説得
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
魔術師を養成する魔術学院は、各国にある。
というのは、ちょっと正確ではない。
魔術師の素質を持つ者、ほっといたら魔力の暴発を起こして周囲に甚大な被害をもたらしかねない者を囲い込み、教育によって魔力制御能力を身につけさせるために魔術学院を設立し、維持し、管理下に置き続けることができるだけの能力のある領主が国王なのだと言った方がいいだろう。
……今度は乱暴すぎたか。
ともあれ、魔術学院と国の結びつきが強いことは確かな事だ。
……まー、あたしやグラミィとかヴィーリは別枠として。
コッシニアさんみたいに病弱な体質と見なされてたせいで魔術学院に取り込まれずにすんだ、なんてのは例外中の例外。
基本的には魔術師の素養があると判断されたなら、必ず魔術学院へ送られことになるのだ。特に平民はほぼ強制的。
ちなみに、師匠が弟子を直接取って、住み込みで魔術の神髄を一子相伝的に伝えてくってことはない。
禁止されてるから、なんだそうな。
つまり、魔術師という存在は、基本的に育成段階から国が関与しているものなのだ。
しかも、たとえ常に所在が明確にされ、人間関係すら周知されるような管理環境――学院や魔術士団といったところがわかりやすいか――から、卒業や引退によって抜け出したとしても、一端在籍した者の名簿は残る。永年保存に近い形で。
そんなわけで、死んでも名前と出身地が判明する程度には国の管理下に置かれ続ける。
コッシニアさんのお師匠さんだって出身地が近隣だったからこそ、先々代御領主様のルベウスさんに、アダマスピカ副伯領都というには慎ましやかだったスピカ村に招聘されたわけだし。
結論。はぐれというか、出身不明な魔術師というのは、論理的に考えるならば、まず存在しない。というかできない。
魔術学院の中退者のように道を外れた半端者なら、出身不明の魔術師になるかというとありえない。そもそも魔術学院に中退者がいるとしたら、それは在学中に魔力暴発の結果による死亡中退と同義らしいからねー。
なにせ魔力の制御ができない者を外に出したら、時と場合と所によっては国の危機に直結しかねんのだもん。
例えば、王様の眼前とは言わないまでも、王都みたいな人口の集中してるとこで魔力暴発起こしたら、何その自爆テロというね。
だからこそ、魔術学院は抱え込んだ学生たちに、魔力の制御能力だけはかならず厳しくたたき込むものらしい。それこそ学ばざる者は死ねというレベルで。
当然のことながら、学業不良や素行不良程度で放校になるわきゃない。
脱走?防止用のいろんな罠が学院の敷地内にしかけてあるらしいよ?
とっ捕まって拘束されたら、まず髪の毛全部つるんつるんに剃り上げて奉仕活動という名の強制労働教育開始なんだとか。
人権なんて概念は、あいにくとこの世界にはまだないようだ。
素行不良も目に余るようなら、上級者なり上級貴族の子息なりが暴力と権力でとことん矯正するというし、魔術がいつまでも下手な人間は、かりに卒業しても就職先――魔術士団で真っ先に使い潰されるというね。
家庭教師をつけてお勉強する魔術特化型貴族のおうちでも、スパルタ度は同じかそれ以上らしい。
……そりゃ必死で勉強するわなー。放蕩するような金や時間があってもリアル命の危機には変えられんもの。
それ以前の段階で弾かれたアロイスは、むしろ本格的な訓練の前に弾かれて助かったのかもしんない、と考えてしまうのは他人事だからだろうか。
反対に、引退した魔術師ならはぐれになり得るかというと、そうでもない。
もともと魔術を私利私欲のために悪用しないよう、魔力の制御能力と同時期に戒律も叩き込んでいる洗脳を施してるということもある。
だが、魔術学院や魔術士団などを引退する者というのは、それらの務めに耐えきれなくなった人間と同義らしいしなー。死につながるほどの体調悪化か、お禿げみあそばした結果かは知らんが。
そもそもだね。
「『マクシムスどのにお伺いいたしますが、真名での誓約を立てた者に、どれほど自由を許可しておられますかな?……そう、たとえば魔術士団から退いたのち、国を離れるなどということは可能なのでしょうか』」
「まずありえますまい」
即答にも納得だ。
そりゃそうでしょうよ。国の戦力、ひいてはどのような教育を施したか、どんな術式を開発しているのか、それらの秘匿事項を記憶した脳に口がついてるんですもの。魔術師が一人でも国外に逃げ出したら、それだけで国家機密にも等しい情報が漏洩しちゃいますとも。
つまり、地位のない平民の魔術師が――いくら魔術師としての能力を失ったとはいえ、いやそれならなおのこと、国境を越えて他国へさまよい出ることなど許されるはずもない。
アルベルトゥスくんみたく、戦いで瀕死状態だったから捕虜として鹵獲されました、なんてのはほんとに例外だろう。
ちなみに、愛しのマイボディことシルウェステルさんは、生前スクトゥム帝国から戻ってきたところで命を落としている。
だが、その行動はおそらくアロイスのお仲間だったシルウェステルさんに対し、『帝国内情を探れ』という王命なり王子サマの命令なりがあったからの出入国だったんだと思うのよね。
そうでもなきゃ、アロイスが隠れ蓑にしてたほど、あんなちゃらんぽらんな人間ばっかりだった山砦の警備だって、魔術師が地方の境を越えようとしたら止められたよ普通。
加えて、シルウェステルさんはルーチェットピラ魔術伯爵家の一員でもある。
魔術師としての立ち位置より、一貴族としての立場を主張してランシア山を越えたんじゃないかなー、というのは、今のところあたしの推測だけど。少なくともシルウェステルさんは平民と違って貴族という身分に守られてはいただろうし、逆に貴族だからこそ、たとえどんなに脅されても、機密情報を向こうに渡すくらいなら、自ら命を絶つぐらいの行動に出たんじゃないかなと思う。
では、アルガはいったい何者なのか。
そう、彼みたいな人間がアルボーなんてところにいたのは明らかにおかしい。アンダーグラウンドな連中の中に、国境どころか地方の違いさえ越えて入り込んでた、あるいは入り込めていた理由がわからんのだ。
アルガはグラディウスの人間だ。これはアロイスに庇護を求めた時に名乗ったことだ。
それが、嘘でも間違いでもない。らしい。とは、訛りから判断したというアロイスの言葉である。
だけどねー。
グラディウス地方にあるというグラディウスファーリーって国は、ランシア山を越えてアロイスたちのいた山砦を攻めてきたという前科があるのだよ。魔喰ライとなったサージに全滅させられてたけど。
聖槍の輪という山ルートとアルボーという海ルート、片方に戦力を振れば片方が手薄になる。
それを見込んで、今後仕掛ける戦のための布石として、片方に軽く一当て、片方に密偵を送り込むというのは、フェイントとしてはありきたりの手だ。
アルガが申告した出身地ゲラーデは、グラディウスファーリーの国外にある地名らしいが、そっちの方は真偽が確認できないとアロイスは言う。
グラディウスの人間がグラディウスの人間のふりをするのは、とても簡単なことだからだ。
それも同地方の人間相手に、全く違う国の出身であるふりをするのはちょっと難しいが、他地方の人間、つまりランシア地方の人間であるアロイスたち相手にするのはたやすいという。些細な違和感はさらに大きな差異に塗りつぶされるということだね。
そういう点に目をつけての行動だとすれば。
結論。
アルガは『グラディウスファーリー、ないしはグラディウス地方のどこかの国で密命を受けて動いている、かなり腕の良い魔術師兼密偵』ではないか。
これが、アロイスがあたしとコッシニアさんとアルベルトゥスくんたちに、推測としてアルボー防衛の日の夜に伝えてきたことだった。
それを訊いたあたしは、最初、アルガがなんらかの理由があって魔術師のかっこしてるだけの人間だって可能性も考えた。
それなら確かに魔術が使えなくったって、魔術師のローブをもらうなり盗むなりして手に入れることはできるし、杖を持つことだってできる。お禿げみになられた元魔術師、コッシニアさんのお師匠さんだって、ローブ着て杖持ってたもんね。
髪は伸ばすのに時間がかかるけれど、ヅラでもかぶれば完璧に魔術師を模倣可能なのだ。
外見だけは。
一般人には奇術師の手品と魔術師の魔術は識別困難なので、それこそちょっとした不審を感じたとしても魔術師でございと言い通してしまうなら、納得させられてしまいかねんもんねー。
変装してる密偵さんなら、そりゃアンダーグラウンドな連中の中に溶け込むわな。
放出魔力量が確認できる人間が一人いれば、どんなにコスプレしようが手品を披露しようが、魔術師かそうでないかぐらいはすぐに識別できるけどね。
だが、アルガは『魔術師』なのだ。
薄らハゲだけど。
放出魔力の量も少ないけど。
コークレアばーちゃんたちに最後までくっついていた時、ばーちゃんの取り巻きにされてた尻尾切り連中は、アルガを明らかに『魔術師』として認識していた。
つまりそれは、アルガは少なくともアルボーの裏の世界に入り込んだ段階で、『以前は魔術師だった人間』ではなく、アンダーグラウンドな連中の中では『魔術を顕界できる能力がちゃんとある現役魔術師』として見なされていたということだ。
そして、何よりアルガは初見でアロイスを恐れた。
騎士の中では細身で小柄という軽量級な外見ではなく、放出魔力の色を見て、彼はそれまで同行していた裏稼業の方々を切った。
ランシアインペトゥルスとジュラニツハスタの戦いについて、どこまでどんな噂や情報が飛び交ったかなんてあたしは知らない。
隙あらば他国に手を出そう、ぐらいに野心を持って国際情勢に関心を抱いている王侯貴族なら、二つ名で知られるほど活躍した人間の顔なり特徴なりは抑えてるだろうなーという推測はできるし、その情報が配下に流れないわけもないと思うけど、魔力の色まで知ってるというのはその戦場に魔術師がいなければ集められない情報なのだよ。
それも、『魔術師殺し』の異名を持つアロイスのいる戦場でだ。
魔力感知能力があり、その貴重な情報を知っていたからこそ、アルガは光速でコークレアばーちゃんたちを裏切ったんだとすれば。
アルガはいったいどこでその能力を身につけ、情報を手に入れたのか?
あたしたちは、ずっとアルガに対する警戒を緩めずにいた。
杖も途中からは返してやんなかった。が、それでも彼はあえて動こうとせず、なかなかボロを出すことはなかった。
預かってた杖も、魔力が少ない魔術師の杖としては普通ではないか、というのがコッシニアさんとアルベルトゥスくんの分析結果だった。あたしも魔力を通して調べてみたが、刻み込まれていた魔術は、火球のようにごくありふれたものばかりで、種類もそんなに多くはなかった。
多様な魔術を覚えるより、一系統をつっこんで身につけるという選択をする魔術師も多いとコッシニアさんたちに説明されると、そういうものかなと思うレベルではある。
彩火伯のこともあったしね!
そんなに使い込まれた感じの杖ではなかったのも、両端を金属の輪で補強されているせいで傷が少ないからかなという程度。
だけど、アルボーにいる間ずっと、風呂に入ろうとしなかったのは完全に失敗だったね。
骨なあたしを除いて、グラミィからルンピートゥルアンサ副伯爵家に組み込まれてた人たち、果てはバルドゥスやエンリクスさんたちまで、この騒動に関わってた人間は老若男女ひっくるめ、全員一度は風呂に入ってたのよ。
アルガ以外は。
よほど身体を見られたくなかったか、それとも目の届かないところに自分の荷物を置くのがそんなにコワかったのか。
いずれにしても彼の警戒心の強さがあたしたちの猜疑心をさらに強め、警戒を密にすることにつながった。
あたしたちが彼の脱走未遂にすぐに気づくことができたのも、そのせいだったりするのだが。
いやー、まさか口封じかどうかまでは知らないけど、いきなり殺されかけるとは思ってなかったけどね?
その後もアルガに魔術師の杖を返さなかったのは、警戒を維持し続けていたためだ。
だけど、このまま見張っててもバックがわかんないんじゃ、王サマたちに報告を挙げるにしても、どうしようもなかろうというので、ちょっとした罠をしかけた。
スピカ村までの道中、隙を見せたらどう反応するかを見るために、一度だけ杖を戻してやったのだ。
あたしやグラミィ、コッシニアさんといった魔術師総出で取り囲んだ状態で、積雪をなんとかするために魔術を使ってみせろとね。
教えた術式をどれだけ上手に顕界できるか、どのくらい長く維持できるかを見れば魔術師としての力量も図れるし、もし何か別の術式を顕界してこっちを攻撃しようとする気配でも見せたら、即座に破壊して魔力吸い上げてやるつもりだったけどな!
だけど、アルガはそこで尻尾は出さなかった。
ということは、もっと大物を狙っているということになるのか。それとも。
「であれば、わざわざ誓紙で拘束する必要がございますか。たかが密偵一人、始末なさることなど簡単でございましょうに?」
穏やかな表情のまま、さくっとエグいことを言ってくれるねマクシムスさん。
確かに他国の密偵なんて獅子身中の虫、王都まで連れて行かずに情報を絞りきり、サクっと殺ってしまえば一番後腐れがない。
なんでわざわざここまで手をかけるの、って疑問も当然だろう。
もちろん、手をかけるのにはそれだけの意味がある。
コークレアばーちゃんがアルガというちょっと規格外な存在を不審に思わず、他の裏の組織が現世からリストラを想定してた人材の皆様ともども、自分の身の近くに置いてた理由がわからないのだ。
そのへんの事情に詳しくない裏稼業の人間はともかくとして、下級貴族の端くれのすみっこに追いやられたあげくに自滅してったとはいえ、仮にも副伯爵が魔術師としての能力を持つ人間は、どこまで行っても国の管理下にある存在だということを知らないはずがない。
実際、サンディーカさんに聞いたことだけど、コッシニアさんのお師匠サマをアダマスピカ副伯領に招聘したのだって、お禿げみになられて、郷里であるウィクトーリアに戻るとこだったのを、放出魔力過大症のせいで病弱だったコッシニアさんへの『医療行為』のため、薬学についての知識のある元魔術師として雇用する旨をルベウスさんが魔術学院に通知してのことだったらしいし。
つまり、勘ぐればルンピートゥルアンサ副伯爵家が、ランシアインペトゥルス王国の情報を、スクトゥム帝国と、グラディウスのどっかの国に二重売買してたからこそ、アルガを脱走時の護衛に加えてたんじゃないかとすら考えられてしまうのだ。
いや、国に対して二重の裏切りを働いてたなら、三重か四重、それ以上の裏切りを犯してないとは断言できない。
全部情報を吐き出させるだけじゃ足りない。裏を取ってからじゃないと、コークレアばーちゃんはともかくアルガをキュキュッと闇に葬っておしまい、というわけにはいかなくなってしまったという、この状況のめんどくささをおわかりいただけるでしょうかマクシムスさん。というか、解決できるものならぜひとも代わっていただきたい。あたしゃこれ以上働きたくないでござる。
などと、面前で推測をグラミィにつらつら並べ立ててもらっていてもアルガが静かなのは、とっくの昔にきっちり拘束済みだからだったりする。
領主館に入った直後、アロイスに心話で指示してアルガを取り押さえてもらったのだ。出迎えてくれたカシアスのおっちゃんが即座に参戦したのは予想外だったけどね。
アロイスが両腕を拘束し、膝を屈させたところで、アルガの口に、暖炉脇に積んであった薪の束から引っこ抜いた枝をつっこむとかねー。
術式を顕界させないよう詠唱を防いだり、舌を噛ませないためだとはわかっちゃいるが、なんつー強引グナイスプレー。
ここまでしっかり拘束しておけば、目の前で魔術を顕界したってかまわないよね?
構造解析と隠蔽看破を顕界してみれば……両腕の肘あたりに仕込み短剣が結びつけてあるじゃないの。
アロイスに伝えて取り外してもらおうとしたとたん、アルガは盛大に暴れたが、肩を極められていてはどうしようもない。
しかもその短剣、通常の剣のように人間が手をかけて加工したものじゃない。おそらくはコッシニアさんの十八番である鏃を飛ばす術式に近いもので、短剣の形に錬成したものと見た。
柄から剣身まで一体化した全金属製の短剣は、黒く焼いてあるのか、鉄というより青銅に近い色だった。だけど鉄でも青銅でもないような、謎物質に近い。
しかぁし、魔術で生成されたものだとあたしが思ったのは、見た目のせいじゃないんだなー、これが。
短剣全体から感じられる魔力が、普通の剣と違って自然石に近い、ゆるやかに周囲と流動しているものだったのだ。
つまり、うまくやれば、並みの魔術師でもこの短剣から魔力を吸って回復したり、あるいは自分の魔力で短剣に干渉して、変形させたりすることもできるかもしんないというものだった。
しかも柄頭には飾り石をはめ込んであ……って違う。魔晶だよこれ。
しかも、柄だけがえらく艶々した鋼色なのは、滑り止めに染めた革を巻いてあるんじゃない。アルガ本人の髪の毛を何重にも巻き固めた上に、漆じゃないけど透明に近い天然樹脂っぽいもので固めてあるようだ。
なんだこの魔力特盛りカースドアイテム。
〔カースドって……触ったとたんでろりろでろりろとか変な音楽が鳴るんですかー〕
あくまでも比喩ですがな。他人の髪の毛びっちり巻いてある剣とか、呪われてるレベルで気持ち悪いでしょうか。
グラミィ、あんたも持ってみるかい?
〔遠慮なくお断りいたします〕
ハイハイ。
しかし……なるほどね。あたしたちに差し出した杖はブラフで、この双短剣が本当の『魔術用の杖』ということになるのか。
じつにうまい手だ。構造解析かけたって、術式単独じゃあただの隠し武器としか判断できない。魔術師が見たって、含有魔力は高いがちょっと変わった短剣だとしか思えない。あたしだってコッシニアさんの杖を見てなきゃ、これが『杖』だとは考えられなかったなー。
まさか、『禿げた魔術師はただの人』って、この世界の魔術師の常識をこんな方法でひっくり返してるとはね。
本人からの放出魔力は確かに禿げると減る。魔力タンクである髪の毛がなくなるからだ。
だがその自分の髪の毛を『杖』に組み込めば、薄らハゲでも放出魔力量が少なくても、魔術についての知識と技術さえあれば、きっちり魔術を行使できるんだろうな。
なんせ、『杖』そのものに相当な量の魔力が蓄積されてるんだもん。これなら、あたしたちに使ってみせてた以上の大きい魔術も顕界できるだろう。
おまけに、本人からの放出魔力量しか感知できない、もしくはしない、並みの魔術師の目ならば意外と簡単にごまかすことができるかもしんない。
アルガ自身がわかりやすくうさんくさい外見だったのは、杖を手放したとしても放出魔力量で魔術師と見破られるおそれがあるのなら、魔術師としての武装を整えた方がまだましだと。ついでにブラフも用意しとこうと。そういうつもりか。
……ひょっとして、杖の両端を金属で補強してたのも、魔術行使用じゃなくて武器としての運用を狙ってたのか?
魔術師の誇りでしょうが杖って!
なにさらっと魔改造施してんだ!
〔てゆーか。それって、つまり、アルガさんが近接戦もできる魔術師、ってことですよねー?〕
……そだね。
アロイスたちにはかなわなかったみたいだけど、コッシニアさんとは別ベクトルでやばいやつだったか。取り押さえてもらって正解だね。
この世界の魔術師の杖は、基本的にでかい。
でかければでかいほど多くの魔術を深く刻み込み、顕界までの手間を減らせるからだ。
タブレットをなるべくハイスペックなものにして、スタート画面にアイコンしこたま張ったり、一瞬で立ち上げられるアプリを増やしてくようなものだろう。
それに対して、コッシニアさんの杖はせいぜいがタクトから手帳用シャーペンレベルな極小サイズ、ただし数は膨大。一本の杖に入っているのは、アプリそのものではなくプログラムソースの断片に近い。
それを使いこなすコッシニアさんは、術式を顕界するたびに複数の杖を『組み合わせる』ことで、その都度全く新しい術式を開発しているようなものなのだ。
一見扱いづらく、また非効率的に思えるかもしれない。
だが、それは『大きさ故に一本しか持てない杖を手放したら、そこで何もできなくなる』という、魔術師が近接戦闘に巻き込まれた場合に死ねるほど大きな欠点をカバーして余りある。
特に『隠匿性の高さ』と『複数所持が可能』なことから『敵の油断を誘いやすい』という戦術的な利点もあったからこそ、コッシニアさんは『杖を組み合わせる』という今の使い方を選んだのだろう。
おまけに、『術式はアレンジし放題』という魔術的な利点すらある。
ルーチェットピラ魔術伯爵家の家宰である、クラウスさんプレシオくん親子も複数の杖持ちだが、あれは携帯端末の例えで言うなら、文書作成専用の音声でもキーボードでも入力しやすい端末と、動画視聴用に高精細ディスプレイに超大容量プランで通信速度を確保している端末と、連絡を取り合う相手別に分けている端末とでとっかえひっかえしているようなものだ。アプリと用途で複数の端末を使い分け、あるいは同時に使用することで利便性を高めている、ってなところだろうか。
その伝で言うなら、アルガの短剣はスパイ道具といったところか。高性能で偽装もばっちり、いざとなったら片方を囮にして相手を油断させといて、もう片方で遠距離近距離問わず魔術でも近接戦闘でもきっちりしとめにかかる、と。勝てないまでも負けないための武装だね。
ついでに。
なんでそんな魔力の高いものが眼窩の前にあったのに、あたしがこれまで気づかなかったかって理由も、アルガの腕をしげしげ見てたらよくわかった。
その服に織り込まれてるのも、各所に縫い込まれてるのもアルガ自身の髪の毛だったのだ。
服と短剣、双方に使われてる髪の毛も魔力も本人のものであるからこそ、できる仕掛けだなーこれ。服を身につけていさえいれば、短剣どころかそれに埋め込まれた魔晶の魔力すら、ほとんどわかんないとか。
あれだ、裏切り者のサージが体内に隠してた時と似ている。
ほんと、よくできてるよ。
だからこそ、手間をかけても拾い甲斐がある。
「『ここで手を下すより、噂一つの方がよほど安いと思いませんかな?』」
「噂、でございますか?」
「『王都とは言わぬ。宮廷にて「グラディウスの密偵が裏切った」という噂を流せば、それだけでこの男は帰る国を失いましょう』」
グラミィに伝えてもらった言葉に。
暴れた時すら見慣れた卑屈な表情だったアルガの顔面から、すべての感情が抜け落ちた。
宮廷というのは、他所の国の情報が入ると同時に他所の国へ情報が流れていくところでもある。頭がお軽い貴族、というかランシアインペトゥルスの王族なんかに不満がある人間がだね、相手を選ばず愚痴ったとする。
それだけで王族の動向とか国内情勢なんてもんが筒抜けになるのだよ。
ならば、そこに『アルガがランシアインペトゥルスについた』という情報を流したら。
はい、冤罪のいっちょ上がり。
いくら当人が自分は裏切ってないと主張したって、信じるか信じないかはそっちの上層部次第なのだよ。
つまり、祖国に帰った瞬間アルガは身内の手で殺されてもおかしくはない状態になるわけです。
そこを存分に認識していただいたところで、打つのは別の手ですとも。
「『もちろん、噂より安い方法でもよい。この男がすすんでこちらに下るというやり方でだ』」
嫌だと言ってもやらせるけどな!
あたしはアルガの前に立った。
「『アルガ、そなたがどこの国の密偵であるかは、わたしにとっては正直どうでもいい』」
驚愕に見開いた目を見下ろしながら、あたしとグラミィは噂より安い方法を続けた。
「『ただ、そなたがここに至るまで、こう感じたという経験はないか。ふと姿が消えていた人間がいつの間にか戻ってきたと思ったら、言動に違和感を覚えてならないということは?ちょっとした癖、仕草、食べ物の嗜好、それらが変わっていた者を見たことはないか。もし、そのような者がそなたの同輩にいたとしたなら』」
わざと間を開けて、さらに情報を投げる。
「『それは、そなたの国が別の国の傀儡として磨り潰される前兆だと思え。一つの国が滅びゆくさまを見たいというならそれでもかまわん』」
密偵が愛国者とは限らんが、少なくとも自分の国から切り捨てられる前に、自分の国が滅亡するかもしれん、なんて言われたら……情報がもっと欲しくなるだろう?
「『少し時を与える。一度はわたしとアロイスを前に、あっさりと不利を悟って下ったお前だ。その聡明な頭でわたしの言葉をよく考えるがいい』」
そうグラミィに伝えてもらうと、あたしはアロイスに、アルベルトゥスくんとマルドゥスたちにアルガを適当な別室に連れてって、見張っててもらうようにと心話で頼んだ。あ、アロイスはこのまま同席してておくれ。
アルガの見張りは杖や短剣を預かったとはいえ、下手すると靴や服にもなんか仕込みがあるかもしんないのでねー、過剰戦力と思うくらいでちょうどいいかもしんない。
ま、今のあたしの揺さぶりがしっかり響いてるんだったら、むしろ呆然と考え込んでてくれるかもしんないけど。
扉が閉ざされ、護送の一団が去っていく気配に、大きく息を吐き出したのは、マクシムスさんだった。
「どういうおつもりですかな。シルウェステルどの?あのような魔術師の風上にもおけぬ者に温情をお与えになるとは」
「『魔術士団長どの。ご不審はもっとも。ですが、どうか、今後の備えに必要なのだと思っていただきたい』」
「相手はグラディウスファーリーの密偵でしょうに!先ほどその手で暴かれたような、いかなる仕掛けをいまだ抱えていることか。懐にお入れになるには、少々危うくはございますまいか」
「『ご心配いただき、ありがとうございます。……されど、マクシムスどのは、あの男がグラディウスファーリーの密偵であるとお思いになられましたか』」
「さにあらずとおっしゃりたいのでしょうや」
「『それだけならばまだありがたいと思っておりますよ』」
「なんですと」
マクシムスさん、アウデーンスさん、マールティウスくん。
アロイス、カシアスのおっちゃん、タクススさん、そしてグラミィ。
ランシアインペトゥルスの中核に触れている彼らに、あたしはゆっくりと頷いてみせた。
「『わたしがもっとも恐れているのは、あやつが中身を取り替えられ、グラディウスファーリーなどにも知られぬまま、スクトゥム帝国の密偵になっているやもしれぬということなのです』」
相変わらず骨っ子の推論と行動に、周囲の人々が振り回されております。
骨っ子自身も自分の推論が100%正しいなんて考えちゃいないんですけどね。




