084話 見慣れた
結構深いとこなのに忙しく…すみません…
2016-08-28
微修正
バロックの気配は
ゆっくりとまっすぐに
普通の歩く速度で近付いてくる
更にバロックが動き出したのと同時に、屋敷全体に魔力が満ち満ちていく。
まるで今まで眠っていたかのように、
これも事前にアレクから聞いてはいたが…魔物の腹の中にいるかのような不快さを感じる。
「クリス!サラ!ウィル!すぐに村人たちの所へ行ってくれ!」
もはや隠れる意味もなく、そう叫んでみんなに指示を出す。
急ぐ理由は、もちろんバロックに気付かれたというのもあるが、屋敷が『動き』始めたのだ。
「あー、やっぱり動かす感じなんだねー。こうなったら屋敷内の魔物もトラップも全部稼働しちゃうなぁ。」
「わかってるよ!だから急いでんだろ!」
俺の『気配察知』には、先程まで全く存在しなかった魔物の気配が、屋敷内に所狭しと現れている。
これはアレクが以前仕掛けた研究所の防衛機能だそうだ。
事前に登録しておいた者以外の全てに襲い掛かる強力な魔物。
平時は置物だったり、壁と同化していたり影の中(原理はわからんが)にいるので完全に無機物としてしか認識されない。
だが一度屋敷内に特殊な魔力を流せば、一斉に目覚めるなんとも都合の良い防衛機能だ。
こんな機能すら「研究の副産物でしかないよ」というアレクは、紛いなりにも勇者候補であり天才なんだろうな。
「クリス姐さん!サラ姉ちゃん!こっち!」
弾かれたようにウィルが走り出し、二人を案内する。
それに従う形で二人が走り出した。
「じゃぁ、また後でね。」
「気を付けてくださいね!」
「あぁ、後でな!そっちも気をつけろよ!」
短い挨拶をして俺はバロックが来ると思われる方を向く。
目の前の壁が盛り上がり、異形の姿をした魔物…アレクが作った人造魔物が雄叫びを上げて襲い掛かる。
「俺から離れるなよ!」
「グッとくるセリフだけど、実際に離れたら死ぬって場面だとそんな余裕はないもんだね、勉強になったよ。」
そんな軽口を叩きつつ、アレクが俺のすぐ背後に隠れるように移動する。
事前に登録した者には襲いかからないが、アレクは当然登録を消されたんだろう、普通に魔物のターゲットとして認識されているようだ。
「強いって言っても」
ガインやアレクがブルムでの戦争で出してきたキメラよりもずっと弱い。
単純に数だけが問題だが、大事の前の小事、一体一撃で手早く沈めていく。
そんな中でもバロックは着実にこちらに向かってきている。
『気配察知』で感じる強さはガインよりも強い。
間違いなくあの時よりも強くなっているな…
段々と近付いてくる気配。
それに合わせるように俺のスキル範囲も小さくしていく。
魔物を切り伏せながらも、奴から注意を逸らさない。
狭く深く、相手の一挙手一投足すら感じ取れる程に。
そして
床を蹴る音が聞こえてくる
その音が聞こえると周囲にいた無数の魔物が一瞬で引いていく
その魔物達の奥
明らかに別格の気配が
「よぅ、遅かったな。」
変わらぬ笑みで
変わらぬ声で
姿を現した
********************
「あっち!あっちだよ!」
「そうは言っても!」
「あっちに行けないです!」
一方、クリス達はウィルの先導で村人がいると思われる方に進んでいた。
シンと比べて移動距離が長いからか、通路が広いせいか、魔物がひっきりなしに襲い来るせいで思ったよりも進めていない。
クリス愛用の黒鉄の剣が黒い軌跡を残しつつ魔物を切り裂き、ウィルの両拳が魔物が断末魔を上げるまもなくを叩き潰し
魔物を倒す事に問題は無いが、進行方向に村人たちがいる以上、派手な魔法で吹き飛ばすわけにも行かずサラの本領も発揮しきれない、現状クリスとウィルで各個撃破しながら進むしかなかった。
「それにこの屋敷の魔力…すごく魔術が阻害されます!」
「ほんとヤな性格よね、あの女!」
そう、この屋敷の特殊な魔力、そのせいで上手く魔術が使えないのも原因だ。
「魔力にものを言わせればたいした障害にはならないですけど、加減ができないです!」
「だめ!村の人たちは傷付けないで!」
誤って村人に魔法を当てるわけにも行かず、サラは歯がゆいも思いをしながら、なんとか魔法を繰り出して応戦する。
「もう少し!あの角を曲がった先!」
なんとか進みながら、村人の臭のするアレクの言っていた奥の大部屋の近くまで辿りつけた。
そして角を曲がり、大部屋へ向かおうとすると
「はじめまして。…サンプル一匹とゴミ一つも付いておりますが。」
白衣を着た、青白い顔の男が扉の前に立っていた。
青白い男は恭しくお辞儀をする、まるで屋敷の執事が来客者を出迎えるかのように。
「おっちゃん誰?」
先頭にいたウィルがそう尋ねる。
だが男は汚物を見るような目付きで睨むだけで、質問には答えなかった。
「この屋敷に来るのに、いささかお時間がかかったようですが…まぁ道中の事はだいたいお伺いしておりますので、致し方ないとは思います。」
道中の事を知っている、その事に違和感を覚えないでもない。
だがそのことを考えれるほどの余裕はなかった。
「随分丁寧ね、バロックの仲間とは思えない。」
「僕無視された!」
「でも…かなり強いですね、対峙してるだけでも魔力の多さに驚きます。」
各々が感想を言いつつ、戦闘態勢に入る。
この男が引かせたのか、気付いた時には魔物は襲ってこなくなっていた。
この三人の中で一番状況を把握できるサラが、冷静に相手の戦力を分析する。
白衣、体調の悪そうな顔色、ボサボサの長髪
見た目は完全に研究員だ。
見た目だけで判断すれば、戦闘などできるように思えない。
だが、先ほどの発言にあるように男の周りに溢れ出る魔力は、とても非戦闘員のものとは思えない。
魔力の量だけで言えば、サラをも軽く凌駕している。
シンの圧倒的な魔力量を経験していなければ、その圧力だけで戦いを諦めていた可能性がある。
「魔術師…ですかね。」
男はやはり答えない。
だがその推測は間違っていないだろう、男の周りの魔力は次第に形を形成していき、魔力から魔法へと昇華されている最中だ。
「……時間もないし、さっさと始めるわよ。ウィル!」
「了解!クリス姐さん!」
待ってられないとばかりに、クリスが指示を出しウィルを特攻させる。
相手の手の内もわからないのに、援護もなしにウィルを突撃させるのはあまりに無謀。
やはりクリスも村人を目の前にし、冷静さを著しく欠いているのだろう。
サラが「ちょっと待って」と声をかけようとした時。
「………………え?」
刹那
死角から
意識の外から
凶刃が
その華奢な身体を貫いていた。
訳が分からない
だが、意識とは無関係に全身の力が、血と一緒に流れ出ていく
両足が身体を支えられず、膝を折ってしまう
倒れこむのと連動し、身体から黒刃が抜ける
ズルリ…という、生々しくも何処か生命の鼓動を感じる音
その刃は鮮血で濡れており、『それ』は紛うこと無くサラの血
引きぬかれた腹部からも『それ』が止めどなく流れ出る
膝から床に落ちる
床の不思議な暖かさは、自身の命
僅かな意識の中
「サラ姉ちゃん!?」
血の匂いに敏感なウィルの声が聞こえる
だがそちらを見ることは出来ない
サラが見ることができるのは
見慣れた
紅と黒
サラの血に塗れた
漆黒の刃
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