087話 最悪手
「………」
クリスが敵になり、サラが瀕死になり、こっちの戦力としては心許ないなんてもんじゃない。
バロックの相手は俺がやるしかない、なら残りの二人はウィルがやる。だが、操られていると言ってもクリスとウィルの実力差は結構ある。
本来の実力でないクリスだとして、その相手がウィルなのはギリギリだろう、それプラス得体の知れない敵、確実に荷が重い。
「来ねぇならこっちから行くぞ。」
そして敵は待ってくれない!
バロックが一足で間合いを詰める。
ここで出遅れたら後手に回るしかなくなる、だが無策で突っ込んでも…
「んなこと考えてる余裕もないか!」
バロックから遅れること一瞬、俺も刀で応戦する。
「ウィル!その二人を出来るだけサラから離せ!」
戦いの余波でサラが氷ごと粉砕なんてなったら洒落にならない。それに戦えないアレクもいるんだ。
「…!お、押忍!!」
ウィルが俺の呼び掛けに戸惑いつつも従う。
そしてそのままクリスとオルドに飛び掛る。
「あ~…それは悪手ってもんだぜ、坊主。」
俺と鍔迫り合いをしながら余裕の表情を見せるバロックだが、言いたい事はわかる。
ここはサラを見捨てて、逃げの一手を選ぶべきなのだ。全滅することが何よりも避けなければいけない事態。そのための犠牲なら…
「仲間を見捨てるなんてできるかよ!」
「いいねぇ、青春っぽいじゃねぇか。青臭い事をどれだけ言えるか試してみるか?」
バロックの剣速が上がる。
最早、俺自身も反応ではなく反射に近い状態で受けている。
「そら!」
横薙ぎの一閃を刀を縦にして受け、そのまま刃渡りに沿って受け流す。
返す刀でバロックを横薙ぎにしようとするが、剣の柄で撃ち落とされる。
そこからの蹴りを繰り出され、躱す間もないと判断し肩からバロックに体当たりをする。
そのまま体勢を崩してくれれば有りがたかったが、バロックの足腰の強靭さに踏ん張られてしまう。
密着状態から、上半身の力だけで俺を押し返し少し距離が開くとまた雨のような剣閃が飛んでくる。
「は…はは…あはははははは!!!最高じゃねぇか、坊主!!1」
バロックは心の底から楽しんでいる、そう感じる狂喜の声を上げた。
「ふざけんな!楽しくなんかあるもんか!」
一瞬の、コンマ一秒の判断ミスが死に直結する、そんなもんの何が楽しいんだ!
俺もバロックもよく見ると全身が細かい裂傷を負っている。
おそらく鎌鼬…剣速が速すぎてお互いに躱しきれていないのだろ、だがそんなことは一切意識しない。
腕が斬られても、足が斬られても、身体を貫かれても、それを代償に相手の生命を断つことができるなら、その時の痛みや怪我は気にもならない。
狂気
俺はバロックを嫌悪したが、おそらくはお互いに既にその領域に入っている。
バロックは自ら、俺は引きづられる形で
バケモノが、狂気のケダモノが、狂喜の殺し合いを繰り広げていた。
「が…うがあああああああああ!」
その狂気に身を委ねていた俺を正気に戻したのは、ウィルの絶叫だった。
「な!?」
「よそ見してんじゃねぇよ!!」
一瞬の油断、そこをバロックが許すはずもなく確実に防ぎきれない間合いに飛び込まれ、剣を振り下ろされる。
既の所で剣と身体の間に刀を滑り込ませ、致命傷を避けたが俺の肩口からはそう軽くない怪我をおってしまった。
「くっ!」
剣撃を受けた反動を利用して、後方に大きく飛び退いて距離を取る。あのまま打ち合っていても確実に押し切られていた。
「ウィル!だいじょう……」
見るとウィルも体の前面に大きな『裂傷』を負っていた。
そしてその近くには
「クリス!お前!!」
クリスが変わらずの無表情で立っていた、剣を振りぬいた体勢で。
「お見事です、クリス様。では引き続きそのサンプルを殺してしまってください。死体だけでも手に入れば問題ありませんので。」
オルドは丁寧にクリスに命令をする。いや、口調だけならお願いに近い。
それに答えるようにクリスは一歩一歩ウィルに近づく。
ウィルは逃げようとするが、オルドの魔法によって逃げ道を塞がれクリスと真っ向から対峙するほかなくなる。
「クリス姐さん!戻ってよ!」
「………」
「サンプルが声を出すな。クリス様の元の役立たずの人格なんてここにはいないんだよ。」
先程の丁寧な口調はどこへいったのか、オルドは吐き捨てるように答える。
俺とクリスとバロックにのみ、あの丁寧な口調なのか。
それにしても、ウィルと魔法使いの相性はかなり悪い。
ウィル自身が飛び道具を持たず、接近戦が一番の得意なのもそうだが、ウィルの真価は誰かと組むか一対一で発揮されるものだからだ。
それが近接と中遠距離が相手だと、まるで相手にならない。
「これは、ほんとに絶体絶命かもね。」
ふと気づくと、すぐ横にアレクがいた。
バロックから距離を取るのに夢中で、周りまでは見ていなかった、
「アレクか……………取引がある。」
この場で一番不釣り合いな言葉かもしれない、だが、もうこうするしかないのだ。
それを聞いてアレクが心底驚いた顔をした。
「驚いたね、こんな時に取引なんて。」
「……わかってる。だがお前にしか頼めない。それに正直に言うと取引じゃない、お願いだ。」
そうこうしている間にも、狂気に彩られた表情のバロックが、不気味にこちらに歩いてきている。
「聞こうか。」
「……ウィルとサラを…いや、最悪ウィルだけでもいい、助けてくれ。」
この場にいる者のうちで、もっとも力のないアレクに頼むのは完全に間違いである。だが、それしかなかった。
「それは無…」
そう言いかけるアレクの口を手で抑える。
「報酬は…………これだ!」
バロックが剣を構え、俺とアレクを両断しようと腰を落とす。
「『ブレイク・ジュエル』!!!」
バロックが飛びかかる寸前、俺は魔法を放つことが出来た。
それはこの場において悪手。いや、最悪手だ。
それでも、それにすがるしかない。
僅かな望みなんてもんじゃない、恐らくクリスが正気でサラがいるなら、間違いなく許可しない。
バキッ……ン------
俺の手からの眩い光とともに、何かが砕けるような音がする。
そして、先程まで感じなかった大きな力を感じる。
いや、先程までは感じれないほど小さな力が、一気に膨れ上がったのだ。
それに呼応するかの如く、大気中の魔力が渦巻き、瞬間的に突風が巻き起こる。
本来はかなりの大きさの器なのに
中身を空にされた花瓶
その花瓶を大量の水に沈めるとどうなるか
結果、水は水流を作り花瓶の中へと一気に流れこむ
「『転移』」
一瞬、俺の肩に手が置かれたと思ったら、急に視界が切り替わった。
それが『三度』。
気付くと『俺たち』はバロック、クリス、オルドとはかなり距離をとった場所にいた。そう、俺とウィルと氷漬けのサラと、もう一人。
「君はホントに面白いよ。もちろん、この台詞はあの時とは別の意味でね。」
金色の髪と深い琥珀の瞳を携え、魔力と力を取り戻した天才勇者候補が、いつかと同じ言葉を、いつかとは違う意味で、シンに向けて優しく語りかけていた。
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