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魔術学院

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 王サマたちにいくつかの願い事を預けて(問題解決を押しつけたともいう)、あたしたちは魔術学院へと向かった。

 事情をあまり知らないらしい、王子サマ以外の王族の皆様&港湾伯親子は不思議そうな顔をしていたが、知ったこっちゃないです。

 あ、アウデーンスさんはタキトゥスさんにとっととお返ししました。

 そうそうずーっとくっついてこられても困るっての。


 なのに、頼みの綱一号ことマクシムスさんはなぜか王サマに引き留められてた。後から追いかけますので、先に行っててくださいと言われてしまった。

 いや、いいけどね。

 王族の皆様方だけで話し合わねばならんことなんて、あたしが持ち込んだ王サマ案件以外にもあって当然。クウァルトゥス(アホンダラ殿下)の処遇についてとか。

 そんな王国の機密なんて危険物、突っ込んだ首がいつ落っこちるかわかりゃしないじゃないですか。

 骨でもイヤですよ、そんなこと。

 それにどうせ、どこまで行ってもあたしたちが最後の最後で部外者に分類されるのはしかたのないことだし、あたしとグラミィの中の人が部外者どころか異世界人なのはほんとのことだ。

 知らんふりをしておいた方がいいことって、いくらでもあるものなのだ。どこの世界でも。


 アロイスだって、別のお仕事があるのだろうってのは同じか。なんかいつの間にやらアルボー再構築総責任者にまつりあげられてたみたいだし。

 王子サマの自陣営強化計画は着々と進んでるようでなによりです。

 

 そのかわりに、コッシニアさんが同行してくれることになりました。

 今んところ彼女は、この世界にはとても珍しい、魔術学院の紐が直接ついてない魔術師である。

 そのデメリットとメリットを考え合わせたら、魔術学院公認の魔術師ってことにしといた方がいいだろうってことでね。別件の用事ついでについてきてもらってるのだ。

 

〔王都の中もかなり悪臭が消えてる気がしますねー。寒いのはヤですけど、臭いのとどっちが我慢できるかっていうと、寒さの方がまだましですー〕


 最初に王都の中に入った時は、めっちゃ顔しかめてたもんね、グラミィ。


 ……えー、ただいまマールティウスくんの、というかルーチェットピラ魔術伯爵家の馬車で王都を移動中です。

 コッシニアさん本人は馬に乗って移動したかったらしいが、基本女性の乗馬ってめちゃくちゃ珍しいのよ。いくらユニセックスな魔術師のローブ姿だからって、悪目立ちはしないほうがよろしかろう。

 望もうが望まないがついて回るだろう、今後の貴族階級でのつきあいのためにも。


 そもそもこの世界において、普通女性は馬に乗るものじゃない。乗せられることはあってもだ。

 平民にとっての馬は農耕用動力だ。(すき)や荷車を牽いてもらうのがメインであって、乗るもんじゃない。

 一方、馬に乗るのが当然の階級、つまり騎士以上の身分の人々にとっても、女性が馬を(ぎょ)す男性に相乗りさせてもらうということはあっても、自分で馬を御することはない。というかできないというのが常識である。

 それが騎士道的な女性尊重思想によるものか、それとも乗馬能力を与えないことで、貴族女性が自力で逃走できる手段を排除しようという思惑が習慣化したためかは知らないけど。

 

 ちなみに。なぜ副伯爵家の御令嬢であるコッシニアさんが馬に乗れるのかっていうと、コッシニアのおとーさん、ルベウスさんがアダマスピカ副伯だった頃、馬車を置けないほどお家がびんぼだったせいなんだそうな。

 いやでもねー。一年に何回も使わない馬車を維持するより、騎士たちの実用品である馬を一頭でも、よりよいコンディションに置くことが大事というのがルベウスさんの考え方だったということも考えられるけどさあ。根っからの武人思考の持ち主だって貴族階級である以上、馬車の一台くらいはありそうなもんでしょ。

 ほら、貴族って体面重視で生きてるところがあるから。

 

 それもできないほど、おうちがびんぼだったっていうのは、ちょっと疑問を感じずにはいられない。

 ジュラニツハスタとの戦いが起きる前、つまり領地が荒れて税収が下がるようなこともなく、不作もコッシニアさんの記憶によれば聞いたことがなかったというし。 

 ……ひょっとしたら、幼児期にコッシニアさんが放出魔力(マナ)過多症で病弱だったってことも関係あったりして。いや口には出さないけどさ。

 原因不明のまんま、コッシニアさんの治療にお金かけてたとか。ありそうな話すぎるじゃないか。

 普通の病気扱いで対処療法なんかしてても、放出魔力過多で起きる症状なんて、絶対軽くならんもんなー……。


 いずれにせよ。

 健康になってから、行儀見習いのためアダマスピカ副伯爵家を出るまで、何度かあったというコッシニアさんの王都までの移動は、少年のかっこで馬に乗って移動するのが常だったんだそうな。

 王都にお屋敷なんて持てない副伯ですもの。寄親であるボヌスヴェルトゥム辺境伯の王都でのお屋敷に滞在させてもらうしかない以上、その間だけはドレスを着ざるをえない。

 だけど、出なければならない典礼儀式が終われば、即座にまた少年のかっこに戻り馬で帰ってたんだとか。

 そのせいで、『消える令嬢』という、やけにミステリアスな噂が出回ったとかそうでないとか。

 

 ……えーと。

 それ、いくら魔力制御能力をつけて健康体になったからってさ。

 それまで病弱だった女の子にさせるもんかね普通は?


 そもそも一般的な魔術師程度に放出魔力が多ければ、動物には警戒されるのが普通だ。神経質な馬に下手に暴れられたら落馬もするだろうし、命に関わる怪我だってしたかもしんないでしょうに。

 そうグラミィ経由で聞いてもらったら、ルベウスさんはコッシニアさんのお師匠様の伝手で、魔術師慣れしているおとなしい年寄り馬を安く手に入れてくれてたらしい。懐いてこそくれなかったけど、そのおかげで馬の扱いも一通りは覚えられました、という答えが返ってきた。

 まことにたくましい御令嬢である。

 もっとも、下手に馬にも乗れない一般的な貴族令嬢やってたら。戦乱の時代にコッシニアさんは命を落としていた可能性もあるのだよねー。

 それを考えると、ルベウスさんの教育ってば、サバイバルテクニック特化で正解だったのかもしれない。

 

 ということはだよ。

 10歳にもなるならずの頃から、コッシニアさんを、並みの貴族としては考えられない手段を使ってまで、ルベウスさんが社交の中心である王都にまで引っ張り出してたことにも意味があるんじゃないだろうか。

 主に生存可能性確保的な意味合いで。

 たとえば、礼儀作法を学ばせる名目で、コッシニアさんを避難させる先を探してた、とか。

 

 ……ありえそうで怖いなこれ。

 ルベウスさんてば、例のコークレアばーちゃんの妹だった後妻さんがけしかけたという、アロイシウスの夜這いからもコッシニアさんを守り抜いたという人だ。

 馬の扱いなんてこと、風にも当てぬ愛娘にさせてたまるか的溺愛方法じゃあ、コッシニアさんを守り切れんと早々に判断しての行動だったのかもしんない。


 ルベウスさんが策士型物理戦闘専門系貴族だったことを考えると、他にもメリットを見いだしてたのかもしれん。

 馬車を置かないことで、後妻さんの遠出を制限するとか。

 馬の乗り方なぞわからん後妻さんから移動手段を奪えば、お茶会だの舞踏会だのといった社交関係からも遠ざけることができる。

 なにせ相手は甥っ子と偽って自分の実の子を送り込み、コッシニアさんにけしかけた上に、平然とお家のっとりいいじゃない、みんな幸せになるんだから的な頭のわいたことを当主に向かって言い放ったおばさんだ。

 そんな人間に下手なことをされれば、おうちの体面にも関わるもんね。

 コッシニアさんを連れていれば、夫人同伴必須系の催し事でも面目は立つ。後妻さんの体調不良とか、理由をつけておけばさらに万全と。

 

 だけど、ルベウスさんのその懸命な努力も、成功とは言い難かったようだ。

 アウデーンスさんたちの口ぶりからして、いろいろ漏れてたみたいですね、噂。

 特に、ボヌスヴェルトゥム辺境伯の寄子間での、ルンピートゥルアンサ副伯家経由で社交名目で出歩いててたらしい後妻さんの所業とか、寄親であるボヌスヴェルトゥム辺境伯爵家の嫡男たちへやらかしたアロイシウスの振る舞いとか。

 ……ルベウスさん、南無。

 

 そんなトホホな昔話はさておき。

 あいかわらずの高低差とうねうねした道筋のせいで、今どこをどう移動しているのかよくわからんままに王都の郊外近くまできて、馬車はようやく止まった。

 あー、……さすがにぎゅうぎゅう詰めの馬車はしんどかった。


〔ボニーさんはミがないからいいじゃないですかー〕


 いくらあたしが骨だけのスレンダーボディ(遺体な身体)だからって、定員オーバーの馬車はきついって。四人乗りのとこに五人詰めてくるとか。

 お貴族仕様で、もともとゆとりを持たせた作りだったからこそ、詰められただけなんだからね。

 マールティウスくんは初体験だったんじゃないのかね、あのすし詰め状態?


 魔術伯家の家紋に気づいたのか、走り出てきた従者的な人に案内され、あたしたちはすぐに待合室へと通された。

 マールティウスくんが同行してくれてるおかげか、お茶がすぐさま運ばれてきたりと待遇は悪くなかった。


 ただ。

  

 ……。


 …………。


 ………………。


 …………………………。


 おっかしいなー。こんなに待たせられるとは思わなかったよ。

 マクシムスさんからも、緊急性の高いことですのでヨロ的な一筆をもらってきてんのよ?

 協力依頼状だって、高位の王族が片っ端から噛んでくれたオーバーキル物件。しかもルーチェットピラ魔術伯つき。

 なのに、こんなに短い冬の日が暮れてきてるって。何事よ?

 

「叔父上」


 ん?どした。マールティウスくん。待つのに飽きてきた?


「なにゆえに、あのようなことを陛下に願い出たのでしょうか」

   

 あのようなこと?!

 今後もタクススさんに力を貸してもらいたいってお願いしたことかな?

 理由はわかりやすいと思うよ。

 真面目にあたしは夢織草(ゆめおりそう)の二の舞を恐れてる。防ぐためにはどしても彼の協力が必要なのだよ。

 まさか王サマがノータイムで了承するとは思わなかったけど。

 というか、そのような願いは言うに及ばずとか、理由も聞かずに期間も助力内容も無制限に頷いてくれると思わなかったけどさ。

 

 それとも、大潮について予見を願ったのだから、礼を兼ねて星見台にも足を運びたい、なんてグラミィに伝えてもらったことかな?

 半分建前じゃあるけどお礼は大事でしょお礼は。

 あと、答え合わせも必要だしねー。

  

 いや、アルマトゥーラの教えを改めて乞いたい、って伝えたこともあるのかな?

 それにだってちゃんとした訳がある。

 確かに、今の全身骨格標本状態のあたしに、生前のシルウェステル師と同等の権利を公の場で保障することを宣言してくれたのは王サマだ。

 だがこの世界、国の正義を体現しているものは王サマだけじゃないのだよ。

 王権と同じくらい宗教ってのも大事なファクターだ。

 挨拶の一つや二つしておくべきでしょう、

 下手に無視してて、やっぱり死人は教義的に受け入れられませんー、とか言われたらまじでやばいのだよ。

 なにせ信者がみな敵に回られたら、財政的にも武力的にも大問題。

 ならばいっそのこと、宗教という一大勢力の懐深く飛び込んで、えらいさんとお近づきになっておこう、という腹もある。今のあたしにゃ内臓なんて欠片もございませんがね。


 全部もろもろひっくるめて、わかりやすくまとめるならこういうことになるだろう。


「『必要なことゆえ』とのことにございます」


 そうグラミィに伝えてもらうと、マールティウスくんは曖昧な表情のまま黙り込んだ。微妙に不機嫌そうなのはなんだろねー。


〔意外とボニーさんてば鈍感ですよね〕


 なんだとぅ?

 送った心話にも知らんぷりで、グラミィはマールティウスくんににっこり笑った。

 

「シルウェステル師が、マールティウスさまのお力を頼らず王家をお頼みしたのには、おそらく何か意味があると存じます」

「それは、叔父上のお心そのものか。グラミィどの」

「いえいえ。ただ、この婆の愚考ですじゃ。ですが、たとえば、王の直臣の方に力をお貸しいただくには、陛下に願わねばなんともなりますまい。されど、それはなにもシルウェステル師が、魔術伯も、ルーチェットピラ魔術伯爵家も頼りにしておられぬゆえではございませぬと推察いたします。さもなくば、本日も魔術伯にご同行など願われはいたしませんでしたでしょうに」


 グラミィの言葉を聞くうちに、ほんのりマールティウスくんの眉間から皺が取れていった。


〔アーセノウスさんもそうですけど、マールティウスさんだってかなりボニーさんのこと好きですよ?だから頼ってほしいんじゃないんですかー?〕


 ええー。

 なんだそのシルウェステルさんラブっぷり。しかも親子二代にわたってとか。どんだけガチなんだ。

 あ、でも、言っておかなきゃならないこともあるな。グラミィよろ。


「『グラミィの言のとおり。それより、マールティウスにはいろいろと動いてもらったことについて礼も言っていなかったな』」

「滅相もないことにございます、叔父上」


 言葉が足りなくてごめんねと頭蓋骨を下げたら、マールティウスくんは口元を緩ませた。

 貴族は基本相手に表情を読ませちゃ負けなんだけど、マールティウスくんてばポーカーフェイス苦手だもんねー。

 あと、それと。待たせられててヒマなのはわかるけど。


「『詳しいことは屋敷でまたゆっくり話そう。目のついている壁がないとも限らぬ』とのことにございます」

「……承知いたしました」

 

 グラミィに小声で囁いてもらったら、コッシニアさんともう一人も固い表情で頷いてくれた。

 そう、ほんのり放出魔力で遊んでたら、この部屋の壁もいろいろ細工が施してあるのがわかっちゃったんだよね。

 魔術師とその卵たちがわらわらいるような場所なら、魔術対抗用の仕掛けもあるかもなーと思って、構造解析や隠蔽看破の術式を顕界しなかったのは正解だったかもしんない。

 結論。魔術学院も今現在は要警戒対象と。

 この状況下で、こっちの味方についてくれてる協力者が一人でも増えること、信じられる相手であることは、とってもありがたい。

 

 なにせ、こんな油断のならない魔術学院も味方の頭数に入れて、相手にしなけりゃならんスクトゥム帝国の情報ってば、王サマたちが掴んでたこともかなり限定的だったもね。

 いったいどれだけ以前から、ジャミングかけられてたんだか。

 そのせいで、今のところ国際的情報戦は、完全にランシアインペトゥルスが後手に回っている。


 この状況で、三人組の出自らしきものが限定的ながらもわかったことはありがたいことだった。

 タクススさんが、三人の身体の人は農夫の出なんじゃないかと教えてくれたのだ。

 もともと騎士や従士の戦闘訓練でできあがった身体つきじゃないだろうとは、アロイスからも聞いてたことだったんだけどねえ。

 なにせ、物腰とか言葉遣いといった、一番身分や職業を見抜きやすいところが中の人に準拠してたせいで、アロイスも、おそらくはそのバックにいる暗部の方々も、それ以上は判断ができないと匙を投げた。

 それを拾ったタクススさんてば、筋肉の付きかた、胼胝(たこ)のでき方、骨格の歪み、そういった身体的なものに絞った上で、精細に職業を見抜いたのだ。

 毒薬師という職業柄、簡単な治療も施す必要がありまして、人体の仕組みについても多少の知識はございますと謙遜した口ぶりだったけど。いやいや相当なもんじゃない?


〔動きから中の人を推測できるボニーさんの方がヤバいです〕


 冷静に突っ込むなよグラミィ。

 あんたにだってできるんだし。

 そう、向こうの世界の知識があるならね。


 大剣男の剣の構え方だが、あれはおそらく剣道の経験者なんじゃないかとあたしは推測している。

 そこそこ長い剣を鞘から抜く時の動作が微妙にぎこちなかったのは、抜剣の動作に慣れてなかったのだろう。それだけなら武術の素人だと判断したと思う。

 だけど、長柄を両手で構えた時に、おやと思うほどさまになっていたんだよね。それこそ学校の授業でやった程度じゃおっつかない感じで。

 もう一つの理由は左手の傷だ。左手の人差し指と中指の腹、そして親指の付け根に浅いのがあったので、ついでに親指を腹を見たら、そこにも傷があった。


 日本刀は反りがある片刃だ。

 だから、抜刀動作の際に動きがぶれないよう、鞘の反りに刀の(みね)を沿わせて抜くという話を聞いたことがある。

 つまり、鯉口を切った時、抜刀する時、納刀する時、いずれもに左手の人差し指と中指の腹なんて斬ることはないはずなのだ。刀の峰が来る側だからね。

 うっかり斬るとしたら、左手の親指の腹か、親指と人差し指の股だろう。だからそこの傷は納得がいく。


 だけど、大剣男の持っていたのは両刃の直剣だった。

 むこうの中世ヨーロッパだと、長い剣でも剣身より短い間合いで振るえるように、(つば)に近い剣身には刃をつけてないものもあったと聞く。

 が、あたしがすっぱり二枚に下ろしちゃった彼の両手剣には、剣先から柄ぎわまできっちり刃がついてた。


 このことから考えて、あたしはこう推測した。

 大剣男の手の傷は、竹刀でやる剣道の経験はあっても、本身で行う抜刀や納刀についての知識のない人間が、うろ覚えな日本刀感覚で抜剣してやらかしたもんなんじゃないかなーとねー……。

 つまり彼が最初に剣で斬ったのは、おそらく自分の指。

 ……せつなすぎるもんがあって、涙をこらえきれん。爆笑の。

 いや、今のあたしに涙腺ないけどさ!

 

 長剣男は、(つか)の端っこを握ってたっけ。その妙な剣の持ち方に、ヲマエは聖火ランナーかと突っ込みたくなったものだ。

 日本刀を両手で構える時には、利き手の小指を柄頭(つかがしら)にかけることで刃先の微細な動きを操作する、なんて話もきいたように思うけど。片手じゃホールドが不安定に過ぎると思わなかったんだろうか。

 そういう意味では大剣男より素人っぽい感じはしたけど、足の運びは堂に入ったものだった。

 それを考えると、空手かボクシングか、立ち技メインの格闘技経験者じゃないかとあたしは踏んでる。(かかと)浮かしてからのダッシュも、盾持ったまんまなくせに体幹があまりぶれてなかったし。

 格闘技における自分の間合いをできるだけ伸ばすための道具として、長剣を扱っていたんじゃないかと考えると、あの妙な握り方にも納得がいく。

 いざとなったら武器全部投げ捨ててインファイト挑みにきてたりしてなー。真っ先に潰しといてよかったかも。結果論だけど。


 槍男だけは、動きを見ないうちに捕獲終了しちゃったんでなんとも言い難いが。

 ……バトントワリングの選手だったりしてな!


〔推測にオチをつけないでくださいよ〕


 ……半目のグラミィに突っ込まれました。ごめんなさい。


 真面目なことを言うならば、そんな個人の戦闘能力以上に重要なことがある。

 この道中の観察込みで得た結論だが、彼らにも、なぜこの世界に来たのかについての知識はないらしいということ。

 加えて、彼らはMMORPG系異世界転生感覚でいたみたいだが、その考え方、視点は同一だったのだ。

 一転生者、一ユーザという意味でね。

 そこで疑問ができるわけだ。


〔疑問ですか?〕

 

 じゃあ、メーカーサイドというか、ゲームでいうところの『運営(ゲームマスター)』、ランシアインペトゥルス王国への侵攻という『イベント』を企ててるのは、いったい誰なのさ?ってね。


〔……あ〕


 ね?

 スクトゥム帝国という名前からして、彼らの拠点は、おそらく他の国々や他民族を属領化してった歴史がある国なんだろうとは想像がつく。

 だから、おそらく周囲の国にとって、スクトゥム帝国が攻撃的で侵攻的な行動をとることに違和感を持たなかったのだろう。

 だけどそんなもん、ただのユーザが創造も維持もできるわけがないのだ。なにせ彼らは――今のところ確認できた範囲内での話だが――この世界の人間の中の人という立ち位置に立って、初めてこの世界に関与できている。ようだ。

 つまり、この世界の歴史に介入しようとするのなら、五年分なら五年間、十年分なら十年間、自分の人生……というか、身体の人の人生をすり減らす必要がある。

 

 で。

 この世界がむこうの世界における中世ヨーロッパレベルの文明であると考えると、人間の平均寿命はけっこう短い。子どもの死亡率が高いこともあるけれど、成人したって一つの怪我や病気が命取りになりかねんからだ。

 そんな状態で一ユーザが歴史に介入する?時の流れに押し流されて終了ってのが目に見えるようだわ。ゲーム上の設定をいじくるのとはわけがちがうんだもん。


 問題は『運営』がどんな相手なのかってことだ。

 ヴィーリたち森精みたいな、統合的な自我の持ち主でもない限り、スクトゥム帝国なんてもんを一人でこの世界に構築することはまずムリってことを考えると、おそらくは複数いるんだろうとは思う。

 だけどその人数も、能力も、なにもかもわからない。

 確実にわかっているのは、『この世界ではないところから、日本語を理解する現代日本人と覚しき連中を引っこ抜いてきて、この世界の人の中に入れることが大量にできてしまう』という、かなりトンデモな能力だけだ。


 ……ひょっとしたら、スクトゥム帝国の人間がオール『皇帝』って言い方されてたのも、『運営』を『ユーザ』に混ぜてわかりにくくするためだったんじゃなかろうか。アルガや三人組を置いて撤退してったらしい人間とか。

 自分たちをトカゲの尻尾切りして逃げるかもしれないような人間を、混ぜるな危険とつっこみたい。


 それに、あたりさわりのない情報を妨害材(チャフ)がわりに撒き散らす一方で、スクトゥム帝国の本丸に迫るような情報にはジャミングがかかってるってことを考えると、仮称『運営』サイドは、かなり長期間にわたってこの世界に関与していた可能性がある。

 これはスクトゥム帝国の近隣地方が帝国との交易や物流、人の流れといった交流にこれまで齟齬(そご)を感じてなかったってことも考えると、相当大規模な仕込みだろう。

 向こうに歴史改変能力といった、さらなるトンデモパワーがあるなら話は別だけどね。

 つか、そんな想定外な相手だったら、あたしゃ戦いよりも別のやり口を選ぶね。


〔逃げるんだよォオオオ、とか?〕


 それもいいかもねー。向こうが逃がしてくれるんならねー。

 

〔ですよねー……。わかってました〕

 

 それに、『運営』と敵対するのなら、もっとわからないこと、考えておかなきゃいけないことがある。

 彼らの狙いというか、目的はいったいなんだ?


〔え、えーと……『ユーザ』を遊ばせるため、とか?〕

 

 遊ばせてどーする。

 スクトゥム帝国が歴史的にはわりとちゃんとした拡大発展を繰り返してきた強国というなら、なおのこと。国力を着実に強めてきた国のありようと、皇帝サマご一行を増やすやり口は、あまりにもちぐはぐなのだ。

 一狩り行こうぜ感覚の人間を増やすのは結構だが、需要がなさすぎるという一点において。

 

 あたしが見た限り、この世界、というかこのランシアインペトゥルス王国は、よほど人気(ひとけ)の少ない場所でもなければ、人間以外の危機って少ないのよ。

 森に入れば、そりゃくまさん(仮)みたいな野獣もいたけどさぁ。

 生態学的にも危険生物に人間の生活圏が直接脅かされてる状態が続いてるのか、っていうとちょっと違う。

 むこうの世界における限界集落以上に、作物とかにも被害が出てるかというと……もっと謎だ。

 なぜかというと、人間の生活圏内にある森って、資源としてきっちり管理されてるのがほとんどだから。

 そんな森に野獣?むしろ猟師達の獲物ですが何か?

 

 グリグやコールナーたちのような魔物に至っては、この世界的には、一生に一度見たらずっと語り継がれるレベルで半分伝説的な存在である。そんな魔物を使い魔的サムシングとして扱うこともあるという魔術師の話は、そりゃ確かにベネットねいさんから聞いたことだけど。彼女の知識は読んだ本の受け売りだった。つまり情報としての鮮度は高くない。正確度は不明だが。


 なにより、魔物自体、数が少ないのだ。

 これは彼らの生活圏である魔力溜まりの少なさにも関係してるんじゃないかと思う。

 つまり、お家に突撃感覚で魔力溜まりにでも踏み込まない限り、人間が魔物に出会うことはほとんどないのだ。

 そして、魔力溜まりはそうそう人間が近づけないところにしかない。

 というか、ヴィーリに言わせれば、人間が多いところに魔力は溜まらない(意訳)というべきか。


 そりゃあこの世界の人間って、サルの魔物の進化形態だもんねー。なんの魔力制御能力のない人たちが、無意識で魔力の吸収と放出を盛大にやらかしてたら、どんな魔力の溜まりやすい地形だって溜まらんわな。

 澄んだ泉をぐちゃぐちゃに掻き回し続けてるのに濁ってる、おかしいって言うようなもんだろう。いつまでたっても澱なんて沈みやしない(魔力なんて溜まらない)

 魔晶(マナイト)?できるわけもないわな。

 

 それを考えると。

 アルボーを根城にする気満々だったあの三人組は、いったい何を一狩りする気だったのやら。

 ……コールナーを狩る気だったとしたら、あたしゃ本気で怒るよ。魔力強制吸収の刑に処すぐらいにはね。

 あれ手間がかかるし、こっちにも負担があるから基本やりたかないんだけどね。熱くしたタピオカドリンクを普通のジュース用のストローで飲めってくらい手間なんだもん。

 あ、だったら最初から魔力吸収陣にかけた方が早いか。お前もスムージーに変え()てやろうか?!ってね。

 

 そもそも、あの三人組だったら、あたしが手を出すまでもないかもな。低湿地帯をさまよったあげく、コールナーに出くわす前に、勝手に死にそうな連中だったしな!


 話を戻そう。

 一狩り行こうぜ連中は、ゲーム的に表現するなら、戦闘職であっても生産職ではない。まかり間違っても猟師とか言えんだろあんなの。

 というか、消費職?

 

 衣服も装備も食糧も、誰かが作らなければ存在しない。彼らはそれらを、ただ買って消費するだけの存在だ。

 そんな連中が増えれば増えるほど、その国の経済は苦しくなって当然というもの。需要と供給のバランス以前に生産が消費に追っつかなくなるからね。第三次産業従業者って、商人ぐらいしかいないのよこの世界。

 だからと言って、経済破綻まっしぐらな不良資産を自国の外に追い出せばいいというものではない。食い詰めたごろつきが溢れたと解釈されたなら、その国に対して不信感が生じるからだ。

 そもそもこの世界は封建制。人間も不良だろうがなんだろうが資産は資産なので、『逃げ出す』という行動には手厳しい。逃げ出した人間にも、逃げ出された国にも白い目が向けられて当然だ。

 

 この矛盾を解決する方法は……木を隠すには森の中とばかりに、国々の出入りをしてる商人を増やし、三人組のような連中を相対的に少なくみせかけるのが手っ取り早いだろうか。

 だけどそれでは根本的な解決にならない。生産職の確保、生産性の確保は必須だろう。

 

〔生産職の確保と生産性の確保って。どう違うんですかボニーせんせー〕

 

 生産職は、農夫などの生産者のこと。当然のことながら彼らが消費職の連中より多ければ多いほど生産量は増加するから、スクトゥム帝国は国として安定する。

 この世界をMMORPG的に捉えてる人間なら、生産職やりますって中の人もいるかもしれない。

 だけどここはゲーム空間じゃない。一日分の収穫を得るのにリアル一日かけなきゃいけないし、肉体労働だって、そりゃもうばっきばきに必要だろう。

 それを不条理ととるような中の人なら、一抜けた(転職しまーす)とばかり逃げ出すかもな。

 にも関わらずだよ。

 スクトゥム帝国ってば、ちゃんと『国』なのだよね。まだ破綻してないのだよ、全員皇帝(統治者=消費職)とかいう、わけのわからん状態だと思われてても。

 ということは、生産職はある程度確保されていると見ていいだろう。言い換えるならば、まだ生産者さんたちがちゃんと仕事していますってことだ。

 ひょっとしたら生産者のみなさんには、まだ中の人が入れられていないからなのかもしんない。可能性でしかないけど。


 生産性は、少ない生産職でも消費職の連中が消費するより多く生産できるようにすること。これが高ければ高いほど、冒険者気分でウェーイな連中が増えても国は維持しやすくなる。

 こっちに力入れてるならば、それこそむこうの世界の知識を持ってきて内政チートとかしてるのかもなー。

 だがこれにも大きな制限がある。

 ランシアインペトゥルスだけのことかもしれないが、この世界には向こうの世界より植物の種類が少ない。

 理由は簡単、向こうの世界は品種改良が盛んだったことと、大航海時代からこっち、プランツハンターなる人間が『新発見』された『新世界』の奥地まで入り込み、そこからたくさんの植物を持ち帰ったという歴史的な経過があったからだ。


 動物はともかくとして、この、植物相の多様性を確保するって命題が即座に問題解決できるかというと……どうだろう。

 どっからスクトゥム帝国にこれまでなかった未知の植物を持ってこれるのさ。

 ……まさか、それが目的で他国に喧嘩売るなんてバカな真似やらかしてないよね?!


 加えて、もう一つ疑問がある。

 むこうの世界における中世ヨーロッパで、農業革命が起きて作物の収量が増加したのって、手法のメインが『作り方の改良』によるものなのだ。

 よくある内政チートもので見られる、農具の改良とか、三圃制導入とか、堆肥の改良とかがそれに当たる。


 なぜ、むこうの世界で『作物の改良』である品種改良が行われなかったか。

 主な理由は天地創造説のせい。らしい。

 この世界を作った神様は完璧、だから、人間も動物もそれがありのままというか、もう変わることなどない存在と見なされてたっぽいというね。


〔まじですかそれ?〕


 マジらしいよ?

 進化という概念がないのなら、品種改良という発想が出ないのは、まあしょうがないんじゃないかな。進化って概念自体も、大航海時代にそれまでの生物学の体系に当てはまらない動植物がめっちゃ大量に『発見』されたからつじつま合わせのためにこね出されたものらしいし。

 不作対策?ああ麦は麦でも小麦大麦ライ麦いろいろ春と冬に作ればいーじゃん、みたいな感覚だったのかも。

 あたしに言わせりゃ農耕社会に移行したり家畜を作り出したりしただけで、十分人為的なもんが加わってると思うんですけどね?

 人間に懐きやすい狼が犬のご先祖になったとか。雑多な植物が入り交じる草原で落ち穂拾いすんのがめんどくさいから、穀物畑つくったとか。

 

 ま、それはさておき。

 トマト、ジャガイモ、サツマイモ。お米に大豆、トウモロコシといった食べ物も、この世界を隅から隅まで探せば、ひょっとしたら近縁種の一つや二つは見つかるのかもしらん。

 が、食べられるかどうかは別問題だ。

 アルボーで『最大の船』と自慢げに見せられたのが……あー、むこうの豪華客船に比べたら筏レベル?

 あの船の構造と大きさを考えると、沿岸伝いの渡航は可能でも、ヨーロッパ大陸とアメリカ大陸ぐらい離れた場所への航海は無謀かもしんない。太平洋横断なんてもってのほか。

 つまり、プランツ・ハンターの真似事をして、まったく違う自然環境に繁茂してる植物の種を持ち帰るのは、かなり難しいと考えた方がいいだろう。

 そもそもトマトやジャガイモがヨーロッパに入ってきたのは観賞用植物としてだったという。なぜそれらがなかなか食糧として受け入れられなかったかといえば、同じナス科でも、ヨーロッパ原生の植物の中には、ベラドンナのように有毒なものが多かったから、で……。


 ……。


 …………。


 ………………。


 なるほど。毒か。毒ねぇ……。


〔悪い顔になってますボニーさん!〕


 イヤイヤイヤイヤ。

 タクススさんに相談することができただけですー。

 今んところ可能性でしかないが、うまく行けば、スクトゥム帝国の連中に大打撃を与えることができる手段を見つけたかもしらんのよ。


〔マジですか!〕

 

 ただし、問題がある。

 それは、何をどうしても、ガワにさせられたこの世界の人たちにババを押しつけることになってしまうということだ。


〔死者が出る状況になるってことですよねそれ〕


 健康被害程度で留めたいところだけどね。

 可能であれば、の話だが。

前話、「タクススの杯」の同時間帯の骨っ子たちの様子です。

いろいろ考えちゃいるようですが……相変わらず、どうにもドス黒いです骨っ子。

ちなみに、ナス科植物の毒については一部リアル史実です。

現在メジャーになっているトマトにも、トマチンというアルカロイド系の毒成分が含まれてるそうです。

完熟さえしていれば、実には問題ないようですが。

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