085話 月下
「おいおい、冗談だろう?」
バロックが呆れたような、楽しんでいるような、無邪気な子供のような、そんな感情を内包した言葉を掛けてくる。
「もちろん、本気じゃないから安心してくれ。」
お互いが明らかに手抜きと思われる打ち合い。
一刀を入れて防ぐ。一刀を入れて防ぐ。交互に繰り返されるチャンバラのような殺し合い。
だが、その剣速たるや常人の目にはほぼ映らず、軌跡が見えればかなりの動体視力…いや、元の世界であればどんな達人であっても軌跡すら見えないだろう。
こちらの世界の感覚に相当毒されてきたな。
そんな事を心中で考えながら刀を振るう。
一瞬でも気を抜けばダース単位の剣閃が、秒単位の速度よりも高速で襲い来る。つまりは瞬殺だ。
お互いの中での様子見、そんなことを繰り返しているのには訳がある。
一つは村人たちを救出し避難させる時間稼ぎ。
もう一つは
「なーんで俺がこんなことをしたのかって事だったか?坊主が聞きたかったのは。」
「あぁ、そうだよ。どうして村人を連れ去って、しかもクリスや俺を殺そうとしたんだ!」
動機、それを聞きたかったのだ。
もちろん、アレクからバロックの目的として『新しい身体を作る』というのは聞いている。その確認とそっから先の話をするための道筋なだけだ。
「なーに、ちょっと強くなりたくてね。その辺はそこにいる役立たずが詳しくてね。強くする見返りとして、村人をよこせって言われたからさ。」
「あんたの新しい身体を作るためだろ!?」
そこまでは知っている、そしてアレクが言っていることも間違ってはいないようだ。
俺の言葉を聞き、特に驚いた様子もなく小さく笑いながらバロックが答える。
「なんだよ、知ってんじゃねぇか。あぁそうだよ。どうだ?俺の新しい身体は?」
まるで新しいおもちゃを自慢する子供のように、見せつけるかのごとく剣速と威力を上げてくる。
「そうだな、こんなふざけた真似をして手に入れた身体ってのがそんなショボいもんだとは思わなかったってのが、正直な感想だよ!」
バロックを煽るように言うが、当のバロックはどこ吹く風だ。
「だが、それよりも聞きたいことがある。」
バロックの剣を少し強めに弾き、後ろに飛び退いて距離を取る。
ここが俺個人として一番気になっていた所。聞き漏らす訳にはいかない。
「あんたは何者…いや、一体バロックという存在はなんなんだ?」
新しい体を作る。それは『新しい身体を使うことができる』事が前提だ。
つまりは精神体のような…幽霊や魂のみの存在、ありきたりで考えればそんなとこだろう。
元の世界なら、それこそ実はサイボーグで人工知能を載せ換えれば別の体になります、と言われてもおかしくはない。実際にそういうゲームやアニメや漫画もあるわけだし。
だが少なくとも、この世界の科学技術のレベルではそんなことは出来はしない。できても前述の魂のみの存在、という方がこの世界では現実味がある。
バロックは少し逡巡する素振りを見せると、目を細めてこちらを睨みつけた。
威嚇とかではない、こちらを品定めするような言うべきか言わないべきか、そんな迷いが表情に現れている。
「坊主は…勇者候補か?」
バロックから驚くような質問が飛んできた。この質問があるということはもしや…
「あぁ先に言っとくが、俺は別に勇者候補じゃねぇよ。って、勇者候補の意味がわからなきゃ、ほんとに無意味な会話だな。」
「…安心しろ、意味はわかってる。俺は勇者候補じゃない、アレクとは違ってな。にしても、あんたからそんな単語が出てくるとは思わなかったよ。」
ここでも勇者候補…ガインとの戦いの時も色々と話題には出た。他にはウバワレという種族だとか、スキルで作り出した少女のような存在とか。
この世界において、勇者候補という存在はかなりのキーになるようだ。
「そうかい。じゃぁ答えられねぇな。」
勇者候補にしか教えられない。いや、勇者候補であってもアレクは知らなかったんだ、あいつが教えようと思わないと誰にも教える気はないんだろう。
その最低条件が勇者候補であること。俺はそうじゃない。
なら
「あっそ。じゃぁ別に聞かなくてもいい。」
教えてくれないならそれはそれでもいい。
やることが変わるわけでもないし。
「いいのかよ!」
「いいのかい!?」
俺の予想外の反応にバロックもアレクも随分と驚いたようだ。
別にその秘密だとかを紐解こうだとか、勇者候補と一緒に世界を救おうだとかなんてことはこれっぽっちも思ってない。
ただただ、この世界に来て世話になった人達を助けたい、世話になった人の力になりたい、それだけだ。
バロックが一体どういう奴なのか、それは村人を助ける今になって知っておくほうが便利かと思ったから聞いたまで。こいつが勇者候補だとかそんなものは正直どうでもいい。
だから、バロックの言葉も特に気にはしなかった。
「はぁ…わかっちゃいたが坊主はホント変わりもんだよな。一目見た時から変なやつだなぁとは思ってたけど…」
「生憎、勇者候補じゃないから世界を救う気はない。あんたが村人を大人しく返してくれて、俺達に一切かかわらないって約束するなら、この戦いすらいらないと思うくらいだよ。」
俺の気持ちってのは、最初からそんなに変わってない。
勝手にこっちの世界に飛ばされて、クリスに助けてもらって、村の人達に世話になって、村で過ごしてたら魔物が襲ってくるから避難ってなって、村人が連れ去られて、クリスがその村人を助けるからその手伝いをして…
道中で、色々大変な思いはしたし魔法とか剣技とかスキルとか冒険者とか、夢中になれそうなものもたくさん見つけた。
でもその根底は『世話になった人を助けたい』だけなんだ。
もちろん降りかかる火の粉は払う。
「それは俺が困るな。」
バロックの気配が変わる。
先程よりも鋭く、深く、濃密な剣気…いやこれは…
「俺は強い奴と戦いたい、強い奴と命のやり取りをして、その上で相手を叩き潰したい。それだけのために坊主と今戦ってるんだからな。」
そう、いつもの人懐っこい笑みで話すバロックの瞳には、ドス黒い炎が宿っていた。
「ただの勘でしかないが……あんたの目的はそれだけじゃないだろう?」
ここにきて初めての感情を、そのドス黒い炎の宿る瞳に映すバロック。それは怒りや憎悪といった負の感情ではない。純粋な『残忍さ』であった。
直後、バロックから魔法へと昇華されていない、大量の魔力が放出される。その魔力と混ざって放出されているのは
「あんた、完全に人間やめたのか!『瘴気』を身体から出すなんて!!」
先ほど感じた剣気のようなものは、視認できるほどの濃密な『瘴気』だった。そんなものが魔力と混ざってバロックの周りを覆い尽くしている。
俺の後ろに隠れていたアレクは生身だ。この濃すぎる瘴気、密閉でもないが仕切られている廊下、長くいたら命を落とすのは確実だ。
守ると言ってしまった手前、流石にここで戦い続ける訳にはいかない。
無造作に横の通路を破壊し屋敷の中庭へと脱出する。アレクが自身で言っていたが、結構広い屋敷だな。
「………ぁ」
アレクを抱えて中庭へと飛び出ると、まだ深夜の時間帯の中庭は月明かりに照らされ、なかなか幻想的な雰囲気を醸し出している。
小さな噴水と色取り取りの花壇、白い石を敷き詰めた床、少し背丈のある緑の植木、さらに白亜のベンチもあったり、はっきり言ってアレク自身のイメージとは似ても似つかない。
そして中央には、映画で見たような白いドームが立っていた。
その中には
「師匠!!」
月明かりの下、そのなかでもはっきりと青白い表情を確認できるウィルが
ウィルよりもずっと血の気の…生気のない血塗れのサラを泣きそうな顔で抱きかかえていた。
血塗れのサラから流れ出る血液は、ウィルが抱えてきたと思われる道にある白い石に転々と血痕を残し
その血痕の先には、いつもの黒鉄の剣を持つ赤髪の剣士が、顔を伏せて立っていた。
月下にて 赤黒く輝く剣が その赤毛の剣士の顔を 照らしていた
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