赤い糸むすぼ?
運命の相手。運命の赤い糸。そうした言葉をオレは心底馬鹿馬鹿しいと思っていた。
……何て言うとモテない男の僻みだと言われるかもしれないが、オレはモテる。謙遜のしようが無い程に。
靴箱にラブレターとか、溢れかえる程のプレゼントとか、そんなもの、二次元だけの話だと思っていたんだが、何故かオレの下駄箱には手紙だのプレゼントだのが押し込まれる。手紙は兎も角、バレンタインのチョコレート迄下駄箱に押し込むのは、どんな神経をしているのか問い詰めてやりたい。
生来の捻くれた性格も災いして、そんなこんなでオレは運命の相手とか言う以前に恋愛其の物、惚れた腫れたの騒ぎ自体を鬱陶しく感じており、中学生になる頃には女子からの告白もプレゼントも適当にあしらう様になっていた。
客観的に見ればオレは、一般男子生徒に聞かれれば殴られそうだし、フェミニスト諸君に知られれば正座で説教されかねない態度なんだろうけど、実際鬱陶しかったし、自分の鬱陶しさを隠して紳士的に振舞ってみせる程人間出来てない餓鬼なんだから仕方ない。
そんなオレが、正に恋に落ちたんだから人生って分からないものだ!
……と、高校2年の、大人を気取りたい年頃の餓鬼は申してみます。
「オレの気持ちは本物で、オレの想いは気の迷いでも何でもねぇっつーのに。如何して誰も分かってくれないんすかねぇ」
「仕方ないだろ。此の国でお前の気持ちが純愛だ!祝福しろって言う方が無理があるっつーの」
「いや、別に祝福しろとは言ってないっす。認められればまあ上々っすけど、其処迄高望みもしてねぇし。ただオレは此の気持ちを頭ごなしに否定した上で、他の人間との婚姻を勧められるのが心底鬱陶しいんすよ!!」
「はは、モテ男くんの言い分は違うねぇ」
「……じゃあアンタは好きでもないヤツと結婚出来るんすか」
ソファーに並んで座っている隣の彼が本気でそう言っているんじゃないと分かっていても、オレは思わず半眼を向けてしまう。其れから少しだけ後悔した。もし、それこそ間髪入れずという勢いで肯定されてしまったら如何しよう。
「つい最近迄はそんな事気にしてなかったんじゃねぇの?恋だの愛だのは鬱陶しくて、運命の相手なんて馬鹿馬鹿しくて、結婚なんて煩い親族共の口を塞ぐ手段」
返ってきた答えは肯定とも否定ともつかない様な、オレの黒歴史と言うか、かつての主張を言葉にしてみせた様な、そんな物だった。
ただ本気でオレの宗旨替えを指摘しているワケではないらしい。綺麗な碧眼にはお気に入りの遊びを楽しむ子供の様な無邪気な光が宿っている。だからオレも今迄見せていた深刻そうな態度から一転、大袈裟な迄に彼に対して取り縋る、情けない声で訴える。
「そ、其れはアンタに会う迄の話じゃないっすかぁ!!アンタに会ってからオレはアンタ以外考えてない。祝福も高望みも何もかも望んでないし、明確に結婚って形に憧れたりする程乙女チックにはなってないっすけど、其れでもアンタが居るのに他の女と結婚するのが耐え難い程には純粋っつーか、潔癖っつーか、純情になってんだけど!?」
「はっ。そうなるとオレはある意味疫病神かもしれねぇな?かつてのお前のままなら、世間を小馬鹿にしつつ順風満帆に生き抜いただろうに。整った顔立ち、キレる頭、家柄。十分成功者の器だったぜ?」
「今より餓鬼の頃からオレはそうなるんだろうな、って思ってたよ。何時か人の上に立つ為に必要な知識も叩き込まれるには叩き込まれたしね。だけどそんなもの少しも興味が湧いてなかったし、オレは成功者になる事なんて望んでない。だからオレはそうした未来を簡単に捨てられるっつーか、寧ろアンタとの未来を渇望してるんす。其の為の代償なら代償とは思わないっつーか、其の代償さえ幸せっつーか」
「……ドM?」
オレの反応に益々楽しそうな顔を見せて笑ってくれている事は嬉しかったけど、最後に碧眼をきょとんと丸くさせてとんでもない事を吐き捨てられた。ヤバイ、真顔になってる。此れ、不名誉な誤解されてるっすよね!?
こほんとわざとらしく咳払いを1つ。敢えて、にやりなんて悪そうに笑ってみせて其れを応えの代わりにする。
まあ不名誉も甚だしい誤解だけれど此の代償さえ愛しいなんて言えば、されても仕方ない誤解であるし、もしも隣に座る此の人が望むのならそうなっても…………ちょっと其ればかりは出来そうにないから、此の人の性癖を変えさせてもらおう。うん。
オレの内心が漏れていたのか、隣で彼が身震いし、自分の体を自分の腕で抱きしめてはきょろきょろと周囲を見渡した。うん、ごめん。寒気を感じたのならオレの所為です。白状します。
だからねぇ、ちゃんとオレを見てね?
「アンタは違うの?」
「……ご自慢のキレる頭で考えろ。真同じとは言えなくとも似通った考えを持ってなきゃ、お前の提案に振った首は横だろ」
「えへへー」
「情けねぇ顔」
周囲を見回すのは止め、オレの方だけを見て呆れた様に笑う。其の表情に、今口から紡がれたばかりの言葉に頬が緩まない方がおかしいだろう。情けない顔だって見せてしまうってものだ。
「じゃあ、始めるっすよ?……本当にいいの?」
「お前こそ。考え直すなら今だぜ」
「そんな事有り得ないっす!!うん、2人の間に赤い糸をしっかり結ぼう!元から存在してるとは思うんすけど、何分人には見えないから周りは厄介だし。切れる事は無い永遠の愛をきっちり小指に結ぶんす!」
「永遠の愛を誓います、ってか?」
「誓う迄もなく、オレ達の愛は永遠なんすけどねぇ」
オレと彼が手の中に握り締める無機質な其れが熱を発する事は勿論有り得ないと言うのに、手の中に握る其れからオレは確かに熱を感じていた。
何処か甘くて、何もかもを焦がす様な、そんな熱を。
『次のニュースです。今日の夕方、○内のマンション1室で男子高生2人の死体が発見されました。何方も胸部に刃物が刺さっており……』
親戚達は口煩くオレに恋を知る様に言った。将来結婚する事は家を考えれば必至、避けられない運命の様な物。其の為にも相手は慎重に選ぶべきであり、また、円満な家庭を築くべく恋心や愛情は知っておくべきだと。
大人達の醜い世界を見てきた所為ではなく、オレは自身を取り巻く同年代の行動からそうした物に辟易としていた。どうせコイツ等は跡継ぎさえ出来れば何でも良いだろうし、コイツ等だって影では他の男女と深い関係であるのは幼少期のオレにさえ筒抜けなんだ。結婚に心なんて必要無い。
そもそも恋だの愛だの馬鹿馬鹿しくてやってられない。
そんなオレが恋に落ちた相手は同性だった。1つ上の黒髪と碧眼が美しい先輩。オレに言われたくないだろうけど性格はあんまり良くない。でもオレは彼に惹かれていて、あれだけ馬鹿にした恋に落ちていたんだ。
勿論同性婚は認められていない国。同性で子供は出来ないから親戚連中には認められるワケでもないとオレは理解していたし、そもそも明かすつもりもなかったというのに。
初めての恋に、初めての恋人に、オレは浮かれていたのかもしれない。親戚の1人がオレの交友関係を調べ上げ、オレと彼の仲は簡単に呆気なく露見した。
あれだけ恋を知る様口煩く言った連中は手の平を返した様に別れを強制し、あまつさえこんな物は恋とは呼ばない。思春期特有の“気の迷い”だと“血迷っただけ”だと言いやがった。
別段認められたいとは思っていなかった。ただコイツ等なら彼に危害を加える事を厭わないだろうから。でもオレは、我が儘な餓鬼だと思われてもいい。彼を別れたくなかったから。だから。
アイツ等を殺す事も考えた。2人か3人殺せば口出ししないだろう。けれどまだ餓鬼で後ろ盾のないオレに其の犯罪を隠匿しきる技量は無い。結果として彼と引き離されてしまうのは明らかで、彼に迷惑を掛ける事も十分に予測出来たし、オレが少年院か何かに入っている間で残りの親戚連中が後ろ盾を存分に生かして彼を葬ってしまう危険性だって高い。かと言って皆殺しは現実的じゃない。
そんなオレが辿り着いた答えが此れだったんだ。勿論彼に拒まれたら素直に止めるつもりだった。ただ彼が動かした首の方向は意外にも縦。
お前が周囲に赤い糸を視認させたいって言うなら、オレも付き合うさ。オレだって永遠の愛ってヤツに興味はある。そう言って。
だからオレは彼と永遠に手を伸ばす事にした。血迷っているだけだとさえ言い捨てたアイツ等に、オレと彼の間に血迷ったでもなく、思春期特有の思考でもなく、確かに存在している運命の赤い糸をやらを知らしめる形で。
「ねえ、知ってる?あの男子高生心中事件ね」
「え?そもそも心中だったワケ?初耳!」
「らしいよー。お互いがお互いの胸を刺したって。でね、此処からがあまり知られていない事なんだけど、其の2人の死体がね」
「えー、死体の話ぃー?」
「やだー。こわーい!!」
「手とか血で真っ赤なんだけど、指をきっちり絡める形で手が握られてたんだって!」
「えー」
「と言うかそれじゃ刺せなくない?」
「致命傷一突きじゃないならいけるんじゃね?」
「それでそれで、もう1人の方の血縁が死体を引き取るにあたって指を解こうとしたんだけどね、シゴコーチョクってヤツの所為なのか、何をどうしても2人の死体を引き離せなかったんだってさー」