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危惧

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

※追記 登場人物の殺害を含む描写があります。不適切と思われる方は撤退を推奨いたします。

 ランシアインペトゥルス王国の暗部所属の密偵さんのお一人は、中の人が入れ替えられ、スクトゥム帝国のためなら人攫いも辞さない立派な奴隷商人となっていた。そのせいで中の人共々自滅的なお亡くなり方をされてます。

 彼の話をしてくれた暗部(お仲間)さんの口ぶりによれば、それは本来の任務であったスクトゥム帝国潜入調査からの帰還途中のことだったものと思われるが、彼の死こそ、あたしがスクトゥム帝国を警戒の上にも警戒してかかってる大きな理由の一つでもある。

 

 ちなみに、中の人が入れ替わってますなんて話はさすがに信じがたいだろうと思ったので、そこはグラミィに『洗脳されて元の人格や忠誠心もないような状態=ほぼ別人にされてしまっていたようだ』という言い方で、ちょびっとマイルドに伝えてもらった。

 下手すると、忠義の人だったはずの相手が国を売る、なんてこともむこうがさせてくる危険性があるのですよと。

 そう伝えると、御前会議で情報を得ていたマールティウスくんがこめかみを押さえた。

 そりゃまあマールティウスくんは王サマじきじきにスクトゥム帝国の異様さについては聞いてるもんねー。その脅威が間近に迫ってきてるともなれば、頭も痛かろう。

 初期情報のないマクシムスさんは半信半疑の状態だったが、アウデーンスさんは深く頷いた。そりゃあボヌスヴェルトゥム(自分のおとー)辺境伯(さん)夢織草(ゆめおりそう)を使われて、錯乱したという事実があれば、その延長線上にある危険も理解しやすかろうな。

 なにより。

 

「『今回使われた夢織草という魔薬が最後の魔薬とは思えない』と、王の薬師どのもおっしゃっておられましてな」

 

 グラミィの言葉に、ひっそりとあたしたちの後ろに立っていたタクススさんが控えめな礼をしたようだった。


 ええ、もっとえげつないものだってこの世界にもある可能性があるんです。

 自分の知らない毒薬を使われたタクススさんてば、ちょっと体調が回復したと思ったら、ものすごい勢いで奴隷商館からあたしがかっさらってきた文書の一部を読み込んでましたからねー。しかもベッドから起き上がれるようになったら速攻実験を始めるとか。無謀すぎやしませんかとも思ったが、それはそれ。

 むこうの世界でも、ローマ帝国がすでに阿片を薬用として北方に持ち込んでたらしいしね?たとえランシアインペトゥルス王国内部に罌粟類の近縁種が自生してないとしても、依存性の高い薬物に対する安心材料がいっこもないんですよ。

 

 薬物による懐柔か、それとも中の人の入れ替えか。手法は不明だが、どっちでも王族や大貴族といった重鎮が堕とされたら、それだけで国の危機である。


 奴隷商人化した密偵さんの中の人が残した記録には、集めた人間を帝国に売りに行く、という記述が残っていた。

 ということは、スクトゥム帝国内でしか中の人の入れ替えはできないのかなと思えなくもなきにしもあらず。つまり確定じゃありません。

 なにせ実働部隊なんて末端組織なんてもんは、切って切られるトカゲの尻尾。与えられてる情報がほんとに正しいものなのか、嘘なのか、それとも真実のごく一部だけを教えられているのかすらもわからんのだ。

 あたしゃ彼らみたいに国の暗部の人間じゃないし。


 ……まさか、だから、アロイスだのバルドゥスだのマルドゥスだのタクススさんだの、この国の暗部の中でも有能な人たちってば、自分の目で情報の裏を取るために、あたしに接触したりわざとつっかかってきたりしてたのか?

 どんだけ疑り深いんだというべきか、それとも国の公式見解ですら裏を取ろうとする超絶慎重派ぞろいで頼もしいと見るべきか。

 

 いずれにせよ、中の人の入れ替え方法の見当なんてまったくつかない以上、警戒は厳重にならざるをえない。

 だって帝国内でなきゃできないものと見せかけて、帝国の外でも可能なお手軽方法で行われているのかもしんないのだもん。それこそゾンビの噛みつき攻撃か、はたまた井戸に毒物投下クラスにお手軽な手法を使われたら、被害の広がりと深刻さはマジで洒落にならん。


 ……ちゅーことはですよ。

 

 スクトゥム帝国の皇帝サマご当人たちだけでなく、中の人が入れ替わってるかどうかも不明レベルでもスクトゥム帝国の人間にも気をつけねばなるまいということですな。スクトゥム帝国関係者に接触した人間すら隔離した方がいいかもしれん。

 以前、皇帝サマご一行が世界システム改変の病原体として――バイオ兵器的にか、マルウェア的にかはさておき――送り込まれてたら詰んでたという仮説は立ててみたけど。中の人の入れ替えだけでも、接触した人間から空気感染的な勢いで行われてたら、それもけっこうヤバいわけですよ。何そのゾンビ化アタックというね。

 症状が顕在化というか、中の人が入れられて覚醒するまでの時間差で擬似的パンデミックでも起こされたら、わりと本気でこの世界の国という国が滅亡しかねんかもなー……。

 

 あたしが想定する最悪のシナリオのどこまでが当たってるのかはわからんが、スクトゥム帝国は、すでにグラディウスファーリーには手を伸ばしているものと思われる。というかほぼこれ確定事項な。

 なにせアルガをアルボーに運んできたのは、スクトゥム帝国の連中なんだそうですから。


 これはアルボーで確認してきたことなんだけど。

 野良猫以上に警戒心の強いはずの裏稼業の皆様が、他国人どころか他地方人のアルガを、なぜにあっさり受け入れてたかっていうと。『奴隷商館の連中が紹介してきたから』という理由だったんですよ!

 知ったときにはさすがのあたしもひっくり返るかと思ったよ。まさかそんな結びつきがあると思わなかったんだもん。

 だけど、そういや奴隷商館の連中はルンピートゥルアンサ(コークレアばーちゃん)女副伯を隠れ蓑に、アルボーの夜に跳梁する方々と親密なお付き合いをしてたって話が出てきてたっけねー……。


 つまり、裏の世界の皆様にとっちゃあ、アルガは金になる夢織草をよこし、人を金に変えてくれるビジネス相手が連れてきた人材。しかもお禿()げみになったりした引退魔術師と違って、ちゃんと魔術を使える、魔術師なんて希少性もストップ高な存在。

 が、うさんくささも倍率ドン。火の粉を懐に入れたら暖かくなる前に火傷すること間違いなし。

 ならば大事そうに扱ってる、ように見える部署ってことで、コークレアばーちゃんにつけちまえ、と思いついたらすぐ実行、って結果が、あの状況へとつながってた、とか?

 

 ……意外と頭いーじゃん。

 アンダーグラウンドなみなさんは本能で生きているからなのか、それとも経験に磨かれたカンが鋭いのか。危険感知能力が高いんですかね。結果的にすぱっとババを回避しまくってますよ。

 だけどそれって、グラディウスファーリーがかなりヤバい状態になってるってことも、ほぼ確定事項と見た方がいいだろうってことですね。

 少なくとも、とっくの昔に上層部か暗部の一部は取り込まれてるんじゃなかろうか。そうでもなけりゃあ、他国の密偵を手駒扱いで別の国に放り込むなんてことできないもんなー……。

 

 そんなわけで、あたしはアルガが他国の密偵である以前に、下手するとスクトゥム帝国の皇帝サマ三人組同様に、中にむこうの世界の人間が入ってるかもしんないという前提でずっと警戒し続けていたのだ。

 アルガ当人に、あえて転生だか憑依だかの犠牲者の存在をぼやかして伝えたのは、中身がまっとうなこの世界の人間のまんまだった場合、スクトゥム帝国の危険性を伝えてアルガの祖国への警告なりを飛ばしてもらい、いわば世界の免疫力を高めてもらえるようにするためだ。加えてアルガの素性を知ったとしても、庇護や情報を与える程度には協力者になれますよー、下手に逃げると祖国から殺されかねないかもよーと示すことでの懐柔工作も狙っている。

 もう一つは、当人も中の人が入れ替えられてた場合に警戒心を抱かせ、無駄な抵抗をせず大人しくしてこちらの疑いをそらそうという方向に思考を誘導させ、扱いやすくするためです。

 

〔ゾンビものなら人影っぽいものは発見した時点で、問答無用でデストロイが鉄則ですよね?〕


 ソレ生存者が自分自身しかいないことが絶対的前提条件になきゃ成立しない鉄則じゃね?

 そもそも、そんなことを言うのなら、アンタがスクトゥム帝国の皇帝サマ三人組やアルガを殺してくれるんかい。グラミィ?

 

 そう心話でツッコむと、グラミィもさすがにたじろいだ。


 いや、人間としては正常な反応だよね、うん。

 中の人がこの世界の人か、異世界人――それがあたしやグラミィのいた世界と同一かどうかはわからんが――かにかかわらず、いきなり人殺しをするかしないか、選択を迫られたらそりゃたじろぐよね。

 どちらを選んでも責任重大ってことがわかってるだけなによりだ。

 自分の身に選択がふりかかってくるまでデストロイ実行がまるっきり他人事だったってとこまで含めて、とてもとても平和な世界の人間らしくていいぞーと褒めたげたら。

 ……思いっきり落ち込まれました。げせぬ。

 

 で。

 マクシムスさんが不審がってたとおり、そんな状態のアルガはさくっと始末しちゃった方がラクはラクなんでしょうね。

 それを、たとえグラディウスファーリーの密偵だとしても、わざわざ国に戻れなくなるような裏切りの噂を流すぞという可能性をちらつかせ、進退窮まった状態に追い込んでまで庇護下に入れようとするのが危なっかしく見えることもわかる。

 あたしも他人の行為ならば正気を疑うね!

 なにその火の粉どころか火のついた爆弾を懐に抱え込むような真似、汚い花火にでもなる気かよと。

 中の人が入れ替えられてたら、さらにデンジャラス度急上昇は間違いなし。

 だけど、アルガが握ってる情報を吐き出させる必要はどうでもあるんだよねー、スクトゥム帝国の動きを抑えるためには……。


 悩んだあげく、あたしはノーリスクノーリターンよりハイリスクハイリターンを取ることにした。

 正直彼らを同道して王都に入るのは、それこそ火のついた爆弾を持ち込むのに相当するくらいヤバいことなんですけどねこれ!

 もちろんリスクを最低限に押さえ込む努力は欠かさないけど!睡眠不要のあたしがほぼ常時張り付くくらいはしますから!

 

 そこまでして、アルガを王都に入れなければならない理由の一つは、アルガを真名の誓約で縛ろうとすると、魔術士団が持ってる誓紙一枚ではすませることができないとマクシムスさんに断られちゃったからだったりする。

 

 真名の誓約は、読んで字の如く魔術師の真名によって行われる。

 だからこそ、魔術師は自分の真名を隠す。下手に知られたらどんな誓約を課せられて何されるかわからんもんなー、そりゃ。

 むろん、魔術師でもあり他国の密偵でもあるアルガが、素直に自分の真名を明かすとは思えない。つまり魔術士団への入団儀礼の一環として行われる真名の誓約のように、誓紙一枚書かせるだけでなんとかなるわけがないというわけだ。


 中の人が入ってるならどうかなー?ゲーム感覚でいるなら、真名の誓約すら抵抗(レジスト)可能な裏技でもあるように思い込んで、案外さらっと真名を明かすかもな。身体の人の真名を知ってるなら。

 知らないなら知らないで、『言わない』という態度で『身体の人の真名を知らない』ことを隠そうとするか。

 まあ偽の真名で誓約しようとすると、どういう理屈かわからんが一瞬でバレるようになってるらしいし。魔術士隊の連中がサージに屈した時のことを思い出すと、真名の誓約ってやつは、そうそう抵抗可能なほど生やさしいものじゃないらしいが。


 いずれにせよ、魔術学院に駆け込めば、アルガ当人が真名を吐こうが吐くまいが、中の人が知ろうが知るまいが、なんとかできるだろうとマクシムスさんは言う。

 なぜかっつーと、平民が入ってくることも多い魔術学院には、真名を与える術式が伝えられてるからなんだとか。


 この世界の出生数はけっこう多いが死亡率も高い。赤ん坊に名前をつけてもすぐに死んでしまいかねんのなら、最初からつけないのもありという考えに至るわなそりゃ。

 そんなわけで、貴族はともかくとして、平民は下手すると成人間際どころか成人してもまともな名前を持たず、あだ名で呼ばれてたりすることもあるんだそう。農民は特にその傾向が強い。らしい。

 普通の名前すらそんな状態だから、真名なんてものは、ないのが当然、みたいなところもあるとかないとか。

 ならば魔術の素質がある者を集めてる魔術学院、真名を付与する術式が開発されて当然ですわな。

 

 ……そりゃあ魔術学院がそこそこ権力持つわけだよ!

 知は力なりってほんとだね、権力欲だけは旺盛だったらしいあのクウァルトゥス(元魔術士団長)が魔術学院に手を伸ばさなかった理由がようやくわかったよ。

 魔術学院は伝統的に魔術士団と仲が悪い。魔術分野において、相互協力しなけりゃいけないことはわかっているけど、片や教育研究機関、片やその教育された人材を消費する機関だもんなー。

 おまけに魔術師から魔術士を養成するって一手間があるので、魔術士団は不平マシマシが基本だとか。

 そんな魔術士団長が魔術師全体を掌握しようとしたら、魔術学院の管理権限も欲しただろうにと思ってたんだよね。

 魔術士団長という立場だけで満足せざるをえなかったんだって理由があったとはわからなかったけど。


 だって魔術学院てば、魔術士団に送り込まれるような平民出身の魔術師の真名をがっちり握ってるんだもん。魔術特化型貴族の真名まで管理してたかまでは知らないが、そりゃあどんなに魔術士団が戦力増強に努めたって、魔術学院をどうこうできるわきゃないわな。


 ほいでもって、この真名付与の術式。

 すでに真名を持っている人間に使うと、再度真名を付け直すことができるんだそうな。なんだそのチートな術式。

 

 ただ、この真名付与の術式、かなり厳格な条件下でしか顕界しないデリケートなものらしい。

 おまけに必要な術式を知ってる人が限られてるせいで、普通は魔術学院に行かない限り真名の付与も再付与もできやしないそうな。

 しかも、真名の付与はまだいい。まだ。

 再付与というのはある意味邪術、禁術扱いだそうな。


 それというのも、真名というのは、それ自体がその真名持つ存在を支え、その存在そのものと同義ともされるものだからだ。

 それまで精神的な世界、肉眼では認識できない魔力になじみのなかった平民出身の、ただ魔力暴発の危険性が高い子どもの自我は真名によって魔術師へと形作られる。

 魔力を練り魔術を学び、術式を顕界させるに足る魔術師の自我へと構築するための核ともなり、精神的中心ともなり、狂うことすら許さぬモノ。それが真名。

 コッシニアさんが魔術学院の外にいながらにして魔術師たりえたのは、ひとえにお師匠さまが魔術学院の中級導師であったこと、真名付与の術式についての知識を有していたことがあってのことなのだろう。


 その人間の自我そのものと言える真名を無理矢理付け直されるというのは、言ってみれば一度殺して魂を再構築するのに等しい、強制転生的なイニシエーションらしい。

 再付与の際には精神的にも身体的にも瀕死状態に陥るほどの苦患を味わい、魔術師としては一度死んだも同然ともなるとか。こええ。


 だけど、アルガには、これどうしても必要になるんだろうなー……。

 

 たとえ中の人がいない、ただの他国の密偵だったとしてもだ。

 アルガをあたしが信用することは、まったくできない。欠片もだ。

 だったら噛みつかれないよう拘束は必要だと思うのよね。


 例えばの話、いくら嘘の真名で誓約すると即バレするからって、あたしはそれを過信はできないと思ってしまう。

 あたしは、マクシムスさんのように、魔術のセキュリティに全幅の信頼を置くことはできない。

 むこうの世界で読んだ技術の進歩について書かれた文章に、『攻撃と防御、どちらも互いに互いを出し抜こうと切磋琢磨しあう以上は、たとえ片方に一時軍配が上がったとしても、すぐに取り返されるものだ。また、いかなる状況においても、片方だけに新技術などというものはそう都合良く生じないものだ』ってあったのを思い出したよ。

 ……情報暗号化についての文章ですじょ?


 ただ、それは戦争を含めた国と国の争いにおいても言えることだと思うのだよね。

 チートなんてものは、異世界人レベルでの異分子でも存在しない限りそうそうご都合主義には生じないというのがあたしの考えだ。

 だからこそ警戒の上にも警戒をする。

 なにせ相手はそれこそ異世界人で組み上げられた帝国の息がかかってるとおぼしき存在だ。

 下手に嘘の真名を申告されたのがバレずに通っちゃったら、それだけで大問題なんですよ。

 例えば『嘘を吐くな』と命じて吐かせた情報がまるっと使い物にならなかったあげく、『誓約なんか受けてないっぴょーんばーかばーか』と言われるよりは、真名を新しく強制付与し、その真名において誓約で拘束を施した方が効率的ではあるのだ。


〔やっぱボニーさんてば論理の組み立てが堅実ですよねー。堅実すぎて夢がないくらい〕


 ほっとけグラミィ。

 個人的には、人に無駄な苦痛を与えるようなことはしたくないんだがなー……。

 自分がされて嫌なことを人にする趣味はありません。

 

 加えてマクシムスさんがこの真名の強制付与の話を持ち出してきたのだって、新魔術士団長としての思惑が全くないとは思えないし。

 なにせ他国の密偵とはいえ、魔術師がスクトゥム帝国の侵略の手先になってたとか。下手すると全部の魔術師までうさんくさい目で見られかねんもんなー。

 そんな大問題、魔術学院に頭を下げることになってもとっとと解決しようって考えもわからなくもない。マールティウス(ルーチェットピラ)くん(魔術伯)すら巻き込めば、頭を下げる角度はぐっと浅くてすむだろうって読みも間違っちゃいないだろう。

 

 だけど一言言わせてもらいたい。 

 やり口えっげつなーとね!

 マクシムスさんも、やっぱりちゃんと王サマや王子サマの兄弟だよ!

 腹違いらしいけど!違ってるはずの腹が真っ黒いとこなんてそっくしだよ!

 

 アルガを王都に入れる理由の二つ目としては、アルガが真名の誓約に縛られたとしても、なおも抵抗する可能性があるので、それを低減しておきたいというタクススさんの提案があったからだ。

 当然のことながら、誓約ってのは文章で構成されている。

 これは致命的なんだよね。誓約によって完全に束縛することができると思い込んじゃうという意味で。

 誓約は、万能じゃない。魔術のセキュリティ問題とは別次元の、記述の限界という問題において。


 文章は当然のことながら、記述されていること以外のものについて触れることはできない。

 言い換えれば、どれだけ細かい条件を指定して誓約に従わせたとしても、必ず論理の穴は生じ、そこをつつかれる危険性があるということでもある。


 たとえば、『嘘をつくな』という命令に従わせたとする。

 その場合、誓約で縛られた者が充分に頭が良ければ、『真実のみを伝える』ことで、命令者に『嘘ではないが本当でもない』ことを『真実』であるかのように思い込ませることができるのだよね。『今後の天気はどうなる』と聞かれて、『明日は雨』と答えず『明後日は快晴』と答えることで『明日も晴れる』と勘違いさせるとか。

 今の例は単純でほぼ無害と言ってもいいだろう。だけどこれ、やろうと思えばもっと深刻な印象操作とか風評被害とかも起こそうと思えば可能なのだよ。

 これまでこういったセキュリティホールを突いた攻撃がなかったのは、魔術学院の洗脳学習が強力だったこともあるんじゃないかなー?

 だがアルガの洗脳というか再洗脳にそこまで時間はかけてらんない。情報は鮮度が命です。


 そこで、タクススさんてば、アルガに夢織草を使うことを提案してきたのだ。

 気分は実際に我身にしかけられ、ものの見事にはまった未知の毒薬に対するリベンジマッチなんだろう。

 なにせ、タクススさんてばアルボーでも躊躇なく使ったもんねー。コークレアばーちゃんに。


 そう、アルガを囮にアロイスがずるずると引っ張り出しては叩き潰してた裏の組織から、夢織草はかなり回収できてたのだ。それもヴィーリお墨付きで夢織草と確定のが。

 当初、自白剤として使えるかどうかはわからなかったんだけどね。テルティウス(外務卿)殿下も夢織草トラップに引っかかった際に魔力酔いのような症状を起こして、心理的抑制が緩んでたってことがあったってことをアロイスが話したらさー。

 タクススさんてば投与された時の自分の症状からも尋問に使えるだろうって言い出すんですもの。アロイスも時間短縮になると同意したので、じつはすでにアルボーで、試験的にだけどコークレアばーちゃんの尋問に使いました。

 領主館の地下で。外には出せないから。


 なんでそんなことをあたしが知ってるかっつーと、結界要員としてその場にいるよう要請されたからだ。

 コークレアばーちゃんと同じ部屋にいなけりゃ尋問はできんが、だからといってアロイスたちまで夢織草に酔ってちゃ話にならんもんな。


 ……正直、きついもんがあったね、ありゃ。つくづくポーカーフェイスが得意な頭蓋骨でよかったよ。

 あたしが張った結界の中で夢織草で(いぶ)され、バッドトリップを起こして幻覚の恐怖から逃げるために、わりとあっさり口からざらざらと機密を吐き出すコークレアばーちゃん。淡々と調書をとっては必要な部分についての質問を繰り返し、虚偽や食い違いを見逃さないアロイス。コークレアばーちゃんの症状をガン見しながらレポートをとるタクススさん。

 ……毒の効果を人体実験するには、死刑囚相当の人間を使うのがまだマシなんだろうって判断もわかるけどさー。

 アルボーからコークレアばーちゃんを王都にでも連行するわけにいかないってのもわかってたけどさー。

 死刑をあからさまにできないから、密殺が相当なのもわかってたけどさ。

 だからって、まさかコークレアばーちゃんの最期まで見届ける羽目になるとは思わなかった。


 自分がアロイスやタクススさんの側に立った以上、彼らを生かすためにはコークレアばーちゃんを殺す必要があったのもわかってる。自分の選択の結果から目をそらしちゃいかんってこともわかっている。

 タクススさんが、プロとして、コークレアばーちゃんが病死したように見えるよう、自分のなすべきことをしたってことも。

 アロイスも自分の職分を果たしたってことも。

 だけど。うん、このもやもやと立ち上る悔恨も後味の悪さも忘れちゃいけない。あたしがあたしでいるために。


 ついでにアロイスってば、その調書の結果をスクトゥム帝国の三人組につきつけたらしい。

 自分たちの嫌疑に『麻薬の運び屋』ってのも加わったことで、一狩り行ける、正義の勇者パーティ気分だった三人組には、相当な精神的ダメージが入ったんじゃなかろうか。

 信じてた常識に疑いを持ってもらえれば、いろいろスクトゥム帝国についての情報源になっちゃくれないかと期待はしてます。ほんのりと。


 タクススさんは、毒薬師としての面子にかけて、アルガにも真名を吐かせますって意気込んでたが、アルボーで押収した夢織草はあらかたコークレアばーちゃんに使い切ってしまった。尋問だけじゃなく、まあ、最期の苦痛緩和にも使ったらしいけど。

 そんなわけで今んとこ夢織草があるのは、たしか外務卿殿下と港湾伯に使われたものの残りを、タクススさんのお仲間が王都で管理しているはずなんだよね。純度の高い夢織草エキス状のやつ。

 王国暗部毒薬師(毒ヲタ)のみなさん、羽目外してなきゃいいけどなー……。


〔そこまで手をかけて、アルガさんを手に入れて、どうするつもりですか?信じてないんですよね?〕

 

 確かに、あたしは今んとこアルガを信じてはいない。最初から何も信じていなければだまされるってことはないという判断に基づいてのことだ。

 だけど、信じることができない相手だって、情報源として利用することはできるのだ。

 

 もっとも信じられる嘘とは、嘘を吐くような人とは思えない人間がつく嘘、99%が真実で構成されている嘘だとはよく言われることだが。

 もっと正確に言うのならば、相手が信じる嘘というのは、『相手』が『信じやすい』『嘘』であるということだ。

 つまり、アルガというかグラディウスファーリー、ひいてはその後ろにいるだろうスクトゥム帝国の連中が『ランシアインペトゥルス王国』をどのような存在として分析し、その結果をもとに『嘘』に食いつきやすいよう、どう『真実』めいて見えるように装飾を施しているのか、それさえ見破れば『嘘』すら情報源となる。

 たとえば、人脈の強さに自信がある相手なら『信頼できる情報源』から得られるように。警戒心が強い相手ならば『他国の密偵の密書を自分がインターセプトして』入手するように。情報分析能力を誇るならば、『錯綜する巷間の噂から自分で探りだした』もの、というように、入手経路すら信頼性を高めるための装飾と見なせば……さて、どれだけの情報がとれることか。


 『嘘』からしか探り出せない情報の一つは、『相手側の意図』である。

 なにせ、100%虚偽の情報で一つの国を踊らせるのは難しい。一つ踊れば皆踊る、つまり自分も踊らねばそこから嘘だとばれてしまう。

 加えて、すべての情報源を汚染できなければどっかで必ず齟齬が出る。

 この二点をうまく使えば、どれだけの純度かは知らんが、虚偽に含まれている『真実』から『事実』を導き出すことができる。

 その一方で、『事実』と整合性がとれないところから襤褸(ぼろ)をつつき出せば、こっちをどの方向に誘導しようとしているのかという、相手の狙いをくみ取ることができるというわけである。

 このへんのことはアロイスとバルドゥスたちから教えてもらったことだけど、最初から裏を取るのが前提なら、こういう方法もありなのだなと納得した。彼らの念には念を入れた行動の理由にもだ。

 得られた複数の事実を組み合わせれば、見えてくるのは次の一手だ。


 ま、そこまでやんなくてもなんとかなりそうな気がするんですけどね!

 

 その一方で、認識できてない獅子身中の虫(中の人入り密偵さん)より、目の前で監視可能な獅子身中の虫(アルガ)の方が扱いやすいと思いませんかどうでしょうか。首輪をつけた方がもっと扱いやすいと思いますよと訴えたところ、どうやら納得して頂けたようだ。

 なるべくあたしがアルガを監視下には置き続けますが、スクトゥム帝国の皇帝サマ三人組も危険物なのは同様です、こちらもひきつづきあたしの監視下に置いといたほうがマシっぽいのでここまで一緒に連れてきてますので、アルガのついでによろしくー。

 これらの案件はどれもこれも重要だと思いますんで、早急に王都に戻りたいですと伝えたら、マクシムスさんもマールティウスくんも、一も二もなく頷いてくれますた。

 

 そんなわけで、雪道を爆走しまして戻ってきました王都ディラミナム!


 王サマー。タクススさん救助ついでにアルボーの掃除もあらかたしてきましたー。ほかにもいろいろおみやげ(王サマ案件)をモリモリと盛りだくさんに持ってきましたよー。


 アロイスに先導されて、半立体迷路な王宮を御前までまかり出ると、王サマはなんとも味わい深い表情で出迎えてくだすった。

 だけどね。

 深々とため息ついたあげくに、まーたこいつは問題事をてんこ盛りに持ってきやがってという目で見られるのは筋違いであると抗議しますぜ王サマ。

 面倒を増やしたのはあたしじゃないですー、あんたの元弟さんとスクトゥム帝国の連中ですー。そもそも情報くれたのはあんたでしょうに。

 つまり、元はと言えば、あんたの監督責任問題だということだけは声を大にして主張させていただきたい。

 声帯ないけど。

王サマ視点「また問題事の山が帰ってきおった……」


技術開発のいたちごっこについては本当のことですが。我ながら書いてて銀○伝してるなーとも思ってみたり。

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