表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/372

会議

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 王サマの側にでも控えているかと思ったクウィントゥス殿下は、そこにはいなかった。

 けっこうな下座?だけど。王サマと同じような顔芸すんのはやめてもらえませんかねえ王子サマ。

 ……で、そのお隣にいらっしゃる星霜の重厚さを醸し出してるようなお方は?


「父上!」


 歩み出たのはアウデーンスさんだった。

 え、父上、ってことは、つまり、このかなりお年を召した方が……ボヌスヴェルトゥム辺境伯タキトゥスさん?!

 アウデーンスさん、あんたいったいいくつの時の子だ。


「父上の本復のご様子をかように間近で拝見いたしえるとは。このアウデーンス、吐息にふたがれていた胸も広がる思いにございます」

「心配をかけたか。アウデーンスはよくつとめてくれたようだな」

「もったいなきお言葉にございます」

 

 異国からもたらされ、最初は解毒方法すら見つからなかった毒に苦しんだ父と久しぶりに顔を合わせた子との会話としちゃあ堅苦しいが、むしろコッシニアさんとサンディーカさんの再会が劇的すぎたのかなー。あっちは死亡確定に限りなく近いと思われた行方不明(MIA)状態が10年近く続いてたんだし。

 アウデーンスさんも興奮してないわけじゃないしねー。王サマより真っ先に父親の側に寄ってくほど礼儀作法を忘れるくらいには。

 マールティウスくんはタキトゥスさんに軽く目礼すると、王サマとその両脇に座を占めている人々へ優雅に魔術師の礼をとった。あたしとグラミィも倣っておく。


「陛下におかれましてはご機嫌麗しきご様子、臣下として慶びにたえませぬ。またセクンドゥス殿下におかれましては、格別のご配慮を頂戴しまして奉謝のしようもございませぬ。テルティウス殿下も御平癒なさいまして何よりにございます」

「マールティウス、まこと大義であった」

「わたしは内務卿としてなすべきことをなしただけだ、ルーチェットピラ魔術伯。こなたも此度はルンピートゥルアンサ副伯討伐への助力、ご苦労であった」

 

 王サマの言葉に続けて軽く頷いたのは先王の第二王子、内務卿殿下らしい。王サマより青みが強い碧眼と、夕焼けの残照のようなかすかに赤みがかった金髪と髭が印象的な、なかなかのイケオジだ。


「わたしの本復も、シルウェステル師の輔助あってのことと兄上より伺った」


 長く伸ばしたプラチナブロンドを金属の輪で留めた、魔術師独特のヘアスタイルをしてる、こちらの細身なおにーさんは……お話の内容からしますとタキトゥスさんともども夢織草トラップにひっかかってたという、外務卿のテルティウス殿下ですな。

 妖怪暖炉舐めからの人間復帰、おめでとうございます。


〔妖怪暖炉舐めて……〕


 肩が震えてるぞ、グラミィ。

 

 しっかし、ここまで王族の皆様総出でお出迎えしていただくとは思いませんでしたよ。

 こうやって並ぶと、王族の皆様も髪や瞳の色合いが、バラバラのように見えて実は微妙にグラデーションだというのがよくわかっておもしろいもんである。

 マクシムスさんも含めると、黒銀から白金、はては赤みが濃い金髪となかなかに華やかだ。瞳の色もブルーブラックからアイスブルー、深緑にパライバトルマリンとはね。

 魔力(マナ)の傾向はなんだかほぼ真っ二つに分かれてるようですが。


「改めて、此度(このたび)のルーチェットピラ魔術伯家のはたらき、別してシルウェステル師の果たされたすべての偉業に深く謝意を述べたい」


 いえいえー。それほどのことでもありますが。


〔あるんですね〕


 ないといったらそれこそ大嘘になっちゃうでしょうが。

 だけどね。グラミィ、通訳よろ。


「失礼ながらよろしいでしょうか」

「申してみよ、グラミィどの」

「クウィントゥス殿下直々に、シルウェステル師の舌役としての発言をお許しいただきありがとう存じます。師によれば、『わたくしごときが行い得たことなど些事(さじ)にございますゆえ。どうかご放念くださいますように』とのことにございます」

「些事だと?!」


 王子サマが吹き出した。


「無礼であろう、クウィントゥス」

「これは失礼を。しかしセクンドゥス兄上、これは笑わずにおられましょうか。アダマスピカ副伯爵家安泰への道を(ひら)き、ルンピートゥルアンサ副伯討伐を密行し、ピノース河のほぼすべてを結界で覆い、アルボーの水没を止めたことすら些事と言われては!」

「それは確かに」


 テルティウス殿下もうっすらと笑みを浮かべた。

 

「わたしやタキトゥスどのの身も救い、スクトゥム帝国の策謀すら止めた活躍すら些事と言われては、シルウェステル師にとっての大事とはいかなることかと悩むところだ」


 えー……。

 そういう方向に解釈されちゃうとは予想外すぎ。


「『夢織草(ゆめおりそう)なる毒を特定し、治療を施されたのは、陛下にお仕えする薬師(タクススさん)方々(愉快な仲間たち)と聞き及んでおります。またルンピートゥルアンサ副伯を討伐したのはウンブラーミナ準男爵(アロイス)でございますし、アダマスピカ女副伯に援助を続けておられるのはルクスラーミナ準男爵(カシアスのおっちゃん)にございましょう。ピノース河の氾濫を鎮めたのは、星詠みの旅人(ヴィーリ)のご助力あってのこと。わたくしが行い得たのは、ほんの一部に過ぎませぬゆえに些事と申し上げました』とのことにございます」


 ……。

 あれ。なんで微妙に不機嫌そうな顔になるのさ王サマ。王子サマもさ。

 ほんとのことしか言ってないじゃん。


「まったく、シルウェステルも素直に褒められておけというに」


 えー。ヤですよそんなん。


〔裏がありそうだからですか?〕


 わかってんじゃん、グラミィ。

 そもそも目立つような功績はいらんと、最初から王サマにも王子サマにも、何度も言ってるっちゅーに。

 それを王族(兄弟)港湾伯(タキトゥスさん)親子ぐらいしかいないところでとはいえ、さんざか持ち上げてくれやがりなさるとは。

 あれかね、君ら。秘密の宝物を自慢したい小学生男子(ダンスィ)かっての。

 評価を上げときゃあたしたちが逃げないとでも考えてるのかもしらんが、そこまでして囲い込みたいのかとつっこんだら、肯定しか返ってきそうもないから口にも出さないけど。

 いや、声なんて出もしない骨ですがね、あたしゃ。

 

 王族の皆様がたからの声が止むと、タキトゥスさんもこちらに黙礼をしてきた。

 おはじめましてー。

 初対面から不審人物でごめんねー、今日も黒覆面に仮面にフードとあたしは重装備です。

 手袋?新しいのを用意してもらいましたさ。骨が露出しないように。

 だけど、タキトゥスさんの目は静穏なものだった。


「息子ともどもシルウェステル師には大変世話にあいなった。このボヌスヴェルトゥム辺境伯タキトゥス、シルウェステル師に衷心(ちゅうしん)より感謝申し上げる」

 

 ええ、アウデーンスさんにはたっぷりご迷惑をかけられました。

 いや、そりゃぁ確かにアルボーの治安維持とか手助けもしてもらえたんですけどね?

 だけどそれ以上にたいそうお世話いたしましたので、チャラというよりこっちの持ち出しが多いと主張したいです。

 何よりお家騒動に巻き込もうとかしないでいただきたい。とチクってやろうかと一瞬考えたんだが。

 

 ……このタキトゥスさんてば、自分ちの跡目争いを後継者候補たちの能力試験がわりにしてる人なんだよね。下手すると他家の紐付きをどうやって自分の陣営に取り込もうとしたか、そしてできなかったかというアウデーンスさんの評価要素にしそうな気がする。

 ここは、当たり障りなく無難な挨拶をマールティウスくんからしといてもらおう。

 理由は簡単、あたしゃ港湾伯家の人間は、アウデーンスさんと、今日初めて顔と頭蓋骨を合わせたタキトゥスさんしか知らんからだ。

 あたしの個人的な味方になってくれる可能性がありそうな人間には、とりあえず友好的に接しとくというのは大事な基本姿勢ですので、アウデーンスさんに不利になるようなことはさしひかえておこう。

 

「まずはご報告を申し上げます」


 あたしたちが座ると、アロイスがうやうやしく書類を王サマに差し出して概略を説明し始めた。ちょくちょく王サマたちから質問が飛ぶたび補足説明が挟まる。

 説明をアロイスともども挟んでるコッシニアさんは、あたしに同行してもらってた間の監督官としての報告を上げるという名目兼、アダマスピカ女副伯(おねーさん)のサンディーカさんの名代も努めてもらっている。

 スクトゥム帝国の手がグラディウスファーリーにも及んでいたと思われること、グラディウスファーリーが南のランシア山越えに侵攻してきたことすら、スクトゥム帝国が北のフリーギドゥム海側から複数の密偵どもを送り込むブラフに使われていたかもしれないという彼らの分析報告には、さすがに満場一致でみなさん苦い顔である。

 帰ってくる前にアロイスが鳥便でだいたいのところをまとめた報告を、前もって送ってたでしょうに。当事者たちから直接聞くとまた精神的にクるものがあるのかしらん。


「シルウェステル師に訊く」


 ハイなんでしょう王サマ。ちなみにあたし悪くないですからね?あたしが何か起こしてるわけじゃないですっていうかむしろ巻き込まれてる側ですからね?アロイスたちが説明してくれた通りですからね?


「スクトゥム帝国は、今冬の間動くと思うか」


 あら。ちゃんとした質問でしたな。


 ……正直言って、予測はかなり難しい。が、あたしは7:3ぐらいで大軍を動かすことはたぶんないだろうと見ている。

 

 いや。この予測も、かなり破天荒ではあると思うよ?

 だって歴史的な定石で言うなら、馬が移動手段のメインを張ってる時代って、冬に戦争をする奴ぁいないのよ、基本的には。危険だから。

 だって、雪積もってんのよ、足場悪いのよ、馬車動かないのよ?

 移動だけ考えても、何千何万とかいう騎士たちへの輜重(しちょう)なんて困難だし。かといって一人一人が携帯可能な程度の食糧だけで、国境どころか地方間を越境してきて短期決戦とか。ムリムリ。

 戦場周辺の畑だって、略奪しようにも作物はない、逃げた人が食糧を残してくわけもない。

 雪と雨と氷でぬかるめば、戦闘で出る被害も想定以上に甚大になるだろう。

 かように不特定要素が増える以上、大軍同士の磨り潰しあいになるような戦いを避けるのが、労働力としての人間と食糧の消費を自給可能範囲内でできるだけ抑えたい国の上層部としては、まっとうな判断というものだ。

 

 だが、問題は、むこうの頭の中身なのだ。 

 スクトゥム帝国の皇帝サマたちが、どこまでむこうの世界における知識に縛られてるかによって、彼らの動きは決まるだろう。

 だけど、彼らがどんな知識を持って、どう動こうとするかはすごく読みづらいのです。

 

 歴史ヲタや戦略系ゲーム好きなら、冬の間はリスクを重く見て動かない、んじゃないだろうか。

 だけど相手は全員異世界転生者と言われてる。それがほんとだとしたら、工業系生産加工能力のある人間が複数人協力しあえば、輜重に必要な運搬手段の改良や道の整備は、ある程度可能なんだよねー。

 頭悪くも人数揃えて、物量作戦で冬のランシア山を越えてこようとか考えてこられたら、もうどうしようもないのだ。

 あの山砦は確かに堅固だし、雪が積もればさらに攻め手に不利となる。

 だけど、絶対に抜けないという保証はどこにもない。

 もし皇帝サマご一行が実行するとしたら、どこのアルプスを象で越えたハンニバルかよヲマエらと小一時間問い詰めたい気分になるけど!

 むこうの世界の史実だったあれだって、たしか過半数以上の犠牲者が出た愚行だから、世界史の教科書にのってるようなもんだものなー……。

 

 ちなみに、むこうの世界の技術を実現応用できるとしても、それは『ある程度』であって、『完全に』ではなかろうという推察の(もと)はといえば、この世界における技術と、むこうの世界における技術の間にある、それはそれはあまりにも巨大すぎる隔たりのせいである。

 皇帝サマご一行が全員、あたしたちが知る現代日本レベルの技術が実用化されてた世界からおいでになったとしてもだ。魔術なんてステキ仕様以外は、中世は中世でもルネサンス期みたいに文化や技術も欄熟してないというか、むしろ中世初期のヨーロッパに近い――お茶やコーヒーのような嗜好飲料などはなくて、ノンアルコール飲料といえば、水かお湯、良くて酸っぱい果汁か薬草茶のみというのは、シルクロードのあった帝政ローマ期と比較しても、他の文化圏との接触が少ないってことだ――こっちの世界にまんまなんて応用できないのだ。

 半導体?うまいのそれ。どころか、ネジすら作れるかどうか不明なレベルですよ。専用の機械がないし、おそらくその機械の部品すら作れもしないだろうから。

 つまり銃すら作れない。


〔なぜに具体例が銃なんですかー?〕


 日本に火縄銃が伝来したとき、ネジ切りってのは秘術扱いだったので、刀鍛冶の一人が自分の娘を与える代わりに技術を教えてもらったという、嘘かほんとかわからないエピソードを覚えてたから。

 無駄知識だけは豊富ですあたし。


逸般人(いっぱんじん)方向にでしょ!まったくもう、ボニーさんてば!〕

 

 はっはっは、否定はできませんな!

 

 ともあれ。 

 基礎技術というやつは、そこそこ発達しない限りは、その世界全体の科学技術水準上昇につながらない。

 たとえばエネルギー。原子炉の構築なんてもんは問題外として。

 子ども工作教室レベルの発電機を作るならば、最低でもコイル部分の銅線と強力な磁石、あと動力源があれば、まあ作れなくはない。

 問題は動力源だが、さて何にすればいいのやら。

 石炭ならば鉱山が見つかれば、あとは人力で掘ろうと思えば掘れなくもない。

 ただし、機械に肉体労働を代替することに慣れきってしまったむこうの世界の転生者が、キツイ仕事だってことだけは知識として知ってる鉱夫の仕事を自分の手でしようと思うかねー?

 天然ガスや原油が自噴してるような場所が……まあ存在しないとは言い切れないけどさあ!どちらも生身の人間には、ものめっさ毒なんですってば。

 つまり燃料として使えるように精製する設備より前に、無事に採取できる設備が絶対必要。

 で、どうやって作るのそれ。近寄るのも危険なところにどう設置すんのそれ。


 火力発電ならばさらに水蒸気タービンなんかも必要になるんだろうけど、それには水蒸気の圧力に勝てる強靱な素材が必要だし、蒸気機関をすっとばしてエンジン機構と発電モーターを直結しようたって、エンジンを作る必要があるし、それにも内部で燃料を発火・爆発させるのに耐えるだけの強靱な素材が不可欠となる。

 比較的装置が単純という、河の水流を利用した水力発電を思いついたとしてもだ、安定した電気供給を行うには電線が必要になる。おそらくはコイルとは比べものにならない大量の銅が。

 で、どっから持ってくんのさそんなもん。


 孔雀石(マラカイト)藍銅鉱(アズライト)……は宝石の仲間だからおいといて。

 黄銅鉱などの銅鉱石が見つかったところで、下手な精錬なぞしたら、この世界初っぽい鉱毒事件が発生するくらいは理解できるでしょうに。電解冶金なんて設備を整えない限りできるわけないし。

 それはレアメタルが必要らしい超強力磁石や鉄だって同じこと。


 つまり、むこうの世界にあったものを作るには、それを作るための原料が必要だが、その原料を入手するには、むこうの世界にあったような設備や機械が必要という、ぐるぐループ状態になってしまうのだ。


 そりゃまあこの世界だって、鍛冶屋がないわけじゃないから、鉱山があって、鉱石が流通してるってことは確かなんだろう。アロイス達が鎖帷子や剣を身につけていることから判断できるように、そこそこの精度の鉄製品が造れる技術があるってことも、同様のことが貴金属にも言えるだろうってこともだ。

 だけど、仮にむこうの世界の技術者が鉄工職人組合(ギルド)員みたいな人の中に入れられて、その流通ルートに手が出せたとしてもだ。

 果たしてまともな加工品が造れるだろうか?


 そう、むこうの世界において、工業形態は効率化を求め、技術が進歩するにつれて分業化していった歴史がある。

 一貫製造ラインを自社内に持っている企業の従業員が、全員最初から最後まで製品を組み立てることのできる技術の持ち主かというと、そうじゃないことを考えたらわかるだろう。

 作業効率を求めての分業制の発達は、狭い範囲の熟練者や専門家を増やした。それはある意味専門バカが増えたことと同義である。


 専門バカというのは、自分の専門分野以外のことはほとんど知らない人間だ。

 たとえスクトゥム帝国の皇帝サマご一行の中に、鋳鉄や鍛鉄のノウハウを持った人間がいたとしても、彼らに燃料計算ができるとは限らない。なにせこの世界、燃料は基本木材だ。鍛冶には木炭が使われてるようだが、炭にするともとの薪の数分の一にしかならんのよ。

 薪すら採取制限をして、森を維持している状況で、だ。

 木炭を大量に必要とする鍛冶仕事がどれだけできることか。


 そんなことすらわからない、狭い視野と自分の技術に対する過信しかない人間なら、要求される量の鉄を揃えてみせるかもしれないね。瞬間風速的にだけど。

 ただし、大量に木を伐採したせいで、それ以上の製鉄が不可能になるどころか、森の生態系を崩し、農村の食糧自給生活まで破壊しかねないという激しいデメリットつきだ。

 だけどねー……。

 このあたりの問題も、あの三人組みたく、この世界をMMORPG感覚で捉えているなら、なおさらリポップ頼みとばかりに無茶しそうな気がするんだよねー……。

 

 そもそも、生産系ノウハウ持った人間がピンポイントでスクトゥム帝国にいたとしても、むこうの世界の産業人口比率的に考えるなら、そうそうばかすかいるとは考えにくい。

 だったら、精錬用の高炉や転炉が造れる技術者が一人や二人いたって、彼らだけで鉄のインゴットすら作れるのかって話だ。

 結論。MMORPGで生産系を極めたらチートな英雄になりました、って感じの生産無双なことを、この世界で、しかも個人単位でやるのは、まずムリなんじゃなかろうか。

 職人組合単位で年月をかけ、技術と情報と人手を共有したって、……難しいと思うよ?

 

〔魔術でも金属が造れたじゃないですか〕


 ……あのねグラミィ。量を考えなさいや量を。

 コッシニアさんの作り出す(やじり)って、あれ一個数グラム程度しかないんだよ。あのアルガの短剣すら、二本あわせて1㎏あるかないかだ。

 そして、魔術師というのは希少価値が高い人材だ。

 このランシアインペトゥルス王国は領地だけで言えばランシア地方の三分の二近くはあるだろうが、魔術師の発生比率を人口から割り出したら、魔術師の人数なんて泣けるほど少ない。それこそ魔術学院生という、魔術師見習いを王家が囲い込んでても、王都の生活人口の5%以下とかねー。

 それはおそらくスクトゥム帝国でも同じことだろう。

 貴重人材を過労死させるほど、国家プロジェクトで無理矢理金属を顕界する術式を魔術師たちに覚えさせて作らせたとしてもだ。一年かけても数百㎏顕界するのがせいぜいなんじゃないかな。

 つまり、剣だけと考えても数百人分、下手したら数十人分しか作れない。

 しかもその間、国家プロジェクトに従事している方々は、他のことには使えない。

 戦争準備と同時並行することを考えたら、あたしなら諦めるね!

 

 現実的に考えるならば、むこうの知識をフル活用したとしても、『戦闘装備を整えたスクトゥム帝国軍が、今年の冬にランシアインペトゥルス王国まで押し寄せてくる』ということはまず、ない。

 それが、判断の七割の理由。

 

 だけど、三割が本気で読めないのだ。

 たとえば、彼ら全員が自分を『皇帝』と認識しているのなら、国の上層部の判断なんてご立派なしろものは発生しない。というか発生しようがない。

 そうなると、採算度外視、デメリット上等とばかりになにをやりだすかわからんという怖さがある。

 この世界をゲーム的な何かと考えてるなら、むしろレイドイベントヒャッハーな勢いで来てもおかしくはない。

 技術的限界のせいで初期装備がひのきのぼうレベル?

 縛りプレイが大好物ですって人間にとって、それはむしろボーナスチャンスだろう。

 ならば、死に戻り上等で磨り潰されに来るかもしんないのだ。死んでもこの世界に戻ってこれると根拠なく信じ込んだならば。

 そして死を恐れない兵ほど面倒なものはないのだよ。

 

 いや、その場合にむしろ怖いのは、例の三人組みたく少人数の越境者だろうか。

 想定する敵が『大軍の強襲』ではなく、『少人数の斥候や密偵の侵入』だと、話は大きく変わってくる。

 言ってみればレイドイベントは人数が揃わないと起きないが、パーティ個別のクエストは存在するってな状況だったら、それに乗る皇帝サマご一行も……けっこうな数でいるかもなー。

 そもそもあの三人組も、そういったほぼ捨て駒仕様の斥候目的だったんじゃないかと思うしねぇ……。


 死兵と斥候兵ないしは密偵が存在する可能性についてグラミィに伝えてもらうと、王族の皆様は一斉にため息をついた。

 タイミングといい、表情といい、じつによく似ていることで。これが王家の血のなせるシンクロ()か。

 いや、タキトゥスさんとアウデーンスさんも、目頭もみもみしてる動作がそっくしなんですが。


「いずれにせよ、国境の備えを固めた方がいいということか」

「フルーティング砦とアルボーの再建を急ぐか。マクシムス」

「は」

「魔術士団より魔力の多い者を借り受けたい。大規模工事に慣れている者、築城術に詳しい者を選んでくれ」

「かしこまりました、陛下」

「騎士団からも人を送ろう。聖槍の輪を監視する必要がある」

「アルボーへは当家からも手勢をお出しいたしましょう」

「そうか。ならば……港湾伯。ウンブラーミナ準男爵、いやアートルム騎士団部隊長の指揮下に入ってもらうことになるが頼む。港湾伯領の隅々(すみずみ)にも目を置くように願いたい」

「陛下の仰せとあらば」

  

 驚いた顔のアロイスはさておき、国として手堅く対策をするとしたらそんなところだろうね。

 あとは、他国との情報共有が必要かと思うが、そのへんのことは王サマたちが考えるべきことだろうから、あたしゃそれ以上言いませんことよ?


〔内政干渉になるからですか?〕


 違う違う。下手に口を出したら、こっちにもお鉢が回ってきかねんのだ。

 口出ししなくても回ってくるだろうけど。

 なにせ王サマ案件以外にも、いろんなお願い事持ってきてるからねー……。はあ。

 

「スクトゥム帝国だけでなく、グラディウスファーリーの内情を探るにあたりましても、シルウェステル師が申し上げたきことがおありとのことにございます」


 マクシムスさんが振ってくれたおかげで、アルガに真名の誓約をかけて情報源にしましょう計画は、スムーズに議論の俎上(そじょう)に上げることができたけど。

 

〔でもあれ、なんだかんだ理屈つけてても、ボニーさんがアルガさんを殺したくないだけでしょ~〕

  

 ……バレてたか。


〔だって、ボニーさんてばあたしたちの利益になることしかやろうとしないじゃないですか。とことん自己中ですよねー〕


 はっはっは。もっと褒めろ。


〔褒めてません!〕

 

 確かに情報収集の手段は、アルガの口を割らせる以外にもある。

 アルガを殺したくないから、彼が持っている情報の価値を言い立てたことも否定はしない。

 

〔出会う人出会う人、みんな助けたがるって性分ですか〕


 というかね。

 この骨の身体になってると、生命って尊いなーと思うのよ。

 生きてる人間皆推しメン。黙っていても周囲360°がオール推しというのは、ある意味鼻血噴出しそうなほど幸せな環境かもな。あたしの(からだ)にゃ血は一滴も流れてないけど。


 グラミィが咳払いをした。吹き出すのを我慢したんだなー。


〔わかりました?〕


 うんうん、えらいえらい。


 ……まじで、タキトゥスさん(港湾伯)やグラミィのようなじーちゃんばーちゃんの身体だって、生身ってだけで今のあたしにゃ垂涎の一品なのだよ。水分含有量が低いからよだれも出ないけど。 

 だからこそ、戦争は起こしたくないし、殺し合いも見たくない、という滾る欲望のまんま突っ走ってるのは自覚してるよ?

 あたしやグラミィの身の安全が優先だけどな!

 いのちたいせつ。そこは譲らん。


 グラミィやアロイスによる見事なプレゼンの甲斐あって、王サマから、魔術学院へ魔術士団およびシルウェステル師あたしたちへの協力を依頼する書状をゲットすることに成功ですよ皆様(誰や)。

 おまけに直筆書状。しかも、王サマだけでなくセクンドゥス(内務卿)殿下やテルティウス(外務卿)殿下、クウィントゥス殿下(王子サマ)タキトゥスさん(港湾伯)マールティウスくん(魔術伯家当主)の連名つき。

 さらっとごまかしたが、あたしが夢織草の解毒の功績者ということが伝えられてる以上、夢織草トラップの被害者であるテルティウス殿下や、タキトゥスさんの署名が添えられるのはまあ納得がいく。マールティウスくんは叔父上(シルウェステルさん)への協力、という意味合いがあるんだろうし。

 だけど、ほぼ初対面のセクンドゥス殿下が署名を加えたのは、内務卿として国の問題として口添えを学院に送る、という名目であたしたちに利益供与する(恩を着せる)つもりだったらしいし、クウィントゥス殿下はクウィントゥス殿下で、魔術士団と騎士団との関係改善のため、という形でマクシムスさんに恩を売ることが目的らしいし。

 ……そういうやりかたで噛んできたか。やっぱり君らの内臓ダークマターすぎ。

 つかこれ、どう考えても国の機関一つに対するやり方としちゃあ、オーバーキルにもほどがある代物だと思うんですけど。そのへんいかがっすか王サマ。


「学院長は我らが弟のオクタウスだが、魔術学院の実権を握っているのはラピドゥサンゴン魔術伯。トニトゥルスランシア魔術公爵家の股肱の臣ゆえ、我々王族よりトニトゥルスランシア魔術公の意向を受けて動く傾向が強い。気を許さぬよう」

 

〔うわぁ……〕


 珍しく真顔ですよ王サマと王子サマ。

 たぬきの親玉である王サマがそこまで気を許せないということは、相当注意が必要な相手と。

 ……よくわかりました。ここはひとつ、マクシムスさんに矢面に立ってもらいましょう!


〔ちょっとぉおおお、ボニーさん!〕


 なによグラミィ。あたしゃ貴族間のごたごたになんざ首突っ込みたくないんだもん。だったらあたしたちを利用しようとしたマクシムスさんを利用するだけよ?

 相互共生関係って、大切よねー?

久しぶりの更新です。

相変わらず骨っ子が黒いです。どうしてこうなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ