それ以上の敬意と謝意を示してくれるとか。
あたしでも想像すらしなかった事態だ。
「彼の所業はわたしの思うところにはない。それゆえ、シルウェステル・ランシピウス師。そしてルーチェットピラ魔術伯どの。どうかあれをどうか魔術学院の総意とお考えなさらぬよう願えぬか」
ああもう、悲愴な顔になっちゃってるよオクタウスくんてば。
むこうの世界じゃ学生気分の抜けなかろう年で、隔意ありまくりな年配な部下の暴走責任を取らなきゃいけないとか。大変だよね。
大丈夫。
きみが一生懸命、この言うこと聞かないもっふるたぬきをなんとか抑えてくれようとしてる努力は伝わってるから。
きみに対する好感度はあたしの中ではわりと上昇中だ。
それを意図してこのたぬきが悪意を振りまいているかというと。
……うん、きっぱり違うだろうけどね!
あたしは一歩ひくと、オクタウスくんに向けて、同じくらい深々と魔術師の礼をとった。
「『どうかお気になさいますな、殿下。触れねばわからぬ真実というものもございましょう』と申しております」
「……そう、シルウェステル師におっしゃっていただけるとありがたい」
姿勢を戻したオクタウスくんの肩から力が抜けたところで、副院長は表情を歪めた。
いろいろごめんね、信楽焼のたぬきくん。愛嬌たっぷりなきみと、この陰険もっふるは全然似てなかったや。どこが似てると勘違いしちゃったんだろうね、あたし。
「まったく、殿下はお甘いぃ。わたくしが非礼だとおっしゃるならば、彼らはいったいいかがかとぉ。名誉の負傷を受けられたとかいう、名誉導師どののお顔すら拝見できぬではぁ、のちのち障りもございましょうにぃ」
「いや、しばし待たれよ、ラピドゥサンゴン魔術伯」
「……おぉやぁ?無礼にも人の話を遮るとはぁ。彩火伯とあろうお方も、たいした子息をお持ちになられたようでぇ」
……あ゛?
い ま な ん つ っ た こ の た ぬ き 。
「魔術学院に威をお貸しくださっておられるぅ、トニトゥルスランシア魔術公爵家に対する謝意を示すでもないご様子ぅ。これではぁ、ルーチェットピラ魔術伯爵家も先が危ぶまれますなぁ?」
……今度はアーセノウスさんやマールティウスくんを直接馬鹿にしてかかるか、このたぬきは。
たかだか伯爵位のくせに、公爵家の威を笠に着た物言いをするとか。いったい何様のつもりかよ。
てゆーか、若かろうがお飾りだろうがなんだろうが、ここのトップはオクタウスくんじゃないか。
だからこそ、彼は一生懸命アンタの言動の責任まで引き取ろうとしてる。
それを、トニトゥルスランシア魔術公爵が統括してるとかいうかふつー?
そこまで他の魔術伯爵家や王族までサゲて回るか。……そーか、そーか。オクタウスくんアゲじゃなくって、自分の後ろ盾アゲ、そのためだったら全部サゲと。
「『これはご無礼を。未だフードも外しておりませなんだ。失礼の段はお許し下さいますよう。ラピドゥサンゴン魔術伯』」
「副院長とお呼びなされ、導師どのぉ」
ちょっと引いたら即座に落としにくるとか。あたしを名誉導師と呼んできたのも、やっぱりイヤミかこいつは。
「よさぬか、ドロースス!シルウェステル師は国への貢献比類なきお方だぞ!」
「『殿下に過分なお言葉を頂戴しまして、浅学菲才の、未だ人がましき見かけももたぬ身にも余る光栄。汗顔の至りにございます』」
フードを外して仮面と黒覆面を取り去ると、あたしは二人に向けてにこやかに笑いかけてやった。
同時に放出魔力を副院長にだけ向けてやる。
「な、な、な……」
「『おや、どうなされましたかな、副院長どの。ご気分でもお悪いのですかな?』」
グラミィの台詞に合わせて、さも心配げに軽く一歩踏み出してやると、硬直したままざーっと顔が青ざめていく。
あ、かっちょかっちょとかすかに音を立ててるのは、杖をこっそり靴の固いとこにぶつけてるせいです。骸骨が動くなら、骨同士がぶつかる音がするだろう。ってていで、セルフ効果音作成中。
だけどあんまりリアリティ追求しすぎたかなー。それ以上青たぬき化が進むと、ほんわかぱっぱしてくるぞ、もっふる。
あたしの考えが伝わったのか、背後でグラミィが笑いを噛み殺す気配がした。
それを自分に対する嘲笑と見たのか、たぬきの表情がめまぐるしく変化する。
……しっかし。三流以下だな、こいつ。なんでこんなのが王弟殿下についてんだ?
王子サマたちの弟っちゅーことは、王位継承権は比較的高くないとはいえ、オクタウスくんは王族。つまり外戚であるなんちゃら魔術公爵家にとっちゃ、次の王位も狙えなくもない期待の星と言えるだろう。
このドローススとかいうたぬきを、そんな大事な人間につけるとか。あきらかに大丈夫じゃないだろう。問題しか発生しない人事案件だぞこれ。
何考えてんだなんちゃら魔術公爵家。
そもそもあたしが骨だとか、膨大な量の魔力持ちだとかって情報は、バレてて当然でしょ?
それに謁見の間で、あの時はまだ魔術士団長で王弟殿下だったクウァルトゥスにもちゃんと喧嘩売ってんのよあたし。
王族に喧嘩売る骨が、魔術公爵ごとき、ましてや魔術伯爵になんか遠慮するわけないじゃん。
イヤミ言ったら反撃されるかもしんないって、なんで考えなかったかねぇ?
強圧的な態度で萎縮させたところで取り込もうという腹だったのかなーと考えられなくもないが。
だったら、残念でしたーとしか言いようがない。
イヤミにはイヤミを、悪意には悪意を、威圧には威圧を返すだけですよ、あたし。
こっちをなめてかかったから、手中に収めるのにこの手を使ったんだろうけど。はっきり言って悪手だ。
事前情報があったはずなのに、懐柔というやりかたをしなかったのは……やっぱ、マールティウスくんに対する軽視と、あたしに対する嫉妬が原因か。
で も 手 加 減 な ん か し て や ん な い 。
さらに距離を詰めてみたら、副院長はぷるぷるふるえる置物状態と化した。
眼窩で顔をのぞき込み、放出魔力をじわじわと増量サービスしてやる。
うっすらと脂汗をかきだしたところで、さらにダイエットに協力してあげようじゃないのさ。
「『副院長にもさらにご迷惑をおかけするやも存じません。どうか今後もよろしく願いましょう』」
今後が死後にも及ぶかもしれませんがね?
ぼそっとグラミィが毒を付け加えると、脂汗の筋が、たぬきの埋没しきった首から肩へ伝っていった。
「『生来の鈍骨ゆえ、副院長どののお言葉のご真意も、わたくしごときにはよく計りかねます。ですがわたくしもかような身になりまして、ようやくわかったことが一つございまして』」
「叔父上。それは、どのようなことにございましょうか?」
マールティウスくん、ナイスアシスト。
「『いかなる名槍もひとたび砕けたならば、ただの木と鉄の欠片になるということにございます。鍛冶屋によっては、穂先も鎌や馬鋤にでも鍛え直されるやもしれませんが、あいにくとそこまでは見極めておりませぬ。ラピドゥサンゴン魔術伯ならば、その深奥までご理解なされるやもしれませんな』」
意訳:あの世に地位はついて回りませんよー。いっぺんアンタも死んでみるかい?転生先の確認?お手伝いならいくらでもしてあげようじゃないのさ。
そうグラミィが伝えたとたん。
もっふるたぬき、泡吹いてひっくり返りました。
……リアル狸みたく、擬死モード突入したのかね?もしもーし。
〔ボニーさん、杖でつんつくすんのはどーかと……〕
えー。だってちょびっとしか仕返ししてないじゃん。
せっかく向こうが喧嘩売ってきてくれたんだ、むこうの世界由来の秘技、出張高価買い取りの構えで迎え撃とうとしてたのに。
どうしてくれるこの不完全燃焼。と思ってたけど。
「叔父上、どうかそのあたりでお戯れはおやめ下さい」
ふるえる声に振り返れば、マールティウスくんがしんどそうに笑いをこらえていた。
……マールティウスくんにストップかけられたんじゃ、しょうがないなー。彼の腹筋にダメージをこれ以上与えるのもどうかと思うし。
あたしが放出魔力量を元に戻してフードをかぶると、オクタウスくんが従者を呼んでもっふるたぬきを運び出してくれました。
はー、一人いないだけでなんか空気がスッキリした気分ー。呼吸してないけど。
と、後始末は必要だね。
あたしはあらためてオクタウスくんに魔術師の礼をとった。グラミィ、またよろー。
「『殿下の御前を騒がせました責は、わたくしにございます。どうか同行の者にはご寛恕をいただきたく』とのことにございます」
「いや、叔父上のせいでは!」
まったくもってその通りだけどなー。
マールティウスくん、建前って大事なのだよ。もうちょっとアーセノウスさんに教えてもらおうね?
「こちらこそ、シルウェステル師の寛大なご対応には感謝の念しかない。ドローススには必ず責を取らせるゆえ、その、彼の命は……」
「『戯れ言にございます。どうか殿下のお心を些事にて煩わせなさいますな。このような骨の身に何がかないましょうか。わたくしは、ただ、己が生を取り戻したいとのみ願うものにございます』」
ええ、そういうことにしときません?
直接的にも間接的にも、もっふるたぬきに手の骨なんか下しませんからご安心を。
てゆーか。あんな上司を馬鹿にするような部下ですら、ちゃんと命乞いしてくれるとか。いい管理職の器じゃないのオクタウスくん。
だいじょぶ。きみは、お飾りでは終わらない。
〔けっこういいですよねー。顔もかわいい系だし、王子さまだし!あたしも『推し』ですか?ファンになろうかなー〕
……そういう評価じゃなかったんだけどな。
発展途上とはいえ、国政に携わる王族としての責任感はちゃんと育ってるねーってことを言いたかったの。
だからちゃんと手綱とってね、という思いも込めて、将来性に期待しての評価だけどな!
もっふるたぬき個人だけじゃなくて、その背後に控えてるなんちゃら魔術公爵家も抑えてくれるならありがたいからねー。
ついでに言うなら、あんたは外見ばーちゃんなんだかんね。
それを忘れて、へんな距離なし行動すんなよ、元JK。
〔わかってますー。でもー、モブ位置できゃーきゃー言うぐらいはいいじゃないですかー〕
そのくらいならやってもいいけど。頼むからひっそりやってね。外見年齢と合わない行動ってだけで浮くのよあんたわ。
ほんじゃまあ、仕切り直しといきましょか?
あらためて席につくと話し合いが始まった。
といっても王サマからもらってきた紹介状がいい仕事してくれたらしくて、とってもスムーズです。
「そちらの令嬢がアダマスピカ副伯爵家のコッシニアどのですか。魔術学院へようこそ」
「初めて御意を得ます、オクタウス殿下。コッシニア・フェロウィクトーリアにございます」
コッシニアさんは綱を握ったまま、しずしずと淑女の礼をした。
彼女は、かつて学院にいた中級導師に、魔術の基礎から教わっている。
だから、実力的には魔術師としても文句なし。
なら魔術師として認めりゃいーじゃんと思うがどっこい。
文句をつけてくる相手ってどこにでもいるのよねー。筆頭:もっふるたぬき。
ならば、魔術学院から箔付けをしてもらえば、文句をつけてくるような相手を問答無用で叩きのめすことができるようになるじゃない?
あ、叩きのめすってのは比喩表現です。一応。
もっふるたぬき相手にやらかしたような舌戦にも武器は必要ってことで。
コッシニアさんてば、実戦も可能ですが何か?
一応、コッシニアさんが持つ魔術についての知識を魔術学院としても確認しておきたいということで、彼女は演習場で実技を導師達に見てもらうことになった。
だけどさー、知識の確認ならペーパーテストで十分だろうに、いちいち座学で行うより実践メインって。
やっぱり、魔術学院てば魔術戦力養成所としての機能を買われてるってことなのかね。
「では、その前に王命を果たしたく存じます」
「……なるほど。その者が、書状にあった密偵か」
コッシニアさんの言葉に、オクタウスくんはアルガの薄らハゲに目をやった。
コッシニアさんに同行してもらった理由のもう一つがこれ。アルガの監視役である。
これまでずっと『魔術師殺し』の二つ名持ちなアロイスが監視役を務めてくれてたせいもあってか、アルガがひっじょーにおとなしくて助かったんだが。
そのアロイスは現在別行動です。が、それも、王サマ命令があるとなればしかたがない。
ならば、同レベルの強力な監視が必要なんで、ある程度アルガの手の内のわかってるコッシニアさんに協力してもらいたいんですーとお願いしたら、王サマはあっさり許可をくれたのだ。
コッシニアさんにとっちゃ王サマの命令ってことになるけどね。
だが巻き込んですまんとは言わん。
アロイスの功績に付随するかたちになるが、コッシニアさんにも功績をくっつけとくのって大事なんだよねー。
なにせ彼女も、魔術士隊が魔術士団を抜けてまで師事を願ったスーパーテクニカル魔術師。ということになっている。
コッシニアさんが功績を得れば得るほど、アダマスピカ女副伯爵のサンディーカさん、寄親のボヌスヴェルトゥム辺境伯、そして魔術伯として彼女を庇護してるってことになってるルーチェットピラ魔術伯爵家、みんな名誉が加算されるかたちになるのだよ。
そりゃあ王子サマの自陣営強化計画の一環にもなっちゃいるんだろうが、あたしの味方をしてくれそうな面々の強化にもなるのだ、ぜひともがんばっていただきたいものである。
アルガもな。
では、真名付与の術式場へ移動を、ということになったんだが。
なぜか、すかさずその前にとばかり、達人の位階に到達した者であることを示すらしい金属の輪を、オクタウスくんから授与されることになりました。
しかも、周囲にぐるりと刻まれているのは、例の『骸の魔術師』という、王サマがよこした中二病ですかそれとも嫌がらせですかとつっこみたい二つ名を図案化したもの、なんだそうな。
これを授与されるのは魔術師としてすっごい名誉なことらしく、マールティウスくんも、コッシニアさんも、目をキラキラさせてお祝いを言ってくれました。
いや、いいんだけどね?
なぜにコッシニアさんの功績づくりに来て、それがかすむような名誉をあたしが与えられねばならんのだ。
じつにげせぬ。
もっふるたぬきにも、骨っ子にも、オクタウスくんにもいろいろ思惑がn倍になって返ってったようです。




