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集結

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

〔ボニーさぁああああああん!〕


 半泣きでしがみついてくるなよグラミィ。

 抱きついてきた腕をぽんぽんと叩いてやったら、かさっという感触がした。

 ナニコレ?


〔ヴィーリさんの枝ですよぉ……〕


 しょんぼりと袖をまくってみせたグラミィの左腕には、一本の枝がまるで木製の腕甲のように装備されていた。

 ただし、紐やベルトで括りつけるのではなく、みずから根や小枝を絡みあわせて。

 

 ヴィーリの枝を使うとき、あたしは首に突き立てた。

 使用条件である『多量の魔力(マナ)を一度に与えること』を満たすため、どれだけ調整しても限度がある放出魔力よりも体内の魔力すべてにアクセスできるよう、手っ取り早い手段だと直感で判断したからだ。

 放出魔力というのは、恒星にたとえてみるとコロナかプロミネンスみたいなものだ。エネルギー量を考えたら恒星本体が含有している量には遙かに及ばない。

 だから、放出魔力をすべて流し込んだとしても、使用条件を満たせなければヴィーリの枝は使えない。そんな状況で出し惜しみなんてしてらんない。

 ……無謀だったのはわかってます。はい。

 

 グラミィもスピカ村で同じことを考えたらしい。

 ちゅーか、あたしは最初から最後までなんて、ヴィーリの木々に情報を中継してもらってなかったから知らなかったが、あの魔術士団長(アホンダラ)め、性根はとことん腐れてたらしい。先王の第四王子・クウァルトゥス王弟殿下って肩書きが泣くわ。

 ついでに騎士団長こと王子サマ(クウィントゥス殿下)のおにーちゃんって立場もだ。


 どこでどう破壊工作の指示を出してたかまではわからんが、ヴィーリの堰の破壊はソフィアおばちゃんが実行犯だとか。氷の巨大な刃を落として切り裂いたこうとした音で駆けつけたカシアスのおっちゃんたちが、魔力切れでへたりこむおばちゃん(大隊長)を捕縛したのはいいんだけど、魔術士団長につきつけたら、しらばっくれようとするとかね。

 それも限界と判断したのか、いきなり周囲にいた人間に魔術で攻撃をかまして逃げようとしたんだそうな。魔術士団員まで巻き込んで。

 魔術には魔術ということで、マールティウスくんとグラミィが結界で弾いたり暴風で叩き落としたりしたものの、はじけた石弾の欠片が運悪くグラミィの左腕に刺さった。


 そうこうしているうちにソフィアおばちゃんの与えたダメージに耐えかねた堰は完全に崩壊し、念のためにベネットねいさんたちを派遣した貯氷地の方もソフィアおばちゃんの配下を止めきれず――尋問によればソフィアおばちゃんが無駄に上意下達のルートを整備しすぎていたらしい――氷塊が動き出したのに焦り、グラミィは怪我からしたたる血にヴィーリの枝を浸すって手段で使用条件を満たしたんだという。

 かくしてあたしとヴィーリが対応する時間はできたんが。グラミィ、あんただって相当な無茶するもんだねー……。

 おかげであんたまでヴィーリの枝にきっちり懐かれてるし。


 ヴィーリの樹杖は植物性の魔物であり、その枝は一部であり分体でもある。

 半身とも言うほど精神的つながりの強いヴィーリは別格だが、魔物である以上、魔力を与えた存在にそれなりに好意的になるという傾向があるようだ。

 そのせいでグラミィのもらった枝はその腕におさまり、……あたしはどうなったかって?

 ばさ、とフードを払い落としてみせるとバルドゥスは目を丸くし、グラミィは盛大に吹き出した。


〔あはははははは、ボニーさんなんですかそれ!歌合戦の大トリに出てきそうな!〕


 やかましいわ!

 ずびし、とグラミィにチョップをくらわしたくなったあたしを責めないでいただきたい。てかアウデーンスさんたちの前でどつき回さなかったあたしを褒めろ。

 顔を妙にぴくぴく引きつらせてるバルドゥスにも、ぐーりぐりと梅干しをくらわしたくなったけど、何もしなかったのはそういうことだ。

 

 あたしが首に突き立てた枝は、アルボー防御が終わったときには、首の骨にしっかり根っこを絡ませて葉を青々と茂らせてたのだ。

 頭蓋骨の後ろに突き出るように高々と広がった葉っぱは、むこうの世界で言うところのエリザベスカラーみたいな(おもむき)で伸びている。

 領主館ということで、唯一備え付けの鏡があったコークレアばーちゃんの私室で自分の姿を見たときには、思わず膝の骨から崩れ落ちるかと思うほど落ち込んだわー。あたしゃ手術後の犬猫かよと。

 

 だけど、ラームスと名づけた枝は、聞き分けが良かった。

 もうアクセス権限自体はないのだが、魔物は魔物、心話が通じることには変わりがない。

 そこで真っ先に伝えられたのが、もっと大きく伸びたいという要望だったのだが、条件反射で却下しましたよもう。ただでさえ頭蓋骨の後ろに孔雀の羽根を挿してみた感のあるシュールなかっこだってのに、これ以上育ったらそれなんてリアル光背よ?

 あたしゃ仏像じゃないんだよ、自力で動くのには大きいのも重いのも不便なの、植物としての直射日光を要求する生存戦略とは違うからと伝えたら、しぶしぶながらもそこまで大きくならないようにしてくれるそうな。

 ついでと根っこが首の骨に巻きついてるのもなんとかしてくれるかと尋ねたら、じわじわとほどいてくれた。気道もないけど首を絞められてるのはやっぱり気分のいいもんじゃない。

 今じゃラームスはシルウェステルさんの肩甲骨におんぶ状態である。

 おかげで、二度とベッドじゃ仰向けに寝れない身体になってしまいました。いやもともと睡眠なんてとれないんだけどさぁ!

 まあ……、それでも気を遣ってくれてるんだから、と、エアプランツ気分で半分諦めているけどね。


 実際、ラームスもそんなに悪い子じゃない。というか付き合っていて非常に気が楽な相手ではあるのよねー。

 彼ももともとがヴィーリの樹杖の一部なので、成長欲求とか生存本能は強いかわりに、自我はそんなに強くはない。

 むしろ希薄といっていいだろう。だがそれがヤバい。

 考えてもごらんな?

 うっすらとした自分に対する好意が感じ取れて、なおかつ心話経由である程度感覚も共有できる。

 嵯峨野の竹林の空気感とでもいうべきだろうか。

 あそこはぽんと放り出されたら一日ぐらいぼーっとしてられる自信があるが、ラームス相手だとそれが一年でも平気で過ごせそうなのが怖い。

 

 この人間どころか骨までダメになりそうな居心地のよさに加え、ぼーっとしていると、他のヴィーリの木々との情報のやりとりもなんとなく感知できてしまう。

 というか、隠蔽する気一切ないのだよラームスって。なんだこれ大自然環境でネットかよ。Wi-Fi気分で魔力も少しは融通し合えちゃうって、個でありながら集団とかなんなのきみら。竹なの?ソメイヨシノなの?マジ強すぎ。

 残念ながら意味のある情報としてあたしが拾い上げることはかなわないのだが、イメージ的にはヒーリングミュージック代わりにずーっと葉擦れの音がBGMとして流れている感じだ。

 ふとした時に陽射しや、雪交じりの風の感覚が伝わってくるのは……癒やされるわ~。


 その上、ラームス自体のスペックもかなりすごい、というかひどい。

 あたしがメインマシンだとすると、それに同期したサブマシンぐらいのレスポンスで反応が返ってくるのは、直近親機子機ぐらいの関係性のある心話経由だからまだいいとして。

 あたしの顕界できる術式を、かたっぱしからデータ化しちゃってるというのが、さらに凶悪である。

 ラームスってば、アルボー防御の際、一度あたしがヴィーリの木々を介して術式をいくつか顕界しただけなのに。ちょっとした応用のやり方とかも全部覚えて、勝手に魔術を使えるようになっちゃったんだよね……。

 

 結果として、あたしの複数術式顕界能力が桁違いに凶悪化したかもしれん。

 シルウェステルさんの杖が関数電卓ならば、今のラームスってば、プログラミングや基盤の組み上げからオリジナル化した疑似量子コンピュータにのっけたAIに近い。状況判断勝手にしてくれて、術式の自動追随顕界するとかさー。

 しかも、メモリ領域まだまだまっさら部分の方が多いとか。どんだけ術式記憶できるんだろう。

 その上顕界速度自体もすごい。下手すると本体なはずのあたしよりも速い上に同時顕界数も多いとかさー、ボードいくつ刺してんだよまったく。

 チートスペックにもほどがある。さらなる動力源や空冷装置を要求されてもうっすいお財布開け(残り少ない魔力捧げ)るしかないレベルでしょうが!


 良いことずくめのように思えるけれど、もちろんデメリットがないわけじゃない。

 こんだけハイスペック過ぎるラームスと心話でつながり、齟齬なく受け入れられているってことは、当然のことながら、あたしは人間との会話とは違いレベルで情報を受けていることになる。しかも多量に。

 これまでグラミィやアロイスたちと交わしてた心話が、自然言語で人間同士の会話スピードレベルだとすると、ラームスとの意思の疎通は0と1の領域に直接適応してる感じで、速度は……光レベルとか、かね?

 それを受け入れているあたし自身も、自我は確実に変質しているはずだ。それも人外方向へさらに足の骨を踏み出す格好で。


〔うわぁ……〕

 

 他人事みたいなリアクションをどうもありがとう。

 そのへんグラミィはどうなのよ。あんただってヴィーリの枝を使ってそこまでなつかれたんだ、通常じゃ使わないような脳の領域が勝手に開発されてても知らないぞ。


〔あんまり意思の疎通らしいものはないんですけどねー。なんか気分が落ち着く、くらいで〕


 ……それはよかった。生身と骨身の違いかな。

 グラミィの自我の変質はあたしよりも大きくはないようだ。

 

 ヴィーリの枝にアクセスし、あの膨大な情報の奔流を受ける前から、ある程度あたしがあたしでなくなる覚悟はしていた。

 だけど、どう変質するのかまではまったくわかっていなかった。下手に人格が削れ切れたら、生存本能しか残らなくなってたりしてとは思ってたけどね。骨ですが。

 もし、本気で演算機能しか残らなくなってたら危なかった。他人をエサとしか見ず、自分の損耗率しか計算できなくなってたら、きっと途中でアロイスたちやコッシニアさんたちどころか、アルボーも見捨てて自分だけフェードアウトしてたね。その途中でも容赦なく生身の人間から魔力を吸い捨てていったりとかしてそうだ。

 なにその悪逆非道。というか魔喰ライですね。紛れもなく。


 そういった行動をとらなかったということは、まだあたしの人格は残っているのだろう。

 けれど、自我なんてものは流動的なものである。経験により常に変質し続けていくものだからだ。

 現在のあたしの変質は、おそらくヴィーリ寄りなんだろうと推測はつく。

 森精たち、そしてヴィーリの半身である樹杖たちと同調したという経験は、森精たち以外にはおそらくほとんど持たないはずのものだからだ。

 このままいけば自我からうっすらと喜怒哀楽が削られ、よりヴィーリっぽく、そして森精っぽくなっていくのだろうなとは思う。

 そして、その先はどうなる?

 

 人や物事への関心が薄くなるくらいですむのかもしれない。

 あたしという人格が削れ切れたならばラームスとの主客が逆転、移動装置兼外付け型落ち演算装置、異世界の記憶つき、ぐらいの格付けになってしまうのかもしれない。

 それはひどく恐ろしいことだが、今はあたしが制御している疑似食欲――魔力吸収欲のタガがはじけ飛ぶ可能性の方が恐ろしい。

 あたしが完全に人間やめた時は、ヴィーリやグラミィにでもないと止めきれないかもしれないなという予測がついてしまうから、なおのことだ。

 そのときは、……いや、まだ先のことだと思っていたいな。

 魔喰ライに堕ちた瞬間、ラームスに全力であたしから魔力を吸い上げてもらうと同時に、ヴィーリに警告を飛ばしてもらい、あたしが弱体化したところでフルボッコに殲滅してもらうのが最善手だろう、なんて想定は。


 救いがあるとしたら、ラームスが混沌(ケイオスティック)(レコード)システムの端末でもあるということだけだろう。

 つまりそれは、ヴィーリと接触してから今までのあたしを記録している可能性が高い、ということでもある。

 うまくそれを、バックアップデータを壊れたシステムを修正復元するために流し込むように、削れまくったあたしの残骸に上書きできれば、元のあたしを取り戻すことができるかもしれない。

 多分無理だろうけど。

 なにせ相手は混沌録。あたしが接触した感じじゃあ、時系列も記憶も観念も感情も事実も妄想も事象もごたまぜなのだ。

 そこから『あたしらしいあたし』をどう拾い上げたらいい?

 そもそも、『あたしらしいあたし』ってなにさ。誰がどう判断し、選択するのかね?


 ……将来的な自我消滅の危険性については、とりあえず心に棚を作って放り上げておくとして。

 まずは、現時点での情報交換が先だろう。


 バルドゥスの報告によれば、あの魔術団長(アホンダラ)のやったことは叛逆レベルの大罪らしい。

 グラミィとマールティウスくんが中心となって叩きのめしたのちに捕縛、杖を取り上げズラをひっぺがしたそうな。

 おい、と思わずつっこんだぞ。

 あの請願の間で構造解析と隠蔽看破の術式顕界したから、おにーちゃん殿下がズラ使用者だってことはわかってたけどさぁ!なんかの取引材料に使えると思ってたのにさぁ!

 どうせやるならあたしがやりたかったんだけどなぁ、その役。


 その後、鳥便で連絡を送った王都からは、鎮圧部隊として騎士団と、アーノセノウスさんがルーチェットピラ魔術伯爵家の一族だけじゃなく、その配下にいる魔術男爵や魔術士をだかだかと寄せ集めてスピカ村まで押し寄せてきたんだそうな。

 て、待てやアーノセノウスさん。

 なにそこで兄バカモードを暴走させてるんだ。

 サンディーカさんが大変そうだなー。後で謝りに行った方がいいかなー……。


 で、その増援に押し出されるようにして、カシアスのおっちゃんが、グラミィとバルドゥスにアダマスピカ副伯領に連れてきていたヴィーア騎士団の一部を貸し出してつけてくれた形になったらしい。

 エンリクスさんたちヴィーア騎士団の方々は、そりゃもう嬉々として領主館の家宅捜索に入っております。

 これまで通常の巡回法廷で回ってきた際も、税収関係の処理ですら、ボヌスヴェルトゥム辺境伯とテルティウス殿下の威光を笠に着たコークレアばーちゃんから、木で鼻をくくったような扱いをされていたんだそうな。

 せっかくだから、あの人身売買商館のことも教えてあげて、ついでに見つけた書類も全部預けてしまいました。

 いっつも落ち着いてて抑えに回ってるイメージの強かったエンリクスさんが、冷気漂うヤる気満々の笑みを浮かべていて怖かったです……。


 マルドゥスはアダマスピカ副伯領で輜重を担当し、なるべくアダマスピカ副伯領に負担をかけないようにと算段しているそうな。それにカシアスのおっちゃんがギリアムくんをくっつけたので、彼もいろいろ学んでいるらしい。


 ちなみに、グラミィたちがこうまで遅れたのは、道中の細道は通常通り使えるのだが、ピノース村近くにかかっていた橋が粉砕したとかで。一緒に移動してくれてた騎士団の一部が橋を架け直すための協議のため、一度スピカ村に戻ることになったりしたからとか。


 …………。

 

 ……あー、まあ、うん。

 そりゃそうだわなー。

 あの超巨大氷山未満、怪獣映画に出てきそうなスケール感がありましたからなー。橋なんてひとたまりもないよねー。


 …………。


 いや正直すいませんでしたー!

 氷塊の硬度と運動エネルギーでピノース河掘削しちまえ計画を立てたときには、下流の橋の存在忘れてたんだようー!

 アダマスピカ副伯領とルンピートゥルアンサ副伯領のみなさんの生活インフラを破壊した犯人は、おまわりさんあたしですハイ。

 

 ちなみに、ヴィーリはとっくの昔に到着している。ユーグラーンスの森とは地続きだしね。

 彼はアウデーンスさんたちがやってきた直後ぐらいにアルボーに辿り着くと、真っ先にあたし目指しててくてくとやってきた。

 領主館の門番さんに止められかけたが、深夜のお散歩に出るとこだったあたしとばったり会ったのでトラブルは起きなかったというね。

 あらためて協力とアクセス権限を使わせてもらったことにお礼は言ったが、反応は薄かった。やるべきことをやっただけに近いのだろうという推測ができてしまうのは、あたしの自我変質にも関係してるのだろう。

 コールナーに会ったことを話すと興味を持ったようだが、残念ながら行き違ってしまって会うことはなかったようだ。

 だけどヴィーリは『時至れば枝は差し交わす』と言っていた。たぶんいつかは会うのだろう。相変わらずマイペースに動いている様子を見ると、そう思えてならない。


〔で、ボニーさんは何やってたんですか?〕


 いろいろ?

 

 まずは深夜の散策でしょー、死体回収と処理でしょー、裏稼業の方々のあぶり出しでしょー、夜中の警備でしょー、魔力回復でしょー、アロイスに出てもらってスクトゥム帝国の皇帝サマ三人組の相手でしょー……。

 つまるところ、あたしにできることなんてぇのは、魔力回復と死体の山の処理、なんて誰もしたがらない後始末だったりするかんね。


〔ちょっと待って下さいよ。なんですかそれ〕


 文字通りですが?

 アウデーンスさんたちが来てくれて、手が増えたおかげで、死者をどうするかのめどがついたからね。

 正直言って、ほっとした。

 腐敗しづらい冬とは言え、死体をほっぽらかしといてもまずい。疫病を流行らせたくはないのだよね。


 そんなわけで、あたしも意気の上がらぬ作業に加わっていた。

 元ルンピートゥルアンサ女副伯爵の命令で惨殺されてた使用人の方々は、門番さん以下騎士さんたちも身元の一部はわかるということで、手伝ってもらっている。

 犠牲者の名前を書き出す人を二人お願いして、片方を細く切り、衣服の端を切り取って髪の毛を包んだものに結びつけるとかね。

 以前、山の砦で見た騎士たちのやり方だが、それを侍従やメイドさんたちにしてやるのは……、たしかに身分的にはやりすぎかもしんないとは思う。

 だが、だからこそあたしゃやる。

 それだけ丁重に扱ったということが、少しでも彼らの遺族や係累の方々への慰めになればいい。彼らを殺したのはルンピートゥルアンサ女副伯の命を受けた人間だが、そのルンピートゥルアンサ副伯爵家は、このあと一族全員が密殺される予定なのだ。遺族達は振り上げた拳の下ろしどころを失い、副伯爵家に忠誠を誓っていた騎士や従士は複雑な思いを抱かずにはすむまい。

 ならば、直接復讐する機会を奪い、家の滅亡に手を貸したあたしたちに対する敵対心が、こんな小細工ごときで少しでも薄れるなら。いくらでもやってやる。


 埋葬はというと、アルボー内に礼拝堂はあっても墓地はない。海の男は水葬がメインだということと、都市の中にそれほど土地がないせいもある。

 アルボーの郊外に墓地があるっちゃあるそうなんだが、埋葬料が結構高いらしい。

 ひょっとして、水路から出てきた骨には埋葬料も払えずに、どぼんと沈めたのもあるのかなー……。

 よく疫病が発生しないですんでたというべきだろう。


 ヴィーリの木々が水路から掘り出したお骨や、ふやけまくってでろんと溶けかけた死体なども、一度は火葬してから墓地へ持ってってもらうか、もしくは海にお骨を撒くかしてもらっているのは、疫病防止の意味もあってのことだ。

 運ぶ人手はとっ捕まえた荒くれどもだ。嫌がろうが何しようが強制徴用ですよ。コークレアばーちゃんは岩針踏み抜いて、足の甲を貫通した大怪我をしてるし、ひっそりお亡くなりになっていただく予定を考えると、顔を表に出すわけではいけないという理由で免除ですが。

 あたしはあたしで、領主館の海際に岩を窯状に成形して、あとは発火陣を設置するだけのお仕事です。ご遺体を入れては焼き上げお骨にして出すだけなのだが、なにせご遺体の数が多い。

 相変わらずタクススさんの看護と本人たちの疲労回復の方が優先な、コッシニアさんとアルベルトゥスくんに手伝ってもらうわけにもいかないので、そこはアルガにしっかり働いてもらっている。匂いがなるべく散るように風で海へ煙を流してもらったりね。

 仕事を振ったげたら、なかなか激烈な反応してたけど。


「えええ、どうしてアタシだけなんですか!」

「『そなたが適任だからだ。もう一つ、魔力操作の精度を上げる練習だと思え。少ない魔力量しかなくても効率よく術式を顕界できるようになる』とおっしゃっておられ「ぜひやります!」」


 ……あの光速手のひら返しには、アロイスもちょっと呆れていたっけな。

 

 問題があったのは海から上がってきたご遺体だった。

 海にまで流れていた水死体も回収した上で焼き上げることになっていたのだが、それを見た例のスクトゥム帝国の皇帝サマ三人組が、吐くやら泣き出すやら。とうとう彼らの常識観が壊れてきたか、それとも彼ら自身が壊れてきたかなと思ってたら、いっせいに騒ぎ出したのだ。

 

「我々は他国人だ、蘇生不履行に対する損害賠償と謝罪を請求する!」


 ですと。なんじゃそりゃ。

 

 よくよくアロイスが訊くと、彼らはもともと三人組ではなく四人組だったらしい。

 スクトゥム帝国の内陸部から海へ出て、アルボーへ移動してきたところ、それまであんまり鮮度のよろしくない塩漬けの肉と魚という食事が続いていたのが、船酔いとあわさってノックダウン。

 体調がようやく落ち着いたころに、港町ならではの生きのいい魚が手に入りテンションが上がりまくったらしい。『刺身喰える!』と。


 ……あのー、それ、誰か仲間に調理技術のある人がいたってこと?

 いや、いたら警戒してかかってるか。フグみたいに毒のある魚だっているものねー。この世界の、この冷たい海に毒魚がいるかどうかはわからんが、警戒してかかろうよ。

 なんかもう、素人がぶつ切りかミンチに刻んじゃった生魚を食べたとしか聞こえないんですけど。

 それも、下水道直結近海直送のやつを。


 結果、彼ら一同は、ひどい嘔吐に下痢のエンドレスリピート状態という見事な食中毒症状で数日間はのたうち回ってたらしい。なんという自業自得。

 それでも三人は次第に回復に向かったのだが、一人だけ症状が軽くなる前に亡くなった。

 ここまで運んできた船はとっくに港を出てしまい、受け入れ先――確認したら例の人身売買商館だった――で途方にくれてたら、『ここはよいようにいたしますので、あなた方は早くルンピートゥルアンサ副伯爵の領主館へ入り、仕事を始めてください』と言われたそうな。

 彼らはピコーンと理解した。

 

 いいようにする=ここは異世界で魔法もある!つーことはうっかり死んじゃったあいつも蘇生魔法で生かして帰してくれるってことだ!


 ……盛大な勘違いですな。


 人身売買ズの言う『いいようにする』は、確認したところ、いちおうただのでまかせやその場しのぎの嘘ではなかった。

 船乗りとしての葬儀の仕方、いわゆる水葬というやつで始末をつけることだったってだけでね。

 アウデーンスさん的にもそれは間違いではないらしい。

 だけどさー、食中毒が死因の死体を海に放り込むとか衛生的にはダメでしょそれ。もし伝染病だったらもっとまずいことになってたかもなー。

 しかも人身売買ズは丁寧に死に装束を整えてまで他国人を丁重に葬るなんてことはしなかった。海際から投げ込めば、水葬という義理は果たしたことになる、それで話はおしまい、のはずだった。

 

 それが満潮のせいでうっかり沖から舞い戻ってこなければ。

 

 外見は崩れまくってて、正直判別つかないレベルだったが、装備に見覚えがあったんだろう。

 死に戻ってるはずの仲間が腐肉も同然となりゃ、それは、大騒ぎするのもわからなくはないよ?わからなくはね。


 だけど、死んだのはあんたたちの仲間だけじゃない。ガワにされてたこの世界の人も、なんだ。

 だけどそれは彼らに理解できることのか、できないことなのか、それともしようとしないことなのか。

 ぶくぶくに膨れあがって変色した水死体を見て、あれだけ(きたな)いモノにでも触れたように大騒ぎしていたのに。

 なんで、あんなに偉そうになるのかねー?

 もう死んだら生き返りはしない証拠に触れたのに。残機もデスペナもない世界なんだってわかっただろうに。


 思わず出ていこうかとしたら、アロイスがにこやかに『おまかせください』というから見てたけど。


「つまり、あなたがたの行ったことはスクトゥム帝国からの密入国、ルンピートゥルアンサ副伯爵家の叛逆への加担、そして我が国の騎士団員の殺害未遂ということになりますね」


 密入国は罰金か鞭打ち刑ですが叛逆罪は死刑ですよ、と冷やっこい笑顔でアロイスが告げると、ようやく自分たちの立場がわかりかけたのだろう。最初のでかい態度はどこへやら、真っ青な顔になっていた。

 いやー、やっぱりアロイスってばエグいわー。

 だけどそれが彼らにはちょうどいい。

 

 最初からスクトゥム帝国の皇帝サマご一行に対応したり接触したりする人間は、制限しなきゃいかんとは考えていた。

 下手するとどんな機能がつけられているのかわからないという不安があったからだ。

 例えばの話、VRMMO形式の異世界転生系に見せかけてるならば、勝手に各自の行動について記録やログを構築するようなシステムでもつけられてるんじゃないかとかね。

 それでも、彼らが記録機能付き情報端末扱いされてるだけならば、彼らを送り込んできた誰かさんにはあたしの存在がばれたかもなーという危険性だけを考慮にいれればいい。

 問題は彼らがシステム的な意味合いとしての感染者であった場合だ。

 この国を、世界を、スクトゥム帝国の皇帝サマご一行として侵攻させるに飽き足らず、この世界そのものの改変手段として、ウィルスキャリアのように感染を広げられていたら心底ヤバかった。

 だって対抗手段がないんだもん。

 

 この世界の魔術の理は、端的に言ってしまえば『人間の意思で世界の理を改変させるもの』だ。

 つまり、いくらでもこの世界は人間の意思により改変できてしまう。再改変を試みることは可能だが、それができるのは魔術の理を知る者のみ。

 しかも、魔術師の大半を占める魔術士たちは基本的に戦力として育てられている。

 それはつまり戦場に役立つ術式の顕界は可能でも、世界の再改変なぞという術式を組み上げるようなことはできない、ということだ。

 できるとしたら魔術学院の研究職である導師級の人間だろうか。だけどその人たちも教師職を兼ねてるから、あまりあてにはなんない。

 結論。世界改変されたら詰んでた。


 だが、物陰からあたしがじっくりとっくり精細モードで見てみても、彼らに妙な紐はついてないように見えた。放出魔力は魔術師どころか、カシアスのおっちゃんたちにも及ばないくらい。一般人レベルと見ていいだろう。

 ということは、彼らは、ある程度自律機能も与えてはあるけど代替可能な捨て駒、だったのかもなー。

 これであたしが見抜けなかっただけとか勘弁していただきたい。

 だが、とりあえずは大丈夫、なんじゃないかなーというのがあたしの判断だ。

 いや、だってさ。そうでもなけりゃ、わざわざ他国から人間持ってこうとか、こちらを警戒させるような行動はとらないでしょうよ。

 ウィルス並みに異世界侵攻をかける気ならば、感染者を送り込めばすむだけの話だもの。

 そんなわけで、彼らはとりあえず処刑待ち扱いで生かしといてもらうことになっている。情報源としてはもう価値は低いのだけど、中の人とガワの人をひっぺがす方法を見つけられたら、ガワの人を助けてあげる実験材料にはなるだろう。


 脳みそのお花畑に除草剤を散布されたような顔になっていたのは、彼らだけではない。

 脱走失敗を悟った時のアルガも、同じ表情を浮かべてたっけ。

なぜ魔術士団長がアホンダラだったのかは、待て次回ということで。

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