007話 大移動
翌日
村長は村人を集めてことのあらましを伝えた。
「そんな…」
「故郷を捨てるしかないのか…」
「ここを捨ててどこに行けばいいのよ!」
村人からは悲痛な声ばかりが聞こえてきた。
そりゃそうだ。
この村の歴史とかは知らないが、魔物が来るから家財道具一式捨てて新天地へ逃げろ、なんていきなり言われたら、誰だって文句の一つも言いたくなる。
「みんなの気持ちもわかる。だけどな。」
バロックさんが一歩、歩み出た。
「作物はまた育てればいい、家はまた作ればいい、獲物だっていくらでも狩ることができる、村はまた作ればいいんだ。でもな、生きていてこそなんだ。」
バロックさんはそう言うと、村人たちは一斉に黙りこんでしまった。
信頼度もそうだし、言ってることも至極当然のことだからだ。
そうだ、村はまた作ればいい、今よりずっと大きい村を。
思い入れがあるのはわかる、昨晩のクリスの様子を見るからに、地元愛というのかそういうものが強いんだろう。
でも、今は逃げなければ確実に命を落とす。
辛いかもしれないが、そうするしかないのだ。
「皆、すまん。わしも気持ちは一緒なんじゃ。この村で生まれ、この村で死ぬ、そう思って生きておったんじゃ。こんなところで終わるとは…」
そう言う村長の顔を見て、誰もが何も言えなくなってしまった。
そこから村人は移住の準備を始めた。
大荷物などは持っていけない。
少なくともブルムの街まで行かなければ、魔物の群れに襲われるのだ。
そうなると、山越えとまでは行かないがバロックさんの足でも片道一週間近くかかる道を、荷物を持っていくのはかなりの強行軍になってしまう。
アイテムボックスを使える人はその中に、使えない人は背に担いで、俺やクリス、バロックさんのアイテムボックスを使って出来る限り収納していく。
しかもそれでも50人ほどの食料と家財道具。
かなりの量になってしまうのは仕方ない。
色々と試行錯誤はしたが、現実的に考えて食料と必要最低限の貴重品程度しか持ち出せないことになった。
それでもかなりギリギリだ。
荷物の選抜などをし、丸三日かかり荷物をアイテムボックスに詰めていく。
「よし、まずは俺と嬢ちゃん坊主の3人で先行して進む。そこでルートを取ることが確認できたら、村人を連れて進んでいこう。」
次の日には出発するというかなりのハードスケジュールだが、なれない住民の下山というのはかなり危険なのだ。
安全マージンを取ろうとすると、かなり時間がかかってしまう。
正直どのくらいかかるかわからない。
下手をすれば一ヶ月以上掛かる可能性もある。
「かなり急な道ですね。」
「これでも遠回りして、それなりに安全な道を選んでいるんだがな…村のみんなにはかなりきついだろうけど、頑張ってもらわねぇと。」
そう言うバロックさんの表情は硬い。
村の人には高齢の人も、小さい子供もいる。
ステータスに任せて俺がおぶってもいいんだが、その場合道中で出現した魔物をほかの人に任せっきりになる。
場当たり的だが臨機応変に行くしかない。
「あそこに少し広い平野が見えるわね。」
クリスが遠くに見える平野を指差す。
「あそこで一旦休憩にするか。村人全員でも何とか休めるだろう。」
少し足早に俺たちは平野を目指す。
平野につくとすこしばかりの魔物がいたが、なんの問題もなく駆逐していった。
「よし、ここで野営の準備をしよう。」
バロックさんが魔物の最後の一匹を狩りながらそう言った。
「一日目はここで野営にするんですか?まだ全然進んでないような気がしますが。」
「私達ではそうでしょうね。でも村の人達のことを考えて、かつ誰かが迎えに行くまでの時間とかを考えると、日が沈むギリギリになるんじゃないかしら。」
「あ、そうか。」
「そういうわけだ。嬢ちゃんと坊主はここで野営の準備と魔物を少し狩っていてくれ。食料ばっかりのアイテムボックスだが、足りなくなる可能性が高いからな。現地調達できるならそれに越したことはない。」
最初は道に慣れているバロックさんが村人を迎えに行く。
俺達もステータスは高いとはいえ、初の下山だから体が慣れていない。(クリスも初の下山だそうだ)
「もし日が沈むまでに俺と村人が見えなかったら、おそらく問題が起きているはずだ。できれば避けたいが、その場合は二人共こっちに来てくれ。」
もし問題が起きても連絡手段のない世界。
無線なんてものはないし、まして携帯なんてあるはずもない。
狼煙でも上げれればいいが、入り組んだ山道と生い茂った木々で、狼煙なんて見えないだろう。
「それじゃ行ってくるわ。」
軽い感じでバロックさんが来た道を戻っていく。
「何もなければいいけど…」
クリスがフラグっぽいものを平然と言い出す。
おい、やめろ。
まるでなにか起きるみたいじゃないか。
いや、ここは異世界だ。
きっとフラグ回収もテンプレも元の世界とは違うはずだ、きっと。
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「遅いわね。」
俺達がこの平原に着いたのは村から歩いて3時間ほど。
バロックさんが本気で戻れば1時間位だ。
村の人達との移動が時間かかったとしても、最初だしここまで来るのに倍の6時間ほどだろうか。
バロックさんと別れてから7時間くらいで集団の先頭が見えてもおかしくないはずだ。
今はバロックさんと別れてから9時間が経とうとしていた。
いや、見通しが甘かったか?
誰かが怪我をしたとかで、移動が止まってしまっているのかもしれない。
薄暗い時間から出てきたが、流石に周りも暗くなってきた。
「迎えに行きましょう。」
先程まで、殆ど口を開かずにいたクリスが急に立ち上がり、迎えに行こうと提案した。
その表情から感情は読み取れない。
村を捨てて逃げること、何か会ったのかもしれないという焦燥感、そしてこれから先への漠然とした不安。
それらがクリスの中で入り混じって、自分自身も整理ができていないんだろう。
どんな顔をすればいいか、どんな心持ちでいればいいのか。
感情がありすぎて感情がわからない状態になっているみたいだ。
「わかった、行こう。」
俺はそれに対して短く返事をする。
俺も、こんな状態のクリスに気の利いたことが言えないってことは、相当参ってるのかな。
バロックさんと同じように、来た道を戻る。
二人共殆ど口を開かない。
正直、森の中はほとんど暗闇だ。
平野だったからこそ、ギリギリ陽の光を感じれたが、もう森の中は夜と言ってもいいだろう。
二人で松明に火をつけ、来た道を戻っていく。
クリスとの訓練で、夜の森に入ったこともあるが、その時とは緊張感がまるで違う。
夜は魔物の世界だ。
人間には夜目がない。
森に住む魔物は、ほとんど夜目が効く。
夜の森での狩りは、冗談じゃなく危険なのだ。
気づいた時には、周り全てを囲まれていたなんてのもありえるほどだ。
松明を持って、『気配察知』と『気配遮断』を最大限使用し細心の注意を払って道を進む。
行程の半分ほど戻った時だろうか。
前を歩くクリスが不意に顔を上げた。
「……………ぁ……」
短く、それでいて小さい声だが、その声は確かにある感情を孕んでいた。
そう
"恐怖"と"絶望"だ
瞬間、クリスが今まで見たことがないような速度で飛び出した。
「おい!クリス!ちょっと………!!??」
そう言いかけた俺も、ふと上空を見た。
「な………!!」
見ている方向は村のある方。
ほんの少し見えているのは煙。
狼煙ではない。
そもそももう夜なのだ、狼煙などほとんど見えない。
ならなぜ見えたのか。
それは、煙の下部がほんのり光を発していたからだ。
あの光は
「ぇ………ぁ………………火…事……?」
ありえない
あの方向にあんなに燃えるものなんて
夜空にうっすら赤い光を映す程燃えるものなんて
あんなに煙を吐くものなんて
一つしかないじゃないか
「………クリスっ!!バロックさん!!みんな!!!」
俺は気付いた時には同じように飛び出していた。
今まで出したこともないような速度で
松明なんて持っていれない
全身の力を、足に込めて
村へと全速力で駆けて行った
平日は書く暇が…
だが毎日更新は続けたい…