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2-5


「トリコモナス症、ですね。これに関しては薬を使えば完治するので問題ありません。」


今まで潔癖の人間だった私が性病にかかってしまうなんて思わなかった。しかもあんな人間から。ありえない。

医師の言葉は私に深く突き刺さる。たとえ完治しようとも精神へのダメージは消えない。やはり私が軽率だったのだろうか。

またあの時のような思考停止に陥るような感覚が来てしまう。拳を握りしめ、歯を食いしばる。部屋の白さと対比に体が赤くなっていく気がする。


気持ちを落ち着かせる。何を考えていたんだっけ…。思考を変えないと、真っ白にしないと…。

病院の壁が真っ白で、それに同調させるかのように思考も真っ白に。一瞬熱くなった体が冷えていくような、でも何も変わらない。事実は消えはしない。

全身が痛いような、痒いような、目の前が真っ白な壁から視界が狭くなっていく。


………


私はいったい何なのか。気持ち悪さがこみあげてくる。しかし吐くほどのものでもないから困る。

俺はいったい何なのか。自我を持てるならそれでいい。しかし存在していけるものなのだろか。


………


いや大丈夫、私は私。頭を掻き毟り顔を前に向ける。医師が不思議な顔をしていた。思考はそんなに時が過ぎるものだっただろうか。

ショックを受けている私を見て思うところがあったのだろう、そういうことにしておこう。


「あと、あなたは妊娠初期の症状が出ています。」


――


頭のなかがゆがむ。ゆがんで読めない字を読もうと頑張っていた。どうしても思い出せない節を頭のなかからえぐり出そうとして。

ぐじゅぐじゅとした存在として好いてくれていた人に何も言えない。報告どころか、そのことに触れられない。どうしてこんなに追い打ちをかけられなければいけないのか。

神が、仏が、私を助けてくれるものは超越的存在でもありえない。元凶たる人間が同族として責任を取らなければいけないのだ。


お腹をさする。衝動的に殴りたくなってしまう。いやここで自分の体を痛める意味はない。だが、子供に罪はなかろうとその原因が近くにあるなら潰してしまいたい。

大丈夫だ、こいつは私が手を下さなくても消せる。問題は植え付けたやつだ。どうにか私の気が済むようにしないと…。


妊娠の報告を医師から受けたのち、私はすぐに中絶の同意書をもらった。相手の欄には私自身が適当に書けばばれることはないだろう。こんなのはただの紙切れだ。

また中絶には十万円ほどかかるらしい。払えないことはないがこの分の復讐はしないと気が済まない。私の現実を壊したその報いを受けさせる。

また先ほどあったトリコモナス症の薬ももらってきた。妊娠期に使ってはいけないらしいが、中絶するので問題ないと私が押し切ってもらってきた。


家に帰りつきベッドに倒れこむ。食事をする気分でも、テレビを見る気分でもない。ただひたすらに怠惰に消えていきたい。感情と身体と、そしてすべてを。


「薬、飲まないと……」


医師からもらった薬を飲む。その名前はフラジールという薬の名前であった。


――

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