083話 襲撃
ちょっと長め
一日経った夜明け前
というよりも深夜に近い時間帯
まだ陽のある時間から休憩していた俺達は万全とは行かないが、それなりのコンディションだった。
「よし、このまま草原を突っ走って一気にあの山の麓まで行くぞ。」
全員が無言で頷き草原を駆け出す。
俺がアレクを背負い、一番遅いサラに歩調を合わせる形で走る。
並びとしては、クリスを先頭にし、ウィル・サラ・俺 (とアレク)の縦一直線。
正直、作戦といえるほどのものはないが…ある程度の見取り図的なものはアレクに教えてもらった。
村人が捕えられているのは奥の二つの大部屋か、もしくは地下室、バロックは執務室か研究室だろうとのこと。
それぞれの部屋の位置も確認しつつ、最悪でも村人を助け出すのが最低条件だ。
必ずしもバロックと戦い勝利する必要はないのだ。
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「少しいいかい?」
アレクを抱え草原を走る俺だけに聞こえるように、アレクが耳打ちしてきた。
「なんだ?何か問題でも?」
「いや、そういうのじゃないんだけどさ。君だけに聞いてほしいことがあってね。」
わざと俺にしか聞こえない声量なので、俺もギリギリアレクが聞ける程度の声量で話す。
「取引を覚えているかい?」
「あぁ、あと二つ残っていたな。『バロックの居場所』と……『俺達の気付いていない脅威』」
「そうだね。まぁ『バロックの居場所』に関しては、僕の研究所にいれば別に聞かなくてもいいか。」
そう思ったから別に貴重なカードを切ってまで聞こうとはしなかった。
だが、あそこにバロックがいるとは限らない。
聞いておいたほうがいいのか確実だが。
「すまんが、出せる条件ってのはこっちにはないんでな。『俺達の気付いていない脅威』ってのは聞いときたかったが。」
「それだよ。」
アレクが一層声を低くして話す。
「このまま言わなくてもいいかなって思ったんだけど…最悪の場合、僕の命も危ういからさ、変則的な取引をしないかい?」
変則的な取引…いや、それよりもアレクの命すら危うい?
こいつにまで危害が加わるようなものなのか。
「…内容だけ聞こうか、それによって判断させてもらう。」
「ありがとう。そうだね…」
俺の背中で少し考えるような素振りを見せる。
だが、こいつに限って取引直前まで考えてなかった、などということはないはずだ。
つまり、言い難いことを言おうとしている、ということなんだろう。
「僕の封印を解いてくれないかい?」
「却下だ。」
アレクからの条件を聞いて、間髪入れず拒否の意思を表す。
こいつのスキル『転移』は恐ろしく強力だ、そんな奴を野放しになんてできるはずがない。
「その反応はわかるけど…正直、君たちと君たちの関係者には今後一切危害を加えないと約束するよ。」
「はいはい、そんな口約束が信用できるわけがないだろう。」
「口約束じゃなくて契約。それも、破れば命すら奪われる『呪い』だったらどうだい?」
…呪い、ね。
こっちの世界は剣と魔法の世界だ、つまり所謂『魔術契約』と言われるものか?
「そんなもんをどうやって結ぶんだよ。」
「すぐにできるさ、ちょっと特殊な魔法陣と君の魔力を使えば。」
「だとして、なぜそのことをみんなの前で話さない?」
「……話したくても話せないんだ。」
背中にいるせいでその表情は見えないが、声から悲壮感が漂ってきている。
一体何なんだ?
「それに、なぜ今まで黙っていた?」
「それは正直に言おう。どっかで逃げ出す機会があると思ったのさ。」
「ほんと正直で腹が立つ。」
「まぁまぁ。でもその機会がなくここまで来ちゃったからさ。」
さっきの悲壮感は鳴りを潜め、今までと同じような声色だ。
だが、この交換条件…知っておいて損はないが、いかんせんリスクが高すぎる。
こいつを野放しにする?
それはそれで危険過ぎる、例え俺達に危害が及ばないにしても。
だが、バロックと戦う可能性が非常に高いこの場面で持ってきたということは、その戦いにおいて重要な要素になるということだ。
受けるべきか受けないべきか…
「大丈夫?」
その時、不意にクリスが俺の隣に来た。
先頭を走っているクリスがここに来るとは
「ど、どうした!?何かあったか!?」
「いや、シンが凄い後方で遅れてたから、みんな心配してたんだけど。」
見れば、数メートル間隔だったはずが、俺だけ数十メートルは離れて走っていた。
「す、すまん…ちょっと考え事をしてて…」
「ちょっと、しっかりしてよ。もうバロックの包囲網に掛かっててもおかしくないんだから。」
クリスは少し怒ったような顔をして先頭に戻っていった。
コレは完全に俺が悪い、細心の注意を払う場面で考え事をしていたんだから。
「……」
アレクは本気で俺以外にさっきの話をするつもりはないんだろう、先程から沈黙を保っていた。
「悪いが、今はそんな余裕はないみたいだ。」
「……今しかチャンスがないのに、今は時間がない、か。」
アレクは呆れたような声を出してため息を付いた。
「……不本意ではあるが、お前は死なせない。仲間とは違うが、助けてもらった部分もある。それに」
例え、こいつのせいでこんな事をする自体になったんだとしても
俺が日本人っぽい優柔不断な、甘っちょろい人間だと言われても
「それなりの付き合いになる人間が、身近で殺されるのは見たくない。」
それは俺の中での決定事項だ。
「だから、守ってやる。」
こいつとの付き合いも結構な長さになる。
諸悪の根源でも、本来は憎むべき相手でも
これだけの間、一緒に過ごしていたらそれなりに情もある。
許すことは出来ないが、目の前で殺されて心が全く動かないわけがない。
背中で息を呑むような気配を感じた後に、ほんの少しの戸惑いが含まれた声が聞こえた。
「……ツンデレ?」
「……………やっぱり守ってやらん、死なない程度に逃げろ。」
こっちではまず聞かない懐かしい言葉を聞きつつ、それに若干の腹を立て俺は走りだした。
背中からは「じょーだんじょーだん!」と言う声が聞こえるが、完全に無視を決め込む。
アレクを背負っている背中が若干の熱を帯びてきたのは、走っているからだろう。
例えさっきまでそんな熱がなかったとしても。
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「いるな。」
問題なく山の麓に到達し、少し山を登って行くと俺の『気配察知』の範囲内に『奴』が感じ取れた。
この世界に来て、初めての人間同士の殺し合い、その恐怖を刻みつけた人物が。
「この感じ、微動だにしていない。寝ているのか?」
ここに来るまでもそれなりに時間がかかったが、まだまだ深夜の時間帯だ。
寝ていてもおかしくはない。
「それなら好都合ですね。手はず通り、まずは村の人達を救い出しましょう。」
そう言って、サラは屋敷の裏手に回るような道順をたどる。
ここからは速度も大事だが、正確性、臨機応変な対応が求められる。
そういった事が得意なのは間違いなくサラだろう。
魔術的な結界とかも『気配察知』ではわからない、サラに確認してもらいつつ進むのが堅実だ。
「……変ですね。」
いくらか進んだ所で、サラがそんなことを呟いた。
「確かにね、僕にも違和感がある。」
「何が変なんだ?」
「結界が…」
「あったはずなのに、今はなくなっている、だろう?」
サラが頷く。
どうやら、結界がかつて張ってあった痕跡はあるが、今現在はなぜか消えている。
アレクの記憶でも、この辺には結界を張ってあったはずだというのだ。
それが全て…結界も罠も、全てなくなっている。
「…痕跡を見る限り、発動して効力を失った、壊された、ではなく、『取り除かれた』という感じですね。」
「ちなみに僕はもちろん取り外してないよ?」
つまり、アレクが俺たちに捕まってから今に至るまで、誰かが…間違いなくバロックだろう、奴が取り除いたということだ。
邪魔になった?
だがあいつの性格的に、邪魔になったら取り除くなんてことはしないで、破壊するだろうな。
「アレク、前も聞いたが、あの屋敷にはお前とバロックと村人以外いないんだよな?」
「僕がいた頃はね。造った魔物はたくさんいたけど。」
可能性が低いが、村人が取り外した?
…バロックを信用している村人が、結界を外してくれと言われて外すのは理解できるが、そもそもそんな知識も技術もないはずだ。
なら魔物が?
そこまで知能のある魔物は研究所に残してはいない、とアレクは言っている。
「誰か別の人物がいるってことか。」
俺の『気配察知』には、バロックしか見つけれていない。
ドンの店での事もあるし、特殊な結界の中にいる可能性もある。
ちなみに村人の気配も感じない。
最悪の想像をしないでもないが…それはわざと考えないようにしている。
「……たくさんの人の臭がしてきたよ、師匠。」
獣道を歩きつつ研究所に近付くと、ウィルが鼻をヒクつかせそう言ってきた。
『気配察知』は変わらずだ。
「そうか。やっぱり何か特殊な結界の中に閉じ込められているんだな。」
「多分そうだと思う。僕達があの店でいた部屋と似た臭いの魔法が感じられるよ!」
「ま、魔法の臭い!?」
ちょっと驚くような言葉が出た。
こいつは魔法すら臭いとして感じるのか。
あまつさえ、それを嗅ぎ分けられる。
「そういう特殊技能は早く言ってくれ、ウィル。」
「?」
ウィル自身はなにが特殊だったのかわかっていない様子で、小首を傾げる。
まぁいいや、それを知れただけでもしかしたらなにかの役に立つかもしれない、頭の片隅に入れておこう。
「よし、作戦Bだ。」
それを聞き、皆が頷く。
作戦B
バロックと村人が離れていることを確認できた場合、俺がバロックの相手をし、その隙に村人を救出するというものだ。
人間の臭いをウィルが辿れるだろうという推測の元の作戦だ。
ちなみに作戦Aは、普通にみんな固まって移動する。
バロックと村人が直ぐ側にいる場合の作戦で、俺とクリスがバロックと戦い他のメンバーが村人を救出する、という作戦だ。
「じゃあ、そこまで案内してもらえる?」
「うん!クリス姐さん!」
クリスとウィルとサラ、このメンバーが村人救出組。
俺とアレクが対バロック組。
村人を安全な場所まで避難させたら、クリスが戻ってきてこっちに加勢してくれる段取りだ。
「何回も言うが、俺といるよりクリスたちといるほうが安全じゃないのか?」
「いや~、バロックと積もる話もあるからさ。」
アレクは再三の提案にも首を縦に振らず、対バロック組に志願したのだった。
「……死ぬ可能性が高いんだぞ?」
「ある程度の覚悟はできてるさ、それに。」
守ってくれるんだろう?と目で訴えてくる。
…変に美少女なだけあって、本来の『守られる立場の瞳』をされると少し戸惑ってしまう。
「どうなっても知らんぞ。」
俺がため息を付いたその時。
「!?バロックが動き出した!!」
俺のスキル範囲内にいたバロックが
まっすぐにこちらに向かってくるのを感じ取ったのだった
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