3-5
フラジール、病気の薬は結局のところ初日すら飲まなかった。それどころの精神状態ではなかったからだ。私が生きていてあれほどの状況に陥ることはもう二度とないだろう。
ベッドから起き上がりふと息を吐く。未だ白くなることはないが、とてつもなく寒い。11月ももうほぼ終わりのこの時期はそんなもんだ。しかも今は夜だ。
布団をはがし半袖の素肌を部屋の冷気にさらす。腕を抱えさすりながらその辺の床に落ちていたパーカーを着る。それは裏起毛で冷え切った私を温めてくれるかのようだった。
テレビをつけ、部屋の電気をつける。憔悴しきった私が起きた時間は22時半であった。世間のニュースが耳に入ってくる。どこかの誰かが自殺して見つかったらしい。
自殺なんてするだけで今まで日の目すら浴びてこなかった人間が全国放送されるとはなんと皮肉なことだろう。最後の栄華ということなのだろう。
冷蔵庫を開けてみる。そこにはいつか買ったと思える酒が入っていた。大学生らしくチューハイレベルのものが多めにある。それに手を伸ばし、缶を開ける。
アルコール感はないがこれからのことを考えると意識を混濁にさせておいた方がいい。素面の時にできることじゃない。自分を信じろ、もうこれで終わりだから、最後に勇気を出さなきゃ。
私が私として最後までいるために。
………
そう、こんなことしたら俺が出てくるのは当たり前のことだ。しかし結局自分自身も何も守れなかった。ここから俺が奔走したところで元に戻ったら変わらずに実行するだろう。
しかし俺がやることでもない。ならば覚醒する前に最後のお膳立てくらいしてせめてもの影響を与えよう。そう考えて服をもっと着込み外へ出ることにした。
――
外に出たところで行くところはない。とりあえず何も考えず歩き出す。外は凍えるように寒く、微妙に雪が降っていた。積もることのない弱い雪。
それはこの存在の儚さと同化したかのようだ。自分自身が存在できたことなんてこんな時だけなのだから。誰にも救えなかった、同じ存在。
歩いていると道端に鍵のかかっていない自転車を見つけた。それは少し錆びていて持ち主が存在しないことが窺い知れる。
それを一時拝借しよう。返却するとは一言も言っていないけれども。自転車にまたがり走り出す。警察に見つかれば飲酒運転で止められることだろう。
何も考えず、どこへ向かうこともなく、夢中で自転車を前に進める。俺の最後がこれで終わってしまうのは理解している。だからこそ、最後まで俺は俺でいたいんだ。
………
私が覚醒した時、自転車に乗って坂の上にいた。その坂は上るなら心臓破りの坂とでも名付けられそうなレベルの斜度を呈していた。
下り坂の先は丁字路となっておりガードレールが行く手を阻んでいた。それを超えた先は川となっておりちょうどそこに入れば誰にも迷惑をかけなくて済みそうだ。
嫌な意識の覚醒をした割りには状況をちゃんと判断できており、自分の冷静さに感心するばかりだ。最後にこんな冷静さなんてあまり必要なかったけれども。
自転車で天国へ行こう。
――
11月28日明朝、某県某所の河川敷において頭を強く打って死亡している若い女性を周辺住民が発見しました。発見されたのは某大学に通う20歳の女性とみられ、現在警察が身元を確認中です。警察によりますと、周囲には錆びてフレームの曲がった自転車も発見されているとのことです。警察は現場の状況などからこの女性が自殺した可能性が高いとみて調べています。