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2-3


次の日、私は家から何駅か乗り継ぎ予約のとれた産婦人科に行った。昼より少し前、道中電車に揺られながら極力何も考えないようにしていた。私に非があったわけじゃない。

いくら思考を停止しようとしても、考えてしまう。自分はこんなに警戒心のない人間だったのかと。いやそうじゃないだろう、たまたま運が悪かっただけなんだと。

酒が悪いのか、私が悪いのか。いや、全て名前も知らないあの客が悪い。自分自身の責任を他に擦り付け考えを発展させていく。


がたがたと電車が揺れる。その周期的な揺れと共に私の思考もループしていた。やつが悪い、自分が悪い。起こってしまった事実は何にも変わらない。

まるで今までの自分がいなくなってしまうかのような、そんな心理状態になってしまう。無限に続く、そして下降していく。


…………


私が私でなくなっていくような感覚、それはアルコールを入れて気持ち良くなっていく感覚とは違って。でも自我が消えていくさまは同じで。

記憶を失っていることが本当に怖い。


――


誰も悪くなかったし頭がおかしいのが悪いんだけど、それはテストとかでいう頭のよさじゃなくて、精神的な気持ち悪さ。

やらなきゃいけないこととかすっかり忘れちゃって、でもそのせいで申し訳なくて。

何も知らないどころかこの世界に来るのは何度目のことだっけ?

初めてきた世界じゃないから、何度も来てるんだけど、毎回世界の風景や様子は違って。

姿かたちも全然違って。


俺はここにいるのはなんでだろう。


――


いつの間にか私は産婦人科に着いていた。別に院名なんて興味ないから通り過ぎて扉を開ける。清潔感あふれる真っ白の中に鈴の音がリンッと響く。

何名かの人たちが長椅子に座っている。スリッパに履き替え、受付に保険証を出す。パーソナルスペースに被らないようにいい感じのところの空間の椅子に座る。

テレビから流れる音は特に興味もない教育番組であった。空間にそれ以外の音は響かない。


少しして、ナースの人が私に問診票を渡してきた。そこに名前などの必要事項や既往症、そして来院理由を書いた。理由は性病検査のためとした。

何にかかっていても、もしかしたら子供ができていてもおかしくはない。滞りなく記入し受付に提出した。

そこから数十分した後、問診室に呼ばれた。


――


検査の結果は一週間先に出されるといわれ、私は微妙な気持ちで帰路につく。知りたかった情報は当日に知ることは出来ないようだ。

夕刻となった駅のホームは赤く染められている。すぐに暗くなるというのに。

どうでもいいことを思いながら、どうでもいいと心の中で突き返す。結局大学の講義、休んじゃったなあ、と。最初はイントロだからまあいいか…


間もなくして電車がやってくる。その電車に乗り込み、家路に帰ることとしよう。ここで何を考えたって一週間後の結果には何も影響を及ぼさない。

気分が落ち込んだままじゃ生活にも影響が出てしまう。少しは明るく生きていかないと…

前向きな方向に考えている間に電車が出発する。私はほぼ誰も乗っていない電車の中で長椅子の端の方に座った。

何気なくポケットに手を入れる。そこには先ほどの病院の診察券が入っていた。私はそれに何故か無性にイライラし握りしめる。

くしゃくしゃの診察券を持った私は電車に揺られる。体は揺られ、思考は止まる。明日からはいつも通りの私でいようと。


――

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