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産声を上げていた男の子は、ココの乳を吸ってようやく大人しくなった。産婆はへその緒の処理を済ませ、母体の経過を見ると大丈夫そうであると踏んで、身の回りのことを少しだけ整えて帰って行った。今回の飛び込みの請求書が、ヘンリーの胸に叩きつけられた。
ヘンリーは請求書を放り捨てると、椅子で呆けていたポーターの頭を酒瓶の底で小突き、首を掴んで下に連れて行った。
ココが赤ん坊と安静にしている間に、事情を聞こうとした。
「で、何だお前。こんな日に腹のでかくなった妊婦なんぞ連れまわして、常識ってのはないのか、ん?」
ポーターは深呼吸すると、ゆっくりと立ち上がり、深々と頭を下げた。
「このたびは本当に、妻と子供の命を助けていただき、ありがとうございました」
「っふん。危険に晒したのはお前だろうが、自分達で窮地に立つやつがあるか。バカか」
「まあ、色々と複雑な事情がありまして」
ポーターは頭をがくっと落とした。
ヘンリーは引いた椅子にどかっと腰を下ろし、ポーターのなりをあらためた。
ワーキングパンツ、トレジャージャケット、腰にはリボルバーをさげたホルスター、ポーチ、グローブやブーツ。探検家かとヘンリーは目を眇める。連れていた女もワンピースのような服装ではあったが、ジャケットを着ていて、まるで「妊婦でも冒険はできますよ」とでも宣伝するような格好だった。妙な連中を家に上げてしまったと、ヘンリーは不機嫌そうに眉を顰めた。
「どんな事情がありゃ、こんな事になる」
「俺達、冒険家でして。あちこち旅を、してまして」
「っは、根無し草か、碌なものじゃないな」
「はは、返す言葉もない」
ポーターの話では、二人は長いこと世界中を旅して回っていたらしい。しかし、道中子供が出来て、家族で暮らす場所を探していた。世界中に数ある素晴らしい場所の中で、何処がいいか考えて歩いているうちに、日に日にココのおなかが大きくなった。一度どこかで腰を据えようかとも考えた結果、次に辿り着いた場所で、根を張ろうと決めた。
「子供にとっても母体にとっても、大人しくしているより、いつも通り動いていた方がいいのよ?」
そう言ったココの言葉を信じた結果、こうなった。野宿していた先で陣痛が連発。行商人の荷馬車を捕まえようとしたが、この嵐ではろくに見つからず、意を決した。城壁の外にある南町の人達は誕生際の準備期間に入ったために出払っている状態にあったようで、城下町まで進むしかなかった。
「いや本当に助かりました。俺はポーター。妻はココといいます。その、恩人の名前を、聞かせていただけますか」
「・・・・・・ヘンリー。近所じゃ偏屈爺で通ってる。落ち着いたら出て行けよ?」
「ヘンリーさん。随分広い家に住んでいるんですね。ご家族は?」
「妻も子もいやしない。ここはワシ一人の城だ」
「どおりで魔王みたいに叫んでたわけだ。そうでしたか。あの、大変ずうずうしいとは思うのですが」
言いかけたポーターに、ヘンリーは溜息でそれを制した。
「ワシは魔王じゃないし、下手な敬語も使うな。落ち着くまでここにいりゃいい。部屋もあまっとるからな」
「いいんですか?」
「落ち着くまでだ。それでもワシを魔王と呼ぶか?」
「いえ俺は別にそんな――」
ヘンリーはポーターの返事を聞かずにガレージに戻った。ドアの鍵を閉め、目を眇めた。
いいんですか?
ポーターの言葉が、頭の中で何度も繰り返された。
それは自分が自分に問いかけたい言葉でもあった。
「いいんですかだと? っふん」
ヘンリーはソファーに寝転がり、埃臭い毛布に包まった。さっさと寝てしまおうと何度も目を瞬き、ぎゅっと瞑った。赤ん坊が泣く声が二階から聞こえた。瞼の裏に、赤ん坊を抱いたココの姿が浮かんだ。そこに、自分の妻が、子供を抱いてる姿を重ねてしまってから、どうにも追い出す気になれなかった。
ヘンリーは毛布を丸めて赤ん坊を抱くように抱えると「よしよし」と、いるはずのない赤子をあやしながら、眠りについた。
2016/12/28 改稿。




