092話 アレク対クリス(後編)
休日ですけど更新
「驚いた、自分の意識があるんだ。」
アレクが目を見開いて距離を取る。
驚くのも無理はない、クリスに使われた『ディファーキー・マジック』が『キーチェーン・マジック』の亜種であるなら、どれだけ頑張った所で魔法が発動している間に元の人格が出てくることなどありえない。
少なくとも、誰かが打ち破った、元の人格が出てきた、などということは聞いたことがなかった。
「………こういうのも定番ってやつなのかな。」
とは言うものの、その理由は理解できる。
バロックは『ディファーキー・マジック』は試作段階、というようなことを言っていた。更に失敗だとも。
本来であれば、別の人格が表層に出てくるはずが無人格になってしまっていることから、元の人格をただただ封印する、という感じになってしまっているのだろう。
その封印も不完全なものであれば…あるいは元の人格が精神力によって表層に少し出てくるのも、わからないでもない。
「こ……ろ………」
「あぁ、はいはい。殺したいのはやまやまなんだけど、今の僕じゃ殺す前に殺されちゃうよ。悔しいけど実力の差だね。」
何度も言うが、アレクはクリスを殺すことに躊躇いはない。ただ殺す実力が足りていないのだ。
「い…しゅ…………とめ……」
「ん?一瞬動きを止めるってことかい?そこまでできるならまぁ…」
クリスの表情は無表情と苦悶の表情が入れ替わるように変わってる。
それができるなら、なるほど、一瞬身体を硬直させることも可能か。
「……僕の次の一撃を防がないでもらえると、苦しまず殺してあげるよ。」
それがわかったのか、クリスの表情は少しだけ和らぐ。おそらくは了承の意。
アレクが魔法で新しく剣を生成する。魔力の残りから言って、コレ以外に出せてあと一本。戦闘中の肉体強化魔法を考えれば、はっきり言ってもう出せない。
本来のスタイルではない戦い、もう少しカンが戻っていれば違った戦い方も出来たかもしれないが、ないものねだりをしても仕方がない。
「……すぅ……」
軽く息を吸い、剣を水平に構える。
次の一撃は決めている、横薙ぎで、一閃で、首を撥ねる。
苦しまないかは正直分からないが、首を撥ねればさすがに殺せるはずだ。
「………」
クリスは何も言わない、だがその表情は微笑んでいるような、申し訳なく笑っているような、そんな顔だ。
刹那、アレクの胸にほんの少しの違和感が生まれた。
「(?躊躇っているのか?人を殺すことに。)」
そんなことはないはずだ、自分に言い聞かせる。
これまでにも何人も殺してきた。直接的にも間接的にも。
自分が引き起こした戦争で、何人の騎士が死んだことか。自分のやった実験で、何人の人間を殺してきたことか。
そうだ、今更躊躇いなんてない。
「……あり……が…と……」
「!?」
その時、不意にクリスがそう呟いた。
それはアレクにとって理解し難いものだった。
殺すのに礼を言われる、殺されるのに感謝する
そんな経験はない、今まで生きてきた百年以上でそんな経験はない
胸の違和感が強くなる
「………ふぅ…」
集中しろ集中しろ
仕損じることは出来ない
クリスが止めていられるのは一瞬、一秒かそれ以下か
油断なんて出来ない
『あんた、料理なんてできるんだ。』
それはいつ言われた言葉だったか
確か、野宿を始めるようになって、最初に食事当番が回ってきた時
『……げ、美味いし。』
その食事を食べたときのクリスの感想だ
『…………ねぇシン、あたしの代わりにアレクを食事当番にしない?』
『そ、そうですね…クリスさんのは、その…独創的ですし…』
『……アレクがいいなら、是非ともお願いしたい。』
その時はなんて言っただろうか
覚えてはいないが、恐らく了承したのだろう、それ以降クリスが料理当番にはなっていない
『アレクねぇ…うめぇ……』
ウィルが初めて僕の料理を食べたときもそんな風に言ってくれた
胸の違和感が更に大きくなる
最早無視はできない
「あぁもぅ、めんどくさいなぁ。」
クリスに聞こえるかどうか、それほど小さい声で呟く。
言葉は酷く否定的だが、口元はほんの少し笑っていた。
「…行くよ」
今度はクリスに聞こえるように、短くそう言い放つ。
直後、アレクは肉体強化を施した脚部により、高速の踏み込みで間合いを詰めた。
クリスはほんの少し反応した、本来ならほんの少し、などという微妙なものではなく、こんな単純な踏み込みなどカウンターの餌食にしてしまう。
だが、クリスの先程の言葉通り、一瞬の硬直、そしてそれが勝負を決める一瞬。
アレクの横薙ぎの剣閃が、クリスの首を狙う。
その瞬間かすかな意識の中で、クリスは死を覚悟した
だが剣は
クリスの首を跳ねず
そのまま
宙に置いて行かれ
「『魔人融合』!」
アレクの両手がクリスの身体に触れる
これは賭けだ
本来の『魔人融合』の効果は人と魔物を組み合わせるもの。
もちろん、組み合わせたものを分かつ事もできる。
それだけだ、それだけなのだ
「人と魔物、それは突き詰めれば瘴気を大量に体内に含んだ生き物と、そうでない生き物。そして瘴気は魔力に親しい。僕のスキルを無理矢理使えば、その二つを分かつことも!」
アレクの理論、それは突拍子もないもの。
そもそもそんな使い方は想定されていない。
できるかなんて未知数どころか、ほぼ不可能に等しい。
生き残るためにそんなリスクを犯す必要もない。
だが
アレクはそちらを選択した。
眩い光が二人を包む
アレクの選択結果は……
お読みいただき、ありがとうございます!
ブクマ・感想・評価等本当にありがうございます!これからも楽しんでいただけるよう頑張ります。
実は書きたかったサイドストーリー。
だけどコレを書くと終わらなくなりそうだったので、道中のサイドストーリーはいつかアップしようかと。




