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1-3


「はい!そうです!」


少し声が裏返る。目の前の子は私の担当の教育係らしいことが先ほどの台詞からわかる。近づいて座り、姿勢を正し机を挟んで凝視する。

身長は私と同程度かそれより下に見える。しかし化粧やドレスのせいか正確な年齢はわからない。20代前半か半ばといったところだろうか。

髪型はセミロングで整えられている。肩の近くは巻かれている。


「わたしは若菜っていうの。よろしくねぇ…」


「わ、私はゆらるです!よろしくお願いします!」


「え…、それ本名…?」


ですよねー。仕方ないいつも通りのみんなの反応だ。


「すみません、本名です……」


そういいながら書いてきた履歴書を若菜さんに手渡す。しかしそれは興味なさげに机の上に置かれる。


「あの、それ見ないんですか…?」


「うん、別に今日はいいよぉ。体験入店して入るようになってからまた見るよ。」


本当に興味なさそうに答えられる。しかし面接でなく体験入店という言葉が引っ掛かる。

いやそんな言葉にいちいち止まってはいけないのだろう、若菜さんが言葉をつづける。


「ドレスとか持ってきてる…わけないよね。髪はショートだから最悪そのままでいいっかなぁ。

 そういや今日の体験入店何時まで入れる?今からでも入れるならすぐ入れちゃうよ。

 あとは…まあいいか、色々説明しながら教えてあげるね。」


先ほどまでのおっとりとした口調から変わり、いわゆる営業モードのような口ぶりでまくしたてる。その言葉には選択肢が与えられているようでまるでない。

そしてここから私は隣の更衣室に移され着せ替え人形のように遊ばれる。そこからはとてつもなく速かった。

時の流れも、若菜さんの行動も、そして自分の対応能力も。


――


「お疲れさまぁ、楽しかった?」


体験入店を終え、日はすっかり落ちた夜10時ごろ。私は店から借りたドレスのまま、こたつを乗せたカーペットの上で倒れる。もうしわがつくとかそんなことは考えてられなかった。

なにしたっけな。店の従業員に挨拶して回り、他の嬢の方とお話しして、そこまではよかったんだけど…

体験という名でも入店していることは変わらないらしく、若菜さんと一緒にテーブルにつけられた。お客さんはここの上客らしかったが私にはただの初対面であることは変わらない。

ぎこちない会話を始めたところまでは覚えているんだけど、お酒をいつもより多めに入れてからハイテンションになって……そこからの記憶が全くない。


「ごめんなさい!はしゃぎすぎました…!」


「うーん、まあ大丈夫でしょ。あれくらいなら話してて面白いし、入ったらいいキャストになりそうだねぇあなた。」


褒められているのだろうか、手放しで喜んでいいような感じではないことだけはわかる。自分自身に明確な記憶がないから返答に困る。

若菜さんは特に困った表情ではないからまともだったとは思いたい。


「ありがとうございます、でもすっごい疲れました…」


「ま、最初はそんなもんだよぉ。すぐ慣れるよ。」

「今日はもう支度して帰るぅ?それならここやりたいか聞きたいんだけど……」


体験入店という名の仕事だったがこれでその辺のアルバイトの倍以上もらえるなら私は続けるしかない。

そう決心し若菜さんに告げる。そのまま様々な書類を書かされすぐに入店することになった。

簡単な規約や若菜さん特性の手書きの仕事に関するメモ、そして今日の給料が入った封筒をもらった。

中身は一枚の福沢諭吉であった。


帰り道疲れた体を回しながら考える。大学の夏休みが終わるまではとりあえず続けてみよう。いや、あれだけでこんなにもらえるならもっとしてもいいかな。

夜の大通りを通る。暗い道を街灯や車のランプが照らす。まるで暗い心を晴らすかのように。


「記憶なくなるほど飲めば…こんなにお金が……ふふっ」


――

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