086話 バロックの仕掛け
ほとんど更新できてなかったので、土日だけど更新します…すみません
何が何だか理解ができない。
ウィルは顔面蒼白で、クリス、サラ、俺を順々に見渡し、今にも泣き出しそうな顔をしている。
クリスの幾らかの返り血を浴びた顔は無表情で、その心情を図る事はできない。
サラの身体からは、変わらず鮮血が滴り落ちている。
「ウィル!どうしたんだ!」
急いでウィルのもとに駆け寄り、サラの状態を確認する。どこからどう見ても致命傷であることは間違いない。
それでもギリギリ息をしている、そのことにほんの少し安堵はしたがおそらくそう長くは持たない。
アイテムボックスから薬草を取り出そうとするが、緊張からか恐怖からか手元が震えて上手く取り出せなかった。
「ダメだよ、その程度じゃ応急処置にすらならない。」
アレクが非情な一言を放つ。
「そんなもんやってみないと…!!」
反論はするが、心の何処かでアレクの言葉を理解していた。
仮に傷口を薬草で塞げても、この量の出血はただ事ではない。明らかに急所…恐らく肝臓の一部を貫かれているのだろう、サラの腹部は完全に血に染まっていた。
だがそれを認める訳にはいかない、認めてしまえば、目の前の命は完全に失われることになってしまう。
「かなり成功率は低いけど…助ける方法はある。」
必死に薬草を塗る俺に、アレクが声をかけてきた。
「どんな方法だ!?」
例え確率が低かろうと、今ここで治療していても無駄なのはわかりきっている。
ゼロの確率を取るか、天文学的確率を取るか。そんなものは聞かれるまでもない。
アレクはかなり言いづらそうにしているが、仕方なくといった感じで話しだした。
「条件が結構ある。まずサラの『時間を止める』。まぁ所謂、仮死状態にするってこと。コレがまず最初の難関、成功するとは思えない。」
成功確率が低い仮死状態。そして時間を止める…そんな魔法があるのか?
あったとして、そういうのが一番使えそうなサラがこの状態なんだぞ。
いや待て、確か元の世界でも似たような…
「………氷漬けにするってことか。」
アレクが首を縦に振る。
元の世界でもその話題は聞いたことがある。人間を氷漬けにして未来で解凍すれば、今の肉体の状態のまま実質未来に行くことができる。人間の冷凍保存だ。
だがそもそも、氷漬けにする段階で体内のあらゆる細胞が破壊され、その時点で死体の氷漬けになってしまうということだったはずだ。
更に、肉や魚を解凍すれば想像しやすいと思うが、元の肉や魚と比べると味はもちろん、見た目すらかなり歪になっているはずだ。
そんなものを人間でやるとどうなるか、想像に難くない。
「あくまで理論上の話だけどね。瞬時に熱を奪って…まぁ科学的に言うと分子の運動を止めて、瞬時に解答…分子の運動を再開させる、って事をすればできなくはない。」
随分と元の世界っぽい言葉が出てきた。
中高の時に理科や物理で勉強した記憶があったな。
元の世界だと技術的に不可能だった、だけどこっちの世界の魔法なら。
「魔力を込めまくって、爆発的に瞬間的にサラを氷漬けにする。ってことでいいんだな。」
「成功するかわからないけどね。結果、解凍するときに死んでました、って事になると思うけど。」
だがやるしかない。
このままでは死んでしまうのは確実、はっきり言って後数分の余裕が有るかもわからない。
俺はできる限りの高濃度、高出力の魔力を手元に溜める。
魔法はイメージ、そうサラに習った。
ただ氷を出す魔法じゃない、そもそも攻撃の魔法じゃない。
目の前の人間の…細胞の…分子の動きを凍りつかせる、止める魔法。
俺の魔力が外に漏れだし、周囲すら凍りつかせ始めた。
危険を察知し、ウィルもクリスも離れている。
「できるか、じゃない。やるんだ。」
そう呟きながら魔力を高める。
俺の周囲はマイナス何度になっているかわからない、だが俺は額に汗を光らせる。
こぼれ落ちた汗が、地面に付く前に氷の粒になって落下する。
俺の周囲半径一メートルで、動いているものは俺とサラだけ。
溢れた魔力でこの冷気、それの大本の魔力をサラの体内に向けて放出する。
その瞬間、強烈な冷気によって大気が冷やされ、大量の霧が発生した。
「………できたのか?」
霧が晴れて魔法を放った所を見てみると、とてもじゃないが破壊できないような分厚い…しかも魔力を感じる氷に包まれて、完全に時間が停止したサラが横たわっていた。
「……成功かな?見た目上、細胞の破壊とかは見られないし。」
「そうか……」
一気に魔力を使ったので、全身からの虚脱感が半端ない。
もちろん、これでサラが助かったわけではなく、これで第一段階が終わっただけだ。
……次がどんだけ困難でも、仲間を失うくらいならいくらでも乗り越えてやる。
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「すごい魔法ですね、流石です。」
サラを氷漬けに成功し完全に安堵していた所、急に聞き慣れない声に話しかけられた。
全員が驚き声のする方に顔を向けると。
「そうは思いませんか?クリスティーナ様。」
白衣の男が無表情のクリスの横に立っていた。
「お前は…」
「申し遅れました。私はアレックス様の後任、この館の執事…のようなこともしているオルド、と申します。」
俺の気迫にも特に物怖じせずにそう答えるオルドという男。話的にバロックの仲間か。
この男がなぜクリスの横にいるのか…先程まで頭の隅にあって敢えて考えなかった事を口に出す。
「クリス…お前まさか…」
サラのあの傷は裂傷だろう、しかも鋭利な刃物によるもの。
そんなに傷口をじっくり見たわけではないが、余計な傷口もなく服にもほんの少しの刃物で刺したような跡しかなかった。
オルドという男には、剣の類の装備は見られない。いくら油断しててもサラがさっきの人工魔物達にやられるとも思えない。
つまり
「クリス姐さんが…いきなりサラ姉ちゃんを刺して……」
その疑問にウィルが答えてくれた。
「何でそんなこと!」
「あぁ…やっぱりこうなったね。」
そこでアレクがわかっていたかのように話しだす。
「どういうことだよ!?」
「言っただろう?『君たちの気付いていない脅威』って奴さ。」
アレクに詰め寄るが、当のアレクは何を今さらと言う態度だ。
「君たちと初めて会った時のことを覚えているかい?僕は君たちを殺そうとした。でも『念話』でバロックに殺すなって言われたから途中で切り上げたのさ。」
確かに、あの時誰かと話しているような素振りはあった。
あれは『転移魔法』で送ったバロックと会話していたのか。
「理由は簡単。君ともっと戦いたかったってのと、クリスにある魔法を試験的にかけたからだったんだ。」
「ある魔法?」
「サラにかかってた『キーチェーン・マジック』を覚えているかい?あれはとある単語、もしくは何らかの動作とかをキーにして、埋め込んでおいた擬似人格を呼び起こす魔法だよね。」
「あ、あぁ…」
あの魔法の原理はまだ理解していないが、説明をマキシムから聞いたことはある。
「バロックはそれとは違う魔法を試したのさ。『キーチェーン・マジック』を参考に、何かをキーにするんじゃなく…」
「『何か』との『物理的な距離』に起因する擬似人格だな。」
クリスとオルドとは反対方向、俺達の背中側からバロックが答えの続きを話した。
「まぁ実験結果としては、ある程度は成功、一部失敗ってとこかな。」
バロックが剣を肩に担ぎながら、悠々と歩いてくる。
「『キーチェーン・マジック』ってのは、実は制限が結構あってな。一度作動すると、『キーチェーン・マジック』を解除しないかぎり元の人格は戻らない。だからスパイだとかには正直あんまり向かないんだよ。それに変わる魔法として俺が新しい魔法…まぁ名前は『ディファーキー・マジック』とでも仮称しとくか?を試しに作ったわけよ。」
「……なるほどな。その『何か』との『物理的な距離』が近いほど擬似人格が強くなり、遠いほど元の人格が強くなるってことか。」
距離が遠い時は普通の人格、近い時は埋め込んだ擬似人格。
もしコレが完全に使いこなせれば、スパイとして使う分には十分すぎるな。
「だけどなぁ…距離が遠い時は良かった。ちょこちょこ俺たちに連絡をよこしてくる程度は上手く擬似人格が動いてた。」
「!?そんな素振りは…」
バロックたちと連絡をとっていた?そんなバカな、そんな様子は一度たりとも…
「…夜中、クリス姐さんが夜の鍛錬って言って外に出ることがあったけど、もしかしてその時に…」
ウィルが少し考えるような仕草をしてそう話す。
確かにそういうことは何度かあった。だけど、それはウィルに会う前からの習慣だし、そんなもの…いや、『距離』によって擬似人格が動くなら、最初からの習慣などなんの安全にもならないか。
「だけど近すぎるとダメだな。嬢ちゃんの人格が出てこないのはいいが、擬似人格が人形みたいになっちまってる。」
バロックが顎でクリスを指す。
「………」
少し距離をおいた場所には、変わらず無表情のクリスが立っていた。
サラを刺したにも関わらず、心ここにあらずどころか意識自体がなくなっているかのようだ。
これがバロックの言う人形みたくなってしまっているということか。
「言われた命令しかこなせないし、何より擬似人格に感情がねぇ。まぁ失敗だわな。」
「仕方ないと思います、バロック様。距離による調整というのは私でも相当難しいですから。」
バロックとオルドが俺たちを無視するかのように会話をし、その様子をクリスが人形のように見守っている。
「さて。まぁこれで三対三…いや、アレックスは戦えねぇから、実質三対二だけど、どうするよ坊主?」
バロックの言うとおり、クリスが抜けたことによって三対二…しかも相手の一人はクリス。
俺たちは、今までで一番追い詰められていた。
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