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「聞いてたけど、やっぱ辞めちゃうんだねぇ…」
店に入りいつもの休憩室にいた。店長とは先ほどまで契約書類の記入などをしていた。それが終わると今までの出勤した分の支払われていない給料を手渡しでもらった。いつもにない位に財布が膨らんでいた。
また店から借りていた服のクリーニングしたものを休憩室においていくように言われ、現在ここにいる。そこにはたまたま休憩中だった若菜さんがいた。
「はい、先日は急に電話して本当にごめんなさい…。いままでありがとうございました。」
そのまま若菜さんに近寄った。膝立ちの姿勢になる。それを察したかのように二人とも座り、抱き寄せられる。敵意のない人の温かさに泣きそうになる。
私も抱きしめ返す。鼓動が感じられ、そのまま泣いてしまう。
「うっ…うえええぇぇぇ……」
「大丈夫だよ、私は何もしないからぁ…。」
――
「泣き止んだぁ?」
「はい大丈夫です…っ…」
少しの後、変わらず休憩室にいた。ほんの少ししか経っていないが私の涙はもうでなくなるまで泣いていたようだ。
腕をほどき顔を上げる。若菜さんが慈しむかのように私のことを見つめていた。とてもありがたかった。
しかしそこから若菜さんの顔が少し困ったかのような顔をする。何かを私に聞きたそうだ。
「若菜さん、どうかしましたか?」
それを察し、私は聞いてみた。
「あの、原因になった指名客のことなんだけどぉ……」
嫌な予感が背中を走り抜ける。手に嫌な汗をかく。心臓の鼓動が早まっていくのを感じた。ただでさえ嫌な記憶だと言っているのになぜ掘り返すのだろうか。
何にも罪はないけれども一瞬睨みつけてしまった。しかしそれを気にしていないかのように若菜さんは続ける。更に聞きたくもない言葉を。
「たぶん知ってた方がいいから話しとくけどぉ…あなた何回もあの人と外出してたよぉ…」
「お酒飲むと記憶なくなるタイプだから知らなかったよねぇ……」
――
私は若菜さんに一言、ありがとうございますといって走り出した。家に向かっているとは思うけれども、とにかく体を動かしたかった。衝動的に、理性を捨てて。
叫びたい。しかしここはまだ大通りだ。車の往来は道が埋まるほど多く、歩く人もいる。こんなに走っているのは私だけだろか。
どんっ、と歩いていた人とぶつかってしまう。
「あの、すいません!ごめんなさい!」
いつもより大きな声で言ってしまう。その人がいてて、と呟きながらゆっくり立ち上がる。手をさしのべようとする。
その男の人が一瞬、ほんとに一瞬だけあのお客さんのように見えてしまった。手をひっこめ、そして私はまた走り出した。
――
道が薄い赤色に染まる夕刻の頃、私は走りつかれて家に帰りついていた。その頃には冷静な判断ができるようになっていた。
家のチェーンを閉め落ち着くために紅茶を淹れる。といってもただのパックのものだけど。
私があのお客さんにされたのは間違いなく強姦未遂だ。ただしかし私はあれよりも前に一緒に外出していたらしい。それはつまり同様のことがこれまだにも行われた可能性がある。
更に考えるならばそれは一回二回なんて生易しいものではない気がする。基本的に私が出勤している日にはほぼ毎回家で目が覚めるからだ。最初の頃は休憩室だったこともあったけど、それはほんの数えれるレベルだ。
最悪のことを考えてしまう。何度もやられ、最後には出されたのかもしれない。そう思うだけで気分が悪くなって吐きそうになる。トイレに駆け込み、吐く対処をする。
そういやなんだか大事なところが痒い気もする。病原菌を持っていてそれも移されているかもしれない。一番嫌なのはエイズだろうか…
うええっとそのまま吐き出してしまう。自分がとてつもなく汚らしい存在に感じてしまう。トイレで頭突っ込んでるだけでそもそも汚いか、なんて自虐に走る。
もうだめだ、とさらに吐く。これが美少女なら絵になるんだろうか。全身を掻き毟る。首が、腰が、腕が、色んなところが痒い。髪の毛が抜け落ちていく。自傷に走るメンヘラに私はなってしまった。下半身が痒い。太ももに強烈な爪痕が残る。血がにじみ出ているようだ。
いったいどうやって彼氏にこんなことを言えばいいんだろう。
明日は産婦人科でいろんな検査をしてもらおう。
考えた上の思考停止。私は震える体を抱きしめながら、血のにじむ箇所を増やしてベッドに逃げ込んだ。
大学の夏休みの最終日のことであった。
――